斬れぬものなど全くない   作:きんつば

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◇注意・この小説には原作と違う点(キャラ、話の流れ、解釈)があります。お気をつけください。


1話 斬ること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所詮、刀など殺しの道具だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそれにどんな感情を込め、振るったとしても、それの成す意味は変わらない。

それは一つの意味しか存在することはできず、他者から見ても、それは永遠に変わることはない。

 

きっと、そんなもんだ。

 

そして俺は、そんなもんを知っていて、それが綺麗なことじゃないと理解していても、それを振るわずにはいられなかったんだ。

 

それはしょうがないことだと、済ませてしまえたんだ。

 

そんな俺の姿を見て、誰かは滑稽だと笑うだろうか?

愚者の所業だど怒り狂うだろうか?

 

ーー哀れんで、くれるのだろうか?

 

 

…それならそれでいいさ。

 

 

人生なんてもんは何が起こるか分からないもので、真っ直ぐ歩いて来たと思っていても、ふと振り替えって後ろを見ると、道はぐにゃぐにゃに曲がりくねってしまってるものさ。

 

そして今度は前を見ても、一本道ではなくて、途中で何本にも分かれてしまっている。

~につながってます、なんて看板も立てられてなくて、どこに繋がってるかさっぱりだ。

だからめんどくさいと思っちまうのさ。人間は。

 

 

 

その点、刀はいつでも真っ直ぐだ。

 

銀色の刀身は光を反射させ、銀光を瞳に焼き付かす。振るうと風を切り裂き、銀の残像を残す。

 

それは神秘の象徴、魂の輝きのようなものに錯覚させるかもしれない。

 

でも、刀は善くないものだ。

それは赤色に染まるためのものだから。それは恐怖の象徴でもあるのだから。

 

そして、だからこそ、俺はそれが欲しかったんだ。

俺には必要だったんだ。俺の望む願いを叶えるには、それが、どうしても必要だったんだ。

 

ーーもしこの先、俺のこの願いを誰かが間違ってると言っても。その願いの後には何も残らないと断言されても。それでも、弱い俺には、それに頼るしかなかったんだ。

だって、それは何処までも真っ直ぐだったから。

たとえ血に染まって、銀色ではなくなっても。

錆びて、誰一人見向きしなくなっても。

ーーそれは、いつまでも真っ直ぐだったから。

そんな風に、この願いを貫き通したかったから。

 

 

 

 

だから、刀を手に掴んだ。

 

それを振るった。

 

ただ単純な感情だけを刀に込めて、振るい続けた。

 

 

刀に込めた感情なんて簡単さ。それこそ、あくびがでちまうくらい。

 

 

ーーただ、斬ること。

 

 

ーーー刀に込める感情なんて、そんなもんさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、妖夢?」

 

 

庭で刀を振るっている魂魄 妖夢を、この白玉楼の主、西行寺幽々子は呼んだ。

なんてことはない。幽々子が刀の訓練をしている妖夢を呼ぶのは珍しくはない。

「お腹が空いたからごはんを作って~」だの「おやつが無くなっちゃったわ~」だの、気軽に呼び出されるのだ。そんなことで訓練を一時中断される妖夢の気持ちを考えてほしいものである。

しかし、そんなことを指摘することなく、律儀に要望に答える妖夢は、少し自分が甘いのかな?と最近になって思い始めていた。

 

 

まぁ、今日も今日とて要望を聞くため訓練を中断してしまっているが。

 

「…何ですか今日は?幽々子様。」

 

そんな自分の主の幽々子に妖夢は問いかける。料理を作ってほしいのか?おやつの補充か?もしくは呼んでみただけか?彼女ならありうる。

気分屋の自分の主は突然理解できないことをしでかしたりするのだ。何と言い出すか分からない。

刀の訓練をいち早く再開したい妖夢にとっては、時間があまりかかるものではなければいいなぁと淡い期待を抱かずにはいられなかった。

 

「それがね。昨日言い忘れてたことがあるのよ。」

 

と、幽々子は微笑みを浮かべ妖夢に言う。

昨日言い忘れていたこと、ということは料理を作ってほしいでもなく、おやつの補充をしてほしいでもないだろう。では食糧の調達だろうか?

