煌きは白く   作:バルボロッサ

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第28話

 ――悪意の化身、“黒の神(イル・イラー)”は、本来この世界に存在するはずのないまったく別次元の高位の存在であるはずだった。

 異なる世界を繋ぐ穴、それこそが暗黒点。

 そしてその悪意をこの世界に引き降ろす“力点”こそが“依り代”。莫大な量の黒ルフと魔力の結晶体。

 それこそが

 アル・サーメン(八芒星の組織)が世界の異変を引き起こし、作ろうとしていたモノ(悲劇)――

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 その光景は、いまだこの世界の誰も見たことが無いほどに壮絶と呼べる戦いとなっていた。

 

 数体だけで煌帝国の先遣隊に壊滅的な打撃を与えた黒いジン。それが無数と呼ぶにふさわしい程に生み出され続ける絶望的な戦い。

 暗黒点近くに位置するマグノシュタットは瞬く間に国自体が半壊の状態に瀕していた。

 

 その上空で7人の金属器使いとマギが戦っていた。

 

 

 風の女王がその旋腕を振るい敵を薙ぎ払う。

 全てを断つ二刀が敵を斬り裂く。

 

 煌く星々が空間を歪ませ敵を欺く。

 阻むもの無き水槍が敵を貫く。

 全てを滅す破壊の鎚が敵を滅ぼす。

 

 敵の数に比してあまりにも小さく少ない勇士たち。

 

 大地に穿たれた穴から噴き上がる溶岩流が炎の魔神に力を与える。

 

 そして

 

 

「どうした? 情けない奴だなぁ、もっと力を出せ!!!」

 

 ――「極大魔法・白閃煉獄竜翔(アシュトル・インケラード)!!」――

 

「うるさいな、わかってるよ!!」

 

 ――「極大魔法・炎宰相の裂斬剣(アモール・アルバトール・サイカ)!!!」――

 

 暗天に輝く二つの魔方陣から白と赤との業火が猛り、終焉の黒球へと振り下ろされた。

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 マグノシュタットとの戦争の最中に突如として現出した暗黒点、そして依り代との戦い。

 シンドリアの客分にしてマグノシュタットに在籍していたマギ・アラジンの要請により、煌帝国征西軍総督、練紅炎は、煌帝国で動かすことのできるすべての金属器使いに召集をかけ、この戦いに臨んでいた。

 帝国の6人の金属器使い。そしてマギであり、友であるというアラジンを救うために駆け付けた元バルバット第三王子、炎の金属器・アモンの王であるアリババ・サルージャ。

 彼らの奮闘により依り代から生み出される無数の黒いジン —―煌帝国の先遣隊に甚大な損害を与え、紅覇を圧倒した黒い巨人—― はその数を些かばかり減らし、蹂躙されつつあったマグノシュタットは完全壊滅を免れた。

 

 

 紅炎とアリババ。二人の極大魔法によって天との繋がりを断たれ、地に堕ちた黒い球。

 

「紅炎殿と二人がかりの極大魔法でも砕けていない!?」

「相当な硬さのようだな」

 

 目の前の光景に白瑛と光が驚きの声を上げた。すでに魔装による戦闘を開始していた。

 

 魔法は同系統のものを同時に使うと威力が増大する。

 その理に則って放たれた炎の金属器、紅炎とアリババ二人がかりの極大魔法はまだ余力を残していた依り代と上空の穴とをつなぐ柱を断つことには成功した。

 だが、それでも依り代の防壁を砕くには至らなかった。

 

 そして

 

「なんだあのやせたでく人形は?」

 

 そこからまるで生まれ出るように大きな人型の何かが出現し紅炎は訝しげに呟いた。

 依り代よりも幾分小さくなったものの、それでも塔のように巨大でまともな人の体に当てはめれば痩せぎすな姿。

 

 その手が紅炎の消えずの白炎を飲み込み大地に触れた。

 

