争いは終わり、霧は晴れた。
幻想郷に広がるのは、何処までも青い空。そして地面を照らす、太陽の光。透明な風が吹き、草木は静かに音を鳴らす。
これにて一件落着。幻想郷は平和を迎えたーー
◆「八雲 紫」
「一つ質問に答えてくれないかしら?」
私がそう告げたのは、この幻想郷で最高の剣士、伝蔵。彼に私は、聞かなくてはならないことがあった。
「まぁ、いいけど」
そう簡単に、私に返事を返す彼。その表情は飄々としたもので、自分には何を聞かれても困る事がないと宣言しているようなものだった。
「貴方、視えてるの?」
「ーーッ!」
彼の顔が固まる。きっと私の言わんとすることが理解できたのだろう。そう、私が彼に質問しているのはーーこの世界の境界が見えているのかということ。先程の吸血鬼との戦闘で行った無の一振り。それは普通の者が見ればただの空振りに見えただろう。しかし、実際に境界を操る私にはわかった。彼はあの一振りでこの世界を裂き、あの結果を必然的に導きだした。これは異常でありーー魔的である。いつもバカなことばかりしている彼から垣間見えた、鋭利で悪性のある行為。
「ああ、視えちまってるよ。残念なことにな」
そう私に背を向け、悲しみに溢れた声色で彼は返答した。
それは、後悔からか。自身が境界が見えてしまうに至るまでの過去の行いを悔いているのか。それとも私と同じように、本からソレが見えてしまっていたのか。
前者と後者で、私の彼に対するこれからの態度が変わってしまう。前者であるのなら、より一層の警戒を。いつでも処分が出来るような状況を、これから造り出す必要性がある。それほどまでに、私にとって『視える』というのは厄介だ。それは私に対抗するための唯一無二の手段なのだから。警戒を怠ることは許さない。
ーーだが、もし後者であるとするのなら、それは彼が私の本当の意味での、理解者に成りうるのではないだろうか。
この世界の境目、それを私と同じように見続けてきたというのなら、彼は私のことに理解を、多大に示してくれるにちがいないだろう。
「そう。貴方はーーいや、何でもないわ」
先天的なモノなのか、後天的なモノなのか。それを私は聞こうとするが、一瞬考えてーー止めにした。
幻想郷一の剣豪、伝蔵。私は彼のことを全くといっていいほど、知らない。彼ほどの人物がどのようにここに入ってきたのか。いつ彼は、向こうの世界で忘れられてしまったのか。彼がーーどういう種類の妖怪なのか。そんな、些細なことでさえわからない。それが今はとても奇妙に感じられた。もしかしたら、それが彼が定めた私との境界なのだろうか。いつも明るく振る舞っている彼の、人には見せない部分なのか。だとしたら、それはとても悲しく、辛い選択だ。何者にも見せぬ顔があるのなら、それは自身の素顔に相違ない。彼はいつでも、偽りの仮面を着けて息苦しく、生活しているのだ。
◆「伝蔵」
「………ふぅ」
今まで、戦場と化していた部屋から離れる。足元には紅の敷物。壁に並ぶ無数の扉。その反対側の窓から差す光は、紅い霧が晴れたからか透き通ったモノに変化していた。
異変、と呼ばれるまでの大規模な事件も、これで幕が下ろされたのだ。俺はその異変の解決にあまり関わっていないのだから、大したことはしていない。後始末的なポジションに徹していたからそんなに時間もかかってはいない。でもね、凄く疲れました。寿命が結構縮んだんじゃないかと僕は思います、まる。
まぁ、アレですよ。今回の異変でわかったことは「世の中には強い奴がいっぺぇいんな!」ってことと、「無闇に人のモノを壊しちゃあイケないんだぞ!」ってことですね。前者も後者も身をもって理解しました。よく生きてるよ僕。九分九厘死ぬと思っていたけど生還出来たよ。帰ったらお祝いだな、これは。酒持ってこいさけー!
