とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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二ヶ月も更新せずにすいません
FF14とかMH4とかポケモンXYとかelonaとか、正直遊び呆けていました
申し訳ないです

あと今回は小さな前後構成的な感じになってます
詳しくは、あとがきで


遠く離れて

 その廊下は、夕陽の色をしていた。夕陽? おかしい、そんなはずはない。だって日はさっき沈んだはずだ。上条は落ち行く太陽を、その目で窓越しに見たのだから。でも確かに上条の目の前の廊下は今、真っ赤に染まっているのだった(・・・・・・・・・・・・・・)

「――――――」

 言葉が出ない。紅の液体と鉄の臭いに満ちたそこには、伏した大勢の人。今まで嗅いだ事が無いほどの濃密な『ソレ』が、上条の鼻腔を満たす。一階のロビーとは、まるで比べ物にならない。ねっとりとした何かが煙のように自分に纏わりついている気がする。足を動かせば、ぴちゃりと聞きたくも無い水音が聞こえる。

(ここは、なんだ?)

 セイバーとの合流を後に回し、『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』の核を追ってステイルと上条がたどり着いた場所がそこだった。いや、そこにたどり着く前から嫌な予感はしていたのだ。

 漂ってくる異臭に、人の少なさ。そして何よりよくよく考えれば、学園都市の学生が『偽・聖歌隊』に組み込まれたという事実がある。重要なのは学園都市に入る以上、ここの学生たちも何らかの超能力を持っているというわけで。

 それはつまり、超能力者が魔術を使った(・・・・・・・・・・・・)ということを意味していた。上条には記憶は無くとも知識はある。超能力者が持つ魔術への拒絶反応。その知識が語るには、魔術はそもそも普通の人間でも超常的な現象を起こすことが出来るようにするためのものである。

 それ故、普通ではない超能力者の体はどんな小規模魔術を起こすにも適していない。そんな超能力者が無理に魔術を使用すればどうなるか。その結果が、目の前の惨劇だった。

 文字通りの血路に上条は震える。そして震える上条の先に立っているのが、平然とした顔のステイル=マグヌスだった。彼は至って普通の表情で、まるでそこらの歩道でも歩いているかのような気軽さで血の海を渡る。

「さて、ここらにあるはずなんだけどね」

 ステイルは廊下の壁を軽く叩いた。彼の感覚だとこの階層に聖歌隊の核があるはずなのだ。そしてそれは、大した労もかからずにすぐに見つけることが出来た。その隠し場所、つまり廊下の壁そのものに彼は目を向ける。

「なるほど、壁に埋め込んでいるわけだ」

「……おい」

 そうして核を壊そうとするステイルの耳に聞こえる声。核を見つけたステイルの隣には、なんとか自分を立て直した上条がいた。その顔は未だ悄然としているが、少なくとも二本の足で立つ事は出来ている。上条の靴は辺りの血溜まりのせいで紅く染まり、走ったわけでもないのにその息は上がっていた。

「お前、なんも感じねえのかよ!」

「感じる? 何の話だい?」

「惚けんな!!」

 叫ぶ上条は勢いのままに周囲に倒れている生徒の一人を指差す。その生徒は息こそあれど、全身に走る裂傷からは止めどなく血が流れ出ている。

「早くこいつらを治療してやんねえと…… このままじゃ死んじまう! 死んじまうだろうが!!」

 敵陣の真っ只中にもかかわらず激情を抑えもしない上条に、ステイルはふうと息を吐く。

「治療だなんて無理に決まってるだろう? やるだけ時間の無駄さ」

「なっ……!!」

 にべもないステイルの返答に、上条の頭にかっと血が上る。

「ふざけんな! このまま全員見捨てろって言ってるのか!!」

「そう言ったつもりだけど?」

 冷静。対するステイルは至って冷静だった。こんな場面何度も見たことがあると言っているかのように、別段変わったことでもなんでもないと言っているかのように。実際、ステイルにはある種見慣れた光景だ。必要悪の教会(ネセサリウス)の指示で、彼が一体幾人の魔術師を焼き殺したことか。

 ……今の彼にこの光景を見て思うところが一切ないというわけではない。ただ、出来ることがない、余裕がないということをステイルは知っているのだ。

「こ……のっ!!」

 ステイルの言葉に彼の胸倉を掴まんと上条は迫ったが、その手をステイルはぱっと払った。

「よく考えてみなよ。ここは敵の本拠地で、僕らには任された仕事がある。そもそも、君はここにいる全員を助けられると本気で思っているのかい? 碌な供えもないのに? 救急車なんて呼べもしないこの状況で?」