 そしてその掌の下には、

 

「!? なんだ、アレは?」

 

 黒く干からびた木々と動物たちがあった。

 命じぬ限り決して消えないはずの白炎を消された紅炎と、命に敏感な光が訝しげに眼を凝らした。

 同様にその光景を見ていたマギ、アラジンが顔色を変えた。 

 

「あいつを街から離さなきゃ!!!!」

「どうしたのアラジン!?」

 

 突如として大声を上げたアラジンに、いつの間にか彼と親しくなった紅覇が振り向く。

 

「お願いだ!! あいつの掌に触れられたら、炎でも何でも木も鳥も、人々も、ルフを奪われて死んでしまうんだよ!!!」

 

 アラジンの言葉に一同はぎょっと顔色を変え、紅覇が声を上げた。

 

「なんだって!? それは雲の上のあいつのことじゃなかったのかよ!?」

 

 マギの知恵から得た知識だろう。以前よりも凛々しく、全てを見通す風格が増したアラジンが紅炎と紅覇に説明したところによると、この戦いは暗黒点。あの黒い太陽から伸びる手を地上に下ろすのを防ぐか、その依り代を破壊するのが先かという戦いらしい。

 

 空の暗黒点が完全に依り代と繋がり、地に降り立ったとき、この世界のルフはそれが尽き果てるまで吸い尽くされ、この世界は終わる

 

 世界にただ一つ、黒き太陽のみが輝く世界。

 そんな世界にするのを防ぐために7人の金属器使いとマギがその力を尽くしているのだ。

 

 

 生まれたばかりの幼子のように呻く依り代の巨人。

 その頭部が花咲くようにぶわりと無数の手を広げた。

 

 ――「ウオオオオ」――

 

 雄叫びと共に立ち上がった依り代は、頭部から広げた無数の腕を点へと伸ばし、暗黒点から差し伸ばされた手を引き降ろそうとし始めた。

 

「! マズいっ!」

「引き降ろさせるかよっっ!!!」

 

 察知した嫌な感触に光は声を上げ、アモンへと魔装化したアリババが勢いよく空を翔けて依り代へと接敵した。

 

 アリババの接近を察知したのか依り代は空の暗黒点を引き降ろすことを一度中断して迎撃行動へと移った。

 炎の推進力で迫るアリババに依り代が手を差し伸ばす。

 空からアリババへ、注意が移行した隙を衝くように紅炎と光も空を翔けて依り代の背後へと回った。

 

 押し留めるように伸ばされた掌にアリババが二撃、三撃とアモンの剣を振るう。

 だが

 

 ――斬撃が徹っていない……!?――

 

 炎熱の属性を持ち、全てを溶解するアモンの剣による斬撃が掌に一筋の傷すら残していない。

 依り代の脇を抜けながら光はアリババと依り代の様子を見た。

 アリババの剣を防いだ依り代は、その腕からさらに幾筋もの腕を生やしアリババを捉えようと動いた。

 掴まれることに危機感を感じたのか、アリババが炎の推進力を全開にして掌から逃れようとし、しかし勢いよく振り下ろされた一つを避けきれずに掠り、それだけでアリババは吹き飛ばされた。

 

「アリババくん!!」

 

 吹き飛ばされた勢いで地面に叩きつけられたアリババを見てアラジンが声を上げる。

 それには構わず、依り代の後背に回った紅炎がうなじを、光が先ほど振るわれた依り代の腕の付け根を狙った。

 完全に背を向けている依り代。だが、自在に動く無数の腕が即座に反応して二人の前に差し伸ばされる。

 

 風花・叢雲の二連撃。そして斬ったモノを爆破するアシュタロスの剣。

 

「!!」「ちっ」

 

