とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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夜戦で廻る

 魔術師、ステイル=マグヌスはつまらなさそうに手に持った炎剣を振るっていた。彼がその手を動かすたびに、炎が踊り闇夜を照らす。

 眼前には炎の巨人、魔女狩りの王(イノケンティウス)に追われながら走っている男女が一組。神裂が切り倒した街灯で分断された三人の内、インデックスがいる方をステイルは追っていた。

 あの馬鹿げた高校生の方は神裂が対処するらしく、ステイルはインデックスの捕縛の役目を任されているのだ。ステイルからしてみれば先の戦闘での反省を踏まえて弱点をカバーした術式で、是非ともあの高校生を消し炭に変えたかったのだが。

「それにしてもよく逃げるね、全く」

 逃げる二人を追いかけながら、ステイルは呆れたような声を出した。インデックスを傷つけぬように、連れの男だけを黒焦げにするよう調整した魔女狩りの王(イノケンティウス)で徹底的に追い回しているのだが、これが中々どうして捕まらない。上手いとこ袋小路にでも逃げ込んでくれれば補足しやすいのだが、そう単純にはいかないようである。右に左に、角に差し掛かるたびにジグザグに逃げて行く二人。

 追っ手を撒こうとしているのであろうが、しかしその行為は今のステイルの前には無意味だ。この周囲には、わざわざこの時のために六〇時間も掛けて造ったステイルの結界が張ってあった。周囲二キロにも渡って張られたその中にいる限り、彼らは決して逃げ切れる事は無い。追うステイルと追われる二人、しばらく追いかけっこが続く。

 相手は走って逃げているのだが、こちらは魔女狩りの王(イノケンティウス)で追っているのだ。わざわざ自分が直接迫って走る必要も無いと考え、ステイル自身はある程度の距離をとって追跡していた。

 今のインデックス達と魔女狩りの王(イノケンティウス)の間の距離が五メートルくらいなら、ステイルと魔女狩りの王(イノケンティウス)は二〇メートルほど離れているだあろうか。それでも、この状況での追跡には充分な距離である。

 だが、

(うざったいな……)

 本当にうざったらしいと、ステイルはこの有利な状況にありながらフラストレーションを溜め込んでいた。その訳は先程からステイルの方へと飛んでくる、数々のゴミのせいだ。相手が一向に捕まらないのも勿論そうだが、せめてもの抵抗のつもりか、男の方がステイルにちょくちょく物を投げつけていたのである。

 ぽんぽんと飛んでくる得体の知れないゴミを、ステイルは炎剣で悉く燃やし尽くす。別に一々炎剣で払う必要は無いのだが、何故かその全てがステイルに吸い込まれるかのような正確さでこちらの方に飛んでくるのだから仕方がなかった。二〇メート以上離れている自分に、よくもここまで正確に物を当てられるなとステイルも感心はしたが、特に魔術を使った気配もないので気にせずに進んで行く。

 飛んでくるゴミはアルミ缶であったり、スチール缶であったり。およそ魔術的に意味があるでもなく、たとえ当たったとしても無害なものばかり。

 そんなものだから、ステイルはしばらくして飛んできた妙に真っ黒い缶も、なんとも無しに炎剣で払ったのだった。

 

 

 

 

 衛宮士郎はインデックスの手を引きながら狭い路地を走っていた。背後から迫り来る炎の巨人が、後ろ髪にじりじりと熱を感じさせる。

「こ、このままじゃいつか追いつかれるよっ!!」

 インデックスがぜえぜえと息を荒げながら声を上げた。傷が完治したとはいえ病み上がりの体に全力疾走はキツイのか、ほとんど衛宮士郎に引っ張られるような形で彼女は走っているのだ。引っぱられている腕は肩の付け根からひりひりと痛みを訴えているが、だからと言って足を止める訳にもいかない。

 今の二人と魔女狩りの王(イノケンティウス)との差は、わずか五メートルほどしか離れていないのだ。このままではいずれ限界が来て、炎の巨人に追いつかれてしまう事も必至であった。確かに一年間組織から逃げ続けていたインデックスの逃走術も並ではないが、それはあくまで彼女一人での話。どうにか対策を練ろうにも、二人分の逃走手段など彼女には思い浮かばない。それに衛宮士郎の方を頼りにしようにも、彼もまたインデックスと一緒に逃げているばかりであった。

