煌きは白く   作:バルボロッサ

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第40話

 

 ――ここに来て、あなたのお父上である王にお会いし、あなたとお話をさせていただき、あなたを知ることができた―――

 

 脳裏でフラッシュバックする“あるはずのない”光景。

 

 ――私も、あなたに約束します。今度お会いする時。その時の私が、守られてばかりの私ではないことを、約束します――

 

 ――ふ。はは、ははは! 和でも煌でもなく、一人の女のためにお前は大陸の侵略国家に出向いてきたというのか? ――

 

 

「なんだッッ――――これはッ!」

 

 波濤のようなフラッシュバックの奔流に、光は額を抑えた。

 練白龍が先ほど仕掛けてきた金属器による精神攻撃とは違う。

 “まるでかつてあった出来事のように”どこかから流れ込んでくるそれを、懸命に体内の気の流れを操作して外部からの干渉を排除しようとするが、止まらない。

 

 ――しかし、流石ですね皇殿。兄上があれほど楽しげに人のことを語っていたのは久しぶりです――

 

 紅い髪の軍師――

 

 ――政略結婚、っていってもお互い好き合ってる同士なんでしょぉ? せっかくの良い縁なんだから大事にしなよ~――

 

 紅い髪の武人の少年――

 

 そんな景色は知らない。

 彼らとそんな言葉を、やり取りを交わしたことなどない。

 彼らは憎悪すべき世界の敵で、大罪人で、自らも参戦した戦の敗北者。

 

 

 ――大きなお世話です。お暇なのですね。特使さんは――

 

 紅い髪の水の乙女――

 

 ――……光殿。俺の力が不安なら、貴方が試してみて下さい。…………今の俺は、もう、貴方よりも強い!!――

 

 彼らは唾棄すべき裏切者たちで、この国に禍をもたらす者たちで、彼が斬り捨てるべき敵で…………

 

 

 ――今この時。貴方と見る雪はどこか特別なもののような気がして、私は好ましいと思いますよ――

 

 

 あの時、何を見ていた?

 舞い降りる雪の景色に、何を垣間見ていた。

 

 ――今日、貴方と見られたこの雪の景色の思い出は、きっと忘れないと私は思います――

 

 舞い降りる雪(舞い散る花弁)は誰の肩にとまっていたのか。

 

 

「俺に、入ってくるなッッッ!!!!」

 

 痛む頭を押さえた掌。指の隙間から覗く視界の先に立つのは、額に八芒星――敵の証(金属器の紋様)を煌かせるマギ。

 

 ――だがせめてあいつには……白瑛には幸せな生を送ってほしいと思うのは、俺の我儘か……?――

 

 

「――――――貴様ぁぁッッッッ!!!!!!!!」

 

 会った覚えのない白き武人の雄々しい顔が浮かび、泣きそうな、あるいは懇願するかのような言葉を紡ぎ、光は絶叫の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 アラジンが仕掛けたのは、“聖宮”へのアクセス権である“ソロモンの知恵”を使ってこの世界のルフの記憶を探り、光の失われた、そしてガミジンが経験してきた光のもっとも大切な人との“繋がり”の記憶を呼び起こすことだった。

 

 かつてアラジンは、堕転したマギ――ジュダルに対しても、彼の覚えのない赤子のころの記憶、アル・サーメンによって両親と引き裂かれた記憶を見せたことがあった。

 結果、彼は最終的に白龍と手を組んでアル・サーメンに反旗を翻し、その組織の力をほぼ壊滅に追いやった。

 

 たしかに光の中からはその記憶に関するルフはない。

 けれどもこの世界には彼と彼のもっとも大切な人(練白瑛)との関係を知る人、見てきた人が居る。

 そういった繋がりから生まれた記憶を知るルフに呼び掛けて光にそれを見せたのだ。

 

「くっ!」

 

 だが今回は以前(ジュダル)の時とは違い、アラジンの消耗が激しすぎた。

 シンドリア沖でアルバとシンドバッドによって負わされた深手はまだ十分に癒えておらず、歩いて移動しているのでもかなりの疲労を蓄積していたのだ。

 マギたるアラジンには、ほかのどんな魔導士とも違ってルフから無限に魔力を供給を受けることができる。

 特にアラジンにのみ許された“ソロモンの知恵”を使えば、太古のルフから記憶を呼び起こしてその魔法を行使することだって可能だ。

 だがそのためには、流れ込む記憶の奔流を受け止め、処理しきる器と、魔法を行使するための強い肉体が必要であり、著しく体力を消耗する。

 今の彼にはそれはかなり大きな負担であり、アラジンもまた苦悶に顔を歪め、杖を渾身の力を振り絞って握り締めながら“ソロモンの知恵”を発動させていた。

 

