とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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今日はここまで
あんまりサイト様に負担を掛けたくないので


第二魔法

 時計塔の魔術師、遠坂凛は同じく魔術師であり自分の後見人でもあるロード=エルメロイⅡ世の真向かいに、机を挟んで腰掛けていた。

ここは時計塔の私室の一つ、ロード=エルメロイⅡ世の部屋だった。権威主義に凝り固まった貴族にありがちな、ごたごたとした飾りはなかったが、何故か倫敦だというのに日本のゲーム機が数台、そして『大戦略』の文字がでかでかと書かれたTシャツ。時計塔でも一、二を争う売れっ子講師の部屋は、なんだか魔術師らしからぬ部屋だった。

「ロード=エルメロイⅡ世、あなたにお願いがあって参りました」

「……ミス・トオサカ、全くしつこいなキミも」

 ロード=エルメロイⅡ世は書類から顔も上げずに答える。遠坂凛の方からはその表情を確認する事は出来ないが、どことなくこめかみが引き攣っている様な気がする

「その話は受け入れられない、私は一切関与しないと何度も言ったはずだがね」

「ですから、こちらも何度もお願いに来ているのですよ」

「……キミは諦めるという言葉を知らないのか?」

「この件に関しては、私どもは諦める気持ちがございません」

 遠坂凛はキッパリとした笑顔で返す。だがその顔には妙に乾いた笑みが張り付いていた。

その様子を目線だけで確認して、ようやくロード=エルメロイⅡ世は書類から顔を上げる。

「……まずはそのおかしな口調を止めたまえ。私にまで猫を被られたら、気味が悪くてしょうがない」

 話はそれからだ、とため息を漏らし彼はペンを机の上に置く。相手がようやくまともに話す気になった事を確認すると、遠坂凛は机に身を乗り出した。

「一体アンタは何が不満だって言うのよ! 等価交換の対価が気に入らないの!」

「別に、そういうわけではないがね」

 ほぼ180度違う女性の口調の変化にもさして驚かず、じゃあ何が不満だって言うのよと目の前で珍しく気炎を上げる遠坂凛をじっと見つめて、ロード=エルメロイⅡ世は彼女が初めて彼女達の計画を話しに来たときの事を思い返していた。

 

 

 

 

「衛宮士郎を封印指定から解放する?」

 そうよと目の前でこちらを真っ直ぐに見ている遠坂凛に、ロード=エルメロイⅡ世は思わず聞き返す。

「……寝言を言うとはキミらしくないな。寝不足か?それともミス・エーデルフェルトに、妙な魔術でも掛けられたかね?」

 何年も前に封印されてしまったかつての相方を今更救おうと妄言を吐いているので、ロード=エルメロイⅡ世は彼女が気でも違ったのかと思ってしまった。最近妙な動きをしているのはなんとなく感じ取ってはいたが、まさかこんな事を考えていたとは思いもしなかった。

「寝言でもなんでもないわ。それにルヴィアの奴も共犯よ」

「共犯とは穏やかじゃないな。一体キミらは何をやらかすつもりだ?」

 どうやら気が違ったのは彼女一人だけではないらしいと内心呟きつつ、後見人として私に迷惑がかかるような事は止めてくれよと軽く牽制を掛ける。実際、昔は色々と迷惑が掛かっていたのだ。特に彼女とミス・エーデルフェルトのやり合い(じゃれ合い?)には、何度も頭の血管がブチ切れそうになった。

「何言ってんのよ、ロード=エルメロイⅡ世。あなたにも協力してもらう予定なんだけど」

「……何?それは一体どういう事だ?」

 彼女のばっさりとした言葉に、まさか自分まで協力させるつもりだとは思っていなかったので若干顔を引きつらせつつ遠坂凛に説明を求める。何を考えているのかは知らないが、厄介事に巻き込まれるのは遠慮したい。だがそれ以上に、厄介事の中心に立つのはもっと遠慮したいのであるが。

「あなたの力を借りたい。ミリョネカリオンとのパイプがほしいの、それに降霊についての意見も欲しい」

「……、」

 間髪を容れずに彼女が答えた率直な要求と、それに出てきた物騒な名前にロード=エルメロイⅡ世は眉を顰めた。ミリョネカリオン。封印指定の総与の名前である。武闘派が多い封印指定の部門において、それを束ねる人物。決して気軽に関われるような名前ではない。厄介事の大きさに嫌な予感を覚えながら、遠坂凛に話の続きを促す。

