煌きは白く   作:バルボロッサ

42 / 54
第39話

 

 何よりも大切にしていた宝物との繋がりを絶たんとする光を止めようとして、血の海に沈んだ融。

 その彼に追撃を放たんとした光を止めようと飛び出し、そして人形の体を真っ二つにされたアリババ。

 

「む。――――!!!」

 

 当然ながら、気も込められていない玩具のような針剣を手にして飛び込んできた人形を迎撃するなど不意を突かれた状態でも光には容易いことで、しかし直後、ゾワリとした悪感が光の左手を動かし、腰元の鞘を引き上げた。

 

「ハぁああああッ!!!!!」

「っづぐッッッ!!」

 

 ド、ゴッッッと重い衝撃が鞘へと直撃。

 咆哮と共に重たい蹴りを放ってきたのは、赤髪の――ファナリスの少女。その一撃は少女の細い脚から放たれたことが到底信じられないほどに重い。

 それもそのはず。その蹴りは、暗黒大陸の覇者である戦闘民族、ファナリスの少女の蹴りが、激怒した状態で放たれたものなのだから。

 

「これが、赤獅子――ファナリスの力か」

 

 片脚を掴まれていたが、残る脚で辛うじて衝撃をいなすように跳び、同時に鞘へも操気術で気を集中。跳んだ衝撃で融の手は離れたが、その分幾割かは衝撃を逃がし切れなかった。

 生身での蹴りであったはずなのに、気で防護した鞘を通しても衝撃が貫いてきて、光の腕を痺れさせ、顔を歪めた。

 

「よくもアリババさんをっ! ――ッッッ!!!? これはッ!!?」

 

 だが追撃はそこまで。

 激昂してなおも跳びかかってこようとしたファナリス――モルジアナだが、蹴りを放った脚から駆け上がってきた違和感に気が付いた。

 血管が浮き上がり不自然に脈動しており、脈動するのに合わせるかのように力が入らなくなっている。

 

「モルジアナ殿!!」「!!」

 

 驚愕し、脚を止めていたモルジアナは、蹴り飛ばした光からの反撃に気づくのが遅れ、それを遮ったのは土中から現れた樹木と白龍の呼ぶ声だった。

 

「魔力操作能力です。モルジアナ殿は下がってください!」

 

 モルジアナの危機を間一髪のところでザガンの植物操作で守った白龍は、自身の金属器を発動させた武器化魔装――双頭の槍に魔力を上乗せして光の前へと躍り出た。

 

 操気術――魔力操作。 

 本来魔力とは一人の体に一つのみ宿るもの。それを操作する術は、武器や打撃の攻撃力を著しく向上させるものでもあるが、それと同時に他者の体内の魔力にも影響を及ぼす。

 魔力の保護なしに魔力操作された攻撃を受ければ、それだけで体内の魔力がかき乱されて深刻なダメージを受ける。

 

「ふん。ようやくやる気になったか、練白龍」

「皇 光ッ! アナタはッ、ッッ!!!」

 

 白龍がザガンへと魔装化したように、光もまた金属器のジンを呼び起こし、左右二刀の武器化魔装へと和刀を変えた。

 

 かつてならば望んでも行われなかった本気の光との戦い。 

 それが今、かつてとは違う彼と望まぬ形で、命のやり取りという形をもって行われ――――

 

「白龍陛下!」

「ッ!」

 

 そこにさらに双剣を抜いた青舜も加勢して光に斬りかかった。

 

「ほう。気も使えん従者風情が、勇ましいことだ」

 

 背後から斬りかかってきたそれをなんなく躱した光は、その剣には気の込められていないただの剣であることを見て取って揶揄するように口にした。

 

「ッ、下がれ、青舜!」

 

 その懸念は当然、魔力操作を使う白龍も抱くものだ。

 モルジアナをかばうように前に出たのも、モルジアナが徒手空拳で剣技に優れる光とは相性が悪いというのもあったが、それ以上に魔力による防護なしには操気剣――魔力操作による攻撃を受けることもできないからだ。

 元々魔力量の少なく、魔力の加護のないモルジアナはとりわけ操気術との相性が悪いが、かといってそれは剣や盾などの武器を持っていても変わらない。

 青舜の持つ眷属器が発動できれば話はまた変わるが、今の青舜は――主である白瑛が金属器を使えない状態であるため、彼もまた眷属器を発動できないのだ。それではモルジアナと同じで光の剣を受けることもできず、斬りかかって受け止められるだけでもダメージを負ってしまう。

