とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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はい、問題の第10話投稿です。

私の考えている展開上どうしても必要なものだったので、これからはこの方向性でいきたいと思います。
あと、後書きを見てくれると嬉しいです。


彼は彼女と共に

 夜も遅く、街角の隅のほうでひっそりと経営している一軒のバーがある。落ち着いた雰囲気の音楽が流れ、店の中にいる人達も街の喧騒を逃れられるこの一時を楽しんでいた。

 そんな店の奥の席に、一組の男女が座っている。女性はルビーのように真っ赤なカクテルを傾けているが、男性の方には琥珀色の液体が注がれたグラスが置かれている。不思議な雰囲気を持つ二人であったが、どうしてか店内に居る誰もがその二人組を気に掛けてはいなかった。

 店員までもが、だ。

 片割れの見目麗しい女性はグラスから口を離すと、その唇から艶やかな息を吐いた。

「どうだった、久しぶりの日本は?」

「どうもこうもない。相変わらず好きになれん国だよ、此処は」

 男性は気に食わなさそうにふんと鼻を鳴らす。女性はその様子にクスクスと笑った。

「あらあら、せっかくの里帰りだっていうのに。つれないのね」

「勘違いするな、私は恩人に久しぶりに会ってきただけだ」

 男性――――ロード=エルメロイⅡ世は口角を上げ抗議するが、その声に刺々しさは含まれていない。むしろどこか嬉しそうな口調だ。その視線の先には、小さな紙袋が二つ。

「そっちの、老夫妻からのお土産はまだわかるけど、」

 女性――――遠坂凛は、呆れたような目をする。

「何でゲームなんかでニヤニヤしてるわけ、アンタ?」

「なんかとはなんだ、なんかとは」

 二つの紙袋のうち一つは、マッケンジー夫妻からの贈り物。ロード=エルメロイⅡ世は第四次聖杯戦争以来、世話になった夫妻とはずっと連絡を取り合ってはいたが、この度久しぶりに再会したのだ。

 そしてもう一つの紙袋には、横側に色鮮やかなロゴが描かれている。中身はいわゆる戦略ゲーと言われる種類のゲームソフト、その初回限定版である。ロード=エルメロイⅡ世はこういったゲームをするのがひそかな趣味であるわけだが、今回日本に来る日程とソフトの発売日がちょうど重なったのでわざわざ買ってきたのだ。

 正直な所ロード=エルメロイⅡ世は早くゲームをやってみたいと思っているのだが、彼らが日本に来た目的はそれがメインではない。

「それより、君のほうこそ大丈夫だったのかね?」

「当たり前じゃない」

 私を誰だと思っているの? と、遠坂凛は胸を張った。ロード=エルメロイⅡ世がそこらをほっつき歩いている間に、遠坂凛は自宅や様々な場所へと寄っていたのだ。衛宮士郎を解放するための下準備。封印指定の魔術師に連絡をとり、人形を入手する為の商談を纏める事は出来た。残るは足りない資料を倫敦へ持っていくだけ。第二魔法の資料は、既に全て倫敦へ持ち込んである。

 では足りない資料と言うのは、

「第二架空要素に関する研究は、遠坂よりも間桐やアインツベルンの方が詳しいからね」

 そう足りなかったのは第二架空要素、つまり魂の運営に関する資料だった。衛宮士郎を本当の意味で救うために必要な、もう一つの鍵。

 魂は魔術的には非常に扱いが難しいものとされていて、魔術による干渉はあくまで「内容を調べるモノ」や「器に移し替えるモノ」に限られている。

 では一体、彼女達はその魂を使って何をしようと言うのだろうか?此度の実験で主に利用するのは「器の移し替え」である。

 いや、移し替えと言うより追加と言った方が正しいか。

「しかしまあ、君らが優秀だと言うのは知っているがな」

 ロード=エルメロイⅡ世は彼女達から初めて計画を聞いた時を思い出して、深く息をついた。

 

「まさか、騎士王を衛宮士郎に降ろそうとするとは……」

 