「勿論、等価交換の原則に従ってそれなりの対価も用意してある。計画に協力してくれたら、魔法クラスの儀式もお見せ出来るわ」

「……まあ、話くらいは聞いておこうか」

 彼女の落ち着いた様子に、狂気という可能性は一応捨てる。嫌な予感もしているが、魔法と聞いては黙っては要られない。話を聞く気にはなったので、とりあえず腰を掛けたまえとロード=エルメロイⅡ世は目の前の女性に椅子を指し示す。

 ありがと、と彼女はすっと椅子に座った。常に優雅たれ、という遠坂家の家訓は、特に交渉事で真価を発揮する。落ち着き払ったその姿勢は、それだけである程度のアドバンテージ足りうるのである。話し合う場を作るという、交渉の第一段階には、遠坂凛は成功していた。

「詳しくはまだ言えないけど、もう既に準備は進んでいるわ。それで一番の要因として、現在封印中の士郎に関する情報がほしいの。たとえばどういう状態で保存してあるのか、どこまで残してあるのか」

 具体的にどこにあるのかとかね、と遠坂凛は付け加えた。ロードエルメロイ二世は、それを白い目で見つめる。

「たとえそれが判ったとしてどうする? 脳と神経しか残ってなかったら? その場合、肉体を一から作り直さなければならんぞ。そして悲しい事に、君たちは一番の問題を忘れている」

 そこで彼は一旦言葉を切る。まるで教師が生徒にわざと考える時間を与えるように、探るような目つきで遠坂凛の内側を覗こうとする。彼は彼女の教師としての魔術の指導はしていないが、色々と長い付き合いではある。彼女ほどの人物がこの問題に気づいてないはずがない。そもそもこれが解決できなければ、彼女達の言う計画とやらが根本的に成り立たない。

「キミ達は、一体どうやって衛宮士郎の封印指定を解除するつもりだ?」

 そう、それが一番の問題という奴だった。基本的に一代限りの希少な魔術師に対する、封印指定という称号は解除される事がない。

一代限りだからこその封印指定でもあるし、他の魔術師を助けるようなそんな奇特な行動に出た魔術師が今までにいなかったという事でもある。さらに衛宮士郎に限っては、用心しないといけないのはそれだけではない。彼にはその魔術の希少性の他に、もう一つ厄介な封印されている理由があるのだ。

「それによしんばキミ達が衛宮士郎を解放するのに成功したとしても、半年も立たずにアイツは再び封印指定にされるか殺されるかしているだろうよ」

 その考えはロード=エルメロイⅡ世にとって、もはや予想ではなく確信であった。衛宮士郎の特異性を語る上で重要なポイントの一つに、彼は魔術師ではなく魔術使いであるという点がある。

 魔術師と魔術使いの違いは魔術師のように根源に到る為に魔術を極めようとするのではなく、魔術使いは他に何らかの目的があってそのための道具の一つとして魔術を扱っているという事である。衛宮士郎が特殊なのは、その目的が他の者たちと余りに違うからだ。その目的とは、つまり彼の理想。余りにも無謀すぎて、常人ならば失笑してしまう遠き夢。

「何せアイツは、正義の味方を本気で目指しているのだからな」

 あの底抜けのお人好しの顔を思い浮かべながら、ロード=エルメロイⅡ世は顔を歪めた。衛宮士郎は、魔術の秘匿を気に掛けない。たとえ衆人環視の中だとしても、魔術を使うことで人を助けられるのなら彼は躊躇なく魔術を使う。

 その結果、教会からは主の御心に反するものとして代行者を送られ、協会からは代行者による裁きによって彼が殺される事で希少な魔術が失われる事を防ぐ為に封印指定の執行者を送られる。彼が封印指定から仮に解放されたとしても、その生き方を変えるとは思えない。衛宮士郎の歪みを知る人物の一人として、その深さには何度舌を巻いたことか。結局再び少しでも人を救うため戦場を駆け巡り、そこで死ぬかまた捕らえられてしまうかであろう。

