とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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間が空きましたが、一月はたってない……はずです。いや、すいません。
納得の行く展開になるよう結構悩みましたよ今回は、主に解決策で。
オリジナルストーリーではなく、公式作品で一巻と二巻の合間の話ですから色々とちょうどいいと思いまして
まあ、この話がないと後で色々困るんですが、無事に出来てよかったです。
そういえば禁書本編で第六位の登場フラグが立ち上がってる気がしますが、六位ものを書いてる作者の方々はどうするのでしょうか? ちょっときになったりしてます。
結構多いと記憶してますが、回ってみるのも一興かもしれません。


Out of control!

兎にも角にも、衛宮士郎は学園都市の滞在(強制)を認められてしまったわけで。外へ出るにしても今までよりは気を使う必要はない。無論、警戒するに越したことはないが。そんな衛宮士郎は今、外出用の服装について悩んでいた。

「変装して出かけるというのもな……」

逆に何か企んでいると勘違いされそうである。しかし、彼が年齢的にも外見的にも学生ばかりの第七学区で目立つのは確かだ。

「スーツか白衣だけでも羽織るか?」

広げたのは適当に投影した白衣。要は教職が研究職に就いているように見えればまだましなのでは? という考えである。今までは出来るだけ目立たないように、監視カメラに映っても構わない様に鬘や伊達めがねでフル装備の変装をしていたわけだが、それも今は必要ない。

むしろ四六時中観察されているらしい身にとっては、疚しい事をしている訳でもないので逆効果だ。出かける理由は例の如く情報収集。昼間に出かけるメリットとしては、夜中には既に閉まっている施設を利用できるといった所か。

「さて……と。 どうしたものかな」

 

 

 

 

結局スーツで出かけることにした衛宮士郎。雑踏に混じり、夏の太陽を浴びながらの散策だ。そこらにいる学生たちは暑そうに仰いだり、各々冷たいものを手にしたりしている。衛宮士郎はすたすたと通りを歩きながら、セイバーと話し合う。

『夏休みだからですか、昼間から学生が多いですね』

『そうだな。 そして大人がほとんどいないのは学園都市ならでは、か』

『……超能力。 学生限定とはいえ、いや、だからこそ彼らにこうも簡単に力を与えるのは私としてはいただけません』

『レベル4以上になると戦術的な価値を持つという話だったな』

『その戦術的価値というのが気に食わないのです。軍隊に匹敵する、戦術的価値を持つ…… どうも戦いを前提としてる節があるのは、仕方のないことなのでしょうか?』

『……私も学生に不要なほどの大きな力を与えるのは納得してはいない。彼らは魔術師でもなんでもない、ただの一般人なのだからな』

魔術師はそれ自体が一般人と価値観の違う、いわゆる魔術師という別種のようなものだ。対して、ここにいる学生たちは確かに外の世界と大きく価値観は違えど、未だ人の範疇にあると言えよう。それに……、と衛宮士郎は続けた。

『どうもにも治安が悪いのも気になる。いや、あくまで日本らしい治安の良さは維持しているのだが、より暴力的というか、規模が大きいというか……』

『私にはよくわかりませんが、やはり能力開発の関係ですかね。あのような爆発事件を起こせる程の力があれば、それを過信してしまい、結果として事件に繋がる、と』

セイバーが言っているのは以前にあった虚空爆破(グラビトン)事件のことだ。少し前までただの学生だった少年が、その能力で人を傷つけんとした事件。外の世界の少年が喧嘩するのとは訳が違う、テロリズムとも言うべき正真正銘の犯罪事件を一介の学生が引き起こした。

しかし後から情報収集した話だと、それすらとある大きな事件の一端であったらしいのだ。幸いにしてその事件は既に収束に向かっているとの事だが、それを聞いた時、なるほど学園都市は独立国家足りえていると衛宮士郎は感じていた。

ここが日本なら(・・・・・・・)そんな事は起きえない――――少なくとも、衛宮士郎が知ってる日本なら。起きたとしてもそれは暗い世界の住民たちの問題であり、明るい表の世界まで出てくるべきものではない。

そしてそんな大きなニュースも学園都市ではいつのまにか日々の話題に消え、学生たちはいたって普通に暮らしている――――この世界に違和感を覚えることなく、不安を感じることなく。そう、決定的な何かがズレているのだ、ここは。

前々から気づいていたことだが、普通の日本人の世界観とここの少年少女の世界観は違う。法が違い、世界が違い、文化が違うなら、それを別の国家と言わずして何という? 