 額を抑えた掌の隙間から敵意に満ちた眼差しを向けてくる光。先ほどまでは白龍こそが討ち取るべき第1優先脅威であったのを、今やこのマギこそが最も凶災をもたらす敵であると認識した眼差し。 

 その視線を受けて敢然と対していたアラジンだが、苦悶が漏れ、一瞬注意が途絶えた。

 

「アラジンっ!!」

 

 ―――瞬間、光の姿が消え、同時にモルジアナの叫ぶ声。

 

「!!!!」

 

 “ソロモンの知恵”により自身のルフに変調を来している中、しかし光はその歩法をもってアラジンへと肉薄し、和刀を振りかぶった。

 

 幻術とも違う、この不可思議な業とて、術者が倒れれば続きはしないはず。

 深手の状態のアラジンでは“ソロモンの知恵”の発動で手一杯で、強固なボルグは作り出せず、しかも光の気を纏った和刀はボルグすらも斬り裂く。

 

 しかし―――

 

「!! ――ちぃっ!!!!」

 

 和刀を振るいボルグを斬り裂くその直前、光は“それ”に気が付いて跳び退った。

 

「えっ!? なんだっ!!?」

 

 一瞬遅れて、光がいた場所を飛来した斬撃が襲い掛かった。

 着地した光はすぐさま斬撃が飛来した方角――アラジンたちがやってきた方角へと視線を向けた。

 そしてさらなる斬撃が飛来するのを察知して跳んだ。

 

「くッッ、カイムの斬撃。兄上かっ!」

 

 続けて二撃、三撃と飛来する斬撃を躱しつつ後退する光は、その主である金属器使いである兄、閃が居るであろう方角を睨みつけた。

 

 皇閃を加護するジン――傾聴と鋭絶の精霊 カイム。

 その能力は力を操る7型のルフを司り、あらゆるものを、空間すらも斬り裂く能力。その力の片鱗をもってすれば、空間を斬り裂くことで距離に無関係な斬撃を放つこともできる。

 

 それに加えて閃が操気剣を込めて振るえば、いくら光でも完全に避けることは難しかっただろう。

 つまり今の斬撃は威嚇。

 光を処断こそしないものの、彼らは守るという威を示してきたのだ。

 

 距離を離すと斬撃は来なくなったが、肩で息をするほどに疲弊しているマギの放つ正体不明の幻術魔法は止まっていない。

 だが、閃にことがバレて威嚇された以上、継戦することは許されない。

 

 光はアラジンを、白龍を、彼らを睨みつけると、ちらりと視線を動かした。

 血溜りに倒れながらも、まだ息のある友。

 

「―――ッ!」

 

 その姿に奥歯を噛み締めると、地を蹴ってその場を離脱した。

 

 

 

 戦いを続けることを許されなかった以上、解除されるかは分からないが距離を離すしか手立てがないと判断したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居なくなった、のか?」

 

 魔力の消耗のために肩で息をしているモルジアナだけでなく、相手の突然の異変と撤退に呆然としていた白龍と青舜。アリババも呆然として光の撤退を見送り、再度の襲撃がないと分かると、恐る恐ると言葉にした。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………っっ!!!」

 

 とりわけ疲弊が大きいのは、重傷の状態で“ソロモンの知恵”を発動させたアラジンだ。なんとか杖に縋りつくように立っていたアラジンだが、光が去ったことで張りつめていたものが切れたようにぐらりと体を傾けて倒れた。

 

「アラジン!!」

「おい、アラジン! 大丈夫か!?」

 

 すぐさま駆け寄るモルジアナとアリババ。

 モルジアナの消耗も激しくはあるが、眷属器の炎熱の放射を抑える術を身に着けているために動けなくなるほどではない。

 倒れたアラジンに駆け寄り声をかけたアリババとモルジアナは、倒れたアラジンが苦し気に呼吸をしているのを見て慌てたものの、傷が開いたということはないのを手早く確認してホッとした。

 

「ダメだ…………すぐにここから離れないと」

「え?」

 

 だがそのアラジンが、苦し気な呼吸のまま振り絞るようにここからの離脱を告げた。

 

「さっきので居場所を気づかれた。――――――アルバさんが来る!!」

「なっ!!!!?」

 

 西方の空を睨み付けるアラジン。

 アリババが驚愕し、痛恨の事態にモルジアナが顔を顰めた。

 そして彼らとは離れたところで、白龍もまた顔を険しくし、自分の状態を確認した。

 

