なんか毎回謝ってるような気がしますが、気のせいじゃないですね
超電磁砲の二期が始まる前に投稿出来たらなどとぼんやり考えてましたが、結局ここまでずれ込んでしまいました
今後ともどうかよろしくお願いいたします
上条当麻は記憶喪失だ。魔術によってエピソード記憶というものをそっくりそのまま破壊されてしまったせいで、今までの思い出など何一つ思い出せない。それは言うまでもなく、様々な場所に影響が出るわけで……。
(……ど、どこに何があるのかさっぱりわかんねぇ!)
上条が病院を退院し、自分の寮の部屋に戻ってきて最初に感じたのがそれだった。病院から寮までの道は、同居人らしい二人の横を並んで歩くことでどうにかなったのだ。――――だが問題はその後。道中も目を皿のようにして辺りを見渡して地理を頭に叩き込んでいた上条だが、家ではさらに立ち回りを気にしないといけないのである。
何しろ周囲には『実は記憶喪失でなかった』といった風で振舞っているのだ。上条が記憶喪失であることを勘付かせない様、他人に違和感を覚えさせることなく生活しなくてはいけない。
(っつてもなー……どうしたもんかね実際)
正直かなり厳しいのではないかと、上条は今更ながら感じていた。だって生活用品の場所や、果ては口座の暗証番号すら思い出すことができない現状なのだ。自分がどこの学校に通っているのか、というかそもそも何歳なのか、どういうサイクルで日々を過ごしていたのか。およそ生活史と言えるものを、全て失ってしまっているのである。誰がどう考えたって、日常生活に支障を来たさない訳がない――――
――――はずだったのだが。結論から言ってしまえば、実はどうにかなった。どうやら同居人の一人である衛宮士郎という男性(そもそも上条は何故彼と同居しているのかさえ知らないが)、相当に家事が得意であるらしい。上条が病み上がりだからという理由で、家事全般を一手に引き受けてくれたのだ。
おかげで上条は衛宮士郎の様子を観察することで、少なくとも自分の家に何があるのかはほとんど全て把握することが出来た。自分自身の情報についても、学生証やらなんやらで確認済み。流石に交友関係までは理解することは出来なかったが、おおよそ一日で必要な情報を集めることが出来たのであった。
――――――当然、それらは全て偶然ではない。わざと上条に見せつける様に家事を行ったのは衛宮士郎であるし、それとなく上条の自己確認に役立つものを事前に一箇所に纏めておいたのも衛宮士郎だ。要は上条の記憶喪失のサポートを、彼に気づかれないようにさりげなく行っていたのである。
衛宮士郎は上条当麻が記憶喪失になった事を聞いた時、しばらくの間は学園都市で生活する事を自身の心の中で決めていた。上条の記憶喪失に責任を感じているという点もあるし、学園都市自体をもっとよく知る必要があると考えた末の措置だ。そしてなにより、衛宮士郎自身が上条当麻の在り方に興味を持ったのが大きい。自己犠牲かなんなのかは知らないが、あって数日の見知らぬ少女に命を懸ける人間がどこにいる? 少なくとも衛宮士郎はそういう人間を知らない。……自分以外は。
上条の行動力、そしてその源に興味を持った、いや、惹かれたといっても過言ではなかった。そしてそれは、衛宮士郎が学園都市に留まることを決意するには十分な理由になったのだ。
……だが衛宮士郎は、自分がそういう選択をしたという事の違和感に気づいていない。衛宮士郎が目指すのはいつでも正義の味方であり、彼にとっての正義は偏に人の命を救うことである。そんな彼が、救った後の命を気に懸け、そしてその場に留まった。
以前の彼なら、上条を救ったなら場もそこそこに立ち去って、戦場にでも立ち去っていっただろう。しかし残った。彼は残ったのである。衛宮士郎を良く知るもの、たとえば遠坂凛などがその場にいたら、その微かな変化に驚愕していたことだろう。
