煌きは白く   作:バルボロッサ

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第47話

 突如として最終決戦の場に現れたのはダビデ――かつて世界の神とならんとした男だった。

 そのルフは半堕の特異点であるシンドバッドと結びついていたが、このアルマトランと繋がりの深い和国の魔力積層大地の上にあって完全にこの世界とも結びつきをもったのだ。

 失われたその体はアルマトランの魔導士であれば慣れ親しんだ黒ルフによって編まれており、実体ではない。

 だがシンドバッドを通じてこの世界を、この世界の運命の流れを見続けてきており――それは遥かな昔、息子・ソロモンと相打ちとなった戦いをするよりも以前に見通した未来、八芳星(アル・サーメン)計画書(アジェンダ)のままに。

 

 

 新たなる世界に顕現したダビデは、その杖から極光を輝かせ、黒ルフに命じた。

 

「――――目覚めよ、アルバ! 喚び起こせよ、アル・サーメン!!!」

 

 

「アルバだと⁉」

「ッッ! 拙い! 光!!!!」

 

 シンドバッドと対峙していた紅炎と閃は、現れたダビデが魔法発動の構えを見せたことで警戒し、その命じる声を聞いて驚愕した。

 囚えたはずの千年魔女の名が喚ばれたことに。そして閃は七海連合の別の王、ダリオスと魔装で激突している光へと振り向き、鋭い声で警告を発した。

 

 

 

「なにっ!!!!?」

 

 だがそれは一足遅く、ダビデの放った黒い輝き――黒ルフが光へと襲い掛かり、光の金属器に刻まれた八芒星へと憑りついた。

 あのアルバを囚えている牢獄。

 いかに強大な力を持つ金属器・ガミジンといえども、アルマトランのマギ・アルバを捕らえておくのにはかなりの力を要する。さらに戦闘における魔装を継続している最中に、外部から牢獄を破らんとする黒ルフの殺到。

 外からの干渉によりガミジンの八芒星が感応し、内部からも黒ルフが流出。その黒ルフが女の姿を作ろうとしていた。

 額に三日月の冠を戴く千年魔女・アルバ。

 

「くっ! 光っ!」

 

 閃は弟の危機に、そして災厄の魔女の復活を阻止するためにシンドバッドの相手を紅炎に任せて弟のもとへと駆け寄ろうとした。

 

「させぬぞ、皇 閃」

「ッッ、ダリオス!」

 

 その前に先ほどまで光と対峙していたダリオス・レオクセスが立ち塞がった。

 強力な防御結界を張るダリオスの金属器・アロセスの力を前に、さしもの閃も足止めされた。

 

 その間にもガミジンからはアルバのルフが完全に逃げ出しており、再度顕現したアルバのルフは、ダビデと同様に杖を掲げて決死の魔力を輝かせた。

 

 

「なんだこれは!?」

「これは! アル・サーメンの魔導士!!」

 

 それぞれ七海連合の王と対峙していたアリババと白龍も、事態の急転に驚愕していた。

 周囲の空を覆いつくすほどに大勢の魔導士――アル・サーメンの人形魔導士たち。そのこと如くが、ダビデに操られたアルバの、その操作を受けて器を破壊するほどに魔力を供給した。

 

「金属器が!!?」

 

 紅覇が自身の金属器が突如、意思に反して輝きを増したのに声を上げた。

 彼だけではない。

 紅明の金属器も、紅炎の金属器も、紅玉、閃、光、アリババ、白龍……それだけではなく七海連合側の王たちの金属器も眩い輝きを放っていた。

 

「和国は、ウラルトゥーゴがこの世界を創造した際、アルマトランからの渡し場にした雫の土地だ。アルマトランの魔力が色濃く根付き、そしてルフの巡りの終着点にして循環点へとつながった場所」

 

 金属器から放たれた光が和国の地へと降り注ぎ、今度は大地が、海が何かの線を描くように極光の柱を天に昇らせる。

 その極光の道はまるで―――

 

「竜!!!!?」

 

 和国という列島の形。それは瑞穂の竜の形そのままで、竜が天に昇るかのように立ち上った光が空に翔け上がり、宙に巨大な八芳星を描いた。

 

「必要だったのは、十分量の金属器。それが今日この場に集いさえすればよかった。星の巡り、満ちた時はこの土地に降りたルフを“聖宮”へと送る!」

 

