ハリーたちグリフィンドールの5年生は、防衛術の教室へ急いでいた。昨日の組み分けの様子から「グリフィンドールだから」とスネイプのように理不尽に怒るということは無さそうだが、それ以上に引っ掻き回すだけ引っ掻き回して去っていったという事実から、心変わりしやすい人物ではないかとも思っていた。
同時に、あの破天荒な人物の授業が楽しみでもあった。
そんな気持ちは、打ち砕かれた。教室の後ろに鎮座していた、他ならぬドローレス・アンブリッジによって。これまた組み分けのときの会話の様子から薄々察せられていたが、あの「私は魔法大臣直々の命令でホグワーツにやってきたのだ!」という発言から、グリフィンドール生のほとんどは好きになれないと自覚していた。
そして、この場にあの人物が、今年の防衛術の先生がいないということが、何より不安を煽っていた。自分たちが入ってくるより前にこの教室にいた生物がアンブリッジとデスクに置かれた止まり木で眠っている白いメンフクロウだけで、「まさか去年、マルフォイが偽マッドアイにやられたように、先生がアンブリッジにメンフクロウにされたのか」と絶望の表情をみせた生徒もいた。
「あ、あの、アンブリッジ先生?あの先生はどちらへ?」
ハーマイオニーが話しかけるが、アンブリッジは応えない。眉も瞼も動かず、聞こえていないかのように振る舞っている。
「アンブリッジ先生!」
先ほどより大きな声を出すが、やはり無視を決め込んでいる。もしやと思い、ディーンは近くにいたネビルだけに聞こえるように話しかけた。
「アンブリッジ、もしかしたら……マグル生まれとは口を聞かないつもりなのかな」
「うそ!」
「でも実際、ハーマイオニーが無視されてる」
ハーマイオニーが泣きそうになっているとき、その声は響いた。
「ごめん、遅れたかな?」
助かった、とグリフィンドール生は思っていた。ハーマイオニーはもう決壊寸前だった。そして、突然なんの気配もなく現れた魔女に、数秒遅れて驚いた。一体どこにいたのか。
好きなところに座ってね、と先ほどと同じように気軽に指を振って椅子やクッションを出現させる。
「で、アンブリッジ先生はどうなさいましたか?」
「私は査察に参りました。授業の前に、あなたにいくつか質問させていただきます」
「ああ。うん、いいよ。ごめんね皆、お菓子食べて待っててね。ディーク、いるかーい?」
「はい、ディークはここにいます」
「みんなにお菓子用意してあげて」
「承知しました」
バチンと音を立てて「姿現し」したその屋敷しもべ妖精は、要件を聞くとまた鞭が空気を裂くときの音と似た音をたてて「姿くらまし」した。
「で、なんだい?質問ってのは」
「ではまず、氏名を」
「んーと、どの名義かな。いくつかあるんだけど」
「は?」
初っ端の質問でつまづくことになるとは思わなかったアンブリッジの額に青筋が浮かぶ。そんなアンブリッジの様子など知らぬといった様子で、黒髪の魔女はつらつらと「いくつかある名義」を挙げていく。「チリ・アクタ」、「クズーカス・ヤロウメ」、「コノボ・ケガー」……。
アンブリッジは仕方なく、手元の羊皮紙には、綴りの一番短そうな名前を一つ名前を書き込み、その後ろに「(自称)」と書き足した。
「……結構です。では、両親はともに純血ですか?」
「それがね、分からないんだよ。私、親の顔も名前も知らない。第一、魔法を知ったのは私が15歳の時、105年前だからね。それまではロンドンに一人だった。適当に『ニフラーから生まれた』とでも書いてよ。パフスケインでもいいよ」
ただよく分からないとしか言えないんだ、と答える魔女に、アンブリッジは怒りを通り越して、蔑みを向けていた。間髪入れずに「血縁不明、おそらくマグル生まれ」と書き込む。
それはグリフィンドール生がアンブリッジに向ける目と同じだった。純血かどうかと聞くとはすなわち、ハーマイオニーに対するあの態度の答えを意味していた。
「教職に就く前は何をしていたのですか?」
「法に触れるから教えられないよ〜、いくら魔法大臣付上級次官の君でもね?」
どうせろくな仕事でなく、もしくは無職だったのだと思い、「無職」と書き込んだ。アンブリッジの頭からは、「機密保護法」というものは吹き飛んでいた。
