戦火の心臓   作:Navi

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〈-〉戦火の心臓

 

「いいか…!!このまま前線は保つようにしていろ!帝国(アーチス)の兵を1人もコルディセスに近づけさせるな…!!」

 

「…っ…しっかしこの数はあっち側も本気だな…!まっじで……前回の撤退からここまで一気に攻め直してくるか、普通!?」

 

「口を動かして愚痴を吐いても帝国(アーチス)の動きは止まらないぞ!!今は目の前の人間を撃ち殺すことだけに意識を向けろ!!」

 

「わーかってるよ!!」

 

「りょ、了解…!!」

 

 コルディセスから少し離れた荒野には無数の銃声や叫び声がこだましており、大量の人間が手に持つ武器の引き金を引いて火薬の匂いが漂う火花を散らしていた。

 コルディセスを背に構える兵士たちの前には、多種多様な兵器を携えた帝国(アーチス)の大軍勢が広がっていた。数えるのも億劫なほどの数だ。

 突如として再び大規模に始まった帝国(アーチス)によるコルディセスの侵攻。

 帝国(アーチス)の兵器の砲撃による巨大な爆発音が戦いと合図となって響き渡り、多くの人間の血が流れる事となる戦いが始まった。

 

「(まだ…地形の理はこちらにある…!狭い峡谷と自然の遮蔽物…だが、それでも相手の兵器の火力には抗えない…それでもここまで俺たちが抑え込められるとはな…!?)」

 

「っ…堂々と夜に奇襲をなんて思ってたのか、帝国(アーチス)は…!それは本来こっちに分があるってのによ…!!」 

 

「あんまり気を抜くなよ!こっちは分散している末端の足止めをしてるに過ぎない!まだまだ後方から増援が来ると思え!」

 

「だーから、分かってるって…!」

 

 コルディセスは今回の大規模な侵攻の前に数回、規模としては小さいものであるが帝国(アーチス)の侵攻を受けており、その全てを退けることができていた。

 しかし、数としては不利な状況であるにも関わらず全ての侵攻を防ぎ切ることができたその大きな要因の一つとして、ある人物の存在があった。

 

「はっ、はは!アイツら、また攻め手を変えられて慌てていたみたいですよ…!しかしスチードだけでなく、この国でも『英雄』と呼ばれている理由…あの人の言葉を聞いているだけでもそれが分かります…ね!」 

 

「…ああ!本人はあまりいい顔はしないが、戦場での把握能力は大佐を除いたスチードの総力をあげても勝てないレベルだ…!それに加えて本人が戦場に立てば…」

 

「『ポイントA、Bに告ぐ!特に侵攻が激しいポイントC地点に『スチードの少佐』が向かった!繰り返す、ポイントCに…」

 

 木々の間から足を進めようとしている帝国(アーチス)の軍隊の動きを停止させるために引き金を弾き続けているスチードとコルディセスの隊員の数の利をものともしない表情には、疲労が滲みながらも確かな自信と誇りがあった。

 そして帝国(アーチス)が攻めきれずにいる原因の人物について語り合っていると、所持していた通信機から声が聞こえ、それを聞くと今度はそれに驚きつつも笑みを浮かべた。

 

「…!!(噂をすれば…!)」

 

「…よっし!アンタらの少佐が動いたなら指揮系統はそれぞれのポイントの人間に分割されたことになる…そんじゃあ、こっからは頼むぞ!」

 

「…ああ…!これより俺がこの地点の指揮を取る!防衛開始前の動きを取るよう注力しつつも、前線の維持と少佐のところへ1人として向かわせないようにするぞ!!(こちらは出来るだけ抑えます…少佐、どうかご無事で…!)」

 

 報告を受けた隊員たちは動きを高めて散り散りになって帝国(アーチス)に向かっていった。

 その場に残っていたスチードの軍服を身に付けていた隊員の1人は帝国(アーチス)のいる方向とは全く違う場所に向かって一度敬礼を行い、戦火が飛び散る戦場を駆けていった。

 

*******

 