「そ、それは……」

「ちなみに僕の魔術は当てにしないでくれよ。まともに扱えるのは火傷を治すことくらいだからね」

「…………ぐっ!!」

 ぎり、とそんな音が聞こえそうなほどに歯を食いしばる上条。よくよく考えればわかることなのだ、彼らに出来ることがないなんて。倒れ伏している生徒たちを治療する手段もなければ、外に出させるような力もない。無力。ただ無力。

 助けを求める声こそなけれど、彼らは巻き込まれてしまった被害者なのに。顔を下げて床を見れば、虚ろな目をした生徒たちがぴくりともせず倒れている。

「それに、そんな事で騒いでいる暇も僕らにはないみたいだよ」

「そんな事って……!」

 とはいえあんまりなステイルの言い方に、上条は抗議の声の声と共に顔を上げ、

「…………っ!!」

 廊下の奥から歩いてくる、妙な男に気がついた。いかにも高級そうな靴と白いスーツに身を包んだ長身の男。緑色にオールバックという可笑しな風体をしてはいるが、なぜかそれはひどく様になっている。その男には、その姿をさも当然とさせるような気品がどこかあった。

「…………お前が、アウレオルス=イザードか?」

「当然、私以外にアウレオルス=イザードなど存在しない。貴様たちがここにくることは、『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』を使えば容易に予測できることだ」

「……テメェか」

 揚々と語るアウレオルスに、上条は腹の底から響くような声で言葉を投げかける。

「テメェが、こいつらをこんな風にしやがったのか!!」

 上条は手を横に凪ぎ、右手をぐっと握り締めた。怒り心頭とは正にこの事か。怒髪天を衝くかの如く、見えない熱気が上条を覆っているようにも見える。怒号は廊下にビリビリと響き渡り、この場を揺らした。

 だがしかしそんな怒りはどうとでも無いという風に、あくまでアウルレオスは静かに語る。

「自然、一体何を驚いている。魔術師ならば血路を進むことぐらいどうとでもなかろうに」

「……どうとでもない、ね」

 アウレオルスの言葉に反応したのはステイルだ。彼は依然、怒る上条の隣に佇んでいる。

「お前、元々研究畑の人間だろう。なんだってそんなけったいな道を歩いている? 大人しく引きこもって本を書いていればいいものを」

 そう、アウルレオスの本職は元々ローマ正教の隠秘記録官(カンセラリウス)。教会の為に魔道書――――魔道書の注意書きとしての魔道書を書く専門家だ。そもそもそんな彼がこの極東に、よりにもよって科学側の総本山とも言える場所で騒動を起こしていることのほうがおかしい。

「憮然、説明するまでもないと思ったが。私がここにいるのはローマ正教にいては出来ないことを成す為に決まっている。今の私の悲願は、ここでこそ完成し得るのだ。自然、この『三沢塾』の特性上、材料にも事足りるからな」

「………………」

 アウレオルスのその言動に、眉をひそめるステイル。別に非人道的だとかいう話ではなく、もっと根本的な違和感を彼は感じたのだ。その点について、ステイルが追求しようとしたその時、

「材料、だと……」

 声が、響いた。唸り声とも吼え声ともつかぬソレは、ある一つの感情を凝縮したような何か。怒り。そう、怒りだ。ひり付く様な怒りが、その声には籠められている。ある種の熱と共に発せられた怒号は、まさに空気を震わした。

「ふっ……ざけんなよ! テメェ、一体どういう神経してやがる!!」

 その熱源は、ステイルの隣にいた上条だ。先程の比ではない勢いで彼は轟と吼える。

「そいつらは、そこで倒れてる奴らはただの学生だろうが! お前の勝手な都合で巻き込みやがって、魔術のゴタゴタに引き込んでんじゃねえ!! 何も知らねえ一般人を、こんな、こんな傷つけやがって…………お前は自分が何やってるのかわかってんのか!!」

「当然、理解している。使い魔(ファミリア)風情が口を挟むな。私が材料をどう扱うかなど、貴様に言われる筋合いはない」

「――――」

 そこで、上条の中の何かが切れた。まさにぷつん、と。頭の中は真っ白で、思考は一気に放棄される。

 ――――気づけば、上条は足を前に出していた。ずんずんと、拳を握り真っ直ぐにアウレオルスに向かう。そんな上条を興味深そうに眺めているステイルの横を通り過ぎ、倒れ伏す生徒たちから流れる血を踏みしめる。

 無論、アウレオルスもただ待っているだけではない。向かってくる上条をつまらなさそうに見ながら、彼はその手をヒュンと振りぬいた。上条がソレに反応できたのは、まさに僥倖と言う他ない。いや僥倖というか、不運が転じたというか。先程から血溜まりに足を突っ込んでいた上条の靴はそこそこ滑りやすくなっていたのだ。

