お盆は忙しくてちょっと手が付かなかったんです。
今も少し忙しいので、感想返しやメッセージの返信などは8/22まで待って頂ければうれしいです。
爆発事故でのけが人が全くいないことを確認すると、衛宮士郎はすぐに店内から出た。店の前は元々店内にいた人たちに加え、通りで歩いていた野次馬も多く集まっていたのでひどい混雑である。
衛宮士郎はその野次馬達を、一人として見落としがないように注意深く観察する。放火魔や爆弾魔といった愉快犯が自分の
しばらく野次馬を見渡していた衛宮士郎は、そこで一人の少年に目を付ける。
その少年は眼鏡を掛けており、うつむき加減で店の方を見ながら薄暗い笑みを浮かべていた。ニヤニヤとした顔で一人立っており、どこかこの出来事に愉悦さえ感じている様にも見える。他の野次馬達はただただ白昼堂々と行われた非道な事件に驚くばかりで、不謹慎にもそんな笑みを浮かべているような人物は他にはいなかった。
衛宮士郎がその少年に焦点を絞って見つめていると、少年はクルリと後ろを向いて店の反対方向にある薄暗い路地裏へと入って行く。衛宮士郎はそれを確認すると、気付かれぬようにそっと後をつけた。
自身の気配を消し、付かず離れずの距離を保ちながら様子を伺う。すると少年は店から離れるにつれて、ぼそぼそと何事かを呟くようになってきた。
(ビンゴ、か……)
耳で拾った少年の独り言の内容から察するに、コイツが例の爆弾魔で間違いはなさそうだ。しかも、まだ凶行を続けるつもりらしい。衛宮士郎がそう確信するほど、少年の言葉は黒い悪意で満ちていた。少年は人混みから離れてきて油断したのか、次第に独り言の声も大きくなっていく。
「もうすぐだ! あと少し数をこなせば、無能な『
「みんなまとめて、どうするのだ」
勝手に一人でテンションが上がっている少年の背に、衛宮士郎は冷ややかな声を掛けた。少年はまさか背後に人がいるとは思ってもいなかった様子で、ヒッと声を上げながら後ずさる。その姿を確認して、衛宮士郎は心の中で一人嘆いた。
(ただの学生ではないか……)
そう。少年、介旅初矢は本当にどこにでもいそうな、ただの学生だった。少々暗い雰囲気を纏ってはいるが不良にも見えないし、ぱっと見では誰も彼が犯罪者であるなどと夢にも思わないような普通の少年。
衛宮士郎が嘆いたのは、そんな学生がどんな事情があれども殺人を意図的に行おうとしていたという事実。よもやあの爆発力で殺意がなかったなどといった戯けた考えを肯定するほど、衛宮士郎は気楽な想像力を持っていなかった。
あれは確実に致死レベルの爆発だ。上条が機転を利かせなければ、下手をすると4人も死んでいた可能性がある。その上この少年は、更に無関係な人達に血を流させることを計画していたのだ。
少年に対する怒りと嘆きが入り混じった何とも言えない感情が、衛宮士郎の胸に渦巻く。今この場で唯一つ言える事は、このままこの少年を放っておくと更なる被害者が出るという事だった。衛宮士郎は正義の味方を目指している。ここでこの少年を見逃すという選択肢は、ありえない。少年は無意識のうちに放っていた衛宮士郎の圧力に押し潰されたかのようで、いつの間にか地べたにへたり込んでいた。ガクガクと口を開き、その表情を絶望の一色で染め上げている。不思議と、
「………………」
石の能面を被るが如く無表情で、衛宮士郎が右腕を静かに上げたその時、
「なにやってんのよ!!」
突然、衛宮士郎は後ろから声を掛けられた。ゆっくりと後ろを振り向けば、そこにいるのは先程の爆発事件の時に上条の隣に立っていた中学生。
いきなりだが、衛宮士郎は幾度も修羅場を越えた謂わば戦場のプロだ。当然、気配丸出しの彼女の接近にも気付いていた。
……気付いていたはずなのに、その手を何故か少年へと振り上げていたのだ。
「そいつ、もう戦意がないじゃない!! なんでアンタは手を上げてるワケ!?」
「……そのようだな」