 深紅に燃え広がる炎は木々を焼き尽くし、その下には息絶えたコルディセスの人間の多くの死体が転がっていた。

 コルディセスを正面に捉えた帝国(アーチス)の軍勢の多くは車輪を携えた大量の兵器を引き連れて進み続けており、他の地点と比べても押されている状況であった。

 巨大な砲台から放たれる一撃は地面を深くまで抉り取り、何度も爆発音を響かせては延々と炎を広げている。

 帝国(アーチス)の隊員たちはその動きを早めてコルディセスに向かっていたが、それを遮るように1人の人物が大量の軍勢の前に立っていた。

 

「…!前方にスチードの敵影!だが…たった1人だと?」

 

「…関係ない!こうして他の地点の動きが弱まっているのならすぐに焼き払ってでも……っ!?後方部隊!砲撃開始しろ…!」

 

 突如として現れたスチードの軍服を身にまとう人物が現れたことで帝国(スチード)側の動きが止まりかけたが、ゆらりとその人物が銃口を向けたことによって砲弾が発射され巨大な煙が上がった。

 しかしその煙の先から響いた銃声の音と同時に数人の隊員が倒れ、さらに続けて正面から煙を割って砲撃を食らわせたはずの人物が姿を現した。

 その人物は、固まりかけた帝国(アーチス)の前線に躊躇なく突撃した。

 

「…!?(早…)」

 

「来るぞ…!!」

 

 手の中に握られている銃口が火を噴くたび、帝国(アーチス)側の人間が次々と倒れていく。

 一気に表情に焦りが見え始めた帝国(アーチス)の間を割って進み、今度はまだ火の燃え広がっていない場所に飛び込んでいきつつ影に染まった木々の隙間から確実に帝国(アーチス)の数を減らしていく。

 

「(この隙間を縫うような今の動き…!)まさか…コイツが猟犬か…!?」

 

「いや…!猟犬はスチードのレーヴル山岳帯で姿が確認されているはずだ!今のは猟犬ではない別の人間なのは確実…!」

 

「なっ…!?それなら今のは一体…ぐっ!!」

 

 向かってくる銃弾の発射地点に向かって一斉に攻撃が向けられるが、その隙間を掻い潜るように正確な銃撃が行われて次々と帝国(アーチス)の隊員たちは死体となって倒れていく。

 さらに銃撃の間に投げ込まれた爆弾が砲台を持つ車輪の兵器を爆破させ、粉々に砕かれた周りにいた帝国(アーチス)の隊員たちの身体を貫いた。

 陣形が崩れたタイミングを見計らってか、再び木々の隙間から飛び出した人影は地面に落ちていた帝国(アーチス)側の銃火器を走りながら軽く蹴り上げて拾い、絶え間ない銃撃を掻い潜りながら崩れた陣形の隙を突き、そのまま戦線の内側へと食い込む。

 そうしてその人物が、直線上に進みながら進行方向にいる帝国(アーチス)の隊員を撃ち抜いて強制的に道を作り出して反対の森の中へ再び飛び込んでいく。

 動き回るその人影から目線を切らないようにしていた隊員たちは人影が飛び込んでいった方向に向けて銃撃を行ったが、その場にいた全員が消え隠れする人影に目を向けていたことによって足元の死体に隠れるように置かれていた爆弾に気づかないでいた。

 

「(奴は一体何者だ!?猟犬でもないのに何でこんな…っ!?)しまっ…」

 

 意識を木々の影の先に向けていた帝国(アーチス)の隊員たちの身体が足元から閃光が放たれたと同時に弾け飛ぶ。

 これには帝国(アーチス)側も銃撃が強制的に停止させられ動きを止めることになったが、それを見逃さずに再び現れた人影が巻き込まれずに残っていた隊員を撃ち抜いていく。

 そして最後の1人が心臓の動きを止めて地面に倒れ伏すと、焦げつく空気の中で立っているのは今まで帝国(アーチス)を乱し続けた人物…少佐のみとなった。

 軍事帽を被り直した少佐はポケットから取り出した紙筒を咥え、先端に火をつけてそれを吸い込んで深く息と共に煙を吐き出した。

 