――――既にこの街に住む人々は日本人ではない、言うなれば、『学園都市人』だ。

『ただ一つの事件から考えすぎるというのもよくはないが…… セイバーもここの学生はただの学生と思ってはいけない。 思いもよらない事態に陥るかもしれんからな』

『御心配なく。 私には直感もありますし、そもそも……』

今の私とシロウは一心同体ではないですか、とセイバーは微笑む。足りなければ片方が補えばいい。気づいていないなら気づかせる。今の二人にはそれが出来た。いや出来ていないと困るのだ。

なぜならそれこそが彼女がいる理由であり、多大な手間をかけてまで遠坂凛が衛宮士郎を送った理由でもあるのだから。

……実力、相性共々に衛宮士郎と合う人材などそうはいない。そう、それゆえにハイリスクでハイリターン。実のところ、二人の想像以上に危ない橋を渡っているのだが、それに気づくにはまだ日が浅い。いずれ気づくにしろそれは今でなく、二人はただ歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 そうして二人が話し合いながら歩道を歩いていた時である。

『あれは…………』

『どうしたのですか、シロウ?』

 衛宮士郎の視線の先にあるのは、一台のスポーツカー。そしてその傍には一人の女性が立っていた。

 全身緑色のジャージという雑な格好をしているが、大きく膨らんだ胸元と整った顔立ちが妙な色っぽさを出している女性である。

「さっさとしろ才郷! あの暴走トラックにおいつけなくなるじゃんよ!!」

「怒鳴らなくてもわかってますよ黄泉川さん! 今行きますって」

 女性は大声を上げながら目の前のアパートを見上げている。アパートの上階には男性が一人、その身を機動隊のような格好に身を包みながら階段を下りてきているのが見えた。

『確か警備員(アンチスキル)の黄泉川愛穂……だったか』

『へぇ、知り合いですか、シロウ』

 心なしかセイバーの声が微妙に固い気がするが、今は気にしている場合ではない。

『知り合いではない。あれは確か当麻の通っている高校の教師だ。画像で見た事があるだけさ』

『そうですか。私はてっきり知らない間にシロウがまた立てたのかと思いまして』

『……立てたとは何だ。変な発言はしないでくれ』

 はあ、と息を吐く衛宮士郎。彼が見た画像というのは上条の高校のホームページに載っていたものだ。そして情報収集の一環として、近場の警備員(アンチスキル)の顔もほとんど頭に入れてある。

 なにせ今日まで日中はほとんど出ていなかったのだ。そういった時間だけはたくさんあった。

『何にせよ、ただ事ではなさそうですね。何か事件でもあったのでしょうか?』

『暴走トラックといっていたからな…… 情報が少なすぎて状況がわからん。どうにかしてあの二人から聞き出すか』

これが衛宮士郎という男だ。彼の中では事件に関わるか関わらないかの選択肢など存在しない。事件があれば飛んでいくし、求められずとも手を差し伸べる。

全ては彼の正義のために、彼が常抱く理想のために。それは自己と他人の幸福すら天秤にかけることが出来るほど平等で、そして恐ろしい。彼はそういう人物だった。

『どうやって聞き出します?』

『いや、聞き出すのは厳しいな……』

衛宮士郎は唸る。彼は自然干渉系の魔術がからっきしなのだ。暗示も苦手であるし、この状況は投影などでどうにかなるものではない。警備員(アンチスキル)の服装くらいなら投影は出来るが、身分を証明するものがないのが問題なのだ。

仮にも彼らは警備員(アンチスキル)。同業への変装なんて容易に見破られてしまうだろう。

「となれば……」

衛宮士郎は踵を返してその場を離れる。そうして辺りを見渡しながら軽く駆け足で周り、ある建物の側面までやってきた。そこは近場でもっとも背の高い建物、いわゆる超高層ビルと呼ばれるものの一つだ。

