真白い妖精   作:etis


原作:ラブライブ!
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フリック入力での文字入力テスト。

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フリック入力での文字入力テスト。


真白い妖精

私が起きた時、そこにはみんながいた。

けれど、そのときの私にはみんなのことがみんなとしか分からなくて、私は、みんなのなかのただひとり、一人ぼっちになってしまった。

私のことを心配そうに見つめるみんなの目が、私は糾弾する刃に見えて、私は何度も逃げ出そうと思い、逃げ出したこともある。

けれど、結局のところ私は私であることを思い出したのだ。

たぶん、それは私の意思が、すなわち意識を失い、記憶を失い、全てを失う前の私の意思が強かったということであり、みんなの意思がそれ以上に力を持っていたということにほかならないのだと思う。

そうでなければ、私は記憶の海に放り出されてしまった過去を見つけ出すことは出来ず、今も雷鳴鳴り響く暗澹たる黒雲の下の大海原を漂っていたのだと思う。

そう考えると私は、みんなに感謝することしかできない。

けれど、全てを失った私が持っていたものが一つだけ。

あの逃げ出した夜に偶然手に入れてしまったもの。

それが、一つだけ。

私、高坂穂乃果の心残りだ。

 

 

「ほのかちゃーん?」

ことりちゃんが目の前で手を降っている。私は何も答えられず、ただぼーっと、まるで眠気に襲われているように緩慢に目線だけを動かす。

「起きてる、よね?」

私は首だけを動かしてうなづく。

「どうしたの? ほのかちゃん」

心配げな様子に私ははっとなる。「ううん! なんでもない! 起きてるよ!?」

「あっ、よかったー」

へにゃりとことりが顔を緩める。

穂乃果は、笑みを作りながら言った。

「えっと、ど、どうしたのことりちゃん」

「どうしたの、って、ほのかちゃん、もうお昼だよ?」

「えっ」

私は驚いて周りを見渡す。

すると、海未ちゃんが近づいてくるのが見える。

「穂乃果、ことり、お昼にしましょう、って、穂乃果?! どうしたのですか?!」

突然大声を上げる海未ちゃんに驚いた私は体をのけぞらせる。

「ほ、ほのかちゃん?」

ことりも、何か怪訝そうな、心配する目でこちらを見る。

「えっと、どうしたの? 二人共」

「どうしたのではありません! 涙! 涙が出ていますよ!」

海未ちゃんは小声で叫ぶという器用なことをする。

言われて、頬のあたりをぬぐうと、確かに濡れている。

「あれ、なんでだろう?」

「穂乃果、こっちへ」

「え、あ、ちょっと」海未ちゃんに手を引かれて教室を出て向かった先はトイレ。ことりちゃんは出ていく私を不安そうに見つめていた。

「顔を洗いましょう。ハンカチは持っていますね?」

私は気圧されて頷いた。

顔を。洗い涙を流した私に、海未ちゃんは何も聞かなかった。

ただ、じっと唇を噛んでいた。

 

あの時から、穂乃果は少しだけ。

ほんの少しだけ変わりました。

ごく稀に唐突に涙を流すのです。

そのとき、別に悲しげな顔もせず、ただ涙を。

私は、その理由がわかりません。

けれどその因果は分かります。

あの事故に起因するものであるというのは明らかです。

そして、だからこそ私達にどうしようもないということも。

いつもはいつもの穂乃果。

けれど本当に時々見える穂乃果。

あれは、昔の穂乃果にもあったものなんでしょうか?

それとも?

 

ほのかちゃんは変わっちゃった。

何かを隠している。

それが何なのか、知らないし、聞いても教えてくれないと思う。

どころか、ほのかちゃん本人はそれが変わったことだと、前はなかったことだって思ってないかもしれない。

ただ、例えば地面が滑って地層が顕になるように、見えていなかったものが見えるようになっただけなのかもしれない。

そう考えるとなにかを言うことはためらわれた。

いつの日にか、それを知る日は来るんだろうか。私にはわからなかった。

 

