客人から教師へ、そして恩師へ。   作:品江四重

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番外編 原点

 

 1890/4/29、ダイアゴン横丁の地下にて。

 

 

 ホグワーツ魔法魔術学校の魔法論教授であるエリエザー・フィグは杖を構えていた。その先には、ぼろきれ同然の薄い服を着た、髪の長い少女がいる。

「エクペリアームス」

「!」

 飛んできた赤い火花を見て、少女は持っていたネイルハンマーを投げ上げ、身を翻して火花を避けた。行き場をなくした赤い光は下水道の壁にぶつかり、バチンと爆ぜる。

 「君は……」

 落ちてきたネイルハンマーをキャッチすると、力強く地面を蹴ってフィグ教授に殴りかかった。

「ップロテゴ! サーペンソーティア!」

 盾の呪文に阻まれ、大きく跳ね返された少女は、素早く体制を立て直すと、飛んできたヘビの首根っこに一切躊躇なく齧り付き、手早く頭を引きちぎった。頭を捨て、くたっと動かなくなったヘビを腕に巻き付けて、また相手に向かっていく。

 

 フィグ教授はもっとヘビに驚くと思っていたが、想像の斜め上を生きている彼女に驚いていた。

 「そのヘビ、食べるのかい?」

 必死な様子の少女を見て、彼は尋ねた。

「たべる」

「そうか、もっと良いものがあるぞ」

「いらない!」

 ハンマーで殴り、その回転の勢いを利用し、顎を目掛けて蹴りを入れる。空の方の手も拳を作り、一切隙のない攻撃を仕掛けていく。水路の壁から飛び出た釘や鉄骨にハンマーの爪を引っ掛けると、壁を走って一気に距離を詰め、飛び蹴りを喰らわせる。

 

 しかしそれらの攻撃の全てを、フィグ教授は盾の呪文で防いでいる。

(マグル相手なら、この子は何度も有効打を与えている)

 フィグ教授は、止まらない彼女の攻撃を、一瞬でも止めることのできる手段を考えていた。

 「サーペンソーティア」はそもそも効かない。同じ理由で「エイビス」もだ。「オーキデウス」でも使って攻撃する意思のないことを示すか? いっそのこと「ステューピファイ」で失神させてしまうか?

 何か、()()()()()()()()()()()()呪文は____。

 

 悩みに悩んで、ついに答えを出した。

 

 リンドウ色の炎を放ち、フィグ教授と少女との間に壁ができた。向こう側が見えず、次にフィグ教授は「ホメナム・レベリオ」を唱える。視界に染み渡るように波動が広がっていき、炎の向こうの少女が見えた、次の瞬間。ブンと空気の唸る音と共に、ハンマーが勢いよく、炎の中から回転しながら飛んできた。

「アレスト・モメンタム!」

 ハンマーの動きを止めると、素早く炎凍結呪文を使い、炎を通り抜ける。少女の目が見開かれ、一瞬だけ目と目があった。

 

「インカーセラス!」

 唯一の武器を投げて丸腰になった少女は、あっという間に腕を縄でぐるぐる巻きにされてしまった。突然炎が現れ、眼の前に現れた老人は全く燃えずにこちらへやってきた。

そんな、わけのわからない状況に置かれて、少女は固まった。そのおかげで、腕に巻いていたヘビを盗られるのに気づくのが数秒遅れてしまった。

「かえせ!」

「イモビラス」

 まだ自由な足を振り抜くが、縛り術によって空中に足が固定され、そのままバランスを崩して倒れてしまった。

 

 「君は、ちゃんと話せるのかな?」

 リンドウ色の炎を消すと、フィグ教授は地面に転がったまま、じたばたともがいている少女の傍にしゃがみ込んだ。

「……ほんのすこし」

「ふむ、なるほど。私はエリエザー・フィグという。魔法使いだ」

「まほうつかい?」

「そうさ。あのハンマーは、どこから?」

「ひろった」

「盗んだのではなくて?」

 未だ空中に留まっている少女の錆びついたネイルハンマーを呼び寄せると、よく観察した。所々に血が付着しており、釘抜きの部分は尖っていた先が削れている。

「君は、魔法が使える。君には、魔法族としての血が流れているんだ」

「本当?」

「本当だとも」

「火をつけられる?」

「ああ、できる」

「ヘビも出せる?」

「勿論だ」

「じゃあ」

 

 

 

 しあわせになれる?