まだ決まったことではないが、少なくとも時間がかかる事の確率がぐんと上がった。

 

少し憂鬱な気分になりながらも妖夢は幽々子の次の言葉を促す。

 

「何でしょうか?幽々子様。食糧の調達でしょうか?」

 

「いや、違うのよ。今日はある御方がこの白玉楼においでになるの」

 

「ある御方?」

 

それは誰だろうか?しかし、ある御方、と自分の主が言うのだから身分が高い、もしくは主の尊敬に値する者なのだろう。

 

「それは何という御方でしょうか?」

 

妖夢がそう幽々子に問うと、幽々子はいつもよりも微笑みを濃く浮かべだした。

 

 

 

あ、これはダメなやつだ。

 

 

 

と、妖夢は長年幽々子に連れ添ってきた経験から悟った。幽々子がいつもより微笑みを濃くし、他者から見ると美しさをより強く思わせるこの表情になると、大抵何か仕出かそうする時なのだ。

 

「だ、誰が来るのですか?」

 

「別に警戒しなくていいわよ。こちらに危害を加えてくるようなことはないから。安心なさい。寧ろこちらのためになる御方なのだから」

 

全然安心などできない。妖夢は冷や汗を浮かべながら幽々子にその答えを促す。

 

「それで…誰なのですか?」

 

鬼が出るか、蛇が出るか。

妖夢は警戒を強くし、主の言葉を待つ。

 

そして幽々子は笑いながら、言う。

 

「ふふ、そうね。その御方の名は伝蔵。貴方のーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー剣の指導をしてくれる方よ」

 

妖夢は体が固まった。それはそれは長く。

自分の刀の指導?本当に?え?と数々の困惑と驚きの言葉が頭の中を駆け巡った。

 

今まで自分は祖父に剣の訓練をしてもらっていたが、祖父が白玉楼の庭師を引退し、自分がそれを引き継いでから一度も誰からの剣の指導などされなかったのだ。しかし今、自分の剣を鍛えてくれる方が来てくれると聞き、妖夢はあたふたと混乱状態に陥ってしまった。

 

どんな方がくるのでしょうか?

 

自分よりは強いでしょうね…!

 

訓練は厳しいでしょうか?

 

まず何と挨拶しましょうか?

 

いや、それよりも今は失礼なくするため、おもてなしの準備をしなくては!

 

善は急げである。妖夢は混乱状態から復活し今はここに来るであろう御方に対しての準備を早々と行うことにした。そしてまずは何をしようかと思考を凝らし始めた。

 

 

そんな妖夢に、幽々子は一言、

 

 

 

「あ、ちなみに来るのはあと数時間後ぐらいだからよろしくね♪」

 

 

 

 

 

 

その日、庭師の滅多にない叫びが白玉楼に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏が景色を彩る。

 

 

風が葉を揺らし、木に引っ付いている蝉の鳴き声が耳に響いてくる。太陽の光は雲に遮られることはなく、陰が存在することなど許さんとばかりに地面を照らし尽くしている。

 

そう、今の季節は夏。夏なのだ。

 

夏ということは暑い。

暑いということはだるい。

この法則が導きだされるのだ。

本当に、夏ってのは嫌になるね。まったく、何が海だよ。何が花火だよ。何が彼女だよ。

 

こっちには、そんなもんねぇよ。

 

 

 

ここは幻想郷。幻想となったものたちが集まって来る場所だ。まぁ簡単に説明すると、忘れられた、もしくは存在を否定されたものが流れ着いてくる場所である。

 

つまり、「強力な化け物などもいてとっても危険な場所なんだ!」という認識で今は理解をたのみたいと思う。そのぐらい大雑把な感じで今は構わない。

 

何故なら、「今」のテーマは夏なのだから。

夏という季節。俺は現在、このテーマについて考えていきたい。

それでは始めよう。ゴホン!

 

夏という幻想がある。

 

人々は夏という幻想にとらわれ、目先の誘惑に負けてしまう。それは太陽の熱を最大まで高めているこの季節の効力のせいだろう。

 

そして、この夏という季節は生物を二種類に分ける。

それは簡単だ。実にシンプル。

 

この季節を楽しめる者と、楽しめない者だ。

 

楽しめるものにとってこの季節は天国のように感じるだろう。

友達と炎天下外に出かけ、スイカを共に食べ。日陰で一休みして談笑し。肝試しでもすれば気になるあの子とペアになって、ハッピーイベントが起こるかもしれない。

 

ああ、素敵ですね。とても微笑ましいよ。

 

だが、だがしかし。

そんなものが存在しない、楽しめない者達にとっては?

