戦火の心臓   作:Navi

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〈11〉戦火の心臓

 

「っ…!帝国(アーチス)…!本気で侵攻の手を緩める気はないのか!?ハインドレートからの砲撃はさすがにどうしようもないなっ…!」

 

「あんなものを次々に撃たれたら、さすがにキツい……大佐の命令はまだか?」

 

「っ…まだ待機とのことです!こちらは砲撃の影響を避けつつ、動向を逐一報告するようにと…!」

 

「(…っ、このままか…!あのバカでかい軍艦の残骸回収もまだ終わってないのに、本当に息を吐く暇すらない…!)」

 

 灰色の雲に覆われた空の下、スチードの隊員たちは沿岸沿いに茂る木々の陰から、海上で砲撃を行う複数の軍艦の動きを注視していた。

 前回の帝国(アーチス)の侵攻から約2週間。

 それまで動きを見せていなかった帝国(アーチス)は再び海上からスチードへの侵攻を開始させた。

 鉄の雨となって降り注ぐ砲撃は、木々を薙ぎ倒しながら少しずつ、隊員たちの身を隠している地点にその攻撃の手を伸ばし始めていた。

 

「っ、だああっ!!おい、もっと距離を取るぞ…!帝国《アーチス》は前回の侵攻で必要以上に詰めてはこなかったはずだ……ここから一旦、安全圏まで引く…!今は耐えるしかない……!」

 

「…なら、噂に聞く猟犬とコルディセスから来た人間の到着を待つってことですね…!?」

 

「…!了か……っ!?」

 

 小さな人間1人と比べても余りにも巨大な軍艦であっても、その距離を詰めることができない理由が存在した。

 それが猟犬とコルディセスからやって来たスティラという人間の存在であった。

 この2人の存在によってスチードは帝国(アーチス)の侵攻を受けるにあたって、必要以上の人員の犠牲を防ぐことが出来ていた。

 

「(今のは…ハインドレートから…!?)」

 

 その姿を実際に目にした人間はまだまだ少数であり、この場にいるスチードの隊員も話として流れてくるものでしか情報を得られていない。

 大佐や少佐の判断で選ばれた人間というだけあり、その力にまつわる噂はスチード内部でも好意的に語られていた。

 しかし、そんな戦力として十二分な力を持つ2人によって生まれる安心感を突いた隙や想定外の攻撃に対する対処には…どうしても後手に回ることになる。

 

「…なんだ…一際デカい音が…」

 

「…っ!?あれは一体…!?」

 

「(やばい…!今までの砲撃とは違うものか…身体を露わにしてモロに受けるよりも…!)…全員!!そのまま身を屈めて衝撃に備えろ!!」

 

「「了解…!!」」

 

 一際巨大な轟音と共に軍艦放たれた砲弾は灰色の空を赤い火花を散らしながら向かって来ており、その光を見るだけでも全身から悪寒がめぐるほどのものであった。

 偵察隊としてやって来ていた数人のスチードの隊員たちはすぐに近くの岩場に隠れたが、かつてハインドレートの燃え盛る海を目の当たりにしたその隊員は、その場にいる誰よりも激しく身体を震わせていた。

 

「ま、まず…い…あ、あれは…」

 

 戦争とは、時の流れとともに変わり続けてきた。

 ぶつかり合う思想や戦術は人間の知恵と欲望によってより深く、より冷酷な様相を帯びてゆく。

 そうした変化の果てに生まれた『兵器』は、人を跡形もなく分解するほどの破壊力を持つに至っている。

 

「っ…全員死ぬ覚悟は持っていろ……ここで終わっても大佐には必ずーーなっ!?」

 

 だが、それでも人の身でありながらその非情な変化に抗う人間がいるのもまた事実である。

 そして希望を失っていない者の目には、その打破のための『何か』が確かに映るのだ。

 灼熱の業火に焼かれる未来を覚悟するように怯えている隊員のすぐ横で、放たれた砲弾の軌道を岩陰から顔を出して見ていた隊員の目にあるものが飛び込んできた。

 