 

 

 

 少女の質問に、すぐには答えが出なかった。マグルに比べれば、何かと便利だし、簡単に死ぬことは少ない。だが、だからといって幸せなのだろうか。闇の魔法使いや、禁じられた森まで侵入してくるようになった密猟者、そして妻・ミリアムを奪った小鬼は、果たして幸せなのだろうか。

 「……きっと、なれるさ。」

 フィニート・インカンターテムで縄から解放され、足も自在に動くようになった少女は、ネイルハンマーを返して貰うと、そっと傍に置いた。どうやら、もう攻撃はしないらしい。

 

「もっとおしえて、魔法のこと」

「いいとも。では、君の名前を教えてくれるかな?」

「いっぱいある」

「いっぱいある?」

「チリ・アクタ、クズカス・ヤロウメ、コノ・ボケガー、コイツオ・コロセ、あとは——」

 次々と挙げられた「いっぱいある」名前は、そのどれもが名前とは言い難いもので、その中には、少女のこの過酷な人生を十二分に物語れるだけの「名前」もあった。

 

 「君に…………君に、私が名前をつけても良いだろうか?」

 名前が上がらなくなるまでじっと考え込んでいたフィグ教授は、少女の目をまっすぐ見つめて言った。

 この少女に、彼女が彼女であるために名前をつけてあげたいと、幸せを教えてあげたいと、心の底から願っての申し出だった。

 

 「うん、いいよ」

「では、君の名前は」

 

 ぐううううう、という盛大な腹の音が地下水路に響き渡った。

 「まずは、地上(うえ)でご飯を食べようか」

 

 フィグ教授は、立ち上がって少女に手を差し出した。

 

 

 

 

 

 少女は何でできているのかとんと見当もつかないが、キラキラした透明な器に興味津々だったが、スプーンの使い方を教えてもらうと、一番てっぺんに乗っていた「白いふわふわ」をすくって口に入れた。

 「おいしいかい?」

「なに、たべたことない、なに」

 目を白黒させながら、彼女はこれから驚くことになる「赤い三角」の甘酸っぱさや「黄色いカケラ」の食感に期待する。

 その様子を見てフィグ教授はほっとしていた。地上に出て、少女が一番最初に目についたこの店に興味を持った様子を見て、パフェを食べさせることにしたが、もし違っていたらと心配していたのだ。

 彼女は基本的になんでも口にするのだろう。あの地下で見た、蛇の頭を食いちぎる様子は、フィグ教授に強い衝撃を与えた。この子はどれほど過酷な人生を送ってきたのかと、自分に何ができるのだろうかと、ずっと戦いながら考えていた。

 

 「……そうだ。言葉は、誰かに教わったのかい?」

「うん。メクラ・ノジーサンって人から」

 きっと「盲の爺さん」なんだろうなと思いながら、見たことのない老人にそっと感謝した。

「ノジーサンはね、なにも見たことがないって」

「ほう?」

「だから、ちぢめたり、ひからせたり、とばしたりして、ノジーサンをまもってたの」

 あれはまほうだったのかな、と右手に握ったままのネイルハンマーを見つめて言った。スコージファイで清めようとしたが、このままでいい、と錆も血の痕も付いたままのハンマーは、きっと武器でも、お守りでもあったのだろう。

 

 「ノジーサンに言葉をおしえてもらって、ほんとによかった。だから、フィグせんせいも、わたしに魔法をおしえて」

 

 私を、幸せにしてね。






レガ主の過去について、番外編①でした。

 本編第4話の「いくつかある名義」について、さっさと書いてしまえて良かったな〜という気持ち半分、もうちょっと待ってからが良かったかな〜という気持ち半分。

「早よ続き書けや」と思った方、ご安心ください。
次回は本編に戻ります。
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