 

「いいえっ! せめて援護だけでもさせてください! 」

 

 だが退けないのは青舜も同じだ。

 相手は白瑛の隣に立っていた者で、彼女のために壊れ、その結果として今、彼らの前に立ち塞がり、白龍と自身を斬ろうとしているのだから。

 

 

 

「白龍さん! くっ!」

「モルさん! アリババ君!」

 

 白龍に庇われる形となったモルジアナは悔し気に眼前で繰り広げられている戦いを睨み、怪我のために出遅れたアラジンが駆けてきた。

 そのアラジンの、アリババを呼ぶ声にハッとなったモルジアナは両断されたアリババへと視線を向けた。

 

 彼女たちは一度アリババを失った。

 その彼と再び会って、会話することができるようになったというのに、こんなところで――

 

「くっそ! やっぱりこの体じゃ、満足に戦うこともできねぇのかよ!」

「え…………?」

 

 むくりと、上下に両断されたアリババ(埴輪)が起き上がり、上半分の体が両腕を使って下半分の体をうんしょ、うんしょと苦労しながら合わせようとしていた。

 

「大丈夫なのかい、アリババ君!?」

「ああ。心配いらねぇ。この体、痛みとか感じねぇんだ。けど元の体ほどちゃんと動かせねぇし……くそっ、アモンの剣もなきゃ、戦いに割って入ることもできねぇ!」

 

 この体には“魔力こそあるが”、今のアリババの体ではアモンの剣を振るうどころか持つこともできないだろう。

 アモンの剣を使うことはできない。だがたとえ元の体があったとしても、アモンの剣がなければ太刀打ちできない。

 アリババも魔力操作の修行は行ってはいるが、彼の魔力操作の技量ではせいぜい剣の柄程度までしか覆うことができないのだ。

 彼の魔力操作のレベルは一度死ぬ前のものではあるが、死んでいる時には魔力がなかったのだ。当然魔力操作の修行などできるはずもなく、技量が進歩していることはないだろう。

 それでは到底あのレベルの魔力操作から身を守ることはできない。

 アリババの魔力操作よりも上の技量をもつ白龍の魔力操作。それすらも凌駕する光の操気術。それに対抗するためには、すべてを切り裂く炎熱のアモンの剣が必要なのだ。

 

 今のアリババでは、その人形の体がもつ剣ではダメージを与えるどころか、牽制にも、盾になることもできまい。

 

 そしてそれはモルジアナも同じようなものであった。

 先の攻防では、なんとか不意を打って攻撃を加えることができたが、光の直感力は異常なレベルだ。

 反撃を受ければ怪力を誇るモルジアナの手足でもあっさりと両断されてしまうし、防がれるだけでも接触した魔力からモルジアナの体はダメージを受けてしまうだろう。

 

 そんな二人を見て、傷だらけの体を押してこの場にいるアラジンもまた覚悟を決めて戦いを見据えた。

 

「……モルさん。10秒でいい、眷属器を使ってお兄さんの動きを止めてくれないかい」

 

 今できることをする。

 それが例え自らをさらに追い詰めることだとは分かっていても……

 

「10秒、ですか?」

「うん」

「どうするつもりだ、アラジン?」

 

 アラジンの提案にモルジアナは戸惑いがちに尋ね、アリババも訝し気な声音で尋ねた。

 10秒というアラジンの提案。その時間も意図が読めない上に、提案そのものにも問題があった。

 

「“ソロモンの知恵”を使う」

「アラジン! それは――」

 

 アリババの問いにアラジンは自身が持つ、自分だけが持つ力を行使することを告げた。

 だがその宣言にモルジアナが慌てたように声を上げた。

 今アラジンたちは、“ソロモンの知恵”を狙うアルバ(アルマトランのマギ)から身を隠している状態だ。

 遠からず見つけられてしまいはするかもしれないが、今“ソロモンの知恵”を使えば、確実にアルバに居場所を気づかれてしまうだろう。

 アラジンが重傷を負っている今、再度アルバに見つかればもう逃げることはできないだろう。

 だがアラジンはモルジアナのその心配を力ある瞳で制した。 

 

「アリババ君の時、ベリアルに飛ばされたアリババ君の意識体はこの世界のルフのどこにもなかった。けれどもガミジンの力はそれとは違う」

 