 無茶をするにも程があると呆れた様な表情だ。そんなロード=エルメロイⅡ世に、遠坂凛は何を今更といった顔をした。

「もう計画はほとんど準備できてるのよ。あなただって、全て納得した上で協力してくれているんでしょう」

「まあ、そうだが……」

「士郎にセイバーを降ろして、平行世界に跳ばす。これくらいしないと駄目なのよ、アイツは」

「随分と買っているのだな。騎士王を」

 当然でしょと遠坂凛は心なしか自慢げに答える。

 騎士王。

 アルトリア・ペンドラゴン。

 最優のサーヴァントたるセイバーのクラスにて、第五次聖杯戦争で召喚された英霊の一人だ。聖杯戦争においては衛宮士郎のサーヴァントとして活躍し、遠坂凛にとっては戦友でもある。期間としては数週間しか共に暮らしてはいないが、もはや今の衛宮士郎を救えるのは彼女しかいないと遠坂凛は確信していた。

 自分達では止められなかった、救えなかった衛宮士郎。

 このままただ封印指定から解放しても、どうせ彼は同じ過ちを繰り返してしまう。それは住む世界を変えた所で一緒だろう。衛宮士郎の、『正義の味方』の持つ異常な歪みは、世界が変わった程度で救われるほど生温くない。ゆえに衛宮士郎には必要なのだ。常に彼の傍にいて、彼をぶん殴ってでも押しとどめられるそんな存在。

 本音を言うならば遠坂凛も衛宮士郎についていって、セイバーと一緒に彼を支えたかった。しかし彼女達の不完全な第二魔法では、せいぜい一人分の『孔』を開けるのが精一杯。十全に考えた上での、これがベストの選択なのだ。だがそこまで話を聞いても、ロード=エルメロイⅡ世は納得のいっていない様な唸り声を上げる。計画を全て聞いた上で、彼にはまだ不可解な点があった。

「大丈夫なのか? 一人の肉体に、二人分の魂を入れてしまうなんて」

 そう、ロード=エルメロイⅡ世が気にしている点は此処にあった。確かにアインツベルンや間桐といった第三魔法に関して研究を続けてきた大家の力を借りれば、魂の移し替えは可能なのかもしれない。

 しかしそれは、例えば空の人形に魂を移すかのように、あらかじめ空っぽの器に魂を入れるからこそ成立するものでもある。既に魂が入っている器に、さらにもう一つの魂を入れて衛宮士郎は果たして無事でいられるのか。下手をしたら廃人になってしまう可能性もあるだろう。

 そんなロード=エルメロイⅡ世の不安に遠坂凛は、心配は要らないわよと妙に確信めいた口調で話す。

「アイツは今、ある事情で『器』が常人より大きくなっている。肥大化した器なら、魂の二人分くらい入ると思うわ」

「二人分と言っても片や英霊だぞ。ただの人間に英霊の魂が入るのか?」

「ただの『人間』じゃなきゃいいのよ。ギリギリだけど何とかなるわ」

「ギリギリか……」

「うっさい。そんな事はいいでしょ、入ればいいんだもの」

 桜の見立てに寄れば大丈夫なんだからと、口を尖らせる遠坂凛。ロード=エルメロイⅡ世はその無謀さに若干頭痛がしてきたが、ブランデーを煽って誤魔化した。

 実はその“ある事情”というのが、衛宮士郎をどうあっても平行世界へ跳ばさなければならない理由でもあるのだが。

「イリヤの遺した研究、桜の資料、最高位の人形使い製の人形、第二魔法の準備、必要なファクターはほとんど全て揃ったわ」

「残すは衛宮士郎自身、という訳だな」

 その最後の一つが、一番重要でかつ難関な要素でもある。それさえ手に入れれば、騎士王を確実に呼び出すための触媒もまた一緒に手に入れることが出来る。

「もう一息よ。でもこれからが、」

「正念場、と言う奴か」

 ロード=エルメロイⅡ世が、遠坂凛の言葉を継ぐ。長い年月を掛けて、彼女達はこのためだけに準備してきた。既に計画は、ほぼ終盤にある。あと少し、あと少しなのだ。決して失敗はしない。必ず衛宮士郎を救ってみせると、彼女達は誓ったのだ。

 

 そう、自分達の手で衛宮士郎の封印指定を執行した、あの日に。

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 一人の少女の夢を。

 まだうら若き少女が、選定の剣を抜いて王となった。

 民の求められるままに理想に殉じ、戦い続ける彼女の一生。

 だがしかし、いつの日か王は彼女の騎士達に言われてしまう。

 『王は人の心がわからぬ』と。

 情に流される事無く、ただただ公正に公平に人を裁き続ける王に、騎士達は何を思ったのか。

 やがてその円卓は二つに裂け、王も自らの手で息子を葬る。人の身に余る理想を抱き討ち果てた、その慟哭は誰に聞こえる事なく紅に染まった戦場を駆け抜けた。

 この夢は、いつか垣間見た騎士王の……、

(…………、……ウ)

 歪む、歪む、視界が歪む。

(…………、……ロウ)

 夢が終わりを迎えていると、頭のどこかが言っている。

(…………、……ロウ!)