「はぁーー…無傷は流石に無理だったか…(…錆びた身体にしては、多少は削られたがぼちぼち動けたな…)」

 

 今の戦闘で攻撃が掠って出血した腕の部位をなぞりながら小さく顔をしかめる。

 そして、口の中に溜まった煙と共に再びため息をついたが、目つきを細めて睨みを効かせた表情となった。

 

「…!っと……帝国(アーチス)の援軍か?」

 

「…なっ!?こ、これは一体…いや、それよりも奴は……スチードの『英雄の片割れ』か…!?」

 

 新たな足音と地面を削るような音が聞こえてきた事で、少佐は紙筒を燃え残る地面へ弾き飛ばし、転がる銃火器を拾って援軍の方向へ向き直った。

 そして帝国(アーチス)の援軍にやって来た他の隊員たちは、目の前に転がる帝国(アーチス)の人間の屍の先で一人立っている少佐の顔を見て、目の奥に恐怖の感情を閉じ込めて動けなくなる。

 だが、その中に一人、ニヤついた笑みを浮かべたまま歩み寄る人物がいた。

 

「…へえ?それならお前が無様に死んだあの人間の片割れ生き残りってことなのか?キヒヒ…とっくに恐怖で足を震わせて戦場に立つのを逃げてたか、気付かれずにどっか野垂れ死んでいたかと思っていたが…まさかここで会う事になるとはな?」

 

「……!(マルク中佐…!?)」

 

「…………ああ?」

 

 この光景を目にしても歩みを止めずに向かってきた帝国(アーチス)の軍事帽を深く被るその人物は、他と比べても一回り大きな兵器をぶら下げるように手に持ち、見下すような嘲笑を作り出して少佐に向けて言葉を口にした。

 しかしその言葉を聞いた少佐は目を細めながら心底不快そうな低い声を口から絞り出し、一切の表情を消したまま反射的に手に持っていた銃火器を歩み寄ってきた人物に突きつけた。

 たった1人であっても、その押し潰すような威圧感だけでも後ろに控えていた帝国(アーチス)の隊員たちは恐怖で動くことはできなかったが、銃口を向けられているその人物は表情を崩さないままであった。

 

「…おっと、聞こえなかったか?…ああ、それともアレがトラウマにでもなって忘れたくて仕方ないからか?…それともこう呼ばれたいのか?虚像の英雄の皮を被った『黒狼』?」

 

「(…!この呼び名…まだいたのか?オレとアイツのことを知る帝国(アーチス)の人間が…)チッ…なんでその名前を知ってんだ……お前は何者だ?」

 

「…お前と同じ時間を生きた人間ってことだけ言っておこうか?しかし年増の人間の扱いが酷いのはどこも一緒みたいだ……だが、俺としてはまだ4年前の怨念がまだこうして戦場に縛り付けられていることに驚いたな?…殺した数に比べてお前は長生きしすぎだぞ…いい加減死んでくれよ……黒狼?」

 

 飄々とした様子のその人物はじっと軍事帽の影の下から霞んだ橙色の目を向けて言葉を口にしたが、それを聞いた瞬間に少佐がまとう雰囲気がさらに大きく、威圧的なものに変化した。

 少佐は敵意が感じ取れない目の前の人物に警戒心を高めており、特に自身の過去について把握している人間がまだ生きている事に表情から驚きを隠せていなかった。

 しかし、すぐに漏れ出るように溢れていた驚きと殺意をスッと身体の奥に隠すようにし、最初の動き出しが読まれないように淡々とした様子で口を開いた。

 

「…お前の言う通りこっちはもう戦場という場所に立つことを避けて死んだ身だ。…だからオレとしてはこうして過去の火種を持ち込ませるのは勘弁させてほしいと思ってるんだが?それに長生きもなにも、今も昔も変わらない……オレたちがやっているのは命の取り合いだろ?」

 

