ロストメモリーズ ~ 幻想郷に舞う剣の影 ~   作:姉川京

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第15話「3年後に向けて・その4」

ーー迷いの竹林

 

 

 その頃、藤原妹紅も火千代の失踪の報せを受け、深い闇に包まれた迷いの竹林の中、焦燥感を滲ませながら捜索していた。

 

「おーい火千代ー!!」

 

彼女の声が、静まり返った竹林に虚しく響く。

 

「全く、一体どこに行ったんだ……?」

 

妹紅の顔には苛立ちと、そして抑えきれない心配が入り混じっていた。彼女は月明かりを頼りに、竹の隙間を縫うように闇の中を進んでいた。

 

 

 

ーー魔法の森付近

 

 

 

 一方、火千代は魔法の森付近まで来ていた。不思議なことに、彼女はここに至るまで誰の姿も目にすることはなかった。まるで世界から見捨てられ、たった一人で闇の中を彷徨い続ける孤児のように。

 

「ひぐっ…ぐすっ……」

 

彼女の喉から嗚咽が漏れる。重い足取りで歩みを進めていると、前方には瘴気を帯びた深い闇に沈む魔法の森の入り口が、まるで奈落の底へと誘う巨大な口のように、大きく開かれていた。

 

「!」

 

彼女はそこで、ぴたりと足を止めた。その瞳には一瞬、深い迷いがよぎる。

 

「あ……」

 

(魔法の……森)

 

彼女は、以前に剣獅から聞いた話を思い出していた。

 

(確か……普通の人間は瘴気に耐えられずに命を落とすことがあるって……)

 

その記憶が、彼女の乾ききった心にある恐ろしい考えを植え付けた。彼女の足は、まるで磁石に吸い寄せられるかのように、自然と魔法の森の入り口へと向けられていく。

 

(……ここに入れば、楽になれるのか?)

 

その思考は既に、彼女の精神が危険な領域へと踏み込んでいることを示していた。

 

(もう……何もしたくない)

 

己の境遇、そして人生に完全に絶望した火千代は、自ら死へと向かっていた。彼女の小さな体が、微かな震えを伴いながら、魔法の森の入り口の木々の間を抜けた。その瞬間、いつもの自然な呼吸で吸い込んだ空気に混じっていた濃密な瘴気が、まるで灼熱の毒のように彼女の肺に容赦なく襲い掛かった。

 

「う……ゲホッ…ゴホッ!」

 

激しく咳き込んだ彼女の目には、もはや希望の光はどこにも見当たらなかった。彼女は側にある太い木にゆっくりと体を預け、冷たい地面に力なく座り込んだ。

 

(ごめん……剣獅)

 

彼女は全てを諦め、ゆっくりとその目を閉じていく。

 

 

――

――――

――――――……

 

 

「火千代!!」

 

その時、どこからか聞き慣れた焦燥感に満ちた声が鼓膜を震わせた。

 

「……?」

 

微かに重い(まぶた)をゆっくりと開けると、誰かが目の前に立っていた。月明かりが背後から差し込み、その顔には深い影が落ちている。しかしその声の主は、彼女にとって数少ない安心を与えてくれる存在だった。

 

「火千代!俺だ、分かるか!?」

 

「……剣……獅…?」

 

火千代の掠れた声が闇に溶けていく。

 

「そうだ!何やってるんだこんなところで!!死ぬぞ!!とりあえず移動するから……」

 

剣獅はそう言って、力なく崩れ落ちた火千代の身体を抱きかかえようとした。その時彼女の細い手が、剣獅の袖を弱々しく引っ張った。

 

「?」

 

剣獅は戸惑いながら彼女を見下ろした。

 

「剣獅……」

 

彼女の声はか細く、今にも消え入りそうだった。

 

「何だ?」

 

「死なせ…て……」

 

「!!」

 

その言葉は剣獅の心に激しい衝撃を与えた。彼の目が見開かれ、怒りにも似た純粋な悲しみが胸を突き上げる。

 

「一体何が…」

 

その時だ。剣獅の頭の中に、突如として鮮烈な光景が次々と飛び込んできた。

 

「……!!」

 

それは家族から罵倒され、暴力を振るわれ、不運の濡れ衣を着せられ、ろくに食事も与えられない日々――。見ていてとにかく不快で、胸糞が悪くなるような、絶望に満ちた映像だった。誰かの視点から見たものだが、それは明らかに彼女の視点、すなわち火千代がこれまでの人生で経験してきた、悲惨で痛ましい記憶の断片だと、剣獅には一目で理解できた。

 

「……ずっとこんな生活をしてたのか?」

 

「……?」

 

火千代は剣獅の不意の質問の意味が分からず、微かに問い返すような目を見せた。

 

「喋らなくていい。移動するからな」

 

剣獅は静かに彼女を抱きかかえ、そのまま魔法の森の奥へと歩き出した。彼の表情は深い怒りと、そして火千代への痛切な憐憫に満ちていた。

 

 その光景を陰からじっと見ている者がいた。この魔法の森の中で、夜間のキノコ採集に勤しんでいた霧雨魔理沙だった。作業の最中に倒れかけている火千代の小さな体を見かけ、注意を促そうと声をかけようとしたまさにその時、剣獅の焦った声が聞こえたのだ。

