斬れぬものなど全くない   作:きんつば

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閑話 夏の終わりのこと

 

 

 

 

 

 

 

 

蝉の鳴き声が小さくなった。

 

風で揺れる木々。それにつく木の葉は未だに緑だが、やはり前より色に深みがない。太陽と地面が創造する陽炎も視認することが出来ず、気温の高さは肌でしか確認することが出来なくなった。静かに、集中して聴覚をフル稼動させれば虫のーー蝉の鳴き声を聞くことが出来るが、それは小さく今ではとても頼りなく感じてしまって、夏の暑さをそれで再現することは困難だ。

 

この幻想郷の夏がもうすぐ終わる。

 

白玉桜にいる魂魄 妖夢は、それを嬉しく思っていた。

夏のどうしようもない暑さから、すごしやすい涼しい秋へと季節が移り変わるのだ。秋になると落ちる木の葉を掃くのがかったるいとは思うが、それはうるさい蝉の声と肌を焼く強い日射しよりも断然楽だ。やはり生活しやすい環境であることが、生きていく上で好ましいものなのである。そしてそんな当然のことを、厳しい環境にいるときにはひどく痛感するものなのだ。それは妖夢も例外ではない。彼女は気分良く今日を過ごしていた。

 

「それでは行ってまいります」

 

「ええ、お気をつけください」

 

白玉桜の屋敷、その出入口である玄関で話し声が聞こえる。

その人物は現在ここで居候の身である妖怪の伝蔵。そしてこの屋敷の主、西行寺 幽々子のものであった。

廊下を進み、妖夢はその二人の元に向かい声をかける。

 

「どこかに行くんですか」

 

その声に幽々子は返答する。

 

「ええ、伝蔵様がね。今日は私用で外に行くのよ。今日一日は帰ってこないらしいわ」

 

「そうなんですか」

 

今日は伝蔵はこの屋敷にいない。その事実を今知った妖夢。ならば今回の鍛錬は一人でこなさなくてはいけないということか、と少し残念な気持ちが心中を占め出した。少し前までも伝蔵は前の異変の休養をとっており、一人の時間は多かった。つい最近になってようやく伝蔵が復帰し、質が高い(妖夢だけはそう思っている)訓練ができていたのに、また前のように戻ってしまうのだ。大きく肩を下して落胆したことをさとらせるような動作はしなかったが、彼女が幽々子に返した言葉にはその寂しさを感じさせるには十分だった。

 

目の前の幽々子はクスリと、その妖夢の様子を見て小さく笑った。妖夢はそんな自分の主をみて訝しんだが、その次に続いて今まさにこの屋敷を出発しようとしている伝蔵の方を見ると、彼もまた幽々子のように小さく微笑んでいた。彼の方は何かに納得したかのような、「俺にはわかるぞ」っといった一種の見守るかのような温かさもかんじられ、ますます妖夢はなにがなんだかわからなくなってしまう。自分だけが知らない秘密を共用しているかのような一体感。しかしなにかその間に齟齬が生まれていると感じられる些細な違い。そんな空気が今、白玉桜の屋敷の玄関を満たしていた。

 

そんな中伝蔵は妖夢に微笑みながら一言。

 

「妖夢もついてくるか?」

 

と、そう言った。

 

「え、いいんですか?」

 

「まあ、別にそんな大したことじゃないからな。構わないぞ」

 

その伝蔵の返答を聞き、妖夢は少しの間思考を巡らす。

伝蔵の私用での行先。

それは自身が伝蔵のことをより知ることが出来るきっかけになるのではないかと、妖夢は思った。

幻想郷一の剣豪と言われている妖怪の伝蔵、彼の正体はあまりに多くの謎に包まれている。それを本人に直接聞くのは憚られるものであり、どのようにすればそれを知ることが出来るのかとここ最近考えあぐねていたが。これは、その秘密を知る絶好の機会なのではと彼女は思い至った。

 

「――是非、是非お供させてください!」

 

伝蔵の行く先で彼をよく知る人物に出会えれば御の字。それではなくともきっと得るものはある。

確信に近い予感。それを彼女は抱いたのであった。

 

そんな彼女とは対照的に、伝蔵は妖夢がすごい勢いで自分に着いてきたがっているのをみて「やっぱ子供は自然に囲まれた外で遊びたいものだよな」といったような妖夢の着いてきたがる動機の解釈をしているのであった。

 

 

 

 

 

まあしかし何事も、確信に近い予感だとか未来は当たらないものなのである。

 

 

 

 

