「うーん、困りましたねぇ」
困ったなぁ、と腕を組みながら途方に暮れる。
現在、私は地図とにらめっこしながら今後の予定を考えているところだ。
ラミリス様には西に行くと話したけど、ダグリュール様の話を聞いてちょっと綿密に計画を立てることにしたのだ。
で、ちょうどよくそれが出来る街に着いたから、絶賛調べてる最中なんだけども・・・まー何もない。
情報が、というか、そもそも情報として残るようなものが。
ダグリュール様の領地以外、マジで何もない。
一応、不毛の大地になった理由は解った。
曰く、遥か昔に世界を創造した竜種ととある人間の間に産まれた竜皇女が、とある事件によって暴走し破壊を撒き散らした。
その中心地が、現在の不毛地帯なのだと。
竜皇女の暴走は原初の魔王と精霊女王の介入によって止められたものの、今なおその影響は残ったまま、ということらしい。
その辺の話は、チラッとラミリス様からも聞いたな。「あの時はほんとにもー大変だったのよさ」って言ってたっけ。
そりゃあ精霊女王から妖精女王に堕落し弱体化した原因なんだから、さぞ大変だっただろう。
その辺はともかく、何にせよ西に行く理由がかなり薄まってしまった。
これは今後の予定を大幅に見直す必要がある。
まぁ、私が困っているのはまた別のことなんだけど。
「どこに行くか悩んでいるの?だったらまだここにいればいいんじゃない?私はいつまでも滞在してくれて構わないわよぉ?」
「そもそも逃がすつもりがない、の間違いじゃないですかね~」
現在、私は立派なドレスを着たエルフの少女・・・少女?に粘着されていた。
私が今いるのは、不毛の大地の手前、精霊の棲家から程近い魔導国の都会だ。
この辺はかつて超魔導大国が存在していたのだが、先ほどの竜皇女の暴走の原因となる事件を起こして滅ぼされてしまった。
その悲劇を忘れないため、そして同じ過ちを繰り返さないため、ごくごく限られた一部の高位のエルフに口伝として残されているらしい。
そう、この粘着してくるエルフの少女、正真正銘のお姫様である。
さっきの昔話もこのお姫様から聞いたものだ。
事の発端は・・・まぁ普段通り歌を披露してただけなんだけど。
歌ってたら、目をつけられて連行された。実にシンプル。
普段なら強引な手段に対しては抵抗するんだけど、目の前のエルフが遥かに格上であると本能的に察して諦めた。
ラミリス様のところに向かう際はスルーしたし、せっかくだから西の不毛地帯を調べがてら周辺地域をうろちょろしようと思った矢先にこれだと、ほとほと対応に困り果てているのが今の状況だ。
近くに控えている側近に視線で助けを求めても、そっと目を逸らされてしまう。
仮にもお姫様が通りすがっただけの旅の歌人にベタベタ纏わりつくのはいかがなものかと思うのですが?
いや、歌の報酬として地図やら資料やら見せていただいたのは非常に助かるんだけど、それはそれとして。
「いえ、今後の予定はおおよそ決まっていますので、ご心配には及びません」
とりあえず周辺地域をうろうろするのは確定で、不毛地帯の外縁を北上するとルミナス様の領地になるから、ちょっと不毛地帯に突っ込んで夜の星を眺めつつ、途中からルミナス様の領地に入って北の海沿いまで横断しようかなって考えてる。
その後は海を楽しみつつまた東に進んで、ドワーフが大勢住んでいるという火山に行く予定だ。
これなら道中のリスクもまあまあ減るだろう。
「そう。なら出発の手伝いくらいはいいでしょう?奮発してあげるわよ?」
うわぁ、めちゃくちゃ構ってくる・・・。
本来ならありがたいもののはずなんだけど、私からすれば一周回って怖い。
なんでそんなに甘やかそうとするんですか?貢いでくるのはルミナス様だけで十分なんですけど。
「あの、そのお気持ちだけで十分と言いますか、正直それ以上はちょっと困りますので。本当に勘弁してください、エルメシア様」
「あら、未来の天帝から懇意にされてるのよ?ここは私の言葉に甘えてもいいじゃないかしら?」
「征服宣言されて私はどう反応すればいいんですか!?」
めちゃくちゃ対応に困るんですけど・・・!
