正直、新しく書いているより疲れた気がするのは何故でしょうか
『聖人』。
世界に二十人といないと言われる、生れた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間。彼らは『偶像の理論』により、聖人の証である『
神裂火織はその『聖人』の一人だ。莫大な量のテレズマを身に宿す事で、五感を含む身体機能は大幅に強化されており、使える魔術の規模も圧倒的である。加えて先天的な加護のような物も存在し、言うなれば常人よりも幸運なのだ。
だから神裂がその一撃を避ける事が出来たのは、半ば必然でもあったと言える。
上条との戦いを終え、呆然としていた神裂であったが、突如背筋に悪寒が走った。第六感とも言うべきか、何者かに狙われている感覚。このままここにいては危ないと、直感が警報を告げている――。
「…………ッ!!」
危険を知らせる直感に従い、神裂はすぐさまその場を飛びのいた。直後、空を裂くような音と供に、一瞬程の間も置かず地面が抉れる。
飛びのいた神裂が横目でその場を確認すれば、そこには深く鋭い穴が空いていた。
そしてその中心には、
「弓、矢?」
そう、どこから飛んできたのか、漆黒の矢が深々と突き刺さっている。
神裂はそれを見て冷や汗を流した。あれが自分の足に突き刺さっていたら、貫通どころでは済まされない。間違いなく、足ごと吹き飛んでいたであろう。
その威力に怖気を覚えながら、飛びのいた先にある日本刀を取り、第二射に対処すべく即座に体制を整えた。
が、何故か二射目は来ない。警戒を解かずに矢の飛来した方向を注視すれば、八〇〇メートルほど離れたビルに男が一人。
(あの男は、あの時、上条当麻と一緒にいた――)
神裂の視力は8.0を誇り、五〇〇m先でも望遠鏡なしで物事を確認出来る。だから神裂には、その男があのアパートにいた男だという事が分かった。
ステイルと一緒に情報収集をした限りでは、あの男には特に注意すべき点は無かったはずだ。神裂が妙な違和感は覚えたものの、ただの一般人として判断していた。それが、その男が無事で立っているという事はつまり、あの時の神裂の嫌な予感は的中してしまったらしい。
そして、ステイルに任せたはずのあの男が五体満足で動き回っているという事は、当のステイルは撃破されたという事だ。アスファルトを砕く矢の一撃にしても、一般人が出せる威力ではない。明らかに、
神裂はその事実に、奥歯が割れてもおかしくないほどの強い力で、その歯を食い縛った。先程の問答で、目の前で倒れている高校生がインデックスの事を真摯に考えて行動していたのは明白である。
しかし魔術師が一緒となると、話は別だ。この高校生はまだしも、魔術師がインデックスと一緒にいる理由など、一つしか思いつかない。
すなわち、一〇万三〇〇〇冊を誇る
偵察していた段階では、高校生もインデックスもあの男と普通に仲良く接していた。男の方にも特に不自然な点が無く、それが神裂の違和感を自身で否定する一つのファクターであったのだ。
けれどももしもそれが、インデックスを守りたいと願う高校生を利用してまで、
そこまで考えて、神裂は反吐が出るような思いに駆られる。あの男が、他人の想いさえ自分の為に利用しようとする唾棄すべき類の人間であるならば、それは最悪だ。
しかしその可能性が高いのもまた事実。世界最高の魔道図書館たる
だがそうなると、神裂には気掛かりな点が一つ。
(インデックスは一体どこに? あの男と一緒にいたはずでは……)
そう、神裂があの三人を分断した時、確かインデックスはあの男と一緒の方向に逃げて行ったはずだ。それが今、彼女があの男の傍にいないというのが、神裂にまたしても嫌な予感を実感させる。あの高校生すら利用しているかもしれない男の事だ、既にインデックスは拘束されている可能性すらあった。
そして撃破されたはずのステイルが見当たらないというのも、…………つまりそういう事なのであろう。敵に倒された魔術師の如何など、決まっている。
(外道が……っ!!)