 途中途中で衛宮士郎が後方へ何かを投げつけているのはインデックスにも分かっていたが、今の所それが役に立った効果も無いのだ。ここに来て捕まってしまうかもしれないと、彼女の不安が募るのも無理は無かった。

 逃走開始直後も彼女一人なら逃げ切れる自信があったのだが、衛宮士郎がいたせいでその方法も使えない。インデックスからしてみれば、衛宮士郎には悪いが現時点では彼は足手纏いであった。

 そもそも前も言った通り、インデックスは衛宮士郎という人物を良く知らない。精々自分が上条家に落ちてくるよりも前に居候となっている人物で、家事が非常にに上手な男であるという事くらいであった。小萌先生のアパートでは忙しなく家事をしたり掃除をしたりしていたのを、インデックスは横になりながらぼんやりと見ていた事もある。

 だが、それだけだ。

 魔術師だと言っても、衛宮士郎が魔術を使っている所を見た事もない。普通の魔術が使えないとはどういう事かと本人に聞いてみた事もあったが、その度に上手くはぐらかされてしまっていた。

 結局の所なんだかよく分からない人物というのが、この二、三日でのインデックスの感想であった。

 走りながらそんな事を考えていたインデックスだったが、衛宮士郎の自分を呼ぶ声にふと現実に返る。何事かと思い衛宮士郎の方を見てみれば、その手には彼女も知っているとある小物が握られていた。

 何で今この時にこんなものをとインデックスは目を丸くするが、衛宮士郎はそれを気にした風も無く、その小物をインデックスの手に押し付ける。

「え、これ、いつの間に、ていうかどうして!?」

「いいか、私が後ろを向いたら、すぐにそれを使って物陰に隠れていろ」

「え、え!?」

 突然の指示にインデックスは慌てるが、どうやら文句を言っている暇も無いらしい。有無を言わさぬ衛宮士郎の口調に、インデックスは慌てながらもコクコクと頷く。その様子を衛宮士郎は確認すると、懐から何かを取り出しステイルに向かって投げつけた。

 そうして衛宮士郎が後ろを振り向いたのを機に、インデックスは路地の影に飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 衛宮士郎はインデックスを連れて夜中の路地裏を走っていた。

 時折近くのゴミ箱から空き缶やらなんやらを掠め取っては、飽きもせずステイルにそれを投げつける。当然最初は警戒していたステイルも、投げつけられた投擲物には特に何か細工してある訳でもない事に気付いたのか、次第にその扱いがぞんざいになってきている事に衛宮士郎は気づいていた。

 今では詳しく確認もせず、ただ炎剣で払っているだけだ。

(いい感じに離れてきたな……)

 二人で逃げ出した直後は魔女狩りの王(イノケンティウス)とステイルの間の距離が近かったが、今ではそれなりの距離を保っているのが分かる。

(この距離なら、いけるか?)

 そろそろ頃合かと判断した衛宮士郎は、懐に手を入れて目当ての物を探った。そうして手の内に固い金属の感触を感じながら、今一度後ろを振り返ってステイルや魔女狩りの王(イノケンティウス)との距離を測る。

 炎の巨人との距離は五メートル、ステイルとの距離は二十五メートル。魔女狩りの王(イノケンティウス)より早くステイルの元へ切迫するには、衛宮士郎にとっては充分な距離だった。

 衛宮士郎は今が好機だと考えると、インデックスにある投影品を押し付けて隠れるように指示する。そうして足を止めずに、振り向き際に手に持った黒い物体を投げつけた。缶状の黒いそれは、くるくると廻りながら弧を描いて空を飛ぶ。

 それが魔女狩りの王(イノケンティウス)を越えてステイルに迫り、そのまま彼が炎剣で払い落とそうとした瞬間、

「――――ッッ!?」

 世界が、光に包まれた。

 衛宮士郎の投げた物体から強烈な閃光が発生し、一瞬だけ真昼のように辺りを照らす。

 スタングレネード。

 強烈な音と光で相手に衝撃を与え、敵を無力化する武器の一つである。

それが至近距離で炸裂すれば、相当の衝撃を人体の五感に与えるのは必死であった。衛宮士郎が今使った物は、どうしてか光しか出ずにその分威力も低くなっているが、無防備なステイルに衝撃を与えるには充分である。