 和刀の鋭い斬撃を叩き込みに加え、紅炎の斬撃と爆破を同時に見舞ったにもかかわらず、やはり二人の攻撃も本体には通らなかった。

 攻撃が通らず、逆に捕獲するように手が伸びてきたことで、光と紅炎は後退した。

 だが二刀により手数を稼いだ光と異なり、両手持ちで大剣を振るった紅炎の離脱が刹那遅れた。

 

「っ゛!!」

 

 光も腕に近かった分、完全には離脱が間に合わず、振るわれた腕が左脇腹を掠めた。そして紅炎は遅くなった刹那の分、襲い掛かってきた腕に掴まれた。

 

「!?」

 

 掴まれた紅炎の体から一気にルフが奪われる。

 即座に喪失感に気づいた紅炎は、身に纏う白い竜炎で掴んできた腕を切り裂いた。

 

「お兄様!」

 

 兄を心配する紅玉の声。

 切り離されて地面に落ちた依り代の腕、その掌の中から現れた紅炎は血を流していた。

 

「光殿! その傷!?」

 

 離脱した光の元に白瑛が翔け寄り声をかけた。

 腕が掠めた光の左脇腹部分からは魔装が解除され、皮膚が剥がされ、筋が剥きだしになっている。アリババも同様に攻撃の掠めた右腕の皮膚が剥がされており、紅炎に至っては掌に掴まれたために四肢のほとんどがやられていた。

 

「俺は……大丈夫だ。紅炎殿は……?」

 

 サミジナの修復能力。

 傷自体もさして大きくなかったために、見る間に傷のあった箇所は皮膚が覆い、光は再び魔装を展開した。

 そのような修復能力はないだろう紅炎の方をちらりと見やる。

 

「魔装が引き剥がされた」

 

 かなりの激痛が生じているだろうに、紅炎の顔に苦悶の色は一見見えない。

 だが紅炎とアリババの痛ましい姿に激高したのか、紅玉が魔装を全開にして依り代に襲い掛かった。

 

「何してくれんのよっっ!! この化け物が!!!!」

 

 水を集めて槍を放つ『水神槍』。

 だがそれはやはり依り代の掌によって阻まれ、

 

「穴だらけにおなりッッ!!! 水神散弾槍(ヴァイネル・アルサーロス)!!!!」

 

 間髪入れずに大量の槍を散弾のように打ち出した。

 アリババ、紅炎、光。三人の斬撃ですら通らなかった依り代の防壁。いかに手数を増やしたところで防壁を破ることはできまい。

 だが

 

「!」「えっ!!??」

「こっ、紅玉!!?」

 

 紅玉の放った散弾は、幾つかを止められながらも、依り代の体に穴を穿った。

 紅玉は決して弱い金属器使いではないが、それでも紅炎ですら傷つけることができなかった相手に傷を負わせられるとは思っていなかった。 

 それだけに攻撃が通ったことに、光や紅覇、そして攻撃を仕掛けたアリババも驚きの声を上げた。

 

「効いたっっ!!? なんで!? さっき三人の剣は効かなかったのに……」

 

 アラジンも驚愕したようにその光景を目の当たりにしている。

 だが、続いて依り代のうなじを狙った紅玉の追撃は大部分が防壁に阻まれ、下半身に幾つかの槍が刺さった。

 

「……! 手だ!! アイツが防壁を張るのもルフを奪う攻撃をするのも掌だけだ!! 他の場所を攻撃すれば効いている」

「なるほど……」

 

 紅玉の攻撃を観察していたアラジンが光明に気がつき声をあげた。

 通った攻撃と通らなかった攻撃。その差は手による防御ができたかどうかにあった。

 

 先程の球体の状態の時、その防壁を破るのに二人がかりの極大魔法を要したのだ。形態が変化したことで全身に防壁を張ることができなくなったのか、それとも単純に弱まったのかは分からないが、少なくとも並みの攻撃では防壁を徹すことができないのは既に分かっている。

 それならば……

 

「一気に倒す!!!」

 

