神様の弟子になりまして   作:ミツバチ

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第三話 憑き物筋

 憑き物とは―――

 

 巫蠱(ふこ)(じゅつ)と呼ばれる呪術の一種。蟲や犬、猫、狐、蛇などといった生き物を材料として殺し、何重もの呪術的処理を施して祀ったものだ。そうして出来上がった呪物の霊を式神のように使役することで他者を呪い殺し、一族を繫栄させるという。

 そして憑き物を飼っている一族を指して憑き物筋と呼ぶ。

 蠱毒や犬神辺りならば、聞いたことのある人も多いのではないだろうか。

 彼の金田一耕助シリーズの『犬神家の一族』も、オカルト要素こそないものの、その名の通り憑き物筋が登場している。

 

 憑き物は対象の呪殺の他、財産を奪って使役者にもたらすものだという。

 

 だがその本質は、人間に対する恨みと憎悪。

 そして強烈な妬み。

 憑き物を使役する一族――憑き物筋がもしも呪物を祀ることを怠れば、途端にその呪いは自分達へ向かう。その結果として破滅してしまった憑き物筋は多いらしい。

 また、他者を殺して財を成すという性質から、憑き物筋は周囲の人間から厳しい差別に晒され、迫害されるのが常だったという。特に四国では、結婚相手が憑き物筋の家系ではないか、婚姻前に調査するのが当たり前のことだったのだとか。

 

 ここまでを前提として。

 俺の家――久遠寺一族についてだが。

 

 久遠寺家は、地元の香川では『おしょぼ憑き』と呼ばれた家系であるらしい。

 ちなみにおしょぼとは香川に伝わる、座敷童のような子供の妖怪のことだ。ソレがいる家は富み、離れれば落ちぶれるといわれている。

 無論、誤りだ。

 座敷童とは家の守り神である。それを招き可愛がりこそすれ、わざわざ他所の家に取り憑かせるなんて道理に合わない。人間を材料にして座敷童を()()なんて話もあるようだが、それは比較的近代に創作された怪談であると思しい。

 どちらにせよ、『おしょぼ憑き』というのは正確ではない。先程も述べた通り御先祖様が故郷の香川に住んでいた頃は周囲からそのように蔑称されていたようだが、実際に一族が使役していた憑き物は似て非なるものだった。

 その辺りの詳細が、古文書に書かれていた。

 

 久遠寺家は本来、『蛭子憑き』なのだという。

 

 蛭子とは日本神話の神の一柱だ。

 伊邪那岐命と伊邪那美命が最初に産んだ神だが、全身の骨がない、その名の通り蛭のような見た目の奇形児であったため、海に流され棄てられたという逸話が広く知られている。また流産した赤子や堕ろされた胎児を指して水子と呼称するのは、この蛭子に由来する。

 古文書によると、久遠寺家の源流はこの蛭子を奉った神職であるらしい。

 そこから陰陽道や密教、巫蠱術などを取り込み、ある種の呪い師として活動していたのだそうだ。その歴史は俺が考えていたよりも随分と古く、ただ記録を辿ることすら非常に困難だった。だが久遠寺家に纏わる()()の始まりとなったであろう伝説はどうにか見付けることが出来た。

 

 端的に言って――それは、怪談だった。

 

 内容はいわゆる六部殺し。

 六部とは、日本全国の聖地巡礼を行う旅の僧侶のことである。それがいつから存在するのかは定かではないらしいが、最古の記録によれば14世紀――鎌倉時代後半から室町時代の初期の間の頃にその活動が確認されているらしい。

 六部殺しとは――その題の通り。

 六部を殺して金品を奪い財を成すが、殺生を行った祟りとして破滅する。そんな御伽噺(おとぎばなし)だ。

 ストーリーやシチュエーションなど、細かい差異はあるが、似たような物語は日本中に存在している。我が家に伝わる伝説も、きっとそういった類なのだろうと思う。

 

 久遠寺家の場合は―――

 

 香川の田舎の村で呪い師として栄えていた久遠寺家。そこにある時、村外れに六部が住み着く。

 六部は神通力で村の人々の病気を無償で治したり、他にも様々な村の問題を解決に導くなどして活躍。大層評判になった。だが当然、古くからその地で呪い師をやっていた久遠寺としては、()を盗み幅を効かせる新参者が邪魔で仕方ない。

 そこで久遠寺は六部を呪い殺そうとするが、その(ことごと)くが呪詛返しによって跳ね除けられ、逆に村全体が災いに見舞われた。

 だが懲りる久遠寺ではない。

 久遠寺は呪いの他にも、昔から薬学や医学に精通していた。その知識を利用して六部にお詫びをしたいと和解の席を設け、蛭の毒を飲ませて暗殺を決行する。

 使用された蛭の毒は、巫蠱術によって精製した久遠寺秘伝の代物だ。その効果は覿面(てきめん)で、六部は全身の穴という穴から(おびただ)しい量の血を流したという。

 毒で苦しんだ六部は死の間際、久遠寺に呪いを掛けた。

 