 事前にインデックスと自分用に特殊なサングラスを投影して、強烈な光に備えていた衛宮士郎には効果が無かったが、投擲物を既に警戒していなかったステイルは不意打ちをもろに受ける形となり、その視界が奪われた。

 その一瞬の隙を突き、衛宮士郎は夜道を駆ける。

 炎の巨人は敵を燃やし尽くさんと襲い掛かってくるが、衛宮士郎はその(かいな)をするりと潜り避けた。

 魔女狩りの王(イノケンティウス)は確かに強力な魔術である。

 恐ろしい程の数を重ねたルーンにより脅威の再生力を誇り、超高温の体は触れるもの全てを焼き尽くして跡も残さない。まともに剣でやり合おうとしたならば、衛宮士郎にとって相当に不利な相手になるだろう。

 遠距離射撃の出来ないこの状況で、衛宮士郎の主たる武器は剣に限られている。名だたる魔剣ならまだしも、ただの剣では炎の巨人を切る事など出来はしない。それに、たとえ魔女狩りの王(イノケンティウス)に剣戟を当てたとしても、その高温で逆にこちらの手が焼かれてしまうのは想像に難くない。

 第一、衛宮士郎はこの時点で、投影魔術という自分のカードの一つを敵に見せる気もなかったのだ。

 いまだ未知数な敵と対峙するであろう次の戦いに備えて、魔力を温存しておく必要もあったのも事実。

 だから衛宮士郎は、魔女狩りの王(イノケンティウス)をまともに相手にしない事に最初から決めていた。

 先の戦いの事情を詳しく聞けば、上条は、学生寮の内部で炎の巨人からしばらくの間逃げ回っていたと言うではないか。魔女狩りの王(イノケンティウス)がいくら強力な攻撃力を持っていようとも、所詮、素人である上条ですら、ぎりぎりにせよ対応出来てしまうほどの機動力しか持たないのなら話は別である。

 それは言外に、ある程度の身体能力さえあれば魔女狩りの王(イノケンティウス)の攻撃は充分に回避可能である事を意味しているのだ。魔術師である衛宮士郎が、反射神経や筋力そのものを強化して避けに徹したならば、当然その回避は容易かった。

 炎の巨人とのすれ違いざま、頬に熱を感じながら衛宮士郎はその巨体をやり過ごす。そのまま勢いをつけて、未だ目を押さえているステイルが何らかの反応を示す前に、衛宮士郎は二〇メートルの距離を一気に詰めた。

 背後からは魔女狩りの王(イノケンティウス)が追ってきているが、今の衛宮士郎の早さには到底追いつけない。

「ふっ」

 そうしてステイルの眼前に迫り、その手に手刀を打ち込んで炎剣を叩き落とす。ステイルは思わず呻いて手を押さえるが、衛宮士郎はその手をそのまま後ろに回すと、体ごと地面に叩きつけた。ばたばたと暴れるステイルの身体を抑えて、投影したナイフをその首に突き付ける。

 ステイルは冷たい金属の感触を肌で感じ取ったのか、ぎしりとその体の動きを止めた。その様子を確認した衛宮士郎は、ステイルの耳元に口を寄せてぼそりと囁く。

魔女狩りの王(イノケンティウス)を解け。でなければ…………」

 分かるな?と衛宮士郎は刃で軽くステイルの首を掻いた。小さな血の珠が首筋に膨れ上がり、ステイルの唾を飲む音が聞こえる。

 この状況下では、ステイルが圧倒的に不利なのは確かだ。頼みの魔女狩りの王(イノケンティウス)との距離は離され、炎剣も手元に無い。新たに反撃しようにも、ステイルが口を開くよりも早く衛宮士郎はその手を動かすだろう。結局、ステイル=マグヌスには衛宮士郎の指示に従う他道がなかった。

 悔しそうに顔を歪めたステイルがぶつぶつと何事か唱えると、遠くで魔女狩りの王(イノケンティウス)が小さくなってゆく。

「よし……」

 それを確認した衛宮士郎は、今度はナイフでステイルの修道服を裂くと、黒衣の布切れを二切れほど手に残した。

「一体、何を!?」

「黙れ」

 衛宮士郎の予期せぬ行動に焦るステイルを再び強く押さえつけると、その口に無理矢理に布を詰め込む。そうして残りの布で猿轡を噛ませると、再び修道服を裂いて目隠しをし、その足を縛り上げた。