 そんな状態で勇み足のまま掛けたのだから、上条は僅かにその足を滑らしてしまった。アウレオルスの狙いがずれたのではなく、上条が不意にがくんとその体を落としたのだ。そして上条の顔面を狙った何かはそのまま虚空を突っ切り、倒れていた生徒に突き刺さった。

 ――――パン。そんな何かが弾けたような音が上条の後方から聞こえた。そして妙な熱気が彼の背中をふわりと撫でる。嫌な予感がした上条は、体制を整えながら足を止めて後ろを振り向いた。

 ――――そこにあったのは、黄金の塊(・・・・)。しゅうしゅうと煙を出すいかにも高熱な液体が、黄金色に輝きながら広がっていく風景だ。

「我が必殺の『瞬間錬金(リメン=マグナ)』をまぐれとはいえ避けたか。だが次はない、大人しく我が錬金の糧となれ」

 アウレオルスは、その袖口から出ている鎖付きの金色の鏃を黄金から引き抜きながら揚々と喋る。そんな錬金術師の声が、上条にはどこか遠くに聞こえた。灼熱の黄金に反し、上条の内面は固く底冷えする。

 確かあそこには、あそこには学生が一人横たわっていたはずだ。それが黄金の塊に変わっているという現状がどういうことを意味しているなんて、そんなの分かりきっている。人一人が黄金に変えられた(・・・・・・・・・・・・)。 ……それは遠まわしに人が殺されたと言っている様なものだ。

 身近に迫った死の恐怖からか、それとも今の光景が余程信じられないのか。流石の上条も、その条理を無視した現象に足を止めてしまう。だが傍らで上条の突撃を眺めていたステイルは僅かに眉をひそめたものの、どこかつまらなさそうな目でそれを見つめて息を吐く。

「……やれやれ、何が出てくるかと思えば子供の自慢じゃないか」

「――――憮然。貴様、我が『瞬間錬金(リメン=マグナ)』を何と言った?」

 ステイルの呟きを、耳ざとくアウレオルスは拾い上げた。先程の人を黄金に変えた魔術、アウレオルス曰く『瞬間錬金』。魔術師の使う魔術は、その人の人生といっても過言ではない。魔術師が生涯を掛けた研究や鍛錬の果てに手に入れたそれを馬鹿にされるのは、その魔術師自身に対する愚弄他ならないのだ。

 いくらステイルとアウレオルスが顔見知りとはいえ、いや、顔見知りだからこそか、――――アウレオルスは、そのステイルの発言が許せなかった。じろりとステイルを睨め付けると、腕の狙いをそちらに合わせる。

 ステイルはステイルで、それに一切動じた様子を見せない。相変わらずアウレオルスを馬鹿にしたような目で見たままで、懐からカードを引き抜き謳い上げた。

灰は灰に―――(AshToAsh)―――塵は塵に―――(DustToDust)―――吸血殺しの紅十字(SqueamishBloody Rood)

 ごう、と風が舞う。そして辺りにルーンのカードが散らばると同時に、彼の右手からはまるで業火の象徴のような炎が線となって迸る。それは単純な剣のような形に姿を変えると、ステイルの右手に収まるようにして『炎剣』となった。

「まるで子供の自慢だな、と言ったんだよ。そんなちゃちなものを自慢げに語るお前を見てたら、なんだか笑えてきてね」

「――――貴様っ!!」

 ステイルの台詞に激昂するアウレオルス。そしてそのまま、腕をステイルの方に向けて振りぬこうとして、

「――――――ッ!!」

 何かにその体を、いや顔面をぶち抜かれた。

「ぎっ…………! があぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そのまま横様に吹っ飛び、壁に体ごと叩きつけられる。何かに殴られたような衝撃でぼたぼたと鼻から血を流しながら立ち上がったアウレオルスが見たのは、――――獣。

 いや、獣のように唸りながら突進してくる上条の姿だった。ぶっ殺す。そんな気迫さえ感じるそれは、アウレオルスには到底ただの人間とは思えなかった。

「が、ひっ」

 その突撃をかわそうと身を捩るも再び、今度は腹部にその拳を受ける。がぼ、と妙な音を口から漏らしながらアウレオルスは吸った息を全て吐き出した。急な展開に対応出来ていない。受けたダメージも勿論あるが、先程まで全く動いていなかった上条が、まるで魔術のように(・・・・・・・)突然現れた事に動揺しているのだ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――ッ!!」

 更なる追撃をかけんとする上条の気迫に、アウレオルスは命の危険すら感じた。根源的な恐怖。彼が今まで感じたことのないソレが、ぞわりとした怖気とともに襲い掛かる。経験したことのない感情に飲み込まれながら、もはや狙いすら定めずアウレオルスは鏃を振るった。

 しかし狙って打ち出したならまだしも、そんな適当に放ったものがまともに飛ぶわけがない。あさっての方向とまではいかなくとも速度が足りず、鏃を上条の右手で叩き潰される。もはやアウレオルスには、その不可思議な現象を分析するだけの冷静さも残っていなかった。不意打ちに加え、必殺の一撃すら無に帰されるとは。

(愕、然、何故我が『瞬間錬金』が――――!?)