確かにセイバーも衛宮士郎を良く知る人物の一人だ。だが彼女が知っているのはあくまで聖杯戦争当時の、まだ日本にいた頃の衛宮士郎である。時計塔に渡った後、世界各地の戦争に首を突っ込んでいた今の衛宮士郎を、セイバーは知らない。
月詠小萌のアパートでインデックスを介抱してから、まだそれほど日数がたっているわけでもなく、あの時は色々とごたごたしていたせいで互いの話も聞いていなかったのだ。そんなセイバーでは、今の衛宮士郎の違和感に気づくことは出来ないであろう。
衛宮士郎の選択を半ば当然のこととして受け取ったセイバーは、上条が退院した日に一つだけ彼に尋ねた。
『これからどうするのです? トウマは退院しましたが……』
『……しばらく学園都市で様子を見ようと思う。当麻の事もそうだが、こっちの世界は向こうとだいぶ勝手が違うからな』
『そうですか……』
セイバーは、いつまで衛宮士郎が学園都市にいるつもりかまでは尋ねない。聞く気がないわけではないが、今はまだ、という彼女なりの選択だ。聖杯戦争の時から気になっていた、衛宮士郎の在り方。その在り方をセイバーが見ない間にどう変化したのか彼女自身が確かめる時間が欲しかったというのもあるが、それ以上に彼女としては上条とインデックスに関心があった。正確には、彼らが衛宮士郎に与える影響が。
常に身近にいるからわかるのだ。衛宮士郎が自分のこと以上に、どれほど二人に気をかけていることか。いやむしろ、気をかけるというよりは異変を悟らせないようにするという感じ。その点ではある意味、聖杯戦争時の衛宮家の状態に似ているかもしれない。あの時も、衛宮士郎は自分の家族に、非日常を感じ取らせないように尽力していた。
……それが上手くいっていたかはさておいて、衛宮士郎が家族というほどではないにしろ、常人以上に彼らを気にかけているのは事実である。それならば衛宮士郎がここに留まることを咎める様な事をするつもりも毛頭ない。この世界に於いてその存在自体がイレギュラーなのは衛宮士郎もセイバーも同じであるが、そもそも元の世界であってもセイバーの存在は異端だ。そんなセイバーが今の時点では、衛宮士郎の道行きに口を挟むつもりはなかった。
――――どの道、今は二人とも学園都市を離れるわけにはいかなくなってしまっている。セイバーは衛宮士郎が学園都市縛り付けられざるをえなくなった出来事のことを思い返し、顔を曇らせるのであった。
それは上条当麻が入院した次の日の夜の事である。第七学区という主に学生が住んでいる区間で衛宮士郎のような大の大人が日中からうろうろしているのは、学園都市の監視以前にそれなりに人目を引きやすい。そんな衛宮士郎はその日も夜の内に学園都市を、というか主に人気がなく、病院からも離れた場所を歩いて回っていた。
上条の様態は脳のことは勿論だが、それと同じかそれ以上に体も当然傷だらけであったので、流石に数日入院することになっていたのだ。インデックスは病院の面会時間が終わった時点で、修理された上条の学生寮に戻っていた。
学生寮は先日ステイルが襲撃してきた時に確かに火の手が挙がったが、正直かなり部分的なものであったし上条の部屋自体は無傷なので、既に火事の跡が残らないほど修繕されてる。
それに対してインデックスによって半壊した月詠小萌の部屋は、衛宮士郎が修理しようと思えば出来たが、色々と人目に付くのでそのままであった。応急措置として一緒にブルーシートで壁を塞ぐ様は衛宮士郎をして非常に申し訳ない気持ちにさせたが、如何する事も出来ないのでせめて部屋を整頓する事くらいしか出来ない。
そしてこの日の出来事も、元を辿ればそれが――――あの七月二十八日の事件が原因なのだった。
ゆったりとした足取りで、しかし周囲に目を光らせながらビル郡の裏路地を歩く衛宮士郎。首をあちこちに傾けながら何かを探しているようにも見えるが、目当てのものがなかなか見つからないのか、その足は一向に止まる気配がない。そうしてしばらく歩いたところで、衛宮士郎は壁に手を当てその動きを止めた。両手をビルの壁に当てたまま、じっと考え込むようにして目を瞑っている。
