「ーーそれじゃあ、ありがたく頂戴するな」
紅魔館の地下の部屋で、彼と私は話しをしていた。
「……うん。でも、何で?」
私が彼にそう問うと、目の前の彼は目を泳がし始め、すぐには答えを返さなかった。「えーと…」と呟いてるところから察するに、必死に頭を働かせ理由を考えているのだろう。大した考え無しに私に『それ』を要求したのだろうか。だとしたら、別に彼のお願い事を聞いてやる必要はなかった。損をしてしまったな、と今になっては思う。
「…えーと……そ、そう!実は俺の知り合いに似たようなのを使ってる奴が居てな。そいつにあげようと思って、お願いしてみたんだよ。いや、本当にありがとうでござる。そいつもきっと喜ぶでござるよ」
即席で考えた嘘だと誰が見てもわかる。彼はどうやら隠すということが苦手な性分らしい。彼の弧を描いている唇は若干ひきつっているし、話した言葉の語尾も先程の会話と比べると違和感を多分に感じる。私に対する彼の落ち着いた様子は完全に無くなってしまっていた。彼は今では頼りなく、だが話しやすい雰囲気が感じられる。きっと、これが彼の在り方なのだろう。私には、その彼の在り方がとても羨ましく思え、そしてそれが、何処までも眩いものに見えた。
「……ハァ。全く、下ばっか見てんなよ」
そんな私に、彼は呆れながら言葉を紡ぐ。
「今までの自分を見るからダメだと思っちまうんだ。だから、これからの自分を見据えろ。考えて、考えて考えて、新しい自分の姿を見出だすんだ。……そうしたらようやく、結果は答えに移り変わるんだろうよ。……そうじゃなきゃ、この世界は嘘ばっかになっちまう」
彼は私に無邪気な子供のように笑い、そう言った。私は、そんな彼の笑みも羨ましく見えた。だって、その顔は何処までも優しくて、何処までも透き通っていたから。そんな表情を同じ様に私が出来たら、絶対に、幸せに生きていけると感じさせるものだったから。
「……じゃあ、俺は行くよ。『これ』は大事にしとくように言っとくから。本当にありがとうな。そんじゃあ」
彼は私に背を向け、この地下の出口である扉に向かって歩いていく。私はそんな彼の背中に手を伸ばしかけた。
何故だろう?私と彼は全く違う。なのに、私には自分と彼が何処までも似ていると想ったのだ。そしてそれはきっとーー
ーーガチャ、ガチャッ
ドアは開かない。
…彼が開けようとした出口のドアは、当然だが、鍵がかかっていた。その事を知らなかったのか、彼はドアの前で立ち止まってしまう。
「……フッ。すまないが、吸血鬼ちゃん。お願い事をもう一つ追加で頼む」
そして彼は私の方に振り返り、とても申し訳なさそうに、私にその願いを言った。
「ーーこの扉を開けてくださいませんか?
じゃなきゃ何も始まらないよ。いきなり詰んじゃうよ。今まで思い描いてた僕のサクセスストーリーが、数秒で破綻しちゃうよ?」
……やっぱり、彼と私は似てないかもしれない。
◆◆◆
霧雨 魔理沙は激怒した。
その怒りは、今まで彼女が生きてきた中で最高と言っても過言ではない。その証拠として彼女の頬は真っ赤に染まっており、目付きも鋭いモノへと変貌していた。
その怒りは例えるとしたら荒れ狂う波のようであり、吹き荒れる竜巻のようでもあった。先程まで被っていた彼女のトレードマークとも言える黒い三角帽子は今はなく、彼女の金色の髪が激しく揺れるだけだ。
霧雨 魔理沙は今、紅い廊下を駆けている。
何故、彼女がこのような事態になってしまったのか。それは少し前のある出来事が原因となっていた。
彼女はその時、図書館で魔法の本を読み漁っていた。「あーこの本もいいなー」などと呟きながら、図書館を歩き回っていたのである。そんな時、その図書館の管理人(引きこもり)のパチュリーと出会ったのだ。魔理沙は先ず、彼女に挨拶をした。初対面なら先ずは挨拶は必須だ、と思っている彼女の心からの行為であった。だが、そんな彼女の行為をパチュリーはガン無視。魔理沙は『ありゃ?聞こえなかったのか?』と思い、今度は大きな声で彼女に挨拶をした。しかし、パチュリーは先程と変わらず無視を決め込んでいる。『おいおい。耳が遠いってレベルじゃないぞ』と魔理沙は思いつつ、今度こそはパチュリーに聞こえるように、彼女の右耳に触れるか触れないかの位置で「大きく」挨拶をした。
きっと、それがいけなかったのだろう。
魔理沙とパチュリーは初対面にも関わらず、その出会いは口論から始まった。
『そんな近くで大声を出さないで!バカじゃないの!?』
『はぁ?お前が聞こえなかったみたいだからしょうがないだろ?』