 そして三度目の衝撃がアウレオルスに走る。今度こそ、アウレオルスは吐いた。胃液を少量ぶちまけ、その口の中に独特の酸味が広がる。そも実戦派でないアウレオルスは打たれ弱い。もはやなりふり構わず床を転がりながら何とか上条の攻撃をよける様は、先程の優雅さとは程遠かった。

 それでも、それでも彼は生粋の錬金術師だ。理論もくそもないようなこの状況だが、もはや本能に近い判断で鏃を二、三本、上条ではなく真横に飛ばす(・・・・・・・)。頭に血が上ってるとはいえ、上条もまた本能的にその動きを追った。 ……その鏃の先には、数人の横たわった生徒。アウレオルスが何を狙っているのか悟った上条が目を見開いて叫ぶ。

「――――――よせっ!!」

 上条の叫びも空しく、鏃は生徒たちに突き刺さった。ぶちゅり、と。そんな肉を抉る音が上条には聞こえた気がする。そして内から弾ける様に、生徒たちはその姿を黄金へと変えた。数人分の液状の黄金は人一人どころか廊下一面を覆いつくさんとする勢いでどろりと周囲へ広がる。当然、アウレオルスと上条がもみ合っている場所にも。

(野郎、俺と自分を分断しようとしてっ!)

 だが、アウレオルスがその気なら上条にも考えがある。要は黄金の溶岩が上条とアウレオルスを隔てる前に、アウレオルス側に飛んでしまえばよいのだ。

 そう考えてアウレオルス側に跳躍せんと身をかがめた上条だが、その目に再び信じられないようなものが目に入ってきた。

「ば、ばっかやろう!!」

 それを見た上条から思わず出てしまったのはそんな言葉。上条が見たのは――――先程とは比にならない、十数本の鏃を袖から放出したアウレオルスの姿。物量で潰す、それがアウレオルスの作戦ともいえない作戦だった。

 いや既に彼に戦意はない。ただ単に目の前の理解不能の脅威からの逃避行。その為だけの行為だ。三発全力で殴られたくらいでここまで取り乱すのも妙な話だが、アウレオルスは実は殴られた以上のダメージを受けていた。目の前の少年に殴られるたびに、全身から『何か』が吸い取られるような、いや、飲み込まれるような感覚に襲われるのだ。

 それは正しく脅威以外の何者でもない。自分を構成する『何か』、それが足場が崩れるように消え去っていく。このままでは消されてしまう(・・・・・・・)。それがアウレオルスになりふり構わない撤退を余儀なくさせた一番の理由だった。

 いくら彼が『人』の限界の探求者でも、自分が死んでしまってはどうしようもない。自らが鳴らす警鐘に従うようにして、アウレオルスは無数の鏃を突き刺した生徒たち――――今や黄金へと無残に姿を変えた彼らを振り回した。

 前に跳ぼうと身をかがめていた上条も、これには後ろに下がらざるを得ない。対してアウレオルスは、その全てに背を向けて這いずる様に逃げ出した。黄金の海が、上条とアウレオルスの間に広がる。もはや跳ぶは愚か、向こう側に渡ることすら困難なほどに。

「逃げんじゃねえ! もう勝負はついてんだろうが!! テメェが逃げたら、余計に――――くそっ!!」

 犠牲が増える。アウレオルスの背に向かって上条は怒鳴るが、その姿はどんどん遠くなっていく。

 追いかけられない所まで逃してしまった事に地団駄を踏んで悔しがる上条だが、その一瞬、背後から迫る何かを感じ取る。ぞわりと、彼に悪寒が走った。

(後、ろ? そういえば、後ろにはステイルが――――)

 ばっと背後を振り向く上条。そして上条が振り向くのとほぼ同時に、彼の顔の真横を何かが通る。

 炎剣。上条の顔スレスレで通り過ぎたのは、ステイル=マグヌス謹製の炎剣だった。

「あ゙つっ」

 その熱気に顔を歪めて声を上げる上条。髪の焦げた臭いがつんと上条の鼻をついた。まあ摂氏三〇〇〇度の物体が横を通れば、誰だって声を上げる。

 むしろそれだけで済んだ事が驚きだ。その時点でそれなりに配慮されているであろうが、上条としては炎剣を投げつけられるいわれはない。当然、抗議の声をステイルに上げようとして、

