煌きは白く   作:バルボロッサ

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断章2

 

 ―――カタカタカタカタ……………―――

 

 どこかで

 

   何かを記録する音が連続している

 

 ―――カタカタカタカタカタカタカタカタ…………―――

 

 延々と延々と、世界を記録し、そして観察していく。

 それが何のためなのか。

 尋ねたところで、それからの答えはないだろう。

 そもそも、それは次元の違う存在であるからして、 “記録” “観察”という概念すらも異なるのかもしれない。

 

 ただそれは、世界を記録し、観察し、そして“繰り返す”。

 

 まるでお気に入りの本を読み返すかのごとく。あるいは好みの物語を読み漁るかのごとくに。

 

 お気に入りは英雄譚。

 

 たとえば―――――

 迫害された最弱の種族が、神から与えられた力によって世界を変革する物語。

 

 たとえば―――――

 傲慢な父の操り人形であった息子が反逆し、王になる物語。

 

 たとえば―――――

 全てを見通すことができる運命に愛された子供が、商人となり、王となり、そして神へと至ろうとする成り上がり英雄譚。

 

 英雄の絶望譚なんてものもいいかもしれない。あるいは2部作で、絶望から狂ってしまった前作の主人公(英雄)を倒すという反英雄との双雄譚。

 

 

 シナリオなく紡がれていく物語は面白い。ただ、その面白い物語をより面白くするために、少しだけ物語に手を加えよう。

 

 

 それに物語とは、登場人物が終わり方を知っているべきではない。

 少しだけ昔語りがある程度は許される。

 そんな物語があるから、伝説は生まれ、それを手にした少年少女は“英雄”になれるのだから。

 あるいはほんの少しだけ、物語のネタバレを知らせてあげるのもスパイスかもしれない。

 未来が見えるとまでは行かなくとも、運命の流れを感じることができると思えば、それは主人公(特異点)の特権かもしれないから。

 

 けれど結末を知っている必要はない。

 

 だからそこでまた手を加えよう。

 初めから繰り返すために。

 人々の記憶から、心から、ルフを改竄して、初めてを繰り返すのだ。

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

「―――――!!! ――――ッ!! ―――んッ!!! 秦ッッ!!!」

「………………」

 

 岩礁と見紛うばかりとなってしまった島の一つ。

 一人残った眷属が、その異形の腕で抱いているのは、大陸からの夷狄を討ち払った王にして、古くからの友。

 

 その友が血に塗れ、死線を潜り抜けてきた愛刀も折れて岩に突き刺さっていた。

 友に名を呼びかけられて辛うじて意識を取り戻した王は、光を失いつつある瞳で空を見上げた。

 広がっているのは黒い空。

 

「くそ! くそっ!! くそッッッ!!!!」

「…………」

 

 慟哭するように猛る友。

 

 彼らは大黄牙帝国の脅威を打ち払った。

 3人の眷属の犠牲を対価にチャガンの四狗を撃破し、チャガン自身も仕留めきることはできなかったものの深手を負わせることに成功した。

 あの傷では長くは生きられないだろう。―――秦と同じく。

 

「これが……この世界の運命、か……」

「――ッッッ」

 

 諦めたように言う秦の瞳は、もはや世界を映してはいない。

 

 

 ――なんなのだ、この結末は。

 文字通り身を捨てる思いで眷属との同化を果たし、決死の思いで、友を犠牲にしてまで敵を撃ち払ったというのに、その果ての結末が“これ”だとは。

 “これ”が運命だというのなら、そんなものはご免被る。

 たとえ運命とやらを逆流させようとも、あるべき未来を否定しようとも、絶対に神とやらを否定する――――

 

 ビィビィと、白いルフが黒へと転じかけたその時、慟哭する彼の頬に手が当てられた。

 

「頼みが、ある。お前にしか、できないことだ…………ミチザネ」

 

 悲鳴をあげていたルフが、嘶くことを止めた。

 

「くそったれな、これを、結末にしないで、くれ」

「秦…………」

 

 最早目は見えていないだろうに、血だらけの体で、それでも彼はいつものように笑おうとしていた。

 その笑顔は弱弱しく、引き攣るような笑みなのに、涙で滲むその笑顔はどうしてか、在りし日の笑顔にしか見えなかった。

 