激情を視線に込めて、思わず神裂はビルの上に立つ男を睨みつけた。すると男は表情こそ確認出来ないが、片手に持った弓でゆっくりと数回、近くのビルの屋上を指し示した。
「……誘っているのか?」
傍から見ても、明らかに神裂を誘っているのが分かる挙動である。そうして男は、神裂の挙動を待たずに、そのビルの屋上へと飛び移って行く。その挑発的な態度が、さらに神裂の癇に障った。
「……いいでしょう。その誘い、乗らせて貰います!」
ステイルやインデックスの動向、あの男の真意、問い詰めたい事は幾らでもある。それにもし、神裂がここであの男を取り逃がしてしまったとしたら、その時は非常にまずい展開になる。
インデックス自身が持つ時間制限もそうだが、もう二度と敵を補足出来なくなってしまう可能性も高かった。あの男がイギリス清教から完全に情報を隠し通せるほど、隠匿性に優れた魔術師ならば尚更である。
ここは学園都市、神裂達にとっては決してベストな環境ではない。魔術関連のごたごたに、科学側が足を突っ込んでくる事は避けなければ無いのだ。失敗は許されない、即ち敗北は許されない。
だが神裂とて『聖人』にして、ロンドンで十の指に入るほどの実力者だ。極東の辺境にいる名も無き魔術師などに負けるはずも無いし、負ける気も無い。だから彼女は絶対の自信と自負を持って、夜の街を駆けるのであった。
衛宮士郎はビルの屋上でため息をついていた。放った矢に、手にしていた弓も、既にその場から消し去っている。
縛ったままのステイルは、狙撃をしたビルの屋上に置いてきたままだ。一応は簡単には見つからないように、カモフラージュをしてはあるが。
その衛宮士郎は、相手の予想以上の実力に戦術の立て直しを図られていたのであった。
「まさかアレを避けるとはな……」
先程、衛宮士郎が放った矢は、曲がりなりにも音速を超えていたはずだ。初速でもライフル弾並みのスピードを出していたはずなのに、あの相手は傷一つ無く回避して見せた。女魔術師の身体能力が、相当に高いことが伺われる一端である。
『私が相手をしましょうか?』
その方がやり易いのでは? とセイバーが尋ねてくるが、衛宮士郎は首を横に振った。
『まだそこまでカードを切る必要はない。それに目標は一応達成したしな』
『……そうですか』
珍しい事にセイバーは大人しく引き下がったが、確かに彼女もそこまで手札を見せるのはやりすぎかもしれないとは感じていた。相手との相性次第では、衛宮士郎が相手をした方がいい場合もあるのだ。
そしてその衛宮士郎の言う目標とはつまり、上条と神裂火織を引き離す事。あの場で女魔術師がこちらの誘いに乗っかり、狙いを衛宮士郎に定めたのはまさに僥倖であった。下手をしたら上条を人質に取られるか、最悪そのまま殺されてしまう可能性まであったのだから。
だが状況的には既に、怪我を負った上条を直ぐにでも病院へ連れて行かなければならない分、時間制限があるこちらが不利だ。いくら命に別状はなさそうに見えても、長期戦には極力持ち込みたくなかった。
『しかし、本当に凄い身体能力だな……』
『確かに、かなりの腕であると見受けられます』
ビルの屋上を飛び跳ねながら、こちらへ迫ってくる女魔術師に感心する二人。長い黒髪をたなびかせながら、神裂火織はぐんぐんこちらへ近づいてくる。
『これは流石に使わざるを得んか』
『……干将・莫耶ですか』
『出来るだけ宝具……、いや、投影は使いたくなかったのだが、止むを得ないか』
衛宮士郎が執拗に宝具を投影しようとしないのは、彼の特異性を知られたくないが為である。特に魔術師が相手の場合、その宝具に秘められた魔力量などから怪しまれる可能性が非常に高いからだ。
だが、今回はそうも言ってはいられないらしいと、衛宮士郎は覚悟した。相当な腕を持つであろう剣士を相手に、不慣れな武器で戦うのは悪手である。
懐に手を入れ、まるで外套から取り出したかのようにカモフラージュしながら、干将・莫耶を投影する。手に感じる、ずしりと重い金属の感覚が、衛宮士郎に戦場を思い起こさせた。
幾度と無く供に窮地を乗り越えた、衛宮士郎の相棒とも言える宝具。この一組の陰陽剣を衛宮士郎は久方ぶりに手に取ったが、たかが一週間程度では、骨の髄まで染み付いた戦場の感覚は消えないらしい。問題なく剣を振り回せる事に、安堵と嫌悪を覚える。