そのビルの側面――――出来るだけ通りから見えないような場所に陣取ると、衛宮士郎はそのビルの壁を駆け上った(・・・・・)。無論、額面どおりに壁面を足で垂直に駆け上ったわけではなく、所々の凹凸を利用して飛び上がったというべきか。まあそれえも、常人離れした身体能力であることには変わりはないが。

たたたん、と。軽やかに、そして速やかに上へ上へと上る衛宮士郎。風を切り、スーツの裾野をはためかせながら、あっという間に屋上へとたどり着く。幸いにして屋上は無人であり、人の上がってくる気配もなかった。

「暴走トラックと言っていたな」

そのまま衛宮士郎は視力を強化して辺りを注意深く見渡す。乗用車にしろトラックにしろ、それが暴走した車であるならば衛宮士郎には直ぐに見つけられる自信があった。

暴走している、とはつまり言ってしまえば周囲の和を乱している、周囲から浮いていると言うことである。猛スピードで走りながら、流れを乱して違和感を振りまく車。海を泳ぐ小魚の群れで暴れている大型魚。そんなに目立つものを他でもない衛宮士郎が発見できない訳がない。

 衛宮士郎は解析を得意とする魔術師で、当然読む(・・)力も長けている。たとえ暴走トラックそのものを見つけなくとも、それによって乱れた車の流れ、痕跡を追っていけばその先には自ずと答えが存在するものだ。そして衛宮士郎は視線を眼下へ飛ばして数秒で、街中にて暴走するそれを見つけた。

 

 

 

 

 

 人工衛星『ひこぼしⅡ号』の追加実験棟モジュール、まあそれ単体での自立航行が出来ることを考えれば実質ひとつの人工衛星を積んだ運搬用のトラック、通称『将軍』。それが今暴走しているものの正体である。

 では暴走した原因は? トラックが故障した? それとも運転手の山岳陽子が乱心した? 実際はどれも違う。この『将軍』が暴走したのは、純然たるテロのせいであった。

 『将軍』、あの特殊車両には緊急時自動回避システムが搭載されている。運転手が何らかの事情でその意識を落としてしまった場合、安全に車両を路肩に停車させるためのものだ。本来はそういった時のための機能であったのだが、その回避システムが犯人にのっとられてしまったのである。

 ただ、のっとられたと言っても『将軍』を犯人がずっと遠隔操作で運転しているわけではない。回避システムはあくまで緊急用のものであり、犯人が制御を奪えるのはおよそ一〇〇秒だ。つまり犯人は運転手の如何に関わらず、一〇〇秒だけ自由にトラックを操作できるのである。

 一〇〇秒もあれば事故を起こすのも、どこかに突っ込ませるのも十分な時間に違いない。犯人の要求は『将軍』を指示通りに走らせること。運転席にあるネット対応のGPSカーナビに表示された車両を中心とした赤い円、それが移動するとおりに、赤い円からはみ出すことなくそして速度も落とすことなく運転しろと言うのがその詳細だった。はみ出せば遠隔操作で横転させられてしまう。

 …………本来なら、これが普通のトラックなら、それはどうとでもなることだった。横転程度ならば住民を避難させればよいし、それこそこちらがトラックを横転させて『将軍』を止めればいいのだ。

 しかし、このトラックは特別だった。トラックそのものが、ではない。その積荷こそが、このカージャックにおける最大の問題なのだ。

 積荷は人工衛星、そしてその燃料は――――――極めて有毒な物質、ヒドラジン一五〇〇キロ。

 仮に車両が横転して燃料が漏れ出し、引火でもしたら――――その時は、地獄だ。引火した有毒物質は空へと舞い上がり、少なくとも半径一キロを汚染する。

 しかもトラックは第一〇学区の研究所を出発し、第七学区、第十八学区を経由して第二十三学区にあるロケット発射場まで運んでいるのだ。市街地のど真ん中を走っているがゆえに、毒が撒き散らされたときの人的被害は計り知れない。

