コピーするときに字下げまで解除されてしまうのは、どうにかならないですかwordさん。
八月二十二日。上条当麻、インデックス、衛宮士郎の三人で情報を整理した次の日。
衛宮士郎は小萌先生のアパートの近くにある、小さな公園のベンチに座っていた。その傍らには大きな鞄が、そして片方の手には缶飲料が握られている。
「この学園都市にはまともな飲み物は無いのか……」
衛宮士郎はそんな文句を漏らしながら伊達眼鏡を外し、夏の熱気で曇ったレンズを拭いた。さしもの衛宮士郎も都会らしい蒸した様な暑さには参り、喉を潤す為の飲み物を自販機で買った訳だが、
「『黒糖サイダー』はまだマシだが、『いちごおでん』など一体どこに需要があるというのだ」
自販機の商品群を思い出しながら、衛宮士郎はそんな感想を呟く。実はその『いちごおでん』、ある
流石に街の至る所に実験品が溢れている学園都市だけあって、自動販売機のラインナップにも中々に凄まじいものがある。
衛宮士郎も当初は一番まともそうな『ヤシの実サイダー』などを飲もうと思っていたのだが、生憎『いちごおでん』以外は売り切れていたので仕方なくそれを選んだのだ。
そうしてべたつきそうな苺の甘さに衛宮士郎が苦戦していると、頭の片隅から声が聞こえてきた。
『しかしシロウ、私としては先程の『カツサンドドリンク』も飲んでみたいと思うのですが』
『……いつの間に起きていたんだセイバー』
『少し前に、シロウが自販機で飲み物を選んでいた時ですね』
既に手馴れた様子で、周りに聞こえぬように頭の中で会話をする二人。衛宮士郎の頭に響く女性の声は、彼の相棒たるセイバーのものだ。基本的に片方が表に出てきている間はもう片方は眠っているのだが、たまにこうして起きている事がある。
昨日の朝方以来、衛宮士郎はセイバーを表に出した事はなかったが、セイバーはちょくちょく起きては衛宮士郎に学園都市についての事を聞いていた。
『しかし想像以上にすごいものですね、学園都市というものは』
『ああ、まさか超能力が科学の領域になっているとは……。オレも初めは驚きの連続だったよ』
『なんと、カツサンド味の飲み物を実現するとは!』
『……セイバー』
感心するのはそこか? と衛宮士郎はこっそりツッコミを入れたが、セイバーは聞いてはいない。
『どうでしょうシロウ。ここは見識を広める為にも、あの自販機で今一度『カツサンドドリンク』なるものを買ってみては?』
『こんな邪道極まりないものを? どうみても地雷だぞ、これは』
『いえ、ものは試しと言いますし』
『それに、もう既に私は飲み物を買っているのだが』
『いちごおでん』を振りながら無駄遣いはしたくないと言う衛宮士郎に、セイバーは諦めずに続ける。
『シロウ、あなたはもっと視野を広く持ったほうがいい。固定概念に囚われては、出来る事も出来なくなってしまいますよ』
『そんな大げさな……』
『大げさではありません! こういった日常的な所から改善していかないとですね……』
いつになく熱弁するセイバーに若干引きながら、衛宮士郎はいやいやと口を開いた。
『だからオレは既にこの『いちごおでん』を……』
『故に! ここは是非とも、この『カツサンドドリンク』を買ってみてはいかがですか?』
『いや……』
『買 っ て み て は ?』
『……わかったよ』
ずずいと迫ってくる(?)セイバーに、衛宮士郎は結局折れた。ゆっくりとベンチから立ち上がりながら、はたしてあのセイバーはこんなにも食い意地が張っていたのか? と薄れる記憶を掘り返す。
