言い訳のしようがございませんです。
実質二週間ぶりといっても過言ではありませんが、私はちゃんといきてます。
失踪だけはしないので、これからもよろしくお願いします。
「………………」
衛宮士郎は、上条が入院している病院の病室で一人、静かに本を読んでいた。先程までインデックスも一緒にいたのだが、彼女は小萌先生と一緒に昼食を摂りに行っている。衛宮士郎が今読んでいるのは、脳医学に関する本だ。ネットもフルに活用し、出来うる限りの脳――――特に記憶の分野に関する情報を掻き集めた衛宮士郎は、それを殆ど休むことなく読み続けていた。
『――――やはり、おかしいな』
『何がおかしいのです、シロウ?』
読み終えた本を閉じて、そう呟いた衛宮士郎にセイバーが尋ねる。衛宮士郎は一旦本を脇に置くと、彼がインデックスの記憶に関する説明に覚えた違和感を語り始めた。
『神裂たちが言うには、インデックスは完全記憶能力を持っていて、それを利用して多くの魔道書を丸ごと記憶しているという話だったな。そして、その魔道書の記憶に脳の八十五%を使用しているがために、記憶が一年しかもたないと』
『ええ、そうです。だから彼女は脳が色んな情報でパンクしないうちに、一年周期で記憶を消す必要があるという話でしたが――――、』
それが一体どうしたのです? と続けるセイバーに、衛宮士郎は本の山から一つの医学書を引っ張り出しながら答える。
『妙だとは思はないか? 完全記憶能力は確かに非常に珍しい性質だが、何もこの世でインデックス一人という訳ではあるまい。彼らが皆、一年分の記憶を保管するのに脳の15%も使っているとするならば、一体インデックス以外の完全記憶能力者はどうやって生活しているというのだ? 一年で15%なら、七年も生きればパンクしてしまうはずだろう。完全記憶能力を持つ人間が、そんなに短命だなんて事はどの文献にも書いてはいない』
衛宮士郎の意見に、セイバーはひとしきり考えを巡らしてから、ふむと口を開いた。
『……確かに矛盾が生じます。完全記憶能力とやらが本当にそこまで絶望的な能力ならば、インデックス以外の彼らはどうやって何十年も生きているのでしょうか? ……それより、科学に疎いはずのカンザキたちは、一体誰から八十五%なんて聞いたのでしょうか?』
『きな臭くなってきたな……』
衛宮士郎は引っ張り出した本のページを捲りながら、そう言葉を漏らす。そして目的のページを見つけ出したのか、本を見開いて膝の上に置いた。
『見ろ、セイバー。ここには「人間の脳は一四〇年分の記憶が可能」だと書いてある。そして言葉や知識を司る記憶と、思い出を司る記憶が別物だという事もな』
『つまり、いくら知識を詰め込んだところで、それが要因で思い出が圧迫されるなんて事はありえない、と?』
『そういう事だ』
セイバーが自分なりに意見を纏めれば、衛宮士郎はそれに同意で返す。そのまま再び本を片付けながら、今度は衛宮士郎からセイバーに問い掛けた。
『では、どうしてインデックスは一年しか記憶が持たないのだと思う?』
『……まさか、何らかの外的要因が関わっているのではないでしょうか?』
『それ以外に無いだろう。これオレの推測だが、インデックス自体に何らかの魔術的な拘束を掛けているのではないかと思うのだ。いくらなんでも、一年は短過ぎると言わざるを得ない』
インデックスが魔術側の人間である以上、科学を使って記憶を制限されている可能性は低い。そして科学的に制限が掛けられているならまだしも、魔術によって制限が掛かっているのならば、衛宮士郎にも手の出しようがあるのだ。
一旦、周囲を確かめるようにして見渡した衛宮士郎は、まずは監視カメラの有無を確認する。流石に病室だからか、あからさまな監視カメラは無かったが、それでも油断は禁物。衛宮士郎は服の内側などを利用して、出来るだけ人目につかないようにしてから彼の内面へと意識を向けた。