周りは多くの木々で囲まれていた。

地面は影一色。日光が全くと言ってよいほど射し込んでいないことが、所々に生えている苔達が証明していた。きっとこの辺りは一年中、このままの状態で不変なのだろう。じめじめした空気。木漏れ日を目にすることは全くない。

 

「ここが目的の場所なんですか?」

 

「いや違う。もう少し奥だ」

 

そんな森の中を歩いていく伝蔵と妖夢。

伝蔵はもう少し奥だと言っているが、妖夢は薄々と現在の状況を理解していた。

 

 

アレ?これ同じところぐるぐるまわってるだけじゃね?と。

 

「……伝蔵さん。もしかして、道わかってません?」

 

「……わかってるぞ?ただなんていうか、世界の修正力が働いてるっていうか。まぁ、そんな感じだ」

 

「いや絶対わかってないですよね。あの木もう何回も見てるんですけど。ていうか足跡くっきり今歩いてるところに残ってるんですけど。絶対同じところぐるぐるしてるだけですよコレ」

 

「心配するな。俺はこういう時、大抵誰かが来て助けてくれるからな。なんとかなるものだ」

 

「それ最ッ高に他力本願じゃないですか!ちょっと自分の責任放棄するの早すぎますよ!来ませんよ誰もこんな森に!」

 

断言する。妖夢はそんな拾った宝くじが一等に当選していたといったような可能性はないと否定する。しかし幸運はなくとも悪運というものはあるのだと感じられるのが世の中の仕組みなのだ。

 

「ーーん?ほら、来たぞ」

 

「えっ、本当ですか。こんなことがあっていいんですか」

 

「ああ」

 

人生って案外適当でもなんとかなるんだなという一種の謎の気持ちを覚えながら、妖夢はその伝蔵の言う目の前に現れた人物を見る。

 

 

その現れた人物は、女性であった。

チェック柄の暗い赤を基調としたロングスカート。くるりくるりと両手で持つ開いた傘を回している。髪の色は緑色。それに少し柔らかな癖が付いている。こちらに静かに歩いてくる女性。その彼女は透き通る綺麗な声で言葉を紡いだ。

 

 

「ーー貴方、今回もたどり着けなかったのね」

 

その言葉に伝蔵は頬を掻きながら返答する。

 

「いや、これから本格的に始動しようとしてたところだ。だからセーフだ」

 

「フフッ、それ前も言ってたわよ」

 

そう彼女は小さく笑った。

その笑みに、妖夢は見惚れてしまった。同じ女性でも自身は同じようには笑えないだろう。その笑みの美しさは例えるとしたら自身の主や幻想郷創設者である彼女たちのような、妖艶という言葉が浮かぶ、そんな系統のものだと、妖夢は思った。

 

「あら、今日はお連れの子がいるのね」

 

妖夢と女性の目が合う。妖夢はあたふたしながらも声をだして自己紹介した。

 

「は、初めまして!私は魂魄 妖夢と言います!」

 

「あら元気。良いことね。やっぱり生きがよくないと、駄目よね」

 

女性は妖夢を足の下から頭の先までを舐めるようにゆっくりと見る。それに少し怖さを感じた妖夢だが、すぐに目の前の女性はその行為を止めて優しく笑う。

 

「それでは私も自己紹介しようかしら」

 

そこで言葉を区切り、開いた傘を自身の顔が見えるよう後ろに傾けながら女性は言った。

 

「――私は風見 幽香。よろしくお願いするわね、お嬢さん」

 

 

 

 

眼下は黄金の輝きで溢れ、空の青色と雲の白色がより鮮明に映えて見える。

壮大な向日葵畑。暑い夏を綺麗に魅せる花の色彩。一本、一本が背伸びをしているその姿は、まるで自分が咲かせた黄色の花弁を見せたがっているよう。それがみんなで競い合って、それは言葉にできないほどに眩しくこの目に映る。

その花畑の全体を見渡せる位置にある小さな木下、その木陰に彼女たちは腰を降ろしていた。

 

「……。」

 

「……。」

 

それは微睡むような時間。聞こえるのは風で揺れて静かに擦れあう葉の音だけ。

――だがこの瞬間に一人だけ、焦りに焦ってちょっと胃が痛くなっている少女がいた。

 

 

 

(く、空気が死んでるッ!!)