「がああああああああああああああっ!!」

 廊下の奥から聞こえた叫び声に、それを遮られた。何事かとステイルの方を向こうとしていた上条は、再びアウレオルスの方に向き直り目を剥いて呟く。

「……あいつ」

 そこにいたのは、だいぶ離れたところで廊下に倒れ伏すアウレオルスの姿。だがそれだけではない。未だ呻き声を上げているアウレオルスには――――――左足が無かった。いや、そこに左足はある。ただし黒焦げで、しかも本人から離れた状態で、という意味だが。

「まあ、下手にあの状態で動き回られても困るからね。後顧の憂いを断つ、といった感じかな」

 そんな声が、上条の後ろから聞こえた。声の主は勿論ステイル=マグヌス。その声色には微塵の躊躇い、悔いもない。まるで道端でタバコをふかすような気軽さで、彼はアウレオルスの左足を切り落とした。アウレオルスはのた打ち回り、ひいひいと声を上げながらそれでも廊下の奥へと這いずっていく。

「…………」

 そんな光景を見た上条の内心では、迷いが渦巻いていた。自分のためだけに生徒たちを犠牲にしたアウレオルスは、許せないとは思っている。実際上条も殴りかかったし、その時はそれこそぶっ殺してやるなんて思っていた。思っていた、のに。

 苦しげに声をあげ地べたを這いずり回るアウレオルスを見てると、なんだかその気が萎えて来る。幾人も殺したアウレオルスを外道だと思う、それは今でも変わってない。でも、なんだか。なんだか知らないが、

「…………くそっ」

 上条は毒づく。それは自分に対してか、それともアウレオルスか。ともかく、何かもやもやしたものが彼の内に残ったのは事実だった。そんな何かを考えるかのようにして俯く上条に、ステイルはやれやれと首を振って話しかけた。

「何をそんなにしょげてるかしらないけどね。いい加減、さっさと場所を移ろうか。あんな奴にかまけているほど暇じゃないんだから」

「……あんな奴って、あいつはこの事件の首謀者みてーなもんだろうが」

 未だ重い声で返す上条に、ステイルははあ、とため息を吐く。

「ま、きみは素人だからわからないか。あれはアウレオルス=イザード本人じゃない、ただの偽者(ダミー)だよ。アウレオルス=ダミーといったところか」

「――――は?」

 ぽかんと、それこそ今聞いた事が信じられないかのように上条は口をあけた。慌ててアウレオルスが這って行った方向を見るも、既に彼の姿は無い。

「足は落としたけど…… (ダミー)も必死か。あの距離じゃ、一発分しか狙えなかったから仕方ないんだけどさ」

 そんな風に感想を漏らすステイルに、上条はおいおいと手を広げながら近づいた。

「じょ、冗談はよせよ。ありゃ、どう見ても人間だったじゃねえか」

「あれは基礎物質にケルト十字を使った、ただのテレズマの塊にすぎない。ただ素人目ではわからないくらい精巧だったってだけの話だよ。現に、奴は恐らく自分が偽者だって事にすら気づいていないんじゃないかな?」

「そんな……」

 あれが、偽者。人を容易く黄金に変えるほどの力を持ったあれですら偽者だなんて。だとしたら、本物は一体どれほどの。上条には、その先の予想がつかなかった。黙り込む上条の様子を見ていたステイルは、それを呆れたように笑い飛ばす。

「君って奴は、人の話を聞いてなかったのかい? アウレオルス=イザードは確かにあの偽者よりは強いだろうね、なにしろ作り上げたのは奴自身だし。でも、それでも高は知れてるんだよ」

 ステイルは小馬鹿にした口調で続ける。

「前に言ったけど、アウレオルス=イザードってのはあくまでデスクワークがおもな仕事の魔術師だったんだ。そいつが例えば僕と対等になろうとするなら、それこそ何十何百の魔道具に頼らなきゃいけないのさ」

「そんなにかよ」

「そんなに、だ。まあ、この場においてはこの建物そのものが魔道具みたいなもんなんだけどね」

 あくまで余裕を崩さないステイルに、上条はなんだか不安を覚える。それでふと気になって、上条は一つステイルに聞いた。

「じゃあさ、本物の方が吸血鬼を利用して『錬金術』を完成させてたならどうなんだよ。その、世界を思い通りにするって奴をさ」

 上条はただなんとなく、なんとなくそう思っただけなのだ。なのに、その言葉に足を止めたステイルの声は思いのほか冷えていた。

「ありえない。そもそも完成するわけが無いものに対して対策を練ろうとも思わない。もしそんなものを奴が完成させてたら――――――――奴には、誰も勝てないよ」

 

 

 

 

 

 

 一面が、白に染まっていた。

(何だ……これは?)

