愛城恋太郎のことが大大大大大好きな院田唐音 作:しろっこにー
両者布団という名の土俵に上がり、見合って見合っていざ寝落ち。
東は唐音ノ富士、対する西は恋ノ山。勝負の行方は如何程か。
気迫は充分に滞りなく、幾ばくかの沈黙を破るは唐音ノ富士。
「は、早く寝なさ──」
いざ尋常に。
「隙ありっ」
「んむっ!?」
撃沈。無防備に開いた口を口で塞がれる。急にキスしてくるのは聞いてないと、彼氏からの必殺の一手にみるみると顔を火照らせる唐音ノ富士。
「先に寝ちゃった仕返しって事で、あと睨んでる唐音が可愛くつい……」
「ばかばかばかぁ!」
憎まれ口を吐いてくれとは思っていたが、ここまで甘口な憎まれ口があってたまるかと、火照った頬を隠すように唐音は恋太郎の胸板に顔を埋めるが、布団よりも濃厚な彼氏の匂いに思考を溶かされ始める。迂闊、自ら墓穴を掘ったようだ顔を上げられない。
そんなもぞもぞと憤慨している金髪の頭頂部にそっと手を乗せてあやす恋太郎。
「ごめんごめん、でも寝ちゃったのは本当に気にしなくて良いからね」
「そう思うならさっさと寝なさいよっ。アンタの寝顔隅々まで拝んでやるから」
「そう言われると眠りづらいのが人と言うものでしてっ」
「じゃあ何よ、寝落ちした私は人じゃないって言いたいの?」
「強いて言うなら猫かな?」
「……しゃーっ」
「いたっ!?」
一日中、彼女を人扱いしない彼氏の首元へカブッと一噛み院田唐音。猫なんだろ? ならば多少のおいたくらい許されて良い筈だ。本気で噛まないだけ出来た猫である。
「もう、そんな可愛い事してくれたもっと好きになっちゃうよ?」
「うーっ」
さて、おいたをする金髪の猫を、躾てあげるのも彼氏の務め。背中を二、三度叩いて宥め、ゆっくりと引き剥がし顔を見やる。ツンとつり上がったアーモンド型の目が愛い唸りをあげながら睨んでくる。可愛いが過ぎる。
「唐音」
「な、なによっ」
「今日はありがとう。唐音と一日中居れて凄く楽しかった。唐音は?」
「わたしは……」
楽しかった、それはそう。だって好きな人とはしゃいで、一緒にご飯を食べて、甘えさせてくれて。私が機嫌が良いのなんて恋太郎から見ても分かりきっていただろう。自信を持って浮かれていたと断言出来る。ツンとしてしまう自分と恋太郎ファミリーの皆んなが霞んでしまう程に。
「うん、楽しかったわよ。でも……」
「でも?」
「私は、皆んなでいる方が楽しいかも。だって今日のアンタちょっと意地悪だったし。まぁ、それに悪い気がしないのもムカつくんだけどねっ。だから他の皆んなにもこういう時間作ってあげなさいよ?」
嘘はついてない。この特別で二人っきりの時間は皆んなが欲しているだろう。LINEをくれた胡桃だってそうだ、皆んな恋太郎の事が大好きだから。好きな人と24時間居たいなんて恋人同士なら絶対思う事だ。だからそう、嘘はついてない。
「ああ勿論だよ、皆んな俺の大切で大好きな彼女だからね」
恋太郎は唐音の頭を自身の胸に抱き寄せそっと呟く。
「…………うん」
頭の上から降ってくる言葉と愛おしく撫でられる感触が唐音を包み込む。抱え込んでいる後ろめたさや後悔を洗い流すように、それ以上に満たしてあげると言いたげに。
ずっとこのままでいたい。
甘い憎まれ口と、少しばかりの茶目っ気と、ちょっぴりの意地悪をしてくる彼氏の心地よい温もりは、照れ屋で素直になり切れなかった女の子の心を掴んで離さない。離さないで欲しい。
「でもね唐音」
「ん?」
「俺は唐音も世界で一番、大切で大好きななんだよ」
「どうしたのよ急に、真面目な顔で」
真剣な眼差しで嬉しい事を言ってくれる。どんな時も私達を真っ直ぐに見てくれる。だからそんな顔をしないで欲しい。帰りたく無くなってしまう。残された時間にただ引き裂かれていく位ならと、自分の気持ちに蓋をした唐音。
「唐音は優しいね。 皆んなの事も考えてくれて友達思いで、そんな所が可愛くてカッコよくて。俺には勿体無いくらい素敵な彼女で……。そんな唐音が大好きだから、俺が大好きって思う唐音自身にも大好きって思って欲しいんだ」
自分を好きになれ。恋太郎はそう告げる。だが今の唐音には厳しいお願いだ。
「べ、別に私は私だし……。 思った事、素直に言ってるだけだし」
「本当にそうなの?」
「し、しつこいわよっ」
「ごめんよ、これは俺の我儘だ。でも俺の目に映ってる唐音はそうは見えない」
「うぅ……」