少女は自身の腰に手を当て、仁王立ちして衛宮士郎の行いを諌める。彼女の言葉に、まるでそのことに今気付いたかのように呟いて手を下げる衛宮士郎。少年に戦意がない事すら、彼にはその手を上げる前から判っていたのに。
(何をやっているんだ私は……)
いつの間にここまで短気になってしまったのかと、衛宮士郎は自嘲する。だって相手はただの学生だ。いくら人を殺そうとしても、それでも未遂は未遂である。そんな相手に問答無用で手を上げようとしていたという事実。果たしてその行いは衛宮士郎が目指す、正義の味方であったか否か。余りに短絡的な自身の行動に、衛宮士郎は深くため息をつく。
そうして少し心を落ち着かせて少女の方を顧みれば、彼女は爆弾魔に向かって何かを話していた。どうやら少女の方も爆弾魔を追ってここまで来たらしい。衛宮士郎が爆破事件の犯人であるという誤解は生じていなかったようだが、少年はすっかりおびえきった様子でガタガタと震えていた。それでも顔に赤みがある分、顔面蒼白であった先程よりは幾分かマシになったと言えるだろう。少女が何を話したかは詳しく聞いていなかったが、暗く沈んでいた彼の瞳にはなんとなく少し光が灯っている様に見えた。
衛宮士郎はそんな少女の顔を横目で見つめる。正義感溢れる、とでも言うのか。意志の強そうな顔立ちに、少女の瞳にはこの場の誰よりも強い光が宿っている。
今の衛宮士郎には、こうした学生の存在だけでもありがたかった。この爆弾魔のような人物はあくまでマイノリティで上条やこの少女のような学生の方が多く在るのだと、衛宮士郎にそう錯覚させてくれる。たとえそれが幻想だったとしても、ここに上条達の様な存在がいるのは変わりがないのだから。
しばらくして爆弾魔が落ち着いたところで、少女がさてと、と声を上げた。
「さあ、さっさとそいつを『
「……そうだな、頼んだ」
「はあ!? アンタはどうするのよ!」
「…………これでも急ぎの用事があってね。犯人逮捕の名誉は、君に譲ってあげよう」
未だ震える少年の様子に、もう誰かに危害を加えるような心配はないと読み取る。だから衛宮士郎は後処理を全部、少女に任せる事にした。彼女ならその言葉通りきちんと風紀委員に少年を引き渡すだろう。別に今さっき出会ったばかりの間柄ではあるが、それでもこの場では信用に値するほどの存在だという事を、彼女はその身をもって示してくれた。まあ、衛宮士郎が
だが一番には、衛宮士郎自身に自分の心を落ち着ける時間が必要だった。今更何をという話ではあるが、あの爆弾魔の存在が衛宮士郎に学園都市の在り方について再考させるきっかけとなったのだ。超能力の事、学生の事。今一度考えるべき要素は沢山ある。そうして衛宮士郎は頭の中で考えを巡らせながら、別にそんな事で犯人を捕まえたわけじゃないっ! と怒る少女を残して路地裏の奥へさっさと消えていった。
しばらく店から離れるようにして歩いていると、買ったばかりの携帯が震えているのに衛宮士郎は気付く。
「もしもし」
『よお、士郎。早速携帯が役に立ったな』
当然と言うべきか、電話の相手は上条だった。万が一に備えて衛宮士郎は携帯電話には余り情報を入れてはいないが、そもそもこの携帯の番号を知っているのが上条だけである。
「当麻か」
『ああ。士郎は今どこにいるんだ?』
「私か? 私は今……、図書館にいるよ」
『図書館? 何でそんなところに?』
「それが、なんとなく見た事があるような建物だと思ってな」
『お、もしかして記憶が戻ってきたのか』
「いや、どうやら思い違いだったらしい」
『なんだ……、そいつは残念だったな』
勿論、図書館云々はデタラメだが。こうでも言い訳しておかないと、後で下手に勘繰られても困る。
「当麻の方は今どこに?」
『俺はもう女の子とは別れて、寮の方に向かってるけど』
「そうか、私もすぐに帰るよ」
ではなと言って電話を切る。先ほどの事件で衛宮士郎は思うところも色々あったが、とりあえずは上条の待つ寮の部屋へと帰ることにした。