 アウレオルス=イザード(・・・・・・・・・・・)が感じていたのは、彼らしくないぼんやりとした疑問。自分は確かに目の前の少女に()を投げかけたはずだ。それなのに、この状況はどうしたことか。視界は白く、体の感覚もない。

(…………い、や)

 だが。徐々に、徐々にであるが、失われていた五感がアウレオルスの手元へと戻ってきた。眼前が白いのは相変わらずだが、背中に感じる冷たい床(・・・・)の感触も。

(………………ッ!!)

 当然、彼は起き上がろうと力を入れる。

 ――――が、動けない。どうしたことかと口を開こうとして、はたと気づく。口も、開かない――――いや、何かに口元を押さえられている。正確には、口元を押さえているその手で床に仰向けに押さえつけられていた。

「無駄だ、錬金術師」

 そうしてもがくアウレオルスに降りかかるのは、冷徹な声。

「既に勝敗は決している。大人しく投降することだ」

 その声に彼はようやく全身の感覚を取り戻し、とんだ記憶も思い出した。ほんの数秒前の、彼が敗北した瞬間も。そうあの時、アウレオルスがが目の前の少女を押さえ込もうとしたその瞬間に、勝敗は既に決していたのだ。

 無論、彼に油断はなかった。自身の使う魔術に絶対の信頼を置きながら、それでもなお慎重を期した上で挑んだはずなのだ。彼の目的を達成するためには、万が一つにも失敗など、挫折など許されない。故に全力。特に目の前の特異な脅威に対しては、欠片も手を抜くことなく。

 そんなアウレオルスが使う魔術、彼の全てにして己の研鑽の結晶、その術式の名は、黄金練成(アルス=マグナ)

 黄金練成。

 全ての錬金術師の到達点にして決して届かないはずの永遠の憧れ。言葉一つ(・・・・)で何もかも思い通りにするその究極を、アウレオルスは限定的ながら振るうことが出来うるのである。以前ステイルが衛宮士郎に説明したとおり理論上は可能でもその呪文が長すぎるせいで、黄金練成は決して完成しない魔術であったはずなのだ。

 ではどうやって? 一体どうしてアウレオルスはその術式を完成させたのか。

 その答えは、いわゆる並行計算にあった。途方もなく永い時間がかかる呪文を、何も一つのタスクとして扱い直列的に演算する必要はない。アウレオルスは呪文の詠唱文そのものを千単位で区切った上で、それを区切った数と同数の人間で同時に(・・・)唱えさせたのである。

 そのための人員は、『三沢塾』の生徒諸君で補った。これだけの人員がいれば全世界とまではいかなくとも、この『三沢塾』のビル内部程度の範囲ならばほんの数日で黄金練成を行使できる。無論、それでも黄金練成が成立するように彼なりのアレンジを加えはしたが。そうしてアウレオルスがその手に修めた黄金練成は、完全で完璧であるはずだったのだ。

 正に前人未到、今まで誰も成し得なかった事をやってのけた彼は天才と言うほかない。実際それだけの力を持つ魔術であり、外部の魔術師ならば喉から手が出るほど奪いたいものだろう。

 だが、

(愕……然ッ、いかなる道理で、この私がこのような侮辱を受けるのかっ!!)

 そんなアウレオルスは、床を背に仰向けで倒れていた。彼の目に映った一面の白、それは天井の色。彼は完璧だった。魔術も完璧だった。何故? 何故こうして今、このような結果になっているのか。アウレオルスに油断はなかった。少女の、セイバーの実力を見た上で、自分以外では対処できないと考えて出てきたのだから。その速さも挟み撃ちの罠を仕掛けることで測ったはずなのだ。それを踏まえた上で届かない距離から呪詛を、いや言葉を発した(・・・・・・)

『言葉を発する』。 ――――――それが、この黄金練成の最大の弱点。

 セイバーは、アルトリア=ペンドラゴンは稀代の英霊だ。第五次聖杯戦争におけるキャスターならともかく、二語も話せばそれは隙だ。ましてや実戦派でもなく、元々デスクワークが主な仕事の魔術師ならばなおさら。

 そしてアウレオルス側の失策が『言葉』という根本的なものなら、セイバー側の決定打はやはり『直感』と『経験』だろう。そも一般的な魔術師は常人離れした様々な力を得る代わりに、『詠唱』というワンアクションを要することが多い。故にセイバーは、アウレオルスが何かを言う前にその『口』ごと押さえ込んだのだ。要は唱えさせなければいいという話。