「…おいおい、萎えるようなこと言うなよな?お前は、まだ帝国(アーチス)にとっては猟犬以上の要注意人物として見られているんだ。キヒヒ…やっぱり良かったな…これからも、身を守るという名分としてまだまだ敵となる人間を殺し続けることができるぞ、黒狼?」

 

 ピクリと眉を動かした少佐は持っていた銃火器をミシミシと音を立てて握り込んで、小さく息を整えた。

 しかし、それでも煮え立つ感情を押し殺し、表情を変えぬまま帝国(アーチス)側の人間を見据えるとほんのわずかに首を振って苦笑した。

 

「……勘弁…してほしいな?オレは戦場に立つべき人間じゃなくなったんだ。人を殺すことの意味については…今はもう何も感じていないんだよ。」

 

「んん〜?なんだなんだ?聞いてた話から大人しくなったなぁ、黒狼?にしてもよくここまで…自分の国と片割れを何も守れなかった無価値な人間に堕ちたもんだ!ははははは!随分と…過去から逃げ続け、自分の代わりとして猟犬に血を浴びせ続けるのがお気に召しているらしいな?」

 

 最初に対峙した時と比べても漏れ出ていた殺気が引き、明確に戦う気が無くなっている少佐の様子を見て、帝国(アーチス)のその人物はまた煽るような言葉をぶつけつつも、表情は怒気を帯びたものになっていた。

 それを受けた少佐は足元に転がっていた銃火器を足先に引っ掛けて立たせ、空いていたもう片方の手でそれを取って残弾が残り少なくなっていた方を背後に投げ捨てた。

 ピリついた空気の変化は帝国(アーチス)の眉と口を動かすのには十分なものであった。

 

「…いい加減その口を閉じろ…そして言葉の限度には気をつけろよ?お前が今回のコルディセスの侵攻で、中心のような立ち位置付けになっている人間のはずだ。故にまだ殺しはしない……これ以上足を進めるな。今すぐ全隊を連れて引き返せ。」

 

 先程までは一切の戦う気を見せていない少佐であったが怒りの感情をぶつけられたためか、はたまた自身の過去や猟犬について触れられたためか、小さく息を吐いた。

 だが、それでも視線の鋭さは隠しきれず、それが次の一手の予兆であることを帝国(アーチス)側もまた感じ取った。

 

「……何言ってんだか…帝国(アーチス)は、コルディセスもスチードも、根絶やしにするまで手を緩めはしない。そしてお前の代わりとの今の人間兵器…猟犬だったな?そうだそうだ、ソイツにもお前の死んだ片割れのように…無様な死に様を晒させてやるよ?」

 

「…………」

 

 少佐の最終宣告に対し、帝国(アーチス)の人間は冷徹な笑みを浮かべて、さらにひときわ大袈裟に一歩を踏み出した。

 だがその時、少佐は一瞬の間も置かず、持っていた真紅に反射する銃火器をその男に向けて銃口を正確に定めた。

 その瞳に揺れはなかった。

 ただ、何度も何度も積み重ねられた殺意がまるで光のようにその眼に滲んでいるのがわかる。

 

「…はぁ〜……もういい…お前はその気色悪い顔と違って、脳みそのシワが足りてないみたいだな?」

 

「…!うおっと!(…挨拶にしちゃ、随分と殺意が剥き出しだな?)」

 

 言葉が終わるや否や、少佐はその場から一瞬にして動き出した。

 銃を一度下ろし、ほぼ無抵抗な立ち位置から、目にも止まらぬ速さで銃口を男に向けて引き金を引く。

 その瞬間、帝国(アーチス)側の人間はギリギリで身を翻し、森の奥へと駆け込んだ。

 しかし、その銃弾はそれを計算していたかのように、さらに先に転がっていた手榴弾を撃ち抜く。

 

「…なっ!?」

 

「(狙いは…こっち…!?)」

 

 それによって巻き起こった爆風は背後に待機していた他の帝国(アーチス)の隊員たちの視界を奪う。

 そして爆発と上がった砂煙に乗じて少佐は周りの死体から引き抜いた大量の手榴弾を、こちらの様子が見えていない後ろの帝国(アーチス)の隊員たちに向かって投げ込んでいった。

