鈍感系主人公である理由 作:ターボ腕
「……おはよう、優里」
「えっ!? お、おはよう、ユウくん。起きてたんだね」
「ついさっきな」
バッと両手を体の裏に回し、明らかに何かを隠すかのような体制を取る優里。その額には冷や汗が浮かんでいる。
隠すならもうちょっと上手く隠して欲しい。別に今更数百円のハンカチが突如消失することに何かを覚えたりすることはないから。そのうち新品がタンスに戻ってくることは知ってるから。
「毎度言ってるが、別に起こしに来なくても良いんだぞ?」
「え? う、ううん。私も別に手間じゃないし、それに……」
これ以降は聞き取れなかった。単純にボソボソ早口なので耳の処理能力が追いつかないのだ。俺は決して突発的に一時的な難聴を発症する体質ではない。もしかしたら"聞き取るとマズい"と言う防衛本能が発動しているのかもしれないが。
それと。別に、俺は朝に弱いわけではない。一人暮らしとはいえ中学までは実家にて一人で時間通りに起床していた。
なので、"別に起こしに来なくても良い"と言う言葉には別のニュアンスが多分に含まれているのだが。それを彼女が理解することはない。悲しいね。
現在時刻も別段早いと言うわけではなく、むしろ少々急ぎ気味に準備をしないと電車を乗り過ごして遅刻してしまうぐらいの時間帯である。
「……朝、また菓子パン? 言ってくれたら私が作るよ?」
「別に良いよ。流石にそこまで負担をかけるわけにもいかないし」
俺の見ていないところで作らせたら一体何が混入しているのかわかったものじゃない。バレンタインのチョコであったり、なんなら調理実習でピンポイントに仕込もうとしてきたことは忘れられない思い出だ。あの時は咄嗟に小林と入れ替えることで難を逃れた。すまん小林。
ここで、時間帯を遅らせる意味が見えてくるのだ。冷蔵庫の中身に触らないよう厳命しつつ、"時間がない"と言う大義名分を用意することにより、彼女が隣室から朝食を持ち運んでくることを防いでいるのである。
「…………」
今日も今日とて新品の歯ブラシで歯を磨く。別に俺が潔癖というわけでも無く、どうにも毎日毎日入れ替わるかのように使用済みの歯ブラシが回収され、新品のそれに置き換わっているのだ。なんでだろうか、俺にはよく分からない。分かりたくない。
「……最近のユウくん、寝癖付いてないよね」
「朝は忙しいからな。対策した」
「とか言って、いっつも直してたの私じゃん」
だからだよ。もう別に髪の毛をこっそり抜いて食うなとは言わないから、せめて俺の目が届かないところで食ってくれ。誰が目の前で自分の髪の毛が喰われる様子を見たいんだ。と言うか普通にバレちゃダメだろ。普段は計画性の塊──というにはあまりに杜撰だが、多少なりとも隠す努力はしているというのに。
「ユウくん、カバンは?」
「玄関の靴箱の上」
「なんでそんなところに置いてるの? 高くて不便だと思うんだけど……」
「気分」
俺は忘れない。知らず知らずのうちに自分のカバンに幼馴染モノのエロ本が仕込まれていたあの恐怖を。教師に叱られる俺を見てオロオロしていた目の前のポンコツを。クラスメイトから向けられるそれはもう色々と凄まじい視線を。
それ以来、こいつの手の届かぬところにカバンを保管するのが習慣になった。間違ってもそこらの地面に置いておくとか、そういうことをしてはいけない。確実に中身が入れ替わる。
「よし。行くか」
「うん!」
一緒に行くか、とは一言も言っていない。いや、流石にこれは無理矢理と言うか、そりゃあ同じ部屋にいる、同じ学校に通う人間が"行くか"と言えば、一緒に行くことを想定するのが当たり前か。とはいえ、普段変な方向で炸裂する気遣いをここでも見せてほしいところではある。
家から出て、鍵をかける。ちなみに鍵に優里の侵入を防ぐ効果はない。合鍵の前には全てが無力なのだ。なんてことをしてくれたんだ父さん母さん、どう考えても平日休日問わず365日毎朝部屋に起こしにくる女が正常なわけないだろう。
「あ、ユウくん。体操服忘れてるよ?」
「……あー、しまった。こりゃ見学か」
「もう、忘れ物は気をつけなきゃダメだよ? この前も忘れてたでしょ」
電車を降り、学校までの道を歩いている中での優里の言葉である。違う。これはささやかな抵抗だ。体操服を学校に持っていこうものなら、まず間違いなく授業後に消失する。若しくは、体操服が無事でも着替えが知らぬ間に消失している。なんでだろうね、不思議だね。
ともかく。流石に毎度毎度見学していては単位が怪しいためそういうわけにもいかないのだが、こういう微かな抵抗ぐらいは許してほしい。俺もやられっぱなしと言うわけではないのだ。
「……よし、今日はいないね」
「西本先生か?」
「うん。あの人、ちょっと怖いし……」
ちょっとどころではない。クソ怖い。
表向きには校則違反、特に服装や頭髪の規定に厳しいからと言う理由で彼女を怖がっている優里。まあ実際、女子高生からすれば天敵のような存在であることは間違いない。今時ジャージに竹刀とかいうコテコテの体育教師の存在も珍しいものだろう。然るべき機関に連絡すれば絶滅危惧種として隔離保護してくれたりしないだろうか。
「ユウくん、じゃあ、またね」
「おう」
俺と優里は、別々のクラスに所属している。まあこれにより何か気が休まることはないのだが。結局休憩時間にはこちらの教室にやってくるわけだし、なんならクラスの連中が気を利かせて二人きりにさせようとしてくることもある。大抵失敗しているが。
これが、俺の朝。起きてから学校に到着するまで、数センチのもうすぐ身体が触れ合いそうな距離に幼馴染を置いて迎える、クソッタレな朝である。
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