「ただいま」
「おう、おかえり」
衛宮士郎が靴を脱いで部屋に上がると、上条は既に私服だった。夏の暑さで汗だくになった学生服は洗濯物を入れておく篭の中に放り込まれている。
衛宮士郎がこの部屋に住み始めてから、上条の部屋はかなり綺麗になっていた。床に散らばっていたはずの本の類は全部本棚に納まっており、台所や風呂場も染み一つ無く輝いている様に感じられる。基本的に夜中に屋外で活動する衛宮士郎は、日中はそれこそ上条の部屋で引きこもっている事しか出来ない。ネットを使っての情報収集に限界がある訳ではないが、合間を縫って家事をこなしていたらいつの間にかここまで綺麗になってしまっていたのだ。
正直上条は衛宮士郎の家事能力がここまで凄いとは思ってもいなかったので、彼の中では衛宮士郎の記憶喪失前の職業は完全に執事で固定されていた。だって違和感もない上に、この学園都市にはそういった職種専用の学校もある。もしかしたら偉い所の執事さんだったのでは、と上条が考えるのも無理は無いであろう。それにしては鍵開けなどの妙な一芸を持っていたりするのは気になるが。
一旦お茶を淹れて休憩をした二人は、先ほどの事件について話し合ったりしながら時間を潰していた。
「……まさか、当麻の『
「まあ、ああいう時くらいじゃねえと使い道ないしな」
「何を言うか。君は人の命を救ったのだぞ」
もっと誇ってもいいと続ける衛宮士郎に、上条はそうか?と少し照れる。
「しかし、今回の件で改めて超能力の存在を思い知らされたな」
「……そういや士郎はまだ、まともに超能力を見てなかったんだな」
「ああ。すごいものだな、アレは」
「あそこまでの威力が出せる奴なんて、そんなにいないけどな」
上条の言葉にだろうな、と衛宮士郎は頷く。あんなものが230万人もいたら、それこそ大変である。
だが、それでも、
「それでも、学生が持つには大きすぎる力ではないかね?」
「いやいや、アレでもましな方だって」
「……どういうことだ?」
まだ凄いのがいるのか、と驚く衛宮士郎。情報収集の際に、学園都市には七人のレベル5と言われる『超能力者』がいるという事は知ってはいた。
が、あくまでその存在を指し示すものばかりで、その実態についてはあまり詳しい情報は得ていない。
「俺、実はその中のビリビリ女に追い回されててさ」
ほら店の中でも見ただろと言う上条に、衛宮士郎はもしやと思い出す。
「あの爆発の時に、君の隣にいた中学生か!?」
「そうそう、そいつだよ!」
「あの娘が……」
爆弾魔を追い詰めたときに鉢合わせた少女が、そんな人物であるとは知らなかった。内心、衛宮士郎は再び驚く。
「アイツなんか手から電撃出せたり、磁力操って砂鉄の剣作れたりするんだぜ!!」
しかもソレを俺に向けるし! と上条はうがーっと唸る。それを聞いて衛宮士郎はもしや人選を間違えたか?とも考えたが、
(まあ、今更気にしてもな)
……特に気にしないことにした。『
「そうだ、今のうちに言っておくべき事があったな」
「ん、どうした?」
話の途中で衛宮士郎がそうだったといった感じに頷く。
「いや、今日の夜から明後日の夕方くらいまで私は少し出かけてくるからな」
「は? 二日も掛けて一体なにするんだ?」
「なに、そろそろ本格的に学園都市を歩き回ってみようかと思っているのだ」
今まで夜しか活動してなかったしと言う衛宮士郎。上条はふーんと何とも無しに聞いていたが、ふと疑問に思ったことがあった。
「二日ってことは夕飯とかは……」
「ああ、いらない。だが心配するな、明日の朝と夕飯の分は私が作り置きしておいてやる」
「おお、さんきゅー」
食事の話、上条からしてみれば結構重要な話でもある。一人暮らしが長い故に上条自身も結構な家事・料理スキルを持っているが、衛宮士郎のソレは上条を上回る。加えて朝の準備がいらない分、登校までの時間に余裕が出来ていた。今ではそのリズムに合わせていた所であったので、上条としても飯の作り置きはありがたかったのだ。