 

 

魂魄 妖夢は苦労人である。

 

 

それは彼女の性質と呼べるものなのかもしれない。彼女の過ごす毎日には様々な胃が痛くなるイベントが起きる。そしてその大部分を占めるのが、残念な話であるが、彼女の主、西行寺 幽々子だったりする。

普段彼女は主である幽々子の願い事を出来るだけ叶え、幽々子のよくわからない難しいそうな話に適当にあいづちをうち、幽々子の出してくるちょっかいをキレそうになりながらも流している。その努力の数々は涙なしでは語りれないほどであるのだ。今まで胃薬を飲まずに活動してきたことは奇跡に近いものであろう。そのぐらいのレベル。そんな苦行の試練を彼女は乗り越え続けている。そう、彼女は苦労人の鏡であったのだ。

 

故に、彼女は伝蔵にとても感謝していた。

彼が自分の剣を見てくれていることは勿論のことだが、感謝しているのはそれだけだけではない。時々自分の代わりに庭師の仕事を手伝ってくれていることもあるが、それ以外の最も大変な仕事を代わりにしてもらっているのだ。きっと伝蔵は意識してその仕事を代わりにしているわけではないことは妖夢には分かっていたが、それでも彼女は感謝せずにはいられなかった。

そう、その肩代わりしている仕事の名はーー幽々子係。

 

正直な話、伝蔵が白玉桜に来てから幽々子係はほぼ彼に変更されたようなものだ。それはいつもの二人の掛け合いを思い出せば容易である。

伝蔵は毎日の彼女の無茶な願い事を「ああ、暇だからいいですよ(妖夢ちゃんの訓練手伝えないしなぁ)」と間髪いれずに了承し、彼女のよくわからない難しい話も「へぇ、そうなんですか(今日も幽々子語絶好調だな)」と余裕のある表情でやり過ごし、彼女の出してくるちょっかいにも「ハハッ、ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかな(半ギレ)」と反応を返しているのだ。完全にとまではいかないが、それでも妖夢の負担はかなり減った。

 

剣だけではなくこのような姿勢も見習わなくてはいけないな、と妖夢は強く思っていた。しかしそれが間違った方向に進んでしまうことを危惧している幻想郷創設者の姿を彼女はまだ知らない。彼女は二人目の最高の剣士(笑)の誕生を恐れ、一人で奮闘しているのだ。まったく効果はでていないが。

 

だが今この状況はいつもと全くの正反対であり、『こんぱく ようむ』のいつもの苦労人スキルが発揮されていた。

 

「……」

 

「……」

 

伝蔵と幽香の二人に会話らしい会話が、全くないのである。

伝蔵と一緒にいるときはどんな時でも賑やかになることが多かったので、この状況は妖夢にとって困惑するばかりであった。

 

(っていうか森の中進んでた時はいつも通りだったじゃないですか!なんでここに来た瞬間にこんな重くなるんですか!?やばい、なんだコレ!?)

 

みたいなことを現在の彼女は心で叫んでいた。これが今日の彼女の苦労スタートである。

もしかして、この向日葵畑の前では静粛にするよう努めなくてはいけない、そんな厳しい暗黙の了解でも存在するのだろうか。

 

二人の間に挟まれている妖夢は考える。

それを確認するため、妖夢はチラッと伝蔵の顔を盗み見た。彼は大きな欠伸をしていた。

次に反対の幽香の顔を盗み見た。彼女は眠たそうに自身の右目の目蓋を擦っていた。

 

なるほど。そんな緊張感は彼と彼女には見られない。

 

 

 

(……どうやら、大変なことになってきましたね)

 

 

感慨深い気持ち。謎の清々しさを、彼女は感じていた。

俗にいう、「もう知るかバーカ(笑)」状態への悟りを拓いたのである。

 

 

 

◇◇

 

 

 

ぶっちゃけて言うとしたら、これは恒例行事みたいなもんである。

 

木陰の下、目の前に広がる太陽の花畑にただただ驚くばかり。毎年毎年お前、どうやってこんな壮大なモン作が出来んの?自然の力ってすげーと自身の言語力の低さがどうでもよくなってしまうくらい、この場所は光で溢れていた。

隣の隣にいる彼女ーー風見 幽香は謎が多い。こんなに綺麗な花達を育て慈しむ優しい心があるかと思ったら、あるときは遠距離から手にもつ自身の可愛らしい傘をスナイパーの如く俺に投擲してきたり。あるときは近距離でボクサーの如く俺に「フルコンボだドン!」してくるし。あるときは正月に羽根突きで負かしたら俺のmy羽子板をダイナミック真っ二つにしたりする。

実は俺こと伝蔵はあと数年先に『風見 幽香~ジャイアニズムとは~』というドキュメンタリー本を書こうと画策していたりするのだ。絶対売れる。これは売れる。出来レースほど最高なものはないのだぜと現在脳内でほくそ笑んでいるであった。

 

