主に文法・誤字なので支障はないかと
「――――――――――」
上条とステイルは、共々言葉を失っていた。
二人の目に映っているのは――――――まるで、幻想のような少女。
金砂のように映える髪を持ち、翡翠のように澄んだ瞳を持つその少女は、白いブラウスに青いスカート、そして腰に二振りの剣を携えて佇んでいる。背はインデックスより少し大きい位の小柄な少女だが、纏う雰囲気は凛としたそれだ。
美しく端正な面立ちに、周囲を飲み込みそうなほどの存在感を放ちながら、彼女はそこにいた。自分の心臓の音がやけに高く聞こえるのは、ステイルが事前に張った人払いのせいなんかではない。
上条は今までの人生で経験したことがないほどの、その圧倒的な存在に呑まれてしまったのだ。それは、波一つない水面を思い起こさせた。
「――――あ」
ぼうっと幻でも見ているかのように呆けていた二人だが、その少女がこちらに気づいて向かってくるのを見て、漸く頭をはっきりさせる。上条はいきなりの出来事に未だ動悸が治まらないが、ステイルがカードを取り出しているのを見て慌てたように声をかけた。
「お、おい! テメエなにやってんだ!?」
「黙ってろ! くそ、こんなに早く出てくるなんて、いや、そもそもあれがここにいるなんて想定外だぞ!!」
ステイルの顔に浮かぶのは焦りの表情。確かにステイルも上条と同様にあの少女に見とれていたが、それはなにも単純に呑まれてしまったからではない。
それは、最悪の状況が現実となった可能性が彼の中で芽生えたからである。あの存在感、内にある異様な魔力。どれをとっても、この状況下で該当する存在は一つしかない。
吸血鬼。
カインの末裔。
ステイルには、あの少女が件の吸血鬼に見えたのだ。……ステイルがそう考えるのも無理はない。何せ周囲には人払いの結界が張ってあり、一般人が入れるような状況ではないのだ。加えてアレイスターの計らいにより科学側は勿論、魔術側の増援など存在せず、ここにいるのは自分と上条だけのはず。
それなのに今こうして目の前に現れたあの少女。ステイルはおろか、上条までもが見覚えのない人物なのだ。彼女を錬金術師が吸血殺しで押さえ込んだ吸血鬼と疑っても仕方のない話である。
(ちっ、手持ちの炎剣だけではとてもじゃないが……!)
インデックスを学生寮においている都合上、彼の
とてもではないが無尽蔵の魔力を持つとされる吸血鬼に敵うような状況ではない。唯一の望みとして隣でこちらを見上げている上条当麻がいるが、吸血鬼相手にどこまでいけるかは未知数だ。
(一旦引くべきか? だが、この状況で……)
この状況で、果たしてあれが逃がしてくれるかどうか。ごくりと唾をのむステイル。そう考えている間にも、あの少女はどんどん近づいてくる――――
「――――――――っ!!」
策を練ろうにも時間がない。逃げようにも距離が近すぎる。こうなったらと、半ばやけでステイルが戦う覚悟を決めたとき、
「ああ、やっときましたねトウマ」
「…………………………は?」
少女の声に、抜けた返事をしたのは上条だ。ステイルの方も、指の間にカードを挟んだままで唖然として少女を見つめている。口をあけた二人をよそに、少女は上条の目の前までやってきた。
「シロウに頼まれてあなた方の援護に来ました。セイバーと、そう呼んでください」
よろしくお願いしますね、と手を差し出す少女――――セイバーに、上条は初めぼうっとその顔を眺める。だがすぐに頭を振ると、慌てて手を差し出しながら聞いた。
「えっと、あの、士郎に頼まれてって今言ったのか? 士郎って、衛宮士郎の事……だよな?」
「ええ、あなたの友人の、その衛宮士郎です。私は彼に、今回あなたを守護するように頼まれましたので」
「………………………………」
援護しに来ました、と上条に微笑みかけるセイバーの様子を観察しながら、ステイルは会話に出てきた男の名前に眉を上げる。そもそも事前連絡もない援護という時点で怪しいのに、衛宮士郎が関わってくると聞けば疑いは倍増するのだ。今まで調べても影も形も出なかった衛宮士郎の仕事仲間という存在に、油断なくカードを構えながら問いかける。
