犴と鮫・番外編集   作:鷲谷ヒメリ

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本当はエイプリルフールに出したかった


ネコネコパニック!!

「諸君。招集に応じてもらって感謝する。緊急事態だ。一先ず紅茶でも飲みながら、今後の対応を検討しよう」

 普段、十刃(エスパーダ)の会議に使われる部屋の上座に腰を下ろし、藍染は膝の上に青い猫を乗せてそう言った。

 集まったのは十刃(エスパーダ)———の、第2十刃(セグンダ・エスパーダ)バラガンと、第3十刃(トレス・エスパーダ)ハリベル。そして、二人の従属官(フラシオン)合わせて八名。その内、第2従属官(セグンダ・フラシオン)の一人のニルゲの頭の上には、白と黒の縞模様の猫がリラックスした様子で乗っており、第3従属官(トレス・フラシオン)のアメミトは、額に黄色いバツ模様の入った焦茶色の猫を抱っこしていた。

 尚、虚圏(ウェコムンド)に普通の猫はいない。虚圏(ウェコムンド)にいるのは(ホロウ)か、破面(アランカル)の飼う霊蟲だけであり、小動物はトカゲから犬に至るまで皆、霊子吸収だけで生きる弱い(ホロウ)である。

 では、この猫たちは何か。

 答えは明瞭であった。何せ、猫たちの顔や頭には見覚えしかない仮面の欠片が着いていたからだ。

 藍染の膝の上で立ち上がり、給仕された紅茶を狙って机の縁に前脚をかける青い猫の右頬には、剥き出しの歯が並ぶ仮面が。

 ニルゲの頭の上で今にも寝落ちしそうな白と黒の縞模様の猫の頭には、大きく鋭い牙が伸びる頭蓋骨のような仮面が。

 アメミトの腕の中で彼女の仮面の突起に戯れようとしている焦茶色の猫の頭には、ファンタジーRPGゲームに登場する兜から装飾を取り払った様な仮面を着けていた。

 わかる者には大変わかりやすい。何を隠そうこの猫たちはそれぞれ、第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョーと、第2従属官(セグンダ・フラシオン)ジオ=ウェガ。そして第3従属官(トレス・フラシオン)ミラ・ローズである。

「どうせザエルアポロの仕業なんだろう。殺しに行っていいか、アイツ」

「すまないが、あんなのでも我々に対する貢献には大きなものがあるから、堪えてくれ」

 開口一番、ハリベルが出した物騒な申し出を、藍染は間髪入れずに棄却した。というかあんなのって言ったぞ。やっぱり藍染でもザエルアポロの変態性はちょっと敬遠したいものなんだな。二組の従属官(フラシオン)達は殆ど同じ感想に至った。

「ザエルアポロの仕業じゃなかったら誰の仕業なんだっての……だあぁ!ジオ、テメェいい加減降りろって!」

 寝息を立て始めていたジオと思われる猫を、ニルゲは力任せに頭から引っ剥がし、会議用の長机の上に投げる。ジオは驚いて、寝起きのまま空中で体勢を立て直し机の上に着地すると、ニルゲに向かって背中を弓形にして、毛を逆立てて威嚇の声を上げた。尤も、元の姿ならばまだしも、愛玩動物でしかない猫の姿なので、唸られても睨まれても何一つ恐ろしくないのだが。

「やれやれ、そんな顔されても可愛らしいだけだぞ」

「今何言っても機嫌を損ねるだけなんだから、ちょっとそっとしておいてあげなさいフィンドール」

 バシンッ、となかなかな音を立てて、クールホーンがフィンドールの頭を引っ叩く。音に見合った力だったらか、フィンドールの上半身は前に倒れ込み、立ち位置の関係でバラガンが座る椅子の背凭れに顔から激突した。仮面で上半分が覆われているとはいえ、とても痛そう。その音で、ジオは更に警戒する様に、右へ左へとステップを踏んだ。

「……なんか、見た目だけじゃなくて中身まで猫になってねーか?」

 アメミトからミラ・ローズを受け取ったアパッチは、ミラ・ローズに前脚で左頬を突っぱねられながらぼやく。それが聞こえたポウは、ふと藍染の膝の上にいるグリムジョーへと目を向けた。

 グリムジョーはといえば、藍染の紅茶のカップを狙って尻尾をゆらゆら揺らしている。藍染はサッと紅茶のカップを持ち上げて、グリムジョーが届かない高さまで運んだ。グリムジョーは後ろ脚で立ち上がり、懸命に持ち上げられたカップを前脚で追う。