 アラジンがそのマギとしての膨大な魔力を使い、砂の巨人を現出させ、それぞれの掌から魔装の攻撃にも引けをとらない熱閃が放たれた。

 その攻撃の幾つかは依り代の手によって遮られたものの、たしかにそれ以外の場所から依り代へと傷を負わせた。

 しかし、傷を負った依り代はその頭部に咲く花のような手の集団を砂の巨人に伸ばした。

 

「ああっ!! 砂からルフを!!」

 

 損傷した部位を補うように砂からルフを奪い取り、ルフを吸い取られた巨人はただの砂へと戻ってその身を崩してしまった。

 いくらダメージを与えてもルフを吸い取られてしまっては意味がない。

 防壁を避けつつ回復させない攻撃を与えるためには……

 

「闇雲に動くな。紅明! お前が指揮をとれ! 光! お前はこっちだ!」

 

 紅炎が自身の有する三体のジンの内の一つ。癒しの金属器フェニクスの力を発動させながら、信頼する弟へと指示を出した。

 自身が指揮をとれればいいが、彼も先ほどの傷はかなり深い。今はアシュタロスの魔装を解除して怪我を癒している。そして同じように先ほど攻撃を受けた光を癒すつもりなのか大声を張って光の名を呼んだ。

 

「俺はいい! 紅明殿!」

「承知しました。転送します……紅覇、紅玉、白瑛殿、皇殿!!」

 

 紅炎の気づかいを断り、指揮を執る紅明へと呼びかけた。

 紅明はそれを受けてざっと敵味方の位置関係を把握。輝きの宿る指を指示棒のように振るって方陣を放った。

 

 あの依り代を守る防壁はここにいる金属器使いでは2人がかりの極大魔法でかろうじて破れるかどうかというものだ。

 真っ向から突破するには分が悪い。

 だが、依り代が人型となったことで掌からしか防壁を張ることができなくなったのならば、そこにこそ勝機がある。

 

 一気に攻勢をかける。

 あの依り代をここで倒さなければ天に開いた穴から降りる悪意の化身が世界を終わらせる。

 

 なんとしてもここで仕留める。

 

 参謀の指示を受けて即座に応えた4人はその方陣へと身を躍らせた。

 黒い輝きに導かれて一瞬で切り替わる景色。

 

 

「!?」

 

 

 獲物を求めて彷徨う依り代の背後に魔方陣が現出する。

 その輝きは白。

 

「震天動地!! すべてを砂塵に帰す風神の咆哮を聞け……!!!」

 

 白の魔装を纏った公主がその白羽の槍を振りかぶる。

 

 ――極大魔法『轟風旋(パイル・アルハザード)』!!!――

 

 逆巻く巨大な風の柱は天地を分かち、山よりも巨大な依り代の体を刻みながら吹き上げた。巻き起こる大嵐が大地を持ち上げ、その岩塊もまた竜巻の中にあって依り代を攻撃する砕斧となった。

 

 空に浮かびあがり、頂へと持ち上げられて宙に留まる依り代。

 その上空にまた新たな方陣が出現した。

 

 輝きの色は紫。狙うは防壁の起点となる腕、その最も大きな2本。

 

「鬼哭啾々!! 穢れを纏いし屍の花よ! 束なり縒りて御霊を韴せ……!!!」

 

 双刀の刃に命の花弁が集って纏わる。

 捧げた刃に込められた忠義が長大な剣となり、天から地へと走る光が二筋の箒星の如き剣閃を煌かせる。

 

 ――『尸桜・羽々斬(サミジル・ゼルサイカ)』!!!――

 

「!!!」

 

 宙に留められた依り代の胴から左右の腕が付け根から斬り裂かれた。

 依り代が落ちるよりも速く、空を翔けた光。その軌跡から湧き出るかのように今一つの方陣が空に刻まれた。

 

 その色は黒輝。

 

「無情を刻む、圧殺の女王の嘆きに散れ……!!!」

 

