戦火の心臓 作:Navi
「ゼェ…ハァ…はっ…!い、息が…あ、あの…!…す、少し休憩してもよろしいですか…!?」
「…!ああ、こちらはスティラの合わせるが…取り敢えずはこれを飲め。そして深く呼吸をしてまずは息を整えろ。」
「お…お気遣い感謝します…!ん、んぐ…」
同じ軍服に身を包んだ猟犬とスティラの2人は木々の間を抜けて段々険しくなる山道を進んでいた。
吐く息が荒くなり、足取りも重くなってきたスティラは、一度足を止めて近くのむき出しの岩に腰を下ろし、座り込んだ。
その近くに寄って猟犬は水分の入った筒を手渡し、感謝の言葉を口にしながらそれを受け取ったスティラは、中身を一気に喉へ流し込むと大きく息を吐いた。
「はぁ〜〜…かなり…登って来ましたね…?正直ここまで険しく長い道のりになるとは思いませんでした……あんな綺麗に見えた山々がまさかここまでとは…」
「レーヴル山岳帯はスチードを守る天然の要塞だからな?気候の変わりやすさや傾斜のきつい山肌を持つのが特徴になっている…だが、向かっている目的地はまだかなり先だぞ?」
実際に見上げた壮大な山々の景色からは想像できないような道のりにため息を吐きながら苦笑いを浮かべていたスティラ。
しかし、そんな疲れが溜まったスティラに対し、猟犬は追い打ちをかけるように気が重くなる事実を告げる。
そしてスティラは再び水を飲もうとした手を止め、思わず驚きの声を上げた。
「んん!?ん…えぇっ!?かなり登ってきたと体感では感じていたんですがまだまだ先なんですか!?うぅ…目的地についた時は達成感よりも疲労感で目が眩むかも知れません…」
「なんだか……ああ…すまないな?」
「…!あっ…愚痴のように聞こえてしまったのならごめんなさい…!さ、さあさあ!私もこれで休息は終わりにしましょうかね!?はい!ではこのまま進んでいきましょう…!ねっ!?」
「…!」
「しゅっ、出発進行〜…です!」
スティラの小さな絶望を滲ませた表情を見て猟犬はなんと声を掛ければ良いか決めあぐねており、自然と申し訳なさそうな言葉を口にする。
猟犬の言葉を受けて溶けたような表情になっていたスティラはハッと意識を切り替え、猟犬の手を取って再び凹凸の激しい道を進み始めた。
しかし勢いで再び歩き始めたことによって何とも言えない気まずい空気になってしまった辟易してか猟犬の手を離し、生まれていた無言の時間を破ってスティラから口を開いた。
「えーと…ハリスさんは先日こんな高く険しい場所で
「…ありがたい言葉だ……だが、地形の把握はできていたから相手取ると言ってもこちらが有利に進められていたからな?レーヴルではいくら脅威として把握していても、気を抜けば山に呑まれて命を落とす危険性もあるほどだ。」
「…!そ、それは恐ろしいですね〜…?し、しかし…!こうしてハリスさんが側にいるおかげでその心配はなさそうですね…!?」
手を小さく叩きながら今立っている場所について聞かされたスティラは隣から顔を覗き込みながら感心の声をかけた。
スティラのその言葉を受けて目線を動かして口元に手を当てながら猟犬も返答を返す。
「…そう言ってもらえるのは有難い。こちらもスティラのことを目的地に辿り着くまでは周りの警戒を怠らないようにしよう。」
「…!ふふ、私もこれ以上は足を止めないようにしないといけませんね!さてさて…直感が冴えている私の感覚になりますが…ここの道を左の方が…」
「いや、そちらは目的地とは逆の方へ行くことになる。途中から草木を掻き分ければ良いが正確にはこっちの方が正しい道だ。道筋はこちらが把握しているため問題はないしな。」
「………」
「…?どうした、スティラ?」
「………えっと……はい…やはりここから先もハリスさんに全部お任せします…」
気分が上向いたのか、自信ありげに二手に分かれた道の片方を指さしたスティラだったが、冷静に猟犬は正しい道の指し示して足を進めて行く。