『聞こえてたわよ!聞こえてた上で返事しなかったの!!』
『はぁ!?』
と言う具合にだ。そしてさらにその口論はエスカレートしていき、それは物理的な意味での『喧嘩』へと移っていった。
さてそれではその喧嘩方法はどうするか、という問題に対して、魔理沙は『弾幕ごっこ(スペルカードルール)で白黒つけよう』と意見を出したのである。魔理沙は目の前のパチュリーを見た時から人外の者だと理解していた。そんな彼女に、本当の意味での『喧嘩』と言える勝負をするには、スペルカードルールによるものでしか成立しないだろうという判断から提案したのだ。そして、それを聞いたパチュリーもその意見に賛同した。パチュリーは体が弱く、満足に動くことができない。弾幕ごっこなら魔法の詠唱に問題はあるかもしれないが、あまり移動せずに勝負することができるという考えから賛同したのだ。それと相手側から出した提案を真っ向から叩き潰すという意思も含めて。
そして弾幕ごっこを始める時、魔理沙は自身のあることに気づいてしまった。そう、魔理沙は今空に飛ぶことが出来ないのだ。
彼女は自分の箒がなくては空中に浮かぶことが出来ない。弾幕ごっこは別に空を飛ばなくてはいけないというルールはないのだが、空中に浮いているのと地に脚をつけているのではどちらが有利なのか考える必要はないだろう。図書館という場所では、空中に浮かばないと本棚などで行動が大きく制限されてしまうし。移動速度だって、魔理沙は箒があるのとないのとでは天と地の差が生じてしまうのだ。
魔理沙はパチュリーに、少し時間をくれないか?とお願いした。今自分に必要なものが持ってかれてしまっているから、直ぐに取りに行ってくるとその後に言葉を続けて。それを聞くと、パチュリーは渋々とその願いを受け入れてくれた。そのパチュリーに魔理沙は本当に少しだけ感謝して(喧嘩中なので)、自分の箒を持っていった張本人、伝蔵から箒を返して貰おうと図書館の扉から出ていったのである。
ーーそして、本当の問題はここからだった。
魔理沙は図書館の扉から出た瞬間、足元に違和感を感じた。床と自分の足の間に、『何か』が挟まっているような、そんな違和感。
その違和感の正体を知るため魔理沙は自身の足元を見ると、案の定、自分は細く茶色い何かを数本踏みつけていることがわかった。
そして、それは藁であった。
何故こんなところに藁が?と魔理沙は不思議に思った。自分が図書館に入るときにはそんなものはなかったし、何より今この場所にそれが落ちていることがあまりにも不自然だったからだ。
そして少し時間がたち、魔理沙は落ちている藁が自分が踏みつけた数本だけではないことに気がつく。その藁は細い道となっており、魔理沙はその落ちている藁で出来ている微かな道の先を見ていった。その藁の道は廊下の左隅まで繋がっていて、そしてそこにはーー何故かどこかで見たことがある、そんな、木の棒を囲った藁の束があった。
魔理沙はそれを初めて見た時、ソレが何なのか、いや、ソレが何で『あった』のか、無意識の内に理解してしまった。
そしてその次には、その自分の理解してしまったことを、否定し出した。目を閉じ「違う、絶対に違う」「絶対にこれは、私の物じゃない」「だって、だって、だって」と。だが目を開け再度ソレを見ても、それは紛れもなく、今自分が探し求めているモノであった。それは間違いなく、『自分の箒』であったーーー
長い、長い、紅の廊下。
駆けて、走って、ようやくーー見つけた。
見つけたのは伝蔵。それが自分の箒を壊した、張本人だ。
伝蔵は自分のすぐ近くにある部屋を覗き込んでるせいか、後ろにいる私にはまだ気づいていないようだ。だから、私はゆっくりと、だが確実に彼に向かって歩を進める。
何故か、彼の後ろ姿を見つけた瞬間、今まで私を動かしていた憎悪や怒りは途端に静かになっていった。頭の隅から隅まで冷えきって、思考がクリアになった。今ならーー確実に仕留められるだろう。
霧雨 魔理沙はポケットからある六角形の道具を取り出す。
それは、ミニ八卦炉と呼ばれるマジックアイテム。小さいが異常なまでの火力を持ち、その威力は山を吹き飛ばすほどのモノ。それを彼女は伝達の後ろから背中に押しあて、彼女が今まで出したことがないであろう低い声で彼に言った。
「ーーなぁ、その手に持ってる物は……何だ?」
◇
やっと、辿り着いた。
