蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年5月28日
道奥藩 智台空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
彼らが食堂から消え去ってから。
最初に声を発したのは、この場で最も力のない人々だった。
「あの……ありがとうございました」
食堂で働くおばちゃん、その代表だろう。
あらぬ恫喝を受けて萎縮していた彼女達は、ようやく動けるようになったのだ。
「いいさ。ああいうのと一緒にされたら困るからさ」
パシャリ。
傍にいた四谷がまた断りもなく撮影したが、それはさておき。
「それに困ってる女性を見掛けたら、
助けたくなっちゃう性分なんだ。俺はさ」
「まぁ……」
「わぁっ……」
「新聞で読んだ通り……」
優しく良介が語り掛けると、おばちゃん達の頬がポッと朱色に染まった。
「……この人、ここまで見境なかったんだ……」
敬一が何か言っているが、良介は無視した。
「良介」
タイミングを見計らっていたであろう、吉宗と斉溥が歩み寄ってきた。
お偉いさんの登場とあって、おばちゃん達は早々に退いていく。
「で、俺の処分は?」
「此度の一件は私が始めた事です!」
ゆきは素早く良介の前に出て、吉宗との間に割って入った。
すると、彼は露骨に残念そうな表情を浮かべた。
「……空知少尉。
俺がこの状況で、志村二尉に処分を下すような冷血漢だと?」
「あ……いえ、そういうわけでは……」
こう言われてしまっては、ゆきも下がるしかない。
すごすごと、彼女は良介の背後に回った。
「ただ、今の情勢でヨソと揉めるのは頂けないな」
冗談半分で浮かべた表情が、真剣そのものになった。
良介はもちろん、全て理解した上で行動していた。
「ああ、わかってる……牟田原派が何をしでかすかわからない。
そういう事だろ?」
「半分は正解じゃ」
ここで斉溥が補足した。
「もう半分……牟田原の奴が命じるかと言えば、否じゃ。
お前が奴の部下と幾度も揉めたのは知っておる」
「まあ、そこの女の子と話が弾んだ事はないね」
「牟田原派は姫武者を許容せんからな。
柳北のようなのはおらんぞ」
「どおりで、牟田原派軍人の知り合いがいないわけだ」
「無駄話の多い奴め……
彼奴の部下の有様を見て、牟田原派が下衆の集まりとでも思うとるな?」
「否定はしないけど……部下の手綱を握れてないのなら、
それはそれで問題だろ?」
「そう……それが、彼奴の最大の問題じゃ」
良介達は食堂の無事な椅子を集めて、腰掛けた。
「彼奴はな、身内に甘過ぎる。認めた男の部下とあれば、
悪人ではないと本気で信じてしまう程にな」
「じゃあ、屋岸や奥葦原で悪さしてる奴らは……」
「彼奴の命令でやっていたわけではない。
周りにいる奴らが、牟田原の名を使って暴れておるのだ。
……彼奴自身は、何かの間違いだと喚いておったがな」
人望があり能力があって、本人自身は人格者。
しかし周囲にロクでもない人間が集まり、それを御することも出来ない。
結果として、世間からはクズのトップのような扱いを受けてしまう。
人が良すぎてクズを排除出来ず。
見る目がなくてクズを囲ってしまう。
世の中に、たまにいる人物である。
ここまで最悪な状態は、そうそうお目に掛かれるものではないが。
「陸軍元帥殿っ、質問が……」
この時、驚いた事にゆきが斉溥に質問をした。
「……許す」
「貴方様の口ぶりから、牟田原中将という人物が悪人ではないと思われます。
ですが、ではなぜ京から一足先に逃げ出したりなどしたのですかっ?」
良介の頭の片隅にあった疑問だ。
牟田原派の悪行として、最初に挙げられるのが京からの無断撤退。
言うなれば敵前逃亡である。
「彼奴は京で防衛線を築く事に強く反対しておってな。
古来より帝とその一族が住まう神聖な地を、戦場にするとは何事か、とな」
正論ではある。
宗教的首都を戦争に巻き込むのは、心情的にも世論的にもよろしくない。