一呼吸置いた後に顔を赤くして恥ずかしそうに顔を俯かせながら早足でその後をついて行った。
そこからはしばらくの間は木漏れ日が注がれる木々の間を歩き続けた2人であったが、段々と進むにつれて周りの緑が少なくなっていき短草が点々と生えているだけの灰色の岩肌が目立つようになっていった。
「あと…どうくらいで……しょうか…?」
「もう少しだな?ここからは足場が悪くなるから気をつけろ。」
何度か足を取られそうになりつつも止まらずに猟犬の後ろを陽の光を遮りながらついて行くスティラであったが、ふと目の前で止まった猟犬に合わせてその足を止める。
呼吸を整えながら見上げた空には青々とした雲が流れ、瞬きをするたびにその形を変えていた。
そうしてようやく、自分たちがここまで登ってきたのだと実感した。
「…着いたぞ。ここからならスチードだけでなくその先のハインドレートや空をよく見渡す事ができる。」
「つ、ついに到着ですか…!では早速……わぁっ!」
このように告げられ、息を切らせながら猟犬と同じように後ろを振り返ったスティラは、思わず息を漏らしす。
広がるのは青い空が延々と伸び、その下では木々に挟まれるように佇むスチードの風景が広がっていた。
爛々と太陽の光を反射して輝く海は空の青と重なり合ってその視界の大部分を覆うほど大きく映っていた。
猟犬の語っていた圧巻とも言えるこの風景を実際に目にしたスティラは息苦しさを忘れてしまうほどに呑まれており、じっとその目線を動かせずにいた。
「……やはり解消はしないか…一体どうすれば良いのか…」
「…?ハリスさん…?それは一体…」
近くにあった灰色の石の上に腰を下ろしてその光景をぼんやりと見ていたスティラの隣で、猟犬は対照的に難しい顔をしながらポツリとそう呟いた。
その言葉の意味について疑問を持ったスティラはすぐに猟犬に対して言葉の意味を聞き出そうと口を開いた。
「…!すまない、口に出てしまっていたか?いや…ここ数日、妙に圧迫感のあるざわつきを感じることが多くなっていてな…ここに来ればその理由が少しだけでも分かると思っていたんだが……思い違いになってしまったようだ。」
「ざわつき…ですか?(だからこうしてこの場所まで…?)…そう…ですね?うーん…その原因として考えられることに心当たりはないんですか?ふふ…共有して頂ければ私もそれを解消する力になりますよ!」
悶々とした悩みを抱えてここに来たことを知ったスティラはそのことに若干の戸惑いを見せつつも、すぐに切り替えて明るい様子で原因となったと思われるものはないのかと聞き出そうとした。
その言葉にしばらく自分の中で考えをまとめていた猟犬であったが、間を置いて心配そうにしているスティラの方を見ながら口を開いた。
「そうだな…強いて発端として挙げられることを振り返れば…スティラと合流したあの時だったかもな?」
「そうですか…私と……ん……んん!?」
猟犬から告げられたことを聞いたスティラは笑顔のまま一瞬固まったのち、目を大きく開いて自身にとって想定していなかった言葉に驚きの顔を作った。
「そ、それは私が原因ってことになりますね!?あ、あれ…!?な、何か知らぬ間にハリスさんの気に触るようなことを…ちょ、ちょっと待って下さい!私も思い出すので少し時間を…!」
「いや、済まない…言葉足らずだったな?スティラがこちらに対して不快になるようなことをしたことで生じている訳ではないというのは確かだ。いや、しかし…やはり、これと言った原因はこれ以上思いつかなくてな?」
「うぐっ…!?で、ですがそれって結局、私が原因ってことですよね!?」
「…そうなのか?」
「そ、そうですよぉ…」
追加の口撃を食らったスティラはしょぼりとした表情になりつつも、言葉の矢印が突如として自分に向けられたことで切り替え、慌てて頭を抱えながら過去の自分の行動を精査し始めた。
だが、猟犬もすぐに勘違いが含まれていると語りながらもそこにあった原因の根本がそれ以上思いつかないことに申し訳なさそうな表情を作っていた。