『……消えないものだな、やはり』
『シロウ……』
平和を求めて剣を振るう、矛盾とも言える行為だが衛宮士郎にはこれしかない。戦場で人の命を救うには、自らも武器を持って立ち向かうしか彼には出来なかった。セイバーも似たような立場にはあるが、衛宮士郎の戦場は余りにも広すぎたのだ。
振るえど振るえど一向に終結する気配のない戦争に身を任せながら、それでもより多くを救う為に孤軍奮闘した記憶が脳裏を走る。靄が掛かった記憶も、何故か凄惨な戦場だけは、鮮明な映像で衛宮士郎を攻め立てた。
殺める事でしか救えない現実に、理想を抱えた男は一体何が出来たのか。自分にもっと力があれば、より人を救えたのではないか。記憶を掘り返そうとすればするほど、思考はどろどろと深みへ嵌っていく。
『シロウ、そろそろ』
『ああ……、すまない』
セイバーの呼び掛けに、衛宮士郎は意識を現実に戻した。彼にはらしくなく、少し呆けていたようだ。見れば、女魔術師はもうすぐそこまで来ていた。
そこそこ広いビルの屋上。軽快な動作で、神裂火織はその上に降り立った。憎悪を孕んだかのような鋭い目つきでこちらを睨んでいるのが分かる。だが刺さるほどの視線を受けても、衛宮士郎は揺るがない。
その程度の悪意の視線、幾度と無く受けてきたし、その度に背負ってきた。助けたはずの人々から罵声と供に追い立てられるのに比べたら、敵から送られる憎悪など何の事は無い。
とりあえず、様子見も兼ねて衛宮士郎は声を掛けた。
「そう睨んでくれるな、気恥ずかしさで逃げ出したくなる」
「誘ったあなたがいいますか、それを」
「さて、確かに誘いをかけたがな、そこまで睨まれては、その気も失せると言うものだ」
「……別に構いませんよ。あなたがどうであれ、私がやる事は決まっていますから」
中々に刺々しい返事。理由は分からないが、既に悪感情を持たれている事ぐらいは容易に想像出来た。軽いやり取りの後、神裂は刀の柄に手を添える。
「一応名乗っておきますが、私の名前は神裂火織。そして『聖人』です」
あなたも魔術師なら、その意味が分かりますよね、と続ける神裂。衛宮士郎にとっては聞き慣れない単語であったが、神裂のその自信振りから、何か特殊な人間である事は判断がついた。
対して神裂は、『聖人』と言う情報に何の反応も示さない衛宮士郎をいぶかしみながらも、その言葉を続ける。
「魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが、どうでしょうか」
「それこそ、今更君がそれを聞くかね?」
「最後の確認です。こちらとしても、後味が悪い結末にはしたくないものですから」
衛宮士郎はそれに答えず、ふっと軽く鼻で笑うと、干将・莫耶を下げて構えた。最後通告にも応じず、交渉決裂と考えた神裂もそれに応じ、無言で刀を構える。
感情に任せて剣を振るうほど、神裂は素人ではない。先程まで感じていた憤りも静め、既にその心境は止水に至っている。
屋上の気温が一気に下がったのかと錯覚する程、張り詰められた空気。両者が睨み合い、息をつくことも許さぬ緊張感が辺りに走る。
瞬間、神裂の右手がブレて消えた。轟! という風の唸りと供に、何か真空波のような物が衛宮士郎に向かって襲い掛かる。
「…………っ!」
一瞬の煌きが夜空に映え、あたかも斬撃が飛んだかのような錯覚を覚えた。
コンクリートの床は裂け、屋上に設置されていたエアダクトの類が宙を舞う。神裂火織を中心として、円状にそれは広がっていった。目には見えない斬撃が、周囲のものを手当たり次第切り裂いていく。まるで嵐の如き蹂躙に、たちまち屋上は廃墟と化した。
何かに切り裂かれた勢いで、拳大のコンクリの塊が衛宮士郎に向かって次々と飛んでくるが、それら全てを打ち落とす。切り裂くのではなく、柄で、峰で、叩き落すようにして飛来物を粉々にした。振るう二刀は衛宮士郎に襲い掛かる障害物の、その悉くを切り伏せる。
大風でコンクリの粉塵が舞い起こり、落としきれない小さな礫が衛宮士郎にびしびしと当たった。