……その時、衛宮士郎の背後、いや、路地の両サイドから微かな物音がした。まるでパソコンが出すような、ファンが高速回転しているかの如き駆動音。ともすれば夜の静けさに吸い込まれてしまうほどの、小さな小さな駆動音。
『シロウ……、両側から何かが来てます』
持ち前の直感も併せて、音に気付いたセイバーが衛宮士郎に警告を発した。衛宮士郎も目を開け、壁から手を離して路地の奥を見据える。
「…………誰かは知らんが、姿を現したらどうだ。 鼠の様にこそこそと隠れて人を見ているなど、あまりいい趣味とは思えんな」
衛宮士郎の声に、しばらくの間が空く。たっぷり三十秒以上経っただろうか、やがて奥から、あの小さな機械音とともに黒い人影が姿を現した。片側に二人ずつ、両サイド合わせて四人の影を確認する。そしてその姿を目にした衛宮士郎は軽く息を吐くと、ははと薄く笑いながら口を開いた。
「…………まるでSFだな、学園都市の技術というものは」
そう、路地の奥から姿を現したのはただの人ではない。人よりも一回り大きな、全身を妙な機械で覆った黒い影。いわゆるパワードスーツ、学園都市で言う駆動鎧を着こなした集団であった。学園都市が元の世界では考えられないほどの技術力を持っていることは衛宮士郎とて重々承知の上であったが、重い機械で身を包んでいるにもかかわらず完全に人と同等かそれ以上のスムーズな動き、耳を済ませなければ聞こえないほどの駆動音など、ここまでくれば驚きを隠す暇もなく、素直に感心してしまう。
そんな衛宮士郎の元に、じりじりと近づく駆動鎧。よく見れば両サイドに四体いるだけでなく、その奥にも倍以上の数の駆動鎧の姿が見えた。ちらりと上を見上げれば、そこに見えるのは真夏の星空ではなく、いつの間にか現れた小型のヘリのようなものがビルの合間を浮いている。
「これは流石に相手に出来んな……」
四方を敵に囲まれている今の状況を把握した衛宮士郎は、以外にも一切の抵抗の色を見せずにあっさりとその両手を上げた。
「そら、降参だ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」
「………………」
駆動鎧達の沈黙を気にせず、勝手に手を上げて頭の後ろで手を組む衛宮士郎。駆動鎧たちは少しの間その様子をじっと見つめていたが、やがて両側から衛宮士郎を挟んだまま、黙って路地の奥に向かって歩き始めた。
「……これはついて来いということか?」
衛宮士郎の疑問にも、駆動鎧たちは答える気配はない。両側の駆動鎧たちが歩き始めたので、その間で挟まれている衛宮士郎も自然とそれに合わせてついていかざるを得なかった。手を組んだまま、衛宮士郎は駆動鎧たちの動きに合わせて足を進める。どこへ向かっているのか衛宮士郎には検討もつかないが、この集団が何か目的があって動いているのは当然の話。
そうして駆動鎧のうしろを歩きながら、衛宮士郎はセイバーと現状について言葉を交わしていた。
『上手い具合に捕まりましたね、シロウ』
『さて、な…… まあ、最悪の展開でなかっただけマシというものか』
そんな事を言う衛宮士郎だが、実はこの展開はある程度予想できたものであり、彼らにとってはどちらかといえば良い方に当たるのであった。
――――既に衛宮士郎が学園都市にきて、一週間以上が経過していた。その間、学園都市をつぶさに観察していた衛宮士郎はもう理解している。いかに学園都市が堅牢か、いかにその警備が厳重か。
インデックスの件から、この世界の魔術師でさえここで『騒動』を起こすには、学園都市の許可が必要だということも分かった。そして先日の一件で暴れた衛宮士郎が、そんな学園都市に補足されていない訳がないのだ。