……話を戻す。

とどのつまり恒例行事ということなのだ。

夏になったら素麺を親戚に贈る、正月になったら神社へ参拝、バレンタインデーには『えっ?2月14日って2(に)14(ぼし)だから、煮干しの日でしょ?チョコ?なにそれ怖いわー超怖いわー』なんて強がってみたり、毎年するだろう。

 

だから、こうして黙して眼下に広がる太陽の花を見て、寝そべっているのもそういうことなのである。

 

「……暇ね」

 

風邪が止んで、木陰の振れ幅が無くなった頃。幽香はそう言葉を呟いた。

 

「なにか面白い話でもしなさいよ」

 

サッカーで例えたら日向くんの弾丸シュート。野球で例えたら星くんの大リーグボール。テニスで例えたらタカさんのダッシュ波動球を返して観客席にぶちこむ銀さんの二拾壱式波動球。

私の波動球は百八式まであるぞ、と告げられたかのような衝撃。絶望感。それが彼女が呟いた無茶ぶりだった。

 

難易度高くね?なんていう心の中のツッコミは言わない。だって彼女は強大なジャイアニズムの持ち主。

もしここで『上品な動作で湯飲みに入ってるお茶を飲もうとしたら予想外の熱さでたまらず「うわっちぃ!!」と言ってしまう八雲 紫』という俺の唯一の持ちネタを使ってしまうと、結局「それ話じゃなくてモノマネじゃねぇか」といって彼女のローキック旋風が巻き起こる。

 

なんて自分勝手な奴なのでしょう。というか「なにか面白い話しろよ」っていう言葉のハードルは高すぎてくぐったほうが早いですよ。

お前、逆に自分がこっちの立場に立ってみなさいよ?出来るの?面白い話?

芸人のコントで笑いをとるのとバラエティーでやる会話で笑いをとるのじゃあ難易度が別次元だからね。そういうことだぜこりゃあ。無理だぜ。無理だぜ。今なら神様だって殺してみせる(唐突)。⬅言ってみたいセリフランキング第4位

 

「ほら、早く」

 

そう言って幽香は俺を急かしてくる。

満面の笑みでにっこりと。

こ、このヤロー、ならこっちにだって考えが有るんだかんなっ!!

 

「ほれ、妖夢。言ってやれ。確か大爆笑間違いなしとか朝言ってた話があるだろう?」

 

「エッ!?」

 

まるで流れる川の和かさの如く受け流す。責任転嫁ってやっぱり最強の奥義だよな、と心の内で何度も頷く。今の現状はUNOでドロー2を出されたあと、さらにドロー2を出して第三者を貶める状況に酷く似ている。すまん、妖夢ちゃん。これも修行だ。絶対この経験は今後に生きるから!絶対だから!

 

「あら、貴女が話すの?楽しみね」

 

「そ、そうですね。え、えーっと、その、あの」

 

俺の方をチラ、チラっと何度も横目で見てくる妖夢ちゃん。

……ごめん、ごめんなさい。一人ぼっちは、寂しいもんな。でも、今回は無理でござる。ダンプカーの前に立ちふさがって訴えるような勇気は拙者は持ち合わせてないのでござる。一人でなんとか頑張って、ファイトッ!!

 

無情の応援を言葉なしで送る俺。妖夢ちゃんは視線で語る。「無責任すぎません?」と。

 

「ほら、早く」

 

「は、はいっ!そ、それじゃあですね……」

 

 

そうして彼女は語る。

大爆笑間違いなし、高すぎるハードルを背面跳びのような跳躍で避ける、そんなお話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に話をまとめると、妖夢の「八雲 紫が壁に向かって一人で話していた話」は風見 幽香に大いにウケた。

 

俺はそれを見て、やっぱり紫ネタは強いのだなと思いました、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

自分のしたいことは、何だって出来やしなかった。

 

 

 

 

汚れた血。形だけの身体。

 

いつだって気分は最悪で、でも、それが、ーー自分にとっての最善らしい。

 

きっとそれは、悪夢と言えるほど幽玄ではない。

 

 

小さい頃、ある人が言ってくれた。

 

『それでも、ーー貴方は人間よ』

 

その言葉は、どんな人よりも人らしくて、脳中に痕となって残ってしまう。

 

もう見えやしないし、触れることさえ出来ない自分の在処、その記録。

 

それは空に瞬き、いずれ消えてしまう星のようだ。

 

 

 

昔は良かったなんて言ったことはない。

だって俺は未だに、過去(ユメ)を追い続けているのだから。

 

 

 

 

――咲き乱れる彼岸花の紅の苑。彼は独り、憧憬を見る。

 

 

 

 

 

 

 

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