 例えばステイルならば、事前に唱える事で炎剣を出していただろう。それに対して黄金練成は、――――あまりに自由度が高すぎた(・・・・・・・・)。何でも出来るせいで、焦点を合わせる必要があったのだ。

 ここで言うなら対象は目の前にいるセイバーただ一人なので省くとしても、「死ね」もしくは「平伏せ」。そういった言葉を発することが出来ていたならば、まさしくアウレオルスは勝利を収めていただろう。直感と経験則による合わせ技、そして罠にかかった時の彼女が決して全力ではなかったという事。それが彼の敗因だった。

「さて、と…… まずは操っている生徒たちを解放してもらおうか」

 アウレオルスの口から手を離し、絶対的有利の立場から告げるセイバー。その手には剣が握られており、仰向けのままのアウレオルスの喉元スレスレに突きつけられている。正に有無を言わさぬこの状況で、彼は当然焦っていた。

 急な展開に、理解が追いついていないと言うべきか。まあ敵と相対したと思っていたら負けていただなんて、一体どうして理解できよう。とにかく今の彼には時間が必要だった。ここからの逆転の秘策を、この少女の形をした脅威を排除する手段を練る時間が。じわりと汗をかきながら、上ずった声でアウレオルスは答える。

「……核を、核を破壊しなければ生徒たちは呪縛から解けん」

「核?」

「そうだ。当然、それはここにはない。自然、私がそこまで案内する必要がある」

 アウレオルスの言う核とは、つまり『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』の中核のことだ。その運用自体は自分のダミー、アウレオルス=ダミーに任せてはいるのだが、それを破壊しさえすれば確かに『偽・聖歌隊』は止まる。 ……『偽・聖歌隊』は。

 全てを話している訳ではないが、嘘を言っている訳でもない。ひゅーひゅーと息を漏らしながら話すアウレオルスの様子を見ながら、衛宮士郎はセイバーに警告する。

『気をつけろセイバー。奴が本当の事を言っているとは限らない』

『十分理解しています。ですがこの状況なら、虚偽による罠の可能性があっても対処できるでしょう』

 そもそも彼女に奇襲は効かない。アウレオルスが嘘を言っているならその時はステイルの方に突き出せばいい話だ。

「さあ、立て。貴様の言う核とやらがある場所に案内してもらおうか」

 剣を首に添えられたまま、ゆっくりとした動作で立ち上がるアウレオルス。セイバーはその手を取ると後ろで組ませるように拘束する。いかんせん身長差がかなりあるので妙な感じにはなってしまっているが、片手でアウレオルスの両手首を押さえ、もう一方の手で剣を構えることでどうにかなった。

 アウレオルスの斜め後ろにぴったりと張り付くようにして、セイバーは足を進める。かつかつと、アウレオルスの靴の音が静かな廊下に響く。いつのまにか、そこらにいた生徒の姿は一切見えなくなっていた。アウレオルスが歩くままに、セイバーはその後ろについていく。そうしてしばらく歩き、階段に差し掛かったところでセイバーは異変を感じ取った。

「…………この臭いは」

 漂う濃厚な臭い。戦場でよく嗅いだそれを、セイバーは久しぶりに感じた気がした。血。血液。血溜まり。とかくあの鉄臭い赤い液体の香りが、セイバーの鼻腔をくすぐる。

 思わず、アウレオルスを抑える手の力が増したのは感情的な動作だ。そして階段を上りきった先にセイバーが見たものはやはり、彼女の予想通りの光景だった。

『…………超能力者が、魔術を使った反動か』

 冷えた声で、衛宮士郎が唸る。先程の『偽・聖歌隊』による光球攻撃。どこかに術の基点があるとは思っていたが、あれほどの量だ。この結果を失念していたのは、世界差による認識の違いというほか無い。セイバーはぎりりとアウレオルスの腕を締めると、その耳元に吐き捨てるように言葉を投げる。

「この外道が…… 貴様、これだけの生徒たちまで犠牲にして、一体何を企んでいる」

 ――――――これが、いけなかった。

 自分の目的の為に人が犠牲になることとうに気にしていない人間が、その真逆の人種に確実に有利になれる点がここにある。必死で、それこそ死に物狂いで歩きながらこの状況からの打開策を考えていたアウレオルスには、このセイバーの言葉は大きすぎる収穫だった。

 つまり、人情。夢に敗れた者が最後の手段として選ぶのが魔術。だというのに、この少女は真っ当すぎた(・・・・・・)。これがステイルならこの光景に特に感じ入ることは無いだろう。よくありすぎて、今更だから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 無論セイバーだって、この凄惨な光景には慣れている、慣れてしまっている。だが戦場のそれと、この場のそれは『質』が違う。互いに自分の信念と覚悟を持ってぶつかり合い、そして散っていった戦場の騎士たち。ただただ誰かの欲望の為に、無常に無慈悲に使われた犠牲者たち。たとえそこに同じような臭いが立ち込め、赤く染まっていたとしても両者は違う。圧倒的な差が、そこにはある。