「分かってる……分かってる!」

 

 死に臨み、それでも笑おうとする友に、彼は懸命に笑顔を作り返そうとした。

 彼が望んでいることは言われるまでもなく分かっている。

 彼には子がいる。

 望み合った果てに結ばれた伴侶と、その末に生まれた次代の命

 

「橘のこの名に懸けて、お前の息子に降りかかるいかなる災厄も、俺が絶対に引き受けて見せる」

 

 この国では橘とは傍に侍る者、主の禍を引き受け、主の運命を身代わりして命を縮める形代の名。

 名は呪を表す。

 この国ではそれぞれの名が、それぞれの天命を示していると信じられていた。 

 事実として、多くの先祖がその天命に沿うように生き、そして死んだ。

 かつてはその運命を呪って家を飛び出した彼――橘道真は、しかし今になってその名に縋った。

 その名の運命を否定し、運命を切り開けることを教えてくれた友のために。ただ一人残てしまった眷属としての自分を否定するために。

 

 しかしそんな道真の言葉に、秦は苦笑するように口角を上げた。

 

 ――そうじゃねぇよ、ばか……―――

 

 言葉にならなかったそれは、代わりに笑みが告げていた。

 

「お前に、橘花(きっか)は似合わねえ。だから、代わりに名をやるよ……」

 

 死に惹かれていく友は、それでも最後の力を振り絞るかのようにして、言霊を紡いだ。

 

「傍に在って、咲き誇る者――――立花。呑まれたりしたら、許さねぇから、な。立花、道真―――――」

 

 身代わりに枯れる花ではなく、傍にあって咲き続ける存在へ。 

 自身の息子の禍を受け止めて死ぬのではない。息子とともに運命を紡ぎ続けてほしい。

 そんな祈りを込めて、“王の器”は言霊に残した。

 

「しん……? 秦ッッッ!!!!」

 

 笑顔を残したまま、この世界で初めて物語を紡いだ“王の器”の一人は逝った。

 それとともに“王の力”もまた“迷宮”へと返り、そして地へと沈んだ。

 

 大陸の制覇を目前とした“王の器”もまた、その物語の幕を閉じた。

 

 そして世界は黒に染められ、“王の器”の物語は、ただの物語へと変わっていった。

 かつてこの世界とは違う世界に存在したという、唯一の王の伝説と同じく…………

 

 

 

    ✡  ✡  ✡  

 

 

 

 ――僕はユナン。“マギ”に生まれた―――

 

 時代の節目と呼ばれる時に、この世界にはマギと呼ばれる存在が生み落とされる。

 ルフに愛された存在。

 

 

 ――僕にはわかる。君は王になるだろう――

 

 王を導く王佐の存在。

 それはかつて滅びた世界の伝承に則り、3人までしか生み落とされない。

 それを決めているのは、この世界の創造者。

 それが神と呼ばれる存在と言うのかどうかは難しい。

 

 けれども今、世界は新たなマギの出現を迎えた。

 逆説的に、世界は今、節目と呼ばれる時代なのだろうか。

 それを決めるのは後の世代の人々となるだろう。

 

 

 ――君は誰よりも優しくて、勇気がある。いつもみんなのために笑ったり泣いたりする人だから……――

 

 ただ彼は、運命に導かれて彼の王を選ぶのだ。

 

 相応しいと選定した者、“王の器”足る者を“迷宮”に誘い、“この世界で初めて”の“迷宮攻略者”とするのだ。

 

 これまで幾度も繰り返されてきた運命。

 

 

 

 ――ユナン、ありがとう。俺が王になれたのはおまえのおかげだ。おまえと一緒に戦ってきたから、こんなに仲間もできたんだ。これからも俺たちの国を守っていこう。仲間たちと一緒に、ずっとだ! ――

 

 この世界はマギを迎えるのと同様にして、“世界最初の迷宮攻略者”を迎えることになるのだ。

 

 これまでの歴史で繰り返されたように。

 史上初めての出来事として。

 

 

 ――や、やめて!――

 ――うるさいッ! お前もか、ユナンッ!? お前までもが俺を否定するのかッ! 俺には見えるんだッ! 運命が! 俺だけがこの世界をッッ!!!!――

 