「待て、衛宮士郎に頼まれたといったな。奴の知り合いだと言う証拠でもあるのか。お前が敵陣の刺客だという可能性もあるんだぞ」
「それは
「いや……」
ステイル自身このタイミングで意外すぎる所から増援がきた事に対して心の整理が出来ていないだけで、このセイバーと名のる少女が錬金術師側だとは既に考えていない。敵なら近づいて来た時にさっさとこちらを仕留めれば良いだけの話であったし、実際目の前の少女にはそれだけの実力があると踏んでいる。
だが、多少の不安が残るのもまた事実であるし、そもそも意図が分からない。……衛宮士郎そのものの情報が不明瞭なこともあるし、いきなり協力すると言われても素直にはいそうですかとは言えないだろう。
「…………確かにそうだ、が。 ………………それ以前に衛宮士郎がこの作戦に参加することは禁じられているはずだぞ。それは承知の上でここにきたのか?」
「そんな事は言うまでもない。それに「参加」は禁じられていても、「関与」は禁じられてないと聞いた。私がシロウから話を聞いて自分の意思でここにやって来たとすれば、何の問題もないはずだが」
「ぬ、む………… 今一度確認するが、本当に衛宮士郎に頼まれたのだろうな?」
「そうと言っただろう。シロウが考えるところでは、あなたとトウマを二人一緒に戦場に放り込むのは甚く危なっかしいとの事だ」
ああ、とここにきて漸く、ステイルはこの少女が衛宮士郎から送られてきたことに合点がいった。つまり誓約のようなものだ。故意に上条当麻を危険な目にあわせれば、その時は覚悟しろ、と。
何故あの男がこうまで上条の事を気にかけるかは知らないが、そういう事ならまだ納得がいく。
「………………なるほど。君は監視役でもあるわけだ。わざわざご苦労なことだね」
「では『ご苦労』をさせないようにするのだな、
「……………ふん」
鼻を鳴らしてセイバーから視線を外すステイル。この少女に見た目以上の実力があることは彼も判っている。それどころか聖人相手に肉弾戦で食い下がったあの衛宮士郎よりも、純粋な力量は上なのではないだろうか。
(全く。こういうのをこの国の言葉で、類は友を呼ぶと言うんだったか? なんなんだあいつらは)
本国に報告することが増えたな、とステイルは一人呟く。上条はというと、衛宮士郎の知り合いという事に驚きながらもセイバーと言葉を交わしていた。
「いやー、士郎の知り合いが学園都市にいたなんて知らなかったな。士郎ももっと早く教えてくれれば良かったのにさぁ」
「いえ、私もシロウのサポートのために先ほど来たばかりなのです。ちょうどその時にこの話を聞いて飛んで来たという訳でして」
「え? でも、ほらさ……」
魔術師って基本的に学園都市にそう簡単に入れるものなのか? と上条はひそひそ声でセイバーに聞く。彼女はこほんと軽く咳払いすると、同じく小さな声で上条に返した。
「実は、正規の手段で入ったわけではないのです。出来れば秘密にして頂けるとありがたいのですが」
「ん、そりゃ別にかまわないけど……」
まあ、上条からして既に不法侵入者を二人も部屋に匿っているのが現状だ。今更そんな事についてどうこう気にしたりなどしない。感謝します、とセイバーは礼を言うと、何事か考え込んでるステイルに向き直った。
「私は直接資料に目を通したわけではないので、一番この戦場に詳しいのはあなただ。基本方針を伝えてくれれば、こちらとしても出来うる限りそれに沿おう」
「……今更資料は見せられないよ。こちらとしても学園都市との約束があるわけだし、君の扱いは勝手に事件に首を突っ込んだ乱入者だ。一切の責任は取らないし、なんの報酬もない。もちろん、それは判ってるんだろうな?」
「当然、初めからそのつもりだ。トウマを無事に守りきり、吸血殺しを保有する少女……姫神秋沙を助け出せればそれでいい」