「やあ、穂乃果」

私の目の前にいるのは、高校生の男の子。もちろん、オトノキの子じゃない。

「ひさしぶりだね」

元気だった、という言葉は飲み込んだ。

「うん。ひさしぶり。一年、また一年経ったね」

「うん……」

私と彼が出会ったのは三年前。

病院で毎日記憶に関するリハビリテーションを受けた結果、嫌気が差して逃げ出した中庭で日向ぼっこをしていた彼と出合った。

当時、彼は高校一年だった。

今も彼は高校生だった。

一年の休学。それが原因だ。

「穂乃果は元気そうだね」

「うん」

彼に対して聞くことはしないが、言われたことにはためらうことなく応える。それが、彼との約束だった。

卑屈にならず、傲慢にならない。

彼は、彼の病気のことなどなかったかのように振る舞うし、私は、絶対に彼の病気のことを忘れずに配慮する。

二人の維持の張り合いの結果がこのいびつな関係だった。

「穂乃果。去年一年間、どうだった?」

ハンバーガーショップの窓に大粒の雨がたたきつけられている。

「そうだねぇ〜。スクールアイドル始めたかな〜」

彼は少し驚いたように目を開いて、けど落ち着いた声で返す。

「スクールアイドル? ふふ、穂乃果らしい」

私はその冷静な様子に少しだけ不満を覚える。

「おどろかないの?」

「驚いているよ。けど、穂乃果だもの」

くすくすと真っ白な頬を歪めて彼が笑う。長い黒髪が、ぱさりと顔にかかる

その様子は、和人形が笑うようで、恐ろしくなり、美しいと感じた。

儚い強さ。弱いからこその美しさ。

海未とことりは本で顔を隠しながら、ひそひそと声を交わす。

その視線の先には、窓際に座りこちらに背を向けている穂乃果と男の子が一人。病的なまでに真っ白なその肌に、まるで白粉のようだとことりは思った。

「まさか、穂乃果に彼氏がいるとは思いもしませんでした」

「け、けど彼氏だと決まったわけじゃ」

「あんなに楽しそうにしている穂乃果見たことありますか? しかも、男の子との会話で!」

「う、うーん」

ことりは、たしかにそうかもしれないが少しだけ方向が違う気がした。あの笑顔は恋をしている笑顔じゃない。

「これはまだまだ調査が必要ですね……」

あーあ、こうなったら海未ちゃんは止まらない。

ご愁傷様、ほのかちゃん。

そう思いながらことりは残り少なくなったシェイクをすすった。

結局、二人が外に出たのは暗くなってからで、晩ご飯には間に合わないことが確定してしまった時間だった。

「ごめーん! もう帰るね!」

時計を見て焦ったほのかが、店から飛び出していく。

私とことりの二人はそれを追いかけようと立ち上がりました。

「園田さん、南さん」

「ひゃい?!」

「ぴぃっ!?」

と、そこで呼び止められて奇声を発して私達は飛び上がります。

そこにはさっきまで監視していた男の子が。

「ちょっと、お話しませんか?」

彼は物静かに言葉を発した。

私達はそれに従う以外の選択肢はありませんでした。

さっきまで覗き見をしていたのもあるし、そもそも彼のことが気になったのも確かです。

そうして、彼の目の前に私が、斜め前にことりが座りました。

「さて、何から聞きたいですか?」

そういう彼に私達は顔を見合わせました。

とりあえず、譲り合いの結果私から。

「あなたと穂乃果の関係は?」

「病院のとき、知り合ったんだよ」

それは半ば予想通りでしたが、それ以上のことは彼は言いません。

「あの……ほのかちゃんとは、その、恋人さん……ですか?」

ことりがおずおずと聞くと彼は笑いながら答えます。

「はは。だったらどれほどよかっただろうなとよく思うよ」

「今日はなんのために会ったんですか?」

剣呑な目をして、私が問いかける。

「ああ、ちょっとお別れの挨拶に」

お別れ?

「? 引っ越しかなにかですか?」

ことりが首をかしげながら聞くと、

「いいや。寿命さ」

「は?」

薄笑いを浮かべる彼に対し、私は本気で間の抜けた顔を晒してしまいました。

「じゅ、寿命?」

「そう。あと半年。僕と穂乃果は、以前に約束したことがあるんだ。毎年一回、このあじさいの咲く頃に会おうって。会って、それまでのことを振り返ろうって」

「それは、あの時から?」

「あの時、というのが三年前なら、そうだよ」

「どうしてそんなことを?」

「ただの、なんていうか、近況報告だよ。僕もここらへんから少し離れたところにすんでいるからそうそう会えるわけじゃないし、約束しとけばそういう気にもなるし」

「そんな……」

「まあ、それも今年で終わりだよ。穂乃果にはもう言ってある。僕のことを、忘れるようにも」

「忘れる?」

「ああ、君たちも気づいているんじゃないか? 僕が、彼女の変調の原因だと」

私達は黙り込む。

「ちょっと申し訳ないけれど、以前、君たちとの電話での会話を聞かせてもらったことがある。突然泣くだなんてそんなことしないよ、だったかな。穂乃果が言っていたのは。ああ、って思った。まだ引きずっているのか。そう思った」

「引きずっている?」

「僕はね、あの時死ぬはずだった。穂乃果の前でね。あの日発作を起こした僕は運良く穂乃果が近くにいたおかげで助かった。まあ、そのとき人工呼吸というアクシデントがあったわけだけどそれはさておき」

「人工呼吸ですって……?!」

「人工呼吸はノーカンだろう? まだファーストキスもまだだって言っていたよ。チャンスはあるね」

彼はそう言って二人ににやにや笑いを見せる。

私は狼狽して言い返す。

「ね、狙ってなんか……!」

「まあ、それはいい」

激高しかけたところをぱっと抑えられてしまい、私は口をつむぐ。

「僕はあの時彼女のおかげて命をつないだ。けどそれはただもともと残り少ない寿命を伸ばす程度でしかなかった。ロスタイムがここまで伸びたのは予想外だったけど、もう僕のことはみんな諦めているんだよ」

「そんな……」

ことりが口を抑えながら、言葉を漏らす。

「けど、穂乃果は、あいつは違った。なんていうか、月並みな言葉を使えば僕はあいつに救われたんだ。だから、僕の全ては彼女のもの。だから、僕は穂乃果の彼氏でも何でもないのさ」

私はなにも言えませんでした。

彼は、もう完結している。

私達の入り込む隙などない。

もう、全てはあの時の病院で終わっていた。

そのことに気づいたのが今だというだけのこと。

私達はただ体を小さくして彼から逃げるように店を出ました。

その後、彼が死んだことを穂乃果から聞きました。彼は私達と話したことを穂乃果に話したそうです。

穂乃果が涙を唐突に流すことはなくなりました。もう、彼は穂乃果の中にはいません。

ですが、私とことりの中に彼がいるような気がします。

あの日、彼がハンバーガーショップで飲んでいた苦い苦いコーヒーの匂いがときどきふっと目の前に現れます。

まるで明晰夢のようなそれは、私達がコーヒーをブラックで飲むと現れます。

漂う湯気の中に、朝もやのような魔力と引力を持って彼の笑顔が、小さく出来たえくぼが現れているような気がしてなりません。

私と、ことりだけの秘密。

もういない、真白い妖精のお話。

 


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