 小さく裂いた布切れは防音用の強化を施し、ステイルの耳に詰め込む。持っていたルーンのカードや、果ては煙草すら全て取り上げる徹底的な武装解除。

『……そこまで用心しなければならないのですか?』

『ああ。こいつが何を使って何が出来るか、完全に把握しているわけではないからな』

 セイバーの疑問の声に、衛宮士郎は言葉を返した。

 衛宮士郎はこの世界の魔術師を良く知らない。だがインデックスに聞いた限りでは、元の世界の魔術より相当自由度が高いらしいと判断したのだ。

 故に何をする事も出来ないくらいに相手の選択を封じる事が、今の衛宮士郎に出来る唯一の魔術対策であった。本当なら素っ裸にしてそこらへんに転がしておくのがベストだが、流石に倫理的にも見た目的にも色々とアウトなので、修道服は着せたままにしておく。

 一通り辺りの片をつけ、衛宮士郎がルーンのカードを破り捨てていると、インデックスが急いで駆け寄ってきた。スタングレネードの閃光を防ぐのに使ったであろうサングラスを衛宮士郎に返し、地面に転がっているステイルを見てはびくっと震える。

「お、終わったの?」

「こっちはな」

 ステイルの様子を見ようとして、敵に近づこうとするインデックスを、衛宮士郎は手で制した。

「まだ気絶させていない。無闇に近づくな」

 無力化はしたが気絶はさせていない。本来なら意識を落とした方が良いに決まっているのだが、ここではそうしない理由が衛宮士郎にはあった。

「なんで気絶させてないの?」

「結界だ」

「結界?」

「大方、人払いのものでも張ってあるのだろう。こいつが気絶したら、その 結界まで解除されるかもしれないからな」

「でも、そんなの張りなおせばいいんじゃ……」

「解除されていない、という事実が重要なのだ。こいつか、もしくは向こうの女、どっちが人払いの結界を張ったのかは知らんが、一度結界を解除してしまうと、張りなおすまでのタイムラグや術式の違いで片割れに気付かれる可能性があるだろう?」

「あー……、そっか」

 出来ればステイルが倒されたという情報を、相手に伝えたくは無い。ステイルが倒された事が相方に伝わってしまえば、相手は警戒度を上げるに違いないし、下手をしたら上条に危険が及ぶ可能性もあるのだ。

 奇襲を仕掛けるにしても、こちらの方が衛宮士郎には好都合なのは当たり前である。

 話を聞いていたインデックスは、その戦略に気付いて、思わずぶるりと身体を震わせた。

 衛宮士郎のそれは、単なる魔術師というよりも戦闘に特化した者の発想である。ステイルを魔術なしで打ち倒しては、衛宮士郎が考えているのは既に次の戦闘の事。奇襲前提で作戦を立てるその顔には微塵も躊躇いが無く、淡々と作業をしている衛宮士郎の何と冷静な事か。

 結局インデックスは気付かなかったが、衛宮士郎がスタングレネードを強力な光だけが出る仕様に改造したのは、ステイルを脅す時にその聴覚までもを失わせたくなかったからである。

 魔術を極力使用しないのも、情報制限以上に、ステイルよりも女魔術師の方を警戒し、そのために魔力を温存しているからであった。

 衛宮士郎からしてみれば、ある程度情報が判明している敵に対して対策を講じいるのは当然の事だが、そこは流石に戦術のプロと素人を比べるのは酷であろう。インデックスは魔術のプロであっても戦闘のプロではないのだ。

 ちなみにスタングレネードは、この二、三日の間に衛宮士郎が裏のルートを使って準備したものである。急に必要になった為一つしか用意できなかったが、これだけ早く入手できたのは、事前に人材派遣(マネジメント)と連絡を取れていたからだ。