毅然と答えるセイバー。ステイルの言う責任とは戦場でのことはおろか、その後に間違いなくあるであろう両陣営からの追求にも協力する気はないということなのだが、彼女はそれでも構わないと言った。
(…………………………)
彼らが何を考えているのか、今のステイルには判断できない。ただ彼としてもここで協力を断らない理由はないし、何よりこのミッションの成功率が上がるならそれは歓迎すべきことだ。情報の流出に関しても彼はそもそも炎剣一本しか持ってない上に、謎に包まれた衛宮士郎の事が何かわかるならそれで十分だった。
ステイルは息を吐くと、上条とセイバーの方へと顔を向ける。
「じゃあそろそろ行こうか。いつまでもここで話してるわけにはいかないからね」
向かうは敵の居城、挑むは騎士に魔術師に学生。ちぐはぐだが、裏はどうあれ意志は一つだ。夕焼けを背にそびえるビルに、三人は足を揃えて向かい始めた。
これより少し前、『三沢塾』近くの某所。衛宮士郎は一人で…………いや、セイバーと二人で話し合っていた。
『私が、変わりに?』
『そうだ。今回オレは協力できない。…………だが、それだけだ。セイバーが参加してはいけないとは奴も言ってはいまい?』
『確かに、そうですが……』
いいのですか? とセイバーは尋ねる。ここで衛宮士郎の代わりに彼女を出すと言うことは、セイバーの存在が学園都市に露見すると言うことでもある。正直な話、デメリットは大きい。だが、
『別にかまわないさ。それで当麻や監禁されてる女の子が助かれば、オレが泥をかぶる分には何の問題もないだろう?』
『……シロウがそう言うならば、私も気にはしませんが』
はあ、とセイバーは内心でため息を吐く。こういうところは月日を経ても何一つ変わってはいない。ことこの場において情報と言うのは生命線であるのに、それをあっさり放棄するその姿勢。
人を救うためといえば聞こえはいいが、限度を知らないのは致命的だ。何しろこの衛宮士郎と言う男は、他人のために平気で命を投げ出せるような人なのだから。
(やはり、根っこが問題なのでしょうか……)
養父の理想に骨の髄まで毒されたその在り方は、根深く容易には変えがたい。無理をすれば彼自身が壊れてしまうほどに。 ――――いや、それを言えば彼は既に壊れた存在なのだが。
……そこまで思考を巡らしたセイバーだが、今はそんな事を考えている場合ではないと思い返す。衛宮士郎の事を気にするあまり、今のこの状況を疎かにしてはならない。
『それでは、トウマにはどう説明するのです。 私はシロウの友人だとでも言えばいいのですか?』
『まあ、それが妥当だろうな。今の……、あの当麻になら、その説明で問題はあるまい』
『今の、とは? 一体どういうことですか?』
衛宮士郎の妙な言い回しに、セイバーは違和感を覚えた。『今の』だなんてわざわざ言及する必要はないのに、彼があえて付け加えたその理由。
衛宮士郎はセイバーの追求にぐっと眉に皺を寄せると、ぼそりと返した。
『今の、記憶喪失の当麻になら、という意味だ。以前の記憶を失ってしまった当麻になら、私に友人がいるといっても何の問題もないからな……』
上条当麻が記憶を失う前、初めて彼が衛宮士郎と出会い助けたときに、衛宮士郎は上条に自分は記憶喪失で、名前以外のことは思い出せないと説明していたのだ。名前以外が思い出せない以上交友関係など思い出せるはずもないので、セイバーが友人だと言う説明にも矛盾が生じる訳なのだが、
『なるほど。だからこそ、シロウとの出会いを忘れた今のトウマにはその説明が効果的だというのですね』
『……あいつは記憶喪失の事をずっと隠し通すつもりらしいからな。下手にこちらに疑いを持たせないよう、こっちの事情には疑いを挟んでこないだろうよ』
意外なところから出た記憶喪失の恩恵だが、無論衛宮士郎にとっては悔しさしか感じない事だ。彼からしてみれば上条の記憶喪失の原因の一端は自分が背負っていると思っているのだし、それにつけこむような真似をするのも本心ではない。