 紫水晶の翼を羽ばたかせ練鎚を振りかぶる破壊の皇子。

 

 ――極大魔法『如意練鎚(レラーゾ・マドラーガ)』!!!――

 

 あらゆる物の存在を打ち砕く圧殺の極み。

 真正面からの攻撃。しかしその圧倒的な攻撃力に加え、連携に体勢と防御を狂わされた依り代にその練鎚を防ぐ術はない。

 2本の本腕を失った依り代の胴体に特大の大穴が空き、上下の体を分断した。

 その余波で吹き飛ぶ依り代。

 その体は重なるように海へと落ちる。

 

 そして

 

「我は召っす、怒りをもって其を貫く水神の裁きっっ!!!」

 

 もう一つの方陣が海上に現れる。

 怒りをもって現世を裁く麗しき水神の乙女。

 

 ――極大魔法『水神召海(ヴァイネル・ガネッサ)』!!!――

 

 水神の怒りが大海を槍と為し、災禍の権化を貫いた。

 

 

 ルフを奪い回復する暇を与えぬ波状攻撃。 

 続くようにアラジンが転移してマギとしての膨大な魔力に底上げされた熱魔法を放ちダメージを蓄積させる。

 

 だが

 

「極大魔法を撃ったのに……くそっ! もう、どいつもこいつも魔力が……足りないッ!!!」

 

 苦悶の声を上げる紅覇。

 次々に攻撃を放つも、膨大な黒ルフの加護を受ける依り代は既に体の大部分を再構築し始めており、斬りおとされた腕もまるでそんな事実はなかったかのようにつなぎ直されている。

 まだ完全に再生を終えてはいないものの、それでも苦悶の表情を浮かべる紅覇を始め、白瑛も紅玉も光も、最大威力の魔法を放ったことによりすでに限界ギリギリ。

 皮膚には血管が浮き上がり、眦からは血が滲み流れている。

 

「まだっ……あいつが回復する前にっっ!!! 灼熱の双掌(ハルハール・インフィガール)!!!」

 

 それでもこの機を逸すれば勝機が無くなる。

 アラジンの檄に応じるようにそれぞれが破裂しそうな体に鞭打ちだし得る最大の力を放った。

 そして紅炎のフェニクスによって治癒していたアリババと紅炎が再び魔装を駆って戦線に戻った。

 

アモンの轟炎剣(アモール・ゼルサイカ)!!!」

 

 一度極大魔法「炎宰相の裂斬剣」を放ったアリババの魔力も残り少ない。それでも炎の大剣を召喚し、紅覇たちもそれに合わせるように力を振り絞った。

 そして

 

七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)!!!」

 

 紅明の金属器・ダンタリオンその転送魔法が7人の前に方陣を浮かび上がらせる。

 

 アモン(アリババ)アシュタロス(紅炎)サミジナ()パイモン(白瑛)レラージュ(紅覇)ヴィネア(紅玉)マギ(アラジン)

 7つの超常の力が一つに束ねられ、一条の特大魔法を生みだした。

 

 天より堕ちる魔法が依り代の頭を消し飛ばした。

 

 

 

 

「ハアッ、ハアッ―――—―」

「や、やったかっ……!!?」

 

 どの戦士も激しい消耗が見られる。大きく肩を上下させながら息を整えていた。

 特に第一波攻撃からずっと戦闘を継続している紅覇や魔力量のそう多くはない白瑛の消耗は激しい。

 爆散しながら海中に没した依り代。

 警戒を残しながらその行方を見つめていた8人の目の前で、

 

「なっ……」

 

 与えた傷の全てがなかったものとなり、そして倒す前よりもさらに巨大になった依り代が天に聳えるように立ち上がった。

 思わず息をのむ。

 

「こいつ、でかくなったぞ!?」 

「海からルフを奪ったんだ! あいつは、この世界のあらゆるものからルフを奪って強くなれるんだ!!」

 

