杖に縋りつく歳まで生きていたかった。
それだけが心残りだ。
そうすればアイルに淋しい思いをさせずに済んだし、淋しくならないために必要なことを教えることだってできた。
それができなかったから、あの子は「全て」を失った。
「でもそれで良かったのかもしれないわね」
私との思い出に浸りたかった。だから大それたことをした。
とどのつまり諸悪の根源は私だ。その私を綺麗さっぱり忘れてしまえば、前を向きやすくなるだろう。
いや、そうでもしないと生きていけるはずがない。
「赤いカーネーションも去年でもらい納めか……」
哀しいが仕方のないことだ。今のあの子に大切なのは、私が完全に「死んでしまう」ことだから。
もう白いカーネーションは届いた。娑婆の世界に私に関わるものはない。
ドアをノックする音とともに、外から「お届けものです」という声が聞こえる。
「はぁい。えっ!」
ドアを開けると、その向こうにここに居ないはずの我が子、アイルが赤いカーネーションの花束を抱えて立っていた。
「アイル……、どうして?」
「母の日だからね」
子供の頃のようにはにかんだ顔で、私に花束を渡す。添えられたメッセージカードには、確かにアイルの文字で祝いの言葉が書いてある。
「ねぇ、まさか」
不安がる私をあの子は手で制した。
「それはないから安心して。こういう事ができるのはこれが最初で最後なんだ」
「まさか闇の魔法を使ったの?」
「うん。でもこれっきりしか使えない。だから……、これでお別れだ……」
「そうなの……」
「いつまでも……、お元気で……」
そう言い残して、あの子は霧の中へと消えていった。
少しだけ温かみの残る花束だけが、あの子がここにいたことを証明してくれた。
「ふぅ……、バレなかったかな」
カーテンを潜り抜けてからすぐに、あの人のマスクと服を脱ぎ捨て、ゴミ箱に放り込む。後は身体を元の大きさに戻せば、ひーちゃんのお仕事はおしまいだ。
「お疲れ様。上手く渡せた?」
「うん」
「それにしても変わった事するね。自分を手にかけた人のお母さんに、母の日のプレゼントを渡すなんてさ」
「お花が貰えないなんて哀しいだろうから」
「そういえば、母の日には毎年墓前に供えてたらしいね」
「エリナさん、悪いこと何にもしてないから貰えないのは可哀想だもん」
「なるほどね。だから嘘をつきに行ったのか」
「うん。良い子じゃなくなっちゃった」
「いいんじゃない?人を困らせるものじゃないから」
「嘘だから悲しませちゃうかもしれないもん」
「そうだねぇ。じゃあ今度はひーちゃんのままで何か持っていったらいいんじゃない?贈り物を貰えるのは嬉しいことだから」
「そうする」