煌きは白く   作:バルボロッサ

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第44話

 この世界は造られた世界だ。

 かつて滅びた世界、アルマトランの魔導士“ウラルトゥーゴ”によって提唱され、実行に移された計画によって造られた世界。

 ソロモンを王に戴くマギと異種族たち、ソロモン王の作った運命を否定しイル・イラーの降臨を願った魔導士たちアル・サーメン、両者の戦いの果てにイル・イラー(外つ神)が降臨した。 イル・イラーはソロモン王の最後の魔法によって異空間に押し戻され、アル・サーメンも異空間へと封印された。しかし戦いの爪痕は大きく、イル・イラーによって人々も大地も死に、アルマトランは荒廃した。

 わずかに残った資源を糧に生き続け、全ての資源がなくなったころ、それを見越していたウラルトゥーゴは異種族たちの長を説得して、彼らをルフの形にして新天地へと移した。

 それがこの世界の発祥。

 

 ただしそのために、ウラルトゥーゴは二つの道を残さざるを得なかった。

 一つはルフの全てを司る場所の力を借りる必要があった。ソロモン王の意志の眠るそこを彼は聖宮と称し、二つの世界の繋がりとした。

 また、新たなる世界に心の柱となる王の存在を求め、それを選ぶシステムを構築するために二つの世界のトンネルを塞がなかったのだ。それこそが“迷宮(ダンジョン)”。

 

 新しい世界は、ルフに意思を上書きしたソロモンの意志によって満たされている。すべての命を等しく愛し、束縛することを厭った彼の意志。

 ルフの形で移住した彼らは、種族間の個体差を薄れさせ、それと同時にアルマトランの悲劇の記憶も風化させていった。

 そんな世界で、正しい指導者を“運命”が選ぶためのシステムこそが“マギ”システム。全ての命を等しく愛したソロモン王の意志宿るルフに愛された“マギ”が選ぶ相応しい“王の器”。

 そしてその王に相応しい力として、託されたのが“金属器”。(イル・イラー)との交信を行うための神杖を基にして作られた魔導の結晶。

 ジンとは、その番人。

 ソロモンの魔法と金属器によって永久の命をもつこととなった存在。アルマトランのことを忘れずにいられる存在。

 

 そうして一部を除いたすべての種族、知的生命体の姿と言語が統一された状態で新世界へと移った。

 例外として魔導士だった者たち――新世界においてトランの民と呼ばれる存在は記憶をわずかに留め、強すぎる生命力を持っていた赤獅子など一部の生命体は常人とは異なる力を持った状態か、そのままの姿で暗黒大陸と呼ばれる隔離世界へと移り渡った。

 イル・イラー(外つ神)の爪痕を刻み込んだアルマトランと繋がりのある(・・・・・・)新天地へと……。そう、アルマトランとの繋がりを残したがために、新世界はイル・イラーのいる次元と間接的に繋がってしまったのだ。

 

 だが果たして、どこまでがイル・イラーの思惑だったのかは分からない。

 

 イル・イラーのいる次元に飛ばされたアリババの話によると、そこにかつて居て、しかしアリババよりも先にそこを抜け出した存在がいた。それがダビデ。ソロモン王の父にして、魔導士たちの叛逆の種を植え付けた存在だ。

 アリババの出会ったアルマトランの魔導士たちは、彼のことを運命を見通す存在、思ったことが必ず実現する存在だと言ったらしい。

 ダビデはこちらの世界において半分堕転した存在とイル・イラーが降臨しかけた際の歪を介して繋がって次元を抜け出した。

 そしてそこまでをダビデは予言しており、その先のことも見通していたというのだ。

 

 そしてやがては神になると……

 

 元々、魔導士とはアルマトランにおいてイル・イラーが選び、ルフの加護を与えた最弱の種族だった者たちだ。

 その中で、ただ一人、全ての事象に必然性があるという事実――運命というものの存在に気が付いてしまった。

 そして神に並び立つとまで予見したのだという。

 

 しかしそんなことを、力を与えた存在(イル・イラー)は予見していなかったのだろうか?