衛宮士郎の覚えている限りでは、もっとこう、清廉で凛とした佇まいの少女だったような気がするのだが。知らぬ内に記憶を美化していたのかなーと思い至った衛宮士郎の目頭が、ほんの少し熱くなったのは秘密。そうしてもはや無言で財布から小銭を取り出し、自販機に入れる。ボタンを押して出てきた『カツサンドドリンク』は、なんだかやけに冷たかった。
『で、何をしていたのです? シロウ』
『ああ、当麻の学生寮に当分の荷物と着替えを取りに行っていたのだ』
セイバーの疑問に答えつつ、片手に持った鞄を上げる衛宮士郎。鞄の中身は上条の着替えに衛宮士郎の持つ聖骸布等々だ。インデックスが目を覚ましたとはいえ、未だ体力が回復しきっていないのも事実である。学生寮はステイル=マグヌスの襲撃のせいで、人が三人も住めるような状況ではなかった。それに一度襲撃があった場所で、もう何日か過ごせるほど衛宮士郎の神経は図太くない。
結局数日、少なくともインデックスが完全に回復するまでは、三人で小萌先生の家で世話になる事となったのだ。インデックスの服は小萌先生のサイズが合うからいいとして、流石に男物の服は自前で調達しないといけない。
そういう事で学生寮の様子見も兼ねて、衛宮士郎が上条の服を取りに行っていたのだった。当初は魔術師からの昼間の襲撃を心配していた衛宮士郎であったが、インデックスによればこの世界の魔術師も魔術の秘匿には気をつけるそうなので、ある程度安心して出かけることが出来た。
日中に戦闘が行われる可能性が低いと言うのは、衛宮士郎としても有難い話である。インデックスと情報交換していた時は何とか誤魔化したが、衛宮士郎の使う魔術は普通の魔術ではない。彼の魔術は向こうの世界でさえ異質な魔術であったのだ。この世界においても言わずもがなであろう。自分が目立つような真似は、極力しないのが一番いい。
(問題は夜か……)
昨日の夜は、実は衛宮士郎が一晩中起きて警戒に当たっていた。敵には居場所もバレていて、おまけにこちら側は碌な身動きが取れないというこの状況。衛宮士郎は敵が必ず襲ってくるであろうと相当警戒していたのだが、不思議な事に何の異変も無く一晩過ぎたのであった。
(やはり、向こう側の勘違いが尾を引いているのか?)
そう考える衛宮士郎が思い返すのは、昨日盗み聞きした魔術師たちの会話である。絶好の条件下で襲って来ないという事は、何らかの事情が向こう側にあったという事だ。衛宮士郎が出した結論としては、向こう側は未だ情報収集の最中なのだろうと予想をつけたのだ。
昨日衛宮士郎が魔術師二人の会話を盗み聞きした限りでは、どうやら上条には何らかの魔術組織が味方についていると相手側は考えているらしい。おそらく、その真偽でも確認しているのだろう。組織相手に魔術師二人では、相手方も心許無いはずだ。
(だが確認にそう時間は掛かるまい。今日明日には襲撃してくるだろうな)
それも万全の準備を以って。対してこちらの取れる選択肢としては、その襲撃を迎撃するしか手段がないのだ。
(襲われると分かっていながら、それをただ待っているのはなんとも遺憾だな)
襲われる前にこちらから奇襲を掛けるという策も衛宮士郎は考えてはみたが、実は今の所はその方法は使えなかった。事実上の戦力は衛宮士郎だけであるし、上条の能力も拠点防衛には向いてはいない。そして何より相手側の居場所も判明していないのだ。どうしても上条達が後手に回ってしまうのは仕方がない話である。詰まる所、進展は相手次第であるのが現状であった。
(アレもおそらく敵の手によるものだろうしな……)
衛宮士郎はポケットから手帳とペンを取り出し、適当なページを開く。衛宮士郎の言うアレとは、アパートの周りを散策している時にあちこちで見かけたカードの事だ。