「(誰…だっ!?あんなところで何をして…!)」

 

 その視線の先にいたのは、背丈ほどもある巨大な兵器を肩に抱えどこの国のものでもない水平帽をかぶった小柄な少女だった。

 いつからそこにいたのか分からなかったが、身を隠すことなくその場に立つという明らかな自殺行為を取っていた。

 その少女の正面から赤い火花を散らしながら迫る砲弾は、見ただけで背筋が氷のように冷たくなるほどである。

 しかしその少女は、赤い火花が身を引き裂く脅威として近づいている中で、手に持っていた武器を構えて先に存在している軍艦に鋭い目を向けていた。

 

「(一体何を考えて…!)お…い……っ!?」

 

 呼びかけかけようとしたその瞬間、少女の背後から閃光のような電撃が一直線に放たれ、迫ってきている砲弾へと叩きつけられた。

 直撃と同時に凄まじい爆発による熱風と衝撃が海を激しく揺らし、息もできないほどの熱風と轟音の中、スチードの隊員たちはただ身を屈めてやり過ごすしかなかった。

 

「ひ、ひぇぇ…!?」

 

「っ…!すげぇ衝撃…だな?!」

 

「(今の攻撃は一体…あそこに立ってるのは1人だけのはずだぞ…!?)」

 

「………」

 

 少女は正面から熱風を浴びながらも一歩も動かず、姿勢すら崩さなかった。

 身体が煽られることもなく、ただ静かに平然と立ち尽くしていた。

 そして、軍艦との間の波が高く打ち上がり、それが衝撃が通り過ぎたことによって落ち着きが見え始めたタイミングで、少女は手に持つ兵器の引き金を引いて炸裂による轟音を響かせた。

 距離的に近い場所に身を隠しているスチードの隊員たちは鳴り響いた音に顔を顰めながら思わず耳を塞いだ。

 

「…っ!?こ、今度は一体…!?」

 

「(本当に何が何だか…今度はこっち側から音が…!?)」

 

「ぐっ…備えろ…!もう一度同じような衝撃が来るぞ…!!」

 

 放たれた砲弾は向かって来ていたものと同じように激しい火花を散らして遠く存在している軍艦に向かって一直線に向かって行く。

 そして波の音を激しく切り裂く轟音が止み、一瞬、世界が凍りつく。

 次の瞬間、先ほどの比ではない閃光と爆音が襲いかかった。

 

「「…!!?」」

 

 その一撃によって海の唸りは激しさを増し、遅れてやってくる熱風と衝撃によって周りの木々が葉をざわつかせながら大量に散っていく。

 しばらくして木々と爆発による騒々しい音が止んだタイミングで身を屈めていたスチードの隊員たちは深くため息をついて立ち上がった。

 

「……は、はぁ〜〜…や…やっと止んだんですか…?」

 

「(っ…2度もあんな衝撃が襲ってくるのは流石に聞いてな…)…!?なっ…これは?!」

 

「……何ですか…これ…」

 

 岩陰からすぐに身体を外に出して先の景色を目にしたスチードの隊員たちは言葉を失っていた。

 未だ慌ただしく波打って向かってくる海の先、そこが海の上だとは思えぬほど、炎が地平線まで横一面に広がっていた。

 鈍色の暗い空の下に映る炎は水平線の先から顔を覗かせた太陽の光のような温かさを感じさせず、聞こえてくる音も打ち付ける波の音と合わさっておどろおどろしい怨嗟の声が響いて聞こえてくるようなものであった。

 

「(以前の報告にあったあの風景だ…これは…本当に現実なのか…?)」

「あっ…おい!モロに衝撃を受けただろ!?無事か…!?」

 

「…!…あっ…皆さんご無事でしたでしょうか…?…報告を受けて駆けつけました、スティラ…です…」

 