 煙越しから響き渡る爆発音と衝撃によってどのようになっているのか様子が見えないでいたが、しばらくして煙が晴れる頃にはその場所に息のある帝国(アーチス)側の人間は1人もいなかった。

 

「いやぁ〜…やっぱり、そんな目がまだ出来るんだな、黒狼……死んだ奴も、きっと地獄から手を叩いて喜んで見てるんじゃないか?」

 

 爆発に余波を受けながらも木々の間からカタカタと歩いてきたその人物は額からの出血を拭いながら再び笑みを浮かべた。

 しかしその表情を向けられても少佐の瞳は変わらない。

 殺意を押し殺し、猟犬と同じようなどこまでも暗い光を宿していた。

 

「…本当によく喋る奴だな?その空っぽの頭に穴を開けて血で満たしてやるよ……きっと今よりもマシな頭になるだろうな?」

 

「……キヒヒ!仮に血で満たしたとしても、お前の言うような頭にはならないだろうな!?繰り返し叩き込まれてきたはずだ……俺たちは命令を受けるだけの『駒』だろ?」

 

「……たしかに、そうだな?」

 

 互いに相手に向ける感情の中から敵意以外のものが消え去り、その言葉が引き金となって激しい攻防が始まった。

 最初に動きを見せたのは一度姿勢を低くとった少佐であり、荒い動き出しから真っ直ぐ帝国(アーチス)の人間に突っ込んでいった。

 帝国(アーチス)側の人間は一瞬反応が遅れたが、それを迎え撃つようにぶら下げるように持っていた兵器から無数の弾丸が少佐を撃ち殺すための雨のような凶弾となって襲いかかる。

 

「……!」

 

 だが、少佐はその銃弾の隙間を縫うように回避せず、最短距離で一気に詰めていく。

 そして身体に銃弾を掠らせながらある程度の距離まで近づくと、向かってくる鉛の雨の隙間から銃撃を行った。

 緊張の隙間を縫うような正確な銃撃であり、帝国(アーチス)の人間はすぐに銃撃を止めて回避に専念して背を向けようと身体を関節が外れたような異様な身のこなしで、迫る銃弾をすり抜けた。

 それを逃さずに銃口を向けている少佐であったが、帝国(アーチス)側は回避しつつも視線を完全には切らずに懐から抜いた小柄な銃火器で目線を向けずとも正確な速射を見せた。

 

「……っ!?」

 

「……へえ?今の避けれるのかよ?」

 

 不意をついた攻撃ではあったが、少佐は向けられたこの凶弾に反応してみせた。

 流れるような帝国(アーチス)の銃撃を避けるために横に飛び出した少佐に対し、再び兵器による銃弾の雨が襲いかかるが、少佐は地面の上を転がるように動き、その中で爆弾を帝国(アーチス)に向かって投げ込んでいた。

 それに気づいた帝国(アーチス)は兵器を身体の前に突き立てるように置き、爆発によって受けるダメージを最小限にまで減らした。

 だが、その隙を逃さずに銃撃を避けることに注力していた少佐は地面を蹴り上げてその進行方向を大きく変え、爆発によって上がった煙を裂いて回避不可の距離まで迫っていた。

 

「(…!いない…)」

 

 だが、その先にあったのは使い物にならなくなった兵器のみでありすぐに目を辺り一体に移して動きの警戒を行う。

 すると、巻き上がった煙の横から他の銃火器を向けて帝国(アーチス)が音を殺して現れて少佐に接近した。

 これには少佐も反応が遅れ、距離にして背の高さほどまで縮まっていたが、向けられた銃口に対して身体を無理矢理引いた少佐はギリギリでその銃撃を回避した。

 

「(…!これにも反応するか…)…ハハッ、ヒリつくな、黒狼!それにいきなりこっちの手を潰されるとは…な…!?」

 

「っ!本当によく口が回る奴だな…!このまま自分のペースで攻め続けられると思ってんのか?!(強い…帝国(アーチス)にこんな人間がまだ残っていただと?)」

 

