ロストメモリーズ ~ 幻想郷に舞う剣の影 ~   作:姉川京

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第4話「博麗の巫女」

 鬱蒼とした木々に囲まれた獣道を抜けて朱色の鳥居をくぐると、開けた空間に簡素ながらも清浄な空気が漂っていた。中には古びた社殿が鎮座している。鳥居には『博麗神社』と書かれており、その下で妖艶な笑みを浮かべた八雲紫が扇子を片手に立ち、 その隣には冷静な表情の式神・藍と橙が控えている。そして、まだどこか所在なさげな様子の剣獅が、二人の言葉に耳を傾けていた。彼らの目の前には、赤と白のコントラストが特徴的な巫女装束を身につけた、どこか倦怠感を漂わせた少女が腕を組んで立っていた。

 

「……と、いうわけで今はうちに居候してるのよ」

 

紫がいつもの調子で、剣獅が八雲邸に身を寄せるまでの経緯をざっくりと説明した。あたりは静かで、時折近くの森から聞こえる鳥のさえずりだけが耳に届く。

 

それに対し、博麗の巫女――博麗霊夢は興味なさそうな、それでいてどこか探るような視線を剣獅に向けた。

 

「ふ~ん……」

 

剣獅は一歩前に進み、丁寧に頭を下げた。

 

「改めて、稲羽剣獅(いなばけんし)です。よろしくお願いします」

 

まだ見慣れない神社の境内に、どこか落ち着かない様子で立っている。

 

「博麗霊夢よ、霊夢でいいわ。あと敬語は要らない、どうせ同い年でしょ?」

 

霊夢は軽く手をひらひらさせ、気にする様子もない。その言葉遣いはざっくばらんで、どこか親しみやすさを感じさせた。

 

「分かった」

 

剣獅は霊夢の飾らない態度に、わずかに緊張が解れた気がした。

 

(あの紫が自分の家に人間を住まわせるなんて……一体どういう風の吹き回しかしら?)

 

霊夢は内心で訝しんだ。紫の奇妙な行動に警戒の色を隠せない。外界から人を拉致することはあっても、誰にも場所を知られていない自分の家に住ませるのは理解できない。

 

「それじゃあ剣獅、私は少し用があるから先に藍と戻るわ」

 

紫はふわりと現れ、扇子で口元を隠して言った。その瞳の奥には、何か思惑が渦巻いているようだった。

 

「橙のこと頼んだぞ」

 

橙の頭を優しく撫でながら、剣獅に静かに言った。

 

「分かりました」

 

藍は静かに頷き、紫と共に姿を消した。境内に残されたのは、霊夢と剣獅の二人だけだった。

 

「……」

 

沈黙が流れる。境内の隅に積まれた落ち葉が、風に吹かれてカサカサと音を立てた。

 

「とりあえず上がりなさいよ」

 

霊夢は立ち上がり、社の中へと促した。

 

「ああ、ありがとう」

 

社務所に入ると、木の香りが鼻腔をくすぐった。簡素な居間に案内されると、古びたちゃぶ台の上には湯呑が二つ用意されていた。霊夢は急須から湯を注ぎ、茶を剣獅と橙に渡した。

 

「どうぞ」

 

「悪いな」

 

「ありがとうございます!」

 

剣獅は湯呑を受け取った。温かい湯気が立ち上り、かすかに茶の香りが鼻をくすぐる。

 

「いただきま……ニャッ!?」

 

橙が湯呑に口をつけた瞬間、熱さに驚いて猫のような声を上げた。霊夢は呆れたように橙を見下ろし、

 

「冷ましてから飲みなさいよ」

 

と注意した。

 

剣獅は湯呑みに口をつけ、熱いお茶が喉を通り過ぎるのを感じた。

 

「霊夢はいつから巫女をやってるんだ?」

 

「アチッ……五歳よ」

 

霊夢も茶が熱かったのか、小さく息を吐きながら答えた。

 

「へぇ、随分小さい頃からやってるんだな。妖怪退治もか?」

 

剣獅は意外そうに眉を上げた。五歳といえば、まだ幼い子供だ。

 

「それは流石にもう少しあとね」

 

霊夢は少しだけ苦笑した。

 

「そうか、大変だな。博麗の巫女ってのは」

 

「まぁね。でも全然平気よ」

 

「そうか」

 

剣獅はそれ以上深くは聞かなかった。すると霊夢は突然真剣な表情になり、急に声を荒げ、ちゃぶ台をバンッと叩いた。

 

「そんなことより賽銭のほうが大事よ!」

 

「ん?」

 

剣獅は驚いて顔を上げた。

 

「誰も入れに来ないんだもの!」

 

霊夢は不満そうに眉をひそめた。境内の静けさが彼女の言葉をより一層際立たせる。

 

「そりゃあこんな辺境にある上に、周りに妖怪がうようよいる神社に人はそうそう来ないだろ?」

 

剣獅はもっともなことを言った。

 

「妖怪だって入れないわよ」

 

霊夢はむきになって反論した。

 

「お金を持った妖怪か?」

 

剣獅が冗談めかして言うと、霊夢は真剣な顔で頷いた。

 

「そうよ」

 

「……(汗)」

 

剣獅は霊夢の意外な一面に、思わず冷や汗をかいた。

 

「……」

 

霊夢は無言で、じっと剣獅を見つめている。その視線はどこか期待するような色を帯びていた。

 

「……え」

 

「……ジー」

 

剣獅は霊夢の意図を悟り、苦笑した。彼女の視線はさらに熱を帯びる。

 

「……分かったよ、ほら」

 

剣獅は懐からわずかながら持っていた金を取り出し、賽銭箱に入れた。チャリン、と寂しい音が境内に響く。

 

「よくやったわ!次も期待してるわね!」

 