 もはや兵器とも言えるレベルまで成り下がったそんな『将軍』に、女性の影が二人。一人は運転手の山岳陽子、もう一人は警備員(アンチスキル)の黄泉川愛穂だ。黄泉川はあのあと作戦会議に出席することなく、才郷の運転する車から一人でトラックに飛び移ったのである。

 時速一二〇キロの猛スピードで走る物体に飛び移ることの危険さと言ったら。才郷も肝を冷やしたが、彼女はこうしてトラックに乗っている。乗っているけれども、

「ちくしょう、工具が!」

 助手席から大きく乗り出し、車体の底面を地面スレスレで覗いていた黄泉川は叫ぶ。彼女はそこにあるトラックの電子系の制御ボックスを手動でいじっていたのだが、『将軍』が横風で煽られた時に腕を地面と擦ってしまい、思わず工具を取り落としてしまったのだ。

 これではもう、制御ボックスをいじることが出来ない。

「黄泉川さん! 早く戻って!」

 そんな悔しがる黄泉川の耳に、突如運転席から声が届いた。何事かと顔を上げれば、目の前には迫るトンネルの縁。いつの間に迫ってきていたのか、このままでは首をへし折られてしまう。黄泉川の全身に悪寒と、嫌な汗が広がった。

「ぐぅっ!」

 慌てて体を引き起こそうとするも、がくんとした衝撃が体を走る。

(ま、ず……! 腕がっ……!!)

 超スピードの地面と擦った腕。勿論服どころか軽く肉まで削られて血だらけのそれが、この時文字通りに足を引っ張った。破れた服の部分がトラックのどこかに引っかかり、一瞬だけ体のバランスが崩れてしまったのだ。

 時速一二〇キロで走る車体の上では、その一瞬が命取り。致命的なまでの、時間不足。

(くそっ、間に合わないっ!)

 届かないことを感覚的に知りながら、それでもどうにか体を起こそうと黄泉川が全力で自分を引き起こしたその時、

「は?」

 真上からの一瞬の影が地面を暗くしたかと思うと、誰かに襟を掴まれる感覚を受ける。そのまま黄泉川の体は助手席から強引に引っ張り出され、勢いも良くどさんとトラックの荷台に放り投げられた。

 その直後に開けっ放しにしていた助手席の扉がトンネルの縁へとぶつかり、べきんとへし折られて後方に吹っ飛んでいく。まさにギリギリ、間一髪のタイミングであった。

「……は?」

 間の抜けたような声を再び上げる黄泉川。思考が事態に追いついていないのだ。死ぬかもしれないと思ったら、いつのまにか誰かに助けられていた。そんな事、そうそう想像できる訳がない。

 …………だが、一体誰に助けられた? 黄泉川が慌てて身を起こして顔を見上げれば、そこには見知らぬ誰かがいた。フルフェイスのヘルメットにスーツ姿の、どこからどうみても不審人物。警備員(どうりょう)に見える見えないの問題でなく、怪しさ満点の男が一人。

 まあ、衛宮士郎その人なのだが。

 顔を隠しているのはせめてもの変装で、流石に警備員に素顔を見られるのは色々とまずいと思ったからだ。スーツは本物だが、ヘルメットは投影品だ。彼は暴走トラックを見つけたあとにルートを予測し、トンネルの入り口から飛び降りたのである――――トンネルに衝突しそうな黄泉川を助けながら。

