煌きは白く   作:バルボロッサ

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第34話

 世界の運命をも決することになった、煌帝国第四代皇位継承戦争。

 

 内紛としては破格の動員数と、結果的に多数の金属器使いが参戦することとなったこの内紛は、しかしその規模に反してわずか1日で決着を見ることとなった。

 

「私は七海連合の盟主、シンドバッド王だ!!! 私は盟友たる練 白龍帝の要請により、煌帝国の内紛を収めに来た!!! 練 白龍帝こそが、練 白徳大帝の血を継ぐ正統な皇帝なのだ!!!」

 

「我が盟友・シンドバッド王の言う通りだ!! 我は練 白龍!! 皆の者聞け!! 煌帝国は長きに渡り、世界の破滅をもくろむ魔導士組織に乗っ取られてきた!! 練 紅炎は彼らに組し、先帝と太子を殺害し、あまつさえ今は偽帝を名乗り、煌帝国そのものを奪おうとしている!! 反乱軍は剣を収めよ!! そして我とともにシンドバッド王が唱える世界の平和を実現させるのだ!!! ――――故に、我は七海連合と共に練 紅炎を討つ!!!! 練 紅炎は偽りの冠を脱ぎ捨て、投降せよ!!!」

 

 ガミジンの生み出した亡霊により、西軍大将の紅明は重傷を負い、戦の趨勢が劣勢となろうとも。

 シンドバッドの金属器の力により金属器使いである将軍・練 紅玉が操られてしまい、紅覇が囚われてしまおうとも。

 

 シンドバッド、そして白龍の宣告に、しかし紅炎の眷属をはじめとした煌帝国西軍の将兵たちは決して諦めはしなかった。

 

 ――この期に及んで旗色を変える者などいない――

 ――まだやれる――

 ――最後まで紅炎陛下と共に、戦いたい――

 

 

 だが――――決断すべき紅炎は投降した。

 すでに勝敗が決したことを、その聡明な頭脳が導き出していたから。

 なによりも自身の無駄な足掻きにより、忠義を示してくれた部下たちや弟妹が死ぬことを避けるために。

 

 それにより内戦は七海連合の調停を受け入れる形で終結した。

 犠牲者は両軍ともに万を超える単位の規模であったが動員された兵の数と、金属器使いの凄惨な攻撃に晒されたことを考えれば少ない数であったのかもしれない。

 そして東軍の主だった将としては、急速な眷属同化を行った李 青龍と周 黒彪とが死亡。

 西軍は反乱軍として歴史に記され、紅明・紅覇の両名は金属器を取り上げられた上で流刑となり、眷属である炎彰・周 黒惇・李 青秀・樂禁たちは投獄、そして首謀者である練 紅炎は―――斬首となった。

 なお、内戦においてシンドバッド王に“協力”し、調停に功労した練 紅玉・白瑛の二名のみは謀反の罪を許されることとなり、煌帝国は練 白龍帝の下で正式に七海連合の一員となったのであった。

 

 

 

 

「今回は我々、七海連合に協力してくれてありがとう、皇 光殿。おかげであの無益な争いを早期に決着させることができましたよ」

 

 練 紅炎の斬首が大々的に執り行われた煌帝国皇都・洛昌において、光は七海連合の盟主・シンドバッドと再び会いまみえていた。

 鷹揚に礼を述べるシンドバッドに、光は最低限の礼のみをもって応え、シンドバッドの斜め後ろに控える“女性”に目を向けた。

 剣も扇も身に帯びぬ、黒髪の麗人。

 

「ああ。こちらの白瑛殿も我々に協力してくれましてね。彼女の協力のおかげでダリオス殿が無傷で天山を超えることができたのですよ」

「“お初にお目にかかります”、皇 光殿。練 白龍帝の姉である、白瑛と申します」

 

 にこやかに“練 白瑛”を紹介するシンドバッド。

 “白瑛”は掌と拳を合わせる煌式の礼で“初見”の挨拶を述べた。

 その言葉を聞いても、シンドバッドのにこやかな笑みは全く揺らぐことはなく、

 

「…………弟可愛さに、仲間と国を売った女か」

 

 対する光は、極寒のような侮蔑の眼差しをもって“白瑛”を見た。

 光の言葉に“白瑛”は、居心地の悪い、申し訳なさそうなそぶりを“して”見せ、シンドバッドはそれを庇うように“白瑛”の前に身をおいて光の視線を遮った。

 