 そして人々は語る。

 

 ――まさか、あの優しい王があんな暴君になってしまうとは……――

 ――あの王は少しずつ変わってしまった。みんなのためを思っていてもだんだん独善的になっていって……かつての仲間たちや、己の“マギ”すらも手にかけてしまうとは…………――

 

 その王様がどんな人で、どれほど大きな力を持ち、どうやって狂っていき、世界を破滅に導いた善くしようと生きたのかを。

 

 

 

 

 

 ――僕はユナン。また(・・)“マギ”に生まれた。――

 

 人々がかの王の偉大な力を、それをどのように手に入れ、どのように奮い、どのような結末を呼び込んだのかを“忘却” させられした頃、世界はまた新たなマギを迎えた。

 

 ――もう“あんな”悲しい思いはしたくない……。あんな……? なんだろう? なにかが違う気がする……でも仕方ないんだ。僕はマギだから。出会ってしまうんだ。僕の王の器に…………――

 

 マギである自身がこの世界に生み落とされたからには、世界は節目を迎えており、変革を、新たなる王の到来を待ち望んでいるということなのだ。

 ゆえにこそマギはその王と出会い、選び、導く。

 

 ――ユナン。私たちは友達だ。一緒に幸せな国を作ろう!!――

 

 導いた王は、この世界で今まで見たことがないほどに大きな“王の器”で、優しく、大勢の仲間に囲まれた人だった。

 

 

 ――ふざけやがって! あのペテン師がッ!――

 ――裏切者が!!――

 

 そして人々はまた(・・)初めての終わりを迎える。

 

 ――なん、で……なんで、君が…………―――

 

 絶望が目の前に広がっていた。

 その体は首に括られた縄で吊り下げられ、体の前には死してなお尊厳を辱める文句の書かれた看板をつけられている。

 

 人々は語った。

 

 ――まさか、あの優しい王があんな最期を迎えてしまうとは…………――

 

 

 その王様がどんな人で、大きな力を持ち、どうやって世界を変えようとして、そして失敗して終わったのかを。

 

 

 

 

 どんな人でも巨大な力を手にすると変わってしまうのだろうか?

 大きな王の器ほど道を踏み外した時には大きな破滅が待っている。みんな優しい、いいやつだったのに。幸せな世界を望んでいただけなのに……

 

 だから、僕は慎重に慎重に……“初めての王”を選ばないといけない。

 谷から出ずに、安易に王様を選ばないで…………

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 とある時代――――

 

「ぅぉおおおおおっっ!!!!」

「ちょっ! ばっ! なんでこっちに走ってくんのよっ!」

 

 一組の男女が草原を走っていた。

 男の手には、マギに導かれた迷宮で得た力――金属器があり、金髪の偉丈夫だ。

 そしてもう一人は腰ほどまである豊かな金髪の女性。白い布を衣にして身に纏い、頭部の両端には葡萄の髪飾りをつけており、手には槍にも似た形状の先端に宝玉のついた杖を持っている。

 そんな彼らを追いかけるのは、大きな獅子。

 

「ちょっ、ワリ、ワリィって! 咄嗟だったからっ!」

「バカでしょっ!? バカなんでしょ、あんた!? あんたの持ってるそれを使えば、あんなの目じゃないのよ!?」

 

 持っている杖でパコパコと並走する男を殴打する女性は、癇癪気味に叫んでおり、叩かれている男の方は杖の殴打から頭を隠しながらも走る脚は止めない。

 

「いやいや、そりゃかわいそうだろ? ほらここはシェヘラが魔法でパーンと……って、なんでお前まで逃げてんだ?」

「は、はぁっ!? あ、あんたが私の方に逃げてきたから……その、勢いでよっ!」

 

 ツッコみを入れられた女性――シェヘラザードは顔を赤くしてごにょごにょと告げて、結局バーンと言い切った。

 何か悪い? とでも言うかのような態度に彼女の選んだ“王の器”はぽかんとし、そして大笑いした。

 

 

 

 

 彼の名はペルナディウス・アレキウス。

 マギ・シェヘラザードが選んだ世界で最初(・・・・・)の “王の器”だ

 