「おい、大丈夫か? ……怪我をしてるな。 すまない、どこかにぶつけてしまったか?」

「……いや、これはあんたのせいじゃないじゃんよ。 っていうか、あんた一体――――」

「悪いが説明してる暇はない。私もこのトラックを止めたい者の一人とでも思ってくれ。それより――――ちっ」

 話を途中で切る衛宮士郎。その視線の先には、車体側面に迫る壁面が。

「なっ! おい、ハンドルはどうしたじゃんよ!」

 慌てて黄泉川が山岳に確認をとるが、その答えはハンドルがきかないというものだった。

「ジャミング対策!? そうか、遠隔操作用の電波がトンネルで……!」

 どうやら犯人によって、電波が途切れるとハンドルがロックされるように設定されてるらしい。操作不能の車両に、だんだんと横壁が近づいてくる。

「このままじゃ、ぶつかる!」

 山岳が悲鳴に近い声を上げた。壁にぶつかれば、バランスを崩して横転する可能性もある。

「ふむ、横転させずに止めればいいのか?」

「今更何言ってるじゃんよ! 横転したら毒ガスが広がるかもしれないじゃんか!」

 電波、毒ガス、横転。衛宮士郎は状況と言葉の端から、このトラックが置かれた状態を察する。だが今は兎に角、この迫る壁をどうにかしなくてはならない。

「おい、何かに掴まっておけ!」

「あ? あんた何して……」

 黄泉川の言葉が終わらぬ内に、ドゴンと轟音がトンネル内に響き渡った。車体全体に走る大きな衝撃。その衝撃の成果かトラックの走るコースは微妙に逸れ、何とか壁に衝突する事態は避けられたようだ。

「さて、こんなものか」

「あんた一体何者じゃんよ、マジで……」

 呆れ顔で黄泉川が見つめているのは、衛宮士郎が手にしているやけに巨大な鉄槌だ。そんなものどこから取り出したのか、それとも元から持ってきていたかは分からないが、それで壁を殴ることで強引に車体をずらしたようである。ちらりと後方を見れば、大きく陥没したトンネルの壁。よくもまあ崩落しなかったじゃんよ、と黄泉川は頬を引きつらせる。

 トラックが壁に当たらないようにほんの少し軌道を逸らせばいいとしても、やはりその筋力は人間離れしている。いやそもそも、何でこの男はトラックを止めようとしているのか?協力してくれるのはありがたいが、その意図が読めない。

(まあ、邪魔をしにきた訳じゃない様だし。この事件が片付いたらしょっ引けばいい話じゃん)

 トラックを止めようとするからにはそれなりの理由があるはずで、それがどんな理由かは知らないがとりあえず現時点では害にならない。……捕まえておけるような状況でもないし。

 黄泉川はそう判断すると、対策会議のオペレーターに繋がっている無線機に話しかける。

「わるい、初春! 工具を落としちまったじゃんよ! これじゃあもうイグニッションキーは回せない! それ以外の案は何かないじゃんか!?」

『そんな……! ぜ、全部落としてしまったんですか?』

 ああ、と返す黄泉川。予備の工具は確かにあったのだが、それは助手席の扉の内ポケットに入れていたのだ。そしてその扉は既にはるか後方に。悔しがる黄泉川だが、衛宮士郎は彼女の手から無線を取り上げる。

「ちょっと、あんた!」

 驚いて取り返そうとする黄泉川を無視して、衛宮士郎は無線に向かって話しかけた。

「もしもし、聞こえるか?」

『あ、はい! す、すいません。今別の方法を探してますから……!』

 ええっと、と慌てたような声とともに、ぺらぺらと何かを捲る様な音が聞こえる。

 風紀委員(ジャッジメント)の初春飾利。

 本来は風紀委員が危険な任務に就くことはなく校内活動が基本なのだが、今回は緊急事態ということで組織の枠を超えた協力要請がかかったのである。彼女は情報収集・処理能力に非常に長けており、超高度なハッカーでもあった。

 その彼女が今まで黄泉川に指示を出すことで、事件を収拾しようとしていたのだ。回避システムの穴は、それがあくまで非常時のものであるという事。このシステムは「現在動いている車を停める」時にしか干渉できず、「既に停まっている車を再び動かす」事はできない。

 つまり一度でいいから電気モーター(このトラックはこの図体にして電気自動車なのだ。しかも水素エンジンですらない)を止めさえすれば、回避システムは作動しなくなるのだ。そこで手っ取り早くイグニッションキーを回してしまえばいいという事になったのだが、それは走行中にはロックされている。それゆえそのロックを解除するために、先ほど黄泉川が車体裏の制御ボックスをいじっていたのである。