「ともあれ、これで煌帝国も七海連合に入り、この世界から戦争もなくなっていくでしょう。世界の仕組みもきっと変わる」

 

 光と“白瑛”の寒々しい対面の挨拶を強引に押し流して、シンドバッドは確信に満ちた様子でこれからの世界平和についての話に切り替えた。

 それは“練 白瑛”を光から庇ったようでもあり、“都合の悪いもの”を隠したようでもあった。

 

「実は世界同盟という構想がありましてね。しばらくはこの戦争の処理で忙しくなるでしょうから後日になりますが、煌帝国とともに和国にも是非、その常任理事国になってもらいたいと考えているのですよ」

 

 ただその語る内容は紛れもなく、この世界の行く末を考えたものであり、“七海連合”の“一つ”として和国を認めているかのような言葉であった。

 

 

 今、世界は七海連合という色、一色に染まっている。

 シンドバッドという強烈な光が生み出す眩いばかりの色が、すべてを染めているのだ。

 世界の今後を見据えたシンドバッドの脳裏には、もはや“敵国”というものは存在せず、すべてが彼の双肩に集約しているかのように考えているのかもしれない。

 

「和国は、煌との盟約に基づいて参戦しただけだ。七海連合に入った覚えはない」

 

 だが、和国は決してその色に染まるために今回の戦に参戦したわけではない。

 シンドバッドが語った信義が、理に則ったものであるからこそ、煌の正当なる後継である白龍に味方したのであり、和の国としての考え方を放棄したわけでは決してない。

 

「そうですね。ですがいずれこの世界から、国という枠組みは変わることになる。そのときは、ぜひ、手をとりあってこの世界をよくして行きましょう」

 

 その笑みに、男に、運命に、すべてを任せてしまえば、あるいはすべてが上手くいくのかもしれない。

 ただしそれは――――かの男の中で、最善と思われる道を通るということでしかないのだ…………

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 ――「私はあなたを見ている。アラジンと共にあなたをそばでずっと見ている。もし、将来さっきのように……あなたが変な気を起こそうとしているように見えたら――私が止めますから」――

 

 

 “すべて”を終えた白龍は、一人取り戻した国の中心――王宮の一室で、剣を手に途方に暮れたかのように虚脱していた。

 その剣を自らの首にかけようとして、しかしその行為はかつて愛した女性――モルジアナによって止められてしまった。

 

 妻にとまで望んだ美しく、強い女性。

 その女性が好いて、しかし自分が殺した友(アリババ)

 

 自分のこと(怒り)を理解してくれた、失った仲間(ジュダル)

 かつては慕い、しかし憤怒とともに首を落とした(玉艶)

 

 他にも、自分の歩いてきた道の途上で、一体いくつの大切な者を捨ててきたのだろう。

 

 

「兄上…………」

 

 紅炎の金属器である剣――白龍の兄である白雄が生前に紅炎へと賜った剣を手にして、白龍は力なく呟いた。

 

「俺は……復讐を果たしました。なのに……変ですよね。身体に力が入らないんです。以前はあんなに力が満ち溢れていたのに……」

 

 使命を果たせ。今わの際にそう自分に言った兄も、道の初めに失った。

 

「俺は、正しいことをやってきた。自分が信じる“正しさ”の通りにやってやった!!! なのになぜ、こんな虚ろな気分になるのか……考えていました…………」

 

 自ら望んで、この修羅の道を、復讐の道を歩き始めたわけではない。

 だが、生きていく中で最初に目指していた輝かしい未来を絶たれ、目指すことを止め、恨み、葛藤して生きていくことを選んだのは自分だ。

 

 ――「不幸だからと、あなたに生き方を、決められたくはないな」――

 

 戦の前、ジュダルとともにアラジンやアリババと戦った後、堕転を悪だと断じたアラジンに言ったのは、まぎれもなく本心だった。

 その言葉が間違っていたとは思わないし、歩んできた道が間違いだったとは思えない。けれども―――

 

「それは……人間の“正しさ”など、変わるから」

 

 “正しさ”は変わる。

 人の、世界の価値観は一定ではないのだから。

 

「シンドバッド王は、この世界から“国”を消すという。その時、“国”を取り戻すことがすべてだった俺の“正しさ”は揺らぎます」

 

 ――「俺はこれから大きな改革を行おうと考えている。国という垣根はいずれこの世界中から消えてなくなるだろう。その時はまた……頼むよ――

 

 必死になってかつての煌を、自分の居るべきだったはずの国を取り戻そうと足掻き続け、そしてようやくそれを成し遂げた白龍に、シンドバッド王は告げた。

 それがどのような改革なのかは分からない。けれども、本当に国が、煌帝国がなくなるのだとしたら――――自分の成してきたことはなんだったのだろうか?