だが今この状況においては……という事で、自分を無理に納得させるようなものでもあった。
『それで、あとは武器の話だが……』
『そうですね。西洋剣の類を用意していただければ。対吸血鬼用の武装も欲しいところですが』
『
衛宮士郎の提案にセイバーはしばらく考え込んでいたようであったが、やがてかぶりを振るような気配を見せる。
『できれば適当な魔剣を一振りお願いします。 …………世界が違うとはいえ、聖剣から私の正体に感づかれる可能性が無いとは言えません。』
『君には
風王結界。
セイバー――――アーサー王、アルトリア=ペンドラゴンの持つ宝具の一つで、風で出来た鞘といったところか。どちらかというと魔術に分類されるもので、幾重にも重なる空気の層により剣を透明化させることが可能である。間合いを隠すことで近接戦において有利になれる他、いろいろと応用も出来るのだが本質はそこではない。
この宝具の真価は、あまりに有名すぎるアーサー王の聖剣を隠すことにこそある。それ故、衛宮士郎も勝利すべき黄金の剣を投影しても構わないと踏んだのだ。
『問題という訳ではありませんが、トウマの右手がありますので……』
『……そうか。下手をすると、インデックスの歩く教会のように二度と機能しない可能性もあるのか』
『はい。それを考えれば、今回は風王結界を使わないほうが良いかと』
上条当麻の右手に宿る
衛宮士郎も同様に感じたようで、ふむ、と顎を撫でる。
『わかった。格の低い魔剣を用意しておこう。 ……だが万が一ということもある。一応勝利すべき黄金の剣も用意しておくから、それも鞘に入れて下げておいてくれ』
ただの吸血鬼程度に剣の英霊たるセイバーが後塵を拝するなどあり得ないが、未知の敵に対して手を抜くのは愚策という物。衛宮士郎は剣を投影しようと人目につかない場所を探そうとしたが、
『…………あの、シロウ。実は、もう一つ……非常に大きな問題がありまして』
セイバーの、どこか遠慮がちな声に足を止めた。
『どうした、剣だけでは足りなかったか? ああ、吸血鬼が相手だから黒鍵も用意すべきだったか』
『いえ、そういう訳ではないのですが…………』
珍しく歯切れの悪いセイバーに衛宮士郎はいぶかしげな顔をする。彼からすればもう何の問題は無い様に思えるのだが……、
『………………く、がです……ね』
『うん? すまない、よく聞こえなかった。もう一度言ってないか?』
『……ですから。私の………くが…………』
『……本当にすまない。もう一回だけ言ってくれ』
小声で呟くように言葉を発するセイバーに、衛宮士郎がさらに聞き返した。彼女がこんな態度を取るのは、衛宮士郎からしても本当に珍しい。そんなセイバーは一回大きく息を吐いたような雰囲気を見せると、意を決したように(それでも小声で)口を開いた。
『……私の、服と……………………し、下着も用意してくれませんか?』
『――――――――』
パキン、と。凍りついたかのようにその場で固まる衛宮士郎。そう、セイバーが言わんとしていたのは、彼女の服の問題である。鎧はセイバー自身の魔力で編まれるものなので支障は無い。だが、その下に着る服は別だ。今までは全く表に出てこなかったため考える必要すらなかったが、実際に外で動くと言うのにセイバーの服が無いのはまずいどころか問題外である。
さすがの彼らにも入れ替わる際に服まで変わるなんていうステキ性能はついていない。聖杯戦争時で鎧下に着ていた青を基調とした服は、今は存在しないのだ。となれば、衛宮士郎のしなければならないことは一つである。固まった彼に、セイバーが恐る恐る話しかけた。
『あ、あの、シロウ……?』
『……オレの配慮不足だった。悪い』
その場にセイバーはいなくとも、頭を下げる衛宮士郎。確かに、セイバーの服が必要なのは確かだった。今回は上条を守りながら戦う関係上、彼女の鎧も幻想殺しで無効化される可能性が高いのだ。無力化されると判っていて不必要な魔力を使うのも馬鹿らしい。