 

 ―――祟ってやる

 ―――蛭の毒を盛ったのなら、蛭の毒で返してやる

 ―――末代まで祟ってやるぞ

 

 

 その後、久遠寺家は六部が所有していた財産と秘伝の巻物を手に入れて栄えるが、呪いによって全身の骨がない奇形児が産まれるようになった。

 以来―――

 久遠寺家は六部の巻物に記されていた呪法を使い、一族から産まれた奇形児や、お産で取り上げた子供を死産だったと嘘を吐いて秘密裏に隠し。そのようにして得た水子を材料に、憑き物を造り上げて使役するようになった。

 

 以上が、久遠寺家が憑き物筋と呼ばれるようになった経緯である。

 

 実に胡乱(うろん)な話だった。

 信じるとか信じないとか、そういう次元じゃない。古文書に書かれている内容は、それこそ昔話の域を出ない代物だ。現実にあったことだとは思えない。

 だが――その内容は、俺の置かれた状況と符合する点があまりにも多い。

 そもそもこれらの家の古文書は、妹の(なお)も読んでいた筈なのだ。あの娘が占いや怪談などのオカルトを好んでいたのは知っている。身体が弱く(ろく)に家の外に出られないものだから、幼い頃から蔵に出入りし、文献を読み漁っていたのも確かだ。

 それならば――古文書の内容が事実であれ、虚構であれ、関係ないのではないか。

 子供を死産したことで気が触れた梗は、ここに書かれていたことを信じ、呪いを実行した。恐らく、上手くいくかどうかは勘定になかったことだろう。偶然であれ必然であれ――その結果として呪いは成功し、俺の腹に化け物が宿った。

 

 そう考えれば、辻褄は合う。

 

 だが――今、事ここに至って。実際に腹に化け物を抱えた身で考えることではないのかもしれないが。

 

 そんなことが……本当に、有り得るのか―――?

 

 言い難い違和感が拭えない。

 何か見落としているのではないか。何か、前提からして致命的な勘違いをしているのではないか。呪い。祟り。蛭子。妹の妊娠と死産。腹の化け物。情念と怨念。狂った因習。そして、それら全ての因果関係。

 考えを整理しようにも、どうにもちぐはぐで、いまいち纏まらない。纏められない。

 

「……お手上げだな」

 

 俺一人でどうにか出来る範囲を超えている。それだけは間違いない。

 となると、寳月夜宵を当てにするしかない訳だが。それはそれで不安が拭えない。彼女が只者ではないのは間違いないし、疑ってもいないが……最後に会ったのは十ヶ月以上も前のことなのだ。

 寺や神社……胡散臭い印象があるので気乗りしないが、霊能者に相談してみることも考えるべきか。

 幸いにも――と言っていいのか甚だ疑問だが――金ならある。

 両親が死んだことで遺産を相続したのだが、相続税や毎年の固定資産税、管理や維持に必要な費用などの諸々を差し引いても、一生遊んで暮らせるくらいの莫大な額だった。

 弁護士から書類を見せられた時は驚いたものだ。

 両親は腕の良い産科医だったが、繁盛しているようには見えなかった。一体どうやってあれだけの資産を溜め込んでいたのか、疑問に思いはしたが……今ならば憑き物とやらの仕業なのではないかと推測することは出来る。

 

「…………」

 

 俺は無意識に腹を撫でた。

 もしも本当にこれが苦痛と引き換えに富をもたらすモノであるのなら――そんなものはいらないので、今直ぐに俺の腹から出て行って欲しい。それが嘘偽りのない本音だった。

 御先祖様の罪も家の因習も、それを取り巻く時代や環境も。全て俺には関係ない。

 

 重く溜め息を吐く。

 

 どうしたものかと思案していると――不意に、スマートフォンに一件の通知が表示された。

 SNSにメッセージが送られてきたらしい。

 それが誰からなのかは見なくても分かる。今の俺は天涯孤独で、学校の友人ともすっかり疎遠になっている。そんな俺がSNSで定期的に連絡を取っている人物は一人しかいない。

 

 寳月夜宵。

 

 短いメッセージが小刻みに送られてくる。

 

『これからお見舞いに行く』

『呪いをなんとかする目算が立った』

『たぶんいける』

『病院に外出届を出しておいて』

 

 唐突な内容に面食らう。

 二つ目のメッセージが事実なら俺にとってはこれ以上ない朗報だ。だがその次の文から非常に不安を感じる。

 兎にも角にも、外出の用意をしよう――とベッドから降りようとしたところで。もう一度、スマートフォンが新着メッセージの通知した。

 

『合言葉はれっつごーすと!』

 

 ……本当に大丈夫なんだろうか。




 1期生も早く出てこないかな。
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