 ならば醒めねばならぬ。醒めぬ夢など、無いのだから。

(…………、シロウ!)

 声は頭に、否、魂に響く。そう、この声は。あの運命の夜に聞いた……、

『シロウ!!』

「…………ッ!」

 起きた。

 衛宮士郎は横になっていた体を勢い良く起こし、ばっと辺りを見渡す。狭いアパートに、人が四人。月詠小萌、上条当麻、衛宮士郎、そしてインデックス。みんなぐっすり眠っていた。

 他に気配は、ない。

 では、あの声は?

 二度と聞けぬはずの声を、衛宮士郎は確かに聞いた。たとえ幾年経とうとも、決して聞き間違える事の無い声を。だがそれだけに、衛宮士郎はいつに無く戸惑う。だって彼女とは、彼女とはもう……、

「一体……、」

『シロウ、返事をしてください!』

「…………!!」

 今度こそ、衛宮士郎は跳ね起きた。傍で寝ている上条が身じろぎするが今は気にしている場合ではない。まさかの、まさかの出来事に衛宮士郎は恐る恐る呟く。

「セイ、バー?」

『はい、何でしょうかシロウ?』

「…………」

 あの日別れたはずの少女の声が、衛宮士郎の頭の中で響く。あまりの衝撃に、衛宮士郎は言葉が出ない。ありえない、決してありえない事が今、衛宮士郎の身に起こっていた。夢かと思って頬を抓むが、痛いだけで景色に変化は無い。はっきりと聞こえる声が、幻聴の可能性すら否定した。

 信じられない事ではあるが、衛宮士郎は今、あのセイバーと、アルトリア・ペンドラゴンと再び会話をしているらしい。混乱する頭を整理しながら、衛宮士郎はどうにか声を絞り出した。

「本当に、セイバーなのか?」

『無論です。私は第五次聖杯戦争にて、あなたに召喚されたサーヴァント。真名はアーサー王。まだ信用していただけませんか?』

 なんならその結末についても詳しく語っても構わないのですがと続けるセイバーに、衛宮士郎は首を振る。

「いや、いい。わかった。すまなかったなセイバー、疑って悪かった」

『気にしていませんよ、シロウ。それより口に出して会話しては、皆を起こしてしまいます。頭の中で会話するように喋ってみて下さい』

『……こうか』

『ええ、上出来です』

 一々口に出して会話をすると周りの皆を起こしてしまう可能性があったので、頭の中で語りかけるようにしてセイバーと会話する。どうやら上手くいっているようで、衛宮士郎もセイバーも互いの声をきちんと聞き取る事が出来ていた。色々と戸惑ってはいるが、とりあえず衛宮士郎は自分の気を落ち着かせる。

 憧れていた存在に再会出来た嬉しさも勿論あるが、なんといっても異常なこの状況。どうしても情報整理が必要だった。

(体に特に異常はない。いつのまにか、全身の痛みも消えている)

 全て遠き理想郷(アヴァロン)を投影したときから続いていた、全身に走る激痛も今は無い。セイバーとの二重人格もどきになっている以外は、特に身体におかしな点も無いようだ。黒い肌に、くすんだ銀色の髪。手足も問題なく動かせた。セイバーの声が自分の妄想の産物だという可能性も捨てきれないが、妄想でここまではっきりとした会話は出来まい。だがそうと決まれば色々と衛宮士郎はセイバーに聞かなければならない事があった。