その後二人で話し込んでいるうちに夕飯の時間になり、やがて衛宮士郎がいつも外に出る時間になる。そうして衛宮士郎は上条の邪魔にならないよう、外へと足を運ぶのだった。
七月十九日、夏休みの前日。
午前中で終わる学校が多いのか、辺りには学生の姿が大勢あった。誰も彼もが明日からの夏休みに、心浮かれている様に見える。
そんな学生達を眺めながら衛宮士郎は一人、ファミレスで昼食を摂っていた。『スキルアウト』から得た情報を元に次から次へと犯罪者達のルートを辿っている最中であったが、情報を纏めるついでに昼食も摂ってしまおうとこのファミレスに来たのであった。
往来を行く学生たちを見つめて、衛宮士郎はため息をついた。
「あれらの学生は皆、何かしらの能力を持っているとはな……」
衛宮士郎が彼らを見ながら思い返しているのは、昨日の光景。爆発により黒焦げになった壁に、大きく抉れた床。その凄惨な状況は、爆発の威力を視覚で切実に訴えかけてくる。
あれほどの被害を、ただの学生が出したと言うのだから驚きだ。後に上条に聞いたが、あれくらいならレベル4に認定される威力であったという。
そんな学生が、この学園都市にはまだゴロゴロ存在するのだ。これではいくらセキュリティーや防犯の技術が進んだ所で、それを超える技術、いや能力の持ち主が大勢いるのなら焼け石に水だ。
ネットで情報をかき集めているときに、やけに少年少女の犯罪率が多いのはここが学園都市でそのほとんどが学生だからかと衛宮士郎は考えていたが今では少々考えを変えている。常軌を逸した力を手にした人間が、暴走すると言うのはよくある話なのだ。
今回の場合、それが超能力であったという事。学園都市が未熟な学生達を相手に超能力を開発し続ける限り、同じ様な事件は今までもこれからも、幾らでも起こり得るだろう。
「……超能力、ね」
衛宮士郎が今までの学園都市での生活を振り返って呟く。確かに学園都市では目を見張るほどの技術があちこちに生かされており、学生達は皆それらを利用している。
しかし、超能力は?
上条が言うには学園都市の学生でもその六割近くは『無能力者』であり、上位のレベルに進むに連れてその人数は少なくなっていくという。おまけに日常で便利と言う程度の超能力者で、やっと『異能力者』のレベル2であるらしい。
つまり、約半数以上の学生は超能力など日常でほとんど使うことなく生活している。学園都市が科学技術の発達に焦点を置き、それを重視した生活や時間割りを学生達に強要するのはわかる。
だが、超能力とは?
確かにある種の超能力の持ち主ならば、それを研究する事で医学、物理学、宇宙科学、様々な分野に貢献できるかもしれない。
しかし、しかしだ。それはあくまで一定のレベルを超えた能力者だけに限定される話である。たとえば能力者全体の六割を占める無能力者など、衛宮士郎からしてみれば研究の役に立つようには思えない。そして『無能力者』認定された学生をいつまでも学園都市に留めておく必要性もないように思える。
そして学園都市の異常とも言える情報の秘匿性。いくら情報を統制したいからといって、物理的に都市全体を囲んでしまうなど普通では考えられないであろう。
衛宮士郎は最初、そうすることで技術の独占により巨額の利益を得る為かと考えていた。だが、どうも腑に落ちない点がいくつもある。
先ほど考えたように、利益を生まぬ能力者をいつまでも囲っておく事。どうしても技術の漏洩が気になると言うのなら仕方ないが、所詮は『無能力者』だ。そこまで重要な情報を握っているとは、考えづらい。
極端な話、半分以上を占める『無能力者』を学園都市から追放してしまえば、余計な出費もかなり減るはずだ。『無能力者』ゆえ、学園都市外で超能力を使った犯罪を起こされる事もなく、学園都市内での犯罪も減る。ソレをしないのは何故か?