 

断言しよう。地獄である。

 

それはそうだろう。このくそ暑い中、遊ぶことなどできない者、黙々と仕事をしなければならない者にとって、夏は苦行といえるものだ。

誰かが遊んだり、青春してるのを横目で確認できてしまい、とても切ない気持ちになる。だって、その人達は仕事してるんだよ?暑いなかだるいのに。汗かいて頑張ってるの。働かなければならない者達は。

 

本当に凄いよね。今、自分が家のなかで麦茶を飲んでのんびりと過ごしていることがどれだけ幸せなことか分かる。

 

本当、手放したくないこの平和。

 

 

 

だから、そんな風に思ってるとき、仕事をしてくれと頼まれたらどう思う?

 

そんなこたぁ誰だってしたくないと思うに決まってる。誰だってそうさ。賭けてもいいね。

 

そうさ。俺は普通の考えに基づいているのさ。だから今、幻想郷の管理人のスキマ妖怪に、

 

「少し、貴方に頼みたい仕事があります。引き受けてくれますわよね?」

 

と言われても、言う言葉は決まってるし、言っても別に咎められたりはしないはずである。

よし、はっきりと言いましょう。

 

 

 

 

 

 

「働きたくないでござる」

 

 

 

 

…さあ覆してみよ。我が鉄の意志を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽炎が立ち込めるこの猛暑の中、幻想郷の管理人であり、その創設者でもある八雲 紫はある場所に向かって歩いていた。

別に自身の能力を使えば徒歩で来る必要はなく簡単に来れたのだが、彼女は自分の足をつかい目的地を目指している。

そして彼女は今、自身の選択を後悔していた。

「…暑い…わねぇ」

何故自分はこの暑い中徒歩で行こうと唐突に思って、そして行動に移してしまったのか。

 

最初は軽い気持ちであったのだ。たまには景色を見て楽しみながら行くのも悪くないかな?というポジティブな考えであった。

しかし、楽しかったのは最初のうちだけである。

 

 

凄く暑い。

 

 

当然と言えば当然の事だが、今の季節は夏だ。

少々この季節を甘くみていたと後々になり酷く痛感した。蝉の鳴き声が頭にガンガンと響くし、何より汗が止まらない。

 

途中でもうスキマ使おうと何度も思ったが、自身の決めたことをすぐに変えるのは、自身に対して甘いのでは?意志というものは貫き通なければいけないのでは?という謎の概念にとらわれて現在歩き続けているのである。

 

しかし、それもそろそろ終わる。もうすぐ目的地に着くからだ。

 

今、八雲 紫が目指している場所は村から離れぽつんと建てられている小さな一軒家だ。彼女はそこに住んでいるある人物に用があった。

 

その人物の名は伝蔵。

 

彼の名は特別有名という訳ではない。いや、知らない者のほうが圧倒的に多いだろう。だが、八雲 紫はその伝蔵について聞かれたら自信をもって言えることがある。

 

 

 

彼は幻想郷一の剣豪である、と。

 

 

 

彼は妖怪であるが妖力は極端に少ない。そして彼は強力な能力を秘めているわけでもない。しかし、それでも彼は一番の剣士と言えるわけがある。それは、

 

斬れない物が何一つとして存在しないからだ。

 

彼はただの刀で何でも斬る。

 

大木でも、大岩であっても、鉄の塊でも、妖力などを全く使わずに斬ることが出来てしまう。

始めにそれを目の当たりにしたときは能力によって行われたものだと思ったが、彼が言うにはただ刀を振っただけらしいのでひどく驚いたものだ。

 

だからこそ、白玉楼の庭師の剣を鍛える者として丁度いいと思ったのだ。

彼は単純に剣技のみを極めた者だ。ならばたとえ教える者が誰であろうと、剣の技量が確実にあがるはずである。

 

 

しかし、何故白玉楼の庭師の剣を鍛えることになったのか。それは紫の友である西行寺幽々子と雑談をしていた時のことであった。

紫は雑談をしているとき幽々子に、困っていることはないか?と尋ねた。それはどんなときでも微笑みを絶やすことはない自分の友人に、悩んでいることなど存在するのかとちょっとした好奇心からした質問だ。