『今は声しか聞こえないのだが。セイバー、君は一体どこにいるのだ?』

『どこ、と言われましても……。しいて言うのであればシロウの中とでも表現しましょうか』

『俺の……、中?』

『ええ、今の私には実体がありません。かと言って霊体と言う訳でもなく、意識だけがあなたの中に存在しているような状態です』

『どうしてセイバーがこの世界に、いや私の中にいるのだ?』

『すいません。私もまだ現状を上手く理解出来ていなくて……。私が目覚めた時には、既にこの状態でしたので』

『……そうか。では、セイバーはいつから気付いていたんだ?』

『気付く、と言うと?』

『いつから意識があったのか、という事だ』

 まさか自分が気付かなかっただけで、こちらの世界にきたときからずっとセイバーは自分の意識があったのではあるまいなと衛宮士郎は勘繰ったのだ。

 別にそれがどうしたと言う話ではあるが、もしもそうであるならなんとなく気恥ずかしい。そうした衛宮士郎の疑問に、セイバーはふむと考える。

『そうですね。……シロウは、夢を見ましたか?』

『夢?』

『私の夢です。騎士王としての、生涯の夢。私はその夢を見た後に、こうして意識が覚醒しました』

『…………』

 確かに衛宮士郎は目覚める直前、そんな夢を見ていた。聖杯戦争のときにも見た、あの夢。その始まりから終わりは、少しも変わっていなかった。

 しかし夢の後に起きたという事は、セイバーの意識が覚醒したのはここ二、三時間と言う事になる。

『セイバーは、何か原因は思いつかないか? こう、なんというか、今のような状況になった原因を』

『……そうですね。申し訳ありませんが、先程も言った様に私は今起きたばかりですので、これと言って原因は思いつきませんが……』

『なるほどな……』

 となると、衛宮士郎に思い当たる原因は一つしかない。

(やはり、全て遠き理想郷(アヴァロン)の投影が原因か……)

 そもそも衛宮士郎が倒れてしまったのも、投影した後から始まった、痛みが原因である。以前、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を投影したときは、別になんとも無かった。どう考えても、全て遠き理想郷(アヴァロン)の投影のせいであろう。

 そうやって衛宮士郎が異変の原因について自身の中で考察を続けていると、セイバーが遠慮がちに話しかけてきた。

『シロウ、少しいいですか?』

『ん? どうした、セイバー?』

『いえ、今のうちに言っておかなければならないことが、その、ありまして』

『ああ、今なら大丈夫だが』

『ええと、あのですね……』

 しかし、なかなか言い出さないセイバー。

 彼女にしては、随分と歯切れが悪い。

『なんだ? どこか調子でも悪いのか?』

『同じ体なのですし、そういう訳ではないのですが……』

 やがて観念したかのように、ため息をつくセイバー。どこか諦めのついた声で、衛宮士郎に話しかける。

『……説明するより実践した方が早いですね。シロウ、ちょっと覚悟をして下さい』

『な、なんだ』

 一体なにをと衛宮士郎が答える前に、一瞬だけふっと意識が遠のいた。その後すぐに意識は覚醒したが、なんだか身体の様子がおかしい。

 体と言うか、意識がどうにもふわふわしていて定まらない。というか、体が自分で動かせない。自分でもよく分からない妙な状況に衛宮士郎が混乱していると、急に視点が勝手に動いた。

『なっ!?』

 驚いて声を上げてしまいそうになったが、言葉を発したはずなのに口が開かない。その代わりに自分の頭の中で声が響いた。そのまま身体はすっと立ち上がり、衛宮士郎の意志に関係なく勝手に洗面所の方に歩いてゆく。気のせいか、視点がだいぶ下がっているような気がした。

 そうして洗面所に入ると、鏡の方へゆっくりと視点を向けさせられる。

『………………』

 唖然。

 言葉が出ない。

 いや、先ほどから口に出そうとしても出ない状態ではあったのだが。なんと驚くべき事に、鏡の中に映っているのは金髪の少女であった。

 

 もっと簡単に言えば、鏡にはセイバーの姿が映っているのだ。

 

『シロウ。大丈夫ですか?』

 鏡を見たきり黙ってしまった衛宮士郎に、セイバーが心配そうに声を掛ける。すると当然のように鏡の中のセイバーも心配そうな顔をした。

衛宮士郎はあまりの状況にしばらく黙っていたが、ややあって落ち着いたのかゆっくりと頭の中でセイバーに語りかけた。

『……これは、どういうことだ?』

『まあ率直に言いますと、士郎の肉体が私の肉体に変わっていますね』

 肉体の主導権もこちらにあるようですとセイバーは確認するかの様に、その手を鏡の前にかざす。今、この体を動かしているのは、衛宮士郎の意思に拠るものではない。どうやら、セイバーが体を動かしているようだ。