楽しい筈のお家デート。それでも時間が経つにつれて表情に暗がりを見せた彼女の、閉ざされかけた扉の前に、断固として引かない意思を瞳に宿ししがみつく恋太郎。
照れ屋で素直じゃないから? 違う。唐音にそんな顔をしてほしいが為に、今日という時間を過ごしたわけじゃない。大好きな女の子には笑顔でいて欲しい。幸せでいて欲しい。それを叶える為だったら何でもすると、初めて恋をした時から決めていた。
だから直球だ。小細工なんて必要ない。照れ屋で本音を隠してしまう彼女の心をこじ開けたいのであれば、愚直なまでに一直線。その先に、本当の彼女が待っててくれているのだから。
「唐音っ」
目は逸らさない、真っ直ぐに、本心で。
「大好きだよっ」
────ー時が止まった。
そう形容しても差し支えない静けさが支配する空間の中、黒髪の少年は曇りのない眼差しで、金髪の少女は目を見開かせる。
消え去った筈の音が秒針となって再び時を刻み、それが耳を掠めた頃、彼女の瞳から一筋の光が顔を伝う。光はそのまま枕の上へ降り立つや、彼女の右頬を濡らす。
「ずるい……。ずるいずるいずるい……。なんでそんな、いわないでよ」
絞り出した声に嗚咽が混じる。抑えようとすればする程に溢れ出してくる。目を固く閉じようと歯を食いしばろうとも、開かれた感情は次々とこぼれ落ちる。
もう彼女に強がれる程の力はなかった。彼氏の胸に飛び込み抱き締める。
「やだ、やだやだやだっ! もっと一緒にいたい!」
体裁なんてかなぐり捨てて、駄々っ子の様に頭を押し付けて。
「せっかく、恋太郎にだいすきって、ちゃんとっ! 言えるようになったのにっ!」
でも止められない、本当の気持ち。
「楽しくて……幸せで……でも今日が終わったら、無かったことみたいになりそうで」
もっとずっと、このささやかな日常を二人で紡いでいたい。ファミリーでいる時間よりも近く感じてしまったが故の彼氏との時間は、良くも悪くも唐音の心に大きな変化をもたらしてしまった。
「もっと一緒にしたい事があるの。でも、私ばっかりズルいじゃん……」
どうすれば良いのか分からない、唐音の中で二つの感情がせめぎ合う。恋太郎も大好き、恋太郎ファミリーも大好き。だからきっと、今日みたいなデートは皆んなにとっても幸せな時間となるだろう。今の私がそうであるように。離れ難いほどに。
「夢みたいだなって。こんなに素直になれたの初めてで。こんな風に恋太郎に甘えられて嬉しくて……」
口を開けば憎まれ口。生まれた時からずっとその道を歩いてきた。素直になれなくて、一人で落ち込んで、周りの女の子達が自由に、思いのままに振舞っているのを見て羨んで、憧れた。でなければあの時だって、ツンデレじゃ無くなる薬なんて飲まなかっただろう。
でも今は違う。撫でてくれたら嬉しいって返せる。抱き締めてくれたらありがとうって言える。大好きって言ってくれたら私も大好きだよって伝えられる。薬なんて使わなくても、思い描いていた自分に成れている。そして気づいてしまった。素直になれるということがこんなにも幸せだということを。
「あったかい……。ぽかぽかするの。こわいよ恋太郎……。戻りたくない」
まとまりの無い感情だけをさらけ出した言葉を、自分と向き合い、必死にもがき続ける彼女の悲鳴を恋太郎は静かに聞き続ける。震える肩をそっと抱き寄せ、彼女が落ち着くまでゆっくりと頭を撫で続けた。
しばしの沈黙。次第に腕の中で震えていた肩が落ち着き始めた頃恋太郎は軽く深呼吸をし、目を腫らした彼女を見据え、言葉を紡いだ。
「それなら、また一緒に作っていこう」
「え……」
「唐音が言ってくれたよね? 夢みたいだなって、俺もだよ。一生懸命気持ちを伝えようって、ツンデレの唐音が俺の為に素直になろうと頑張ってくれて、それが凄く可愛くて愛おしくて。幸せだなって感じさせてくれたんだ。そしてそれは夢じゃない」
唐音の頬に手を添える。泣き腫らした彼女の目元を軽く拭ってあげながら言葉を続ける。
「俺も唐音と同じくらいぽかぽかしっ放しだよ。こんなに幸せで暖かい時間を今日だけで終わらせたくないくらい……。だからまた、俺とこんな風にデートしてくれないかな? そしてまた、夢みたいだなって思える時間を二人で作っていこ?」
「れんたろぉ……」
デートが終わって寂しいと言うのならまたデートすれば良い。たったそれだけの事なのだ。終わってしまう寂しさはこれからも付き纏って来るだろう。でもそれを今日以上の素敵な時間への糧として心に留めて育んで。きっと出来る。彼女にはそう信じさせてくれる大好きな男の子が目の前に居るのだから。