 悲鳴のようなアリババの声にアラジンが海を指さした。

 依り代の足場となっていた海は大きく陥没し、その周囲には命を吸い取られた生物たちの骸が無数に漂っている。

 

「そんなのに、勝てるのかよ……!? 僕らはもう極大魔法も撃てない。魔装もぎりぎりだ……!!」

 

 絶望的な光景に、紅覇が呻いた。

 すでに魔力は限界ギリギリ。なんとか余力があるのは魔力量の多い紅炎とマギであるアラジンくらいだが、二人にしてもかなりの無茶の連続ですでに体には相当の無理が来ている。

 

「くっ……もう、魔装が……!!」

「っ……!!」

 

 隣に立つ白瑛の、血を流し疲弊する姿に光は歯を噛み締めた。

 光の魔力量もかなり危険域に近づいている。

 消耗の激しさから、すでにかなり時間を削り取られている。これ以上の魔装継続は、文字通り命を削る行為だ。

 

「勝てるはずだ……アルマトランの時みたいに、今度もきっと……」

 

 かつて滅びた世界。

 その滅びに対するために、偉大なる王と72人の戦士が、悲しき力を使い戦った。

 

 だから

 

「ここにいるみんなが力を合わせれば、きっとまたアイツを倒せるはずさ!!!」

 

 力強く鼓舞するように言い切るマギ(導き手)

 だが立ち塞がる敵はあまりに強大で……

 

「!!!」「っ!!」

 

 屹然と佇んでいた依り代が突如としてその大腕を振りおろし白瑛へと襲い掛かる。

 あまりにも突然の強襲。

 疲労の極みにあって、咄嗟の反応が遅れた白瑛。

 

「おぉぁっ!!!!」

「光っ!!」

 

 依り代の拳が届く、その一瞬早く、白瑛の前に飛び出した光が己が身を盾にするように風花・叢雲で拳を受け止めた。

 だが、あまりにも規模の違う一撃に腕と双刀が軋みを上げる。

 真っ向から受け止めては押し切られる。

 魔神の手の突進力に対し、光は体の前を交差するように左の刀で受け流し、勢いに流されるように体を反転させた。

 

「尸桜―― 」

 

 言霊によりサミジナの支配下にあるルフが反応し、右の刀を紫色の花弁が取り巻くように駆け上る。

 

 あの敵を討つために

 大切な彼女を護るために

 

 その願いを受け継ぐために

 

 今一度、その白をここに顕現させる。

 

「―― 白焔刃!!!」

 

 具現化した白い焔が魔装に纏わり、腕を通じて刀を取り巻く。

 

「!!!」

 

 焔の斬撃が魔神の手を斬り裂き、裂閃が白い光を放って爆音を上げた。

 迫りつつあった腕が爆閃によって吹き飛ばし、光も反動を受けて飛び退った。

 

 だが……

 

「光殿!」

「っ!」

 

 斬り落とした魔人の腕は二つ。それがすでに修復されていることを忘れていたわけではない。

 白瑛の声に光は自らの左から裏拳のように迫る魔神の手に一拍遅れて気づいた。

 咄嗟に風花・叢雲を体の左側面で交差させて防御の姿勢をとるが、攻撃に集中しすぎた。

 光は苦悶の声を漏らして依り代の拳を受け止めるが、魔神の掌が和刀を通じて生命力を吸い取っていく。暴力的に叩きつける力が強い。不十分な体勢の上に、生じた隙を衝かれた形になったたまに防御は不完全。

 

「ぐ、がっ!!」

「くっ!!」

 

 魔神の手に押し込まれ、弾き飛ばされた光を白瑛が受け止め、魔神を風で押し戻そうとするも抗いきれずに海面へと叩き落された。

 水中に没した光と白瑛。

 

「—―――っ! 光!!」

 

 追撃が来る前に、白瑛は光を抱えて海面から脱した。だが、自分の前に立ちふさがってあの一撃をもろに受けた光の負傷の程度を確認しようとし、気づいて声を上げた。

 