 猫ちゃん……!!クールホーンとアメミトとハリベルは、思わず身悶えた。正体はグリムジョーだと知っていても、可愛いものは可愛いので。

「君達が集まる迄に、グリムジョーに色々と確認を取ったんだ。結果として……自分が破面(アランカル)である自覚もあるし、記憶が無くなっているわけでもない。ただ、精神が今のカタチに引っ張られて、猫そのものと言うべき状態になっている様だ」

「マジで誰がやらかしたんだよ。下位とはいえ十刃(エスパーダ)一人と従属官(フラシオン)二人も無力化されてんぞ」

「初手でザエルアポロの野郎の可能性潰されてんのが痛えな」

 あーだこーだ、破面(アランカル)達は誰の仕業なのか、原因はなんなのか、皆目見当がつかないまま踊り続ける議論の片手間に、猫となってしまった三人の遊び相手をする。そこに。

「藍染様。聞き取り調査から戻りました」

「ああ、お帰り。ウルキオラ」

 足音も無く現れたのは、第4十刃(クアトロ・エスパーダ)のウルキオラであった。何故か、そのすぐ後ろに第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミーがいる。従属官(フラシオン)達は一人を除いて悲鳴を上げ、ハリベルはこいつ仕事してたのか、と少々失礼なことを思った。

「結論から述べると、十刃(エスパーダ)にもその他の数字持ち(ヌメロス)にも原因について心当たりのあるものはいませんでした」

 ウルキオラの報告を受け、藍染は少し眉間を指先で揉んで、グリムジョーを制しながら紅茶を口にした。

「そうか。ありがとう、ウルキオラ。ところでヤミーは別に呼んでないのだけれども」

「戻りがけに偶々そこにいたので、ついでに連れてきました」

「ポポポ、連れションじゃないんだから」

「お前連れションとか知ってんのかよ」

「仲良ぴっぴ連れて戻ってくる辺り、あんまり事を重大だと認識してないだろうアンタ」

「どいつもこいつも言いたい放題過ぎんだろ……そろそろ全員怒られろ」

 なんか今日全員三割り増しで頭緩くないか。アパッチは大きく息を吐いて頭を抱えた。

「おう雑魚。その猫どもがグリムジョーとバラガンの腰巾着のガキとテメェらんとこの雌猫ってのはマジか?」

「何で知ってんだよ。あと従属官(フラシオン)も名前で呼んでやれよぶっ飛ばすぞ。ハリベル様が」

「行きしなウルキオラに聞いた」

 あーね、とアパッチは納得して小さく頷く。

 ヤミーはアパッチの腕の中のミラ・ローズの首根っこを摘み上げ、取り上げる。返せ、とアパッチが掴み掛かろうとしたが、もう片方の手で肩を押さえつけられて手が届かなかった。リーチの差が大変憎い。

「おー、何だこいつちゃんと狩りできる猫じゃねえか」

「何故判る」

「首持ち上げられた時に脚畳める猫は、本能に狩りの仕方が刻まれてんだよ」

「何処で収集したんだ。そんな知識」

「経験則だよ経験則。んで?藍染サンよォ。グリムジョーの奴さっきからそのコップ寄越せってうるせえんだけど。大人しくさせられねェの?」

 おや、と藍染はヤミーの発言に興味を持った。まるで、猫になってしまったグリムジョーの言いたい事がわかっているかの様に思えたからだ。

「わかるのかい?ヤミー。彼等の言葉が」

「いや、ニュアンスで大体伝わんだろ」

「ニュアンスを超えて具体的だったから、確認をしているのだけどね」

 そこまでか?とヤミーはガリガリ空いている手で後頭部を掻く。

「クソ犬も似た様なとこあっから、慣れてンだよ。羨ましいなら藍染サンも犬か猫でも飼ったらどーよ」

「私はあまりペットには興味は無いかな」

「寂しい奴だな」

 あまりにも歯に衣着せぬ言い方に、バラガンがとうとう噴いた。珍しいものを見たアメミトは、口笛を吹いて目を丸くする。

「なかなか面白い特技だな。ではジオが何を言っているのかも、大凡わかるということか?」

「にゃあん。にゃあにゃあ」

 フィンドールに名指しされたジオは、仕方がねえなあ、と言わんばかりに鳴く。

「"スンスンの姿が見えねえけど、管理不届か?"だとよ」

「は?スンスンならそこに……いや待ていねえぞ!?」

「え、嘘。うわマジだどっか行ってる。いつの間に!?」

「全然気付かなかった……フラッといなくなっていつの間にか戻ってくるのはしょっちゅうだったから……」

 知らない内に何処かへ消えたスンスンに、ハリベル達は今になって気付いた。彼女の自由奔放さも隠密スキルの高さも知っていたが、こんな時くらいは空気を読んで、大人しくしているものだとばかり思っていたのだが。