「それに一度衛宮士郎を引き止めるのに失敗したキミ達が、再びアイツを引き止められ続けるとも思わない」

  その事実もまた、彼が計画の無謀さを主張する根拠の一つ。実際彼女達は一度、彼の手綱を支えきれずにその手を手放してしまったのだから。キミ達に衛宮士郎を解放するのは無理だ、もしくは無駄だとロード=エルメロイⅡ世は冷酷に告げる。たとえ彼女達がなんと言おうと、彼はその事を確信していた。

 少なくともロード=エルメロイⅡ世にとっては衛宮士郎の救出というのは無駄な試みであり、どうしても彼女達が衛宮士郎を救いたいと言うのなら、自分に一切関わることなく勝手にやってくれと。たとえどれだけの条件を出されたとしても、結果として無駄にしかならない事が判りきっているのならば、自分にとっては無価値であると。

 そんな突き放すようなロード=エルメロイⅡ世に、遠坂凛はむっと顔をしかめる。

「別にアイツをそのまま解放するとは言ってないわよ、それなりの措置はとらせてもらうわ」

「ふん、死ぬまで監禁でもしておく気かね? 極論をいうならば、それこそ、封印指定と大差はあるまい」

 馬鹿馬鹿しいと顔を背け、そろそろ彼女を退出させようかとしたその時、

 

「とばすのよ。アイツを、別の世界へ」

 

 遠坂凛のその言葉に、彼は動きを止めた。ゆっくりと、背けた顔を彼女の方へと向ける。

「とばす、だと。つまりキミ達は……」

「ええ、かなり限定的だけど第二魔法を再現したわ」

 資金やら準備やらでかなりかかったし大体一人用でしかも一度きりだけどね、と付け加える遠坂凛に彼はまだ何も返事が出来ない。

魔法。

 現代においては、たった五つしか存在しない「根源の渦」より引き出される力の発現。ありとあらゆる技術を駆使しても、実現不可能な「結果」をもたらす奇跡。そのうちの第二魔法とはつまり、『並行世界の運営』。数限りなく存在する平行世界(パラレルワールド)を、自由に行き来する事が出来るというもの。

 いくら稀代の才能を持つ彼女達が協力し合ったとしても、限定的ではあるがそれを再現してしまうとは。ロード=エルメロイⅡ世は別の意味で、やはり彼女達はどこかおかしいと思ってしまった。

「……それでどうするのだ。平行世界へ送れば解決するとでも? アイツはそんな生易しいものではないぞ」

 彼は何とかそれだけを口に出す事は出来たが、もっともな話でもある。平行世界でも同じことを繰り返し結果捕まってしまったのなら、それこそ無駄というやつである。そういう意見を予想していたのか、はたまたいつも不機嫌そうな自分の後見人の珍しく少し呆けた様子に気を良くしたのか、遠坂凛はにやりと口の端を上げた。

「それくらいわかってるわ。でも、どの道アイツは平行世界へ送り出さないといけない。勿論アイツの綱を握る、お目付け役も一緒にね」

「どの道、とはどういうことだ? それに限定的なキミ達の第二魔法では、まだ一人しか平行世界へ送れないと言っていなかったか?」

「正確には、一人分の大きさの穴くらいしか開けられないってこと。それに人を二人送る訳でもないわ」

 どう、興味湧いてきた?と悪戯っぽく微笑む彼女に、むむむとロード=エルメロイⅡ世は呻く。どうやら彼に興味を湧かせるという交渉第二段階にも成功したらしい。

「お目付け役、と言ったな。それは誰だ? そしてどういう手段で衛宮士郎についていかせるつもりだ?」

「それはね……」

 

 

 

 

 

「ちょっと、人の話を聞いているの!?」

 遠坂凛の声に、ロード=エルメロイⅡ世は、意識を現在へと戻した。相変わらず、気炎を上げながら迫ってくる彼女の様子に、にやりと笑う。

あの時と何も変わっていない。一人の男の為に、ここまで彼女達は頑張れるのかというその熱意に、彼は内心呆れてしまう。だが、その熱意は彼は決して嫌いではなかった。

「まあ、落ち着きたまえ。この私にだって、色々と準備や覚悟という奴が必要なのだよ」

 あの怪物どもとの交渉にはかなり気を使いそうだからな、とため息をつくロード=エルメロイⅡ世。彼のその言葉に、じゃあと驚いたようにこちらを見つめる彼女に言い放つ。

「ああ、封印指定総与とのパイプくらい紹介してやる。あとは…、降霊科としての意見だったか?」

「ありがとうございます!!」

 突如良い返事を出した彼の言葉にさっと素早く、しかし落ち着き払って頭を下げる遠坂凛。思わず敬語を使ってしまう。何故彼が突然協力してくれる気になったのかは分からないが、協力してくれると言うのならそれにこした事はない。

