ロストメモリーズ ~ 幻想郷に舞う剣の影 ~   作:姉川京

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第11話「鍛冶師を志す少女」

 人里の活気あふれる蕎麦屋で、剣獅と橙は湯気を立てる温かい蕎麦を前にしていた。橙は一口すするごとに、全身の細胞が喜びで満たされるかのような表情を浮かべ、弾けるような甲高い声が店内に響いた。

 

「う~ん美味しい!やっぱりお蕎麦は別腹ですね♪」

 

「だな♪」

 

二人の晴れやかな食べっぷりに、店主は目尻を下げて微笑んだ。

 

「兄ちゃんも嬢ちゃんも、良い食べっぷりだな!こっちまで元気を貰っちまうぜ」

 

「お蕎麦が美味しんですよ」

 

剣獅の素直な言葉に、店主は心底嬉しそうな顔で頷いた。

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ、ほら蕎麦湯も飲みな!」

 

差し出された湯呑みからは、澄んだ蕎麦の香りがふわりと立ち上る。剣獅はそれを一口含み、微かに口角を上げて満足げな表情を浮かべた。

 

「いただきます……ああ、美味い」

 

「だろぉ?やっぱウチの蕎麦が一番よ」

 

「そうですね、今度は藍さんも一緒に来ますよ」

 

「おう!待ってるぜ」

 

店主の奥さんも優しい眼差しで剣獅たちを見守っていた。

 

「お兄さん良い男だからサービスしちゃうよ♪」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

◇◇◇◇

 

 蕎麦を平らげ、食後の穏やかな余韻に浸る間もなく、橙に再び手を引かれて賑やかな人里の通りを歩き始めた。通りを行き交う人々の声や様々な店の匂いが、心地よい雑踏となって二人を包み込む。

 

「次はどこ行きますか?」

 

橙が跳ねるような声で尋ねる。剣獅は少し考え込んだ後、一つの場所を口にした。

 

「鍛冶屋を覗いてもいいか?」

 

先日訪れたばかりの鍛冶屋にもう一度足を運びたいという剣獅の言葉に、橙はあからさまな拒否反応を示した。その小さな体は不満を訴えるように少し後ずさる。

 

「ええ~!?この前怒られたばかりじゃないですか~!!」

 

「あの時は特に用もなくだったし、今回ちょっと話があるからさ」

 

「怖いです……」

 

橙の怯えた声に、剣獅は困ったように微笑んだ。

 

「まぁまぁ」

 

そんなやり取りを交わしながら歩いていると、やがて目的の鍛冶屋の大きな看板が視界に飛び込んできた。

 

『松江鍛冶屋』

 

鍛冶屋の前では店主らしき男が、一人の少女に怒声を浴びせていた。少女は明るい橙色の髪を揺らし、深い紺色の和服をまとい、その場に立ち尽くしている。

 

「しつけぇぞお前!女は弟子に取らねぇって言ってんだろ!!」

 

男の声は周囲の喧騒を切り裂くかのようだった。

 

「頼むよ!どうしても鍛冶師になりたいんだ!」

 

少女の切実な懇願は、厚い壁に阻まれているようだった。その声には必死さがにじみ出ている。

 

「何回も言ってんだろ、他当たれ!!」

 

「鍛冶屋はここしかないんだ!」

 

二人の会話に耳を傾けると、どうやら少女も剣獅と同じく鍛冶師を志しているらしい。しかし、店主が女性を弟子にすることを頑なに拒否しているため、話は膠着状態に陥っていた。

 

「あの~……」

 

剣獅が言葉を挟むように声をかけると、男は不機嫌に顔をしかめ、鋭い視線を向けてきた。

 

「ん?……お前この前の。また、邪魔しに来たのか」

 

その声には明らかな敵意が込められている。

 

「いえ、今回はお話がありまして」

 

剣獅は落ち着いた声で返した。

 

「なんだ、依頼か?」

 

剣獅は一呼吸置き、静かに本題を切り出した。その眼差しは真剣そのものだった。

 

「いえ、三年後ですが……私をここで雇っていただけないかと思いまして」

 

「はぁ!?お前まで舐めてんのか!!」

 

剣獅の眼光は、一層の決意を宿したように鋭くなった。

 

「至って本気です。それから……鍛冶のいろはは習得しているつもりです」

 

店主は剣獅の言葉を鼻で笑い、聞く耳を持たない様子で言い放った。

 

「はっ、お前のような餓鬼がか?どうせ本かなにかで少しかじった程度だろうが。話にならねぇ、帰れ」

 

店主が背を向け話を打ち切ろうとしたその瞬間、少女がもう一度、懸命に懇願の言葉を紡いだ。その声には、最後の望みをかけるような切羽詰まった響きがあった。

 

「源次さん!どうか……お願い、します!!」

 