霊夢は途端に機嫌を直し、満面の笑みを浮かべた。その変わり身の早さに、剣獅は呆れるしかなかった。

 

「はいはい。行こう、橙」

 

隣に座っている橙が元気に返事を返した。

 

「はーい♪」

 

「じゃあ、またな。霊夢」

 

剣獅は立ち上がり、軽く手を上げて別れを告げた。

 

「ええ、さようなら……あ、ちょっと待ちなさい」

 

霊夢は剣獅の背中に声をかけた。

 

「ん?」

 

剣獅が振り返ると、霊夢は少し身を乗り出して橙には聞こえないように耳打ちした。

 

「紫には気をつけなさい」ボソッ

 

その表情は先ほどまでの明るさとは打って変わり、どこか真剣だった。

 

「え」

 

剣獅は霊夢の言葉に戸惑った。

 

「……分かった」

 

霊夢の言葉の重みに、剣獅は小さく頷いた。

 

(まぁ、聞いた限り霊夢と紫さんは随分付き合い長いらしいし……俺より紫さんのこと分かってるよな)

 

剣獅は橙と共に神社の境内を後にした。鳥居をくぐり獣道を歩き始めた時、剣獅は腰に差していたはずの剣がないことに気づいた。

 

「あ、剣忘れた。まぁいいか」

 

今の彼には、それほど重要なことには思えなかった。

 

 

ーー八雲邸

 

 

 一方八雲邸の広間では背の低いテーブルの上に置かれた、豪華な装飾はないが神聖な空気を持つ剣を紫と藍が観察していた。最初に出会ったとき、剣獅が身に着けていたものだ。柄も鞘も金色で染められ、部屋の明かりがそれを照らして独特の光沢を放っている。橙を剣獅と人間の里へ遊びに行かせたのは、この剣についてじっくり調べるための時間稼ぎだった。

 

「紫様……やはりこれは」

 

藍は静かに言った。その声には、わずかながら緊張が滲んでいる。

 

「ええ、どう見ても“神器”ね」

 

紫は扇子で顎を撫でながら、剣をじっと見つめた。彼女の妖艶な瞳は、剣の神々しい金色のオーラを捉えているようだった。

 

「人の世で手に入れられるものではありませんね。ましてや外界」

 

藍は剣の柄に触れようとして、寸前で手を止めた。その表面からは、微かに神聖な力が感じられた。

 

「具体的なことは分からないけど、あの子が神様と密接な関係にあることは間違いないわね」

 

紫は小さくため息をついた。記憶喪失の少年が持つ神器。その事実は、彼女の心をざわつかせていた。

 

「魔法の森でも瘴気の影響を受けていなかったようですし……神力が身体を覆ってたようにも見えましたね」

 

藍は剣獅と出会った時のことを思い返した。確かに、あの時少年からは微かながら、清浄な力が感じられた。

 

「もうしばらくは監視下に置いたほうがいいわ」

 

紫は扇子を閉じ、きっぱりと言った。

 

「はい」

 

藍は恭しく頭を下げた。二人の間には、重い沈黙が流れた。

 

 

ーー人間の里

 

 

 賑やかな声が響く人間の里の通りを、橙は嬉しそうに駆け回っていた。

 

「お兄さん!早く行きましょ~♪」

 

橙は振り返り、剣獅の手を引っ張った。

 

「走ると転ぶぞ」

 

剣獅は苦笑しながら、橙のペースに合わせて歩いた。

 

その時、一軒の古びた建物から、キンッキンッ……と心地よい金属音が聞こえてきた。それは、何かを叩き鍛えているような、リズミカルな音だった。剣獅はその音にどこか懐かしいような、深い記憶から呼び起こされるような感覚を覚え、無意識のうちに足を止めた。

 

「……?」

 

剣獅は音のする建物に目を向けた。(すす)けた看板には、「松江鍛冶屋」と書かれている。

 

「お兄さん?」

 

橙も剣獅の異変に気づき、足を止め、彼の元まで戻ってきた。首を傾げ、不思議そうに剣獅を見上げている。

 

「……」

 

剣獅は鍛冶屋の扉が開いていたため、少し中を覗き込んだ。

 

「ん?……なんだボウズ、何か用か」

 

店の奥から、屈強な体格の男が出てきた。油と汗にまみれた顔には、不機嫌そうな色が浮かんでいる。

 

「あ、いえ。すみません、何でもないです」

 

剣獅は慌てて頭を下げた。

 

「だったらどっか行けよ!仕事の邪魔をするんじゃねぇ!」

 

男は乱暴に手を払った。

 

「すみませn「お兄さん!こっち行きましょう!」……わっ、分かったよ!すみません、また!」

 

橙は剣獅の手を強く引っ張り、その場から連れ去ろうとした。

 

「……ったく」

 

男は舌打ちをし、再び店の中へと戻っていった。残された剣獅は、後ろ髪を引かれるような思いで、その鍛冶屋を後にした。

 

 剣獅たちが去ったのを目で確認し、仕事に戻ろうと中へ入ろうとしたとき、別の少女が視界に入った。

 

「……ん?」

 

橙色のショートヘアで、釣り目の美少女だった。真剣な眼差しで鍛冶屋の男を見つめていた。

 

「源次さん!今日こそ……!」

 

「またお前かよ、しつけぇな!女は弟子に取らねぇって言ってんだろ!!」

 

「あたし本気なんだ!」

 

「お前の本気とか関係ねぇんだよ!うちが女を弟子に取ったなんて知られたらいい笑いもんだぜ」

 

鍛冶屋の男は遂に目も合わせることなく、背中を向け苛立ちを表すように強めに扉を閉めた。

 

「……くそっ!」

 

少女は悔しそうに涙を流しながらその場に立ち尽くした。

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