ロストメモリーズ ~ 幻想郷に舞う剣の影 ~   作:姉川京

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第9話「弾幕勝負!」

ーー魔法の森近く

 

 魔法の森の境界、開けた草地。三つの人影が音もなく降り立った。大地の匂いを微かに含んだ風が木々の葉擦れと混じり合い、静かな音楽を奏でる。

 

「着いたぞ、ここだ」

 

魔理沙はそう言い、周囲をぐるりと見渡した。霊夢は腕を組み、開けた草地の様子を物憂げに見つめている。

 

「森の奥のような湿り気はないのね」

 

「当たり前だ。あそこは生半可な人間が足を踏み入れれば、たちまち毒に侵される魔境だからな」

 

魔理沙の言葉に剣獅がわずかに首を傾げた。

 

「そうなのか?紫さんがいうには俺そこで倒れてたらしいけど、瘴気の影響とか受けてなかったらしいぞ?」

 

「……まさか、お前人間なんだよな?」

 

魔理沙は訝しげな目を向けた。

 

「人間だと思うぞ」

 

剣獅はその問いに微かな戸惑いを滲ませながら答えた。

 

「……まぁその辺の疑問は後回しにするか」

 

魔理沙はそう言って、話を切り替えた。

 

「で、弾幕勝負のルールは?」

 

「それは至ってシンプル!相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝利だ!」

 

「了解した」

 

剣獅は短く応じ、深く息を吸い込んだ。肌を撫でる風とは異なる、魔理沙の身に纏う奔放な魔力の流れを感じ取り、精神を集中させる。

 

「無理はするんじゃないわよ」

 

剣獅は霊夢の言葉に頷き、静かに呼吸を整えた。

 

「それじゃあ勝負開始だぜ!先手必勝、魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

魔理沙はそう叫び、剣獅と距離を取った。そして同時に構えたミニ八卦炉が眩い光を迸らせた。それは夜空の星々を凝縮したかのような多種多彩な弾幕の雨となり、剣獅へと押し寄せる。

 

(速い……! 数も多い!)

 

剣獅は寸前で身を翻し、雨のように降り注ぐ星弾を辛うじて回避した。その刹那、腰に差した剣の柄に手が吸い寄せられる。鞘から滑り出たのは、月光をそのまま刃にしたかのような清冽な輝きを放つ剣だった。刀のような湾曲はなく、真っ直ぐに伸びたその刃は、剣獅の熟練した動きに合わせて優雅な弧を描き、迫り来る星弾を絹を裂くように斬り裂いていく。容赦なく降り注ぐ光の粒を、連続する神速の斬撃がまるで空気の壁を断つかのように、ことごとく切り払った。

 

「なぁっ!?おいおいマジかよ!?」

 

魔理沙は信じられない光景に目を剥いた。

 

「あれを全部!?」

 

霊夢の朱色の瞳にも驚愕の色が深く刻まれた。剣獅は一度剣を鞘に収めると、爆ぜ散った弾幕が立ち昇らせる煙を突き破り、垂直に天へと跳躍した。その先にいたのは瞠目した表情で慌てて高度を上げようとする魔理沙だった。だが剣獅は逃がさないとばかりに、片手に神力を集中させて収束された光の弾幕を放つ。

 

「はぁっ!!」

 

剣獅の放った光弾を魔理沙は辛うじて箒を傾けて回避した。

 

「うぉ、危ねぇ!くそっ……やるじゃねぇか!なら、これでどうだ!」

 

魔理沙は剣獅の電光石火の動きと研ぎ澄まされた剣気に驚き、咄嗟に箒で後退しながら弾幕の密度を一段と高めた。先ほどの星弾よりも一つ一つが明確な意思を持つかのような巨大な光の塊が、まるで天から降り注ぐ驟雨のように、剣獅へと襲い掛かる。剣獅はその無数の光弾を、まるでスローモーションのように鮮明に捉え、最小限の動きで寸分違わず回避していく。まるで弾幕が彼の周囲だけ、磁石に反発するように避けていくかのようだ。回避しながらも剣獅は静かに、しかし確実に魔理沙との距離を詰めていく。そして再び掌から光の奔流を解き放った。近距離での撃ち合いを避けたい魔理沙はさらに距離を取り、ミニ八卦炉を剣獅へと向けた。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

ミニ八卦炉の奥底で凝縮された純粋な光のエネルギーが、目も眩むほどの輝きを放ちながら渦巻いていく。常人ならばその圧倒的なエネルギーを前に、為す術もなく焼き尽くされるだろう。しかし、剣獅はその強大な光のエネルギーを、まるで静止した絵画のように冷静に見極めていた。

 

(この攻撃は収束にわずかな時間を要する。そして中心部は高密度のエネルギーだが、その周囲はいくらか密度が薄い!)

 

レーザーが放たれる直前、剣獅は地面を強烈に蹴り上げ信じられないほどの速度で真上へと跳躍した。そして空中で身を翻すと、まるで針の穴を通すようにレーザーの僅かな隙間を強引に突破したのだ。

 

「なっ……!?」

 

魔理沙は自身の常識を覆す光景に言葉を失った。マスタースパークを紙一重で回避した剣獅は、そのままの勢いで魔理沙に向かって急降下し、至近距離から光の弾幕を叩きつけた。

 

「終わりだ!」

 

魔理沙は辛うじてミニ八卦炉で応戦しようとするが、その動きは間に合わない。

 

「ぐっ……うわぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

悲鳴と共に魔理沙の身体は重力に強く引かれるように地面へと叩きつけられた。剣獅は静かに着地すると再び剣を抜き、その鋭い切っ先を倒れた魔理沙の首元に向けたまま微動だにしない。

 

「うぅ……こ、降参だぜ」

 