 身体を逆方向に捻って体勢を立て直した少佐に対して、帝国(アーチス)は絶えず銃撃を行うが少佐は身体の肉を削られながらもそこまでの重傷にならない程度まで留めていた。

 そして少佐も受けるだけの動きをここで止め、今度は喉元に噛み付くような荒々しい攻めに転じて同じように帝国(アーチス)の身体に傷を負わせていった。

 2人の距離感は本来なら剣や拳を使った攻防が適す程のものまで小さいものとなっていたが、互いに銃火器を使った激しい至近距離での撃ち合いを続けた。

 どちらかが隙をついて距離を取ろうとしてもそれを潰すためにさらなる踏み込みを見せ合う攻防は、他の人間が近づいてしまえば気付かない内に撃ち抜かれてしまうであろうほどのものになっていた。

 撃ち合う時間が長引くにつれて段々と互いに表情が消えていき、相手の動きの綻びを狙い続けるだけのようなものになっており、両者から流れる血が自身の軍服を赤く濡らしていった。

 

「…流石は英雄の片割れ…戦場を駆けつづけた狼とまで言われた人間だ…!錆びついて動けなくなっていると思っていたが…」

 

「……っ!?」

 

「ここまで…とはな…!?」

 

「ぐっ…!」

 

 先に銃弾が尽きたことで帝国(アーチス)は眼前に突きつけられた銃口を手に持つ銃火器で逸らすと、出来た隙をついて流れるように自身の足を利用して少佐の身体を弾き飛ばした。

 だが少佐はそれを間に銃火器を挟み込むことで直撃は避けており、この攻撃を利用して吹き飛ばされながらも手に持っていた銃火器を離して先にあった別のものを手に取りつつ、体勢を立て直そうとする。

 帝国(アーチス)も同じように銃火器から手を離して少佐の飛んでいった方向へ距離を開かないように動き、すかさず身につけていた小柄な銃火器の引き金を引いた。

 

「…っ!…いってぇ…な…」

 

「…!(動きを緩めた…それにコイツ…)」

 

 銃弾が寸分の狂いなく少佐の頭部を狙っていたが、直撃は回避され頬を抉るに留まる。

 だが、追撃を避ける際に銃火器を手放していたため、今の少佐は何も持っていない丸腰の状態だった。

 身体中から血の流れる感覚とじりじりと焼けるような痛みによって少佐の表情に陰りが見え始めると、帝国(アーチス)はその隙を逃すまいと地面に転がっていた銃火器を拾い上げて追撃を試みる。

 

「……っ!?」

 

 だが、一瞬だけ目を切った帝国(アーチス)側の人間が動き出す瞬間には、すでに少佐は動いていた。

 伏せるような低い姿勢から跳ねるように飛び出し、いつの間にか手の中に握られていた小銃を構えると、同時に転がっていた銃火器に向けて一発を撃ち込む。

 すると、金属音を立ててそれは弾かれ帝国(アーチス)側の人間の手は宙を切った。

 

「(っ…バ…カな…!?いつの間に隠し持って…いや、それはない…!だが、それならどのタイミングで…!?)」

 

 何もない空間から突如として現れたとしか言いようのない目の前の光景に、帝国(アーチス)側の人間は頭をフル回転させながら距離を取る。

 何もない空間から銃火器が現れたようにしか見えなかったそれは、少佐が戦場で練り上げた読みと即興の判断力によるものだった。

 

「…!(まさかっ…!)」

 

 これは、少佐が距離を取る瞬間に仕掛けられていた一手だった。

 この時の少佐は退くそぶりを見せながら、気づかれぬよう小銃を空中に投げていた。

 直後にその落下地点へ向かうと見せかけて接近し、小銃を手に収めていたのだ。

 

「…ゴフッ…!?」

 

「…どうした?動きが鈍ってきてるが…まさか、もうバテたのか?」

 