こういう時に役に立つものを、衛宮士郎は知っている。対魔術としては、これ以上に無いほどの代物。それを思いつくのに、彼の内側に登録してある剣群からわざわざ
「
小声で、ぼそりと呟くようにして呪を紡げば、そこにあるのは歪んだ形をしたナイフ。契約破りの短剣。裏切りの魔女の象徴。
『
見覚えのある小さな剣に、セイバーは確かめるようにその真名を口にする。そして投影した短剣を懐に注意深くしまい込む衛宮士郎に向かって、一応ながら問い掛けた。
『それを、インデックスに使うのですか? こちらの解呪の魔術が相手方に効くとは限りませんが……』
『その事は当麻で確認済みだ。当麻の
まあ推測だがなと付け加える衛宮士郎だが、もしこれでインデックスに掛けられた何らかの魔術を解くことが出来るのならそれに越した事は無い。そんな事を考えながら、セイバーと二人でインデックスの帰りを待つのであった。
『――――で、駄目でしたと』
『…………何故だろうな』
どことなく肩を落として語る衛宮士郎の声は――低い。
結果から言えば、衛宮士郎の試みは全て徒労に終わってしまった。インデックスを呼び寄せてから、試したい事があると言って『
当然、衛宮士郎が何をしているのか分からないインデックスは、終始はてなマークを頭から浮かべていた。何をしたのかと彼女にしつこく尋ねられたが、衛宮士郎はそれをのらりくらりとかわし、どうにか矛先を逸らしていたのだ。まあ、実際に宝具が発動したわけでもなく、尚且つインデックスには見えないように後ろから使ったので、彼女に『
結局、何の成果も得る事はなく、衛宮士郎はとりあえずインデックスを置いて病室を出た。そうして病院の休憩室にて適当な椅子に腰掛けると、再びセイバーと衛宮士郎の二人でその原因を追究することにしたのだ。
『しかし、一体何故反応しなかったのでしょう? やはり『
『それもそうかもしれんが、もしかしたら他に原因があるかもしれないな』
『宝具以外の要因と言うと、そもそもインデックスに魔術が掛かっていないという可能性もありますね』
『そうだな、よくよく考えてみれば『
セイバーの言葉に、衛宮士郎が先日の出来事を思い出しながら答える。小萌先生のアパートであの二人が騒いでいた時も、確かに上条の右手は何の反応も示してはいなかった。あの取っ組み合いで、上条の右手がインデックスに触れていないはずがないのに。それから考えると、そもそもインデックスには魔術が掛かっていないという可能性もありうるのだ。
『だが、魔術以外が原因となると……』
『科学的に何か問題があるということかもしれませんね。 実はインデックスは完全記憶能力の他に何か脳に障害を持っている、とか』
もっと根本的な、彼女自身の脳の構造上の問題もありえます、と続けるセイバー。衛宮士郎もそれに賛同するように頷いた。
『もしくは先天的なものでなく、意図的にそういった障害を引き起こさせたかだな』
『……意図的に、ですか』
『向こう側に科学に精通している奴がいないとも限らない。科学的に記憶障害を引き起こす事だって、不可能ではないだろう?』
衛宮士郎はそう話すが、その顔は厳しい。だって科学にしろ魔術にしろ、人の脳を勝手に弄繰り回すなど人権侵害などというレベルではない。衛宮士郎が憤りを覚えるのも、無理も無い話であった。
それは勿論、セイバーとて同様だ。彼女は弱き民衆の為に、その剣を振るった王。その彼女がそんな暴挙を許せるはずも無い。
『……このまま、インデックスを必要悪の教会に返してしまうのは危険ではないでしょうか。私には、それが彼女の為になるとは思えません』
セイバーはそう口を開くが、衛宮士郎は首を横に振った。