「自分の従属官(フラシオン)の手綱も握れんとは、所詮小娘か。滑稽」

「陛下の言う通りだぜ、ザマァねえな。陰険多動蛇女と脳ミソ足りねえザコ鮫女なんざ、そらお似合い……あだだだだっ!!」

 バラガンの威を借りるように囃し立てたアビラマが、瞬きの間に悲鳴を上げた。無言で立ち上がったハリベルが、響転(ソニード)で近付いて卍固めを決めたからである。肩関節が大変な方向に曲がっており、大変痛そう。

「私の事は兎も角、私の従属官(フラシオン)を侮辱するならその喧嘩、言い値の三倍額で買うぞ」

「イデデデデッ!!もう買ってんだろ!!」

「気ぃ付けろよアビラマ。ハリベル様は中級大虚(アジューカス)相手だろうが、刀使わなきゃセーフ理論で手加減しねえぞ」

「技掛けられてる時点でもう手遅れヨ」

 それはそう。そこそこの頻度でハリベルからプロレス技をかけられているアパッチの、経験者視点からの忠告にポウが静かにツッコむと、安全圏から見ていた面々は無言で同意を示した。誰かが"あ、アビラマの肩関節が外れた"、と漏らす。

「雉ならぬ、鷲も鳴かねば撃たれまい……」

「撃たれるというか絞められてるけどね」

「肩外れたからもうタップも出来んなあ」

「まずアイツ何であんなに絞め技詳しいんだよ」

「自由気気侭な現世オタクのせい……と言うべきかな……」

 それぞれアビラマに同情を禁じ得ないが、とばっちりで痛い目を見たくは無いので、遠巻きに傍観する。十刃(エスパーダ)の腕力で首を絞められるのだけは勘弁願いたい。

 ふと、聞き慣れない呻き声が聞こえた。声の方を振り向くと、成長過渡期の猫程度からグレートデーン程の大きさになったグリムジョーに、藍染が押し潰されていた。床に伏せさせられて尚、紅茶の残ったカップだけは死守する辺りは流石だが、優先順位がおかしいだろ、とアパッチは突っ込む。

「って、待て!何でデカくなってんだよグリムジョー!?」

「成長期なんだろ」

「成長期で済む大きさじゃないだろ!!どう見ても大型の肉食獣くらいデカいじゃねえか!!」

「ていうかちょっと目を離してただけでそんなでかくなるも……おごォっ!?」

 ニルゲが潰れた蛙のような悲鳴を上げた。鈍い音を立てて倒れたニルゲの上に、明らかに身体が倍どころではない大きさになったジオが乗っかっている。

 アパッチは戦慄した。グリムジョーとジオが個人差はあれ猫にあるまじき大きさになっていると言う事は、ミラ・ローズも……。

 アパッチは恐る恐る、ヤミーに捕まったままであるはずのミラ・ローズの方を振り向いた。

「っ〜〜〜〜〜〜、ですよねェ!!」

「何だよいきなりうるせぇな」

 首根っこを摘み上げられていたはずのミラ・ローズが、いつの間にやらヤミーに脇の下を両手で掴まれた状態で、尻尾をゆらゆら揺らしていた。ヤミーの図体がデカいのでまだ比率としては違和感が無いが、隣に並んでいるウルキオラと比較すると明らかにデカい。ざっくりウルキオラの頭から股座まである。

「にゃあ」

「あァん?ったくしょーがねえな……」

「何だよもう何が仕方ねえんだよ意思疎通できる奴間だけで話進めんな」

 右手で顔を覆い、暗闇の向こうの天井を仰ぐアパッチは、投げやり気味に文句をつけた。

「おーおー、言われなくても教えてやるから不貞腐れンなって。"今日ピカロ達と一緒にド○クエ4ごっこやる予定だったんだけど、こんなんなっちまったから無理になった"って連絡して欲しいんだとよ。あと、"もうすぐネルっていう時々ピカロと一緒に遊んでる子の誕生日だから、何か欲しいものがないか訊いといて"だそうだぞ」

「前者は兎も角後者は元に戻ってから自分で訊けや!!あと長え!!長えよ要件が!!あの一鳴きにどんだけ情報量詰め込んでんだ!!圧縮言語にも程があんだろ!!」

「おっ、復活した」

 頭を抱えるアパッチをよそに、ハリベルとアビラマの方から野太い歓声が上がる。卍固めからスコーピオン・デスロックに移行したからだ。アビラマは必死に辛うじて肩が外れていない方の手で床をタップするが、ハリベルは残念ながら止まらない。寧ろ、周りが囃し立てて技をかける力を強める始末である。アビラマに救いは無かった。可哀想。