まさに、悠久の時をさまよい続けていた俺であったが、ようやく、目的の吸血鬼を見つけることが出来た。その吸血鬼の容姿は幼く、背中には人外の者と一瞬でわかる蝙蝠のような羽が付いていた。頭には妹と同様に変わった帽子を被っており瓜二つ。だが、妹の髪の毛が金色だったのに対して、今俺が目にしている姉の方は水色が混じっている青髪をしていた。
そんな吸血鬼に対して、現在、スペルカードルールで彼女に対抗している紅白の服を着た人間の少女がいた。
黒い髪を紅いリボンで結んでおり、自身の回りに幾つかの陰陽玉を展開している少女。きっと、これが紫の言っていたハクレイの巫女なのだろう。確かに、この少女なら紫が誉めていたのも納得だ。なにせ、スペルカードルールによる戦闘だったとしても、あの吸血鬼と同等のスピードで動き、尚且つ優勢なのだから。これは天才としか、逸脱しているとしか言えない。全く、世界は残酷だよね。俺にその才能を少し分けてほしいよ。だってあのぐらい強ければ無双できるからね。伝蔵無双が始まるからね。俺の言ってみたい台詞ベスト10が言い放題だからね!くそっ!何で神は平等には微笑まないのだ。やってられッか!!あっ、ちなみに言ってみたい台詞ベスト1位は『努力したものが全て救われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!』です。フッ、いつか絶対妖夢ちゃんに言ってあげるんだ。そしてリスペクトされまくるでござる!へっへっへ!
まっ、今はあの弾幕ごっこが終わるまで隠れて見てるしかない。一応この異変をスペルカードルールで終結させないといけないようだし。それが目的でもあるんだから。よし、じゃあ終わったらいつでも逝けるようにスタンバっとこう。うん、逝けるようにね。……実は俺が考えた『頑張るぞ!姉と妹のサクセスストーリー!』の構想だと、約8割の確率で俺が……葬られるのね。いや、真剣に。だってしょうがないよ。賢くない俺が出来ることなんて、体張ることだけだもん。体張って胸張るぐらいだけだもん。全力でやるから許してください。ガチでやりますから。
よし、それじゃあ少し準備体操でもするか!と思っていた頃。俺の背中に何かが押し付けられた。そして、その背後からは圧倒的なプレッシャーが浴びせられていた。……おいおい、不味いぜこりゃあ。やっべーよ。もし、今後ろから感じる圧力の持ち主が俺の頭に浮かんでいる人物なら、殺られる。おそらく、考えられる悲惨な殺し方よりも悲惨な方法で殺られる。具体的に言うとアリスのボディブローの五倍の威力で殺られる。べっー、やっべー。……どうか魔理沙先輩じゃありませんように!神様、今度は私を見捨てないでくださいまし!!力など入りませぬから!幸福と平和をギブミーネバーギブアップ!
しかし、現実は冷たく、何処までも残酷だった。
「なぁ、その手に持ってる物は……なんだ?」
その声の持ち主は俺が予想していた人物、霧雨 魔理沙のものであったのだ。
………やっぱりお前かよぉ!!!何でこの場面で気づいちゃうんだよぉ!?だって、あともう少しなんよ。あともう少しで本番が始まるのよ。なのに、なんでギリギリでギロチンの刃が落ちてくるんだよ。なんでこんなにもこの異変は俺に牙を剥くんだよ。虐めですか?嫌がらせですか?……やべぇ、マジ震えてきやがった。主に自分の膝が。……魔理沙さんキレてますよね。もうだめだ、おしまいだ。勝てるわけがない。だって俺が十割悪いもの。反論のしようがないもの。
そんな絶望の渦中にいる俺に対して、魔理沙は言葉を続ける。
「なぁ、答えろよ。まさか図書館であんなに説教したくせに、自分が人の物を壊したわけじゃあないよなぁ?」
それは魔理沙の本心からでた言葉であろう。だが、その言葉が俺に火をつけた。
……その通りだ。俺は魔理沙に対して、人の物を勝手にどうこうして良いわけがないと長々説教した。そして、それを理解した上で、箒を『折った』のだ。……だから、貫き通す。この行動を、この信念を、この選択を。だって、この行いは間違いじゃなかったと、過去を振り返った時に必ず断言出来るから。嘘ばっかのこの世界で、唯一嘘じゃなかったと言いきれるだろうから。たとえ失敗したとしても、絶対に後悔が少ないモノにできるだろうから。
「……なぁ、魔理沙」
「……なんだ?」
覚悟は決まった。だったら、やることは一つだけ。それは、今この場にいる魔理沙をどうにかすること。何とかして、背後にいる魔理沙を動かすこと。そのために必要なものは、覚悟と勇気だけ。……覚悟は十分にある。あとは、勇気だけだ。ーー妖夢ちゃん、幽々子さん、アリス、紫。俺に、勇気を。奴に対抗できるだけの、ありったけの勇気をーー!!!