 本来ならば学園都市脱出用のルートを探る為の情報源に過ぎなかったのだが、意外な所で役に立つ事となったのである。

 しばらくして一頻りの準備を整えた衛宮士郎は、簀巻きにしたステイルを持ち上げた。

「私はこのまま当麻を助けに行く、きみはアパートに帰ってるといい」

「な!? 私だってとうまを助けに行きたいんだけど!」

「きみが行って何が出来ると言うんだ。大人しく月詠小萌のアパートに帰れ」

「私は一〇万三〇〇〇冊の魔道書の知識があるんだよ。相手がどんな魔術師かだってすぐにわかるもん」

「敵の本来の標的が、のこのこと目の前に出て行ってどうする? それに、場合によっては当麻も援護しないといけなくなる。きみを庇っている暇も無いかもしれないのだぞ?」

「うぅ……、でも……」

 私だってとうまを助けたいんだもんと、頭を下げて項垂れるインデックス。

 衛宮士郎の言っている事は確かに正論だ。

 いくら敵の情報が分かるとはいえ、わざわざインデックスがそこまで行く必要は無い。でも逆にインデックスからしてみれば、恩人である上条を少しでも助けたいと思うのは当然の事なのだ。

 そこに理屈は無く、感情論でしかないのはインデックスとて分かってい 

る。それでも、それでもインデックスは上条の元に行きたかった。

 足手纏いにしかならなくとも、衛宮士郎に迷惑をかけようとも、上条を助けたいと、彼女は切に願うのだ。噛り付いてでもついていくと、インデックスが衛宮士郎を見上げた所で、

「あいたっ!」

 衛宮士郎のでこピンが、軽くインデックスの額にヒットする。インデックスが涙目で顔を上げると、衛宮士郎の目には呆れたような色が浮かんでいた。

「いきなり、なにすんの!!」

「当麻の事を考えるならな……」

 衛宮士郎は話しながらステイルを肩に上げる。気絶こそしてはいないが、身動きも取れないよう、ステイルの体は厳重に縛ってあった。

 そうして今度は、衛宮士郎がインデックスの目をまっすぐに見つめる。

「それこそ、きみは帰るべきだ。インデックス、きみは当麻の今までの行いを全部無に返したいのか?」

「う、うう……」

 インデックスは言葉に詰まった。上条の事を引き合いに出されては、流石の彼女も引き下がるしかない。

 こういう時に何も出来ない自分の無力さに、悔しそうに目に涙を浮かべ、顔をしかめるインデックス。そんなインデックスに衛宮士郎は苦笑いし、安心させるようの言葉を掛けた。

「心配するな、当麻は私がちゃんと連れて帰る」

「…………約束、だからね」

 インデックスはぐぐと拳に力を込め、衛宮士郎を睨みつける。自分が何も出来ないならば、衛宮士郎に託すしかない。

悔しいが、今のインデックスにはそうするしかなかった。

 そうして彼女は、上条の無事を祈りながら、アパートの方へ走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 走っている衛宮士郎がその場を視界に入れた時、場面はおよそ彼の考えうる限りで最悪の一歩手前であったと言えよう。血だらけで地面に崩れ落ちている上条に、返り血だろうか、顔面が赤く彩られた女魔術師。

(一足遅かったか……!!)

 八〇〇メートル程手前で、衛宮士郎は身を隠しながら相手の様子を伺う。だがどうやら上条はまだ生きているようで、倒れた背中が一定のリズムで上下しているのが確認出来た。

 兎に角その事に安堵した衛宮士郎ではあるが、状況的には予断を許さないのは間違いが無い。見れば上条は相当出血しているようで、路面が赤黒く染まっているのが見えた。

 その顔は青ざめ、意識は既に落ちているようだ。突っ立っている女魔術師の様子も詳しく観察するが、何故だか放心状態にあるようで、横に転がっている日本刀を手に取ろうともしていない。

『様子が、妙ですね』

「…………、」

 好機(チャンス)

 セイバーの言う通り、あの女魔術師の様子がおかしいのは確かだろう。状況を完全に把握できてはいないが、これは絶好のチャンスだと衛宮士郎は直感する。衛宮士郎は急いで辺りを見回し、道路が隈なく見渡せて、ある程度背の低いビルに当たりをつけた。

 そうして強化した足でビルの側面を蹴りながら駆け上がり、屋上に一時陣取る。この程度の距離ならば、衛宮士郎には確実に敵に矢を中てる自信があった。

 ステイルを横に転がして監視カメラの有無を確認した後、衛宮士郎は黒塗りの弓矢を投影する。黒塗りの矢は闇に紛れ、その視認すら困難にさせるのだ。夜の奇襲には、打って付けの物であった。

 今、衛宮士郎が優先すべきなのはとにかく上条の命。敵よりも早く上条の元に辿り着くのは、現時点ではどう足掻いても不可能だ。ならば衛宮士郎が取れる手段はただ一つ、敵の無力化のみである。