その言葉は諦めを知らぬ少女の執念のような粘り強さを含んでいた。その刹那、店主の堪忍袋の緒が音を立てて切れたかのように、激しい怒声が響き渡った。

 

「いい加減にしろ、このアマァ!!」

 

鈍い音が響き、少女の頬に店主の拳が叩きつけられた。

 

「っ!!」

 

殴り飛ばされ、まるで糸が切れた人形のようにふらつく少女の身体を、剣獅が咄嗟に受け止めた。彼は店主に向かい、静かながらも確かな怒りをその瞳に宿らせた。

 

「……やりすぎじゃないですか?流石に」

 

「うるせぇ!しつけぇんだよ!!」

 

店主はそう吐き捨てると、乱暴に店の扉を閉め中に消えた。

 

「君、行こう」

 

剣獅は閉ざされた鍛冶屋の扉を一度だけ見つめ、まだふらつきの残る少女の身体を支えながら、ゆっくりと歩き出した。少女はまるで夢の中にいるかのようにぼんやりと呟いた。

 

「あ、あぁ……」

 

◇◇◇

 

 座って休める場所を見つけると、剣獅はまず少女の治療に取り掛かった。橙が心配そうな顔で、じっと少女の顔を覗き込む。その瞳には不安が色濃く浮かんでいた。

 

「お姉さん、大丈夫ですか?」

 

少女は痛みを奥歯で噛みしめるように、無理に苦笑いを浮かべた。

 

「大したことないよ」

 

「こっちを向いて。今、治してあげるから」

 

剣獅がそう言って少女の頬に手をかざすと、みるみるうちに赤く腫れていた部分がすーっと引いていき、痛みも溶けるように消え去っていく。少女は剣獅の不思議な力に、驚きで目を見張った。

 

「……!!お前能力持ちなのか!?」

 

「ああ。『壊れたものを再生する程度の能力』ってやつだ」

 

「そうか……実はあたしも能力を持ってるんだ。『温度を操る程度の能力』ってやつかな」

 

その告白に橙はぱちりと目を丸くした。剣獅もまた、内心でかなりの驚きを隠せない。

 

「んにゃあっ!?」

 

「そりゃ優秀な能力だな」

 

剣獅の言葉を聞いても少女は嬉しそうな顔をしなかった。むしろ、深い影を落としたようにうつむいて視線を足元に落とした。

 

「ありがとう……でも、この能力のせいか家族には嫌われてるんだ」

 

少女の声は、消え入りそうに細かった。

 

「……そうだったのか」

 

「だから自分の力で生きるために仕事を探してたんだ。今すぐじゃないにしてもな。そのやりたい仕事が鍛冶師なんだけど、やっぱり女のあたしじゃダメみたいだ」

 

少女は今にも決壊しそうな涙を必死に瞳の奥に閉じ込め、再び苦笑いを浮かべた。そんな少女の姿を見て、剣獅は一つの提案を口にした。

 

「……あと三年待てるか?」

 

「三年?」

 

少女は問い返すように首を傾げた。

 

「実は俺も鍛冶屋をやる予定なんだ。ほんとはあそこで働ければよかったんだけど、ありゃ無理そうだ。自分で立ち上げるつもりだよ。一緒にやらないか?」

 

「そういえばさっき、鍛冶のいろはは習得してるつもり、って……」

 

少女の言葉に、橙はまるで自分の手柄を自慢するかのように誇らしげに胸を張った。

 

「藍様の包丁を作ったんですよ!」

 

「藍様って……八雲藍さんか!?」

 

少女は驚きに声を上げた。その顔には一筋の光が差し込んだようだった。

 

「ああ。実は今は紫さんの家で世話になっててな。三年後に鍛冶屋をやって自立するつもりだ」

 

剣獅の言葉を聞いた少女は、それでも不安そうだった。無理もない。自分と同い年の少年が、一から鍛冶屋を立ち上げるというのだから。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「確信はないけど、俺も自分の力で食っていきたいからな。……それに」

 

「?」

 

剣獅は真っ直ぐに少女の目を見つめた。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

 

「どんな理由があっても、女の子に手を上げる人のところでは……働きたくない」

 

剣獅の確固たる言葉を聞き、少女はその未来に賭けてみることを決意した。

 

「……分かった。待ってる」

 

「おっと……自己紹介が遅れたな。俺は稲羽剣獅、よろしく」

 

「あたしは鋼塚火千代だ。よろしくな、剣獅」

 

互いに自己紹介を終えた二人は、固い握手を交わした。その手の平から未来への希望が伝わるようだった。

 

「ああ」

 

火千代を見送った剣獅は再び橙の小さな手を握り、人里の道を引き返した。夕暮れの光が、二人の背中に長く影を落とす。

 

「そろそろ帰ろうか」

 

「は~い♪」

 

やがて人里の入り口に迎えに来ていた八雲紫の姿が見え、三人はゆっくりと帰路につくのだった。

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