 ダメージはそれほど残っていない。

 致命的とも思えた最後の斬撃も、あの不可解な“白焔”がなぜか白龍を守ってくれたし、あまり大規模な戦闘にしないために完全魔装は行わなかったから魔力量もまだ残っている。

 もっとも、大規模戦闘にしないための配慮は、結果的にアルバに見つかってしまったことを考えればあまり意味がなかったと言えるだろうが。

 

 手早く自身がまだ継戦能力を有していることを確認した白龍は、次いで自分の部下でもある青舜へと目を向けた。

 

「……青舜、大丈夫か?」

「白龍陛下……はい。なんとか……」

 

 気の込められた重い蹴撃をまともに受けた青舜は、かなりのダメージを受けてはいるようだが、動けないほどのダメージではなさそうだ。

 

「なら、立花殿とアラジンを頼む」

 

 ただ、ダメージがなくとも眷属器の使えない今の青舜では――というよりも眷属同化のできていない彼では、“ヤツ”との戦いに立ち入ることはできないだろう。

 ゆえに白龍は、青舜には深手を負って倒れた融と、重傷の身で疲弊してしまったアラジンのことを頼み、自身は魔装に身を包んだ。

 

 黒い鱗に覆われた、毒蛇を喰らう孔雀のごとき魔装の姿。忠節と清浄の精霊――ザガン。

 

「白龍さん!?」「白龍!!」

 

 戦闘態勢を整えた白龍を、モルジアナとアリババが呼びかける。

 

「玉艶は、俺が倒します!! 今度こそッ!!!」

 

 だが、決意に満ちた声とその姿は、彼らにも止めることなどできはしなかった。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 身軽な動きで樹上を跳ぶように駆けていく光は、しばらく頭痛に耐えるかのように額を抑えていが、すぐにその痛みが消えたことを感じ取った。

 

 ――術が消えた…………――

 

 距離が離れたためにあの術の有効射程から逃れることができたのか、それとも術者のあの状態を鑑みるに術を続けることができなくなったのか、どちらかは分からないが、頭痛とともに続いていた見知らぬ光景の流入が止んだ。

 

 術が止まったことで、戻ってもう一度、練白龍を討つことを考えなかったわけではないが、はっきりと閃の兄上から抑止された以上手出しは控えるべきだろう。

 ゆえに光はそのまま城へと足を進めながら先ほどの不可思議な術について思考を巡らせていた。

 

 

 直前に交戦していた白龍から受けた精神攻撃、ベリアルといった金属器の幻術は無効化できた。

 だがあのアラジンの術は防ぐことができなかった。

 ただ、不思議とあの光景が白龍の見せてきたものとは違い、明確な“偽物”の光景ではないと、なぜか感じとることができた。

 まるでどこかで誰かが見てきた記憶であるかのように。

 かつてどこかで起こった出来事…………

 

 術の影響がまだ残っているのか、思考を続けようとすると浮かんでくる姿があるのだ。

 

「…………馬鹿な。そんなはずはない……あれは……ただの幻だ」

 

 頭を振って湧き上がってきそうになる馬鹿な思考を振り払おうとした。

 だがそれでも脳裏に彼女の姿が浮かぶ。

 

 ――風に揺れる長い黒髪。八芒星の刻まれた赤い宝玉のついた白羽扇。淡く微笑む麗人。浮かぶ微笑みの奥には、まっすぐな勁い意志があり―――――

 

「――――ッッ!!」

 

 ザッと足を止めた光は、苛立ちをぶつけるかのように木を殴りつけた。

 

 ―――――分からない。

 なぜこうも苛立つのか。

 ただ幻術をかけられただけ、そう断じるには何かが光の心を突いていた。

 大切ななにかに、かつて失ったものにもう一度触れたかのように…………そんなはずはない。たしか幻術で見せられたあの女は、たしか先の皇位継承戦争で弟可愛さに自軍を売って、シンドバッドに媚びへつらった女ではなかったか?