 そうして混乱で生まれた僅かな隙を見逃さず、少佐は帝国(アーチス)の脇腹を銃弾で撃ち抜く。

 これまでで最も深く食い込んだ一撃であり、それは帝国兵にとって致命的な痛手となる。

 そして、少佐は火花に似た鮮烈な赤を流した帝国(アーチス)の人間に対して射殺すような視線を向けた。

 

「これには食いつくよなぁ…特に、お前みたいなやつは?」

 

「(クソッ…っ…深いの…貰っちまったな…)なに…むしろ、これでイーブンってとこだろ…!」

 

 撃ち抜かれたことによって帝国(アーチス)の踏み込みが緩くなったのを見て、少佐さらに距離を詰めて一気に畳み掛けにかかる。

 だが、帝国(アーチス)は腰から短剣を引き抜いてそれを向かってくる少佐に素早く投げつけるのと、同時に回避の体勢になる瞬間を狙って踏み込んできた。

 しかし少佐は向かってくる短剣を足元に転がっていた破壊された帝国(アーチス)の大型兵器の破片を目の前に強引に蹴り上げて身を守る盾のようにして防ぎ、引かずに踏み込んできた帝国(アーチス)に銃口を向けた。

 その動き一つひとつが『戦場に刻み込まれた癖』として染みついているようだった。

 

「…っ!チィッ…!」

 

「………」

 

 帝国(アーチス)は銃弾を避けるために瞬時に地面の上をスライディングしながら体勢を低くして、少佐の足に向けて小銃を打ち込む。

 少佐はそれを回避のために地面から足を飛び離してから空中で身体を前方に一回転させ、頭を地面に向けて帝国(アーチス)の身体を飛び越えながら表情を変えずに銃口を向けていた。

 そして、反転した世界から帝国(アーチス)の人間を銃口越しから覗き込むように見ている少佐の口から言葉が溢れる。

 

「……誰が好きで…生き残った…」

 

「…っ!!?」

 

 そして放たれた銃弾は帝国(アーチス)の肩と足を撃ち抜き、さらに着地と同時に今度は身体の中心付近に1発がねじ込まれた。

 これを受けた帝国(アーチス)は自身の意思とは関係なしに崩れ落ちる身体に従うことしか出来なかった。

 血煙の中、ようやく動揺から回復した帝国(アーチス)側の人間は身体を地面につけ、己の肩から垂れる血を押さえながら痛みを自覚する。

 こうして自身の結末を察したのか、口から流れ落ちる鮮血は黒い炭が広がっている地面を赤色に染め、虚ろになりかけている瞳を閉じてこれ以上の抵抗の意思を見せずに苦笑を浮かべた。

 

「(……ダメ…だ…動かないか…)っ……ハッ…正しく…俺の完敗だ…な……本当に噂通り…だな……お前は…?」

 

「……そうか…」

 

 その嘲笑も虚しく響いた。

 これが決定打になったことで帝国(アーチス)の人物は手の中で握っていた小銃を地面に落とし、他の帝国(アーチス)の死体に背中を預けて座り込んだ。

 地面に着地した少佐はすぐに追撃のための銃口を向けたが、帝国(アーチス)の人間の様子を見てここで敵意を引きつつ、スッと銃火器を地面に垂らした。

 

「…お前が言っていたな?俺たちは、国という得体の知れないもののために動く『駒』だって……ああ、それが正しい。それが分かっていたはずなのに…オレは余計な意思を持ちすぎて色々と失った……今でも、後悔はある。」

 

「………」

 

「だが、お前は違った…お前は駒のままでいられた。自分を殺して、命令をこなすだけの……理想的な人間だ。……そんなふうに割り切れたなら、オレももっとマシな生き方ができていたかもしれないな。」

 

「…死にゆく人間への…慰めの言葉か…それ…は…?」

 

「……これは純粋な賞賛の言葉と思ってほしいな……だがな。」

 

 もはや抵抗の意志が見えないせいか、少佐の口からは途切れなく言葉がこぼれた。

 その目に宿していたのは目の前の人間のことをどこか羨むような感情であり、考えになかった事を聞いた帝国(アーチス)は目を一瞬だけ大きく開いた。

 だが、それを見た少佐は一度目を閉じ、少し長い間の後に再びその瞳に敵意と影を宿した。

 