「あ~、もうっ! ったく! 私はマギなのよ! あなたはそんな私が選んだ“王の器”なのよ! それがたかだか獅子一匹相手に揃って逃げ回るなんて……」

「だから悪かったって」

 

 とりあえず猛獣からの追撃はボルグと魔法で切り抜けて街に戻ってきた二人だが、城壁を抜けて街中に入ってもシェヘラザードの愚痴は止まらなかった。

 ツンツンとした様子で腕を組んで怒っているシェヘラザードにペルナディウスは拝むようにして繰り返し頭を下げている。

 

「何をしとったんじゃ、ペルナディウス殿下」

「ミネリウス!」

 

 シェヘラザードの愚痴とペルナディウスの謝罪の繰り返しを止めたのは、頭部に月桂冠を被った白髭の老人だった。

 いいところに来たとばかりにそちらに駆け寄るペルナディウス。

 一方でシェヘラザードは少しだけむっとした様子で老人に振り返り、けれどもそれ以上ペルナディウスにも老人にも文句を言うことは続けなかった。

 

「おっと、邪魔をしてしまいましたかな、 マギ殿?」

 

 ミネリウスと呼ばれた老人はそんなシェヘラザードをちらりと見やって、髭をしごきながら尋ねた。

 

「別に……」

 

 シェヘラザードは出てきた言葉とは裏腹な態度で不満そうに顔を背けた。

 創世の魔法使いマギ。活力に溢れた魅力を持つこの若い女性がそんな世界を動かすカギを握る魔導士とは思えない、可愛らしい態度だ。

 ミネリウスは優しげな眼差しをシェヘラザードに向け

 

「…………なによ?」

「あぁ、いえいえ。そうじゃった、ペルナディウス殿下」

 

 不興を買ったらしい視線を返されて、慌てて用件のある若者の方に話を戻した。

 

「皇帝陛下がお呼びじゃったぞ? 次の出兵についてじゃ」

「!」「!」

 

 ペルナディウス・アレキウスはマギとしてのシェヘラザードが初めて選んだ“王の器”であり、レーム帝国という国の王族であり、将軍の一人だった。

 自分の選んだ初めてのただ一人がレームの皇帝に仕える大勢の中の一人。

 それがシェヘラザードには不満だった。

 

 今の皇帝にとりわけ不満がある、という訳ではない。そんな者に善として仕えるような者であったら“王の器”に選んだりはしなかっただろう。

 だが彼女が選んだのは“彼”なのだ。

 

 

 

 ペルナディウスは将軍として軍を率いて、似合いもしない武力を行使し、時にシェヘラザードが与えた“王の力”を奮った。

 シェヘラザードは昔、彼のことをまるで太陽のような人だと思った。

 “運命”だとか、“マギ”だからとかではなく、純粋に彼の力になってあげたいと思うようになったのはいつ頃からだったか……

 やがて彼の周りにはたくさんの仲間が集まり、彼は正真正銘の“王”になり、レーム帝国を史上最大の版図に広げ……そして伴侶を迎えた。

 

 

「…………」

 

 ヒラヒラと舞う蝶。差し伸べている自身の掌の周囲を舞っている色鮮やかな蝶をシェヘラザードは感情の抜け落ちたような表情で見ていた。

 

「シェヘラザード!!!」

「!!」

 

 心ここにあらず、といった状態だったシェヘラザードは、その時一番聞きたくない声で呼びかけられてビクンと背中を伸ばした。

 掌の上で舞い踊っていた蝶も、声とシェヘラザードの反応とに驚いてどこかへと飛んで逃げていった。

 シェヘラザードが恐る恐る振り向くと、やはりそこには聞き間違いのない声の主、彼女の“王の器”が息せき切ってやって来ていた。

 

「…………なによ? ヘルミオーネに着いててやらなくていいの?」

 

 その場を逃げ出そうかとも考えたが、結局彼女はため息をついてペルナディウスに向き直った。

 向き直って、そこには満面の笑みの彼が居て。

 

「産まれたんだ! 俺の子が、産まれたんだッッ!!!!」

「ッッ。………………」

 

 近寄ってきたペルナディウスはシェヘラザードの細く柔らかな肩を強引に掴み、間近に顔を寄せて告げた。

 輝かんばかりのペルナディウスの報告に、瞬時、シェヘラザードの顔に痛みがよぎり、気づかれる前にそれはただの驚きへと変わってくれた……はず。

 