 命の循環。

 地へと、海へと還った(ルフ)が聖宮へと送られて巡る――灯桜の儀。

 

「金属器は元々は人と神とを繋いでいた“神杖”が原型。“聖宮”へとつながるこの土地の魔力と、二つの世界の第一級特異点たる私とシンドバッド。そしてアルバが千年間蓄えた莫大な魔力さえあれば、“聖宮”への扉を強引に開き、“イル・イラー”の次元への穴を広げることができる! さぁ、シンドバッドよ! “神”の座へ!!!!」

 

 シンドバッドとダビデが重なり、新たな存在となり、そしてさらに神へとならんと階に足を掛けた。

 

「この世界で、俺だけが! “運命”の流れを見ることができる!」

 

 それは彼にとっての実感。

 

 ――虐げられた村に生まれた。

 ――奴隷にされたこともあった。

 ――国を滅ぼし、国民を死なせたこともあった。

 

 だがそれらは全てこの結末へと至るための大いなる流れ。

 彼らの死には意味があり、人間の偉大なる王、シンドバッドが神となるための礎。

 

 この世界でただ一人、誰もが絶望する“運命”を見通すことができる特別な存在――――

 

「いや、もう一人いるな」

 

 階に足を掛けたシンドバッドは、しかしそこで足元へと視線を向け、手を差し伸べた。

 

「かつて運命の存在を知覚したアルバと同化したことのある貴女なら、運命を理解したはずだ――――白瑛殿」

 

 差し伸べたその先にいたのは、アルバから解き放たれ、ついに目覚めた白華の麗人、練 白瑛。

 

「姉上!!?」

「姫様!」

 

 その姿に白龍は驚愕し、青舜も双剣を振るう腕を止めた。

 戦場に、灯桜の光輝く大地に立ちシンドバッドを見上げる白瑛。その姿はかつてと同じく凛としたようであり、しかしどこか哀しみを含んだようにシンドバッドを見ていた。

 

「貴女にこそ、私の隣を歩む資格がある。神となって、新たな世界を創る、その一対、伴侶となるに相応しい存在なのは、貴女だ! 白瑛殿!」

 

 アルバによって意識を奥底に押し込められていた白瑛は、その間彼女の内面を、過去を垣間見ていた。

 ダビデの息子であるソロモンを鍛えた過去。魔導士聖境界連合を抜け出しレジスタンスに身を投じたソロモンと共に戦った過去。

 世界を創った創造主――イル・イラーと初めて対面した時の感動。ダビデがイル・イラーから力を奪おうとしていることを知った時の悲哀と憎悪。

 計画書(アジェンダ)と呼ばれるものの真実――すなわち“運命”の流れを知った時の絶望…………

 それは予知ではなく、世界に存在するただ純然たる“流れ”。

 すべては一つの結末へ向けて流れていくもので、偶然に見える喜び、怒り、悲しみ、生、そして死。それらは全て“世界”と呼ばれる何かが前へ進むための構成要素でしかない。

 “(観測者)”は世界を彼が思うままに進めるためにあらゆる事象に介入し、引き起こしているのだ。

 人々が一生の中でどれほど崇高な志を抱こうと、罪を犯し、また犯されようと、もがき苦しみ、それでもなお抗おうとしても、それらすべては自分の意志のように見えても…………すべては神のために決まっていたこと

 人はどんな風に生きようとも絶対に逃れられないのだ。

 

 それを知ったからこそ、魔導士たちは絶望した。

 それを知ったからこそ、ソロモン王は神から世界を解放しようとし―――結果、抗いの物語(運命)を紡いだ。

 

 どこまで行こうと逃げることなどできはしない――――それが“運命”。

 

 それをアルバの意識の中で見続けさせられた白瑛は、だからこそ前と同じではいられない。

 その思いは既に、アル・サーメンの魔導士たちと、アルバと同じものであるはずで、運命を見通すことのできるシンドバッドと共に歩くのにこれ以上相応しい(伴侶)はいない。

 

 白瑛は瞼を閉じて、かつて垣間見続けたそれらの運命を思い返し―――――言霊を紡いだ。

 

「狂愛と混沌の精霊よ。汝に命ず。我が身を覆え。我が身に宿れ。我が身を大いなる魔人と化せ―――――パイモン!!!!」

 