 彼女のその姿に苦笑しつつも、ロード=エルメロイⅡ世は思いを馳せる。実際、計画に協力すること自体は吝かではなかった。デメリットが無い訳ではないが彼にとってはメリットが大きかったし、計画自体も自分が協力しさえすれば無理が無いものでもない。実を言うと彼が返事を渋っていたのは、お目付け役の人選への不満であった。勿論そんなことは遠坂凛の目の前では、おくびにも出していないが。ただお目付け役の人選といっても、別にその人が気に食わないと言うわけではない。ロード=エルメロイⅡ世自身も、知っている人であるしおそらくは最適であろうとも思う。

 言うなれば自分自身の王への遠慮と言うか配慮と言うか、そんなようなものである。勿論彼の王がそんな細かい事を一々気にするかと言えば、それは否であるが。

 要は彼自身との折り合いをつけるのに時間を要した、という事である。

(まあ、ここで意地になってもな)

 頭の中で豪快に笑い続ける彼の唯一の主君にちょっと断りを入れながら、ロード=エルメロイⅡ世は結局、遠坂凛達の計画に協力してやる事を決めたのだった。

 

 

 

 

 

「衛宮、士郎…さん、ですか」

 そうだと頷く、目の前の衛宮士郎と名乗る男性に上条当麻は思わず身構えていた。ただ、上条が寝ている間に自分を布団へと運んでくれたのならば、彼は悪い人ではないのだろうと考える。しかし正体も知らない全くの他人を家に入れていて、意図せず身構えてしまうのは仕方のない事ではある。

「ああ、そう身構えないでくれ。怖がらせてしまったのならすまない。だがむしろ、君に感謝をしているくらいなのだ」

 私を助けてくれたのだろう?ありがとう、と頭を深く下げる衛宮士郎に上条は警戒心を少し解いて彼の話を聞く事にした。

「それで、一体どうしてあんなところに引っかかっていたんですか?」

「別に敬語を使う必要はない。君は私の恩人なのだし、衛宮とでも士郎とでも好きに呼んでくれ」

「は、はあ」

 どこか抜けた返事をする上条に、衛宮士郎は、ふむと考えると逆に上条に質問した。

「すまないが、私がどこにいたか教えてもらえないかね?」

 実は全く覚えてなくてな、とすまなそうに言う衛宮士郎に上条はいや別にいいけど、と返すと彼をベランダへと案内した。

「ここにアンタ、引っかかってたんだ。こう……、なんていうか布団みたいな格好で」

 だらんとベランダの手すりに覆い被さり、状況を再現する上条。その様子をじっと観察していた衛宮士郎であったが、しばらくして深く息を吐く。

「駄目だな。何も思い出せん」

 やれやれと首を振る衛宮士郎に上条はなんとなく申し訳ない気になったが、一番重要な事について聞くのを忘れていた事を思い出した。

「……そういや、アンタ何者なんだ?」

 名前やらなんやらの前に、どうしてこれを聞かなかったのか。正直に話し

てくれるとは限らないが、場合によっては警備員(ジャッジメント)に連絡しないといけない。そう意気込んで上条は疑問を投げかけたのだが、

「本当にすまないと思うが、実は自分が何者かも覚えていないのだ」

 そんな、斜め上の回答に動きが固まってしまった。

「……何も覚えていない!? 記憶喪失って奴か?」

「どうやらそうらしい。自分の名前やぼんやりとした事なら思い出せるのだが……」

 衛宮士郎の申し訳なさそうな顔を見て、嘘をついている様には上条には見えなかった。上条が人の心を読めるような能力を持っているのなら真偽はすぐに分かるのだが、あいにく上条は、無能力者と学園都市からは認定されている。そしてこの右手に宿っている能力は、『異能の力』なら問答無用で打ち消す事のできる「幻想殺し(イマジンブレイカー)」。