すると幽々子は、

 

「う~ん。困っていることはないけど、心配してることはあるわ」

 

と言ったのだ。ではその心配していることは何か?と再度尋ねると幽々子は、白玉楼の庭師である妖夢の剣の訓練方法が心配だと答えたのだ。

 

幽々子が言うには、妖夢は自分の祖父である妖忌の教えを忠実に守っており、毎日訓練に熱心に励んでいる。しかし、その訓練方法は昔に教えられたもので今ではその方法では半人前から脱出することは出来ないのではないか?という懸念らしい。

 

確かにそうかもしれない、と紫は思った。何故そう思ったのか。それは半人半霊である魂魄 妖夢はそれこそ身体的な能力は常人より高いが、剣の技量では祖父の妖忌と比べると遥かに劣ったもののように見えたからだ。

それなら祖父の妖忌に鍛えなおして貰えばよいのでは?と思った紫であったがそれは言葉に出さず考えを改める。

そんなことは幽々子だって始めに思いついたことだろう。だがそうしないということは、断られた、もしくは妖忌ではだめな理由があるのだ。だからこそそれ以外の案が見つからず、幽々子は妖夢のことを心配に思ってしまうのだ。

 

ではどうすればよいか?と考え始めると紫はすぐにその答えを見つけた。

幻想郷一の剣豪と言える伝蔵に師事して貰えばよいのだと。

彼は妖夢の祖父の妖忌と比べると身体能力は低いが、剣の技量では妖忌の上だと言うことが出来る者だった。

そして今必要としていることは身体能力の向上ではなく剣の極め方。これほど適任な者はいないだろう。

 

紫は自分の考えを幽々子に伝えた。すると幽々子もその考えに賛同してくれた。その御方なら大丈夫だろうと。

 

そのようなことがあって紫は今伝蔵の家に向かっているのだ。

 

「…あと…少し…」

 

もう家の全貌がはっきりと分かる位置まではきている。着いたら先ずは家の中に上がらせてもらい、冷たいお茶の一杯でも貰おうと紫は考えながら伝蔵の家に歩を進めた。

そしてやっとのこと家に着くと玄関の戸を開け、

 

「伝蔵ー。いるー?」

 

と、この家の住人の有無を確認するために声を少し大きくし呼び掛けた。別に伝蔵とは親しくないわけではない。むしろ仲が良いほどだ。だからこのように気安い感じで

名を呼んでも構わない。

 

「…えー…いますよー」

 

奥から返答が聞こえた。なんか歓迎されていない感じだが、別に構わないだろう。

 

「上がらせて貰うわねー」

 

音をたてながら廊下を進む。そして伝蔵がいるこの家の居間へとつき、腰を降ろした。

 

彼の姿はいつもと変わらなかった。

小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。

 

この男が伝蔵。

彼こそが幻想郷一の剣豪である。

 

 

 

 

 

「…で、何か用なの?」

 

彼は開口一番私が訪ねてきた理由を聞いてきた。しかし、私はその問いにすぐ答えることはしなかった。

 

「その前に何か飲み物をくださいませんか?暑くて暑くて、もう死にそうです。」

とにかく今は水分を取ることを優先したい。私は我慢せずに自分の要望を伝える。

 

「…へいへい。わかりましたよ」

 

「出来るだけ冷たいのでね」

 

いかにもめんどくさいといったような足どりで、彼は部屋から出ていった

こんないい加減そうな態度の者が幻想郷一の剣豪だというのだから世の中はわからないものだ。剣士というのはもっとこう、威厳があるというか、いかにも強いと見ただけで認識させられる者だと思うのだが。

 

彼は確かに剣において幻想郷一だ。

だが、強者には必ずある圧倒的な存在感というものが感じられない。普通は少しでも感じるものなのだが。それは保有妖力の関係上なのかもしれない。深く考えてもわからないだろう。

それに、それは良いところでもあるのだ。

彼に圧倒的な存在感はないが、逆にそのおかげで人妖関係なく接っせられる。

そしてすぐに友好な関係を築くことが出来るのだ。これはこの幻想郷において最も好まれるものだ。実に素晴らしい。

 

…人妖どっちにもなめられているだけかもしれないが。

 

「ほれ。麦茶だ」

 