 轟――と、旋風が白瑛の体を覆い、その手足には白い羽が装飾され、白を基調とした蠱惑的とも見える魔装の姿へと変じた。

 

「たしかに、私の意識を乗っ取っていたあれば母上の……いえ、アルマトランの魔導士アルバのものであったのでしょう。貴方の語る未来が、争いのない世界を築くというのも、その通りなのでしょう」

 

 争いのない平和な世界を築く。

 そのために一つの王を戴く世界を、国を創る。それは白瑛の父、白徳や兄である白雄、白蓮兄上たちが求めた世界そのもの。

 

 だが彼女もまた彼らの志を受けた。

 志があるからこそ、前へと、未来へと歩めるのだ。

 

 何度も絶望を感じたことはある。父の死、兄たちの死、母の裏切り―――そして伴侶となるはずの光をも一度は目の前で失った。

 そんな時にただ一人残された弟と道を違え、争うことに葛藤し、進むべき道と志を揺るがせてしまったこともある。

 すべてを投げ出してしまいたくなったこともある。

 それらすべてがあらかじめ定められたものだと――“運命”だというのなら、それは全力で否定したい。

 

「ですが、たとえ選択肢がなかったのだとしても、それでもこの道を選んだのは私です。煌帝国第一皇女として、パイモンの主として、将として…………そしてあの方の伴侶となるべき者として」

 

 父が、兄たちが、どんな思いで戦い、何を勝ち取ろうとしていたのか。それはどんな志があったからなのか。

 その結末がたとえ決まっていたように見えたのだとしても……彼らの心は、意志は、彼らのものだ。

 

「進むべき道を選んだのは私、練 白瑛だ!!!」

 

 宝珠を宿した三又の槍。その向く先は討つべき敵。

 

「覇王シンドバッド! 私がともに歩むことを選んだのは、断じてお前などではない!!」

 

 決然とした眼差しに、揺れるところは最早ない。

 痛いほどに真っすぐな白いルフを身に纏い、風の女王が再び戦場へと帰還し、討つべき敵を定めた。

 

 

 

 

「………………」

 

 その姿をシンドバッドは感情の欠落したような眼差しで見下ろした。

 

 ――彼女もまた、理解するには及ばなかった――

 

 誰一人として、神と同化した存在に比肩することはない。

 彼自身にとってもそんな当たり前のことを、シンドバッドは再確認し、失望していた。

 

 最早、隣を歩む者はいない。

 いや。ルフとなったのち、共に神を討ち滅ぼす仲間たちがいる。それでいいのだ。隣を歩む対等な存在など、初めから必要なく、存在すらしないのだから…………

 

「そうか。なら―――終わらせるとしよう」

 

 イル・イラーによって定められた運命の終着点を確認したシンドバッドは、見通せない運命の先を見るために空を見上げた。

 

 極大の八芳星が空に、世界に刻まれており、そこから神が改変のための触手を伸ばそうとしていた。――イル・イラーの降臨。

 その八芳星からはイル・イラーの次元(・・)に存在する黒ルフが大量にこちらの世界に流入しており、白ルフで満ちたこの世界を侵蝕しているかのようであった。

 

 

 

「させるものか!」

 

 白瑛はシンドバッドの愚挙を止めるために飛翔しようと風を纏った。だが―――

 

「ふん。獲物がそこにあるのに銛を向けようともせぬ臆病者めらが。狩人を阻む愚者は死ね!」

「姉上!」

「――!」

 

 白龍の微生物眷属を蹴散らしたラメトトがその巨大な異形の姿を白瑛の背後に迫り寄っていた。

 

 ――しまった!!!――

 

 風という質量の軽い現象を操る白瑛の魔装の弱点は接近戦。

 かつて何度も“彼”から指摘され、自身痛感していたはずの弱点。

 

 

「姫様ぁ!!!!」

 

 すでに間合いは必殺の間合い。

 決死に手を伸ばす眷属・青舜だが、その眷属器が届くには遠く。ラメトトのメイスが白瑛の頭上に襲い掛かり――――――銀閃が走った。

 

「な、がっ!!!!?」

「えっ…………」

 

 一瞬六斬。

 二刀をもってラメトトの豪槍を退けたのは、疾駆する汗馬のごとき魔装の王。

 

 それは失われたはずの守り手。

 決して届かないはずの場所に往ってしまった関係性。

 

