煌きは白く   作:バルボロッサ

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第41話

 和国西方の海上。

 大罪人が島流しとして幽閉される島にほど近い海域の上空で、和国第1王子の皇 閃と煌帝国前皇帝の練 白龍が、一人の魔導士と対峙していた。

 

「遅くなってしまいすいません、白龍陛下」

「いえ。いいタイミングでした。おかげでいくつか情報を聞くことができました」

 

 敵の名は練 白瑛――その体を乗っ取っている異世界のマギ、アルバ。

 たった一人の復讐者としては、逆転の手立てなど見えないほどに追い詰められた白龍は、だからこそ得られた情報があることを慰めとして、傷を負った体を慰めた。

 

 イル・イラー復活の企み。シンドバッドとダビデの融合……それらはもともとあった危機への懸念をさらに深める情報ではあったが、逆転の手を打つためには正確な情報は必要だ。

 

 そして援軍として駆けつけた閃は、白龍を上回る剣技と魔力操作の持ち主。異世界の魔導士にして最強の剣士でもあったアルバを相手にするにはある意味白龍よりも適任であるかもしれない。

 

 ただ…………

 

「お得意の魔力操作を使った剣かしら? 無駄なことよ。あの男だって、それで私に負けて惨めに消えたのだから」

 

 和国の操気剣。その屈指の使い手である皇 光はアルバに敗北している。

 様々な感情の鬱積を込めて、閃はアルバに視線を向けた。

 

「その節は弟がお世話になったようですね。御陰様で弟も元気になったようで。そして今度はそちらから我が国に来ていただけるとは。甚だ準備不足ですが、是非とも歓待させていただきますよ、アルバ殿」

 

 魔装と化した鬼腕に握られた和刀を突きつけた。

 その切っ先にニィぃと歪んだ笑みを突き返したアルバ。携える杖に、そのマギとしての極限の魔力が込められ、吹き荒れた。

 荒れ狂い吹き上がる魔力は白瑛の長い黒髪を舞い上がらせる

 片手に持っていた槍のような下限の月の杖を、反対の手にも顕現させて二杖にし、有り余る魔力で巨大な魔剣と化した。

 閃も魔装化した和刀・紫微垣の刀身に指を走らせ、気を纏わせた。

 

「鬼刃――――」

 

 互いの機先が充溢し――――先に仕掛けたのは二刀を振るうアルバだった。

 

 ――――――ゴッッ!!!

 宙を駆ける勢いは、それだけで波を割り、大気を薙ぎ払って襲い来る魔剣は、直撃すれば両断どころか胴体ごと消失しそうな威力を有している。

 閃は光にも劣らない見切りでその剣戟を躱し、往なした。

 

「ほら、ほらほら、ほらぁぁ!」

「………………」

 

 途切れることのないアルバの魔力剣の連撃に、防戦一方の閃。

 魔装カイムの飛翔で距離を離そうとも、マギであるアルバの飛翔能力はカイムを上回っており、そう易々とは間合いを離せるものではない。

 

 膨大な魔力で編まれた魔剣の豪撃。

 閃は和刀でそれを防御するが、直撃による威力は減衰しきれずに吹き飛ばされる。

 

「――――ッッッ」

「アナタの剣がどれほど優れていたとしてもっ! 私はアルマトラン最強の剣士! 何者もっ!! 私の剣には及ばない!!!」

 

 絶対的な強者が、愉悦をもって弱者を踏み潰す快楽。

 アルバの顔はまさにその愉悦に染まり切っていた。

 

 和国の武人である閃の領域であるはずの剣技にて彼を叩き潰さんとするのは、アルバの自信の証。千年を超える以前、アルマトランの時代において最強の剣士であった自負。

 その力は―――元の肉体を失っても、蓄積された技術と知識、魔力を繋ぎ続けている力は、疑いようもなくこの世界において最強。

 

 吹き飛ぶことで離れた距離を、しかしアルバはすぐさま距離を詰めて追撃し、刀身を絡み合わせて押し込んだ。

 追い込まれる閃は海面へと激突するように押し込まれ、衝撃で大海の波が荒れる。

 弾き飛ばされた水面が大波となって戻り、二人を押し包む。

 

 波がぶつかり飛沫となって弾け、瞬間、アルバが押し込んでいた剣圧への抵抗が消え、閃の身も消えた。

 

「あら? ふふっ、小賢しい、真似ねェッッ!!!」 

 