『だとしても、今彼女を匿うのは早計だ。せめて記憶の事をどうにかしなくては……』
『記憶障害の原因がもしも科学的なものであるとするならば、この学園都市ならば治療する事も可能なのではないでしょうか? 脳についての研究も進んでいるはずです』
『……俺には現状、研究者への伝が無い。せめて当麻から小萌先生に言ってくれればいいが』
『インデックス自身を説得する必要もありますね』
二人は既に、インデックスの記憶障害の原因が科学的なものではないかと考えを固めていた。『
『問題は時間だな。インデックスに残された
『では、インデックスは……』
『――――正直、今回は諦める必要があるかもしれない。まあ、専門的なことはよくわからないが』
残念そうな顔をする衛宮士郎だが、彼の正義の味方としての本質はあくまで『命』の救済だ。それに『心』は含まれておらず、故に衛宮士郎はインデックスの落命の危険性をなくすことを最優先とする。今回の記憶消去は防ぐ事が出来ずとも、次回にそれが起こらなければ、記憶をわざわざ消去する必要がなくなればそれでいい。それが今の衛宮士郎のスタンスだった。
『しかし、それではトウマは……』
『納得しないだろう。あいつは、どうにかしてインデックスを助けようとあがくに決まっている』
まあ、それが当麻の美点でもあるのだけどなとクククと笑いながら言う衛宮士郎に、セイバーは呆れたように返す。
『シロウは随分とトウマを買っているのですね。それとも何か思う所でもあるのですか?』
『…………さて、な。オレ自身、なんでここまで当麻に惹かれているのやら』
相変わらず口の端に笑みを浮かべている衛宮士郎だが、上条当麻が妙な魅力を持っているのは確かだった。ここ少しの間を共に過ごしたが、上条には人を惹き付ける何かがあると衛宮士郎は思っていた。彼を見ていると自然と周りに人が集まってくる、何故かそんな気がするのだ。
そしてそれだけに、衛宮士郎はどうにかしてインデックスを救ってみせたかった。上条がインデックスを助けたいと望むなら、衛宮士郎とて協力は惜しまない。勿論インデックス自身のためでもあるが、そのためにだって今は色々と調べているのだ。セイバーも衛宮士郎も、人を助ける事が生き甲斐の様な人間である。上条やインデックスのために一日中動き回りながらも、その上条は目覚めぬままに再び一日が過ぎたのだった。
そして次の日。
インデックスの記憶の限界である七月二十七日になった。
衛宮士郎は、インデックス自身には神裂の事や記憶のリミットの事などを一切伝えてはいない。必要もないし、むやみに混乱させるわけにもいくまいとの考えからであった。何よりその方が、インデックスだけでなく神裂たちにとっても都合が良いはずである。
言ってしまえば衛宮士郎はもう、インデックスの今回の記憶については諦めていたのだ。原因も分からないし、時間もない。ならば一旦リセットされたあとで、時間を掛けて治療すれば良いという事。
ただ、命さえ助かればそれでいいと考えている衛宮士郎にとって、心残りなのは上条のことだ。今日の内に上条が目を覚まさなければ、次に彼がインデックスに会った時は全てが終わった後なのである。それでは、あまりに酷いではないか。
この三日間、インデックスは甲斐甲斐しく上条の世話をしていたといってもいい。濡れたタオルで汗を拭き、身体をぬぐう。面会可能な時間のギリギリまで、彼女は病院で粘っていた。
それだけ上条に懐いていたインデックスが目の前から消え、その記憶にすら残らない。ならばせめて、別れの時間ぐらいは用意してやりたいと思うのが人の情だ。眠り続ける上条を前に、衛宮士郎も歯噛みしていた。
(いつまで寝ている気だ、当麻。このままでは、何もかもが終わってしまうぞッ――――!)