あ、ちなみに僕はお酒飲めません。飲んだらすぐ吐きます。飲んで、堪えて、吐きます。この三つのテンポを確実に守っちゃう。ある意味尊敬に値するのではないだろうか?しませんか。許してくだしゃあ。
「ーー満足かしら?」
目の前の空間が裂け、それは気味悪い目玉と妖しさ満点の黒色の空間で塗りつぶされる。
そこから現れた人物は八雲 紫。この異変の裏ボスみたいな奴である。だってもうこの登場の仕方が、裏ボス感をあからさまに匂わせてるし。さすがっす。
「ああ、満足だよ」
「……最後、適当に放り投げたくせに」
「ちがうよ?彼女達の自主性を促しただけだよ。本当だよ?」
「そういうことにしときましょう」
俺の言葉を聞き、バカにするように紫はにやっと笑っている。笑い続けている。うん、イラっとくる!僕は根にもって倍返しするタイプだから。百万倍返しで何も言えなくしてやるからねお前。なーにが「そういうことにしときましょう(笑)」だ。許しまへん。まぁそれは置いておこう、もっと大事な要件が紫にはある。
「ちょっとスキマを魔法の森に繋げてくれない?これ(箒)直してサンタさんのプレゼント方式で渡したい相手がいるんだよ。べっ、べつに直接渡すのが怖いとか、そんなんじゃあないんだからな!(必死)」
ビビってないし。全然だし。この通り膝だってガクガクしてるし。余裕ですよ、余裕。もう余裕すぎてどんとこい超常現象。
「彼女のところに行くの?」
「ん?」
「彼女よ、魔法使いの」
「ーーああ、アリスか。そうだよ。アリスちゃんにちょっと用があるのでござる。」
アリスにこの箒を生き返らせて貰うんだ。いや、わかってる。錬金術が等価交換であると同じで、直してもらうには何か対価を払わなくてはいけないだろう。
まぁ、ツケでお願いしたい。そして魔理沙理論「借りるだけだぜ、死ぬまでな!」と同じ理論の行動を実行するでござる。そして後に『もし幻想郷一の剣士(笑)が霧雨 魔理沙の泥棒理論を実行したら』、略して『もしドロ』を自費出版しようと思う。売れるなこれは。
「それじゃあ彼女の家に直接スキマを開いてあげるわ。……その代わり、一つ質問に答えてくれないかしら」
「まぁ、いいけど」
質問ねぇ。なんでしょうか。プライバシーに関わることはあまり話したくないのだけれども、ねぇ。
「ーー貴方、視えてるの?」
「………ッ!」
紫が突然そう聞いてくる。俺はそれを聞いて、固まってしまった。
俺はその紫の質問を聞いてーー口元が緩みそうになったのだ。
ぶふっ(笑)!!!わ、笑うんじゃない。堪えるんだ。なんで紫が『中二病なら一度はやりたい会話』ベスト1位を再現しようとしてくるんだ。くそっ、しかもなんでそんなに真剣な顔で聞いてくるんだよ!やめろよ!全く予想外の質問だったよ!
いや、でも紫先輩はもうそんな年頃のはずは……もしかして真剣に聞いてるのか?いやいやいや、そんなはずはないだろ。なんの脈絡もなく「視えてるのか?」だぞ。これはきっと遅れて来た中二病だな。きっと紫の身近にこういうことを言っても、予想通りの返答をしてくれる友達がいないから俺に言ってきたんだろう。なんとまぁ、健気じゃないか。
しょうがない、恥ずかしいけどのってあげますか。
「ーーああ、見えちまってるよ。残念な事にな」
……くそうっ!恥ずかしい!恥ずかしすぎて面と向かって言えなかった。後ろ向いちまったよ。でも、これで紫も満足だろう。俺はかなり頑張ったよね。もう聖人のレベルに達したよね。んじゃまぁ、それでは、
さぁ!開けスキマ!
「そう。貴方はーーいや、何でもないわ」
ーーや・め・ろ・よ。畳み掛けてくるんじゃねぇ!
中二の代名詞『肝心の言葉を途中でやめる』という高等技術を使うなぁ!コイツ俺を笑わそうとしてるのか?いや、だったらこんな深刻そうな声色で言わない。コイツは、マジだ……!