「では最後に、ハリー・ポッターとアルバス・ダンブルドアが言うように、『例のあの人』が復活したとお考えですか?」
その質問に、魔女は今までの受け答えとは打って変わった声で言った。
「死んでからじゃ遅い。」
その声はストンと落ちていて、ボガードの変身が“粗末なもの”と思えるほどに、もっとも恐ろしいと思った何かがすぐ後ろに迫ってきたように、答えを聞いた全員が感じた。表情はそのままへらへらと明るいのだが、それさえも恐ろしく思えた。
「…………結構です。授業を始めてください」
生徒たちは、ディークが持ってきてくれたお菓子を食べる気にはならなかった。アンブリッジへの怒りと新任教授の変わりようで、頭がいっぱいだったからだ。
「よし、授業を始めようか。グリフィンドールのみんなは、実技と座学、どっちがいい?」
「絶対に座学です」
生徒が答える前に、さっきのさっきでぴしゃりと言い放ったアンブリッジは、あっという間にグリフィンドールの5年生から嫌われた。
「おや魔法省は実技をカリキュラムから外してしまったのかい?【O.W.L試験】の実技試験はどうするのと問いたいが、“大臣閣下”が決定したならしょうがないね、剣はしまって羽ペンを、だ」
そこでアンブリッジは少し焦った。発言したものの、その発言を事実無根の決定事項だと、そしてそれが魔法大臣の決定だと認識されてしまった。だが、よりダンブルドアが私兵を組織する危険性を排除できたため、その焦りはすぐに吹き飛んだ。
その頭の中まで、魔女にはお見通しだった。
「君たちは今年【O.W.L.試験】があるね。筆記と実技の両方をパスする必要がある。だが、カリキュラムから実技が外されてしまったとなると、どうやって実技試験をパスしようか?答えは、『理論を理解しておく』ことだ。覚えるんじゃ無い、理解する。ここが大事」
今から黒板に問題を書いていくから、一人でもいいし、周りと相談してもいい。考えるだけじゃなくて、実際にやって見てもいい、授業だからね。分かったら挙手してね。得点と、答えた人にはハニーデュークスの新作キャンディだ」
生徒の何人かがそわそわとしたのを、組み分けの時のような白髪の好青年はにこりと笑って見ていた。
「では、第一問。強制呪文に分類される呪文を三つ挙げよ」
たちまちハーマイオニーの手がぴんと伸びる。
「よし、ミス・グレンジャー!」
「はい!アクシオ、デパルソ、フリペンドです!」
「素晴らしい!グリフィンドールに3点とキャンディだ」
ハーマイオニーは安心したような笑みを見せ、快晴の空のように真っ青なキャンディを受け取った。
「第二問。悪霊の火が許されざる呪文に分類されない理由は?」
これにはハーマイオニーも少し考える時間を必要とした。そしてロンは、ある申し立てをした。
「あの、先生。『悪霊の火』がなんなのか分かりません」
「あ、そっか。あんまり習わせないもんね、一応闇の魔術だし。いいよ見せたげる。ただ……」
教師は教室を見渡して燃やすものの目星をつけた。
「アクシオ」
教師が杖なしで呼び寄せたのは、アンブリッジが質問の答えを書き込んだ先ほどの羊皮紙だった。
「やめなさい!」
「ペスティス・インセンディウム!」
アンブリッジが止める間も無く、空中でその羊皮紙はオレンジ色のヘビを模した炎に包まれて灰になった。唖然としているアンブリッジを置いて、羊皮紙が跡形も無くなったのを見ると、教師はその火をすぐに消して続ける。
「これが『悪霊の火』。これを“自分を危険に晒さず”扱えるのは熟練の闇の魔法使いだ」
「自分を……」
そう呟いたハリーは、昨年偽マッドアイに__クラウチJr.に教わった許されざる呪文についても思い出しながら手を挙げた。
「お!どうぞ、ミスター・ポッター!」
「はい。えっと、許されざる呪文は心に傷がつくとか、本気でかけないといけないとか、色々あるけど、でも使いやすい……使いやすいんです。でも、悪霊の火は、先生がおっしゃったように、自分の身を危険に晒す。えっと……なんでかは、分からないから、ハーマイオニー、あとお願い……」