考えれば考えるほど、妙に実態を掴めないこの都市。衛宮士郎は、学園都市が段々ときな臭く感じ始めていた。明らかに異常なこの学園都市で、その上層部は一体なにが目的なのか?
…………学園都市の目的として掲げられているのに『人間を超えた身体を手にすることで神様の答えに辿り着く』というものがあった。
一般人がこれを聞けば、なんとオカルトチックな目的であろうかと思うかもしれない。
しかし、衛宮士郎はこの一文になんとなく違和感を覚えた。特に、『人間を超えた体を手にし、神様の答えに辿り着く』という謳い文句。
衛宮士郎の知る、ナニカに酷似している気がする。
ナニカ。
それはつまり、
「魔術師の最終目標。根源の渦への到達……」
ある一つの万能な答えに辿り着く、という点で両者はひどく酷似している気がするのだ。元の世界で全ての魔術師が求めていたものに、この世界では科学がソレを目標としている。論理が飛躍しすぎている気がしないでもないが、学園都市の異常性を省みるに妥当ではないかという思いもあった。
偶然? それにしたって出来過ぎている。
それとも、行き過ぎた技術というものは須らく真理へと帰結するものなのか。
ほんのわずか、一抹にも満たぬものだが、衛宮士郎は学園都市と魔術の関係性を感じ取った。魔術云々もそうだが学園都市そのものについても洗ってみる必要があるなと、衛宮士郎は心に決めたのだった。
夜になり、学園都市巡りを再開した衛宮士郎。今は、大手デパートの清掃室にいた。
清掃室と言っても大幅に改造が施されており、小洒落たバーのような内装をしている。ここは『スキルアウト』からの情報を元に辿り着いた、いわゆる裏稼業という部類に含まれる店の一つ。
普段誰も使わない、誰の目にも留まらないような、施錠されっぱなしの部屋を利用して商売をしている輩だ。
「……ってこと。確かに俺はスナイパーとかも紹介したりはするぜ」
「なるほど」
まあ、紹介料だけで70万する奴もいるけどな、と
だが、それだけに確かに成果もあった。衛宮士郎がここで漸く成果を得たと思ったその理由。それはこの男の人材派遣と言う業種にある。必要ならどんな奴でも引っ張れると言う辺り、自分の仕事に自信もある事が分かった。そしてスナイパーを「外」から呼び寄せる事が出来るという事は、学園都市外からの人物運搬専用のルートも把握しているという事だ。
この男からどうにかしてそのルートを聞き出さなければと決意し、衛宮士郎が口を開きかけたその時、
「うおっ! なんだぁ!!」
「……む」
突然、部屋の電気が消えて辺り一面暗闇に染まる。衛宮士郎は敵襲を予想し反射的に身構えたが、特に何か起こる気配もない。
「……停電、のようだな」
「くそっ、マジかよ!」
そこらを見回し特に異常がない事を確認すると、
「おい、あんた。悪いが今日はもう店仕舞いだ」
「何だと?」
「今の停電で色々と面倒な事になっちまった。商品データは飛んじまったし、セキュリティーにも穴が開いた。下手したらここがばれちまうぜ」
あんたも
「いいだろう、また後日に取引は延期させてもらおう」
「ああ、それがいいぜ」
衛宮士郎はとりあえず後日の再取引に関しての確約を取り付けると、人目につかないようにさっさと部屋を出て行くのであった。
…………勿論、衛宮士郎はさっきの停電が上条に関係があるとは知る由もない。
上条当麻を相手にした、学園都市第三位『
夜道を歩きながら、衛宮士郎は最近の出来事を思い返して呟く。
「らしくないな、全く……」
先ほどの交渉。この世界にくる前であったら、どうにかして情報を引きずり出していたはずだ。戦場にいた頃はとにかく時間が惜しくて、一人でも多く救いたくて、ひっきりなしに駆け巡っていた。
昨日だって背後に誰かがいると知りながら、あそこまで無防備な姿を見せた事も今までなかった。
「日常に浸かり過ぎたか……」
そもそも、衛宮士郎がこんな安穏な生活を送っている事が、既にイレギュラーなのだ。自分は正義の味方を目指す以前に、こんな普通の生活を送る権利などないはずなのではと自問する。
だって人々を絶えず救い続ける事が、あの火事、大災害で生き残った衛宮士郎に課せられた義務であるはずなのに。
「どうかしているよ、俺は」
そうして呟く声は、誰に聞こえることなく夜空に溶けた。
七月二十日。夏休み初日。もう夜になるような時間帯。
衛宮士郎は一人、第七学区の通りを上条の待っているはずの学生寮へ向かって歩いていた。
「案外、遅くなってしまったな……」
昨日とはまた別の場所で情報収集をしていたところ、第七学区から離れていた事もあって随分と予定より遅くなってしまっていた。
(本来なら夕方には帰り着いていたのだが)
軽くため息をつく衛宮士郎であったが、先程からやたらとサイレンの音がうるさいのに気付く。どこかで火事でも起きたかと考えていたが、学生寮に向かって歩くにつけその音は大きくなってきた。
(まさか……!)