 視界にも映したくない相手だ。

 

 けれどなぜそれを見せつけたのか。なぜ融は自分ではなく、兄に、そしてあの連中に与したのか。

 

 

 光は西の空へと視線を向けた。

 何かがこの国にやって来ようとしている。

 それはこの国にとってよくないもので………… 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

「アラジンはどこかしらぁ? 彼を渡しなさい、白龍」

「白瑛、いや玉艶。今度こそ、貴様を倒す!!!」

 

 和国西側の領海上で、ザガンを纏った白龍は魔法によって杖を大剣と化して振るう白瑛(アルバ)と激突していた。

 一戦を行った後とはいえ、討ち損ねた仇敵を前に白龍の気力は十分。相手がかつて守りたいと願った姉の姿であったとしても、倒すという意思に揺らぎはない。

 

 双頭の槍による接近戦に加えてザガンの細菌操作による操命弓(ザウグ・アルアズラー)での波状攻撃。

 それは間違いなくアルバに直撃し、しかし白龍の攻撃を裂き、海を割るアルバにダメージは通っていなかった。

 

「ジュダルもいない、絶縁結界もない、あなたに勝ち目などないのよ、白龍!!!!」

 

 大笑とともに振りかぶられた杖剣の一撃が白瑛の槍を断ち、深い斬撃を与え、戦闘能力を奪い去った。

 

「ぐ……かは―――――――」

「終わりよ、白龍」

 

 深手を負わされ、血塗れの体はアルバの片手一本で首を締めあげられて浮いていた。

 

 

 たしかに、白龍は一度玉艶(アルバ)に勝ち、その首を刎ねた。

 その時、白龍は紅炎の金属器、慈愛と調停のジン、フェニクスのいましめの輪を受けて極大魔法を使うことのできない状態にされていた。

 だがジュダルがいたことで、ジュダルの絶縁結界の影響ですべての魔法が無効化されていた。

 絶縁結界――それはマグノシュタットでマタル・モガメットが研究していた魔導士を否定する禁断の魔法。

 そのためジュダルの魔法も白龍の金属器も、アルバの魔法も無効化されて純粋なる剣の力による争いとなった。

 アルバはアルマトランのマギであると同時に、アルマトランで最強の剣士でもあった。

 それに対して白龍と、彼に加担した煌帝国の将軍たちの助力によって討ち果たすことに成功した。

 つまりあの時、白龍が玉艶を殺すことができたのは、ジュダルの魔法があったという影響が大きい。

 今、魔装も極大魔法も使うことができる状態であるとはいえ、ジュダルの加護もなく、一対一の状態では初めから分が悪いものだったのだ。

 

「俺の――――負けだ……」

 

 口からも血を流し首吊りにされている白龍には、もはや独力で戦況を挽回できるだけの力は残されていなかった。

 

「……最期なら、教えてくれ。俺の、母上は、いつから“アルバ”だったんだ……?」

 

 ガクリと力を失い虚脱する白龍は、懇願するかのように問うた。

 それはせめてものことだったのだろう。

 

 白龍の記憶の中にある母は、優しくて、幼い白龍や白瑛の手を引いて明るく笑いかけてくれる人で、父・白徳の后として相応しく、彼を支える内助のできる人だった。

 だからこそ、初めは兄たちが今際の際に言ったことが信じられなかった。

 あの優しい母が、父を謀殺した首魁で、兄たちを殺し、白龍を殺そうとし、そして国を乗っ取ろうとしていた諸悪の根源だとは。

 

「ふふふ。さぁあ? いつからだったかしらね。覚えてないわ。私はね、白龍。精神体なのよ。だから体を取り替えることができるの」

 

 それは本当に覚えていないのか、韜晦しているのか。

 いずれにしろ、もはやアルバには失われた体(玉艶)のことなどどうでもいいのだろう。

 

「イスナーンたちのように“人形”でもいいけれど、それではアルマトラン時代の実力は発揮できないわ。私が強さを保つには完全に適合する肉体が必要なのよ」

 

 彼女にとって、必要なのは今であり、これから先に自分の力を繋いでいくこと。

 

「どういう、ことだ!?」

「子供よ。この体の、この血のルフを受け継ぐ体だけが、予備体として完璧に役目を果たせる!! “玉艶”の母親、そのまた母親と存在し続けてきたのがこの(白瑛)!!!」

 

 百年、千年……幾度、幾十度、幾百度もの間、連綿と受け継ぎ(乗っ取り続け)その力を保ち続けた怨念、あるいは妄念ともいえる執念。

 

「だから次の体も作っておかなくちゃ。あの男にはがっかり。でも仕方ないわよね。あれはただの人形だったのだから。早く白瑛の体で子を産み、育てなくてはいけないわ」

 

 誤算といえるのは、この体(白瑛)ならばもっと早くに孕み、子を産むと考えていたのに、それができなかったことだ。

 それというのも玉艶の子供であった白雄と白蓮が余計なことに感づき、深入りし始めてしまったことがきっかけだ。

 あれさえなければ、もう少し遅くてもよかったのだ。

 もっとも、そのために煌帝国という巨大な土壌で存分に黒ルフを広げることができたし、結果的にはシンドバッドという強力なカード――特異点と手を結ぶことができたわけだが。

 