「くそ……」

 

 咄嗟に利き手を庇ったのだろうか、光の左半身は先の紅炎やアリババと同じように魔神の攻撃を受けて爛れていた。

 

「白瑛殿、皇殿!!」

 

 二人を襲った攻撃を上空から見ていた紅明が二人の安否を確認するように声を上げた。

 海面に没した二人だが、すぐさま白瑛が光を抱えて離脱する姿を確認した。

 光が庇ったためだろう、白瑛は重傷といえる損傷はない。だが彼女の魔力量はそうは多くない。最早限界ギリギリだろう。

 光に至っては行動可能な魔力も底をつきかけており損傷も甚大だ。

 

 

 連撃の攻撃を繰り出した依り代。崩れた体勢の隙を衝くように大海から水を操り、紅玉がその後背を狙った。

 

「おらあああぁっ!!」

 

 防壁の無い箇所を狙う。それがこの化け物との戦い方であり、それは当然紅玉も承知していたし、その個所を狙った。

 だが

 

「!!!?」

 

 海より数多の命を喰らってルフを得た依り代には最早紅玉の水の槍は傷を与えることもできなくなっていた。

 依り代の頭髪が無数の腕となって触手のように紅玉へと襲い掛かる。

 

「きゃあっ!!」

 

 依り代へと接近しすぎた紅玉の脚が腕の一つに掴まれ悲鳴を上げた。

 この手に掴まれればルフを吸い取られる。

 掴まれた箇所から魔装が引き剥がされ皮膚が溶けていく。

 

「紅玉っ!!! これ以上、身内を殺されてたまるかっ!!!」

 

 義妹の危機に紅覇が援護に駆けつけ練鎚を振るって紅玉を捉えていた腕を切り裂いた。

 だが、その紅覇の消耗も激しく、瞳からは過剰負荷を示すように血の滴が零れている。

 だからだろう、周囲への注意が散漫となり、気づいた時には依り代の手が紅覇の間近まで迫っていた。

 

「しまっ―――――――!!!!」

 

 ガシリと全身を掴まれた紅覇。

 声を上げることもできず、全身からルフが吸い取られていく。

 

「紅玉、紅覇!!」

 

 紅炎がアシュタロスの剣を振るい紅覇を救出するも、地に落ちた紅覇の全身からは皮膚という皮膚が剥がされ血だまりへと沈んだ。

 掴まれた直後に救出された紅玉も両の脚の皮膚を剥がされ出血し、その表情に苦痛の色を宿していた。

 

 次々と依り代の手にかかっていく義弟妹たち。

 その姿を見て、キッと魔神を睨み付けた紅明は魔力を集中させた指を振るい、扉を開いた。

 

 星が特大の方陣を描き、大山を囲い込む。囲い込まれた山は頂上からその姿を消していき、消えた頂きは天地を逆にして依り代の頭上へと現出した。

 

 海上に立つ依り代を押し潰すために紅明の七星転送方陣によって転移された山が轟音と共に落下する。

 大気を割り、海に穴を穿ち、炎帝と同等クラスの天変を引き起こした攻撃。

 巨大な質量を伴って落ちた山が海に大波を巻き起こした。

 

 どのような敵でも、軍隊であろうとも、一都市であろうとも滅ぼしかねない特大の攻撃。

 

 巨大な依り代を丸ごと押し潰すその攻撃は、戦闘継続時間を差し引いても負担の大きい一撃だったのだろう。紅明も苦しげに肩で呼吸していた。

 

 だが……

 

「っ。無傷……!!」

 

 荒い息を吐き、魔力の消耗が血管を損傷させる。そのような状態になっても、そしてこれほどの攻撃を受けても、依り代には傷一つなかった。

 

 

 ――ゥオオオォオォオオオ!!!!――

 