悪い予感がする。
最悪の事態を考え、学生寮へと急ぐ衛宮士郎。通りを走りその次の角を曲がれば、学生寮が見えるところまで来た。
嫌な予感を振り切るように、曲がり角を急いで曲がった衛宮士郎が目にしたのは、
「くそっ!!」
大勢の野次馬に囲まれた、上条当麻の暮らす学生寮だった。
衛宮士郎は思わず悪態をついて、急いで学生寮に近づく。消防車やら救急車やらが集まっていたが、どうやら火は既に消し止めていたらしく緊迫した空気でもない。
野次馬達からの会話から察するに、特にけが人も出ていないようであった。とりあえず、そのことに衛宮士郎はほっと胸をなでおろす。
あとは上条を探すだけだ。まさかまだ学生寮に居残っているはずもないので、野次馬の中に紛れているのかと辺りを見渡す。
しかし、
「いない……?」
何故か、上条の姿が見当たらない。少し心配になった衛宮士郎は、近くにいた消防隊員に尋ねる。
「すまないが、この学生寮に住んでいるはずの少年を一人見なかったか?」
こう、ツンツンした髪形をしているのだがと聞くが、消防隊員は首を横に振った。
「いやあ、見てないな」
「まさか。火事の時にはここにいたはずなんだが?」
「そんなこと言われてもなあ」
実際にけが人一人出てないわけだしと答える消防隊員だったが、何かを思い出したかのようにそういえばと声を上げる。
「なんだか知らないけど、今回の火事は不思議な点が多くてさ」
「不思議な点?」
「ああ。焼け跡からみて、相当な高温で焼けたのは間違いないが、不思議な事に被害がほとんど出ていないんだよ」
一部の廊下と壁にしか焼け跡がなくって他はほぼ無傷なんだよと語る消防隊員に、言い知れぬ不安を覚える衛宮士郎。もっと色々と聞こうとしたが、その消防隊員も事後処理があるそうで学生寮の中へと入っていった。どうにかして上条を探そうと決めた衛宮士郎だったが、ある重要な事に気付く。
「何をやっているんだ私は……」
そう呻きながら額を抑え、ポケットからあるものを取り出す。
それは、
「携帯電話を昨日買ったではないか」
買ったばかりの赤い携帯電話だった。こんな便利なものの存在を今まで忘れていた、自分の迂闊さに呆れてしまう。
これでは何のために携帯を買ったのか判らなくなるところだったなと衛宮士郎が反省しながら上条に連絡を取ろうとしたその時、不意に携帯電話がぶるぶると震えだした。
10000字ちょい
やっと本編に突入しました
若干ネタバレになるかもしれませんが言及があったので一つ
この小説内の衛宮士郎さんは限りなくアーチャーに近い衛宮士郎さんです
それには理由もあるのですが、今は言えません
だから口調もそれに近くなりますが、極々たまに本音を出しますみたいな
あと諸事情で次は三話くらい一気に投稿しようと思います