「…そうだな。お前は強い……だが、そんな人間が何人いようと、スチードとコルディセスを…そう易々と落とせると思うなよ。」

 

「……あーあ、そうかよ…ここまでとはなぁ…(…これでいい……あとは任せるぞ、グリット…?)」

 

 目の色が再び変化した少佐は最後に賞賛の声と押さえつけるような威圧を込めた声をかけると、手に持つ銃火器の引き金を引いた。

 乾いた破裂音がよく響き、そうしてあたりには再び静寂が訪れた。

 力が無くなった目の前の人物に対して一度小さく敬礼を行った少佐は、手に持っていた銃火器を地面に置いてすぐに背を向ける。

 戦闘の余韻が残る中、身体についた傷に目を向けることなく重くなった足を動かして燃え広がる赤い火の間を抜けて歩き出す。

 すると、自身が持っていた通信機から小さく音が鳴り、疲れ切った表情のままその通信機に向けて口を開いた。

 

「…っ…ポイントCの制圧は完了…他の地点の様子は…」

 

「『…!こちら猟犬…他の地点の帝国(アーチス)の殲滅は完了した…そちらも問題なく完了したみたいだな、少佐。』」

 

「…!?ハリス…!?なんでお前がここに…!?」

 

 通信機の先から想定外の人物の声が聞こえてきたことでハッとした少佐は改めて周りの音に耳を傾けた。

 戦闘の最中には気づけなかったが、遠方からは一切の銃声が聞こえない。

 まるで先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、夜の黒はただ静かに、果てしなく続いていた。

 それはまさに戦闘の終わりを告げる静寂であった。

 

「『…心配になったからこうしてコルディセスの防衛のためにやって来た。そちらは無事…なのか?』」

 

「いや、心配したから来たって……はは、本当…お前はオレと違ってめちゃくちゃな事ばかりするな…?…だが本当に助かった、ハリス。」

 

「『………ああ…現在のそちらの状況はどうなっている?』」

 

「こっちの状況か……っ!」

 

 猟犬の言葉を聞いて張り詰めた糸が切れたのか、自身の身体の状況を自覚した少佐は焼けるような痛みに顔を歪めて暗い空に目を向けた。

 そうして目を線にして苦笑いを作り、通信機の先にいる猟犬に対して口を開いた。

 

「いっつぅ……それなら…とりあえず、そっから灰の匂いが漂ってきて、橙色に明るくなっている場所に来てくれないか?はぁ…少し無理し過ぎたな…こっちに手を貸してもらえれば助かるな…?」

 

「『…!それならば現在かなりの痛手を負っているのか?!…そうか、分かった。すぐにそちらへ向かう…!』」

 

「(…?…なんだか随分と焦ってるな…)…おー、そうしてもらえればありがたい…それじゃあ、待ってるぞ?」

 

「…ああ、了解した…………少佐。」

 

「…ん?どうした、ハリス?」

 

 帝国(アーチス)によるコルディセスの本格侵攻。

 これはスチードの少佐と猟犬の活躍によって脅威を退ける形となって終わることになった。

 ……だが…

 

「『……少佐が…こうして無事でいてくれて、生きていてくれてこちらも心から安心した。』」

 

「……はぁ?いや…急に改まって本当にどうした?」

 

「『…ああ、何と言えばいいか…そうだな?…少佐はこちらにとって家族のような人だ…だからここで失わずにいれて……本当に良かった。』」

 

「…………は?」

 

「『…ふむ。これはこれで、また妙なざわめきが生まれてしまうな?……では、すぐにそちらへ向かう。』」

 

「…!!ま、待て、ハリ……っ!!…お前が……何で、お前までそれを…!クソッ…!!」

 

 音の途切れた通信機に呟くような怒声のような声が響いた。

 乾いた炎の音が響く情景の中で少佐は1人、強張り息苦しそうな表情を浮かべて呆然と立ち尽くす。

 焼け焦げた空気に、言葉にならない感情だけが残っていた。

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