 沈黙のまま燃える海を見つめていた隊員たちに気づき、水平帽を取ったスティラと名乗る少女が持っていた兵器を担ぎ直してやってくる。

 先ほどの張り詰めた雰囲気から一転した、どこか怯えが滲んでいるその表情を見て隊員たちもやっと燃え広がる海上から意識を目の前のスティラの方に移した。

 

「い、今の…君がやったのか?あの軍艦を…?」

 

「(スティラって…確かコルディセスからやって来たって噂の…)」

 

「…はい…大佐の命によってスチードへ力添えさせてもらっています。…こうして皆さんのお会いするのは初めてでしたね?ですのでこのようにご挨拶を…」

 

「スティラ、大佐からの命令の実行は完了した。このままスチードへ帰還するぞ。」

 

「うおっ…!?だ、誰だ!?」

 

「…!?いつの間に……ぅっ!?」

 

 頭を下げて深々と礼をしたスティラのすぐ横から気取られることなくもう1人の人物が現れたことで場の雰囲気がさらに変化する。

 突如として聞こえて来た声に対してスチードの隊員たちが驚き視線を向けた瞬間、スティラの隣にもう一人の人物が立っているのに気づいた。

 泥に汚れた頬を無造作に拭いながら、背には数個の兵器。

 これを見た隊員たちは本能的に警戒の色を濃くする。

 

「…こちらのことをそう警戒しないで欲しいんだが?」

 

「…!あ、あぁ…悪い…(この威圧感……まさか…)」

 

 最初はその人物に反射的に敵意のこもった目を向けていたが、吸い込まれるような光の灯らない瞳を見た瞬間にすぐその場の雰囲気が逆に呑まれて言葉を詰まらせた。

 だが、それを意に返さずに淡々とした口調で現れた人物が口を開く。

 

「だが、驚かせたのなら謝罪する…こちらは猟犬。大佐の命令によって帝国(アーチス)の殲滅にやってきた。」

 

「…!あーっと…マジか?君が噂の…?」

 

「(コイツが『血まみれの怨霊』ってこと……いやいや、やっぱり流石にそれは…だが本当にまだ見た目通りの子供…だな?)」

 

「(…色々と噂には聞いてたが初めて見た…)…いや、こちらも警戒して失礼した…こうして来てくれて感謝するぞ…猟犬?」

 

「問題ない。こちらは命令に従っただけだ。」

 

  コルディセスでの奪還作戦の際、帝国(アーチス)の部隊をたった1人で殲滅した……そんな誇張とも思える話を、スチードの隊員たちは噂として耳にしていた。

 その話の中心人物が今こうして目の前に現れた「猟犬」だという事実に、彼らは思わず言葉を失う。

 さらにここ数週間、この話に付随するように「戦場を徘徊する血まみれの怨霊」がいるという不気味な噂も広まっていた。

 そしてその正体が猟犬であると知ったのも、ちょうどこの数日。

 このようなおどろおどろしい話の数々と想像していた姿との乖離に戸惑い、彼らは思わず身体を強張らせた。

 そうしてこのまま滲み出ている不穏な雰囲気によって張り詰めた空気のまま話が進んでいくと思っていたが、やってきた猟犬に顔を近づいたスティラは耳打ちを行った。

 

「…目的は完了しましたよ?ここからは別に猟犬と名乗らなくてもいいんじゃないですか?」

 

「いや、しかしだな…少佐や大佐からは不用意に真名を伝えるなと言われているんだが…」

 

「ですが…同じスチードの方々になら問題ないと思いますよ?感じている違和感の解消にはまず他の人との会話を行うのも一つの手でしょうし…」

 

「……だが…」

 

「……このままだと、誰も『猟犬』さんとしか呼ばなくなっちゃいますよ?…そうなったら、もうずっと『それ』になっちゃいますよ?」

 

「…それもそうか?…了解した。」

 

「「…っ!」」

 