「実は、新しい魔導王朝を興すつもりなのよねぇ。私がトップで、神の血を引く者として」って言われたとき、思わず自分の耳とエルメシア様の頭を疑った。
私がそのことを暴露したらどうするつもりだったんです?
「その心配はそこまでしてないわよぉ。そうしたらどうなるか、貴女自身がよく理解してるでしょぉ?」
「はい・・・」
まぁ、間違いなく殺されますね。たっぷり恐怖を植え付けられた上で。
とはいえ、たしかにその辺のことは弁えているけど、どうしてこうもホイホイと信用されるの、私・・・スキルの魅了効果は切ってるはずなんだけどなぁ・・・。
それとも、単にからかわれているだけ?だとしたらぶちまけすぎでは?
「あなた、『なんで自分が』って考えてる?」
そんな私の思考を読んだかのように、エルメシア様が私の顔を覗き込みながら問いかけてきた。
顔はいいんだよなぁ、この人。もちろん私にとっての一番はルミナス様だけれども。
「それはまぁ、はい。私たち初対面ですよね?エルメシア様も、その日会ったばかりの若輩に気を許すとは思えないんですけど」
「それを理解し弁えた上で、自分の好きなことしたいことを押し通せる者は、あなたが思っている以上に少ないわ」
そうかなぁ・・・いや、考えてみれば私の身近にいるのはだいたい実力でゴリ押ししてる方ばっかだな。
後は、ゲスの三下もそれなりに見てきた。なんであぁいう連中って小賢しい低能のくせに態度がでかくなるんだろうね。
そう考えれば、私は慎ましくしながらやりたいこと優先で生きてきたから、賢いと言えばそうなのかもしれない。
「だからこそ、あなたのような者との繋がりは貴重だし、仲良くしておいて損はない。あなたにとっては望まないもので大変かもしれないけれど」
「現在進行形で大変ですしね」
だからここは引き下がってほしいなぁ、なんて要望も空しく、エルメシア様はクスクスと笑いながらも離れる気はまったくなさそうだった。
勘弁してほしいなぁ。ルミナス様にバレたらどうなることやら。ちょっとやそっとで嫉妬する方ではないけど、それはそれとして玩具にされちゃう。
「そういうところが可愛らしいのよねぇ」
すみません!マジで助けてください!!あなたエルメシア様の親戚なんですよね!?
全力で側近に視線で救援要請をするも、向こうも向こうで全力で見ない振りをして視線を合わせようともしてくれない。
うぅ、味方がいない・・・いや、エルメシア様からしたら味方寄りなんだろうけど、立場をすっ飛ばしすぎていてめちゃくちゃ畏れ多い。
分かりやすく殺気を飛ばしてくるルドラ様も大変だったけど、これはこれで対応に困る。
「どうしても気になるなら、先行投資ってことにしておきなさい。あなただって、いつまでも無名のままでいるつもりはないでしょう?」
「それは、まぁ、そうですけど・・・」
そりゃあ、私にだってそういう類いの承認欲求がないわけじゃない。
ただ、優先順位が低いってだけで。
有名になってしがらみに縛られるくらいなら、私は知名度を放棄して自由になることを選ぶ。
それはそれとして、ルミナス様になら縛られるのもありかなぁ、とも思ってるけど。
言ってしまえば、私の天秤は常に私自身の矜持とルミナス様で揺れ動いていて、それ以外は秤に乗ってすらいない。
だから、申し訳ないけどエルメシア様の優先度は高くないんだよなぁ、というのが本音だったりする。
私には、ルミナス様がいてくれたらそれでいい。
私がやらかさない限りないとは思うけど、もし捨てられようものなら自死を選ぶだろうね。そんな予感がある。
「あらあら、そんな顔をしないの」
「今の私、どんな表情してます?」
「景気の悪い顔をしているわ」
「あぁ、それは良くないですね」
歌う側が辛気臭い表情をしていたら、客も楽しめるはずがない。
今関係ないあれこれはいったん忘れよう。
とりあえず、まずは目先のことから。