 以前、アリババが“死んだ”時、アラジンの“ソロモンの知恵”はアリババを取り戻すことができなかった。

 

「彼の中から繋がりが消えたとしても、この世界には確かに彼と白瑛お姉さんの繋がりが残っている。白龍君の中に、青舜お兄さんの中に、それに僕の中にも」

 

 だが今の光の状態は、アリババの時とは違う。

 まだ取り戻せるかもしれない。

 運命に翻弄されて、壊れてしまった“王の器”を直せるかもしれない。

 

 それは酷く傲慢な考えなのかもしれない。

 彼が覚悟した思いを踏みにじり、運命の正常な流れに抗い、消えてしまったものを取り戻そうというのだから。

 だが、今は一人でも多くの味方が必要だし、白龍と光が、白龍の姉である白瑛を愛する人とが、殺し合いをするのを諾々と受け入れるなんてできない。

 

 かつてアラジンは白龍に「人が最初に目指していた未来と、真逆の咆哮へ突き進んでいくことが堕転であり、それはとても悲しいことだ」と言った。

 それに対して白龍は「生きていく中で最初に目指していた輝かしい未来を、目指すことを、途中でやめて、恨んだり、葛藤してはいけないのか」と問うた。「不幸だからと、あなた(他人)に生き方を決められたくはない」とも言った。

 

「“ソロモンの知恵”でルフに潜って呼びかければ、繋がりを繋ぎなおすことができるかもしれない。そうすれば…………」

 

 今もアラジンには、その時の答えがない。以前ほど堕転が明確なる“悪”だとは思えなくなっている。 

 けれどもやはり、堕転は悲しい結末の一つだという思いはあるし、できるならば、明るい未来へと進んでほしいではないか。それが神の創った運命だとか、ソロモンの創った運命だとかは関係なく、望んだ未来があって、それに向かって懸命に進もうとしている人がいるのなら、それを手助けしたいと願うことも、きっと“悪”だとは思えない。

 

 なによりもアラジンはすでに覚悟を決めていた。

 それによりアルバに見つかることがあったとしても、今は光を、融を、白龍を――そして白瑛たちの未来を、繋がりを開きたい。

 

「でも眷属器は…………」

 

 ただ、問題があるとすれば青舜と同じく、モルジアナも今は眷属器を使えないということだ。

 眷属器は主が金属器を持っているときにのみ使用できる。

 主があまりにも金属器から離れてしまったり、白瑛のように金属器を使えない状態に陥ってしまったら眷属も眷属器の力を使うことができなくなってしまうのだ。

 

 ただし、その問題のみはすぐに解決ができた。

 アラジンは少し申し訳なさそうに一振りの剣をアリババに差し出した。

 

「アリババ君。これを……」

「これは……俺の剣!」

 

 かつてアリババの父、バルバッド王がシンドバッドへと贈り、シンドバッドがアリババへと贈った繋がりのある剣。

 アラジンに加護を与えるアモンが宿っている金属器。

 

「本当は体と一緒に渡すつもりだったんだ。今のアリババ君の体じゃ、使うどころか、持つこともできないだろうから。けど…………」

「ああ。分かってる。モルジアナ!」

 

 今のアリババの体には、魔力が“ある。”

 体は本来のモノではないが、意思と魔力があれば、たとえ主自身が剣を振るうことができなくとも力は使うことができるだろ。

 

 アリババの手元に、彼の力が戻るのを見届けたモルジアナは、彼女の脚を飾る眷属器にも力が戻っていることを確信し、アリババに力強い頷きを返した。

 

「はい。10秒、なんとかやってみます」

 

 

 

 

 

 光と白龍、青舜の戦闘はいよいよ激しさを増していた。

 剣技と魔力操作で圧倒的に劣る白龍はザガンの植物操作を巧みに取り入れて距離を取ろうとし、青舜は樹木を陰にしてなんとか光の死角を衝こうとする。

 

「くっ」

 

 だが青舜の試みは光の超人的な直感力と反応によって不発に終わるばかりで、むしろ気の込められた斬撃を受けることもできないために、近づいては必死に回避するので精一杯ということを繰り返している。

 ただそれでも光の注意の幾割かを割かせることには成功しており、時折白龍への光の接近を許すものの青舜との連携により辛うじて均衡を保っていた。

 しかし均衡は均衡。

 繰り返し訪れる離脱のチャンスの一つを使って、白龍は自身の肩鎧、もう一つの金属器へと魔力を込めた。

 