歩き回るのにまさか男物の服を着るわけにもいかないし、そもそも彼の持っている服はサイズが大きすぎる。
…………要は買いに行かなければならない訳だ。女物の服と下着を、いい年した男の衛宮士郎が。
『…………はあ』
『シロウ…… あの、どうしてもというならば――――』
『いや、言うなセイバー。大丈夫だ、これくらいなんて事ないさ』
『……本当ですか?』
少々声が震えているような気がしますが、と不安そうなセイバーだが、実際問題必要不可欠なものだ。衛宮士郎も自身に渇を入れなおすと、本格的にセイバーの服について考え始めた。
『さて、まあオレとしては服を買いに行くには全くもってなんの問題も無い、が。 ……そうなるとまた別の問題が出てきたな』
『別の問題?』
『ああ。だってこのオレが女物の服を買うんだぞ?』
『わ、私は別にシロウが選んでくれた服であればなんでもかまいませんよ。シロウのセンスにお任せします』
若干嬉しそうな声のトーンで話すセイバー。そんなセイバーに対して、衛宮士郎は苦笑いしながら言葉を返す。
『……センス云々は置いといて。オレが言いたかったのはオレが女物の服を買うところを奴に知られないようにしないといけないなって事なんだが』
『…………』
『つまり、アレイスターのことだが』
『……わかってますよ』
ちょっとばかりセイバーの声がむっとした感じになっていたが、衛宮士郎はその問題の対策のために気にしている場合ではない。
……セイバーが拗ねたのは別に勘違いをしていた事が恥ずかしかったからではなく、衛宮士郎の悩んだ理由が彼女じゃなくてアレイスターだったことに起因するのだが、そこはやはり衛宮士郎といったところだろうか、気づく様子は全くなし。
(しかし……)
まあセイバーもあまり時間が無いことは承知している。不満げな様子を見せたのも一瞬、すぐに策を考え始めた。
(確かにシロウがそれを買う様子だけは、隠し通す必要がありますね)
セイバーの存在が露見することはもう構わない。そのデメリットを承知の上で、既に二人は覚悟は決めてある。だが、だがそれでも、衛宮士郎とセイバーが一心同体、いや、
それには当然、衛宮士郎からセイバーに移り変わる場面を見られてはならないし、その逆も然り。また衛宮士郎が当日買ったものと同じ女物の服をセイバーが着ているのも、あからさまに怪しい要因となりうるだろう。
残念ながら(むしろ当然だが)彼と一緒にこちらに跳ばされていたスーツケースには、男物しか入っていない。
『投影品で服を用意するというのは――――』
『シロウ、何か言いましたか?』
『……いや、何も』
凄くいイイ笑顔をしていそうなセイバーの声だが、衛宮士郎とて投影品の服が実用的でないのはわかっている。幻想殺しもそうだし、そもそもイメージに綻びが生じる程の衝撃が走ったら服は消えて無くなってしまう。そうなったらセイバーがどうなるかはお察しである。
『しかし、投影品でなく学園都市にも気づかれること無く服を手に入れるとなると……』
『……少し不安ですが、私に一つ案が』
『――――ほう。奇遇だなセイバー、オレにも一つだけ策がある』
一様二様は判らずとも、共に案を出す二人。しばらく道端で歩きながら話し合い、擦り合わせた策を実行に移すこととなった。
この学園都市内で、衛宮士郎が絶対の自信を持って監視が一切無いと言い切れる場所。実はそんな場所が、たった一箇所だけ存在する。
ありとあらゆる監視網を逃れていると、衛宮士郎が保障する場所。一体、それはどこなのか? その場所は、衛宮士郎が最低でも一日に数回は魔術・科学の双方から点検している。その場所は、衛宮士郎自身が自ら監視の対策を施している。
――――その場所は、上条当麻の部屋であった。
『まだ当麻もインデックスも帰ってないようだな』
『そのようですね』
預けておいた食材を引き出した衛宮士郎は、そのまま学生寮に帰っていた。とりあえず冷蔵庫に買ってきたものを入れ、部屋の中を今一度検める。