「あらやだ、少し席を外している間に随分混沌としていらっしゃるのね」

 そこに投げ込まれた声一つ。何故かレジ袋を提げたスンスンである。袋の中から、何か細長くしなやかそうな棒が顔を覗かせていた。

「スンスン!てめえ何処ほっつき歩いてたんだよ!?」

「現世に行ってミラ・ローズ達にオヤツとオモチャ買ってきただけですわ。藍染の金で」

「仮にも虚圏(ウェコムンド)のトップの財産着服すんな!!」

「早急にコイツを縛る法が必要だな」

「色んな意味でコイツの存在そのものが秩序の敗北だろ」

「そもそもいつまで続くかわからんものの為に金をかけるでないわい」

「ねえちょっとこんな私フルボッコにされる謂れあります!?」

「謂れしかねえよ!!」

 お〜いおい、とレジ袋を提げたまま両手で泣き真似をするスンスンに、アパッチは厳しく突っ込んだ。他の者も同感だと頷くので、スンスンは顔を覆った手の中で小さく舌打ちする。

「ふ〜〜〜んだ。そんな風に言うならコレ貸して差し上げませんからね〜〜〜〜」

 無駄に達者な口笛を吹いて、拗ねた様な態度を取りながらスンスンがレジ袋から取り出したのは、虹の様なグラデーションの穂をもつ猫じゃらし。見せつける様に、スンスンはそれを手持ち無沙汰に揺らした。

 揺れる虹色の猫じゃらしを視界に捉えたジオとミラ・ローズは、ピンと耳を立てて、ジオはニルゲの上で姿勢を低くして飛び掛かる数秒前の様な構えを取り、ミラ・ローズはヤミーの手から逃れようとぐにゃぐにゃ柔らかい身体を暴れさせる。

「ところで、オヤツは何買ってきたヨ?」

「歯磨きガムとカリカリと削り節。あとはドライササミですわ」

 スンスンは猫じゃらしを持ったまま、レジ袋を開けて覗き込んできたポウに中身を見せた。

「乾燥タイプばっかりヨ」

「そっちの方が量多くてお得だったので……」

「人の金で買いモンしてるくせに変なとこケチるなよ!」

 ポウがレジ袋の中からササミのパッケージを出すと、バリッ、と音を立ててそれを開ける。その音に反応したのか、或いは個包装されていないがせいでササミの匂いを捉えたのか。猫になった三人はビー玉の様な眼を爛々と輝かせ、弾かれた様に飛び跳ねた。踏み台にされた藍染は珍しく呻き声を吐き出したし、ヤミーは足蹴にされて爪で手の甲を引っ掛けられた。

「ちょっ……ヤバイヤバイポウヤバいデカ猫三匹来るってササミ閉じろバカ!!」

「ハ?」

 焦ったアパッチの声に、ポウが呆けた反応を示す。顔を上げた時にはアパッチが巨大な猫達に踏み潰されていた。

「嘘でしょアパッチ!貴女そんな体幹弱く……いやーーー!!一斉に来ないでーー!!!」

 猫達がポウの持つササミのみならず、どうやら袋の中にそれ以外のオヤツも入っている事を会話から悟っていたらしく、グリムジョーを筆頭に三匹はスンスンとポウに飛び掛かった。

 アパッチは床に倒れ伏したまま叫ぶ。

 

「———ス、スンスン!!ポウ!!逃げろーーーー!!!!!」

 

 そしてアパッチは飛び起きた。第3の宮の、共有スペースの巨大なベッドの上で。

 アパッチは暫し唖然としていた。そして、そっと右隣へ顔を向ける。そこにはハリベルが寝ていて、アパッチの大声のせいか、ううん、と唸って眉間に皺を寄せ、身を寄せ合う様に寝ていたアメミトの頭を、自分の胸に押し付けるかの如く抱きしめた。抱きしめられたアメミトは、少し息苦しそうに眉を顰める。

 左隣位にいたスンスンは、規則正しい寝息を立てて寝ている。アパッチが上体を起こして掛け布団がズレたことで、肌寒さを覚えたのか掬い上げる様にして、布団を肩が覆われるまで引っ張り上げた。

「………………夢オチかよ!!!!!!」

 バスンッ、とアパッチは自分用の枕を掴んでハリベルの横顔に叩きつけた。普通なら衝撃で叩き起こされて文句を言われても弁解の余地もないことだが、幸いな事にハリベルは非常に寝汚く、よっぽどの事がなければ起きないタチだった。




夢オチって便利だけどそこに辿り着くまでが辛いの、あると思います
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