「いや、別の方法は探さなくていい。工具さえあれば、どうにかなるのだろう?」

『え、でもさっき工具は落としたって』

「自前のものがある。指示さえ出してくれれば私が対処しよう」

 嘘ではない。衛宮士郎は工具くらいいくらでも投影できるし、そういった手作業には自信があった。

「どうすればいい? どこのなにをいじればいいのだ?」

『えっと……』

 いきなり変わったこの人はどこの誰なのか。どうやってトラックに乗り込んだのか。そもそも信用してもいいのか。黄泉川と似たような疑問を抱いて混乱しながらも初春は説明を始めた。

 ここは迷っている場合ではないし、黄泉川が一緒にいるならそれは信用に足る人物なのだろうと考えて。そうして無線を脇に抱えながら車体の下に潜ろうとする衛宮士郎だが、黄泉川も黙ってみている訳ではない。

「あんたが工具持ってるなら、それを私に渡して欲しいじゃんよ! こういう事を部外者にやらせる訳にはいかないじゃんよ!」

「片腕を怪我した君より、私のほうがうまくやれる。それに女性を危険な目に合わせるのを、黙って見てろとでも言うのか?」

「女性云々は関係ないじゃんよ! そりゃあこっちは片腕怪我してっけども、やっぱそういう訳にも……」

 反論する黄泉川だが、それを無視して衛宮士郎は潜った。途中ヘルメットがじゃまになったので、消して工具を投影する。

 耳元で轟々と響く音。落ちればミンチ、触れただけでも肉が削られるほどの摩擦だ。勢い良く流れる地面に暗い手元と、悪条件この上なし。だがそんな状況下でも、衛宮士郎には一切の躊躇いがない。

「下に潜ったぞ。どうすればいい?」

『そこに縦横四〇センチくらいの銀色のボックスがありませんか?』

「……あったな。コードが詰まってて、右上にスイッチが三つある」

『そのボックスの左下に、さらに小さなボックスがあるはずです。八つのねじで固定されているので、それをはずしてください』

「了解した」

 投影した小型のねじ回しで、くるくるとねじを外した。外したねじはちりんと音を立てながら、一瞬で後方へと消える。蓋を開けてしまえば、あとは簡単な手作業だった。無論、危険な状況で作業しているのには変わりはないが。そのまま初春の指示通りにいくつかの作業をこなし、ボタンを押したりつけたりする衛宮士郎。……そして数分後。

「終わったぞ。これでいいか?」

『はい、完璧ですよ! これで走行中でもイグニッションキーが回せるようになったはずです!』

 興奮した声で喜ぶ初春。衛宮士郎は車体の裏から頭だけ這い出すと、山岳に向かって叫んだ。

「こっちは完了した! 運転手、キーを回してくれ!」

「は、はい!」

 慌てながらも冷静に、山岳はかちんとキーを回す。モーターが止まった音がした……かどうかは分からないが、トラックの速度が目に見えて下がっていくのが黄泉川にも分かった。

 成功した。その単語だけが安心感とともに黄泉川の頭を巡る。部外者に任せるのは想像以上に緊張感を伴ったが、張り詰めた糸は少しだけたわむ事を許されたのだ。

「これで回避システムも効かないはずじゃん! ブレーキ踏んで、路肩に停めるじゃんよ!」

一通り指示を出して、はぁ、と黄泉川は大きく息を吐く。工具を落としたときはどうなるかと思ったが、何とか事件は解決したと言える。それもこれもあの男のおかげだと、礼を言おうとして(ついでに確保も)車体の裏を覗き込んだが、

「ありゃ?」

 いない。念のため反対側を覗いたが、やっぱりいない。もしや助手席にいるのかと前の方を見たが、そこには安堵の表情を浮かべながら車を運転している山岳陽子一人だけ。

「ちょ、ちょいとあんた。 あの男どこに行ったかみてないじゃんか?」

「え? あれ? 後ろにいるんじゃないんですか?」

「――――――っ!!」

 ばばっと黄泉川は後ろへ戻り、荷台の隅まで探したが……

「……いない、ねぇ。逃げられちまったか」

 はーあ、と今度は別の意味でため息をつく。過ぎ去った道路を見ても、男の影も形もなし。モーターを止めてブレーキを踏んでいるとはいえ、まだそれなりの速度が出ているはずなのだが、どうやら飛び降りて脱出したらしい。まさかこんなに早くは逃げまいと、高をくくっていなかったといえば嘘になる。

(あくまでちょいと事情を聞くだけで、悪いようにするつもりはなかったんだけど…… よっぽど面が割れたくない理由でもあるじゃんか?)