「ベリアルッッ!!」

 

 それは世に3人しかいない迷宮複数攻略者の内、かのシンドバッドでも、練紅炎でもできない特異業。

 

「金属器二つの同時発動だと!?」

 

 ザガンの植物操作と同時並行して、肩鎧に刻み付けられた八芒星が魔力と意思を得て光り輝く。

 

 放たれる紫色の輝きが、光へとまとわりつくと、光の脳裏に“覚えのない”優しく(悍ましく)美しい(偽りに満ちた)声が響いた。

 

 

 ――光殿…………――

 

「ッッ!?」

 

 同時に脳裏をよぎる女性の姿。その姿は白磁の肌に濡れたように黒い髪の麗人。

 それは―――――

 

「ちっ! ――――唵ッッ!!」

 

 舌打ちをした光は、武器を持ちつつ咄嗟に片手で刀印を結び、体内の気を一気に駆け巡らせた。荒れるように巡った気が、外から注ぎ込まれていた精神干渉の魔力を浄化し、外部からの魔的干渉を断つ。

 

「精神、いや記憶干渉か。姑息な真似を」

「なにっ! ベリアルの干渉を跳ねのけただとっ!!?」

 

 ザガン、ガミジンと同じく命を司る八型ルフの金属器、ベリアル。

 かつての戦争では兵士の憎悪を植え付け育て、狂化に利用していた力だが、堕転から戻った白龍はその力をもって、光の失われた記憶を取り戻させようと働きかけたのだ。

 

「無駄なことだ。幻術など俺には効かん。貴様のそれは! ただ敵意を煽ったにすぎん!!!」

「ッッッ!!!」

 

 だがベリアルの力はそもそも、生命を操る魔法を脳に作用させて影響を及ぼし、記憶や五感を操作する力。

 完全なる魔装の力によるものならばともかく、魔力を流し込まれた程度であれば、操気術によってその魔力を排除してしまえば無効化できる。

 そしてなにより、“今の”光には、彼が心から大切に想っていたものの記憶などない。繋がりも失ってしまったそれを幻覚によって見せたところで、それは憎しみを向ける相手を見せられたにすぎなかった。

 それは奇しくも、かつて白龍がベリアルの力で自国の兵士たちにやったことと同様でしかなかった。

 

「くっ! 白龍陛下ッ!」

 

 ますます苛烈に白龍を攻め立てる光の猛攻に、ザガンの植物で護られていた青舜が、その盾から飛び出して切り込んだ。

 憎しみを駆り立てられたがゆえに、光の意識が青舜から逸れたのではないかと気づいての動きだったのだが――

 

「――かっ、は」

「青舜ッ!!!!」

 

 憎悪に激してもなお、光の太刀筋と反応は冷徹だった。

 双刀でザガンの植物を斬りつつ白龍と打ち合っていた背後を衝いたにもかかわらず、光は青舜に視線も向けずにその動きに反応し、蹴りをその腹部へと叩き込んだ。

 

 重い一撃に加えて気を無防備な体内へと流し込まれた。

 それは命の危機にも瀕することであり、幼馴染でもある青舜の危機に、白龍が動揺を露わにした。

 

 その動揺は格好の隙。

 

「ッッ――――しまっッッ!!!」

「尸桜―――――」 

 

 光は片手の和刀で白龍の青龍円月刀を跳ね上げ、金属器の八芒星に魔力を集中。

 紫色の魔力が煌き、“白い”焔が顕現。

 

「――― 焔刃!!!!」

「――――――ッッッ」

 

 振り下ろされた焔刃は、避けようもなく必殺の間合いで放たれ、武器を跳ね上げられた白龍にはただその刃を身に受ける以外に選択肢はなかった。

 

 焔を纏った斬撃が白龍の体に直撃し、その体が吹き飛ばされた。

 だが―――

 

「くっ! ――――? これは…………?」

 

 必殺の間合いとタイミングで繰り出された光の一撃は、たしかに白龍の体に直撃していた。しかし数メートルを吹き飛ばされた白龍の体には斬撃の痕はない。

 

 魔力操作で防いだ? ――――彼我の技量差では白龍の鎧など薄紙も同然に引き裂かれる。

 ギリギリで躱した、防がれた? ――――防ぎようも、回避のしようもなく、たしかにその体に斬撃が走った感触があった。

 