 

 大勢の人を、友を、仲間を、家族を、殺してきたこれまでの道は、いったいなんの意味をもつのだろう。

 

「何が“正しい”のかは、大勢で考え続ける世界がいいと、言っていた人がいました」

 

 ――「誰かと考えが違うからって、相手が死ぬまで戦って、世界中とそれを繰り返して、それで最後に何が残るっていうんだ? 何も残らねーじゃねぇか!! だから、俺が一番正しいんだって、いろんなやつらが言い合いながら、みっともなく考えをぶつけ合いながら、全員で生きていくのが……正しい道だ!」――

 

「でも、俺が殺した。他にもたくさんの者を、国を取り戻すために斬り捨てた」

 

 あの人(アリババ)は一人ではなにもできない王の器だと、人の心の触れてほしくない大切な部分を暴き出して、抉り出す偽善者だと断じたのは、あの時確かにそう思ったからだ。

 

 でも、復讐を成し遂げ、その意味すらも揺らぎそうになっている今、本当に正しかったのは……

 

「だから……だから、俺―――――紅炎を殺せませんでした…………」

 

 ――ここでお前を殺しては……俺は自分の矛盾に耐えられない。不本意だろうが、俺が生きるために…………生きていてくれ――

 

 あの時――練紅炎を処断する決意をしたあの日、白龍は紅炎と話し合った。

 彼がどのような思いでアル・サーメンを受け入れていたのかを。

 彼がどのような思いで玉艶の下にいたのかを。

 彼がどれほど兄弟たちを大切に想っていたのかを。

 彼が―――白雄の敵をどれほど憎んでいたのかを…………

 

 ――白龍……お前は確かに玉艶を殺した。兄上たちの仇を討ったんだな――

 ――お前には無理だと思っていたぞ――

 ――いいや、俺こそがそれを成し遂げる男だと……思いたかった……白龍……お前がうらやましい――

 ――お前に負けて……俺はすごく、悔しいよ――

 

「あいつのこと、許しているのかどうか、自分でもわかりません」

 

 だから殺せなかった。

 

 重傷を負った紅明の命をとりとめ、紅覇と紅玉の命も見逃したことに対する返礼として、自身の手足を対価に白龍の手足を癒した。

 あれほどに傲慢で、傲岸だと思っていた紅炎が、討つべき仇を討った白龍のことを羨ましいと、負けて悔しいと、ただ、白雄の復讐を成し遂げたのが自分でなかったことを悔しがってうなだれた姿を見てしまった。 

 

「でも、あいつの気持ちはわかってしまった。そんな相手を殺せば、俺はまた空虚になってしまう」

 

 あんな姿は、見たくなかった。 

 あんな思いは、聞きたくなかった。

 

 なぜなら、あれは、復讐という憤怒を押し殺した、白龍が抱いていたかもしれない悔恨の姿、そのものだったから。

 

「憎んだ相手は俺の一部なのだ。殺してもなかったことにはできない。むしろ、復讐した数だけ、その間に必死に生きていた自分の人格が死んでいく……」

 

 母を慕って笑っていたころの白龍はもう死んだ……

 姉を母とも思い、懸命に守ろうと背伸びしていたころの白龍はもう死んだ……

 がむしゃらに力を求め、けれどもアラジンとモルジアナと、アリババとともに冒険して、笑っていたころの白龍は、もう、死んだ……

 玉艶を憎み、紅炎を憎み、世界を憎んで復讐を果たそうとしていたころの練 白龍も、死んで、しまった……

 

 だが、まだ残っているのだ。

 練 白龍はまだ生きているのだ。

 

「俺はもう、この生き方に甘えて空虚になるわけにはいかない」

 

 

 ――「俺は責任をとらねばならん。国を割り、民にいらぬ犠牲を強いた。俺がお前に皇位を譲っていれば死ななかった者たちだ」――

 

 

「この国と共に生きて、前に、進むために」

 

 

 ――「お前が王になるのを妨げるばかりの、ふがいない、兄ですまなかった」――

 

 

 取り戻し、そして“託された国”とともに。

 

 

 ――「さらばだ、白龍」――

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 練 紅炎の“処刑”から十日後、和国領内の小さな群島、そこに煌帝国の帆船が停泊していた。

 