 背後に現れ振りかぶる閃。それをアルバは余裕をもって予期して魔剣を振り抜き――――

 

「カイムッッ!!!」

「!!?」

 

 斬撃とともに金属器の力が発動。

 気の込められた一閃が空間を斬り裂き、その斬り裂かれた空間に吸い込まれるようにアルバの剣閃がブレた。

 一瞬ニ閃。返る太刀筋が煌き、剣閃のブレたアルバの魔剣を斬り、バッと赤い飛沫が水面に落ちた。

 

 閃の斬撃は振り抜いた方のアルバの魔剣を杖ごと切断し、彼女(白瑛)の体に一文字の赤い線を刻んでいた。

 

「………………なぜ?」

 

 唖然として自らの体に刻まれた赤い線と切断された杖の断面を見るアルバ。

 その顔はいっそ無垢な疑問を浮かべているかのように純粋に分からないと告げていた。

 

 アルバの力は、剣と魔法はこれまで、この世界においてどんな者よりも上回っていた。

 元より、アル・サーメンの魔導士たちは剣士ではなく、体を人形に宿してしまったがためにその力もかつての世界の時とは比べるべくもないほどに弱まっている。

 長く長く繰り返す刻の中でもすべてはアルバとアル・サーメンのアジェンダ(計画書)の思惑から外れるものはなかったし、外れそうになった者たち――煌帝国の白雄や白蓮たちも大火の中で死んだ。

 死霊の主である皇 光(ガミジン)とてその武威は及ばなかったし、紅炎たちは戦う前から心が屈していた。

 唯一白龍に敗れはしたものの、あれはジュダルの絶縁結界という切り札があったのが大きく、剣技でも1対1では負けていなかった。なによりも結局のところ白龍はアルバの本質を掴めておらず、先ほど改めて勝敗を正したばかりだ。むしろ予定通り。

 元々脆弱で、古くなってきていた器を捨て、若く強い器を手に入れる。戦場に出ていたがために少々傷ついてはいたが、そんなものアルバの力をもってすれば容易く消し去れる。

 

 アルマトラン最強であった(・・・)剣士。

 だからこそ、直に剣を交えることで分かってしまった。

 

 ――この剣士の剣技は、自分のそれよりも上である。

 

 

 だが、それは“ソロモン王の傲慢”という、否定すべき世界においては絶対に認めることのできないことであり――――

 

「かつての世界で貴女がどれほどの剣士だとしても、この世界でも最強の剣士であることと同義ではありません」

 

 だが、皇 閃はそれを突きつけた。

 

「――――なっ!?」

 

 事実を突きつけられ、唖然とし、次いでその顔に憎悪と憤怒を漲らせた。

 格下に見ていた――この消えるべき“ソロモン王の傲慢”で、あるはずのない自身を凌駕する者。

 

「貴女が千年の妄執を積み重ねたというのなら、和国の剣士は千年、敵を斬り、仲間を守るための剣と剣技を積み重ねた」

 

 

 ジュダルの絶縁結界とて同じことだ。

 たしかにあれはアルマトランでも存在した技術。そしてこの世界では扱える者のいないはずの技術であった。

 だが、長い刻の果てに、魔導の国の学府がその道を究めんとし、そして辿り着いた知識。

 

 千年――――

 たしかにアルバは悠久とも思える繰り返す刻を、妄執によって耐え、この世界における一つの血脈を食い物にすることによって力を保ち続けた。

 だがそれはあくまでも維持。

 化けるために剣を置き、あってもマギとして魔法を振るうことしかしなかった者の剣技がかつて以上に鍛えられていることなど、ありはしない。

 

 

「この世界で、貴女は最強の剣士ではない」

 

 突きつけられた剣と言葉に、アルバはワナワナと体を震わせ、目を血走らせてギリギリと睨み付け―――けれども剣を交えることによって植え付けられた事実は、剣士としての自負があるだけに否定できなかった。

 その眼差しには憎悪と共に恨めしさが混ざっていた。

 

「………………そう……なら、そんな剣術(プライド)なんて要らないわ」

 

 だが、懊悩は長くは続かない。

 たしかに、アルバにはアルマトラン最強の剣士としての自負がある。

 それがよりにもよってソロモン王の創ったこの世界の塵芥に後れを取るということは許しがたい。

 けれども、アルバは剣士であると同時に魔導士――マギでもあるのだ。

 そして剣士としての己を貫き通すこと以上に大切な目的がある。この“ソロモン王の傲慢”が生んだ世界を壊すこと。

 その目的の前では、たかだか剣で劣ったことによる屈辱など顧みる価値もないことだ。

 