インデックスも不安そうに見つめてはいるが、上条は一向に起きる気配がない。医者の話では長くて三日ということなので、そろそろ起きるはずなのだが……。
「……………………、」
衛宮士郎は無言のままで、意識を取り戻さない上条をじっと見つめていた。
既に昼前だ。
インデックスに残された時間は――――少ない。
このまま日が過ぎれば、やがて夜になり、インデックスは記憶を失う。そのまま二度と、上条当麻とインデックスが会うことは無いはずだ。衛宮士郎も上条には早く目覚めて欲しいとは願ってはいるものの、こればかりはどうしようもない。
そうしてそのまま時は過ぎ、いつの間にか正午になってしまったので、衛宮士郎は昼ごはんを買いに行くことになった。上条のことはインデックスに任せ、食品を求めて病院の近くを歩き回る。あまり時間を掛けるわけにもいかないので、衛宮士郎はコンビニで適当に物を買った。
気まぐれで煙草も買ったので、病院に入る前に一服する。衛宮士郎は自分が以前タバコを吸ったのは、もう随分と前のような気がしていた。箱の裏をトントンと叩き、タバコの中身を詰める。封を空けると、タバコ特有の香りが鼻をついた。手初めに吸った一本は、喫煙自体が久しぶりなせいか、衛宮士郎に軽いヤニ酔いを覚えさせる。
『シロウ、あまり吸いすぎると口と服に臭いが残りますが……』
『わかっているさ。ほどほどに吸ったらガムでも噛むよ』
心なしかジト目で見つめているような気がするセイバーの声に、衛宮士郎は苦笑した。彼女の時代にタバコがあったかどうかは知らないが、あったならばきっと玉座で苦い顔をしていたに違いない。まあ円卓の騎士達が喫煙をしながら会議しているなんて、全く想像も出来ないが。
そうして衛宮士郎は二本ほどタバコを吸い終わると、病院の中へ入ろうとして、
「………………む?」
ちょうど目の前の歩道の先から、一組の男女がこちらに歩いてくるのが見えた。神父に剣士という非常に目立つ二人組み。当然、ステイル=マグヌスと神裂火織のことである。普通ならばとても人目を引きそうな組み合わせであるはずなのだが、何らかの魔術を使っているのか周囲の視線は彼らの方を向いてはいなかった。そうしてそのまま、病院の入り口――――つまり、衛宮士郎がいる方へと近づいてくる。
「出迎えとは恐れ入るね」
「……客人を招いた記憶は無いがな。一体何の用だ?」
ステイルが薄笑いを浮かべながら近寄ってくるのに対し、衛宮士郎のそれはそっけなかった。念のために二人を警戒しながら、わざわざ病院にやってきた理由を問う。
「何の用といわれましても、あの少年が目覚めたようなので、私たちからも色々と釘を刺しておきたかったのですが」
「なに?」
上条が目を覚ましたというニュースは、衛宮士郎にとっては初耳であった。どうやら衛宮士郎が出かけている間に目を覚ましたらしいが、神裂たちがその情報をより早く掴んでいたという事はつまり、
(病院を見張っていたか、それとも
どちらにせよ、あまり気分のいいものではない。神裂たちと学園都市が繋がっている可能性は以前から考えてはいたが、確かに病院側にも不審な点があった。ただ、まさかここまでとは思っていなかったのだ。ともすれば、一体どこから情報が漏れるのか油断も隙も無い。
「出来れば、きみに案内して貰えるとありがたいのだけどね」
そんな衛宮士郎の心情を知ってか知らずか、ステイルはそう提案してきた。よく見ればその笑みが若干引きつっているのは、上条だけでなく衛宮士郎にまでも撃破されたのが尾を引いているのか。
「別に構わんがね、一体どう当麻に釘を指すというのだ?」
「危害を加えるつもりはありません。ただタイムリミットが迫っていることを知らせて、逃げ場が既に無い事を教えるだけです」
「ついでにインデックスの様子も見ておきたい、か?」
「…………否定はしませんよ。あの子の事が心配なのは確かですから」
目を伏せて話す神裂に、衛宮士郎は問いを一つ投げかける。
「聞くが、インデックスの記憶の事は誰に聞いたのだ?」
「記憶の事? あの子の記憶が一年しか保てないことですか?」
「いや、インデックスが脳の15%しか使えないということだ」