「ぁ……」

 

 アルバの意識を通して彼がどんな状態なのかは見てきた。

 かつて見たことのないほどに冷たく殺伐とした眼差しを向けてくる彼の姿。器の欠けて、ゆえに何かが壊れてしまったかのような悲痛な姿。

 それがかつてと同様に、白瑛を守った――守っている。

 思わず白瑛は手を伸ばしかけ、しかし触れてはいけないものを前にしたかのようにその手を止めた。

 

 これは失ってしまった宝物。

 すでに彼は“彼”とは違うのだから―――――

 

「言ったはずだ」

 

 躊躇うその手が、逃さないとばかりにつかみ取られた。

 

「俺が選んだのはお前だ。お前を、練 白瑛を守ることを誓った。ならば違えることはしない―――何が何でも、絶対に、お前を失うことだけは、させはしない!」

「ひか、る…………」

 

 それはかつて為された誓い。

 練 白瑛を選んだ皇 光が誓った宣言。

 

 

 

 

「皇光が姉上を守った!? あれは――――元に戻ったのか!?」

 

 アラジンに幾許かを修復されたとはいえ、練 白瑛との関係性を失っていたはずの光が彼女を助けた。そのあるべきが戻った姿に白龍は驚愕した。

 

「でもなんで…………?」

 

 “ソロモンの知恵”をもってしても戻せなかった欠けた器――ルフが回復していることに驚いているのは白龍ばかりではなく、アラジンもまた同じ。

 だが“彼”が居た場所で“彼”と会ったアリババには“それ”がなぜだか直感として分かった。

 

「そうか! “イル・イラー”の次元の穴が開いたから!」

 

 ハッとして空の極大八芳星を見上げたアリババ。

 そこから流れ込んでくるのは黒ルフ―――だけではなく、彷徨い輪廻できなかった精神たち。アルマトランで死んだ者たちだ。

 ベリアルによって異次元に飛ばされたアリババは偶然、イル・イラーの次元へと飛ばされ、そこでアルマトランで死した者たちや願いの代償に喪われ、欠けた“皇 光”と会っていた。

 開けられた穴はマグノシュタットの時とは違い“イル・イラー”が干渉するためだけの穴ではなく、シンドバッドがこちら側からあちらに行くためのルフの通り道でもある。故にこそ、あちら側からもこちらへと戻ってくることができたのだ。

 彼だけでなく、おそらくあの時アリババが長い時間(一瞬)を共に過ごし、帰還するための協力を行ってきてくれた人たちもまた…………………

 

 

 

 

 失われたはずの“皇 光”との再会に、白瑛の動きが止まる。その二人を討たんとヴァッサゴが眷属――鳥型と犬型の巨大な2体の同化眷属が襲い掛かった。

 

「行かせは―――!」「――――させん!」

 

 襲い掛かるのはジャッカルのごとき頭部をもつ眷属アンビスと隼の頭部をもつ眷属ホルメス。

 光は素早く反応して二刀を構え――――――しかしそれよりも早く2つの影が同化眷属を迎撃した。

 

「やらせるか!!!」「橘花、一閃!!」

 

 武骨な大剣による防御と気の込められた和刀の刺突。

 ホルメスの翼の攻撃を大剣が弾き、アンビスの熱線を切り払った操気剣が眷属の顔に一閃を入れる。

 和国における副官と煌帝国における副官。光の傍らにあって戦い続けた男たちが取り戻した“王”の下へと馳せ参じた。

 

「融、光雲……」

「遅い!!!  どれだけ……どれだけ待たせるつもりだったんだよ、馬鹿が!」

 

 練白瑛を助けたという事実。そして感じる気の懐かしさに怒声を浴びせかけた融はぐっと歯を食いしばった。

 

「まったく、死んで消えたと思ったらお前は……それより、あれを止めなくていいのか?」

 

 大剣を構える光雲も猛る思いを隠せないかのように獰猛な笑みをこぼしていた。

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 この世界の全ての人をルフに戻し、仲間すらも己の力の一部として、神を倒し世界を変える。

 そのために次元の壁に穴を開け、世界を危機に晒し―――それでも前へと進む。

 