 アルバは残るもう片方の杖から魔法の命令式を紡ぎ出し、宙に紫色の八芒星を刻んだ。

 

傀儡子操葬(アラ・ラケーサ)!!」

「くっ!! 体をッ!? こんなもの――――ッッ!!」

 

 マギとしての溢れんばかりの魔力を魔法式に注ぎ込み、発動した魔法は閃の体へと纏わりつき、自由を奪わんとする。それに対して閃は自らの肉体に干渉してくる外部要因を感知するや、すぐさま体内の気の制御を活性化。

 光が白龍のベリアルに受けた精神干渉を跳ね除けたのと同様に、魔法を排除しようとした。

 外界から内界への意識の集中。込められた魔力が規格外に強力な分だけ、それだけ閃の注意集中を割かざるをえず、アルバへの注意が欠けるのは仕方がなかった。

 その瞬隙をついてアルバは再び魔剣化した杖で斬りかかった。

 流石にその程度の牽制と奇襲を受ける閃ではなく、自由を取り戻した体ですぐさま迎撃体勢をとって魔剣を受け止めた。

 攻勢をとられていようとも、閃の剣技ならばアルバの接近戦を捌くことは不可能ではない。だが――――

 

八ツ首防壁(ボルグ・アルサーム)!!」

「―――が、はっ」

 

 鍔迫り合うほどの接近状態から、アルバの身を守るはずのボルグが拳を打ち込むかのように閃の腹部に直撃していた。

 

 大抵の魔導士はボルグと呼ばれる悪意ある攻撃を弾く防御結界を身に纏っている。

 その防御力は魔導士の力量によって変わり、マギクラスともなれば眷属器の攻撃にも耐えることは可能だ。

 殊に異世界のマギであるアルバのボルグは、かつて彼女が世話したことのあるマギ、シバの得意とした攻撃にも転じる事のできる不破の盾。

 まるで生きているかのように襲い掛かってくる“防御結界”。それはさながら一つの首を落とされても死なない、八つ首を持つ大蛇の如く。

 

「――――ッッッ!!!」

 

 ミシミシと内臓を穿たんとするほどにねじ込まれたボルグの打撃。

 息が詰まり、しかしすぐさま閃は紫微垣を横薙ぎしつつ後退した。

 

 閃の斬撃は操気術と技による切れ味に加えてカイムによる金属器としての力まで加わっているのだ、例え相手がマギのボルグであろうと斬り裂けぬ物はない。

 しかし踏み込むどころではなく下がりながらの斬撃ではそれほどの鋭さとはなり得ない。

 せいぜいが襲い来るボルグの一つの首頭を弾く程度だ。

 

焼夷閃光(フラーシュ・アジョーラ)!!」

 

 追撃の魔法。魔法式によって束ねられた熱線が襲い掛かるのに、閃は反応して金属器の八芒星に気を込めた。

 

空閃斬(カイル・ゼルサイカ)!!!」

 

 閃はカイムの空間切断の力を発動させて力場を切断することで、熱線が到達することを阻止した。

 いかに強力な魔法であったとしても、力場空間の連続性さえ断絶させてしまえば目的のところにまで到達できない。

 空間を切断させて彼方に斬撃を飛翔させることも、力の一端ではあるのだが、この空間切断こそがカイムの、閃の金属器の本領。

 

 かつてアルマトランでソロモン王が得意とした世界の物理法則に干渉する魔法。アラジンが“ソロモンの知恵”から学び取り修得しようとしているその力魔法の、ほんの一端。それを再現したのが閃の金属器による力だった。

 アルバの焼夷閃光(フラーシュ・アジョーラ)は断絶した空間を越えられず、断絶した空間の奥から追撃の魔剣を振りかぶっているアルバの姿に、閃は剣士としての本能から振り抜いた紫微垣を刺突の構えにして、力を込めた。

 断絶した空間はやがては世界の法則に修正される。

 

 修正された空間の奥に見えるのは大上段に魔剣を振りかぶるアルバ。間近に迫ったその顔に、にぃと歪んだ笑みが浮かんだのを見て閃ははっとなった。

 

 ――!!! しまっ――― ――

 