「……それが一体どうしたというのです。あなたには関係の無い話では」
「なに、その情報は本当に真実なのかと思ってね」
「まどろっこしいな。一体何が言いたいんだい?」
回りくどく話す衛宮士郎に、ステイルが苛立たしげに聞き返した。ただでさえインデックスのことでピリピリしているのに、ここで衛宮士郎にこんな言い方をされればいらいらも増す。神裂も衛宮士郎の言葉に眉を顰めながら、その顔をいぶかしげな目で見つめていた。そんな二人の様子に、衛宮士郎はため息を吐きながら、その口を開く。
「人間の脳はそんなに柔ではないという事だ。先日の神裂の説明にしろ、矛盾点も多すぎる」
そんな風に語り始めた衛宮士郎は、神裂たちにこの二日で彼が調べ上げた事を説明した。つまり、完全記憶能力に対する神裂の説明の矛盾。人間本来の持つ脳の容量の大きさ。なにより、インデックスの記憶が一年しか持たないのは幾らなんでも妙だという事。そうして衛宮士郎の話が進むに連れて、神裂たちの纏う雰囲気も堅くなっていく。
「――――――魔術方面に関しては、君らがインデックスを調べたのだろう? だから、科学側からアプローチ出来ないものかと私は考えているのだが……――――」
「――――それには及びません」
「……なんだと?」
衛宮士郎がそうやって説明していると、突然、神裂がその言葉を途中で止めた。声は鋭く、目には静かな怒りを湛えている。
「それには及ばないと言ったのです。あなたの話は、信じるに値しない」
「…………」
「そもそもきみは、自分の話が信用して貰えるとでも思っていたのかい? あれだけ僕らと敵対しておいて?」
ステイルもまた、神裂の言葉に被せる様にして衛宮士郎を睨み付けた。衛宮士郎をその目で射止めながら、神裂は話を続ける。
「そして、あなたの言うことが真実だという保障はどこにもありません。――――確かに、私たちも一時期はそういったことを考えていたこともありましたが」
正直な話、魔術側に出来なかった事が科学側に出来る筈がないという自負があると神裂は言った。インデックスが科学に犯される姿を見たくないとも。
「なにより私たちは今までずっと、そうやってあの子を守り続けてきました。それを今更、科学側に任せろと言うのですか?」
「つまり、お前達は……」
衛宮士郎がじろりと二人を見つめると、ステイルはその視線を真正面から受け止めながら答える。あくまで真っ直ぐに、彼らなりにインデックスのためを思って。
「ああそうだとも。僕らはあの子を科学側に任せる気なんて一切無い。なにより、そんなものをこちら側は望んでいない」
そうしてはっきりと、目の前の魔術師達は断言した。可能性があるかもしれないのに、たとえ蜘蛛の糸ほど細くとも、そこには確かにインデックスが助かる可能性が存在するのに。それを捨てると断言した。訳の分からぬものに任せるくらいなら、このまま自分達で記憶を消去し続けた方がよいと。
「――……所詮、骨の髄まで魔術師だったというだけの話か」
そんな二人の態度に、衛宮士郎は吐き捨てるように口を開いた。元の世界と魔術師達とは違うかもしれないと思っていたのに、あれだけ仲間のためにその身を削れるのなら、もしかしたらと思っていたのに。
確かに彼らは
その事が、衛宮士郎には許せなかった。立てた誓いを折るなんて、自分の道を違えるなんて。まるで、自分の理想に押しつぶされたあの男のようではないか。
その場では三人の間の空気が、一気に数度も下がったような感覚を覚えさせた。殺気、怒気、嫌気。様々な種類の思惑が、三人の間でぐるぐると渦巻く。そうして待つ事数分、
最初に口を開いたのは衛宮士郎であった。
「……お前達の考えている事はよく分かった。さあ、さっさと当麻の病室に行けばいい。受付で聞けば、部屋の番号ぐらいは教えてもらえるだろうよ」
「それで、あなたも私たちの邪魔をするつもりですか? みすみすあの子を危険な目にあわせると?」
「現時点ではどうしようともおもっていないさ。インデックスには時間がないのも確かだからな」
「どこまで、本当やらね……」