 ともすれば世界も自分も死んでしまうことになるだろう。

 だがその死を、シンドバッドは感じなかった。今日という日だけではない。

 1万人もの人を、兵士を飲み込んだ最初の“迷宮”バアルに入った時も、その後のいかなる迷宮でも、奴隷になった時も、国を滅ぼされた時も、ただの一度も“今日死ぬ”と感じたことがなかった。

 今日という世界の、“運命”の変革日においても、この波を超えて行けるという絶対の予感しかない。

 

 彼には皇閃や光、アリババ、練紅炎、白龍、他のどの王とも違って王家の血が流れていない。何もない。だがだからこそ全てを掴み取ってきた。

 手に入れて、そしてこれからも手に入れ続ける。

 もっと先へ、まだまだ先へ。この手で世界を変えたい。人のためでも、世界のためでもなく――――ただ、自身の願いのためだけに。運命をねじ伏せ、全てを掴み取る。それこそが、シンドバッドという、強欲な一人の人間の証。

 

 

 

 

 

 

「くっ! どうするんだ、アラジン! このままじゃシンドバッドさんが……イル・イラーが!!!」

「分かってる! けど…………」

 

 アリババたちの目の前にはダリオスが作り出したアロセスの鉄壁の防御壁が広がっており、そのさらに奥――天の境界にシンドバッドが今まさに“神の座”に手を伸ばさんとしていた。

 

 シンドバッドを止めるための、“イル・イラー”を止めるための手段と策は用意してある。

 万一、次元の穴を開けられた時のためのものだったが、この状況では唯一の打開策だ。

 “聖宮”を手に入れるためにシンドバッドは半分ルフの階層に身を移している。ならばアラジンの策はシンドバッドに対しても有効のはずだ。

 

 だがそのためには条件がまだ揃っていない。

 

「まずはあの壁をなんとかしないと!」

「くそっ! 壁が突破できない! 突破力が、純粋な破壊力が足りないっ!!!」

 

 それにダリオス(アロセス)の防御壁を突破しなくてはそれもできない。

 しかしアリババや白龍の金属器は制圧力こそ高いものの突破力という点においてはアロセスの防壁能力を上回るものではない。

 紅炎や光たちも同様だ。唯一、閃のカイムならば防壁を斬ることはできるが多層的に生み出される防壁によって突破を許されない。

 一点でもいい。防壁を突破し、ダリオスを退ける突貫力のある力が今、必要であり―――切望したその力は唐突に現れた。

 

 銀閃の流星が奔り、ダリオスの防壁を破ってなお勢いを減じずに突き刺さった。

 

「なにっ!!!?」

 

 絶対の自信を誇る絶対防御(アロセスの盾)を砕かれ、その体が吹き飛ばされる騎士王(ダリオス)

 

 それは銀色の魔装の主。一本の銀槍のごとき狩人の魔装――狩猟と高潔の精霊“バルバトス”。

 

「あれは―――ムーさん!」

「遅くなってすまない、アラジン。だが――――」

 

 レーム帝国の金属器使い、ムー・アレキウスの参戦。そして

 

「準備は全て、整った!!」

「ティトス君!!」

 

 ティトス・アレキウスが転送魔法陣からその身を戦場に降り立たせた。

 

 和国、煌帝国、レーム帝国そして七海連合。

 今の世界における全ての金属器使いを擁する国がこの場に集い、全てのマギもまたこの場に集った。

 この世界の運命の結末を決めるための場。

 

 アラジンは懐かしき友の姿、かつてのシェヘラザードとよく似た、けれどもかつてよりも輝くような瞳をもったマギと視線を交わし、頷きを交わした。

 

 全ての条件は揃った。

 

「白龍くん!」

 

 すぐさまアラジンは要となる”王”の一人に叫んだ。

 孔雀を模したザガンの魔装で戦っていた白龍は双頭の槍を一振りし、牽制を放ってからその魔装を解除した。

 宙に投げ出される白龍。それを守るために紅玉が前に出て入れ替わり、その間に白龍は肩鎧に刻まれた八芒星に魔力を集中させる。

 

「魔装――――ベリアル!!!」

 

 姿が変わる。

 多腕五眼の異形の魔装。精神を支配するジン・ベリアル。

 

 魔装の交換を行った白龍は上空を睨んだ。

 視線を交わしたのはかつて憎悪し、敵対し、けれども生きることを望んだ相手――従兄にして義兄の紅炎。

 