 世界を揺るがし、ルフを破滅へと導く咆哮が響く。

 依り代が天に空いた穴から堕ちる糸へと手を伸ばし、黒い太陽から滴り落ちるそれを自らに取り込まんとするかのように腕が引かれる。

 

 

 命の原始であるルフが消えていく

 

 世界が死へと向かっていく

 

 全てが暗黒へと、染まっていく――――

 

 

 

 

 長引く戦闘、傷つかぬ絶望的な敵。

 なによりもサミジナの持ちうる最大の魔法を連続で発動させたことで、魔力がもう底をつきかけている。

 咄嗟に尸桜で防ぎ、白瑛が風で援護してくれたために直撃こそしなかったが、今の一撃で受けた損耗の修復が遅い。

 

 命脈の花が散っていく。

 

 器が万全ならば修復は一瞬だったはずだ。

 それがこんなにも遅いのは魔力が残っていないのに加え、いよいよ時間が終わりを迎えようとしているためだ。

 

「くっ……」

 

 咄嗟に庇ったものの、押し込まれた光を受け止めた白瑛にかなりのダメージが通っていた。そして光同様、いやこの場にいる者全員の消耗が激しい。

 紅覇も紅玉も戦闘継続どころか、紅覇に至っては命が危ぶまれるほどだ。

 魔装・アガレスが噴出させた火山のマグマによる回復を封じられた紅炎とアリババも、最早魔力は限界を迎えようとしていた。

 

 そして……

 

「紅明殿の、あの攻撃でも……無傷……」

 

 サポート役に徹していた紅明が、山一つを転移させ落した攻撃も通じていない。

 紅明の魔力も、もう限界だろう。

 白瑛が己が無力を嘆くように顔を歪ませた。

 

 全ての攻撃が通用しない。どころか時間を追う毎にあの黒い魔神は海から風から、命を吸い上げて育っていく。

 

「…………」

 

 圧倒、という言葉すら生温い相手を見上げ、光は桜花を握り締めた。

 

 依り代は天へと手を伸ばし、破滅を引き寄せようと雄叫びを上げた。

 

 倒す手立てはない。

 

 しかし――時間を稼ぐくらいならば、あるいは……

 光に加護を与えるジンにはアリババや紅炎のような一撃必殺の威力はない。だがあの依り代は命を吸い取って自らの力にしている。それならば同じように命を司る“ガミジン”は、有効打にならずとも、多少の足止め程度にはなるかもしれない。

 

 だが、それをすれば――――

 

「……罪業と呪怨の精霊よ」

 

 器を留めておけなくなる、最期の禁忌。

 

「我が身を解き放つ」

 

 それでもいい。

 

「我が身に纏え、我が身に宿れ」

 

 絶対に白瑛だけは守る。 

 詞うように紡ぐ言の葉。

 

 人から魔神へ。

 偽りの姿から真実の姿へ

 

「我が身を大いなる魔人と化せ」

 

 戻ることのない最後の章。

 

 

 その最後の一節は――

 

 ――「雷光剣(バララークサイカ)!!」――

 

 ――轟きわたる雷鳴に遮られた。

 

 

 

「なんだっ!!?」

 

 紡がれることのなかった最後の一節。

 だが、目の前には天より降り注いだ雷に打ち抜かれ巨体を傾かせる魔神の姿があった。

 

「あれは……」

 

 雷雲の狭間から現れしその男。

 その姿、龍の鱗を纏い、額には第3の瞳を開き、雷纏う剣を手に振りかぶる。

 

 第1級特異点。

 この世界が生み出した奇跡。

 七つの海を制覇し、七体のジンを従える大王の器。

 七海連合の盟主にして、シンドリアの国王。

 

「七海の覇王! シンドバッド!!!」

 

 雲海を切り晴らし、今この戦場に新たなる勢力がその姿を見せた。

 

 覇王に率いられた世界の護り手。七海連合……参陣―――――

 

 

 

 

 

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