 ヒソヒソと話す2人をスチードの隊員たちは口を開かず黙って聞いていたが、猟犬がじっと暗い視線を送ったことで再び空気が引き締まる。

 目の前にいるのは様々な暗い噂を持つ猟犬であり、実際に対峙しただけでも自分達よりも小さい身体から感じる圧というものはかなり大きなものであった。

 隊員たちが発せられている圧を感じて萎縮している事を理解したためか、猟犬は目を閉じて視線を合わせないようにしながら口を開く。

 

「…こちらは、猟犬という名がスチードの中で広がっていることは把握している。大佐や少佐の命令を聞くだけの兵器のような人間という認識が広がっていることも、そして気味の悪い人間という見方をされても仕方がないこともな。」

 

 自身に向けられる視線の中に含まれる恐怖や薄気味悪さに対しての言及を行う猟犬の表情は、変わらず無表情のままであった。

 『余計なもの』として扱えと言われ続けてきた猟犬にとって、そうした視線は慣れたものであり、今さら大きく心を動かすこともない。

 それでも、こうして言葉にして他者の認識と向き合うことで、自分がどう見られているかを改めて確認しようとしたのだ。

 ある意味これは、『猟犬』として戦場に立ち続けてきたことで感じてきた自分に対する答え合わせと言ってもいい。

 猟犬の言葉にスチードの隊員たちはしばらく動きを見せていなかったが、少し間が空いた後に表情を小さく緩ませた隊員たちから言葉が返って来た。

 

「ああ…こっちも話に聞いているだけで面と見たのは今回が初めてだ…だが、スチードの防衛のために身を捧げているということは把握している。こうしてロクに動けずにいたこっちを助けてくれて感謝するぞ、猟犬。」

 

「そ、そうそう!俺たちは君のことをあんまり不気味な人間なんて思ってないからな!?だからー、そのー…そんな自分を卑下しなくてもいいからな?むしろ俺は君みたいな子を戦場に立たせていることが申し訳なく思ってるしな…ありがとうな、猟犬?」

 

「…!そうか…」

 

 初めて真正面から向けられた視線と言葉を受けた猟犬は、目を見開き、少し意外そうな表情を浮かべた。

 初めて自身を見る視線から面と向かって立ち会った猟犬は目を開き、意外そうな事を聞いたような表情を作りながらも向けられた言葉を静かに反芻した。

 敵意でも命令でもない純粋な『感謝』。

 これまでの戦場には存在しなかった、不思議な温度を持った言葉だった。

 撃ち殺すために対峙する帝国(アーチス)の隊員から向けられる負の感情がこもった視線しか受けてこなかった猟犬にとって、こうして感謝の言葉をもらう事自体が不思議な感覚を覚えるような体験であった。

 

「(…やっぱり、気にしていたんですね?ですが、こうしてハリスさんも自分が悪いように思われていないことを把握してもらえて…)」

 

「そう…だな?こちらもスチードのためにこれからも力を出し切ることを約束する。それと…『ハリス』……それが猟犬ではない、こちらの本当の名前だ。」

 

「…!なんで名前を…?」

 

「…はぁ……スティラ、言うべきことはこうして伝えた。こちらは早く大佐の元へ戻るぞ。」

 

「…あっ!?ま、待ってくださいよ、ハリスさん!お先に失礼します…うあ…?!は、早いですって…!」

 

 顔を背けながら名前を口にした猟犬は、すぐに踵を返してその場から離れるために歩き出した。

 スティラはもう一度その場に残っていた隊員たちに会釈を行うと、急いでもうかなりの距離まで離れていた猟犬に駆け足でついていった。

 会話の時間としては数分とも満たないものであったが、それでも猟犬を見ていた隊員たちの目からは気圧されるような圧を感じるという感情はかなり薄れていた。

 

「…噂やら何やらで色々聞いてましたけど、想像以上に人らしい子じゃなかったですか?それにスティラって子も、裏表ないような感じでしたし?」

 