魔術師二人の会話を聞いていた時に耳にした、十六万四〇〇〇枚もの刻印を周囲二キロに亘って配置したという情報。それと上条が実際に戦ったときの話を元に、衛宮士郎は学生寮の確認がてら街を散策していたのだ。
そうして注意して見れば、あるわあるわ。様々な場所で完全に人目に付かぬよう配置されているカードの群。
上条に敗北した時の経験を生かした対策であろうか、御丁寧に全てのカードにはラミネート加工されていた。無論、触るなどする事はしなかったが、衛宮士郎の視力ならばその描かれた文様位は離れた所からでも充分確認出来る。模倣は衛宮士郎の得意とするものだ。遠目から見て記憶した刻印を、衛宮士郎はそのまま正確に手帳に書き写した。
ルーン魔術は門外漢の衛宮士郎だが、こちらにはインデックスという魔術知識の宝庫がいる。彼女から意見を貰う事で、魔術師達への対策くらい立てられればという考えがあった。
しかし逆に言えば、今の衛宮士郎に出来る事はそれ位しかないのだ。打って出る事は難しく、周囲を巻き込んでしまうと知りながらもただ敵襲を待つ事しか出来ない。その歯痒さに、思わず舌打ちしてしまう衛宮士郎。そんな衛宮士郎に、セイバーがあまり気に掛け過ぎないようにと声を掛ける。
『まあ、ここで悩んでいても仕方ありませんし、一旦コモエのアパートに戻っては?』
『そうだな…………、む?』
『どうしましたシロウ?』
急に何かに気を取られ、セイバーの呼び掛けに上の空で反応したままで衛宮士郎はじっとどこかを見つめている。その視線の先には、先程飲みきった空き缶が。衛宮士郎はしばらくそれをまじまじと見ていると、ふむと頷いた。
『思いついたぞ』
『は? 何をです?』
脈絡の無い衛宮士郎の言動に、何がなんだか分からないセイバーは疑問の声を上げる。そんなセイバーの疑問には答えず、衛宮士郎は口元に笑みを浮かべながら立ち上がる。そうして手元の空き缶を放り投げ、数メートル離れたゴミ箱に捨てた。さらに辺りを見渡すと、何かを見つけたのか衛宮士郎はその笑みを深めて、ようやくセイバーに言葉を返す。
『何、ただの魔術師対策を閃いただけだ。ちょっとしたな』
そんな事を言った衛宮士郎は、アパートとは別方向へと足を進めたのだった。
『ところでシロウ、私のカツサンドドリンクはいつ飲めば?』
『……また、後でな』
学園都市のとある場所。数多くの監視カメラにも映らぬような死角の空間。
そこに一組の男女が、影に紛れて潜んでいた。一人はステイル=マグヌス。ルーン魔術を扱う長身の神父。タバコを口の先でゆらゆらと揺らしながら、紙の資料を見つめている。
もう一人は神裂火織。長い刀を下げた女性の『聖人』。二人は揃って、視線を手元の資料へと落としていた。
何故この二人はこんな所で額を突き合わせているのか?それは彼らが学園都市外部の人間であるからという理由もあるが、この方が色々と都合がいいのも事実である。インデックスを匿っている学生が何らかの魔術組織に関わっているという可能性が出た以上、彼らはそれを調査する必要があった。だが幾ら調査しても、ただの学生以上の情報が出てこない。おまけにインデックスの傷を治癒したはずの魔術師については、その存在すら掴めていない状況であった。捗らない調査に、ため息の一つもつきたくなる。
だが、そこで立ち止まってもいられない。彼らにはタイムリミットが迫っているのだ。相手が組織にしろ何にしろ、二人は準備が出来次第叩くつもりであった。
「首尾の方はどうですかステイル?」
「ああ、順調さ。明日の夜前には終わる」
ステイルの言う準備とは、あらかじめアパート周辺に配置して置くルーンの刻印の事。彼は前回の敗北の反省を踏まえて、ルーンのカードにラミネート加工による防水性を施した上で、それを周囲二キロにわたって配置している最中なのである。その使用枚数、なんと十六万四〇〇〇枚。六十時間ほど掛けて、ようやく配置し終わるほどの量であった。