「うん、私も作りたい……。恋太郎と一緒に。またデートしてくれないと許さないんだからね……?」
「ありがとう。でも唐音、まだ24時間経ってないから今日のデートは終わってないよ?」
「いやでも、後は寝るだけだし……」
普段ならとっくに寝ている時間である。彼氏とのデートなら緊張して眠れないかも等と考えていたのだが身体は正直で生活リズムを崩すことを認めてはくれず、身体は睡眠を欲していた。泣き疲れたのもある。
睡眠は女の敵だからちゃんと寝て欲しいなんて思ってないんだからねっ。とは母の格言である。だからこそ先に寝落ちしてしまった事に後悔が残るのだが──。
「うん、このまま一緒に寝ようと思ったけど、気が変わったかな」
「んー? どういうこと──」
まだ少し目を腫らし、首を傾げる彼女の言葉を待つこと無く、恋太郎は彼女がつけているチョーカーに人差し指をかけて引き寄せた。
気が変わったと。突然見せる彼氏の乱暴めな所作に唐音の心臓が跳ねる。
「ふぇっ!?」
「今日ずっとつけてくれてたね? ありがとう」
「あ、アンタがつけてろって言うから……んっ」
「じゃあ俺がどんな気持ちでこれを買ったか分かる?」
チョーカーと首の間に出来た隙間に親指を入れ、軽く弄りながら彼は問い掛ける。さっきまで優しく穏やかに諭してくれていた彼氏の顔は何処へやら、いじらしい者を見るような、乙女心を惑わしてくる表情へと変わる。
一般的には首元を彩るファッションアイテム。個性を引き立たせる意味合いでアニメや漫画のキャラクターがつけている作品も多くあり、可愛いからつけているという女性も日常では見かける。だが彼女を見つめる瞳がそんなありふれた理由ではないと訴えかけている。
つけてて欲しい。彼氏にそう言われてからこの首に巻かれているリボンの真意に、期待と不安が交錯しっぱなしだった。唐音は恐る恐る言葉を紡ぐ。
「そ、それってさ、恋愛的な意味ってことだよね?」
「うん、当たり。つけててくれてたって事は、嫌じゃないって事だよね?」
チョーカー。恋愛という側面においてそれは束縛、独占を意味している。彼女がそれをつけるのを良しとした瞬間から、彼氏である恋太郎に「私は貴女の物、貴女の所有物。だから絶対に離しちゃダメなんだからね」と言っているようなもので……。
しかし、渡してきた本人からは確信めいた言葉を聞けずじまいだったが故に、魅惑とも捉えられる妄想程度に留まっていた。そう、この時までは。
朧気に予想めいた物が、彼氏の一言で確かな輪郭を帯び、彼女の胸の内を煩いほどに叩き鳴らす。確かな独占欲が、目の前で横たわり唐音を見つめている。
「い、嫌じゃないわよっ。わ、私は恋太郎の……その」
「かーらーねっ」
「は、はいっ……!」
彼女の名前を呼ぶ彼は、贈り物を弄っていた指を唇へと添えなおす。軽く押し、伝わってくる弾力に目を細めいたずらな笑みを浮かべた。
「んっ……。恋太郎?」
釘付けにさせてくる、今日何度目かの意地悪な顔。添えた指で抗う気すら押し潰して弄んで来る彼氏の顔。そのクセに見つめてくる瞳が優しくて、戸惑いながらも、僅かな期待と興奮を滲ませて甘い声を漏らしてしまうずるい顔。
「大好きだっ」
唇が重なる。
「前も言ったよね? 俺が最初に好きになったのはツンデレの唐音だよって」
「う、うん……」
優しく囁く声は再び彼女の唇を奪う。
「怖くなんかないよ? 俺がいる」
「でも……。んっ」
彼女の耳を甘く溶かすようにキスをする。
「だから、怖くなくなるまでちゅーするね」
「ま、まって……」
静止の声にも耳を貸さず。胸がいっぱいになるほどの愛を彼女に注ぐ。
「今までの唐音も、今日の唐音も、これからの唐音も、俺は大好きだから」
「は、話聞きなさ……んんっ」
恋太郎の今日最後の我儘。
「分かってくれるまで止めないよっ」
「ば、ばかぁ……」
今日の彼氏は本当にずるい。プレゼントで縛りつけて、待てと言ってもお構い無しに口を塞いできて、悩んでいた事だって、それすら丸ごと包み込んで抱き締めてくれて……。こんなに温かいって想わせてくれる恋太郎が本当にずるくて大好きと、唐音は愛らしい悪態を内心で呟き、大大大大好きな彼氏へ口付けを交わす。
次はどんな夢を描こうか。語り合う寝落ち勝負の行方は、二人が同時に意識を手放すまでぽかぽかと続くのであった。
れんから最高っ! れんから最高っ!
次で完結です。
良ければご感想、高評価よろしくお願いします。