術式『大嘘憑き』 作:匿名希望
たくさんの評価ありがとうございます。
あくまで息抜きですが、今後ともよろしくお願いします。
目の周りを覆う包帯を取り去った五条。わざとらしく隠しているからには、当然何か
当然ながらそんなことは球磨川も理解していたし、何なら現状有利を取っている以上、まさか五条に再び有利を明け渡すような真似を許すはずもなかった。
故に球磨川は、即座に二度目の『
「へえ、そういう感じ?」
──行使しようとしたのだけれど、しかしその瞬間、頭上から響いた声が、球磨川の動きを一瞬だけ静止させる。
遥か彼方まで続いている青空のような双眸に見られ、魅入られ、捕らわれた。
即座に球磨川は『
「いやー、危ない危ない! その術式──『
『……僕は確かに、ついさっきまで、きみに触れていたはずなんだがね。
気付いたときには、既に球磨川の手掌は五条の胴体から引き離されていた。ほんの少しだけ、
まず間違いなく、五条悟の有する無下限呪術によるものだろう。週刊少年ジャンプの愛読者である球磨川には、それを理解することは容易かった。
──ちなみに、完全な余談ではあるが。
当然ながら球磨川は、呪術廻戦もしっかりと本誌で追っていた男だ。故にその設定や展開などは、ほとんど全てが頭に入っている。
にも関わらず、何故かの
いや、だって、こっちだけ全てを知っているとか。
そんなの全然、
「術式順転『蒼』。無下限ってのはつまり、点と点を結んだ時に出来る線の距離に、
『つまり、あれか。詳しいところまでは分からないけど、本来ならばそこにないはずの
「正解! いやー、物分かりが良いと説明の手間が省けるから助かるよ。というわけで、さっきは禊の後ろに極小の『蒼』を作り出して、一瞬だけ引っ張ったってこと……って、ヤバっ、
帳とは、一般の社会から呪術に関連する事象を隠す際に降ろされる、一種の結界術である。五条は球磨川との戦闘に際して、これを降ろすのを完全に忘れていた。
そこまで大規模な戦闘をするつもりもなかったとはいえ、ここは山奥などではなく市街地である。少しでも目立つような真似をすれば、上層部の人間に嫌味と皮肉を浴びせられるのは目に見えていた。
のだが、しかし。驚くことに
「『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』──だったかな? 初歩的な結界術であるとはいえ、まさか僕みたいな呪術初心者が一発で降ろせちまうとは。案外才能があるのかもしれねーな」
(……いつの間にか帳を降ろしていたことはいいとして、
『よそ見とかしてる余裕あるわけ?』
現状得られる情報だけでは、球磨川よりも余程謎の多い存在であるなじみに五条の気が向いているうちに、球磨川は再び五条に向かって手を伸ばす。
が、しかし。その手は先ほどと同様に、
『……あれっ、きみと僕との間にある無限は、確かに
「ちょっとちょっと、禊? まさか僕が二回も三回も同じ攻撃喰らうとでも思ってる? ひゅ〜、意外と甘ちゃん!」
五条はそう言うと、ポケットに両手を突っ込んだまま、球磨川へ向かって一歩だけ前進した。
既に五条の胴体と球磨川の掌は接触している──というのに、球磨川が『
することはなかったというか、
「さっき禊はさ、
無限の距離が二点の間にあったとして。その二点の座標が接しているということに出来るのであれば、それらは間違いなく
屁理屈みたいな理屈だが、そもそも『
が、しかし。あくまでも距離をなかったことにしただけであるのだから、
そうなれば……というか、現にそうなったのだから、また振り出しからのスタートだ。
「禊の術式はさ、任意のタイミングで、マニュアルで発動するわけでしょ。だから発動するタイミングで、どうしても
『まあ、そうだね。今日だけで既に二桁近い回数の「
「二時間!? 僕から見れば、もう二級呪霊くらいなら祓えそうに見えるし、呪いの才能あるよ、いやマジで!」
褒め言葉として受け取ればいいのかどうかが微妙に分からない。しかし褒められ慣れていない球磨川は、これを褒め言葉として受け取った。いやまあ、実際褒め言葉なのだが。