いくら彼が周囲に気をつけようが、それはあくまで元の世界の常識を基にしたもの。この世界では衛宮士郎の想像もつかないほどの科学技術が存在し、その最先端の目を全て掻い潜るなど、幾多の戦場を渡り歩いた流石の魔術使いでも不可能である。
……では一体これからどうするのか? 既に衛宮士郎自身が学園都市を離れる気がない今、上条当麻の周囲を学園都市の監視を避けながら見守るのもまた不可能だ。故に衛宮士郎は、学園都市から隠れながら日々を過ごすのではなく、逆にこちらから学園都市に近づくことを考えたのである。
――――これは七月二十八日の夜、どこともしれぬ場所での二人の会話。
『しかし学園都市の性質上、魔術師などここから追い出されてしまうのではないのでしょうか?』
この考えを衛宮士郎から提示された時、セイバーがそう考えたのは無理もない。実際の所そのとおりであるし、魔術と科学の相互不干渉という暗黙の了解がある以上、魔術師はよほどの理由がない限り学園都市には干渉しない、もしくは出来ないのである。
だが衛宮士郎は、彼自身に関してはそうは考えていなかった。
『確かに普通なら追い出されるかもしれんな。 だがセイバー、それにしては変だとは思わないか? もうオレが学園都市に来て一週間以上経っている。あの事件までは誰にも魔術師として見つからないように配慮してきた自信はあるが、それでも
『――――遅すぎる、という事ですか?』
衛宮士郎の言葉を補うように答えたセイバーに、彼は頷いた。
『そうだ。当麻が入院した時の病院の一件といい、オレは絶対に学園都市に認知されているはずだ。なのに何故追っ手がかからない? 何故オレを学園都市から追い出そうとしない?』
『……何か向こう側にも考えがあるのでしょう。何せわれわれは別世界の人間ですので、いくらこの世界でシロウを調べても背景を探ることも出来ません。学園都市側も慎重にならざるを得ないのではないでしょうか』
『それならば余計、すぐにでもアプローチすべきだ。このまま向こうの判断に任せて、われわれが学園都市にとって有害だと判定を受けて処分されそうになってはもうどうしようもないだろう。ここの全戦力を相手にするなど想像もつかんよ』
は、と肩を竦める衛宮士郎。
『となると、学園都市の中枢に近づく方法ですが――――自分から近づくとなると難しいですね……』
『そうだな……』
考え込む二人だが、すぐにセイバーがあっと声を上げた。
『トウマが入院しているあの病院はどうでしょうか、シロウ。事件の時に学園都市の上層部からの関与があったのは確実ですし、何か手がかりになるものがあるかもしれません』
『病院、か。しかし元を辿れるような痕跡を残すほど学園都市も抜けてはいないだろう?』
『それでも何もしないよりは良いでしょう。幸いトウマが入院している間なら、私たちは病院内を行き来できるのですから』
セイバーの提案に悩む衛宮士郎だが、今のところはその選択肢以外有効な手立てが思いつかない。結局、明日から病院を調べてみようということに決まったのだが…………。
(まさかこんな結果が待っているとはな……)
そうして日付は七月二十九日の夜に戻る。駆動鎧に挟まれながら、衛宮士郎はそんな事を思い返していた。
元々は路地裏に入る気さえなかったのだが、衛宮士郎が外に出てすぐに尾行に気づいたのだから仕方ない。何者かは分からなかったが、明らかに感じる視線。まるで衛宮士郎に気付いて欲しいと言わんばかりのあからさまな視線であったが、衛宮士郎はそれを無視した。
挑発かどうかは知らなくとも、もし相手が学園都市ならこちらから攻撃を仕掛けたりするのはよろしくないと判断したからだ。それにもしもの場合に大通りで暴れるような状況になるのは避けておきたい。そこで手ごろな路地に入り、相手の出方を伺う事にしたのだ。手を出してこないならそれでよし、攻撃してきたならばせめて無力化だけに抑える、と。