 正直、今は全く役に立たない。そんな様子のそれは参ったなと顎に手を当てて考えている上条に、衛宮士郎は内心すまないと再び謝った。

当然名前しか思い出せないというのは、嘘である。確かに記憶が万全と言う訳ではないが、所々思い出せるのは事実ではある。しかしまさか魔術使いとして戦場を駆け巡っていたら、いつの間にかここにいましたなんて言う訳にもいかない。

 そんな厄介ごとを初対面の少年に話すわけにも行かないし、どんな事に巻き込まれるかもわからない。ろくにお礼も出来ずにこの場を去るのは忍びないが、この土地の詳しい地理的状況や年代的なことを聞いたら、迷惑を掛けない内にさっさと退散しようと思っていたのだが、

「まあ、ここは最先端の技術をかき集めてある学園都市だし、記憶喪失くらい何とかなるんじゃねぇの」

 と言う上条の言葉に、今度は衛宮士郎が固まりかけた。聞きなれない言葉に、思わず言葉を返す。

「学園都市?」

「そう、学園都市。」

 知ってるだろと返す上条。この日本いや世界に住んでいる人にとって、日本に科学技術に特化した(しすぎた)都市があると言うのはある程度常識であるはずなのだが、

「……いや、知らないな。良ければ説明してくれるか?」

「まじかよ!?」

 えー、と上条は声を上げるが、知らないものはどうしようもない。記憶喪失でも一般的な常識は失っていないと主張する割には、こんな常識も知らないとは。この人は世捨て人か何かかと上条は思ったが、とりあえず知っている限りの説明をする事にした。

「学園都市っていうのは、東京西部にあって東京の三分の一ほどの大きさを持つ科学技術に特化した都市なんだよ。それで、特に能力開発に力を入れててその研究をしてる。だから「外」と比べて二、三十年は技術が進んでるとかよく言われるな」

「つまり、恐ろしく技術が進歩した都市であると?」

 そういうこと、と上条は頷く。理解が早いようで助かる。そして上条は更に説明を続ける。

「人口は二百三十万くらいで、そのうちの八割が学生。んで、学生はみんな何らかの『能力者』だな」

 だから学園都市って言うんだという説明に衛宮士郎は、ん?と少し違和感を覚えた。

「能力者、と言ったな。なんだそれは?」

「まあ、簡単に言っちまうと、超能力ってやつだよ。テレビとかでの笑い者じゃなくて、数式の確立された『異能の力』のこと」

「は?」

 今度こそ、衛宮士郎は完全に固まってしまった。魔術ではなく超能力。別にそういった類の力に心当たりがない訳ではないが、上条の言い分から察するにどうやらこの都市ではそれが存在する事が常識であるらしい。だが衛宮士郎にはそんな都市が存在するなんて聞いたこともないし、そんな情報の断片すら掴んだことはない。

「ちょ、ちょっと待て。少し整理させてくれ」

 とりあえずそれだけ言って、衛宮士郎は考え始めた。上条は衛宮士郎の反応に少し驚いたようだが、特に気にした風でもなく彼を見ている。衛宮士郎はまずは今までの事が全部嘘であり、上条の妄想の産物であるという可能性を考えた。

 しかしその割には彼に妙な雰囲気を感じないし、第一上条が衛宮士郎に嘘をつく理由がない。それによく思い出したら、上条が寝ている間に読んでいた上条の教科書らしき冊子は、なんだか高校生の割には普通は聞かないような専門用語が少々書いてあった。先ほどチラリと覗き見た外の様子も、確かにかなり技術が進んでいるように見える。

 結局、科学技術が二、三十年進んでいると言う話は嘘ではないだろうと衛宮士郎は結論付けた。問題は超能力の話である。この学園都市限定とはいえ、超能力が一般的なものになっていると言うのはにわかには信じられない。

「……わかった。それならば、きみの超能力を見せてくれないか」

 つまり、実例が欲しいという事。少なくとも実演さえしてくれれば、自身を納得させる足掛かりにはなる。学生がみんな超能力を使えるというのなら、上条がそれを見せてさえくれれば何とか納得も出来るだろうと考えたのだが、

「……えっと、無理」

「何?」

 即答。

 やはりからかっているのかと少し睨む衛宮士郎に、上条は慌てて両手を振る。

「別にそういう訳じゃねえんだけど、ただ俺の能力は幻想殺しって言って、なんつーか……」

 言いよどむ上条に、では説明だけでもしてくれと請う衛宮士郎。じゃあ説明すっけど、と前置きしつつ、上条は右手を目の前に差し出す。

「この右手。この右手で触ると……それが異能の力なら、原爆級の火炎の塊だろうが戦略級の超電磁砲(レールガン)だろうが、神の奇跡(システム)だって打ち消せます、はい」