 突き出した紫微垣の切っ先がアルバの胸元の中心部を貫き、胸骨を突き破り心臓を貫いた感触が閃の手にもたらされた。

 心臓を貫く即死の致命傷。

 たしかに今のアルバは国だけでなく世界を脅かす屠るべき敵だが、同時にその体は弟の大切に想っている宝のものなのだ。

 今、弟にその記憶がないとはいえ、あの死に物狂いの想いの深さを覚えているだけに、殺すことはしたくなかった。

 

 だが、追い込まれ、咄嗟のことであったために加減をしているゆとりはなかった。それだけでなくアルバ自らが閃の剣先に自ら貫かれるように飛び込んできたがために剣を止めることができなかった。だが―――

 

「なッッ――――!!!!?」

 

 心臓を貫かれ、口から血を吐き、即死してもおかしくないはずなのに、アルバは笑っていた。そしてそのまま――剣に胸を貫かれるまま、その身にさらに剣を受け入れるかのように前へと進み、閃の顔を鷲掴みにした。

 

降り注ぐ雷槍(ラムズ・アルサーロス)ッッッ!!」

「がぁぁぁああああッッッ!!!」

 

 青い雷が迸り、閃の身を焼く。

 宙から落ちる閃だが、雷槍による意識の消失は一瞬で、すぐさま意識を取り戻した閃はカイムの飛翔でアルバから距離をとって、体勢を整え直した。

 その様はアルバには慌てふためいているようにも見え、アルバは黒い笑みを深くした。

 

「あはは。この体に傷をつけたのがそんなに心配だった?」

 

 ボルグによる打撃に加えて雷槍の直撃を受けた閃のダメージは軽くはなく、魔装を纏っていてもその体からは焼け、顔は痛苦に顰められていた。

 だがそれはアルバの異常を目の当たりにした衝撃にかき消された。

 

「っ!!」

「こんな傷はすぐに治るさ」

 

 確かに心臓を貫いた。だが、白瑛の体の胸元に空いたはずの風穴はなかったかのように消え去り、即死級の致命傷のはずがまるで意味をなしていなかった。

 

「くっっ!!」

 

 不死身の怪物。

 精神体となって体を乗っ取り続けた化け物は、その妄執の果てに正真正銘の怪物となっていたのだ。

 

 アルバを殺す方法があるとすれば、首を落とすこと。

 白龍が玉艶弑した時の状況を考えれば、首を落とせばあるいは今のアルバを退けることはできるかもしれない。

 けれどもそれはアルバを精神世界に逃れさせてしまうだけでもあるし、何よりも白瑛を殺さなければならないということだ。

 国や世界を守ることと天秤にかければ、閃にとって彼女(弟の婚約者)を殺すことを迷いはしない。

 迷いはしないが、それで果たして解決になるのかという問題もある。

 精神世界に逃れたアルバが、今度は白龍を乗っ取らないとも限らないし、ほかのアル・サーメンの魔導士のように人形体を使うことだってできるはずだ。

 すでにシンドバッドという強力な庇護者がいる以上、たとえその体が人形となって力を失っても、彼女自身が保有するアルマトランの知識と、アル・サーメンが貯えた魔力があれば、彼女の肉体自体は必要ないところまで来ているかもしれないのだ。

 そうなれば白瑛の斬り殺すことに意味はない。

 むしろ付け入る隙を与えるだけかもしれない。

 

 だが、どちらにしろ閃自身がむざむざと殺されないためには、白瑛を殺すしか現状を乗り切る方法はなく――――

 

「あらぁ?」

「? ――――ッッ!」

 

 決断を迫られていた閃は、しかし不意にアルバが視線を閃から外して別の方向へと向いたのを見て訝しみ、ハッとなった。

 押し込まれる内に、いつの間にか戦闘空域が領海内の上空から和国本島の近くにまで来ていたのに気が付いたのだ。

 海際には先ほど深手を負って離脱したはずの白龍が魔装を解除した状態で傷に手を当てて膝をついており、そしてその後方から近づいてきている人物を見てぞっとした。

 

「アラジン殿!」「見ぃつけたぁ!!」

 

 モルジアナと、傷だらけのアラジン白龍からも離れた位置に立っていたのだ。

 閃の焦った声。

 ただでさえ深手を負っていたアラジンは、先ほどの光との戦いで“ソロモンの知恵”を使い、残っていた体力もほとんど使い切ってしまっているのだ。

 多少回復したとしても、碌な魔法は使えないだろうし、ボルグとて満足に張れるかどうか。

 そしていくらファナリスが強いとはいえ、アルバ相手にモルジアナが単独でアラジンを守り切れるとは到底思えなかった。

 