 この場で狙うは機動力の要、足。素早く弓を引き絞り、鷹の目は敵を見据える。いつもの通り、ただただ無心で腕を上げた。

 中るイメージは、既に見えている。

 後はこの手を離すのみ。

 張られた弦がキリリと啼き、鋭い鏃が月明かりで光る。

 次の一瞬、衛宮士郎の手には何も握られてはいなかった。闇を裂く黒き一筋が、真っ直ぐに夜を射抜く。

 音よりも早いその一矢は、矢羽が空を引き裂く音を置き去りにして、女魔術師の足元に吸いこまれていった。

 

 

 

 

 女魔術師、神裂火織は倒れこんだ上条当麻を呆然と見つめていた。

 神裂の頭の中では、上条の言葉が何度も繰り返されている。

『守りたいモノがあるから、力を手に入れんだろうが!』

 そうだ、神裂火織には守りたいものがあったはずだ。

『テメェは、何のために力をつけた?』

 救われぬ者に救いの手を、それが彼女の魔法名。

『テメェは、その手で誰を守りたかった!?』

 ほんの少しでも自分以外の誰かを幸せにするために、幸福でない万人のために、力を振るうと誓ったのではなかったのか。

 だのに目の前で倒れているのは、血に塗れた高校生。

 彼もまた、インデックスの幸せを願い、彼女の為を思い動いていたはずなのだ。彼と自分で何が違うのか。

 あるとすれば、それは諦観。彼女達は既にあきらめてしまっているのだ。

 インデックスを、本当の意味で救う事を。そもそも神裂やステイルはインデックスの敵ではない。

 

 インデックスは彼女達の元同僚にして――――――大切な、親友なのだ。

 

 完全記憶能力を持つインデックスは、その脳の八五%以上を使い、一〇万三〇〇〇冊の魔道書を一字一句漏らさず記憶している。だがそれほどの能力を持っているのに、どうして彼女は、一年より前の出来事を記憶していないのか。

 そこに生じる、大きな矛盾。

 その答えこそが、本来仲間であるはずのインデックスを神裂達が追っている事に繋がっている。

 インデックスが脳の八五%を使って魔道書を記憶しているならば、残りの十五%は一体何に使われているのか。驚くべき事に神裂達の見立てに寄れば、インデックスはそのたった十五%の力で日常生活の全てを補っているはずなのだ。

 しかし、本当にたった十五%の力で日常生活を満足に送れるのか?

答えはNOだ。それだけの力しか使えない人間が、日常生活を常人と同じように健全に送れるはずが無い。

 並の人間と同じように『記憶』していけば、すぐに脳がパンクしてしまうのだ。完全記憶能力によって『忘れる』事の出来ないインデックスは、どうでも良いゴミのような記憶さえ『忘れる』ことで脳の中を整理する事すら出来ない。

 それは脳の十五%の力しか使えない彼女にとっては、致命的な問題であった。自分で『忘れる』事の出来ない彼女が生きていくには、誰かの力を借りて『忘れる』以外道がないのだ。

 記憶の消去は一年周期で行われている。インデックスが一年より以前の記憶が無いのは、魔術によって忘れさせられたに他ならない。

 今回もそのために、神裂達はインデックスを追っていたのだ。一年の周期が過ぎる前に、彼女の脳が壊れてしまう前に、彼女を死から救うために。

 それでも、それでも彼女達が救いを諦めてしまっているという事もまた、一つの真実であった。

 一年おきに記憶を消すのではなく、もっと根本的な解決。そもそもの記憶を失わなくて済む様なそんな結末を、彼女達は当の昔に諦めていたのだ。

 彼女が今動揺しているのは、その事を上条当麻に再認識させられたから。

 誰よりも足掻いたがゆえに、上条の言葉は彼女の心に突き刺さっていた。

 だが彼女には、呆然としている暇さえ与えられない。

 なぜならば、ここは既に戦場。

 今なおこの瞬間にも、神裂火織は凶弾に狙われているのだから。

 




10000ちょい
『プラダを着た悪魔』、『インセプション』
映画館で見たのと家で見るのは違うよねやっぱり
『戦火の馬』も面白かったけど、『踊る大捜査線』、『あの日 あの時 愛の記憶』
もやっぱり映画館で見たいですね。

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