 白龍の体には斬撃の痕はなく、代わりのように

 

「なにっ! 焔が!?」

 

 白い焔がまるで白龍を護るかのごとくに纏わりついていた。

 驚愕は光のもの。光の金属器から放たれた“白焔”が、憎悪する敵であるはずの白龍を護っていたのだ。

 

 ―――その“白”は、かつて弟を守るために業火の中で敵を斬り伏せ続けて業火に呑まれた。

 その“白”は、かつて弟を守るために業火の中で自らの腹を裂いて意志を託した。

 なればその意志継ぐ者に、どうしてその白焔が牙を剥こうか…………――――

 

 だがそれを光は“知らなかった”。

 なぜなら彼が気が付いた時、すでに彼の金属器にはその力があったのだから。

 彼にとってそれは単なる“力”でしかなく、そこに込められた“思い”など知るはずもなかったから。

 

 ゆえに、さしもの光も自身の愛刀の翻心ともいえる力の発現に、それまでの俊敏な動きがわずかに止まった。

 

 ――ジャラ ――――

 

「――ッッ!!」

 

 驚愕が、光の反応を一瞬鈍らせ、異音に気づいた光は直感に任せて後ろへと跳び退こうとした。

 

「眷属器――」

 

 しかしそれよりもわずかに早く轟くファナリスの少女の声。

 

炎翼鉄鎖(アモール・セルセイラ)!!!」

 

 光の周囲を囲んだ鉄鎖が光を拘束せんと襲い掛かった。

 

「――クッッッ!!」

 

 回避は不可能。ただの不意打ちであれば拘束狙いの攻撃など受けはしなかっただろう。だがいかに直観力の優れている光といえども、自身の力が敵を守るという不測の事態に加え、眼前には優先的脅威である金属器使いがいたのだ。

 

「ちぃぃっ!!!」

 

 咄嗟にできたのは、二刀の左を盾にして炎熱の拘束鎖から身を守ること。

 包囲から一瞬にして光の体を締めあげんとした炎熱鎖は、光の体を締めあげる寸前の僅かな差で差しはさんだ金属器が完全に締め上げるのを防いだ。

 

 モルジアナの眷属器、炎翼鉄鎖(アモール・セルセイラ)

 それはアモンの主であるアリババとともに在ることを誓い、願った彼女がかつて手にした鉄の翼。

 アラジンが語りかけ、かつての奴隷仲間が断ち切り、アリババが外してくれた奴隷の証から生まれた彼女の空翔ける翼。

 

「っぅッッ!!」

 

 さしもの光も、ファナリスの怪力による締めつけとアモンの眷属器の炎熱の2重攻撃には顔を歪めて苦悶の声を漏らした。

 ファナリスの怪力は鎖による遠隔性を介してなお、光の膂力を圧倒的に上回っているのだ。

 もっとも純血のファナリスであるモルジアナの魔力量は非常に少なく、大熱量を発生させればすぐにでも魔力切れを起こして瀕死の状態に陥ってしまうが、それでも光の動きは固定された。

 そして――――

 

「今です! アラジン!!!」

「!!」

 

 その僅かな拘束こそが必要だった時間。

 光の視界の端に、杖を構えるマギの姿が映る。

 

「行くよ――――“ソロモンの知恵”!!!!!」

 

 

 額に発現するは八芒星の証。

 光輝く鳥のようなルフが翔け、失われた想いを取り戻す願いを込めて、四人目のマギが一縷の望みをかけて切り札を切った。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 男が一人立っていた。

 

「樹……?」

 

 全ての花を散らし、枯れた木を前に一柱のジンが人型ほどのサイズに身を縮め、見上げるように立っていた。

 

「君は……」

 

 紡がれた願い。

 祈りを胸に舞い降りた闇の中でアラジンが出会ったのは――――

 

「これは唯の残骸。消え損ねた夢の欠片。やがては淡く消えゆくただの泡沫」 

 

 悲し気な声音とともに振り返ったのは、かつて姿を見せてくれなかった光のジン――ガミジン。

 

「……なら、なぜ見つめているんだい。そんな顔で」

 

 奇蹟のマギが見たのは希望か、絶望か

 

「約束があったんじゃないのかい!? おにいさん!」

 

 必死に呼びかけるアラジンの声に、ガミジンの顔に悲しみと憐れみが浮かんだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。