衛宮士郎の目と解析で調べた限りでは、やはりここには監視が無いように思えた。
「さて、と……」
部屋のチェックを終えた衛宮士郎は、そこでレディースの服と帽子、その他剣を含めこれから必要なものを投影。その横にコンビニの袋で包まれた何かを置くと、はあ、とため息を吐いてセイバーに話しかける。
『……用意は出来た。電気も消すか?』
『…………お願いします』
そして落とされる明かり。しばらくの間、かさかさと布のずれる音が続く。
無言のままの時間が数分経ち、次に部屋が明るくなった時――――そこには私服姿のセイバーが立っていた。
投影品の服がまずいと言っても、それはあくまで上条の傍にいる場合のみの話である。服が破れるほどの激しい動きをしたりさえしなければ、日常生活を送るにそこまで支障は無いのだ。
とは言っても、無論このままの姿で『三沢塾』へ行くわけではない。要はつなぎのための服だ。彼女は自分の体を確認するように、床の剣を手に取ると流れるような動きでそれを振るう。
たたん、と部屋の中を飛び回ると、急に足を止めてはまた動き出す。それを十回ほど繰り返した。
『どうだ、体の調子は?』
『万全といっていいでしょう。これなら仔細なく動けます』
衛宮士郎の問いに、剣を鞘に収めながら答えるセイバー。衛宮士郎の着ていた服を片付けてコンビニの袋をゴミ箱へ入れた彼女は、もう一振りの剣も鞘へと収めた。
その後それを大型の楽器ケースに入れて背負うと、そのまま堂々と部屋の外へと出て行く。万が一留守中に上条が帰ってきてしまっても、余計な心配をかけないようにするためである。
「おお…………」
寮を出て、開けた場所に降り立ったセイバーはそこで、ほう、と息を漏らした。眩しい陽光、肌に感じる風。五感全てを総動員して世界を感じ、改めて今ここに自分がいることを実感する。
『……やはり自分で直に感じるのは違いますね』
『そうだろうな。私も今は、なんだか妙な感じだ』
セイバーの頭の中で響くは、衛宮士郎の声。立ち位置が入れ替わった二人は、そのまま目的地へと足を進める。幸いセイバーの背格好は高校生ほどのものなので、大きな荷物を背負っていても学園都市の光景にさして違和感は無い。
袖や胸元にフリルをあしらった白黒のワンピース、黒のベレー帽といったファションだが、これらは全て衛宮士郎が道行く女性から適当にチョイスした投影品だ。……ちなみにいま履いている下着も同様。女性用下着一式を投影しているときの衛宮士郎といったら。遠坂凛がその場にいたら大爆笑して呼吸困難必須のものであったとだけ言及しておく。実物はコンビニで購入済みである。
『しかし……』
しばらく歩いて、セイバーがぼそりと呟く。
『先ほどから、色々な人からの視線を感じるのですが……… シロウ、やはりこの作戦は良くなかったのでは? 監視の目が大きすぎるような気がします』
『監視の目、か。 ……まあ半分正解、半分間違いといった所だな』
『半分、ですか?』
よくわからないといた風のセイバーに、衛宮士郎は苦笑する。
確かに、今のセイバーにはアレイスターからの監視の目が向けられていることは間違いない。何しろ上条の部屋から急に現れたわけであるし、まず間違いなく向こうも彼女が衛宮士郎の関係者だと予測しているだろう。
だがそこはもう問題ではないのだ。セイバーを表に出すと決めた以上、そこは既に腹をくくっている。先ほども言ったとおり、今二人が何としても隠し通すべきは唯一つ。
その二人がほぼ同一の存在であること。むしろそれさえ露見しなければ、彼女にいくら監視が向けられようが全く構わない。セイバーが今おおっぴらに外を歩いているのはそういう訳である。
……ちなみに半分正解といった衛宮士郎の真意は、まあセイバーの容姿を考えれば的がつくだろう。確かに彼女は学園都市に溶け込めるだけの年齢だ。
だが、溶け込むことと目を惹くことはまた別である。見目麗しい少女が通りを歩いていたら、誰だってちらりと目を向けるだろう。しかもそれが女性でもはっとするような美人さんならなおさら。