 

 神から特別な才能を与えられた種族の、その中でもさらに特異な存在。

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 和国―――

 

「………………」

「………………」

 

 閃と光、そしてアリババや白龍、モルジアナ、そしてマギであるアラジンたちの間に重苦しい空気が流れていた。

 

 光の語った情報――金属器・ガミジンによって囚えたアルバから得た情報、そしてアリババが死んでいた時の情報を統合した結果、導き出された結論に、誰もが動揺しているのだ。

 その重い空気に耐えきれなくなったのか、意を決してアリババが口を開いた。

 

「それじゃあ、この世界はもう何度もイル・イラーに玩具のように弄り回されてるっていうことなんですか!?」

 

 この世界には矛盾がある。

 

 世界初の迷宮攻略者として知られるのは七海の覇王シンドバッドだが、それはおかしな話なのだ。

 彼が攻略した第1の“迷宮(ダンジョン)”こそが歴史上はじめて確認されたと言われており、それを出現させたのがマギ・ユナン。しかし彼はそれ以前にも八度、生まれ変わっており、その度に“王の器”を選んでいる。

 それにこの200年ほどはレーム帝国にシェヘラザードがマギとしてとどまり続けており、幾度も“王の器”を選定している。

 

 それならば、シンドバッドが初めての迷宮攻略者であるはずがないのだ。

 

 だが実際には、人はシンドバッドこそが初めての選ばれし者であると語る。

 この時代こそが特別だと人は思う。

 

 ――それまでの歴史が、ただの伝説になっているから――

 

 だからこそ、マギに選ばれた者たちはその伝説の力を得た、特別な時代の、特別な人なのだと自覚できる。

 

 かつてあった伝説の詳細は、すでにこの世界には“ない”ものとなっているから…………

 

「シンドバッド王はアラジン殿の力を使って“聖宮”への扉を開き、“聖宮”の力を使ってこの世界の人々のルフを書き換えるというのが我々が想定していた彼の戦略でしたが……」

 

 シンドバッドが放言していたのは、あくまでもこの世界に主眼を置いていた戦略であり、彼と融合しているというダビデの狙いは“神”の座に取って代わること。

 いずれにしてもこの世界の人々の今の意志は塗り替えられてしまう。

 それを止めるための戦いが彼らの戦略だったが、 “イル・イラー”という干渉者にして鑑賞者の存在が非常に危うい立ち位置となっていることを改めて認識した。

 

「“今”の世界はすでに暗黒点のせいで“イル・イラー”の浸食をわずかながら受けている。不用意に道を開いて、“イル・イラー”の干渉を受けるとかなりまずいな」

 

 シンドバッドやダビデの狙いのためには、“聖宮”への扉を強引に開く必要がある。だがそうなれば“イル・イラー”の干渉の道筋を開くことにもつながりかねない。

 この世界の全ての存在の記憶を改変され、歴史を改竄され、また次の物語を紡がせられる。

 それは果たして人の自由意志であろうか。

 

「シンドバッドの意志に支配された世界への変革か、イル・イラーの愉悦のための箱庭か。いずれにしても……何か手はないものかな、アラジン?」

 

 会議は通信魔道具を介して遠く、レーム帝国のティトスも参加している。

 彼らのしている会議は単なる作戦会議ではなく、この世界の行く末を考えるものでもあるのだ。同盟者とも情報の共有は図るべきであろう。

 同じように頭を悩ませるティトスは、マギとしてともに戦ったこともあるアラジンに尋ねた。

 

「方法は、あると思うんだ……」

「どうするんだ、アラジン?」

 

 ティトスからの問いに答えたアラジンに、皆の視線が集まった。

 シンドバッドの望みを阻もうが叶えようが、いずれにしてもこの世界の人々に完全なる自由意志というものは存在しない。

 それに対して対処の方法があると告げるアラジンは、しかしその顔に憂いを帯びていた。

 

「“聖宮”の全ての力を使ってこの世界の穴を防ぐ。他の次元からの干渉を弾く強固な防御結界を創るんだ」

 

 アラジンの策にアリババたちが目を見開いて慨嘆した。

 それはまさしくイル・イラーへの対策であったから。だが――――

 

「アラジン殿、たしか“聖宮”はこの世界のルフシステムを管理する場所でもあったはずです。その力の全てを使うということは、ルフの流転に影響はでないのですか?」

 

 “聖宮”を破壊することに対する懸念。

 この世界の根幹を為すように作られたルフシステムへの影響を閃は口にした。

 

 その問いにアリババがハッとした。

 

 ――「家族に、会いたい…………!」――

 ――「ママにあいたい……ママに、会いたいっっっ!!!」――

 ――「会えるのか……兄さんに……!――」

 ――「会えるのか、ファーランに。アリババッ!」――

 