結局こうして捕まってしまってはいるが、ある意味では衛宮士郎とセイバーにとって願ったりの展開であった。
『このまま話が分かる人間のところまで連れて行ってくれればいいのですが……』
『いざとなったら逃げるしかあるまいよ。 ……彼らが学園都市の支配下にあったらの場合だがね』
前を歩く駆動鎧を観察しながら話す二人。最悪、問答無用で攻撃される事を想定していた衛宮士郎だが、こうしてどこかへと連れて行っているように見える今、何かしらの交渉が出来る可能性は高いのではと感じていた。だが先ほどの二人の会話通り、それはこの駆動鎧たちが学園都市の勢力である事に限った話である。もしも彼らが学園都市とは無関係、もしくは対抗する勢力の使いであったら今までの事は全くの無駄、それどころか逆効果なのだ。
どこの誰とも分からぬ駆動鎧たちに着いていくことは衛宮士郎にとっては賭けであったが、四の五の言ってはいられないのも現状。
それにここまで厳重に囲まれた学園都市において、学園都市以外の勢力が真夜中にこんな機械を引っ張り出せるような事が出来るというのも考えづらい。十中八九、彼らは学園都市の勢力下、それも表側ではない事を衛宮士郎は確信していた。
『そもそも彼らが公の団体ならば、尾行などせずに昼間に堂々と活動すればいいのですからね』
『まあ、そういうわけだな』
それでも万が一という可能性もあるのは事実だ。いい目が出る結果になればと願いながら、衛宮士郎は静かに彼らに従って歩くのであった。
――――そして数十分後、衛宮士郎は巨大な水槽の前にいた。あの後並び立つビルの一つに連れて来られた衛宮士郎は、そこでブレザーを引っ掛けた、お下げのような髪型をした少女の能力により薄暗い建物の中へと
「……………………」
衛宮士郎が首をいぶかしげに傾げながらも水槽をじっと見つめているのは、単にその場違いで巨大な水槽が気になるからではない。――――その水槽に『人間』が、しかも逆さで浮かんでいるからである。
男にも女にも子供にも老人にも見えるその姿。何とでも見えるがゆえに、逆に妙な違和感を、ずれた印象をそれは与えている。
「…………生きているのか?」
「ふむ。私自身としては死んでいるつもりはないのだが」
「――――、」
衛宮士郎の疑問の声に、つまらなさそうに答える『人間』。急に口を開いた目の前の『人間』に、衛宮士郎は目を見開く。
「私はアレイスター=クロウリー。この学園都市の統括理事長を務めている」
『…………!』
告げられた統括理事長という言葉、学園都市のトップが前触れなく現れたことに衛宮士郎もセイバーも驚きを隠せない。そんな衛宮士郎の様子をじっと観察しながら、『人間』アレイスターは衛宮士郎に言葉をかけた。
「衛宮士郎といったかな。君がここに呼ばれた理由だが――――見当はついているだろう?」
「…………」
衛宮士郎は答えない。彼だけではない、その内に潜むセイバーさえも、この『人間』の『危うさ』を感じていた。別に威圧感を放っているわけでもなく、ただそこにいるだけなのに、感じるそれは彼らの警鐘を鳴らすのには十分なものだ。
そうして黙ったままの衛宮士郎をどう受け取っているのか、アレイスターはまるで最初から答えを期待していなかったかのように話を進めた。
「君はこの学園都市に不法な侵入をしている――――」
衛宮士郎の顔色は変わらない。ただひたすらに、アレイスターを見つめている。
「――魔術師である君が、だ」
「…………」
沈黙。その問答に意味を持たないと言っているかのように、衛宮士郎は口を閉ざしままだ。対するアレイスターも衛宮士郎の反応など気にせずに言葉を続ける。
「これが、君が侵入したときの映像だ」
「――――っ!」
『これは…………』
アレイスターの言葉とともに、どういう仕掛けか衛宮士郎の目の前に一つの平面映像が立体的に浮かびあがった。