「…だな?はぁ…よし、俺たちももう少ししたらスチードへ帰還するか…同じように戦場に立つ人間として、あの2人だけにスチードの命運を握らせるわけにはいかないからな?」

 

「そうですね…」

 

「ふーむ……しかしなんだか、実際に立ち会うとこっちもやる気みたいなの湧いてきましたけど…はは、俺って単純ですかね?」

 

「…いや、そんなことないと思うけどな…とりあえず今から帝国(アーチス)の兵器の解析のために砲弾の回収からして…」

 

 猟犬の意思の表れを感じたためか、2人の離れていく姿を見ていた隊員たちは目線を外しながら火の収まった海上に身体を向けて歩いていった。

 雲の切れ間から差し込む薄陽が、冷えた空気にわずかな温もりを添えていた。

 

*******

 

「ふぅ…なるほど。今回の帝国(アーチス)侵攻の対処、ご苦労でした。前回から少し期間が空いたとはいえ迅速な対応…感謝します。」

 

「は、はい!そう言ってもらえて嬉しい限りです、大佐!」

 

「………」

 

 スチードへ戻ってきた2人はそのまま任務完了を伝えるために大佐の元へやってきていた。

 一通りの報告を終えてから返ってきた大佐の感謝の言葉を受けて嬉しそうな表情をしているスティラとは別に、猟犬は頬杖をついて口を動かしている大佐に対して目をじっと向けていた。

 

「……んん?どうしましたかね、猟犬?」

 

「いや、大佐の表情がいつもより優れていないように見えた。何か今回の防衛で感じることがあったのなら話してもらえればこちらとしても助かる。」

 

「…!ああ、それならごめんね?表情に出て心配させていたのなら申し訳ない……いやぁ、僕もダメだね?しっかりと睡眠は取ってるはずなんだけど、気を張ってるからかあまり疲れが取れていないようだね…はぁ〜…」

 

 猟犬の指摘によって苦笑いを浮かべながら大佐は天井に目を向けて椅子をくるりと一回転させた。

 だが、今度はそんな大佐の様子を見ていたスティラが猟犬と同じような目線を向けながら口を開く。

 

「初めて見ました…大佐はこんなに砕けたような口調で話すこともあるのですね?いつもの雰囲気と変わって見えて新鮮です。」

 

「…!あっ、これも不覚だった…君たちに違和感を持たせてしまったね…んんっ、ではこれで……あっ。」

 

 スティラからの指摘を受けて気恥ずかしそうにした大佐は一度息を入れ直して雰囲気を元に戻した。

 そして話の終わりを切り出そうとしたタイミングで何か思い出したような表情を作って再度2人へ視線を向けながら口を開いた。

 

「そうそう、伝え忘れるところでした…先ほど来た追加の情報になります。少佐からの報告は猟犬が随時受けていると思いますが、コルディセスの防衛も少佐の指揮の下、問題は見られていないようです…コルディセスに対して不安があったと思いますが、安心して下さいね?スティラ。」

 

「…!そうでしたか…!やはり不安は拭いきれていなかったのでそれが聞けて、良かったです〜…」

 

 自身の故郷でもあるコルディセスの状況を聞いてスティラは心底ほっとしたように微笑んだ。

 1人こうして別国に足を踏み入れていることもあり、ソワソワと心配する気持ちが湧いていたがこうして状況をしることが出来たのはスティラにとって喜ばしい事であった。

 

帝国(アーチス)の動きは鈍くなりつつも、いつ本格的な侵攻が再び起こるかは分かりません。…お二人には、これからもそれに警戒を向けていて欲しいです。帝国(アーチス)に動きが見られたら引き続き動きの指示を出すのでそのつもりで。」

 

「はい!承知しました!」

 

「…了解した。ではこちらはこれで失礼するが…大佐。気張りすぎるのは良くないだと少佐は言っていた。少しでも無理をしないようにしてもらえればこちらもありがたい。」

 