 イル・イラーの次元への繋がりを断ち、“聖宮”を完全に破壊するということは、あの“次元”で出会ったアルマトランの魔導士たちが永劫取り残されてしまい、二度と彼らが求めている人たちに巡り合うことができなくなってしまうということなのだ。

 そしてそれはあの場所に居た“彼”の欠けた器が戻る機会もまたなくなってしまうということ。

 

「出ると思う。でも僕はずっと考えていたんだ。ソロモン王が定めた“運命”と“堕転”の関係をどうにかしたい、白いルフも黒いルフも関係ない世界にしたいと思っていたんだ」

 

 彼らの懸念を理解しつつも、アラジンはかねてより考えていた自身の思いを吐露した。

 

 かつてのアラジンは、堕転を悪だと考えていた。

 

 この世に生まれた生命は、あるがまま流れに生き、それを受け入れることで前へ前へと進むことができる。それこそがルフの導き……運命。

 それを逆流させ、進化を退化に、有を無に、すべてを陰なるものへと逆流させることこそが、堕転。そしてその時、ルフはその身を黒く染める。

 

 人が堕転する時。それは生まれ落ちた世界を恨むほどの悲劇の結果、苦しみ抜いた心の結果、ルフは堕転する。

 それは可哀想なことで、堕転して死んだ人たちから抜け出たルフは、白いルフの流転の流れには戻れず愛した者たちの眠る白い流れに還ることのできない悲劇なのだ。

 

 だが、生きていく中で最初に目指していた未来を、諦めて、葛藤してしまうことは、人としていけないことなのだろうか。

 不幸だからと、“他人(ソロモン王)”に人生を否定されたくもない。かつて白龍はそうアラジンに告げた。

 

 イル・イラーの降臨の危機とは無関係ならば、“堕転”することも――“ソロモン王”という他人の意志を否定することも、人としてあり得る選択肢なのだと思うようになった。

 だからこそ、“ソロモン王”が差別した白と黒のルフというシステムそのものをアラジンは否定するつもりになったのだ。

 

ただそれはアラジンにとって生まれた場所を、そして友だち(ウーゴくん)を喪うことでもあり…………

 

「最悪の場合の想定として、“イル・イラー”への扉が開かれてしまった場合への対処についても必要だな」

 

 ただしそれとは別に、彼らの会議は続いている。

 “イル・イラー”降臨は、アルマトランではソロモン王と72体のジンが力を合わせて辛うじて阻止できたこと。

こちらの世界では記録に残る限りでは前回のマグノシュタットの戦いで全世界の金属器使いが敵味方の枠を超えて力を合わせてそれでも届かず、けれども核であった存在に白ルフが混じっていたという幸運のおかげで切り抜けられたこと。

今はすでに味方の金属器使いが半減以下となっている状態なのだ。前回と同じ力づくでは乗り越えることは不可能。

 

「それについてなんですけど……俺に考えがあるんです」

 

光の発した懸念に対して、アリババが少しだけ躊躇いがちに手を挙げた。

 視線が集まり、続きを促す流れの中でアリババは光と白龍を見て、にこりと思惑ありげにほほ笑んだ。

 

「?」

 

 その笑い方に光は仏頂面の眉をピクリと反応させ、白龍は嫌な予感を覚えたのか顔を顰めた。

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

「確かに、その方法なら……いけるかもしれない!」

「本当かい、ティトスくん!」

 

 アリババの対“イル・イラー”作戦について、成否を考慮していたティトスの希望に満ちた解答にアラジンやアリババは顔を明るくした。

 

「問題になる練紅炎の金属器はこっちでなんとかやってみる。ただ彼は手足を失っているのだろう?」

「そっちもなんとかなると思う。ユナンお兄さんと紅炎おじさんの金属器さえあれば。ただ…………」

 

 アラジンはここにいない紅炎の問題に解決案を出すと、ここにいる問題の二人にちらりと視線を向けた。

希望を見出すアラジンたちとは反対に、光は仏頂面に加えて眉間の縦皺を深くし、白龍はこの上なく嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。

 アリババの作戦は、紅炎と光と白龍の三人の“王の器”が核となる作戦だ。

 だが紅炎と白龍、白龍と光、光と紅炎、それぞれに因縁があり、和解したとも溝が残っているとも判断のつき辛い状態だ。おそらく当人たちにとっても、その顔を見る限り葛藤が残っているのだろう。 