「分かったわ。悪霊の火はつけるのは誰でもできます。しかし、消すこと、それ以上に絶えずその火を調節することは非常に集中力が必要です。ですから、『呪文と精神力だけ』備わっていれば使える許されざる呪文よりも、『呪文と技術、集中力が必須』の悪霊の火は、使いづらく危ない。その手軽さの違いが、許されざる呪文と悪霊の火を分けます」
「素晴らしい解答だ!グリフィンドールに10点!特別にキャンディ二つずつあげよう。呪文学分野はこれでおしまい。次は魔法生物飼育学にしよう!」
グリフィンドール生は、皆が前のめりになって授業に参加していた。
「第三問。セストラルとはどのような生き物か?」
手が上がったのはハーマイオニーとネビルだけで、他はちんぷんかんぷんといったところか。ネビルが手を挙げたということに、皆は驚いていた。
「では、ミスター・ロングボトム!」
「セストラルは、死の瞬間を目撃し、認めた人にだけ姿が見える……骨と皮の馬みたいな、コウモリみたいな動物だって、ばあちゃんが言ってた。僕にも見えるけど、苦手……」
「素晴らしい、ミスター・ロングボトム!完璧な答えだったよ!グリフィンドールに5点だ!苦手には必ず理由がある、でもいつか。」
キャンディはこれね、と差し出されたキャンディは、ネビルの手の中で勝手にコロコロと転がっている。
その後と科目を変えながら出題された問題に答えていき、グリフィンドールは合計20点を獲得した。
「じゃ、最後に実技をやろうか。エピスキーを練習しよう。まさか魔法省は将来の優秀な癒師を見つける機会もみすみす見逃したりしませんよね?」
「……ええ、まあ。エピスキーなら良いでしょう」
渋々頷いたアンブリッジを見て、満足そうな顔になると生徒たちに向き直る。
「今から私が怪我をする。何度でもね。だから一人ずつ、私の治療をしてね。エピスキーでもいいし、今準備するね__ハナハッカでもいいし、自分が治療できると思った方法をどんどん試して。本当はアズカバンとかから終身刑のやつとか引っ張り出してくるのが良いんだろうけど、さすがに神聖な学びの場に犯罪者は入ってほしく無いからね……」
そういうと、皆に見えるように自分の腕に杖先を向ける。
「ディフィンド!」
途端、その教師の腕がズタズタに切り裂け、血がダラダラと流れた。ラベンダーやパーバディが悲鳴を上げる。アンブリッジでさえ顔をしかめた。だが当の魔女は「ほらほら、早くしないと間に合わなくなっちゃうよ!」と血まみれの腕をぶんぶん振って促す。
最初に動いたのはハリーだった。フィリットウィックが説明した時のことを記憶から引っ張り出しながら、教師の腕に杖を向ける。
「エピスキー!!」
まず流れ出ていた血が止まり、池に氷が張るときのように傷口が埋まっていく。そして。
「……ほら治った!よくやったハリー!グリフィンドールに5点!」
「やった!」
初めてだったにも関わらず、一回で成功したことにハリーは喜びを爆発させた。
「じゃあ次ね。……ああ、ちょっと離れて」
全員を後ろに下がらせ、覚悟を決めると魔女は自分の足元に杖を向ける。
「レダクト!」
バキバキバキッと嫌な音が魔女の左足から鳴り響き、魔女は床に崩れた。
「ウギャーーーッ!痛いこれ!大人しくまたディフィンドにすべきだった!ウギギギギごめんちょっと急いで!」
バタバタと慌ててラベンダーがハナハッカのエキスを取ってくると、パーバティが痛まないように慎重に靴を脱がせ、砕けた足に垂らした。これでもかと変形していた足がゆっくりときれいな形に戻っていく。
「ぃいい゛今教えとく!ハナハッカのエキスはちょっとしみる!」
「そりゃあハッカだからな……」
「そのとおりだね、ミスター・フィネガン!」
やがて完全に治ると、その魔女は確認のためにコサックダンスを踊り始めた。うんうんと頷き、ラベンダーとパーバティに微笑んだ。
「ありがとうミス・ブラウン、ミス・パチル。的確な処置と役割分担だった。一人3点だ」
手を取り合って喜ぶ二人を見ていたみんなだったが、あることに気がついたロンが言う。
「アンブリッジは?」
ドローレス・アンブリッジは、いつの間にやら教室からいなくなっていた。
・「いくつかある名義」、これは完全に私の妄想が反映されています。その妄想もどこかで形にします。
・アンブリッジの態度は完全に妄想です。ここまでしそう。
次回!もふもふスリザリン!デュエルスタンバイッ!