日本の歴史では、ちょいちょい京都は戦場になっていたが。
避けるべきなのは、事実だ。
それを突き詰めれば、都市を戦場にするな、内戦などするなという元も子もない論に帰着するが。
「その抗議のため、奴は防衛線を離れた。
で、死にたくない奴らが大義名分を見つけたわけじゃ。
……そして賊軍もまた、その隙を見つけた」
柳北の話と矛盾はしない。
京を戦場にしたくないがため、持ち場を離れる事。
生き延びるために持ち場を離れ、勝手に撤退した事。
これは観点の問題だ。
どちらからしても一定の理があり、唾棄すべき問題があった。
「……お陰で、儂らは多くの友を
儂の部下も、あの判断を冷静に見れん者は多い」
「でもあんたは残って戦った。で、冷静に見てる。だろ?」
「ああ……
まさか真田があのような仕打ちをしてくるとは、夢にも思わんかったがな。
あれさえなければ、ここまで酷い事にはならなんだからな」
斉溥の視線があくりへ向けられた。
彼女はバツが悪そうに、目を背けた。
「生き延びるためだよ。あんたが
海底トンネル突破させたのと一緒。だろ?」
「それを突かれては弱いな……」
珍しく斉溥は弱音を吐いた。
屋岸の五稜郭で、公然とボスを人質に脅迫したあの事件。
彼としても、思うところはあったらしい。
「で、質問の答えとしては十分か?」
「……ありがとうございます」
礼を言うゆきの表情は、納得がいったと呼べるものではなかった。
とはいえ、答えがこの有様なのだから斉溥にはどうしようもない。
「……あの会議の場にいた陸軍、どのくらいが牟田原派閥だったの?」
「ほぼ全員。例外は柳北くらいなもんじゃ」
「そんなに居たのか⁈」
それも、柳北は佐官クラスのエリートにも関わらずナレーターのような真似をさせられていた。
まさにあの場の主導権を握っていたのは牟田原派閥なのだ。
「あの時、お主は虎穴におったのじゃ。理解したか?」
「……思えば、巣穴に相応しい暗さだったよ」
牟田原派という、言わば武士原理主義の組織。
それが大半を占める会議で、良介は啖呵を切ったのだ。
「ま、ともかくじゃ……彼奴は馬鹿みたいに身内に甘い。
故にそこなチビの
「あの、それ褒められてます?」
出歯亀呼ばわりが心外なのか、頬を引きつらせながら四谷は言った。
斉溥はスルーする方向らしい。
「妙なところで頑なで、思い切りがいい。
奴は今も川口藩の賊軍と交渉しておるが……
武揚解放に横槍を入れられては敵わん」
「横槍って、どっちの意味?」
「無論、政治の意味じゃ。いくら彼奴が連邦制に反対しておっても、
挙兵するほど愚かではない」
「斉溥のジイさんよ……あんたと牟田原中将の関係は知らないけど。
この情勢じゃ、険悪な相手を高く見積もり過ぎるのは危険だと思うぜ?」
「ふん、抜かせ……彼奴の事はよく知っておる。
その上で、そう判断しておる」
と、斉溥は言うが───
トラックの荷台の兵士で見た物資の横領や、屋岸の飲み屋街で見た資金の調達。
幕府軍、連邦軍の時代でも、無理な徴発が必要になるほど予算に困っているとは思えなかった。
これが果たして、牟田原中将の身辺の問題なのか?
良介には、そう思えなかった。
予算は、あればあるほどいいのはもちろんだが───
「あの、粗茶ですが……」
「おおこれは、かたじけない」
食堂のおばちゃん達が、この場にいる人間のためにお茶を用意してくれた。
ありがたく頂くと、
「藤沢元帥。此度の一件、武揚の解放に影響は?」
お茶を含んで会話が途切れたタイミングで、吉宗が尋ねた。
これは空軍としても耳に入れておきたい情報で、良介も耳を傾けた。
「ない! ……としたいところだが。
あの阿呆共は、少数派ではないからな。
牟田原が止めても、余計な事をしない保証はない」
「でも、都市の占領は歩兵の仕事……」
「然り。彼奴らは必要じゃ。
戦闘機と戦車だけで戦争は完遂出来ん」
自分の命を狙う可能性の高い連中。
それを知ってなお、必要と言えるとは。
藤沢斉溥という男、かなりの胆力を持っているらしい。
「
「頼みます、藤沢元帥」
深々と、吉宗は頭を下げた。