だが衛宮士郎は動かない。顔すら動かさず、眼だけで宙を走り、迫り来る何かを追う。そして攻撃を避けようとする代わりに、ちょうど斬撃が衛宮士郎に襲い掛かってきたタイミングで、何かを斬る様に数回ほど剣を振るった。
衛宮士郎が剣を振るうと、キン! と、何か張り詰めた糸が切れたかの如く、妙に甲高い金属音が辺りに響き渡る。そうして一陣の風が通り過ぎれば、そこには立ち位置の変わらぬ二人に、一瞬の間にぼろぼろになってしまった屋上。
しかし何故か、衛宮士郎の付近の床にだけは傷がない。その様子と、手に残った感覚から、神裂は苦い顔をして衛宮士郎を睨んだ。
「……『七閃』を、斬ったのですか」
「はて、何のことかな?」
神裂の疑問に、とぼけて答える衛宮士郎。だが神裂には分かっていた。この男があの出来事の間で神裂の技を見切り、切り伏せたのだという事を。
先程の神裂の攻撃、名を『七閃』と言う。神速の居合いにより、一瞬の内に七度の斬撃を繰り出す技。……ではなく、それと見せかけた動きの裏で七本の鋼糸を操り、敵を裂く事で相手の裏を突く技である。
左文字の銘を受け継ぐ名匠が作った国宝級の鋼糸を軽々と斬り裂いた事もそうだが、神裂は何より、初見で『七閃』を見切る衛宮士郎のその眼力を警戒した。銃弾の速度を遥かに越えたスピード、遥かに見えにくい細さの『七閃』を見切るなど、並みの魔術師では有得ない。
目の前の男も又、自分と同じ戦闘特化の魔術師であると確信する。だがこれ以上『七閃』を使っても仕方がないと判断するも、この男が神裂の真説たる『唯閃』に耐え得るほどの者かは分からない。
『唯閃』は間違いなく神裂火織をしての本気の一撃だ。『聖人』である神裂の能力が十全に発揮されるよう組まれた、最高の術式を持って放つ一撃。並みの人間では耐えられない、安易に放てば必ず死ぬ。
だがそれは駄目だ。神裂にとって、敵を殺す事はタブーであった。とある事情により、彼女は敵を殺す事を必要以上に忌避する癖がある。
殺めずに倒す、それが彼女の戦闘方法。ならばと、神裂は刀を抜き放った。『七閃』も『唯閃』使えないのならば、その高い身体能力で圧倒するまで。そう結論付けた神裂は、七天七刀を正眼に構え衛宮士郎へと斬りかかって行った。
対する衛宮士郎も、神裂の技量には舌を巻いていた。先程の『七閃』という技も、衛宮士郎の目ならば追えるものであったために何とか対処できたものの、敵の剣撃はそれ以上に重い。二刀故、手数はこちらが勝っているが。一撃の威力は神裂の方が遥かに強い。その『七閃』にも劣らぬ嵐のような連撃を、衛宮士郎は干将・莫耶を持って受け流し、時に受け止める。二人の剣閃が奏でる金属音は、常に途切れることなく辺りに響き渡った。もしも周りに誰か人がいたならば、誰もがこう思うであろう。とても、人の
両者が足を踏み込めば、地面にはその度にひびが入り、小さな破片が弾けた。元々、神裂の『七閃』で脆くなった屋上の床である。足が床を蹴る度に屋上は軽く陥没し、既に穴だらけの状況であった。互いに切り結び、文字通り火花を散らす衛宮士郎と神裂火織。その一振りが風を起こし、二振りで空を裂く。
成程、互角のように見える状況ではある。が、よく見れば衛宮士郎のほうが押されていた。打ち合う毎に散る火花が、暗闇の中で衛宮士郎の表情を照らす。衛宮士郎は平然とした顔をしているが、その身体は徐々に神裂の攻勢に押されていた。神裂の方はその華奢な体に見合わぬ豪腕さで、二メートルを超える日本刀を軽々と振るっている。
(純粋な剣の腕ならば、完全に相手が上手か……)
神裂と数合打ち合ってみて、衛宮士郎が抱いた感想がそれであった。間違いなく、剣の才能では上回られている。おそらく、純粋な身体能力にしても。
それを認識しながらも、それでも衛宮士郎は剣を振るった。衛宮士郎もここで引ける訳にもいかないし、元より引く気も無い。互いに負けられぬ
そして殆どにおいて劣る衛宮士郎が、唯一神裂に勝っている物があるとすれば、それは経験であった。
幾多の戦場に身を投じた膨大な戦闘経験と戦術理論に裏打ちされたその実力は、決して偽物ではない。心眼(真)すら持ち得た衛宮士郎の剣は、こと防御においては相当な固さを誇る。