「…驚かせてしまったのなら謝罪する。スティラの行動に対して何か思うことがあるわけではないのは確かだ…だからそう悪く捉えるのは…」
「うぅ…それならやはり私の弱さが原因ですかね…?はは…少佐が語っていたみたいに精神的な未熟さがハリスさんも把握できない内に、苛立ちを覚えるものとして溜まっていたんでしょうね…?」
「い、いや、決してそれも原因ではないんだが…」
「いえ、大丈夫です…はい……大丈夫です……私の弱さをこうして自覚させてもらえるだけで次の糧になりますので…」
「(……マズイな…この場合、なんと言うべきか…)」
露骨に背を丸めて落ち込んだスティラを見てまたかけるべき言葉を間違えてしまったと、猟犬は自身の頭を叩いて悩むような顔になった。
実際、猟犬自身はスティラがいることに感じていた戦場に立つことで絶えず向けられる圧迫感が軽減されたと思っており、スティラに対して精神的な弱さを感じ、それをとやかく言う感情は全く湧いていなかった。
それでもこうして言葉のあやによって落ち込ませてしまったのは事実であり、この場合どのようなことを口にすれば良いのかということを頭で働かせて考えていた。
「(違う…決してそんなものが原因ではないのは、こちらが分かりきっていること……こうなってしまったのなら、こちらがすべきことは…)」
無理に口元を緩ませて笑みを作りながらも、背中を丸めたその姿から明確に気分を落としているのが分かるスティラに近づいて行く猟犬。
近づく猟犬の顔はすんと落ち着きのあるものになっていたが、その瞳にはハッキリとスティラが映っており、丸まった背中に近づくと膝を曲げて腰を下ろして一言一言言葉を紡ぎ始めた。
「…スティラ。こちらはスティラがスチードに来てくれて良かったと思っているぞ?それにこちらスティラに対して弱いなんて考えは全く持っていない。」
「…!……ハリスさ……ん!?」
声をかけて来た猟犬の方を沈んだまま見ようとしていたスティラであったが、視線を向けるのと同時に目を見開いて驚いた声を上げた。
何故ならばその距離感はかなり近づいたものになっており、互いに視界には相手の顔の大部分が無理矢理収まるような形になっていたからである。
猟犬は相変わらず感情を見せず、ただ静かにスティラを見つめていた。
だがその瞳の奥には、わずかな戸惑いが揺れていたこの状況にスティラは若干顔を赤らめてパクパクと言葉が出てこない口を開閉させることしかできていなかった。
「守るべきものとして『国』という同じものを見ているもの同士、自身の弱さを自身や他者がどう思おうがそれがスティラを表すものではないのは確かなことだ。」
「(な、なんだか近くないですか…!?あ、あれ?これは私が勝手にそう思っているだけでしょうか!?)あ、あえ…えっと…」
「そうだな…少佐は前にこちらに語っていた。戦いに身を投じている人間の中で最も強いのは、自身を弱さを見ることができる人間だと。スティラを見てこちらもこの言葉の意味を少しだけだが理解できたような気がする…己の弱さを知ることは決して悪いことではない。」
「(い、いやいや!?さ、さらに近づくのは無しですよね…?!そ、それ以上近づかれると…無理、無理ですって…!)あ、あの…その…!」
励ましの意味を込めた言葉を並べている猟犬であったが、さらにその距離を縮めて来たことによってスティラはその言葉が届かないほど焦りと羞恥を混じらせた表情になった。
だが、猟犬がそのことを全く気にせずに話し続けているため、この状況でも反射的に距離を取ろうとする考えを無理矢理引っ込めることしかできなかった。
「スティラ、自分の弱さを嘆くだけになる必要はないはずだ。まだスティラと邂逅して間もないが、こちらはスティラのことを曲げない意志を持つ強い人間だと思っている。だからそこまで思い悩むことをしないでもらえればこちらも…」
「ハ、ハリスさん…!少し距離が近すぎるような気がします…!こんな距離じゃなくても言葉として伝わりますからぁ…!…っ!?いったぁ…!?」