クソッ!まさかアリスちゃんのボッチ問題の他に紫の中二病問題が出来てしまうとは。世界は、俺に厳しすぎる。こんなん、どうすることも出来ないじゃん。時が経つのを待つしか、解決方々がないじゃん。これほど自分の無力さを感じたことはないでござる……。
目の間にスキマが開かれる。
異変は終わった。だが、また新たな異変が勃発してしまったようだ。そうだな、名付けるとしたら……紫、中二病始めるってよ異変、かな。
◇「吸血鬼」
「へぇ、お姉様も彼に会ったんだ」
「ええ。嘘もつくし、空気も読めない。アレは最低の妖怪ね」
彼女らは二人、静かに、そして穏やかに会話をしていた。
場所は紅魔館の地下、フランドールの部屋であり、そこにレミリアはぎこちない足取りで向かって、現在に至るのである。レミリアが自分の前に来た時、最初は恐る恐るといった態度で対応していたフランであったが、それは会話が始まってすぐに解消された。
姉であるレミリアが、自分と話しているときに、ずうっと綺麗に笑っていたからだ。
そのレミリアの表情を、フランは昔見たことがあった。そう、それは、自分が姉の大切なモノを壊す以前の姉の顔。自分に優しくしてくれていた頃の彼女の顔であった。
「お姉様、今日は普段と違うわね」
自分が感じた、ありのままのことを姉に言う。それを聞いて彼女は飄々と、
「まぁ、これからは簡単に生きていこうと思えてね。あんな妖怪も、幻想郷(ここ)で生きてるんだ。だったら、そんなに難しく考えて生きる必要はないのだろうさ。」
何て事もないように、そう言った。
「……ふぅん」
それを聞いて、フランはわかったかのように曖昧に言葉を返した。フランには姉と男の妖怪の間に何があったのかわからないのだから、これが当然の反応なのだろう。しかし、レミリアはそんな妹の反応を見て、脈絡もなく言う。
「ーーフラン、貴方はもう少しバカになって生きなさい」
「……は?」
そんな姉の言葉を聞き、フランはその意味がわからず茫然としてしまう。そんな予想通りの彼女の様子を見て、レミリアはクスッと笑った。
「それが一番なのよ。難しく考えて、頭を押さえながら歩くのと。後先考えず、ただただ走り続けるのじゃあ、後者の方が全然良いわ。だって、走り疲れたなら休めばいいのだし。道を間違えたのなら、走って戻ればいいのだから。きっと本当の意味で効率よく生きるってのは、そういうことなの」
レミリアは言葉を続ける。その言葉を紡ぐ彼女の姿に、フランは見入っていた。
彼女は姉の言葉を聞いて思った。「そういうふうに生きれたらいいな」と。しかし、それは自分には許されないのだとも、同時に思ったのだ。過去にあったことを、なかったことすることは出来ない 。壊れたら、取り戻せない。だから、もうそれは幻想なのだ。それは、自分には贅沢なことなのだ。そう、フランは心の底から思った。そんなフランに対し、レミリアは気だるそうに言う。
「また、難しくてかったるくてめんどくさいこと考えてるわね?そんなの全部忘れちゃいなさい。考えたって何にもならないわ。それよりも『今』、楽しい時を過ごしましょう?それがバカになって生きるってことよ」
気軽に言う姉。それを受け入れることが出来ない妹。正直な話、姉はそんな妹の様子を見て、もう満足であった。彼女は反省し続けていたから、自分の話を拒否しているのだ。だったら姉である自分が今することは単純。まずはお手本を見せればいいのである。
「ーーそれじゃあ、肩の力を抜きましょう。何か私に聞きたいことはある?適当に答えてあげるわ。テキトーに、ね」
少しずつ自分の事を、この世界の事を教えていけばいいのだろう。しっかり話して、しかし気軽で、活発に。それが最適なのだ。
レミリアは嘘つきで、空気が読めない妖怪の事を思い浮かべる。きっと彼は今でも、バカな事をしているのだろう。それを思うと、すごく呆れた気持ちになっていくのだが、レミリアはある意味では彼のことを、感心していたりするのだ。
ーー最も楽に生きれるのはバカである。それはそうであるが故に、悩みなどとは全く縁がないからだ。であるならば、バカであることが最も賢い生き方なのだろう。だから、あの妖怪は、もしかしたら頭が良いのかもしれない。もちろん、人に迷惑をかけるのはよろしいことではないのだが。空気が読めさえすれば、彼は素晴らしい人材であろう。そこが、唯一無二の問題なのだが。
◇「いつもと変わらない」
ーースキマを通った後の出来後ーー
「あ、ありのままの自分で今起こったことを話すぜ……!『俺は紫のスキマを通ってアリスの家の
「……貴方は許されると思っているの?」
「…やばい凄い寒気が俺をおそう。身体中の血液がまるで固まってしまったのかように錯覚してしまう。だが、覆せぬ運命というのなら、この際はっきりと言わせてもらおう。ーー確かにお前は被害者かもしれない。でもね、僕だって…僕だって被害者なんですぅ!僕だって!見たくて見たわけじゃねぇでぐはぁあああ!!黒ひげ危機一髪みたいにするきですかぁああああ!!!」