『……ところでさ、悟ちゃん。わざわざきみの説明を待ってやる義理もないからって理由で、さっきからちょいちょい「
「ああ、これ? 言ったでしょ、禊の術式は
『確かにきみのいう通り、僕の「
「
自らの両目を指差しながらそう言って、楽しそうに笑う五条。対する球磨川はと言えば、普段通りに薄っぺらい笑みを浮かべているだけだった。
「使うたびに結構な呪力を消費するみたいだし、便利に見えて中々ピーキーだよね、それ。使いこなしてはいるみたいだけど、そろそろ限界近いんじゃない?」
『……どうだろうね。僕の呪力総量……だっけ? それが世界で一番多い可能性も』
「いや、それはないね。六眼で見た感じ十分な量ではあるけど、一番多いとは流石に言えないよ」
すっぱりと言い切る五条。球磨川も期待などしていなかったが、しかしここまで断言されると内心傷付かざるを得なかった。
『どうしてそんなひどいことが言えるのかな、僕の心はひび割れる寸前だよ。人生のあらゆる場面で虐げられ続けた僕とはいえ、流石に傷付いちまったぜ。ああ嫌だ嫌だ、僕は虐めが一番嫌いなんだ』
傷付けられたと、そう宣う球磨川の様子は、一見すると先ほどまでと何の変化もない。
が、しかし。五条の六眼は、目の前にいる少年が醸し出す、異様な雰囲気をいち早く捉えていた。
(……
『僕は見ての通りの好青年で、争いが嫌いで、弱いものの味方だ。だから悟ちゃんみたいな理不尽を前にしたとき、僕はどうしても、全部台無しにしたくなっちまう』
「……いやいや、話の前後が繋がってないよ、禊。それじゃあ僕は、今キミが言ったことのどの部分を信じればいいのか──」
五条の言葉が紡がれるよりも早く、球磨川は動く。その身に呪詛めいた呪力を滾らせて。
が、しかし。
「──……さっきから何度も言ってるけどさ、僕には
そう語ってもなお、目の前の球磨川は螺子に力を込めるのをやめない。その動きを見るに、相当力んでいるはずなのだが、やはりその表情は能面のようだった。
「ちょっと、禊? 話聞いてる? その螺子をどこから取り出したのかも気になるけど、そろそろいい加減に」
気付いた時には、五条の
そんなことを考えるよりも早く。五条は半ば反射で、球磨川の顔面に拳を叩き込んでいた。
「あっ、ヤバっ」
まずい、加減が利かなかった。そう思っても時すでに遅し。
拳を左頬にぶち込まれた球磨川はとんでもない速度でぶっ飛び、目測30mは離れているであろうビルに背中から激突し、砂埃を撒き散らす羽目になった。
「……えっと、なじみ? 結構本気で」
「僕のことは親しみを込めて
「……
友人(?)がとんでもない速度でぶっ飛び、廃ビルを倒壊寸前まで追い込んでいるというのに、なじみはどこ吹く風というか、まるで他人事のようだった。
「まあ普通の人間ならだいぶヤバいことになっていそうだが……逆に聞くけどさ、五条悟。きみには球磨川くんが
「普通、禊が? うーん……いや、全然! 特に雰囲気が変わってからは、何を間違っても普通だなんて言えない様子だった──」
『普通じゃないだなんて、そんなひどいことを言うなよ。僕は僕以上に普通な奴なんて見たことがないというのにさ』
「──いやいや、どの口が言ってんの、それ」
五条の視界の先には、ぶち抜いた壁の中から
五条のパンチをまともに喰らって無事で済む者など、世界中を探してもそうそういるはずがない。どうやら『
『というかさあ、その無下限とかいうの、卑怯すぎやしない? さっきは「螺子が無限を突破するまでの時間」そのものをなかったことにしたんだから、絶対にその整った顔に穴を開けられると思ったんだけど』
「なるほど、だからさっきは一瞬で目の前に螺子が迫ってきたってことか。でも残念、距離とか到達するまでの時間をなかったことにしても、無下限はそこにあり続ける──こっちの方をなかったことにしない辺りさ、『
五条は球磨川を指差しながら、そう言って笑う。