「そして私は繋ぎ続ける。どれほどの時が流れようとも!!! “何度”繰り返そうとも!! ソロモン王の創ったこの世界を否定するためにッッ!!!!!」

 

 ただそれほどの妄念、常人には理解できないだろう。

 

「なぜ、そこまでして! シンドバッドと組んで、何を!? いや……シンドバッドの精神も、もう何者かに乗っ取られているのか!?」

 

 それこそ復讐に憑りつかれたことのある白龍とて同じこと。彼とて幾度も悩み、折れそうになったのだ。ことにアリババやモルジアナという、情を交わした相手ができたとき、復讐という負の心はひどく脆くなる。

 それを幾百度。普通の人間の精神構造ではないだろう。

 

「シンドバッド様は“まだ”自我を保っているわ。あの人はこれからシンドバッドでもダビデでもない、まったく新しい存在になるのよ。それこそ“イル・イラー(あのお方)”の復活の時!!」

「なっ! シンドバッドはそれを知っているのか!?」

 

 巨大にして長大な企み。それはもうまもなく成就する。

 シンドバッドという、ダビデと、“イル・イラー”と繋がったこの世界における特異点を得たことによって完結するのだ。

 

「いいえ。知る必要ないでしょう? あなたが今更そんなことを気にしてももう遅いのよ。あなたは最期まで幼稚な子供だった。復讐、復讐、復讐と、一時の感情に流されるだけで何もできない! 何も見えていない! だからあなたは仇を討てず! 姉までも失うことになったのよ!! ホホホホホホ!!!!」

 

 アルバの哄笑。それはかつての凛とした姉の顔とも思えぬ表情。千年の妄執により怪物と化したモノの顔で響いた。

 

 その狂える姿を見る白龍の瞳は、激昂に駆られている―――ことはなく、凪いだように冷静な瞳だった。

 

「仇か……確かに俺は復讐しか見えない、感情に流されるだけの子供だった」

「…………?」

 

 かつての白龍は、ただ復讐のことしか考えていなかった。

 ただただひたすらに玉艶を、組織を、紅炎を、世界に憎悪を向けて、恨みを晴らすことだけが生きる術だった。

 

 その挙句があの戦争で、国に戦争をもたらし、白瑛を失うという結末を生んだ。

 

 そして訪れた空虚。

 憎んだ相手も世界の一部であり、それは自分の一部、これまでの自分を作った一欠けらでもあったのだ。

 だからそれを殺し、否定するたびに必死に生きてきた自分の人格が死んでいくことに気がついた。

 

 あの練紅炎とて、白龍と同じように自身の無力と滾るような復讐心を感じていて、それを覆そうと、呑み込もうと必死に抗っていることを知った。

 知ってしまえば、もうそんな彼を否定することはできず、自身もまた空虚な生き方に甘えることができないことに気が付いた。

 

「様々な助力を得て、もう復讐は終わったんだ……そして今!! 為すべきことは、貴女を取り戻すことだっ! 姉上!!」

 

 ゆえに練白瑛(アルバ)を否定することはしない。

 大切な彼女を取り戻し、今まで自分が必死になって生きてきたこの世界を、数多の人が創ってきたこの世界を、たった一人の(シンドバッド)のみの考えで染め上げたりさせないために。

 

「今さらなにが―――!!!!」

 

 ゴォッ!!! と、不意を打って襲い掛かってきた飛翔する斬撃をアルバは咄嗟に白龍を手放すことで回避した。

 

 そして舞い降りるように白龍の前に立ち、宙にあってアルバの前に立ち塞がる新たなる金属器使い。

 

「勝手に、その人を孕まさないでいただきたいですね」

 

 鴉のごとき漆黒の魔装には鬼のような二つの角。

 手にあるのは八芒星を刀身に刻んだ和刀――紫微垣。天帝の異称を冠する和国の宝刀。

 

「その方は私の弟の妻になる人なんですから」

 

 魔装カイムを纏いし、和国の第1王子。

 

「和国王子――――皇 閃!!!」

 

 和国の二振りの王刀の一つが、その刃を異世界のマギに、そして実弟の妻となるはずだった女性へと、毒々し気な憎悪の顔を見せるアルバへと向けた。

 

 






7/1の現時点では結局、原作で倭健彦の完全魔装も極大魔法もお披露目されなかったので、カイムの金属器については独自解釈、設定を採用しました。
本誌原作だと聖宮から戻って来てあちこちの人たちと戦うことになりそうなのでもしかたら出てくるのかもしれませんが、ここから先は原作乖離しても齟齬が出てしまった部分については修正なしに突き進んでいくつもりです。

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