その画面が映していたのは夜の中空、何の変哲もない空の色。だがすぐに画面内で異変が起き、その映像に衛宮士郎は片眉を上げる。そう、そこには前触れもなく顕われた空間の歪み、そしてそこから飛び出る黒い服の人間の姿がはっきりと映っていたのだ。
「…………その映像は確かに興味深い。だが、どうしてそこに写っている人物が私だと断言できるのだ?」
画面から目を離した衛宮士郎は、ようやく口を開くと腕を組む。実は先ほどの映像では落ちてくる人物の顔までは映っていなかったのだ。
衛宮士郎とてここまで呼ばれたからは、先ほどの映像が自分だという確証がアレイスターにも何かあることはわかっている。そもそも衛宮士郎には自分が学園都市にきた時の記憶もなく、目を覚ました時は既に上条の部屋だったのだ。
逆に衛宮士郎のほうがアレイスターの確証を、この映像が本当に自分なのかを知りたい。無言の圧を発する衛宮士郎だが、アレイスターは気にしないし、気に障った様子もない。
「ふむ。君が知っているかどうかはわからないが、この学園都市は常に三台の人工衛星によって監視されている。学園都市のIDも持たない人物の侵入など、簡単に分かるのだよ」
「人工衛星で監視していたから分かった…………と?」
アレイスターは答えない。答えになってないな、と衛宮士郎は思う。彼は外に出る時はどんな場合でも変装していたし、IDを使うような場面にも遭遇することも避けてきた。
インデックスの事件までは出来るだけ監視を避け、それなりに慎重に動いてきた衛宮士郎が人工衛星だけで捕捉される。――――その可能性はなきにしもあらず、むしろこの学園都市に限っては当然のようにも感じるが、やはり衛宮士郎には腑に落ちない。
それはセイバーも同様だった。言葉で上手く表せない勘のようなものが、二人になにかそれだけではない、秘密があると訴えている気がするのだ。
だがそれでも、アレイスターの言葉が腑に落ちなくとも、ここで認めないわけにはいかない。アレイスターの根拠を確かめられなかったのは残念だが、まさか平行世界を移動してきたなどと戯けた事を正直に言うわけにもいかなかった。ここは学園都市側の真っ只中であり、衛宮士郎の立場など吹けば飛ぶ、嵐の中の紙飛行機よりも頼りないものだ。元々学園都市とは
ここで意固地に認めないほうがおかしいだろう。それに衛宮士郎があの映像の通り空中から落ちてきたとすれば、彼が上条の部屋のベランダの手すりに引っかかっていたことも頷ける。
「…………そうだな、確かにその映像は私のようだ」
ややあって、アレイスターの視線を感じながら、衛宮士郎は自分が侵入者だと、その映像に映っている人物が自分であるとため息を吐きながら認めた。これ以上突っ張っても反感を煽るだけ。そう考えた上での判断だったが、元々選択肢は多くない。
「さて、君が学園都市に対する侵入者なら、学園都市に来た理由を聞いておきたいが」
やはりと言うべきか、この流れではその質問が出てくるのは当然である。
だがしかし、それに対する答えを衛宮士郎は持っていない。誰が自分をここに送ったかまでは見当がついていても、どうしてここに送ったのかまでは全くわかっていないのだ。
「……理由というほどのものはないのだがな」
それでも衛宮士郎は言葉を続ける。
学園都市に残る可能性を少しでも増やすには、衛宮士郎はとにかく自分が敵ではない事をアピールしなければならない。それなら黙っているより、多少なりとも事情を話すほうがずっといいに決まっている。何でもいいからアレイスターを納得させられるだけの
「実は不本意な侵入だった。以前私はフリーの魔術師として国外に住んでいたのだが、ある日目を覚めると……」
いつの間にかここにいたのだ、と衛宮士郎は簡潔に述べた。
「信じがたいと思うが、これが真実だ。 ――――――私はわけのわからぬままに、どこの誰かに勝手にこの学園都市に送り込まれたのだ」
「あくまで自分の意思で学園都市に来たわけではないと?」
「そういうことだ」