「…!そ、そうですね!大佐はこの国にとって動きの要になる方です!ですので…ハリスさんの言う通り、しっかり気を休めて下さいね…?」

 

「……ええ、善処しますね?」

 

 2人から気遣いの言葉を受けた大佐はしゅんとした顔になりながら部屋から出ていった2人を見送った。

 そして2人とすれ違うように部屋に入ってきた隊員が机に突っ伏している大佐を見かけると、すぐに焦ったような表情になって近寄ってきた。

 

「…!?だ、大丈夫ですか、大佐!?」

 

「あー…ごめんごめん……少し憂鬱な気分になっててねー……ねぇ?君は猟犬を見て何か変わったなって思うところ、ある?」

 

「え?あぁ…そうですね……はあ、猟犬の変化…」

 

 軍事帽を机の上に逆さに置きながら、のっそりと起き上がった大佐は入ってきた隊員に向けてそのような問いかけを行った。

 この問いかけに何か重要な意味があるのではないかと勘繰った隊員から詰まった言葉しか出てこなかったが、大佐は答えを聞く前に先に言葉を口にする。

 

「…僕や少佐と離れてから、目に見えて本当に少しずつ変わっていってるね?特にスティラ…あの子と対面してからそれは顕著に感じられるね?」

 

「…大佐は猟犬のことをかなり気に掛けていますよね?やはり彼を手塩にかけて育てた思いが強いからですか?」

 

「…うん…そうだね?あの子は僕の理想に近い人間に成長している。慈悲を持たずに淡々と敵を手にかける兵器と呼ぶに相応しい人間…から、人らしさが少しずつまともに育っている人間にね…そんな成長を感じられて、僕も感慨深いのかなぁ…?」

 

 肯定しながらも、どこか悲しさを感じる笑顔になった大佐。

 これを見た隊員はその表情に込められている感情を察して踏み込むべきか少し考えを巡らせた後に話を始めた。

 

「……猟犬がスチードに戻ってきてから、この国では様々な猟犬に関する話が至る所から聞こえてきています。…やはりこれが気になっていますかね?」

 

「…まぁね?少しだけでもその姿を見たという人間もこの数週間の間にもかなり増えているはずでしょ?…でもその視線に含まれているのは、決して肯定的に捉えれているものではないはず。」

 

「…!それは…」

 

「別に気にする必要はないよ。得体の知れない、身体を血に染めながら帝国(アーチス)に牙を向けるために作り出された人間…それが猟犬。目的からそういう目で見られるのは僕だって分かりきっていたことだしね。」

 

 この時、思い出されていたのは猟犬が周りに向けている濁った影を落とした暗い瞳。

 自らの意思を殺して命令通りに動き続ける人間であるという証明としてこの上ないものになっているそれを思い出して、大佐は隣に立つ隊員にバレないように口元を手で隠しながら一瞬笑みを作り、再び落ち着いた表情に戻して椅子に深く座り直した。

 そんな大佐の様子を見ていた隊員はため息を吐く大佐に対して話題を変えるために声をかける。

 

「…大佐。余計な心配になるかもしれないですが、気分や体調が最近優れていないように見えますよ?特に表情が日に日に暗くなっているような気がします…」

 

「…猟犬にも同じようなことを言われたよ。でも…猟犬は僕の命令という、自分に与えられた役割を果たしている。それなら僕も同じような精神を削って無理をするのも役目の一つ…あぁ、でももちろん、加減はするつもりだから心配しないでね?」

 

「(……この人は…)そうですか…その言葉、信じますよ?」

 

「うんうん、そのままいいように見てくれればこちらもありがたいよ。行き先が決められた立場って…本当に憂鬱で面倒くさくて堪らないよね…」

 

「…えっと…大佐?今日は自分から一杯奢りますよ?」

 

「…おっと?はは、それならありがたく同行させてもらうけど、心配しておだててもらってもこっちからは何も出せないよ?」

 

「…そんな邪な気はありませんよ。労いですよ、労い。」

 