「支援に関しては、そこまでおっしゃるなら、まぁ・・・お言葉に甘えさせていただきます」
「素直になってくれて嬉しいわぁ」
素直って言えるかなぁ、これ。私が折れただけだと思うんだけど。
あ、そうだ。せっかくだしもう一つ聞いておこう。
「そう言えば、南に大きな島がありますよね。あそこに何があるかご存じですか?」
精霊の棲家から見て、だいたい南西方面かな?海を挟んでかなり大きな島がある。
それなりに離れているにも関わらず目視できるほどのサイズのその島は、かなり情報が少ない。
理由は単純、この世界における海は“超”が付くほど危険だから。
当然というか、海にも魔物は生息しており、水中という環境に完全に適応している。
特殊な探知器官に水の抵抗を受け流すフォルム、さらには地上では見ないほどの巨体などなど。
それらに抵抗するには、この世界の人類の技術が追い付いていない。
せいぜいガレオン船くらいで、その程度ならマグロ型魔物の的でしかない。
そのため、一般的に船で沖合いに出ることは自殺行為とされている。
一応、転移か飛行ができれば海を渡って上陸することもできるけど、個人で転移ができるのは世界でも一握りだし、飛行にしたって魔法にしろ乗り物にしろ一部の実力者や特権階級にしか許されず一般人に手の届くものではない。
私はどっちもできるけど。
行こうと思えば行けるけど、もしあの島がやべー奴の縄張りとかだった場合、ひどい目に遭うのは私だ。
だから、できるだけ情報が欲しいところなんだけど・・・幸いなことにエルメシア様は有用な情報を持っていた。
「あ~、あそこは行かない方がいいわよぉ」
「そうなんですか?」
「あの島は強大な悪魔の縄張りだから」
思ったよりやべー情報だった。
この世界における悪魔は精神生命体の一種であり、通常は“冥界”と呼ばれる精神世界で生息している。
性質は個体差はあれどだいたい邪悪、他者をいたぶり絶望させて楽しむカスも多い。
精霊と違って
例外として、ごく稀に地獄門と呼ばれる冥界と物質世界が繋がる空間が生まれることがある。
地獄門からであれば自力で魔素から仮初の肉体を作ることで、制限時間付きとはいえ物質世界で活動することができる。
そして、地獄門は環境次第では簡単に消えないため、強い悪魔が縄張りにしていることが多い。
縄張り持ちってことは、最低でも
それに、エルメシア様の口振り的に面倒に見合うだけのものがあるってわけでもなさそうだ。
「そういうことでしたら、行かないでおきます」
「あら、簡単に信じるのね?」
「あのような嘘をつく理由もないでしょうし、仮に嘘や隠し事があるとして暴くほどの魅力を感じませんので」
私はそこまで正義感も探求心も拗らせていない。
「あまりからかわないでください」とジト目で抗議するけど、エルメシア様は楽しそうにニコニコと笑うだけだ。
ルミナス様とは別ベクトルで敵う気がしないなぁ・・・。
この後、約束通り砂漠&山越えセットを支援してもらって別れを告げた。
ただ、荷車が必要になるレベルの量を押し付けてきたのはどうかと思う。
私が空間収納を使えなかったらどうするつもりだったのか。
ワンチャン、使えることを見越してた可能性が?
・・・エルメシア様には喧嘩を売らないようにしておこう。
面白そうだからとエルメシア様を捩じ込んだのはいいものの、こっちもこっちで情報が少なすぎてめっちゃ難儀しました。
なぜこうも自分から茨の道を突き進むのか・・・。
ルミナス様にしろエルメシア様にしろ、自分の立場を理解して敬意を払いながらも不快にならない程度で軽口を叩き、その上でちょっといじったら良い反応をするアリアとのやり取りがツボにはまってる感じです。
端的に言えば、体のいい玩具ですね。
当人たちにとって文字通り小鳥を愛でているような感じです。
その小鳥が幼女の姿をしているってだけで。