 

「あれ?剣獅?」

 

魔理沙は薄暗い森の中で、困惑したように目を瞬かせた。

 

 

 

ーー迷いの竹林・永遠亭前

 

 

 

 剣獅は沓の力を使い、永遠亭の前まで瞬く間に空間を跳躍した。その場に丁度居合わせた因幡(いなば)てゐは、夜空から突然現れた剣獅とその腕に抱かれた火千代の姿に、驚きのあまり腰を抜かした。

 

「わぁぁぁぁっ!!!?」

 

てゐの悲鳴が、永遠亭の庭に響き渡る。

 

「おっとすまない、驚かせたね」

 

剣獅はそう言いながらてゐに手を差し伸べ、彼女の体を起こした。

 

「どっから現れたの!?」

 

「悪いけど説明してる時間はない。中に先生はいるか!?」

 

剣獅の言葉には、切迫した焦燥感が滲んでいた。

 

「お、お師匠様のこと?今出てるはずだけど」

 

「そうか、どこに行ったか分かるか?」

 

「人里じゃないかな?」

 

「分かった、ありがとう」

 

剣獅はそう言うと、再びその場から音もなく影のように消え去った。

 

「また消えた……何だったんだろ?」

 

てゐはぽかんと口を開けたまま、剣獅がいた場所を見つめていた。

 

 

ーー人間の里

 

 

 剣獅は人里に降り立ち、永琳を探し求めた。その時、腕の中の火千代が突然、激しく咳き込んだ。

 

「ゴフッ!」

 

そして彼女の口からは、赤黒い血が少量零れ落ちた。

 

「内臓がやられてるのか!?一先ず回復を……」

 

彼は火千代の命を救うために、能力を使って迅速に体内の損傷を修復した。しかし彼の力をもってしても、身体の奥深くに浸透した魔法の森の瘴気を完全に消し去ることはできない。時間は一刻を争う。彼は焦燥感を胸に、永琳の姿を求め続けた。

 

 その時剣獅の目に、人里の通りで捜索を続ける上白沢慧音の姿が映った。

 

「慧音さん!」

 

剣獅の声に慧音は振り返った。彼女の視線は、彼の腕に抱かれた火千代の小さな体へと向けられた。

 

「剣獅!?……ん、その子は火千代じゃないか!!どこにいたんだ!?」

 

慧音の声には、驚きと微かな安堵が入り混じっていた。

 

「魔法の森です。どうやら死のうとしていたみたいで……瘴気にやられたんです。永琳先生はどこに!?」

 

彼の言葉には焦りと、そして火千代の身を案じる心が滲み出ていた。自殺を考えていたほどに追い込まれていたという事実に、慧音の胸は強く締め付けられた。もっと早くこの子を助けてあげられていれば、と後悔の念が頭をよぎる。

 

「なんてことだ……永琳なら丁度魔法の森へ探しに向かったはずだ」

 

「分かりました、ありがとうございます!」

 

剣獅はその言葉を聞くと、すぐさま魔法の森の方角へと向き直った。慧音は危険を顧みず向かおうとする彼を、慌てて阻止しようとした。

 

「ま、待て!お前は森に入るな!危ないだろ、私が行く!」

 

「俺は大丈夫です、それより火千代をお願いします」

 

剣獅は慧音に火千代をそっと預けると、彼女の制止を振り切るように言い放った。

 

「ちょ、おい!消えた!?」

 

慧音の言葉が終わる前に、剣獅の姿は消え去っていた。彼女は腕の中に残された火千代の重みに、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

ーー魔法の森

 

 

 魔法の森の入り口前では、永琳が森の奥へと向かうべきか迷いながら、そこにいた霧雨魔理沙と情報交換をしていた。

 

「連れていかれた!?誰に!?」

 

永琳の声には焦りと、少しばかりの苛立ちが混じっていた。

 

「剣獅だよ、会ったことないか?」

 

魔理沙はいつものように飄々とした口調で答えた。

 

「ないわ」

 

「赤い髪で、腰に剣を差したやつさ。よく人里に来るぜ」

 

「どこに行ったか分かるかしら?」

 

「そこまでは知らな……」

 

魔理沙がそう言いかけた、まさにその時だ。

 

「魔理沙っ!!」

 

「……ありゃ」

 

木々の隙間から先ほどまで話していた人物、剣獅の声が響いた。彼の顔には、激しい焦燥感が浮かんでいた。

 

「魔理沙、永遠亭の先生来てないか!?」

 

「目の前にいるヤツだよ。永琳、そいつが剣獅だ」

 

魔理沙は呆れたように永琳に指をさした。

 

「友人が魔法の森の瘴気に当てられたんです、助けてください!!」

 

剣獅は迷うことなく永琳の前に駆け寄り、懇願するように言った。

 

「!?もしかしてその友人って火千代ちゃん!?」

 

「そうです!」

 

「すぐに治療するわ、今はどこにいるの?」

 

永琳の顔には、医療者としての迅速な判断力が戻っていた。

 

「人里で慧音さんに預けました。失礼します」

 

剣獅は永琳の返事を待つ間もなく、彼女の手を掴んだ。次の瞬間、二人の姿は魔法の森から消え去った。残された魔理沙は目を丸くして、その場に立ち尽くすしかなかった。

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