じっと至近距離で顔を見ながら言葉を話されることに耐えかねてか、スティラはついに猟犬の肩を抑えて硬い地面の上を転がるようにしながら距離を取った。
それによって痛みが生じた箇所を抑えながらスティラは立ち上がり、改めておそるおそる猟犬の方を向き直るとその場から体勢を崩すことなく固まっている猟犬が奇妙な行動を取ったスティラのことをじっと見ていた。
「…!?…スティラ?どうして転がってまでこちらと距離を取ったんだ?どこか痛めてないか?」
「だ、大丈夫です!!(…き、気まずい……ええい!こうなったらもうこのまま…!)そ…それにこうして離れたのは…!ハリスさんの距離がいくらなんでも近すぎるからですよ…!?だ、誰だってあの距離感で話をされると驚いて距離を取ると思います…!」
思い返してみても、敵がいる訳でもないのに身体を打ちつけ痛めながら地面の上を転がったという猟犬から見れば違和感しかない行動を取ったことという事実に、スティラは羞恥の混ざった表情を作った。
そして開き直ったように自身が感じていた猟犬の距離感が明らかにおかしいと思える行動に対して秘めていたことを言葉として連ねた。
これを受けた猟犬は、また自身の取った行動に不手際があったことを理解して申し訳なさそうな表情を作って謝罪の言葉を口にする。
「…!す、すまない…近づけば言葉として正確に多くが伝わると思っていたんだが、スティラに対しては不快に感じるものだったな?…また間違えてしまった…」
「あっ…いえいえ!私が勝手に驚いてしまっただけでハリスさんを悪いように言いたい訳ではありませんよ…!?」
「……ああ。」
「……えーっと…」
再び訪れた沈黙に2人は口を閉じた。
快晴の空の下、吹き抜ける風の心地よさを感じることができるが、それらを無に帰してしまうこの空気は身体に刺さるほど絶妙な重さを感じるものになって場を飲み込んでいた。
しかし、この空気を振り払うためかスティラは意を決したように表情を変えて再び猟犬に近づいていき、指同士を突き合わせながらおずおずと口を開いた。
「…言葉は、ハリスさんの励ましはしっかり感じ取ることは出来たのであまり落ち込まないで下さい……もう一度言いますが私が勝手に変な行動を取っただけですし…気も動転してましたし…はい…」
「…いや、こちらに不手際があったのは事実だ…スティラが謝罪する必要は全くない。」
「あの…ハリスさんは、なぜここまで私なんかに言葉をかけてくれるのですか?大佐からは…えっと……他人に対する関心が希薄な人だと伝えられていました。兵器のように与えられた命令のみをこなすような人と…あっ!も、もちろんこれは大佐が比喩だったということは理解していますが…!…何故なのでしょうか?」
言葉を選びながらもスティラは自身が疑問として感じていたことをもう一度正直に問いかけた。
コルディセスの奪還の際に初めて猟犬のその姿を捉えていたスティラにとっては、大佐の語る言葉の意味がよく分かっていた。
目の前にいる猟犬の目には他者の姿がぼやけて映るようで、それはまるで自我を持たない機械のようだった。
自分の目に映る人間を人間と見ず、自我を持つ機械のように淡々と命令を受けて命令を実行するような人間だとスティラ自身も思っていた。
「…そうだな……理由、か…」
「…あっ、で、ですがこれは別に無理には言わずに…」
だがこうして目の前にいる猟犬は聞かされた話とも、はたまたコルディセスで初めて目にした時と比べても明確に違うと感じるほどのものであり、少なくとも他者を近づけずに拒絶するようなものを今の猟犬からは感じることは出来ずにいた。
だからこそ、こうして猟犬自身の口から自身よりも力が劣る自分に対して言葉をかけてくれるのかを聞き出したくなっていたのである。
猟犬の光が灯らずとも瞳の中に映る人の形をした影を見ながらスティラは猟犬の言葉を待っていると、視線を別の方向へ泳がせながら猟犬はゆっくりと口を開いた。