 そうなると余計気になるが、逃がした獲物のことをいくら考えてもきりがない。黄泉川はうんと背伸びをすると、事後処理について考え始めるのだった。

 

 

 

 

 警備員活動第七三支部。今回の事件の作戦会議が行われていたこの場所では、つかの間、安堵の雰囲気が流れていた。まだ犯人が捕まっていないので事件が完全に解決したわけではないのだが、それでも一人の犠牲者も出すことなく事件が収拾されたのは喜ぶべきことだ。

「はあーー。無事に停まってよかったです……」

 パソコンを前にして、ぐてんとしている初春もその一人。ついさっき分かったことだが、犯人の狙いはあのトラックを第三学区にある国際会議場に突っ込ませることであったのだ。

 学園都市の上層部である十二人の統括理事と七カ国の首脳陣が公式会談を行っている場所で、なるほどここにあのトラックが突っ込んでいったらどんな被害が出るかは想像もつかない。最悪その事態を防ぐために運転手を犠牲にしてでも、途中の人工湖にトラックごと突っ込ませる案まで出てきていた所である。

 それは少々運転手やその人工湖の周囲の人々が犠牲になっても、会議場さえ無事なら構わないという考えだ。

 色々な事情や影響を考えればそれは正しい案であるかもしれないが、初春には納得がいかなかった。実際にその方向に作戦がシフトした時、初春自身も自分がどういった行動を起こすかは想像もつかないくらいに。それだから無事にトラックが停まったとの報告を聞いたとき、彼女はひどく安心したのだ。

 ……実は山岳陽子の娘さん達が、この場を訪れていたというのもある。二人とも学園都市の学生なのだが、母の危機と聞いて思わずやってきてしまったらしい。大人でさえも威圧感を覚える警備員の詰め所に乗り込んで、囲まれながらも『母親を助けて』と願う子供たちのなんといたいけなことか。

 ――――子を想う母の情は強いが、それと同じくらい母を慕う子の情もまた強い。彼女たちの悲痛な願いを聞いたとき、なんとしてでも山岳陽子を助けると初春は誓ったのだが、それが無事達成できたことは本当によかったと思う。

(でも……)

 そんな初春に残る、ひとつの疑問。

(どこかで聞いたことのある声だった気がするんですが……)

 それはあの無線で会話した謎の男性のこと。通信しているときは指示を出すので精一杯でそれどころではなかったが、落ち着いて振り返ってみればなんか聞き覚えのある声だったのだ。それも結構最近に。

(んー………… あ、)

 しばらく頭のカレンダーをさかのぼっていたら、唐突に初春は思い出した。それはあの虚空爆破事件の時のこと。それも初春自身が狙われて、あの御坂美琴が解決したときのことだ。

 元々第七学区に住み、夏休みにも差し掛かったこの時期で、いわゆる大人の男性の声を聞くことはそう多くない。警備員や学校の教師以外で彼女がであった男性も然り。それでいてあの声の主は確か……、

(そうだ! 虚空爆破事件の直前で財布を見つけてくれた……!!)

 確かに、いや間違いなくその人だと初春は思い出した。伊達眼鏡で妙に黒い肌をした特徴的な男性だったし、あんな事件の前だったのだから嫌でも記憶には残っていたのだ。

 気難しい顔をしていたが、人のよさそうな雰囲気でもあったあの男性。ここは風紀委員(ジャッジメント)、学園都市の治安を守るものとして報告するべきなのだろうが。

(…………………………まあ、いいかな)

 たっぷり数十秒は考えたか、最終的に初春はそういった決断を下した。事件を煽ったわけではなくむしろ手助けしてくれた人なのだし、悪い人ではない……はずだ。

 聞いた話では顔を隠していたというし、知られたくない事情でもあるのかもしれない。恩を仇で返す気にも、今の初春にはならなかった。…………彼女はまだ中学一年生、人の善性を容易く信じられる年代だ。この判断も無理はない。報告すれば衛宮士郎の足取りも完璧に捕らえられてしまっただろうが、幸いにして彼女はそうしなかった。

