つづら折りの暗い下り階段を父親の背に乗って降りていきながら、♯は薄っすらとした
この襲撃は、屋敷の最も高い尖塔が初撃で破壊されるところから始まった。同時に遠距離砲撃によって単騎最大戦力は屋敷から引きはがされた。入念な遠距離砲撃から間髪を置かずに地上部隊が投入され、その中には”無敵の”生物もふくまれていた。
これらの事実から、この襲撃全体が入念に
そして、襲撃のここまでのフェーズにおける目的も、ある程度までは♯は推測することが出来た。確信できるほどとまではいかないが、それなりに説得力のある説明ができるであろう仮説を思いつくことができた。
これまで実行されてきた襲撃内容はどれも非常に有効な一撃でありながら、けれど対処不可能なほど
けれど襲撃者はそうせず、防衛拠点の要である尖塔
つまり、
彼らは即座に詰ませるの
__暗闇の中を父親と女性騎士が降りていくコツコツとした足音にまざり、時折女性騎士の光球魔法の詠唱が響いては消えていく。光球は静止した対象にしか唱えられないため、階段を折り返すたび唱えなおさなければならない。光球は父親の足元に現れてはなめらかな革靴を純白に照らし、そして父親の足音と共に斜め上へと遠ざかっていく。__
もし、襲撃者のこれまでの目的が
単に、地下に毒ガスなどを流し込んで重要人物を確実に無傷で殺害することが目的ではないはずだ。(と信じたい。)
彼らの目的は即座に詰ませることではなく意図的に盤面を誘導することである、という仮説を前提に進めている以上、より複雑で高難度な
彼らが愚かであることを前提にした瞬間に、推測は成立しなくなる。だからここでは彼らが知性的な敵だと仮定して進めなければならない。
襲撃者を知性的と置くのなら、その目的はなんらかの合理的な意図から出発するものであるはずだ。少なくともその目的は不可解で曖昧なものではなく、多少の理解可能性が維持されているものであるだろうと考えられる。
♯がこの瞬間に思いつくことのできる仮説はいくつかある。一つ目はやはり、
その仮説の一部を引き継いで次に思いつくことは、そもそも
そして♯は、この仮説にわずかな引っかかりを覚えた。爪の先が微かになにかに触れているような感覚。
__
♯は脳内の混濁した言語プールから、まるで尾びれの先だけが揺らめくようにして一瞬視界に現れたその文章をじっと反復した。
彼らには
♯の仮説は多少の飛躍をものともせず進む。
そして個人として♯が真っ先に思い浮かべるのは、あの
彼は問答の中で、
けれど、その中でもほとんど確信に近い確度で言えることが
ここで、ふたつの仮説が合流する。
教祖ジョンレンは、観察と推測能力で♯を圧倒するほど知性的な人間だった。彼は組織の単独の最上位者としての地位を持ち、統一の取れた部下を持っていた。彼は襲撃の直前に屋敷へ訪れ、外観や内部構造を詳細に観察する事が出来た。ウィッケンハイザー邸の観察という目的を露骨に明かす事さえした。そして、襲撃は綿密な計画によって運行され、屋敷内の重要人物を生存させることも計画の一部にあった。
__父親の足音が反響を含まないより硬質な音に変化する。階段を降り切った父親はそこにあった扉を開き、奥へと進んでいく。続けて扉をくぐった女性騎士が僅かに感嘆の息を吐き、そしてわずかに遅れて詠唱を始める。光球はふたたび床に設置されるが、細い直線の通路のためそれひとつで奥まで楽に見通せる。父親はわずかに咳ばらいをし、♯を抱えなおしてから最奥の扉に向かう。__
ここまでは。
ここまでは、推論はおおむね正しい方向に進んでいると♯は判断していた。多少の発想の飛躍がある部分もあるが、全体として問題のある仮説であるとは考えにくかった。
ここまでは、
教祖ジョンレンがこの襲撃の指揮を取っていると仮定した場合、
遥か北から山脈を越えてここへ来た、年齢の割に大人びた仕草の多い少女。卓越した魔法行使技能と戦場での判断能力は年齢平均を軽々と越え、いずれは上位層へ歩みを進めるであろう実力者。待ち合わせに遅れる癖だけは治りにくいようだが、その他の勤務態度は優良で勤勉であり、上司や周囲の人間からの信頼もあつい。
そして、幼いころに親と妹を亡くした、病災孤児。
教祖ジョンレンに関連する人物を♯がリストアップした場合、一番初めに名前をあげるであろう人物。彼に関連し、そしてシャロン・P・ウィッケンハイザーに非常に近い位置におかれた人物。
護衛として♯にとって非常に都合のいい人物。ともすれば、
女性騎士 エリン・ウリツカヤ。
最奥の扉を開き入ると、前回と変わらず巨大なモノリスが部屋の中央に鎮座している。その巨大な岩から半径数メートルほどの範囲の床を金属板が占め、そこに刻まれた微細な紋様を更に細い光線がソナーの表示のように回転している。
自身の鼓動が物理的な音として聞こえそうなほどの無音の空間。父親は歩みを進め、そして広域結界のモニターのための台座付近で♯をゆっくりと降ろした。同時に台座の周囲の装飾に見えた金属棒をいくつか外し、(松明の影になるであろう)壁にあいた細い横穴に差し込んでいく。差し込むたびに特有の重低音が響き、なんらかの物理的な機構が動作したことを伝えてくる。
♯は、それらを観察しながら、心拍数を抑えるために息をおちつけた。女性騎士が
「お父様、手伝えることはありますか?」♯は振り向かない。自然に見える形で杖を取り出し、ほんのりと父親に寄っていく。
「いや。適切な順番でないと動かないから、今は一旦平気かな。」父親は♯に一瞬目を向けたが、台座から装飾を外す作業へ戻った。
♯はもう一度息をはいた。「そうですか、分かりました。」そして自身の右手と、そこに握られた短杖をみつめる。
女性騎士に疑わしい部分があることは事実だ。そして♯はその疑念を直接質問して晴らしたい。♯の思い過ごしでしかなく、なんの裏の動機もないと
けれど、今この瞬間に女性騎士に
♯は振り向いた。そして女性騎士がいるであろう方向に視界を向けて、真剣な表情を維持しながら口を開いた。「エリンさん。なにかしておくべきことってありますか?」女性騎士の表情を確認する事はしない。ただ平常さだけを意識する。
そして____
____無言が広がる。
♯は、やっとの思いで女性騎士と視線をあわせた。
見ると、彼女は。薄く、悲しそうにわらっていた。
「___」
その声をかき消すように、部屋全体を轟音が襲った。
遅くなりました。
次話も来週更新は難しいかもしれません。