「あんまり、使いたくないんだけどなぁ……」
空を覆い尽くす吸魂鬼の群れを見上げて、魔女はポツリと呟いた。
先程ハリーの呼び出した牡鹿の守護霊と、誰が呼び出したのかはわからないが見事な2羽のカササギの守護霊とがジニーたち5人の下へ駆けつけたのを見て、魔女は自身の守護霊を引っ込めた。
視線を空から地面に向けて下ろせば、視界に入ってくるのは満足そうに笑っているアンブリッジだった。
100年以上前、15歳だった自分が選択を誤らずに済んだのは、これ以上ない大切な人たちを傷つけたくないという不変の心があったから。
そして今、怒りを覚えながらもこれほどまでに冷静であることで、自分が今からしようとしていることが最善とは言えないのが分かっていた。だから、選択を間違えることは無い。
魔女が吸魂鬼の群を前にただ立ち尽くしているように、グリフィンドール生の目に映った。杖を持ったまま、何もしていない。
「先生何をしてるの! 早く逃げないと!」
半泣きのラベンダーが叫ぶが、その場から動く気配はない。じっと空を見つめたまま、杖をゆっくりと掲げる。
その一部始終を正しく見ていたのは、多くの吸魂鬼を従えたアンブリッジでもなく、窓から様子を伺っていた生徒たちでもなく、魔女を振り返ったアルゴただ一人であった。
魔女の杖の先端に向けて、吸魂鬼から何かが抜けて飛んでいく。集まりつつある“それ”は、やがてドロリとした大きな滴になった。
「なにあれ」
アルゴの呟きは、ホグワーツ中に轟いた雷鳴によってかき消された。
「きゃーーー!!!」「うわああああ!!!」
バチバチッ!ドゴオォン!という轟音と空気が震える衝撃、暗い空を走る青い閃光に談話室がパニックになる。驚きのあまり泣き出しそうになっている生徒もいた。
「ま、効かないかぁ」
動いてはいないが、変わらず不気味な姿で漂っている吸魂鬼を見て、魔女はあっさりと杖を下ろした。吸魂鬼から奪った「飢え」を雷としてぶつけたが、本来吸魂鬼には守護霊呪文以外は効果を示さない。
「やっぱりデパルソがなんかで遠くに吹っ飛ばした方が良かったな。どおーしよコレ」
「あなたは、いま! 何を、したのですか!!!」
雷からはなんとか逃れたらしいアンブリッジが、まだ耳鳴りとふらつきが治らないままにも関わらず、キンキン声を張り上げた。
「ねえドローレスくん。コレ、どうしたらいい? 吸魂鬼ってほら増えるけど死ぬとか消滅するとか無いからさ。でももうコイツら使い物になんないからアズカバンにも持ってけないし」
「私は今、何が起こったのかと聞いているのです!!!」
「ディメンターが子供めがけて飛んで行きましたので大人の魔法族である私が対応したのです、アンブリッジ魔法大臣上級次官“どの”」
おどけて敬礼などしながら魔女は答える。怒りのあまり、わなわなと震えているアンブリッジは、羽ペンが折れそうなほど握りしめている。
「しかし、我らがホグワーツ魔法魔術学校校長アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアが、2年前のシリウス・ブラック脱獄の際に『2度とホグワーツの敷地内にディメンターを入らせない』と言っていたのですが? やってきたこれらのディメンターの数を見るに、アズカバンで看守を勤めていた個体では?」
そこでアンブリッジの顔色が少し変わったのを魔女は見逃さなかった。しかしまだ突っつく時ではない。
「……ま、私の気のせいだったらいいんだけどね!」
敬礼を解き、時々白い霧になりつつ、魔女は爆速で回転しながらホグワーツ城へ戻っていった。
「ゴメン、イテホントゴメン、ゴメンチャイッテ。悪気はありイタイましたし、ホキャーーーッとってもやりすぎたなイテって思いますハイ」
校長室には、フォークスに突かれたり摘まれたりしながらダンブルドアに土下座をしている魔女がいた。ダンブルドアはなんとも形容し難い複雑な表情を浮かべている。その魔女にかける言葉が何も出てこず、ただ思っていることが後から後から湧いてくる。
「ほんっっっっとうにすみませんでした」
「先輩……」
ダンブルドアは、言いたいことを全て、その一言に込めた。
アンブリッジは古代魔法の雷をどうやって避けたんだろうね