『何が一体どうなっている……』

『混乱するのもわかりますが、シロウ。とりあえず貴方に一度、主導権をお返しします』

 そういって、セイバーはすっと目を閉じた。それと同時に先程の様な、意識が一瞬だけ落ちる感覚が衛宮士郎に走る。次に目を開けて意識が覚醒した時には、鏡の前に立っているのは衛宮士郎であった。

「……もはや意味がわからんな」

 衛宮士郎は呆れたようにため息をつくと体の調子を確認する。どこにもおかしな点は無く、昨夜には激痛で呻いたのが嘘のようだ。さっきまでと違い、今度は体を自由に動かせる。

『理解できましたか、シロウ』

『ああ、なんとなくな』

 今までの事から推測するにつまり、今回、衛宮士郎の体に起こった異変は二つ。

 一つ目は、いつのまにか衛宮士郎の中にセイバー、アルトリア・ペンドラゴンの意識が宿っていたと言う事。

 二つ目は、まるで二重人格者が人格を切り替えるかのように、二人の間で肉体の主導権のやり取りが出来ていて、それと同時に肉体そのものも変化してしまうと言う事。

「どうしてこんな事に……」

 思わず頭を抱えて叫びだしたくなるような衝動に駆られるが、そこは大人。ぐっと我慢して押さえ込む。自分の体が一般人よりおかしくて、ついでに厄介な代物も持っているという事は自覚していたが、ここまでデタラメな事が起こるともはや諦観して受け入れざるを得ない。

 悩んでいても仕方がないと思ったのか、先ほどから気になっていた事を衛宮士郎はセイバーに聞く事にした。

『ふむ、セイバー』

『なんでしょうか、シロウ』

『どうしてセイバーはこの事を知っていたのだ?』

 この事とは肉体の入れ替えについて。目覚めたばかりのセイバーがどうしてこんな重要な事を知っているのか疑問に思っていたのだが、答えはあっさりしたものであった。

『それならば、私がシロウより先に目覚めたからですよ』

『先に?』

『ええ。シロウが起きるより一時間ほど早く私は目覚めましたので、色々と体の確認をしていたのです。初めはいきなりこんな状態に放り出されましたので、ひどく混乱しましたが……』

 我がスキル、直感Aが役に立ちましたと胸を張っている(ように思える)セイバー。直感にそんな使い方があったか? と衛宮士郎としては甚だ疑問であったが、細かい事を気にしても仕方がないので何も言わないでおく。

『そこで、私なりに考えてみたのです。このようなことになった原因を』

『セイバーが俺の体にいつのまにか入ってきていた事か?』

『いえ、そちらではありません』

『では、何の事だ?』

 衛宮士郎の疑問に、肉体の主導権の交換における体そのものの変化についてですと答えるセイバー。衛宮士郎からしてみても、確かにこの現状は不可解なものではあった。二重人格ともまた違った、聞いた事も無い様な現象。長い間魔術には深く関わっていない衛宮士郎であったので、素直にセイバーの見解には興味もある。衛宮士郎が話を促すように相槌を打つと、セイバーも話を続け始めた。

『私にはしっかりとした自我、そして記憶が存在する事は、今までの会話からシロウも分かりますよね』

『ああ、確かに君はオレの知っているセイバーだ。自我も記憶もちゃんとあると思う』

『ありがとうございます。私の予想も主にその事について関わってくるのですが、私としてはこの『記憶が存在している』という点が非常に重要な所だと思うのです』

『と言うと?』

『シロウも魔術師であるのなら、記憶、魔術回路などは本来、肉体ではなく魂にあるという事は御存知でしょう』

『……聞いた事があるような気がするな』

 正直魔術師としての衛宮士郎は決して優秀とは言えなかったので、どうしても返答は曖昧になってしまう。時計塔でそういった類の事を学んだような気はあるが。

『つまり私の意識が記憶ごとこの身体に宿っているという事は、この体にはシロウの魂と私の魂。二つの魂が一つの器に入っている状態であるとも考えられるのではないでしょうか』

『ほう』

 少々以上に強引な説ではあるが、衛宮士郎にとって納得出来ない訳ではなかった。第一それ以外にこの状況を説明できるような説を、衛宮士郎は思い浮かばない。だが、

『だがそれがどうしたら、こんな肉体の変化に繋がるのだ?』

 そう、それが一番の問題であった。セイバーが衛宮士郎の中に宿っていた事は何となく理解出来る。しかし身体ごと変化する理由が、衛宮士郎には分からなかった。その疑問に答えるが如く、セイバーは口を開く。