当の球磨川はしばらくの間沈黙し、それから五条に向かって歩みを進め始めた。
『確かにさ、僕の「
突如として術式の情報を開示する球磨川。五条は術式の開示による術式効果の底上げを一瞬疑ったが、しかしどうにもそういう訳ではなさそうだった。
『だからさ、現状の僕には正直打つ手がない。そもそも呪術高専にもそこまで興味はないから、何とか悟ちゃんを退けなきゃいけないっていうのにさ』
六眼による術式の解析。直接相対してみて分かった術式効果の限度。五条は既に『
『こっちの攻撃は届かないのに、そっちの攻撃だけは当たるってところが本当に最悪だよね。少年漫画に出て来たら絶対にチート呼ばわりされて、本質を見てもらえないまま担ぎ上げられるだけの存在になっちゃいそうだぜ』
だと言うのに。五条の第六感じみた何かは、今この瞬間、
出所は、目の前の不吉な男、球磨川禊。不安の原因は、六眼では分からなかった。
『確かに僕は不幸体質ではあるけれど、それでも一日に二回も拉致されることをよしとは出来ないよ。だから何とかきみの無下限を突破して、さっさと家に帰りたいんだけど、さて、どうやって突破したものかな』
球磨川と五条間の距離は、目測で6mといったところだろうか。先ほどまでよりも距離は離れている。
だがしかし、先ほどまでとは球磨川の纏う空気感が違う。ともすれば特級呪霊を遥かに凌駕する不気味さを醸し出している球磨川は、そこで突如として手を叩くジェスチャーを取った。
どうやら、何か気付いたことがあるらしい。
『あっ! そういえばさっき、喫茶店で
──ここで。五条は一つ、無下限を突破することができる、
見落としていた……というよりは、無意識に除外していた、とでも言うべきか。余程のことがない限りあり得ないと。普通であれば起こり得ないと。
『えーっと、何だったっけな。確か……』
「……まさか」
普通であれば。
起こり得ない。
呪術に触れて、二時間しか経っていない人間が。
意気揚々と、呪術戦の極地に足を踏み入れるなど。
『えーっと……思い出した。確かこんな感じで──』
「──ッ!!」
同時に五条悟も、帝釈天印を組む。
二人の領域が衝突する、その瞬間。
その中心に立ち、二人を静止したのは他でもない、全知全能たる人外──
「僕としてもね、きみ達二人の領域が衝突した場合、どんな状況になるのかは気になるところだがよ。しかし何も、いきなり
「……ま、それもそうか」
突如として首を突っ込んだなじみはそんなことを言いながら帳を上げ始める。暗に呪力をばら撒くのはここまでだと示しているのを、球磨川・五条両名は即座に理解し、剣呑な気配を取り下げた。
球磨川はやや不満そうにしているが、しかしなじみはそれらの意見を封殺することにしたようだ。
「さて、球磨川くん。まさかきみが呪術戦の極地たる領域展開を一発で成功させるとは思ってもみなかった訳だが……こうなると俄然僕としては、きみに呪術高専に行ってみてもらいたくなっちまったぜ」
『……そうは言ってもねえ。あまり首を突っ込んで、面倒くさいことにでも巻き込まれでもしてみなよ──とか言っても、どうせきみは僕を無理矢理そこに連れて行くんだろう?』
球磨川の問いに、なじみは曖昧な笑みで返した。
『分かった分かった、行けばいいんだろう行けば。僕も男だ、たまには主体的に動いてみるのも吝かじゃない。それに、これ以上拉致されたらたまったもんじゃないしね』
「そうかい、そいつは重畳。まあ一回行くだけ行ってみてさ、肌に合わなそうなら逃げ出せばいい」
「ちょっとちょっと
「
何やら苦言を呈そうとしていた五条に対し、なじみはそうやって好戦的に返す。
それを目にした五条は一瞬目を見開いた後、これまた随分と楽しそうな笑みを浮かべた。
「……へえ? まあいいや、そうならないことを祈ってなよ──じゃ、高専まで案内してあげるからさ、二人とも、着いて来てよ」
剥ぎ取った包帯のようなものを再び目元に巻き付けながら、五条は進み始め。
球磨川はその背中をしょうがなく、本当に嫌々ながらに追いかけることにした。