 アルバに認識されたことを、白龍が察知して振り返り、モルジアナがアラジンを庇って前に出た。

 そしてアルバは閃を置き去りにして猛然と飛翔し、アラジンへとその魔手を伸ばした。

 

「アラジン!!」

「くっ、ザガンッ!!!」

 

 アラジンに迫るアルバに、白龍が咄嗟にザガンの植物操作で行く手を阻もうとするも、その進行を止めるどころか緩めることもできない。

 

 アラジンの顔が驚愕し、モルジアナの顔が悲痛な覚悟を決め――

 

「―――ッッ!!!!!!」

「なっ!?」

 

 あとわずかでその手がアラジンに、“ソロモンの知恵”に届く、その寸歩手前でアルバは急停止し、その眼前を白銀の一閃が奔った。

 その一閃を寸でのところで躱したアルバはそのまま踏み込むのではなく宙に逃れて、見下ろした。

 

「また、貴方が立ちふさがるの……皇、光」

 

 再び巡り合ったその剣士を、壊れかけの“王の器”を、和国第二王子、皇 光を。

 

「……光お兄さん」

 

 助けられた形となったアラジンは、しかし不安げな顔を光に向けた。

 

「味方、なのか……?」

 

 アラジンの足元に居た埴輪姿のアリババも、警戒心に満ちた疑わしい声を漏らした。

 

 先ほどの一閃。たしかにアルバの進行を止めてアラジンの窮地を助けた斬撃であったのだが、それは紙一重でアラジンを斬るものでもあったのだ。

 むしろ両方ともに斬られていてもおかしくはないくらいだった。

 モルジアナが庇うように前に出て、深手を負って体力を消耗したアラジンがよろめかなければ一閃はアラジンをも断絶していただろう。

 

 

 

 見上げる光と見下ろすアルバ(白瑛の体)

 もはや繋がることのないはずの運命を、なんとか紡ぎなおそうとした“全知”の力(ソロモンの知恵)は、果たしてわずかでも欠けた王の器を癒すことができたのか。それは当のアラジンにも分からなかった。

 ゆえに、今の光がどちらを優先的に敵と見なすかは定かではなかった。

 

 先ほど脅威を知ったアラジンを斬りに来たのか、今現在国に脅威をもたらしているアルバを斬りに来たのか、それとも関わりのすべてを断つために白瑛を斬りに来たのか。

 

 

 ――ジャッと砂を踏み、半身をアルバに向けた光は、抜身の和刀・桜花を掲げた。

 

「罪業と呪怨の精霊よ」

 

 それはかつて、彼女(白瑛)の前で告げたのとは異なる言葉。

 ジンの主たる王の器が、加護する精霊に命ずる力ある言霊。

 

「汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ。我が身を大いなる魔人と化せ――――ガミジン」

 

 姿が――――変わる。

 その姿は疾駆する汗馬の鬣のごとく。絹布で繋がれた二振りの和刀を携えた魔人。

 

 剣の切っ先がアルバ(白瑛)へと向けられる。

 

「俺の役目はこの国を守ること。この国を害する敵を斬ることだ。例え貴様が何者であっても……どんな存在であっても」

 

 それは敵を定める宣言。

 たとえその体が白瑛のものであろうとも、無関係に斬るということ。

 あるいは諸共に…………

 アラジンと白龍の顔が痛苦に歪んだ。

 

「光――――」

 

 ただ彼の兄であり、一人明確に彼と味方だと言える閃だけが剣の向かう先を揃えるように並び立ち、ちらりと視線を向けた。

 光からも隙とはならないほど僅かに向けられた視線。

 二人の剣士にして王の器は、それで互いの意を交わしあった。

 

 

 すぅっと、アルバに向けられていた切っ先が下ろされ、僅かに砂地に爪先が沈み込む。

 ニ刀を八双にしての飛翔の予兆。

 

 一人、宙にあるアルバは、高度を上げて杖を掲げた。

 

「我らが父よ。今こそ力を……!」

 

 解き放たれた黒いルフが溢れ、空間を歪め、空に現出する。

 

 人、人、人―――――いや、それは、人ではない。アル・サーメンの魔導士、その成れの果ての人形。

 

「なっ!!!」

「見せて上げるよ! これが、アル・サーメンの力!!」

 

 最早、彼らはアルマトランの人たちではない。

 その事にアラジンの顔に哀しみにも似たものが浮かんだ。

 


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