「ーーー紅 美鈴って知ってるか?」
そして、ごめんなさい美鈴さん。許して。
◇
霊符「夢想封印」
様々な色をした光球が輝く。
そして吸血鬼レミリア・スカーレットは光に呑み込まれた。それが最後であった。ーーそれが、この紅夢異変と呼ばれる異変に幕を下ろしたのだ。
「参ったわ。私の負けよ」
「……ええ、そうね。私の勝ちだわ」
霊夢はレミリアの敗北宣言を聞いても、あまり嬉しくはなかった。
それは目の前の吸血鬼が自分に対して、本気になっていなかったと理解していたからだ。
ーーーやはり、この異変なオカシイ。
霊夢は自分がまるで舞台の上で無理矢理踊らされている様に感じていた。ーー突如発生した紅い霧、確かにそれは村に被害をもたらした。だが、作物に被害がでたことや、調子が悪くなった『だけ』で済んでいる弱々しい被害だ。ーー迫り来るこの紅い館の住人。だが、それらは皆、戦闘はスペルカードルールを用いて。ーー強大な力を持ったこの異変の首謀者。だが、やる気が感じられない。矛盾してしまっている。
「……ねぇ」
霊夢はレミリアにこの異変を起こした理由を聞こうとする。
それは、あまりにも不可解だったからだ。レミリアではない何者かが、裏で糸を引いているとしか思えなかったからだ。
だが、その後に続いたであろう霊夢の声は響かなかった。その代わりにーー
「ーーいや、とても見事な戦いだった。しばらく見とれてしまっていたよ」
何者かの声と拍手の音が、この部屋に響いた。
霊夢とレミリアはその声の持ち主に視線を向ける。 小麦色に焼けた肌に、黒く短めに切られた髪。黒を基調とし、所々に赤が散りばめられた浴衣。そんな人間によく似ている男の妖怪が、そのような行動をした張本人のようだ。
「…お前は誰だ?」
レミリアがその男に対して敵意を隠さずに声をかける。それを聞いた男は、ニヤッと嫌らしく笑い、言葉を返す。
「俺は八雲 紫に雇われた者でね。君ならわかると思うが、俺はこの異変の掃除屋と言ったところだ。」
レミリアはそれを聞き、一瞬眉をピクッと動かす。
「そうか。……で?そんな奴隷が今更なんのようだ?」
「なぁに、そんなたいした事ではないのだが。やはり姉の君には伝えておかないといけないと思ってね。」
そう言うと、男は自分の浴衣の懐から布のような物を取り出した。それを見て、レミリアの目が大きく見開かれる。
ーーそれはレミリアが被っている帽子とよく似ていた。それが妹のフランが被っていた物だと姉のレミリアは理解できた。それが、この異変の『掃除屋』と言う男が持っているということはーーー
「ーー君の妹が暴れるものでね。処理させてもらったよ。紫は忠告したと言っていたのだから、覚悟はしていたんだろう?」
大地が揺れる。
その言葉の返答として、レミリアは紅い、何処までも紅い槍を右手に構え、狙いを定めた。
標的は男の妖怪。
その槍に込めた思いはただ一つーー何処までも純粋な殺意だった。
「キサマァァアアア!!!!」
そして、その槍がレミリアの手から放たれる。それは瞬きより速く、男の妖怪の元に到達した。
だが、その場に居た霊夢は確かに見た。
目の前にいる男の妖怪が、先程の嫌らしい笑みではなく、心からの笑みを一瞬浮かべたのを。そして彼が左手に握る木の棒が、瞬きより速く上から下に振られたのを。
ーー紅い槍は両断される。二つに分かれた槍であったものは、男の背後の壁を壊す。それから生じた激しい音の雨の中、男だけが静かに声を響かせる。
「我が剣にーー斬れぬものなど、全くない」
客観的に見た現在の状況。
伝蔵「我が剣にーー斬れぬものなど、全くない(キリッ)」
霊夢(……あれ?アイツの手に持ってるの剣じゃなくね?)
こんな感じですね。