 後者のような場面に、セイバーは慣れていない。慣れていない知らないからこその、第四次聖杯戦争であれほどマスターとの齟齬もあったのだが。それを、アウレオルスは目敏く感じてしまった。後ろ手で押さえられたまま、アウレオルスは言葉を漏らす。

「く、く、当然、……目的なぞ言うわけなかろうが。どのみち我が道が潰えたのなら、ここの奴らは廃人のままであろうよ」

「……どういうことだ」

 セイバーの見立てでは、辺り一定で血を流しながら倒れこんでいる生徒たちはまだ生きている。早急に外へと運び出し、適切な治療さえすれば十分間に合うだろう。だがそれを、アウレオルスは廃人コースと決め付けた。

「単純な話だ。よもや私を倒したら全て元通りとでも思っているのか? ……それならば、なんとも甘い見立てだな」

 くっくっとアウレオルスは体を軽く震わせて、そのまま言葉を続ける。

「ここにはもう一人、私が作り出した私と同じ『錬金術師』がいる。その気になれば奴は『偽・聖歌隊』を酷使してでも邪魔者を排除するだろう。 ――――ここの奴らは、これ以上の負荷に耐えられまい」

 正確には偽者と本物だ。その位置づけは絶対で、力の差は大きい。だが、そんな事をわざわざここでセイバーに言う必要も無い。

「貴様は、まだこれ以上に犠牲を出すと言うのか! こちら側に関わりのない民衆を次から次へと巻き込んで、ふざけているとしか思えないっ!!」

「全然。私は至極真っ当だ。そもそも、それが魔術師だろう」

 いつの間にか、アウレオルスは余裕を取り戻していた。この場を乗り切る一つの算段、それが彼の中でついていたからだ。

「ふむ。ところで、私が今すぐにでもそれを実行できるとしたらどうする?」

「…………っ!」

 アウレオルスがセイバーに投げかけたのは、一種の人質宣言だった。ようは、私の掌には二〇〇〇人の命があるのだぞ、という。だがセイバーも、それを真っ向から受け止める気はない。

「させると思うか? 貴様が何か行動する前に、私の剣はその首を刎ねているぞ」

 ぐっ、と。より強く、首に赤い血の筋が入るほどに、セイバーは剣をアウレオルスに押し付けた。

 だがそれに対して驚くことに、アウレオルスはさらにその刃に自分の首を押し付けた(・・・・・)

「やってみるがいい。主を失った下僕がどう暴走するか、それはそれで興味はある」

 この極限の状況で、アウレオルスもむしろ開き直っているのかもしれない。アウレオルスの首筋から垂れた血が、じっとりと白いスーツの襟を朱色に染める。

『ブラフだ。奴の言うことには根拠が無い』

 衛宮士郎がセイバーに告げた。確かに、アウレオルスの言葉には拠り所がなく、全てが不確定要素だ。だがもう一人の錬金術師と言う言葉に、セイバーはひかかっていた。

 なにしろこの規模の大きさのビルだ。一つだけでも巨大なビルが四棟もあり、おまけに二〇〇〇人の人員がいる。そこの備えを一人でやるのは、それは少し無謀ではないか。もう一人くらいいることも十分ありうる、そうセイバーは踏んでいたのだ。

 らしくなく、逡巡する。今ここでこの手を動かせば、二〇〇〇人犠牲になるかもしれない。

『馬鹿な、今すぐそいつの首を刎ねろセイバー! 核の場所くらいならステイルでもどうとでもなるだろう!!』

『しかし、シロウ! それでは生徒たちが危険に…………!!』

それがどうした(・・・・・・・)! 今ここで奴を斬らねば、それ以上が犠牲になるかもしれんのだぞ!! 二〇〇〇できかない人たちが犠牲になるなら、その二〇〇〇は切り捨てるしかない(・・・・・・・・・・・・・・・・)!!』

「――――――――――――――――――――――え」

 致命的だった。驚きを口で出してしまうほどに。アウレオルスにそれを悟られてしまうほどに、それは。

 そして、

「倒れ伏せッ!!」

 その一言で、少女は床に叩きつけられた。




14000字
はい、色々突っ込みどころがあったと思います わかっています
それら全てとまではいきませんが、分量の問題で次の話にあとまわし、です
ちょっと展開が遅いので、駆け足でしたが
そろそろ、士郎さんの方にも焦点を当てようと思いまして
まあ、勘の鋭い人はこれまでの話で云々

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