『ここからは、先程以上に憶測の域となりますが……。『世界』というのは矛盾を嫌うはずでしたよね』

 確かめる様なセイバーの口調に、衛宮士郎は頷いた。世界が矛盾を嫌うというのは衛宮士郎も知っている。なにより聖杯戦争に於いてあの弓兵が衛宮士郎を殺そうとしたのも、自分殺しという矛盾を誘うためであったはずだ。

『私の考えでは、表に出る人格が変化するのは肉体で表面化する魂の変化であるとも思うのです。つまり……、』

『つまり人格として表に出て来る魂が変化する度に、世界から修正を受けているという事か?』

 セイバーの話を継ぐ様に、衛宮士郎が言葉を続ける。矛盾を嫌う世界の修正によって、魂に合わせて肉体が変化するなど衛宮士郎は聞いた事もない。信じられんなと衛宮士郎は首を振るが、そもそもセイバーの見解はあくまで憶測でしかないのだ。深く考えた所で何かが分かる訳でもなかった。

 会話が途切れ、しばらく二人の間に沈黙が降りる。だがやがて、セイバーがゆっくりとその口を開いた。

『それより、私の方も聞きたい事がたくさんあります』

『……だろうな』

 今までの事、この世界の事。もう二度と会えないと思っていた彼女に、説明する事はたくさんある。むしろ、ありすぎて語り切れないくらいだった。本来なら真っ先に出るはずなのだが、今までその話題が出てこなかったのが不思議でならない。

『話してくれますか、貴方が今、ここで何をしているのかを』

『勿論いいとも。だが、長くなるぞ』

『構いませんよ』

 時間だけは沢山ありますからと、セイバーは笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

『そんな事が、あったのですか……』

 聖杯戦争の後から、ここに至るまで。この世界の事も、学園都市の事も含めた全て。結構な時間を掛けて語り終えた時、既に窓の外には日が昇っているのが見えた。今にも、夜が明けようとしているのが分かる。

 衛宮士郎が彼の思い出せる限りの全てを語って聞かせている間、セイバーは何も言わずにただ黙って話を聞いていた。互いに頭の中で会話をする事なら出来るが、考えている事までは分からない。

 衛宮士郎が全てを語り終えた今、セイバーは一体何を考えているのか。

 信念に従って生きてきた。

 理想に殉じて生きてきた。

 その生き方そのものに、後悔は無い。あるとすれば救えなかった、その手から零れ落ちてしまった者達に対する物。

 語りきり、何も言わない衛宮士郎にセイバーはぽつりと呟く。

『貴方は……』

『……』

『貴方は今までずっと、ずっとそうして生きてきたのですか?』

衛宮士郎は答えない。黙って前を見据えている。その目はどこを向いているのか。己の過去か、全ての始まりであるあの光景か。

沈黙を肯定と受け取り、セイバーは続ける。

『リンやサクラやタイガも皆置いていって、ただ人を救うためだけに?』

『…………』

『何故です! 貴方達はあの時誓ったはずだ!! リンは貴方に決して道を間違えさせないようにすると! 貴方もリンに、二人でともに歩んでいくと!! その貴方達が、どうして今こんな事になっているのです!!』

 ただ叫ぶ。

 断片的でも衛宮士郎の過去を知ったセイバーには、今の彼が、いや彼らが許せなかった。互いに誓ったはずなのに。聖杯戦争の終わり、あの誓いは嘘だったと言うのか。セイバーはあの遠坂凛ですら、衛宮士郎を止められなかったという事が信じられなかった。

 彼女ほどの人物ですらその身を懸けてさえ、衛宮士郎を引き止める事が出来なかったという事実。

 衛宮士郎という人物の歪みは、聖杯戦争のときに充分に認識していたはずであった。己の身より他人の身を第一に考える、その在り方。自己というものが欠落していて、命を捨てているとさえ言えるその異常性。ともすればサーヴァントであるはずの自分すら庇いかねない衛宮士郎に、セイバー自身何度やきもきした事か。