そうこう考えているうちに彼が戻ってきて飲み物をくれた。ありがとう、といって湯飲みを受けとる。中身は澄んだ茶色のお茶だった。

 

「…私は緑茶が良かったんだけど」

 

「麦茶のほうがお茶って感じがするじゃないか」

 

頼んだこっちが文句をいうものではないな。私は麦茶を少しだけ飲み、早速用件を伝えることにした。

お互い机ごしに顔を見合せた状態で言う。

 

「少し、貴方に頼みたい仕事があります。引き受けてくれますわよね?」

 

すぐに返答がこない。彼は頭上を見上げたまま静止していた。そして数十秒後、真剣な表情の顔をこちらに向けて一言。

 

 

 

 

 

 

「働きたくないでござる」

 

「内容ぐらい聞きなさい」

 

その気持ちも分からなくはない。自分の身をもって感じたことだ。今日はとても熱い。

この熱いなか仕事をしたくないのはよく分かる。だが、そんなことは関係ない。

 

「白玉楼にいる庭師に剣を教えて欲しいのよ」

 

私は彼に詳しいことを伝えた。庭師の実力が足りないこと、庭師の主がそれを心配に思っていることなどだ。

彼はそれを聞いてしばし黙りこんだ後、こう言った。

 

「大丈夫大丈夫。剣なんていうのはな、人それぞれだし。ほら、言うだろ?みんな違ってみんな良いって。そんなもんそんなもん。逆に、自分を信じろ!って言ってやりなさいな。とにかく、俺は働かない。」

 

「どうしても?」

 

「どうしてもこうしても」

 

…じゃあ、仕方ない

 

「じゃあ仕方ないわね。…いってらっしゃい」

 

私は説得はしなかった。熱いなか頭を働かせたくないのもあったが、何より彼の意志がかなり強いものだと感じたからだ。

それにこっちには便利なスキマがある。強制的に行かせて後はのんびりしよう。

能力を使い彼の足下にスキマを開かせる。

そして、彼を白玉楼に向かわせた

 

 

 

 

 

ーーはずだった。

 

「ーーーなっ」

 

彼は自らの右手を目の前の机に置き、それを支えにする形で私の背後に前宙してスキマを回避したのだ。

その行動は刹那の閃きからか、それとも彼のこれまでの経験から培われたものだったのか。

伝蔵のそれは自らの判断を越えて、反射の域で行われたように思われた。

 

「…言わなかったか?」

 

唖然としている私に対して、伝蔵は言う。

 

「俺はこう言ったんだぜ、八雲紫。……働かないって」

 

伝蔵は畳みに方膝をつけたまま、こちらを見据えて、そう言った。

その姿は絶対的強者の風格を漂わせており、此方を見る瞳からは確固たる決意を感じることができた。

しかし、だとしても、そんな感情論で避けることは不可能だ。いったいどうしてーーー

 

「…どうして、避けることが出来たのかしら?」

 

「理由なんてないさ」

 

伝蔵は私を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。

 

「どんな言葉を飾ったって、どんな言い訳をしたって、お前が俺を無理矢理に働かせようとしているのはわかってた。理由なんてない。でも、分かったんだ。だからスキマに吸い込まれる前に回避することが出来た。それだけさ。」

 

「…そう。だったら、何度でもーーー」

 

「まぁ、何度でもやるよな。……でも」

 

彼は私の言葉を聞き笑っていた。そんなことはどうでもいいというように、そんなことは些細なこととでもいうように。

そして、彼は自分の重心を後ろに向け、言う。

 

「今の俺を、お前は絶対に捕まえられないよ」

 

そう、断言した。

それはもう決まっているこ

 

とだと。覆らないことだと、彼は言っている。

そこまでの決意、覚悟。

だったら私もそれ相応のものを持ち、立ち向かわなくてはならない。

 

「いいでしょう。」

 

私はスキマから自分の扇子を取りだし、口元を隠しながら彼の瞳を射抜く。

 

「これから行うのは一つの戦争。どちらが勝っても、恨みごとなどは言わないようにお願いしますわ」

 

そして、彼と私の戦いの火蓋が落ちるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的に私は勝ったには勝ったが、その時の言動を思い浮かべ恥ずかしさに悶えてしまうのはまた別の話だ…

 

 

 

 

 

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