神裂の剣がまさに才能の為せる、鋭く重い剛の剣であるとするならば、衛宮士郎のそれは二刀を以ってあらゆる攻撃を受け流すが故に、鋼の如き堅牢さを為す柔の剣。
剣の才能を感じこそさせなくとも、莫大な修練によって獲得したそれには、打ち合っている神裂にも素直に男に対する敬意を感じた。派手さは無くとも堅実なその剣は、神裂も嫌いではなかった。
だがそれとこれとは話が別。これで駄目ならさらに速度を上げるまでと、神裂は更に剣撃を激しくさせる。
そうしてついに、両者の剣閃は音の速さを超えた。普通ならば視認する事すら間々ならない一撃を、片や打ち込み、片や受け流しながら屋上で踊る。もはや完全に人の範疇を越えている両者の戦いは、それでも次第に激しさを増していった。
二人の戦いを俯瞰しながら、セイバーは妙な不安に襲われていた。別に衛宮士郎が負けそうだとか、そういった類の不安ではない。
彼女の心境に影を落としているのは、衛宮士郎のその戦い方。合いも変わらず自身の犠牲を気にしていない所は、あの頃から何も変わっていないのですねと、彼女は一人思い返す。
先程も上条を救うためだけに、衛宮士郎は格上の相手に対して挑発をして見せた。今だって、セイバーからしてみれば衛宮士郎はかなり危ない戦い方をしているのだ。
隙を敵にわざと晒し、相手の行動を逆に制限する戦法。年月が経ち外見が変わっても、根本は殆ど変わっていない事を実感させられる。それどころか力量が上がった分、抱えている歪みはさらに助長されているような気がしてならないのだ。
(このままではいずれ……)
神裂からしてみれば、まさかここまで相手に食い下がられるとは考えてもいなかった。『聖人』である自分とまともに打ち合えている衛宮士郎の技量には、本当に感心する。
それでも神裂は、自分が負けるとは微塵も思ってはいなかった。そう確信する理由は、先程から衛宮士郎との剣閃の合間に浮き出る致命的な隙。神裂の攻撃を受け切れていないのだろう、大きな隙が時折、衛宮士郎に出来ているのだ。
しかし、
(しかし、これでは……!!)
神裂は内心呻いていた。このままでは、その隙を突く事が出来ない。神裂が隙を突く事を躊躇う理由。それはその隙が大きすぎるが故に。
あまりにも致命的過ぎて、そこを突いたら衛宮士郎が致命傷を負ってしまう程の物であるせいで、あえて神裂にはそこを斬る事は出来なかった。敵を殺すために戦っているのではない神裂にとって、その隙は余りに無防備すぎたのだ。
しかもその隙だけは大きいくせに、衛宮士郎自身の技量が決して低いものでないから
だが、そう考えながらも打ち合う事数分、意外な形で決着は着く事となった。
「…………ッ」
「くっ!!」
一撃だけ、急に重い衝撃が神裂の腕に響く。余程力を込めたのか、今までの攻撃を上回る威力に思わず神裂は距離を取った。そのまますぐに詰め寄ろうとした神裂であったが、突如その動きが止まる。
「……何のつもりです?」
神裂の視線の先には、どうしてか剣を下げている衛宮士郎。腕を下ろし、厳しい目付きで神裂を見つめている。神裂とは一定の距離を保ちながらも、何故かその剣先からは敵意が薄れていた。
「何のつもりとはこちらの台詞だ、何故、私の隙を突かないのだ?」
「は?」
一体この男は何を言っているのか?予想外の男の台詞に、神裂はぽかんと口を空ける。そんな神裂の様子を観察しながら、衛宮士郎は言葉を続けた。
「何故、手を抜いているのかと聞いているのだ。君ほどの技量があれば、私を殺す隙など幾らでもあったと思うが」
「な、何を言っているのです!?」
「事実だろう。私を上回る実力を持っていながら、君は私を殺そうとはしていない。真剣勝負のこの場で、ああまであからさまに手を抜かれては、私とて気に入らん」
それとも私を弄んで、からかっているのかねと続ける衛宮士郎。神裂はぐうと言葉を飲み込むが、別に彼女は手を抜いていた訳ではない。神裂は衛宮士郎に、
そして衛宮士郎がその事に気付いたのは、彼の戦闘方法に原因があった。
元より彼には剣の才がない。弛まぬ鍛錬の果てに、今ではかつてのアーチャーに匹敵せん程の技量を手に入れた衛宮士郎ではある。が、勿論そこに辿り着くまでには相当な修練を必要としていた。格上の相手とも戦う事が多く、そういった敵には積極的に隙を突く事が厳しい。