つまりはそういうことである。
『さあ、ついたぞセイバー』
そんな理由だとは思いもせずに、半分の意味についていて考えていたセイバーはいつのまにか目的地の前まで来ていた。といってもここは三沢塾ではない。ここは学生寮から一番近いアパレルショップである。
『オレがここで女物の服を買うのは違和感があるが、セイバーなら問題ない。単純なことだがな』
店を前にして口を開いているのは衛宮士郎。今回の行動での一番の肝要は、アレイスターに妙な違和感を覚えさせないことだ。
男の衛宮士郎が必要無いはずの女物を買うということ。衛宮士郎とセイバーが別々の存在だとした場合に、それは非常に変なことだ。
そんなおかしな行動を取れば誰だってこう感じる。何故セイバーが直接買いに行かなかったのか、と。それは些細な違和感だろう。小さな問題だろう。
だが小さな芽から潰していくのが、万全を期すということなのだ。店に入ったセイバーは棚を眺めながら悩む。
『一体どういう服を選べばよいのか…… 残念ながら私にはあまり見当がつきませんね』
『なに心配するな。セイバーならきっと何でも似合うさ』
『そ、そうでしょうか』
衛宮士郎の言葉に嬉しげな様子のセイバー。そんなやりとりをしながら店内を少々廻っていると、衛宮士郎は彼女が店のある一点に目を向けている事に気づいた。
『どうしたセイバー?』
『あ、シロウ…… いえ、あれを見ていたのですが……』
セイバーの目線の先には、真っ白なブラウスが一つ。胸元に青いリボンが飾られたそれは、彼女が聖杯戦争のときに着ていた服に瓜二つである。そしてその近くには、これまたそっくりな青色のロングスカートも並べられていた。
「お買い上げありがとうございました」
店員の声を背に店を出るセイバー。その手には紙袋が一つ握られている。
『それでよかったのか、セイバー?』
『もちろんです。十分満足のいく結果でしたよ』
いい買い物をしました、とセイバーはにこやかに笑みを浮かべていた。あとは再び学生寮に帰り、これに着替えるだけである。わりかし早めに済んだので、まだ夕方にさえなっていなかった。
夏休みに入っているからか、通りは賑わい喧騒が途切れることは無い。少年少女が、思い思いのことをしていることがわかる。
『平和なものですね』
『……そうだな』
彼らはこの街に錬金術師などという異物が入り込んでいることも、一人の少女が監禁されていることも知らない。傍から見ればいたって普通の、いたって正常な光景だ。
だがその裏には、忘れてはならない、あの不気味な統括理事長が潜んでいることも確か。衛宮士郎には未だに、先ほどのアレイスターの意図が掴めない。
あれを解するには、もっと深みに潜る必要があるだろう。
(まあ、今はやるべきことが他にある)
それもこれも、とりあえずは目先の事件を片付けてから。部屋に帰って着替えたセイバーは、ケースを背負って再び外に出る。
今度こそ、向かうは『三沢塾』だ。
吸血鬼、錬金術師。吸血殺し。彼女の頭の中で三つのキーワードがぐるぐる廻るが、戦地へ向かう迷いなど、彼女には存在しない。
時代はおろか世界も違えど、彼女は確かに剣の英霊。
されど油断無く、誇りを胸に、彼女は戦場へと向かうのであった。
11000字
まさかの戦闘シーンなし
時系列で言えば前の話から五分と経っていないのだから自分でも驚きました
でも外堀を埋めることも重要だと思ってるので、どうかご勘弁を
以下Fate/EXTRA CCC関連 ネタバレというほどではないですが回避する方はご注意を
先日cccをプレイしたときに竜の血筋が非常に高い対魔力をもつということがわかりました。
ちょっと流れてるだけでクラススキルでもないのにA。 どれほど規格外なのかと。
無辜の怪物やムーンセルの性質の影響もありますが、何が言いたいかって言うとつまり
セイバーさんのクラススキルとかなしで、素の対魔力も結構高いんだね(汗 ってことです
いつかはかならず出す要素であるのでここで少し