嘘では、ない。決して嘘ではないが、真実をすべて語っているわけでもないという微妙なラインだった。これでアレイスターが完全に納得するとは思えないが、学園都市の特殊性を考えるとこれが衛宮士郎の出せるぎりぎり、限界の際である。
しばし沈黙。衛宮士郎はこれ以上何も語ろうとせず、アレイスターは動かない。耐え難く張り詰めた空気は突けば割れるほどではないが、それでも動きを凍らせる。
そのまま、反転しあった人間が互いに見つめ合うという奇妙な光景がしばらく続いた。
『シロウ、あのような返答でよかったのですか?』
『……仕方があるまい。ここが学園都市でないなら騙ってもよかったのだがな』
『…………? それはどういう――――』
だがセイバーの疑問に答える間もなく、先に沈黙を破り、時計の針を動かしたのはアレイスターだった。
「確かに、あの映像の時の君は意識がなかったな。学園都市に来てから、ほとんど動かなかったのもそれが原因か?」
「……現状把握が最優先だったからな」
ふむと頷くアレイスターだが、衛宮士郎としてはやはり逐一監視されていたという点が重要であった。
(逆にそこまで監視しておきながら今まで手を出さなかったこともやはり気になるが、今は追求すべきではないな……)
先ほども言った通り、ここでの衛宮士郎の優先すべきことは学園都市内でのある程度の自由を得ることであり、決して相手側の意図を明らかにすることではない。
「それで、私は一体どうなるのかな?」
再び沈黙したアレイスターを見上げながら、衛宮士郎は尋ねる。セイバーとも色々と話し合ったが、結局の所アレイスターの判断がどう転ぶかはわからない。そもそもいきなり学園都市のトップが出てきた時点で想定外の出来事である。
学園都市側がどれほど衛宮士郎のことを知っているのか、どう考えているのかも予測はつかないし、思いもしない判断が下される場合も十分ありうる。そう考えながら、二人は身構えていたが…………、
「そうだな、しばらくは学園都市内で生活してもらうことになる」
「…………何だと?」
『…………』
予想していたよりもずっとマシ、それどころか現状では衛宮士郎にとって一番良い処断が下ったことに、驚きを隠せない二人。
「君の言っていることを鵜呑みにする訳にもいかないだろう。こちらはこちらで調べることがある。それが完了し、その疑いが晴れるまではここで暮らせということだ」
「…………無論、それだけではないのだろう?」
衛宮士郎が腕を解く。警戒心を前面に出しながら見上げる衛宮士郎に、アレイスターは満足そうに頷いた。
「察しが良くて助かる。知っての通り魔術師が学園都市に侵入したとなればこちらもそれなりの対応を取らざるをえないのでね。それに君の話が真実なら、君を学園都市に送り込んだとされる魔術側の何者かについても対処しなければなるまい」
「それで?」
「科学側がそう簡単に魔術側に手を出す訳にはいかない。もしもその魔術側の何者かが見つかったなら、その時は君に対処してもらうことになる」
「…………それだけか?」
「こちらの呼び出しには必ず応じてもらうことになる。魔術師相手に普通の使いを遣る訳にはいくまい。ああ、それと先ほども言ったとおりだが――――」
「――――それまでは学園都市にいろと言うのだろう。それは分かっている」
そうだ、と薄く笑うアレイスターの話を聞きながら、妙なことになったと衛宮士郎は内心呟く。学園都市に留まれる様になったのは結構なことだ。
しかしこのやり取り、違和感が、いやむしろ違和感しか残らない。この世界には存在もしないものを学園都市が探すのは別にかまわないが、科学側が魔術側を調べる時点で既におかしいし、身元不明の衛宮士郎を学園都市内で実質の野放しにする事を認めているのも変だ。
そしてあまりに、あまりに衛宮士郎を縛る条件が緩過ぎるのだった。
(私を学園都市内で自由にさせるメリットは何だ? 一体何を企んでいる?)