それ故に衛宮士郎は、剣閃の合間にわざと致命的な隙を作る事で、そこに敵の攻撃を誘い込む事にしていた。そうしてあらかじめ自分の思い通りに敵を誘導する事で、逆に相手の動きを把握し、隙を作るという事を戦術としたのだ。
一つ間違えればそのまま死に直結しかねない、危険な賭け。歪み壊れた衛宮士郎だからこそ、積極的に取れる戦い方でもある。そしてそんな戦法を取っている衛宮士郎だからこそ理解する事が出来た。神裂が、わざと隙を突いていないという事に。
一回二回なら見逃しという事も有り得る。だがそれが、戦闘の間にずっと続けばどうだ? そもそもあれ程の技量を持ちながらも隙を見逃すという事態が、衛宮士郎には違和感を覚えさせていた。
そうして二刀を振るい隙を誘っている内に、その違和感は確信に変わる。この女は、わざと殺さないように剣を振るっている、と。それに気付いたからこそ、衛宮士郎は剣を止めたのだ。
「そもそも君には初めからおかしなところがあったな。当麻の前で刀を手放し、呆然としていたのも気になっていた」
「…………、」
続く追求に神裂は口を閉ざす。その様子を見ていた衛宮士郎は、いよいよ神裂の事を怪しんだ。
もしも今までの疑念全てが、彼女の性格や信念に関わってくるとするならば、そんな人間が幼い少女を狙うような真似をするのだろうか? それとも組織に命に従い、渋々この任に就いているだけなのか。
どちらにせよ彼女がこの一連の出来事に、私情を挟んでいることは間違いない。そう判断した衛宮士郎は、彼女に何か事情があるのかと、直接問い質す事にした。剣を下げ敵意も下げながら神裂に尋ねる。
「一応聞いておくが、何故インデックスを狙うのだ?」
よほど深刻な理由でもあるのかと言う衛宮士郎に、神裂は今度こそ耐えかね、ぐっと歯を食い縛り衛宮士郎を睨んだ。
「あなたこそ、何故インデックスを狙うのです!」
「何?」
「とぼけても無駄ですよ! あの高校生を拐かし、
まるで自分達はインデックスを守っているのだと言わんばかりの言い様に、衛宮士郎は眉を顰める。何か、互いに重大な勘違いをしているような気がするが、とりあえず今は相手の事情を量ることにした。
「……仮にそうだとしても、君らとて
わざと誤解させるような言い分を口にする事で、相手の反応を窺う衛宮士郎。そんな衛宮士郎の言葉に、神裂はその顔を歪ませた。そうしてぐっと拳を握りこむと、搾り出すような声を出す。
「……確かに、私達はインデックスを追っています。でも、それはっ! あの娘を助ける為です!! そうしないと、あの娘は死んでしまうからっ!!」
「……何だと?」
後半は殆ど叫ぶような形で、神裂は口を開いていた。その意外な告白に、衛宮士郎は目を見開く。
「私は彼女と同じ、
それなのにこうして今、彼女を追い回さなければいけないのが悔しくて仕方がないという、今にも血を吐きそうな様子で声を零す神裂。衛宮士郎は想定外の事態に驚いたが、何とか動揺を顔に出さずには済んだ。
衛宮士郎とて敵の事について、何の予想もしていなかった訳ではない。ただ、神裂の様子から、インデックスへの強襲には気が乗っていないのではないかとは考えてはいたが、まさか同僚だとは思いも寄らなかったのである。一緒に話を聞いていたセイバーも、思い掛けない真実に驚愕しているようであった。とにかく、今はその話を詳しく聞かなければならない。嘘の可能性も否定出来ないのだが、やはり話を聞かない事には始まらなかった。相手が再び口を開く前に、衛宮士郎は神裂に事情を問いただす。
「待て、詳しく説明しろ。どうして同僚が彼女を狙うのだ? それにその話が本当ならば、何故インデックスが同僚から逃げる必要がある?」
「……いいでしょう。この際、全て説明してあげましょう」
あの少年にも説明した事ですからと神裂は続け、そうして静かに彼女達の事情を語り始めたのだった。
11000字ちょい
いや、改訂作業で何が辛いかって、昔(?)の自分の文章を見ていると、PCの画面を叩き割りたくなる事ですよ
あまりの拙さに顔から火が出そうです
まあ、一巻分もそろそろなので、仕上げに向かってがんばります。