実は彼らがすぐに上条達に襲撃を仕掛けてこない理由の一つが、ここにある。彼らの扱う魔術は一見簡単そうに見えて、実は裏で膨大な量の準備を必要とするのである。
ステイルの扱う炎の魔術も本来は、『一〇年間月明かりを溜めた銀狼の牙で……』などという代物なので、これでも達人級の速度と言える。
その万全を以って敵を叩く。たとえ、敵の戦力が未知数だとしても関係が無い。出来るだけの自信も、彼らにはあった。
「それで、同居人のほうですが……」
次の話題に切り替える様に、神裂が話し出す。彼女が今見ているのは上条当麻の資料では無く、その周りの人達の事。
具体的に言えば、今現在、上条と同居している状態にある月詠小萌と衛宮士郎についての情報である。彼らについては、二人は一般人という事で納得していた。
魔術師であるという記録もないし、今までの行動にも特に怪しい物はない。衛宮士郎についての情報が異様に少ないのが気がかりであるが、どうせ学園都市が秘匿しているのであろうと二人は推測していた。
この世界に於ける世界の勢力は『科学』と『魔術』、二つのサイドにしっかりと分かれている。無論一般人にはっきりと分かるようにではないが、裏の世界においてそういった区分が為されているのは確かであった。
その二つの勢力の均衡を保つ為に、勢力間には暗黙の了解とも言うべき約束事がある。それは、互いの勢力が支配する分野に無闇に手を出さないという事。科学と魔術は互いに不可侵という『条約』。明確なラインが定まっているわけではないが、厳守すべき規律があるのは事実なのだ。実際にこの『条約』に抵触したせいで、魔術師が自身の術式を使用不可にされてしまった例などいくつも存在する。
二人はこの衛宮士郎なる人物が、科学サイドにおいて重要な働きをしているが故にここまで情報が制限されているのであろうと勘違いしてしまったのだ。しかしそれも無理は無い。何せ魔術サイドには衛宮士郎という人物については、情報が欠片も存在していなかったのだし、学生である上条と違って彼はれっきとした大人に見える。学園都市にいる以上、何らかの研究職についていると思われても仕方がなかったのだ。
「その二人についてはもういいだろう。魔術師であるという報告も結局無かった訳だし、この際一般人など無視していい」
「そう、ですね……」
ステイルはそう結論付けるが、神裂にはなんだかしこりの様な物が、喉に突っかかっている思いであった。インデックスを治療した者の存在が未だ判別しないのもそうだし、何よりこの衛宮士郎という男が気に掛かる。
遠目で観察すれば隙だらけの一般人に見えたが、どうも違和感を覚えた。いや違和感というより、むしろわざとらしさ。神裂ほどの域に達した武人だけが分かる、戦場特有の雰囲気の様な物である。それにあの男の体は相当鍛え上げられている様に見えるし、とても学者肌の人間とは思えなかった。むしろ、自分達と同類の臭いもする。
しかし、
(この極東にそこまでの
神裂も元は日本で活動していた魔術師だ。日本における魔術事情も、それなりに精通しているつもりである。その神裂をして記憶にないのなら、それは魔術師として小物か、もしくは魔術師ですらないという事。どちらにしてもこの二人の魔術師にとっては、あの男は例の学生以上の脅威には為り得ない。
やはり取り越し苦労かと思い直し、神裂はパタンと資料を閉じたのであった。
八月二十四日。昼を過ぎて、完全にインデックスは動けるようになっていた。