「……やはり、からかって……」

「だから違うんだって、本気(マジ)なんだって!」

 予想通り上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)では超能力を証明するのは難しいのか、衛宮士郎は上条の力を信じなかった。だがにわかに信じられようか。学生が超能力を日常的に保持していると言うこと自体、信じられそうにも無いのだ。目の前にいる少年がそんな反則級の力を持っているなんて、どうしていきなり信じられよう。

「そんなでたらめな力があるか。その力が本当なら、キミの右手はあらゆる超能力の天敵と言う訳ではないか」

「いや、そうなんだけどね…」

 信じてもらえずちょっとへこむ上条に、衛宮士郎は何事か考えた様子を見せると唐突に右手を差し出した。

「……? 握手でございますか?」

「違う、何故に敬語だ。ただキミの足元に妙な虫がいるから、手助けしてやろうと思ったまでだ」

「うおおおおっ、そういうことは早く言えって!」

 衛宮士郎の右手をとり、ばばっと立ち上がる上条。だが、彼が言うような虫はどこにも見当たらない。あれと呟き衛宮士郎の方を向く。

「ちょっと、エミヤサン。その虫とやらはどこに?」

「すまん、見間違いだ」

「……そんなあっさり認めんなよう」

 すまないな特に悪びれた様子もなく答える衛宮士郎に、上条は少し肩を落とす。だが衛宮士郎のその顔は、何故か険しい。

「どうしたんだ?別に、俺怒ってないけど?」

「いや、気にするな」

 はぁ、と気の抜けたようにこちらを見ている上条だったが、衛宮士郎は、自分の右手をじっと見つめていた。

(まさか、幻想殺し(イマジンブレイカー)とやらが本当に存在するはな)

 なんらかの未知の力の存在を頭ごなしに否定するほど、衛宮士郎の頭は固くない。彼自身、そういった力を使っているのだし。

 そのために衛宮士郎は先程あらかじめ、自分の右手に強化の魔術を掛けていたのである。勿論上条の力を確認する為であり、先ほども虫についての嘘も上条に右手を触らせる為の嘘だったのだが。しかしその右手に掛けていたはずの強化の魔術が、上条の右手に触れたとたん本当に跡形もなく解除されたのだ。これでは幻想殺しとやらを認めざるを得ない。つまり、超能力が日常的に存在していると言うこの都市のことも。馬鹿な事をと自分でも思うが、その時点で衛宮士郎には自分の置かれた状況について一つの仮説が出来上がっていた。それを確信にするには、逆にもっと大まかな情報が必要である。

「今年が西暦何年で、何月何日か教えてもらえるか?」

「げ、そんなとこまで記憶喪失なのか! じゃあ、他にも色々な常識をおしえたほうがいいのか?」

「あいにく、一般的な常識ならわかっているつもりだ。携帯電話やパソコンだって使いこなせる。紅茶の入れ具合なら、そんじょそこらの輩に負けるつもりはない」

「なんで、紅茶?」

「淹れてやろうか」

「いや、今は遠慮しとく……」

 あ、でもあとで貰おうかなとずれた感想を抱きつつも、上条はわざわざ壁にかかっているカレンダーを下ろすとそこの日付を指差した。それを見た衛宮士郎は、今度は盛大にため息をつく。

「どうしたんだ? なんかまずい事でも思い出したのか?」

「そういう事ではない。自分の現状を改めて思い知らされただけだ……」

「現状?」

「なに、君が気にする事ではないよ」

 衛宮士郎の仮説が確信に代わった瞬間だった。つまり、ここは衛宮士郎がもといた世界とはよく似た別の世界。いわゆる、平行世界であるという事を。

こんな「結果」をもたらす事が出来る「原因」など彼には一つしか心当たりがない。

(よりにもよって、第二魔法とは)

 これからどうするのだと突然頭を抱えだした衛宮士郎を、上条はこの人本当に大丈夫かと心配そうな様子で見つめていた。

 




10000字くらい
やっと目標に近づけた。
もっと内容を濃くできるように頑張ります

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