「それはおそらく……『嬉しかったから』…だろうな?」
「…えっ?」
自身の予想とは違う返答が返って来たためか、スティラの口から気の抜けたような声が出てきた。
この言葉を口にした猟犬自身もまだ目の中に揺れる困惑の色を浮かべていたが、この言葉に続けてつらつらと言葉を紡ぎ始めた。
「こちらは戦場に立つことが価値とされている人間。そしてスチードを守り、
「…そう…ですか…」
続けて猟犬から語られ始めたのは自身の与えられた役割とそれによって向けられる怨嗟の籠った視線についてだった。
だが、それに対しては戦うために作られた人間兵器。
その気配に気付きながらも、目を向けずにいることこそが自身に求められていることだと理解していた。
「…そのはずだったんだが、スティラがこちらに言ってくれた言葉…あれはこちらにとって感じたことがないものを与えてくれた……そうだな?頭を撫でられた時は、特に温かく感じた。」
「えぇっと……あ、あれは…その……忘れて下さい…」
目を閉じながら自身の頭の上に手を置き、思い返すように以前の出来事を思い返していた猟犬。
スティラはその記憶を辿られて気恥ずかしそうにしていたが、猟犬は淡々と続きの言葉を口にする。
「スティラは少佐やアトマの言葉とは違うものをこちらに向けた……だからだろうな?こちらがスティラに対して言葉を向ける理由としては…おそらくこれがあったからだろう。」
「あっ…だからそれで…こうして私を…?」
猟犬から向けられる言葉を受けてスティラからぎこちなさを感じる表情が引いて消えた。
感情の読み取れない表情の一切を崩さずにいた猟犬から告げられた言葉はスティラに対してより潜り込むような感覚を覚えさせた。
「そうだ。だが、これを感じるようになったのと同じくらいの時だったな…体感したことのないざわつきが大きくなったのは…」
「…えっ…?」
差し込む陽の光に目を細めながら広がるスチードの風景に視線を向けた猟犬は、今まで生じていた違和感を言葉として初めて口から出した。
これを聞かされたスティラは表情を固めてただ猟犬を見ることしかできなかった。
「…なあ、スティラ…理解不能だ。これは今まで感じたことのないもので、つっかえるような違和感になって消えない。なんと言い表せばいいのかも分からないままでいる…これは本当に一体なんなんだ?」
「えぇっと…そ、それは…」
「…ここに来ても、結果としてこちらやはり分からないままだった。前に少佐にこの場所に連れてこられた時は考えていたことが空っぽになったんだがな…この違和感がどうすれば消えるのか全く分からない。」
そう言うと猟犬は再び延々と広がる青色の空と海に対して静かに腰を下ろし、光の灯らない視線を向けた。
スティラから向けられたものは嬉々として感じるものであったが、同時に今まで感じたことのないものになって張り付いて消えない違和感にもなっていた。
しかし自身でも言葉に言い表すことの出来ないことを、他人が分かるはずもない。
この違和感について苦悩している猟犬の横にスティラはすっと近づいて同じように猟犬の見ている風景に目を向けた。
しばらくは風の音を感じながら互いに口を開かない時間が続いていたが、無表情のままじっと広がる風景を見ていた猟犬の頭にスティラの手が伸びて置かれた。
「…!?スティラ?」
「えーと…正直に申し上げますとハリスさんのその悩み…私では解決できなさそうです…ね?すみません…ですがこうして悩んでいるのなら、私の知る方法でそれを少しでも無くせればと思いまして…これくらいしか私には思い付かなかったですがね…?」
猟犬は身体をびくつかせてすぐに声のした方へ視線を向けると、不安そうな表情を作りながら硬い笑みを浮かべるスティラの顔があった。
乗せられた手に対して反射的に腕を伸ばしかけた猟犬であったが、すぐにそれを引っ込めてモヤモヤとしたような表情を作りながらしばらくされるがままになっていた。