 そして結局黄泉川の報告だけでは謎の部分が多すぎて、ついぞ警備員はその正体を掴めなかったのであった。

 

 

 

 

「さて、ひと段落といった所か」

 所変わって学園都市内のどこか。衛宮士郎は着替えながらも一息ついていた。無事に脱出に成功した彼は、痕跡を残さぬようにいたるところを回った後、改めて街を歩いているのだった。今回ばかりは足取りを巻くのに、魔術も色々と駆使したほどだ。

『犠牲者も出ず。無事に終わってよかったですね、シロウ。……ですが』

『わかってる、少々目立ちすぎたな。だが結果オーライだ』

 セイバーの心配。それは色々と情報を残しすぎた点だ。声、身長、体形、個人を特定するのには十分な情報を。

『まあ、仕方あるまいよ。そこは向こうに任せるさ』

 衛宮士郎の言う向こうとはアレイスターのこと。ある程度はその情報処理・操作に期待するしかない。むしろ今回は衛宮士郎にとっては別の収穫があった。

『それよりも、こっちが重要だ』

 衛宮士郎が手に取っているのは、黄泉川愛穂が使っていた無線機だ。つまり警備員に正式採用されている一品である。このままでは場所を特定されかねない危険性もあるので、今は電池ごと引っこ抜いているが。

『どうにか改造して、無線傍受が出来るようにしようと思ってな』

『また危険なことを……』

 下手をせずとも危ない綱渡りだ。わざわざ何でそんな事をするのかとセイバーが聞けば、

『なぜって、困ってる人がどこにいるか直ぐ分かるからに決まってるだろう?』

 何でそんなことを聞くのだ、といった口調で衛宮士郎は返すのだ。たとえ学園都市に留まることを決めた後でも、彼のすることは変わってはいない。

 困っている人を助ける正義の味方。自分に降りかかる業火よりも、他人に降りかかる火の粉を気にするその人となり。いつかきっと、いや必ず破綻するであろうその在り方は、セイバーから見ても変わってはいなかった。

 何故自分がこうして衛宮士郎に憑いているのか、どうして遠坂凛はこんなことをしたのか。それを自ら考えるに当たり、最近ではセイバーにもあるひとつの考えが浮かんできていた。だがそれは衛宮士郎に話すものではないし、むしろ話してはいけないものであると思う。

(しかしリン、何故私なのです?)

 漠然と、思い浮かぶはそんな疑問。彼女の考えが正しいならば、それはある意味でやり直しであり、彼女の願いに遠からず。歩く衛宮士郎の様子を見ながら、セイバーもまた自問を続けるのであった。




12000字
いわゆる初春SSの話です。あっさりとしめてますが、一番悩んだのは『どうやってトラックを止めるか』ですね。脳内妄想を重ねに重ね、力技で止める方法もいくつか思いついたのですがこういった形に落ち着きました。元ネタでどうやって止めたか知りたい方はぜひ、禁書SPを購入してください。
うーん、六位ものの一番簡単な解決方法は第八位にするのが簡単じゃないかなって個人的には。
六という数字に拘りがあるなら別ですけども、幸い八位候補はいてもあくまで候補ですし。
……ひねりなさ過ぎですか、すいません
原作の六位すら生かせた何らかの展開を構築できたなら、それはすばらしいと思います

おまけのボツ案

没案1:トラックそのものを強化。横転しても大丈夫!
    →摩擦熱で爆発するかも分からん

没案2:途中で出てくる歩道橋に鎖を巻かせて歩道橋に引っ掛けるようにして止める
    →歩道橋、トラックそのものの耐久度が心配

没案3:風王結界で空気抵抗をブースト
    →諸事情によりセイバーをこの時点で出すわけにはいかない

没案4:人工湖でどうにかこうにか
    →同上

といった感じです。原作以外の解決策を練るのは難しい。

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