 蛇人の姿で白炎を操っていた紅炎は、白龍の視線を受けて自身の魔装を解除した。

 すかさず刀身ではなく柄穂の剣飾りに刻まれた八芒星に魔力を送る。

 

「魔装・フェニクス!!」

 

 攻撃能力の高いジンではない。癒やしの力持つジン・フェニクスの魔装。

 

 

 

 上空で白龍と紅炎の二人が魔装を交換したのを見た光は、白瑛に視線を流した。

 

 彼女のことはガミジンを介してずっと見てきた。 

 本来であれば自らの手で彼女を守り、触れていたいと思い続けた。

 ガミジン(願いの結晶)が砕けて、関係性を失ってからの記憶も、今の光は持っている。

 彼女に向けていた敵意と憎悪。そんなものを自身が彼女に抱くことになることに自身のジンの悪辣さと皮肉を感じもする。

 だが今必要なのは、この力。命を司るジン――ガミジンの力だ。

 

「――――――」

「ご武運を」

 

 交わした言葉は短く、しかし交える眼差しは千の言葉よりも互いを想う。

 光は二刀をジン本来の武装の形――命を刈り取る黒紫の刃へと戻して飛翔した。

 

「――――ガミジン!!」

 

 空を翔けるは光だけではない。

 白龍、紅炎、そして光。三人の“命”を司る魔装を纏う王たちが、イル・イラーの降臨しようとする扉、極大八芳星の下へと集った。

 

 

「罪業と呪怨の精霊よ―――――」

 

 光の掲げる刀身が、

 

「真実と断罪の精霊よ―――――」

 

 白龍の掲げる大鎌の刃が、

 

「慈愛と調停の精霊よ―――――」

 

 紅炎の胸に掲げられた剣飾が、紫色に輝いた。

 

 それは八系統あるルフの中で、特別な2系統のルフの一つ。

 この世界の“法則”を操るソロモン王究極の魔法の源である七型――力のルフ。それに対して八型のルフは、魔導の天才ウラルトゥーゴですらも理解しきることのできなかった命のルフ。

 世界の裂け目、イル・イラーのいる次元、亜空間にすらも干渉することのできる力を秘めた魔法系統。

 

 3つの紫光を頂点にした極大三角の柱が立ち上った。

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 ―――届く、届く、届くんだ!!!!

 

 “神”の座へと至るための極大八芳星へと手を伸ばすシンドバッドは、その果てのない欲望を心に滾らせた。

 

「この手なら、掴める!」

 

 なにも持たない身から始まった。

 始まりは“王の力”。1万人を飲み込んだ“迷宮”を攻略し手に入れた“王の力”こそが始まり。

 

「見たことのない場所へ辿りつける!」

 

 王ならぬ血を持ちながら、しかし国を興した。

 七つの迷宮、七つの海を制覇した。

 

「終わらない冒険に漕ぎ出すんだ!」

 

 そして今、世界の在り様にまで手を伸ばし、人の“王”は“神”となる――――

 

「それこそが―――――なにっ!!!!???」

 

 望みを叶えるための“彼方”を見ていたシンドバッドは、しかし背後に置いてきた世界より立ち上った光の柱に呑み込まれその動きを止めさせられた。

 

 ――動けないッッ!!!?――

 

 紫色の光の中、シンドバッドはルフ(ダビデ)と一体化した自身の体が留められたことに驚愕した。

 そればかりかさらに上空を、目指す先を見て目を見開いた。

 

「なっ、イル・イラーが押し返されている!!!!?」

 

 立ち上った光の柱がシンドバッドを飲み込んだ光の柱は、極点のイル・イラーへとぶつかり、それを押し返し始めた。

 

「なにを……なにをしたんだ、アラジン!!!!」

 

 ハッとなり後ろ(世界)を返り見たシンドバッドは、そこに3人の王と3人のマギの姿を見た。

 

 

 







今回の話に出てきた灯桜の儀については第5話をご参照ください。

実は一時休載する前からこの場面で使う設定だったのですが、なかなか踏み出せなかったのは和国と聖宮の関係性が思い浮かばなかったからなんですよね。
けれど原作の方で登場した鬼倭国がアルマトランの魔力が堆積した土地だ、なんていう設定がポンと出てきたので目出度く活かされることとなりました。
元々は和国(モデル日本)の島の形が龍のようになっているところから、特殊性を出す予定でした。作中でもほんのりその名残が出てたりします。

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