「(…やはり不思議だ…落ち着きとざわつきが同時にやってくる…)そうか…やはりスティラにとっては、この行動がこちらにとって1番いいと思っているのか?」
「はい…そうですね?ハリスさんから褒めの言葉を貰って嬉しかったのもありますが、私が思いつくのはやっぱりこの行動くらいでしたので…ですが、やはり拒否感がありましたかね…?そう感じたのならすぐに手を引きますが…」
「いや、そんなことはない…むしろ落ち着きが大きくなるのを感じるほどだ。」
「…!ふふ、それなら良かったです、ハリスさん。」
手を離しかけたスティラに視線を向けながらそう言うと、嬉しそうな笑みを作りだした。
距離感の掴み方があまり分からずにいる2人は互いに自分の知る方法を取っており、波引のように近づき、離れたりを繰り返していた。
そうして今は猟犬に対して近づいているスティラであったが、ハッとした表情を作って撫でる手を止めた。
「…ああ!思い付きました!そうです…あの、ハリスさん!この際、私の前だけでも『猟犬』として行動するのを控えるのはどうでしょうか?!」
「…?」
突如として向けられた言葉に対して?マークを頭の上に浮かべていた猟犬を見て、纏う雰囲気を少し落ち着いたものにしてからスティラは言葉を続けた。
「ああ、えっと…これは勝手な想像なのですが、なんだかハリスさんは、猟犬として求められていることを常に考えていることで取っ掛かりができていると感じまして…」
「……スティラには、それがこちらの違和感の原因に繋がっていると思ったのか?」
「は、はい…ですが、その……どうでしょうかね…?」
ポカンとした表情の猟犬を不安そうに見つめながらスティラは問いかけを行う。
今まで猟犬として命令として与えられたことを実行してきたためか、スティラから告げられたその提案には猟犬も不思議な感覚を覚えて固まっていた。
「分からない…こちらは今以外の生き方を知らない。こちらに求められているのは
「…理解しています。ですので、一度それを取り払ってみたらどうでしょうか?猟犬として求められて来た今までの生き方から、ただ1人の『ハリス』さんとしての自分の表し方をしてみるというのは…」
頭の中を巡る感覚は猟犬も感じたことのないものであり、強固に固められていた何かに綻びを生じさせる不思議なものでもあった。
そんな感覚に呑まれた猟犬はまるで引き金が壊れた銃のように、唐突に意思とは無関係に詰まり、固まった言葉を途切らせながら口から出した。
「…それで…変わることがあるのだろうか?こちらは何も…そうだ。何も分からないままなんだぞ?」
「あっ、もちろんそれには私も手伝いますよ!?私の把握していることを加えるくらいしかできないかもですが…それがハリスさんの気が楽になるのなら、嬉しいものですよ!」
「…いや、しかしスティラの手間をかけさせるわけにはいかない。だからそこまで踏み込まずとも…」
「…これを手間だなんて思いませんよ。そ、それに……私は…」
まだ不確定のものにスティラを巻き込まれる必要はないと語る猟犬であったが、スティラは目線を泳がせながらポツリと口を開いた。
「ハリスさんのことを知れて……少し嬉しかったですし…」
「…スティラ?済まない。あまりに小さくて聞き取れずにいたため、もう一度言ってもらえれば…」
「…ん?!あ、あーあー!ただの独り言ですのでご心配なく!ひとまず、ハリスさんの抱えている悩みの解消には
「…了解した。そうだな…スティラの言う通りで考え込むだけでは何も変わらないな?ああ…ハッキリとそう言ってもらえて感謝する、スティラ。」
「(…!心なしか少しスッキリしたような…)…では、戻りましょうか。今日は…ハリスさんのことを知れて、良い1日となりました!」
まだ明確なものにはなってはいない。
しかし、ただその影響によって足を止めることはないように改めて気持ちを入れ替えた猟犬は、夕日に目を細めながらゆっくりとレーヴルの道を歩き出した。