 

「光」

 

 だがことは個人の感情的問題では済まない。

閃は兄として、そして王族として弟の名を呼んだ。

顔を顰めていた光は深いため息を一つ吐いた。

 

「懸念せずとも、為すべきことは為しますよ……俺は」

 

私怨は含まず役目を果たすと、和国の武人らしく割り切っていっているようでもあり、ただ裏を返せば腹に一物ありますよと言っているも同然の解答。

閃は仕方ないとばかりにため息をつき、もう一人の方にも視線を向けた。

 

「作戦は分かりました。要はシンドバッドに“聖宮”の扉を開かせなければ最善なのでしょう」

 

 白龍の回答に閃は頭痛を堪えるかのように頭を押さえた。そちらもそちらで、分かっているようでもあり、先行きを不安にさせる解答でがあったのだが、現状彼らにゆったりと溝を埋めている時間はなかった。

 

 

 納得いくまで議論を重ねたいところではあったが、それを遮るように室外から声がかけられた。

 

「失礼します。閃王子」

「どうした、融?」

 

 入室したのは立花融。

 手には通信用の魔導具を持ってきており、その表情は硬い。一瞬、光の方に視線を向けるが、その彼がムッツリと押し黙っているのを見て、手にしていた魔導具を会議の机上に置いた。

 

「七海連合、シンドバッド王より宣戦布告がなされました」

「!」

 

 それは意外なようであり、しかしもはや彼には取り繕う相手がいないほどに世界が彼の味方になっている事実を鑑みれば当然の流れだった。

 アラジンや白龍にとって痛事であってもやはりという思いがあり、アリババにとってはかつての理想的な王に見えていたころのシンドバッドが遠く変わってしまったかのようで唖然としていた。

 閃の指示によって机の上に置かれた通信魔導具が起動し、空中に遠隔透視魔法による映像を映し出す。

 

 浮かび上がるシンドバッドは、会談の時のように商人然とした微笑みを浮かべた彼ではなく、背後に同盟国の王たちを従え、7つの金属器を身に着けた偉大なる王の姿であった。

 そして堂々、告げる。

 

――「かつて煌帝国に巣くい、この世界の異変を引き起こしていた“アル・サーメン”。その首魁である魔導士と大罪人、練紅炎を匿い、その力を悪用して今また世界に不協和音を響かせる和国はもはや世界の敵でしかない」――

 

「なっ!?」「そんなっ!」

 

 シンドバッドが宣戦布告するために告げた大義に、アリババとモルジアナが驚愕の声を上げた。

 たしかに、和国には現在、“アル・サーメン”の首魁であったアルバと、彼女と手を組んでいた煌帝国の大罪人である練紅炎を確保している。

 だが紅炎を処刑せずに延命させたのは当時の煌帝国皇帝であった白龍の思いであったし、金属器を世界から下手に喪失させないためのシンドバッドたちの思惑とも合致した結果だ。

 ましてアルバに至っては、彼女を囲っていたのは当のシンドバッド本人であって、その彼女が和国に単身攻め入ってきたのを捕虜としたまでのことだ。

 事実を混ぜつつも己の都合のいいように歪曲した大義に、率直なモルジアナやシンドバッドの変貌を目にしていないアリババは信じられない思いなのだろう。

 

――「七海連合は、世界に真の平和を齎す為、“アル・サーメン”と共にある和国を討つ!」――

 

「そうきましたか」

 

 全世界の敵であると、そう名指しされた和国の、その王族である閃は内心の激昂を冷徹な瞳に隠して映像の中のシンドバッドを見下ろし、光はフンと不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「国王にはこれは?」

「すでに父上がご報告を」

 

 事前に開戦の可能性について報告を上げてはいたので不意を打たれたということはない。兵団の準備は済んでいる。

 

「ならば迎え撃ちます。絶対にシンドバッドの思惑通りの世界になど、させはしません」

 

 力強く宣言した閃の言葉に、光は瞳に戦意を灯らせ、アラジンたちも力強く頷いて決意を固めた。

 この世界の人々の意志を、ただ一人のものに委ねはしない。

 誰かの玩具箱になど決してしないと。

 






いよいよ次話から最終決戦開幕!
次回投稿予定は明日です。
原作とは違う決戦を予定していますので、お楽しみに!

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