インデックスはすっかり上条に懐いた様子で、先ほどから上条に絡んでばかりいる。何があったか知らないが、まあ元気になって良かったと衛宮士郎は単純にその回復振りを喜んでいた。二人でじゃれあっている(?)光景は、見てて微笑ましい物がある。
そんな二人を衛宮士郎は何かこう、生温かい目線で見守っていたのだが、どうやら話を聞いている限りでは上条とインデックスは共に銭湯に行く事になったらしい。衛宮士郎はアパートの風呂を使えばいいじゃないかと思ったのだが、驚くべき事にこの科学に突出した学園都市において、このアパートには未だに風呂と言う概念が存在していないのだという話だ。どれ程ボロいのかと衛宮士郎は呆れ返ったが、無いものはないので仕方がない。
「士郎はどうするんだ?」
「勿論ついていく。何があるか分からないしな」
インデックスが元気になった今、自由に歩き回れる様になったのは大変結構な事だが、その分相手の事も警戒しないといけないのだ。特にこの夜の時間帯に外に出ては敵に狙って下さいと言っている様なものでもあったが、いつまでも引きこもっていても仕方がない。
(いつかは打って出なければならないと思っていたしな……)
どうせなら今、このタイミングで決着を付けたい。相手に応援が来ないことがわかっているのなら、余計な連絡を入れられる前に叩く。
それが、衛宮士郎がこの二、三日で考え出した結論だった。幸いにして相手の戦力の半分は割れていて、対策も考えてある。
準備は、出来ている。
「当麻」
「ん?」
となれば、上条にもある程度は敵襲の覚悟をしていて貰いたかった。出かける準備を整えている上条に、衛宮士郎は話しかける。
「……この際言うが、おそらく銭湯に行く時か、その帰りに敵襲があるだろう」
「は!? て、敵襲って!!」
「我々がこのアパートに来た次の日には、既に敵に居場所が掴まれていた。インデックスが完全に回復した今、奴らが襲撃してくる可能性はかなり高い」
「ちょ、ちょっと待てよ。居場所が掴まれてたって、何でそんな事士郎が知って……!」
衛宮士郎の突然の宣告に、上条は手をわたわたと振って慌てた。にわかに漂ってきた荒事の臭いに上条は思わずインデックスの方を伺うが、彼女は久しぶりに風呂に入れるのが嬉しいのか、元気良くはしゃいでいてこちらの会話に気付いた様子はない。衛宮士郎もインデックスには気付かれないようにしながら、声を抑えて上条に訳を話した。
「私達は見張られていたんだ。私はそれを、敵に気付かれないように察知した」
「…………!!」
「敵戦力は二人。君の倒した炎を扱う魔術師と日本刀を下げた女の魔術師だ」
敵の情報を伝える衛宮士郎の言葉に、上条は怒りでぐっと拳を握り締めた。
「ステイル=マグヌスつったか……。アイツまだインデックスを狙ってんのか!」
この先に追跡者が待ち構えている。その事実が、インデックスがまだ追われる身であるという事を上条に再認識させた。しかし上条がそこで感じたのが恐怖ではなく憤りだという辺り、彼の人格を表していると言えよう。
下手をすれば死の危険すらある状況に居るなど、一般人にとってはとてもではないが耐えられないはずだ。それを理解した上でこの事態に適応しているのなら、いよいよもって上条は常人ではないと衛宮士郎は思った。そんな事を考えている衛宮士郎を余所に、上条はだったらこれからどうするかについて口を開く。
「それで、どうすんだ? やっぱり、銭湯に行くのは止めたほうが……」
「いや、この機会に打って出る」
「打って出るって、どうやって?」
「いいか、敵はこちらが偵察に気付いているとは知らない。ついでに私が魔術師であるという事もな」
「そうなのか?」