「―――」

「シェヘラザード?」

「なにやってんのよッ! なんで、ヘルミオーネのところじゃなくて、私のところにあんた来てんのよ!!!」

 

 ペルナディウスが選んだ彼の伴侶、やがて王となる者の差配。その彼女がペルナディウスの子供を妊娠していたのがつい先ほどまで。そしてどうやらつい先ほど無事に産まれたらしい。

 だというのに、そんな妻をほっぽり出してこの男はこんなところに自分を呼びに来ているのだからなにをやっているのだか。

 

「だから呼びに来たんだよ! ほらっ! シェヘラも見に来てくれよ!」

「ちょっ! まっ! ッッ! ~~~~!!! ……………………」

 

 ぐいぐい、ぐいぐいと強引に引っ張っていこうとするペルナディウスに、シェヘラザードは抵抗しようとするが、繋がれたその掌の温かさに、思わず顔がカァとなってしまう。

 やがて諦めたのかシェヘラザードは満面の笑みで手を引いていくペルナディウスに連れられて彼の息子の元へと歩いて行った。

 

「シェヘラザード様! すいません、わざわざ……」

「え、ええ……」

 

 彼が伴侶としたのはマギでも、魔導士でもない普通の女の人で、皇妃となった今もレーム帝国のマギとして知られるシェヘラザードの来室に恐れいってしまうような人だ。

 

 

 この頃、ふと思うことがある。

 なぜ自分が“マギ”なのだろう、と。

 マギではなく、普通の女性ならば、普通に“彼”と出会っていれば、あるいは今こうして彼の子をその腕に抱いているのは、あるいは…………

 

「ほら! 俺の子だ! カワイイだろ〜?」

「!」

 心の整理が終わらぬうちに妃から赤ん坊を抱きあげたペルナディウスは、シェヘラザードに抱かせようとするかのようにその無垢な赤子を近づけた。

 そのあまりにも脆く、儚い命の具現を前にして、シェヘラザードは思わず逃げ出しそうになった。

 

 マギとは創世の魔法使い。

 王を選び、導き、輔ける王佐の存在。

 

 ただの女の身ではなく、悪意から守護するボルグによって常に身を覆っており、生半の暴漢程度では触れることすら叶わない。

 

 だが、脆く儚く、小さなモミジのような手が必死に求めるかのように動いてシェヘラザードに触れた。

 ビクンと反応したシェヘラザードは泣きそうな顔でペルナディウスを見返し、そこにいつも通りの、彼女が選んだとおりの太陽のような笑顔があること見たシェヘラザードは、恐る恐る、その儚い命の象徴を腕に抱いた。

 

「……ええ本当に……かわいい………」

 

 むずがる様に懸命に体を動かしている赤子。

 それはこの世界、この国そのもののようでもあった。

 生きようと必死にもがく、儚い存在。

 

 ほころぶような微笑みを向けながら赤子を抱くマギ。

 

 

 あるいはこの時、レーム200年の安寧を方向づけたのかもしれない。

 

 

 

 彼は彼女が選んだ最初の“王の器”。

 だから覚えている。他の誰が忘れたとしても、彼女だけはその記憶を留めている。

 

 世界の他のマギが、幾度世界最初の“迷宮攻略者”を生み出そうとも、彼女だけは最初の“王”が居たことを覚えている…………。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 ――僕はユナン。9回“マギ”に生まれた――

 

 幾度、繰り返すのだろう。

 涙はもはや枯れ、心はすでに摩耗してしまっている。

 

 もう王様を選ばないと思っても、それでもマギは出会ってしまう。

 

「きみの名前は?」

 

 光り輝く太陽を浴びているかのような少年に、マギである彼は尋ねた。

 

 そして少年は告げた。

 世界で“最初の”迷宮攻略者になる、偉大な王の名前を。この世界を変革する“特異点”となる名前を。

 

 

 

 

 

 

 ―――カタカタカタカタ……………―――

 

 どこかで

 

   何かを記録する音が連続している

 

 

 

 









次回から最終章の後編に突入します。現在最終決戦を執筆中ですが、残りおよそ5,6話くらいになりそうです。最後までよろしくお願いします。

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