衛宮士郎の言葉に、ステイルは鼻をふんと鳴らしながら、神裂は無言で病院の中に入っていった。おそらく、そのまま上条の病室へと向かうのだろう。その背を見ながら、衛宮士郎はタバコをしまったのだった。
『予想以上に、相手も頑なでしたね』
『てっきり、インデックスを助ける為ならなんでもするような気がしていたが』
一部始終を黙って聞いていたセイバーに、衛宮士郎は言葉を返す。あの二人が上条の部屋を訪れ終わった後に、衛宮士郎はその病室に戻るつもりであった。近くのベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったおにぎりを食べながら衛宮士郎はセイバーと今後の事を話し合う。
『それで、どうするのです? 向こう側は全く協力してくれそうな気配はありませんでしたが……』
『とりあえず、インデックスの記憶が一年しか持たないことは、彼女の完全記憶能力以外の何かが原因である事とは確かだ。それは間違いないだろう』
『そうですね。問題はそれが魔術的なものか、科学的なものかですが』
『――――さらうか』
『は?』
突然衛宮士郎の口から漏れてきた物騒な言葉に、セイバーは一瞬固まってしまった。一体何を言っているのかと驚いたセイバーは、ことの真意を衛宮士郎に再び聞き返す。
『な、何を言っているのですシロウ? インデックスを、……さらう!?』
『記憶の処理が終わった後でな。そうすれば、彼女の制限時間も一年延びる。その間に、科学側から治療できればそれがいいのではないかと思ったのだが……』
『いくらなんでも暴論過ぎませんか? それに先程シロウは自分で言っていたではないですか、自分には科学者たちへの伝がないと』
妙な事を言い出した衛宮士郎をセイバーは慌てて止めるが、衛宮士郎自身はそれをそれほど暴論だとは思ってはいない。むしろ、上条や小萌先生の協力如何では十分に実現可能なことだと思っていた。
『しかしセイバー、これ以外に上等な案はあるか? あの魔術師たちの説得など、少なくとも俺には不可能だと思うぞ』
『ですが……』
それでも実現性は薄いですよと、セイバーは言葉を続ける。なにより、そのインデックスをさらうというのも一苦労以上の手間が掛かるのだ。相手は神裂火織にステイル=マグヌス、下手をすればそれ以上を相手取らなくてはならないかもしれない。幾ら衛宮士郎でもそれらを同時に、しかもインデックスをさらうという事を念頭に入れて動くのは相当辛いはずだ。だが現状、他にどうしようもないという話でもある。
そうして二人で頭を悩ませていると、しばらくして神裂とステイルが病院から出て行くのが見えた。どうやら、上条との面会は終わったらしい。二人は衛宮士郎に気付いていないのか、こちらを向くことなく街の雑踏へと消えていった。
『……戻るか』
『そうですね。トウマがあの二人に何を言われたのかという事も気になりますし』
遠目で見る限りは、二人の様子に変わったものは無かった。だが、彼らは心から安心したに違いないのだ。インデックスの無事を喜び、本当ならばずっと傍にいてやりたいのかもしれない。
衛宮士郎も彼らについてはとやかく言ったが、彼らがその気持ちを抑えに抑えて、インデックスとあくまで敵として接する精神力は素直に評価していた。そんな芸当は、よほど彼女を大切に思っていなければ出来る事ではない。しかしだからこそ、衛宮士郎は彼らが一抹の可能性を捨ててしまった事が気に食わないのだが。
その後も衛宮士郎とセイバーは上条の病室に戻るまでの少しの間に色々と話し合ったが、結局結論を出せないままに、二人はそのドアを開けたのだった。
10000弱
個人的には今回でおわりかな? とか思ってたのに。色々かいてたら予想以上に分量が増えました。
※追記
最近、キャラブレについての感想や御意見を頂く事が多くなりました。
自分の力不足を実感する次第であります。
もっと深く原作を読み込むことは勿論、出来る限り作品の向上に勤めさせていただきます。
つきましては、違和感を覚えた所について、メッセージで送っていただければ参考にします。
全てを取り入れるというわけには行きませんが、どんな厳しい言葉でも励みにしますのでよろしくお願いします。