衛宮士郎の言葉に上条が意外そうな顔をする。てっきりそこまでばれてしまっているのだと上条は思い込んでいたのだが、そこは衛宮士郎がその足取りを執拗に消していたおかげで、彼の情報は敵方にほとんど判明してはいないのだ。
「だからおそらく、敵の注意は当麻に集中するだろう」
「俺に!?」
「そうだ」
驚きで顔をひくつかせる上条に、当然だろう?と衛宮士郎が返した。彼からしてみても、いくら
その衝撃は敵側においては尚更であろう。そんな危険因子である上条と、あくまでただの一般人と見られている衛宮士郎。どちらの排除を優先するかと聞かれれば、誰だって前者を選ぶはずだ。
「出来る事ならば同時に撃破が望ましいが、それは難しいだろう。だからまず、不意打ちで一人撃破したい」
「不意打ちで一人?」
「ああ、チャンスはそうある訳ではないからな。敵が当麻に気を惹かれている間に、あくまで一人だ」
「じゃあ、一人はそれでいいとして、もう一人の方はどうすんだ?」
「……そちらはタイマンだろうな。一対一でけりを着ける事になるだろう」
「…………」
目を閉じて静かに答える衛宮士郎に、上条が心配そうな視線を向ける。
「大丈夫なのか? その、敵の魔術師と一対一だなんて……」
「なに、心配はいらん」
だが衛宮士郎は上条の不安を打ち消すようにクククと笑うと、さも自信有り気にその口の端を上げた。
「こう見えても腕には多少の自信がある。そこらの魔術師程度には、遅れを取らんさ」
しばらくして三人は、小萌先生のアパートを離れて銭湯への道程を歩いていた。パジャマから修道服へと着替えたインデックスは、機嫌良さそうにおっふろ♪おっふろ♪と歌っている。その様子では体調はすっかり良くなった様で、彼女の足取りは軽く弾んでいた。対する上条はそんなインデックスの方を気に掛けながら、落ち着きが無さそうにきょろきょろと辺りを見渡している。
「当麻、周囲が気になるのは分かるが、あまり不自然になりすぎるなよ」
相手に気付かれるかもしれんからなと続ける衛宮士郎に、そうだけどさーと上条は返した。
「でも、あんなこと言われたら気になるって。敵が襲ってくるかもしれないんだろ」
「あくまで可能性の話だ。……限りなく高いが」
「だぁーっ、やっぱ気になるじゃねーか!!」
衛宮士郎の余計な最後のフレーズに、敵襲の予感をひしひしと感じながら上条は声を上げる。そんな上条の様子を衛宮士郎が横目で見ていると、その頭の中で声が響いた。
『どうですか? 周りの様子は』
『まだ特に変化は無いな。嫌な視線も感じてはいない』
セイバーの声に、衛宮士郎は辺りを警戒しながら答える。アパートを出る直前からセイバーを起こしておいたのだが、今の所、衛宮士郎は彼女を戦わせる気は無かった。セイバーを起こしたのは、あくまで助言者としての役割が目的だ。夜とはいえ監視カメラの目など学園都市にはどこにでもある。あくまで極力魔術を使いたくない衛宮士郎にとって、セイバーの事がバレてしまうなど以ての外だ。結局こうして、セイバーは影から支援する事ぐらいしか出来ないのである。
そうこうしているうちに、上条達は片側三車線の大通りに出た。デパートに近いその通りは普段は大勢の人が歩いているのだが、夜遅いせいか今は一人もいない。
車は一台も走っておらず、辺りは不気味なほどの静けさだ。路面から生えた街灯の光だけが、チカチカと道を照らす。人がいないと言うだけで、見慣れた光景はこんなにも雰囲気を変えるのかと上条は内心驚く。
…………だが、本当に?
時間は午後八時ジャスト。まだまだ人が寝入る時間ではないはずだ。幾らなんでもこの時間帯にこの大通りに、人っ子一人もいないのは流石におかしい。
人がいないというだけで、こんなにも『日常』は顔を変えるものなのか?