魔理沙の掠れた声が、静かな空気に吸い込まれるように響いた。剣獅は静かに剣を鞘に収めた。周囲は水を打ったように静まり返り、霊夢は信じられないものを見るような目で剣獅を凝視していた。

 

「あんた……一体何者なのよ……」

 

魔理沙もゆっくりと体を起こし、全身の痛みに顔を歪めながら唖然とした表情で剣獅を見上げた。彼女の白い肌には土の汚れが付き、擦り傷が痛々しい。

 

「俺にもよく分からないんだ」

 

剣獅はどこか遠い目をして答えた。この短い激闘を通して、霊夢と魔理沙は剣獅の奥底に眠る途方もない力の氷山の一角を垣間見たのだ。そして剣獅自身もまた、忘却の彼方にあったはずの研ぎ澄まされた感覚が確かに蘇りつつあるのを自覚し始めていた。

 

「魔理沙、立てるか?」

 

「あ、あぁ……痛っ!」

 

剣獅が差し出した手を魔理沙は警戒しながらも掴んだ。彼の支えを借りて立ち上がったものの、体のあちこちが悲鳴を上げ、足元が覚束ない。それを見かねた剣獅は彼女の前にそっと手をかざし、微かに力を込めた。すると、魔理沙の身体を覆っていた無数の小さな傷がまるで巻き戻されるように消えていった。

 

「スゲェ……どんな怪我でも治せるのか?」

 

魔理沙は目を丸くして尋ねた。

 

「怪我なら…そうだな。欠損していても多分治せる」

 

剣獅の言葉に、魔理沙は呆然とした表情を浮かべた。

 

「医者泣かせだな」

 

「藍さんにも、同じことを言われたよ」

 

魔理沙の率直な言葉に剣獅はクスリと笑った。

 

「紫のとこにはずっと住むつもりなのか?」

 

魔理沙は改めて問いかけた。

 

「いや……あと、三年かな」

 

「三年?」

 

「あぁ……人里で鍛冶屋をやるつもりでね。紫さんも応援してくれてる。だけどあと三年はウチにいろってさ」

 

「鍛冶屋をやるのか!?」

 

魔理沙の声が僅かに弾んだ。

 

「ああ。まあ、人里には既に鍛冶屋があるから、そこで働かせてもらえるのが一番だけどね。今度お願いに行くつもりだ」

 

「……あの頑固な鍛冶屋の親父にか?あれはなかなか手厳しいぞ。もし断られたらどうするんだ?」

 

「まあ、どうしてもダメだったら自分で始めるさ。紫さんも支援してくれるみたいだから、それは最後の手段としてだけどな」

 

剣獅はそう言って、遠くの人里の方角に目をやった。

 

「そうか、頑張れよ」

 

魔理沙の言葉には、先ほどの敵意はもう感じられなかった。

 

「ああ、ありがとう」

 

剣獅は穏やかに応じた。

 

「それと、次は絶対に私が勝つからな!逃げるんじゃないぞ!」

 

魔理沙は、いつもの自信を取り戻したように、拳を握って言い放った。

 

「クス……ほんとに弾幕勝負が好きなんだな、分かったよ」

 

剣獅は、小さく笑みを浮かべた。

 

 約束を取り付けた魔理沙は満足したように愛用の箒に跨ると、風圧で飛びそうになる尖った帽子を片手で押さえながら勢いよく宙へと舞い上がった。

 

「じゃあな!霊夢、剣獅!!」

 

太陽の光を反射するような眩しい笑顔で別れの挨拶をする魔理沙。

 

「ああ、またな!」

 

「ええ」

 

剣獅と霊夢も、手を振って応えた。魔理沙の乗る箒は凄まじい速度で空を切り裂き、あっという間にただの小さな点と化した。

 

「俺も一度帰るよ。ありがとうな、霊夢」

 

剣獅は霊夢に向き直り、弾幕の基礎を教えてくれたことへの感謝と別れの言葉を述べた。

 

「ええ、気を付けてね」

 

「ああ」

 

剣獅はそう答えると、人里の方角へと歩き出した。彼の後ろ姿を静かに見送った霊夢は、先ほどからずっと感じていた隠された気配の主に、静かに語りかけた。

 

「……いるんでしょ?分かってるのよ」

 

空間が歪み、まるで水面が割れるように黒い切れ込みが現れた。そこから妖艶な雰囲気を纏った女性、八雲紫が現れた。

 

「流石は霊夢ね」

 

「弾幕勝負の様子も全て見ていたんでしょ?」

 

「ええ。想像以上ね、彼」

 

紫の言葉に霊夢は先ほどの常識外れの戦いを思い返し、小さくため息をついた。

 

「想像以上すぎるわよ」

 

「あの奇妙な沓も興味深いわね。少し、調べさせてもらおうかしら」

 

剣獅が履いていた、重力を無視するかのように空中を歩く沓。その光景も紫の鋭い目はしっかりと捉えていた。

 

「それもそうだけど、あいつ人間でしょ?なんで神力を使えるのよ?」

 

霊夢の疑問に紫はわずかに目を伏せた。

 

「……それは、まだ分からないわ」

 

今はまだ式神である藍が調査中なのだろうか。

 

「それと、あいつが持っていた剣!……あれも、ただの武具じゃないわ。神聖な強い気を纏っていたし」

 

「ええ、それもまだよく分からないの」

 

紫はどこか含みのある言い方をした。

 

「あんた、何か隠しているわよね?」

 

霊夢の鋭い指摘に、紫は一瞬動揺したように目を逸らした。

 

「……」

 

そしてゆっくりと後退するように、再び開いたスキマの中に吸い込まれていった。

 

「……逃げたわね」

 

霊夢は消え去った紫のいた場所を、静かに見つめていた。

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