衛宮士郎の疑問をよそに、アレイスターは話を続ける。衛宮士郎としては不気味な話であったが、わざわざ拒否して不利な条件を飲む理由もなかった。相手の裏を考えることに慣れている彼でも、このアレイスターの意図は読めない。
そしてそれだけに、下手に断るわけにもいかないのである。
その後は衛宮士郎が考えていた以上にトントンと進み、ついに数分後には、この機械だらけの暗がりから解放されたのであった。
「アレイスター! お前一体何を考えてる!?」
衛宮士郎が部屋を去ってすぐ、辺りに怒号が響き渡る。学園都市統括理事長の目の前で気炎を上げている一人の大男、彼の名は土御門元春。
ツンツンに尖らせた金髪、青いサングラス、アロハシャツにハーフパンツと実に場にそぐわない格好をしいる彼は、上条当麻のクラスメイトでもあり、学生寮における隣人でもある。科学と魔術の狭間を行き来する多角スパイにして、最高位の陰陽術師―――― いや、『元』陰陽術師か。
学園都市の学生である以上彼もまた能力者な訳で、その代償としてやはり魔術師としては非常に大きな足枷――――つまり魔術を行使することが生命の危機に直結してしまっているのだ。しかもその代わりに得た彼の能力とは、レベル0の『
精々破れた血管の応急処置などにしか役に立たず、メリットといえば数回程度なら魔術の行使が可能という点か。……それでも土御門元春が死にかけるのには変わらないが、ないよりマシといった程度のものだ。
そして彼の主な仕事とは、魔術と科学の戦争回避のためにありとあらゆる場所をありとあらゆる手段で駆けずり回ること。そんな彼が今、アレイスターに向かって怒鳴っていた。
「あんな得体の知れない男を、どうして学園都市の中に入れたままにするんだ! 俺の報告を聞いてないのか!?」
そうして土御門はアレイスターに向かって紙束を突き出す。はたしてそれが報告書といっていいのか、第三者からしても疑問に思うに違いない。
なにしろその衛宮士郎の情報を集めたところであるはずの報告書、経歴その他出身含めてほとんどが白紙なのである。情報があるとすれば彼が学園都市に
彼が今の今まで衛宮士郎と直接には邂逅しなかった理由がそれだ。科学と魔術、両サイドの綱渡り役として、そして多角スパイとしても衛宮士郎を調べるのにこれ以上適した人選はあるまい。……それでも結果は見ての通りだったわけだが。
「俺も手当たりしだいの場所をすべて調べたがな。ここまで過去を隠してる、そもそも存在しているのかどうかさえ危うい対象は初めてだ」
苛立ちが見え隠れする声色だが、アレイスターは変わらない。
「君が心配する必要はない。あれが原因で火種は起きんだろうよ」
「……どうしてそこまで断言できるか知りたいものだな」
うなるような声を上げる土御門。
「何を隠してるのかなんていまさら聞かない。だが、お前のプランとやらに本当にあいつが役に立つのか? 所属も、思想も、はては使ってる魔術にさえ検討もつかないあれを、わざわざ綱渡りするようなまねまでして使う必要が?」
「そこまでいうならば、」
土御門の言葉に被せるようにアレイスターが告げる。
「君が監視していればいい話ではないか」
「何だと……」
「幸いにしてあの男は幻想殺しと行動をともにしている。監視する側としても楽な話だと思うが」
「…………」
アレイスターの言葉に、水槽を睨み付ける土御門。彼には理解できない、この男が何を考えているのか、なにがしたいのか。土御門からしてみれば、得体の知れない衛宮士郎など厄介ごと以外のなにものでもないのだから。
しかし、彼に拒否権がないのも事実。むしろ土御門が自発的に監視をすることを汲む辺り、アレイスターの事はますます気に入らない。
でもやるしかないのだ。土御門が戦争の回避を願うならば、争いの火種も、火種の元も、全てを摘む必要があるのだから。それがアレイスターの掌で踊らされている事だとしても、だ。
やがて部屋は静けさを取り戻し、アレイスターはまた一人浮かぶ。
一日中を思索に沈む彼の考えなど、常人にはわからない。異端の思考が常人には理解できないのは道理だが、異端の思考を異端が理解できないのもまた道理。
それは何もアレイスターの限った話ではないのだが、それが影響し始めるのは――――決して遠くない。
13000字
というわけで
今回は幕間のようなものでして、次からは……ってとこです
なんというか、このまま隠れて行動するには色々と不都合なので、じゃあといった感じですか
つなぎの話というのは結構大変でした 一番の難産ではないですが
せっかくえみやさんを出しているので、本当は一巻の部分も色々と展開を変えたかったのですが
全ての根幹の部分なのであまり変えられなかったのが残念です
次の話は、さて通じる人が多いかどうか不安です
話を書くときはいつも禁書・電磁砲の年表を見てから書いてますが、いやーギリギリですね
土御門さんは好きなキャラの一人です 浜面さんと滝壺さんのように土御門さんが義妹の舞夏さんを大事にしている様はいいですね 絶対に裏切らないと言っているのが個人的にはベストでした
全然関係ないけどPCも新調して、下書きする場所もwordからopenofficeに変えました
互換機能はありがたいですね
それに本格的に円安が始まる前にパーツを買えてよかったです