「当麻……」
「ああ」
衛宮士郎も異変に気付いたのか、その目を鋭く細めている。
(人払いの結界か……)
似たような現象を、衛宮士郎は何度も見た事があった。いや、経験した事があるといった方が正しい。
いつのまにか結界を張られて周りを囲まれているのは、衛宮士郎自身がかつて対魔術師で何度も追い込まれた状況だ。自然、二人、特にインデックスを庇うように体の位置を直す。
不意に、飄と一陣の風が上条の耳元を通り過ぎたような気がした。少し遅れて、ギギギと歪な音が辺りに響く。
「避けろっ!」
衛宮士郎が片手でインデックスを抱え込み、もう片方の手で上条を突き飛ばした。一瞬の間隔を空けて、つい先ほどまで上条がいた場所に何かが落ちてくる。轟音と共に落ちてきたそれは、根元からちぎれた街灯。ちょうど上条と、インデックスを抱えた衛宮士郎の間を裂く様に雪崩れ込んで来た。
「とうま!!」
インデックスが叫び、急いで上条の元へ駆け寄ろうとしたその時、
「駄目だ、下がれインデックス!!」
上条の声が終わるか終わらないかの瞬間、轟と激しい勢いの炎がまるで生き物の様に三人を分断する。衛宮士郎が寸での所で手を引いたため、インデックスは炎に焼かれる事なく衛宮士郎がいる方へと倒れこんだ。
「くそっ、分断されたか!」
思わず舌打ちをし、炎の壁を睨みつける衛宮士郎。道路を二分し三人を裂いた炎は反対側が見えなくなるほど高くそびえ、その行く手を阻む。
なんとか向こう側にいけないかと衛宮士郎が打開策を模索していると、突然、炎で出来た剣が二人に一直線に迫ってきた。
インデックスを抱え込んだまま、衛宮士郎は大きく跳躍してそれを避ける。
「あーあ、避けられたか」
赤い炎の光を背に、夜の闇の中から声が聞こえてきた。だが残念そうな台詞とは裏腹に、その声色は大して落ち込んでいない。
衛宮士郎達から数メートル離れた所に、彼はいた。
炎の魔術師、ステイル=マグヌス。
闇夜に溶け込むような漆黒の修道服に身を包み、口先でタバコを揺らしながら近づいてくる赤毛の神父。成程確かに上条から聞いた通り、長身の癖にまだ上条よりも幼さを感じさせる顔で、ステイルはそこに立っていた。
片手に炎の剣、隣には炎の巨人。
(あれが『
ステイルの方を向く衛宮士郎の視線の先には、真っ赤に焼き爛れた炎の人型が蠢いている。インデックスの情報に依れば、ルーンによる補助がある限り
「君達には残念だけど、あんまり時間を掛けたくないんだ。だから、最初から切り札を切らせてもらったよ」
ステイルの方はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ近づいて来た。足取りは遅く、その表情からは余裕も感じさせる。だが逆に言えば、そこに付け込む隙があるという事。油断している間に叩いてしまうのが一番だなと、衛宮士郎は結論付けた。
「気をつけて、あれは本体じゃない。どこかに刻んであるルーンを破壊しないと!」
そうしなければ攻撃は届かないと、インデックスが衛宮士郎に忠告する。衛宮士郎もそれは分かっているのか、インデックスを庇うように軽く構えを取った。
戦う意志を見せた二人の姿を目に入れたステイルは、余裕の笑みを更に深める。
「足掻いても無駄だよ。君らはアイツみたいなデタラメな存在じゃないだろう? 素人が粋がった所で、この
ステイルの言うアイツとは上条の事であろうか。敗北を思い出したのか一瞬だけステイルは顔を歪めるが、それでもその顔には笑みが張り付いている。そして傍らに炎の巨人を侍らせながら、懐からカードを取り出し口を開いた。
「それでも一応礼儀だからね、これだけは名乗らせて貰おうかな。 ――――Fortis931、これが僕の魔法名さ」
告げた魔法名は殺戮の始まり。
今ここで
11000字
遅れてすいません。
ああ、スカイリム欲しい。
でもPCスペックが。