 それでもあの少女が一緒にいれば、リン達さえ一緒にいるならば、いつかきっと、彼も自分を見つめなおすだろう。そう確信して、セイバーは英霊の座へと戻ったはずだった。

 だが、今はどうだ。

 この衛宮士郎という男の歪みは、何一つ変わってはいない。

 それどころか驚くべき事に、今の衛宮士郎の容姿はあの弓兵にそっくりだ。投影の使い過ぎで変色した浅黒い肌に、鈍色の髪。

 まさに遠坂凛が危惧した通りに、行く着く所まで行き着きつつある衛宮士郎。

 戦争が終わってから十年近く、未だに彼は変わらない。その在り方を、セイバーは恐ろしいと感じた。

(そして、この状況……)

 何者かによって平行世界へ跳ばされ、おまけに自分と言う存在までもが、衛宮士郎についている。一体誰が、何故こんな事をしたのか。衛宮士郎が言うには、遠坂凛でほぼ間違いないという。

 ではなぜ彼女がこんな事をしたのか、幾ら考えても今のセイバーには結論が出せなかった。

『……焦っていたんだ』

『シロウ?』

 セイバーが考えを巡らせていると、今まで黙っていた衛宮士郎が急にぼそりと喋りだす。

『時計塔で凛達と暮らしていて、それはすごく充実していたのだと思う』

『…………ならば何故、』

『でもそれは、俺が受け取っていいものじゃなかった』

『…………』

 衛宮士郎が語りだしたその口調は、いつのまにかあの頃のものに戻っていた。

『あいつらと一緒に暮らしている内に、気付いたんだ。俺はこうして普通に暮らしているけど、それはあの災害で生き残った、じいさんの跡をついだ俺が享受するものじゃないんだって事に』

『……シロウが出て行った時、リンは追いかけてこなかったのですか?』

『さあ、よく覚えてないんだ。覚えているのは、俺が黙って時計塔を離れてからすぐに戦場に飛び込んだ事かな』

 そしたらいつの間にかこの世界に跳ばされていたよと、衛宮士郎は自嘲する。後悔はしていないはずなのに、今さら手放したものの大切さに気付いたかの様に。そうしてふっと鼻で笑うと、衛宮士郎は腰を上げた。

『……とりあえず、そういったことはまた今度にしようセイバー。今は、』

『敵に関する対処が先、と言う訳ですか』

 相も変わらず自分の異変より他人を優先させる衛宮士郎にセイバーはため息をつきたくなるが、そこは彼の言うとおりでもある。何らかの敵から攻撃を受けているのならば、まずはその排除を最優先にすべきであろう。

 二人で落ち着いて話す時間は、幾らでもある。

 それからでも、遅くはないだろう。

 遅くはない、はずだ。

 遠坂凛が何を考えているかは知らないが、こうした状況になっている以上は自分が衛宮士郎を引きとめ続けねばなるまい。

 そう密かに決意して、セイバーはこれからの事に思いを巡らすのであった。

 




11000字くらい
というわけです。
地雷要素とは「衛宮士郎さんinセイバー」のことでした。
状況的には簡単に言うと、『空の境界』の式と織が、人格交代で身体も変わるみたいな感じです。
考察とかは自分なりに考えた結果なのですが、少々以上に荒いですよね……
原作の設定を重視していらっしゃるかたには。本当にすいません。
ただもうこんな超展開はこれ以上しないつもりです。
以下、なんでこんなことしたの?というのに対する返答です。
そんなの興味ないから、という読者の方々は読んでいただかなくても全く大丈夫です。
あ、『』の中はセイバーさんと衛宮士郎さんの頭の中の会話と捕らえてください。





最初は禁書のキャラを使ってのプロットで考えていたのですが
どうしても衛宮さんとの相性が色々な意味でいいキャラが私には思いつきませんでした。
禁書のキャラは上条さんに救われても、逆に上条さんに影響を与えられるような人が少なくて、いたとしても鉄板カップリングで……
個人的には受身タイプが多いような気がするのです。
受身でも桜さんくらいはっちゃけてくれる人を、私が見つけられれば良かったんですけども

以上がセイバーさん登場の理由です。凛さんはちょっと想定ルートの都合上無理でした、すいません。

以下が、なんで同じ体にしたの?です
正直、私の力量不足です
完成された物語の中で部外者である型月キャラを矛盾が出ないように動かすのは、私の筆力では一人が精一杯なのです。
しかも決して無視できない程度の力を持っている二人なので、パワーバランス的にもこれがいいかなと私は考えました。
その結果がこれです。
不快に思った方はごめんなさい

まだこの作品を読んでいただけるのなら
失踪はしないように続けていくので、よろしくお願いします。

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