 同じ事を指摘されたと穏やかな笑みと軽い雰囲気のまま言う大佐に流されて自然と隊員の心配するような感情は収まり、大佐と同じような雰囲気に変化させる。

 大佐は笑いながらその隊員の肩を叩いて立ち上がり、軍事帽を被り直してその部屋を後にした。

 

*******

 

「……以上が報告だ。前回の帝国(アーチス)の侵攻時に報告を行えなかったことは謝罪する。しかし、こちらは問題なく対処を終えることができた。少佐も、コルディセスの防衛ご苦労だったな。」

 

「『…まさかお前から労いの言葉をかけられるとはな?まぁ、その様子だとスチードではオレがいなくても上手くやれているようだな?…それで、一応聞いておくがアトマの家に入り浸って迷惑かけたりはしてないよな?』」

 

「ん…ああ、問題(ぼんばい)ない。」

 

「『ものを口に入れながら話すな、全く…』」

 

 スチードの一角にある自室へ戻った猟犬は軍用食を口に運びながら通信機に向かって話しかけていた。

 通信の相手はコルディセスに赴いている少佐であり、こうして定期的なスチードでの報告を行っていた。

 前回の反省を活かしつつも、猟犬にとってはこうして少佐との会話を行うことが密かに楽しみにしていたことである。

 

「んぐ…最近はスティラと行動を共にする事が増えている。少佐が心配せずともこちらは支障のない時間を過ごしている。」

 

「『……スティラとか…なあ、ハリス。お前から見てスティラはどういう人間だ?一緒に行動を取っているのなら、初めて会った時と比べてかなり違ったものが見えてきているはずだ。』」

 

 少佐の言葉に猟犬は口をつぐんで色々と考えを巡らせた。

 期間としてはすでに数週間が経過していたが、特に見えているものに変化というものは生まれていない。

 しかしこうして最初に対面した時から比べて変わっていないのは、それほどスティラが表裏のない人間だったからというべきが正しいのかもしれない。

 少し間を置いた後、猟犬は現在進行形で自身が感じている事を少佐に対して初めて口にした。

 

「…なんとも言えないな?だが、不思議な人間だという感じではある。」

 

「『…不思議な人間?』」

 

「ああ…そうだな?スティラと対面してからざわつくような違和感を感じる事が増えたな…まるで、近くにいるのに輪郭が掴めない霧のような感覚で…現在は、スティラとその解消のために動いているが特に変化は…」

 

「『………』」

 

「…?どうかしたか、少佐?」

 

 言葉の途中で通信機越しに少佐の様子の変化に気がついた猟犬は中断して問いかけを行った。

 いつもならすぐに返答が返ってくるはずであったが、待っても先から何も聞こえてこないことをおかしく感じて再度呼びかけを行う。

 

「…少佐?何かがそっちであったのか?」

 

「『…!悪い、ちょっと考え事をしていただけで問題はな……いや…なあ、ハリス。』」

 

 意識をハッとさせたような低い声が聞こえて来たためか、猟犬はすぐに目つきを鋭くしてじっと通信機の先から帰ってくるはずの言葉を待った。

 

「『…あー……やっぱり何でもない。言おうとしていたことを忘れたな…』」

 

「…そうか。様子から何か重要な内容になりそうな予感がしていたが、そんな事はないみたいだな?」

 

「『…まあ、そうだな?……いいか、ハリス…再度言っておくが、戦場に立つにあたって余計な感情は切り捨てるようにしろよ?』」

 

「…ああ、了解した。」

 

「『……これはオレからの『命令』だ。』」

 

「…?それはどういった…」

 

 少佐の様子に気になる部分があったが、それに言及するよりも先に通信機からぶつりと切れる音が聞こえた事で強制的にその試みは終了させられた。

 わずかな心残りを抱えつつも、猟犬はこれ以上考えるのは無駄だと判断し、その想いを思考の外へ追いやった。

 そして、静かに暗い夜を迎えた。

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