 そしてそこでは、煌帝国における皇位継承戦争に敗れた“罪人”――元皇族の二人と、“死んだ”はずの人物が再会を果たしていた。

 

 もはや金属器はその手にはなく、腰には逃走防止用の縄を打たれた紅覇と紅明。

 白龍の手足の対価として左腕と両脚がザガンの木製の義肢となり、杖がなければ歩くこともままならない紅炎。

 その姿は、わずかひと月前には世界の王となることも不可能ではなかった位にあった者たちの姿とは思えないほどだ。

 

 ―――だがそれでも生きている。

 先帝と太子を謀殺したという汚名を被り、国を割ったという罪を被り、“正統なる”皇帝となった白龍に裁かれ、それでもなお、彼らは生きていた。

 

 すべてを失くし、それでも会えるはずのない兄との再会を交わした弟二人は、見張りの兵士に囲まれながらも、涙を流して兄へと縋りついていた。

 

 

 その様子を、

 

「流刑とはいえ、煌の“罪人”を和国で預かることにするとは……よろしかったのですか、光王子?」

 

 一人の副官と

 

「…………煌帝国の新皇帝の頼みだ。聞いておいても構うまい。それにあれでも“王の器”。死者よりかは何かの利用価値もあるだろう」

 

 一人の王子が遠巻きに見ていた。

 

「七海連合が問題視する可能性はあります」

「だろうな。言い訳にするにはもってこいだ」

 

 皇 光と立花融。

 和国の王子である金属器使いの一人と、その幼馴染にして副官であった男。

 いくら白龍新帝の願いとはいえ、七海連合から危険視されているであろう紅の王の器たちを自国の領内に収監することに、融は言葉では懸念を示し、光は淡々と応えた。

 その“答え”は、シンドバッドと対面した光自身が得た直感に基づくものであり、融が考えていることであり、兄である閃や和王が考えていることでもあった。

 

「どの道、遅かれ早かれシンドバッドはこの国に来ることになる。あの男の目的がなんであれ、違う色をもつこの国は、やつにとって邪魔な存在だからな」

 

 光が対面したシンドバッドという男は、たしかに“王”だ。

 清濁併せ呑む“王”。すべての責務を負う“王”。世界の指針となるべき“王”。

 

 紅炎たちの煌帝国は、戦争によって併合した国々の思想を統一することによって、世界から戦争を失くそうとした。

 シンドバッドはそんな紅炎たちを“悪”だと断じて、白龍に味方したわけだが…………

 

 ――いずれこの世界から、国という枠組みは変わることになる――

 

 それこそがさも、世界にとって最善な道なのだとばかりに告げていたあれは、“悪”だと断じた紅炎たちの結果と何ら変わらない。 

 ただそこに行くまでの過程と方法が異なるだけで、求めるものは、おそらくすべてを彼が最善だと思う思想に染めることだろう。

 

 事実、すでに世界の多くは染まりつつある。

 シンドバッドこそが王だと同調し、彼を盟主と讃える七海連合。

 その影響下におさまった魔法都市マグノシュタット。

 レームと煌帝国は、まだ独自性を保っているかもしれないが、このまま七海連合が世界を主導すれば遠からずその独自性は失われるだろう。

 それは和国も同じ。

 いずれ、煌帝国にも、レームにも、和国にも、七海連合の――シンドバッドの手は伸びてくるだろう。

 

 そのために、煌帝国とのつながりを残しておくくらいは、必要なことであった。

 

「…………彼らに、話はしていかれなくてもよろしいのですか?」

「必要ない。閃の兄王ならともかく、“戦場でしかまみえたことのない”煌帝国の皇族と、話すことなどない」

「…………」

 

 必要だったのは、罪人たちがこの島に収監されたという事実確認。

 それさえ済めば用はないと背を向ける光に、融はもの言いたげな視線を向けた。

 

 ――そんなはずはないでしょう、と告げておきたかった。

 たぶん、戦地でまみえたという皇子は、きっと裏切られたと思っただろう。

 シンドバッド王の隣にいた、白瑛様も、彼の変わりように驚愕しただろう。

 

 でも、それは仕方ないのだ、と。

 

 彼の器はもう、欠けてしまったのだから。

 

 願いの対価に、守護の対価に、そのすべてを捧げてしまったのだから。

 

 罪業と呪怨の精霊・ガミジン。

 主の望みを叶えるその精霊に、彼はその願いの源泉を渡してしまったのだから…………

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

「シンドバッド王よ……ありがとうございました」

 

 煌帝国からシンドリアへの帰国の途についた船団の、その王の居る船の一室で、“練 白瑛”はシンドバッドと二人、話をしていた。

 

「弟の即位にまでお力添えくださって……感謝に、耐えません」

「いいえ、白瑛殿!」

 

 仲間であった紅炎や紅明たちを裏切ったことへの慚愧が苛んでいるのか、はたまた一度は手を振り払った弟とあわす顔がないのか、白瑛はすべてに対して申し訳ないとばかりに、首を垂れていた。

 その姿は美しく、白の大華が朝露に濡れて首をもたげる様にも似て見えた。

 女好きでも知られるシンドバッド王は、そんな“白瑛”の方に手を回し、鷹揚にその感謝を受け入れた。

 

「それに、“世界をひとつに”することが私の夢でした。ぜひこれからも、あなた様のそばで力を尽くしたいのですが……」

 

 懇願するその顔は、かつての婚約者が見たこともないほどに媚を帯びたものであり、しなをつくるその姿も別人かと見まがうことだろう。

 

「ええ、構いませんよ」

 

 にこやかに“白瑛”の申し出を受けるシンドバッド。

 “白瑛”は自身を受け入れてくれたシンドバッドに、煌式の礼を捧げて再び頭を下げた。

 

「ところで…………」

 

 そんな、光も知らなかったであろう“白瑛”に

 

「うまくやったものですね」

 

 思わぬ言葉がかけられた。

 

「えっ?」

「白龍くんもアラジンも、あなたは死んだと思っている。あなたは本当に芝居がお上手ですね! ――――練 玉艶殿」

 

 “白瑛”の表情が、歪む。

 それは身に覚えのないことを告げられた者の顔ではなく、また彼女を知る者が見てきたのとは“別人の練 白瑛”だった。

 

「それともこうお呼びするべきかな? ――――“アルバ”、と」

 

 手を差し伸べられ、確信に満ちた顔で呼ばれたその名に、“白瑛”の、“玉艶”の――いや、アルマトランのマギ・アルバの表情が異形に歪んだ。

 

「あなたは―――ダビデ老……」

 

 そして返される別人の、別人でありながら、同一となった存在の名。

 

 それはかつて滅びた世界の、この世界を創った王の父であり、“神”とならんとした男の名前。

 

「ダビデ様……私は、あなたが憎かった……あなたが“あのお方”から力を奪い続けていたと知った時、私は強大なあなたを殺すために、同じ志を抱くソロモンの元へ下った」

 

 かつて滅びた世界で知った事実。

 かつてあった、この世界とは違う世界での出来事。

 

「でも、ようやくわかったのです……今や、あなたこそが、“イル・イラー(あのお方)”そのものなのですね」

 

 そして、今なお紡がれ行く、破滅の物語。

 

 フラフラと歩み寄った白瑛(アルバ)は、おもむろにシンドバッド(イル・イラー)へと抱き着き、懇願の声を上げた。

 

「お願いです!!! 私の力を使ってください!!!」

 

 艶媚を帯びた女の顔で、その豊満な胸を押し付けて願う女性。

 シンドバッドはそれを乱雑に跳ねのけるように押し飛ばした。

 

「あっ!」

「勘違いしてもらっては困るな」

 

 そして床に倒れた白瑛(アルバ)を見下ろすシンドバッド。

「俺は俺だ。シンドバッドだ。“ダビデ”そのものではないよ。俺はずっと、俺の信念だけに従って動いてきた」

 

 その姿は見上げる白瑛(アルバ)からは、まるで後光が差しているいるかのような()の姿であっただろう。

 

「アルバさん。あなたは確かに魅力的な女性だ。誰よりも知識と力を持っている」

 

 これまで千年に渡って蓄えてきた、耐えてきた自身の存在に、お褒めの言葉をいただけているアルバは、まるで恋い焦がれるお方を見上げるように頬を染め、口元を歪めていた。

 

「だが、“アル・サーメン”としてのあなたには、用はない。これからはすべて、俺のやり方に従ってもらうよ。それでも?」

 

 自身に満ち溢れたシンドバッド王の尊顔。

 あのお方(イル・イラー)が目の前にいるというのに、そのご助力となることができるというのに、一体なぜ、用済みとなった“アル・サーメン(アルマトランの仲間たち)”に固執することがあるというのだろう。

 

「はい、よろこんで!!!」

 

 シンドバッドの手をとった、その顔は、歓喜の涙で崩れ――どこまでもどこまでも、歪んでいた。

 


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