戦火の心臓 作:Navi
窓から差し込む日の光は木製のテーブルを優しく照らし出し、反射した光もどこか暖かかった。
人目を避けるために早足でイエラの家へとやって来たが、ここへ戻って来てからイエラは一枚さらに上から柔らかそうな手触りの大きめの布を羽織ってこちらに出すための飲み物を淹れていた。
しかし、その表情は気恥ずかしそうなものであり、この場所にやって来てからは何度も唸り声を上げていた。
「うー…うぅー……
「……すまない…」
「いや、ちょっと…!あなたが謝る必要はないわよ?!…まあ、過ぎた事は気にせずにいないとやってられないからね?…はい、まだ熱いから少し冷ましてから飲みなさいよ?」
「…ああ、感謝する。」
こう言いながらも、少し気まずそうな顔で湯気の登るカップをテーブルの上に置いたイエラを見てこちらも申し訳ない気持ちになる。
スチードの軍服を着た人間がコルディセスの人間を背負って歩いていた光景は、想像以上に多くの視線を浴びることになってしまった
こちらも物珍しいものを見たようなコルディセスの人間の視線が気になってか、妙に乾いた喉を潤すために一気に置かれたカップの中身を飲み干した。
これを見ていたイエラは目を見開いて驚くような表情になっていた。
「…んぐ……ふぅ…すまない、イエラ。こちらにもう一杯貰えないだろうか?」
「えぇ…いや……結構な量の湯気が登ってたわよね?それを一瞬で飲み干すって…どんな喉をしてるのよ…?」
「あぁ…こちらは火の中でも動けるように訓練や戦場で喉を焼いているからな?そのため多少の熱さはこちらにとって大きな問題には…」
「…もう大丈夫よ!……何だか私が踏み込んでいけない領域の話になりそうだから聞かなかった事にするわ…いい?もう一杯飲むのは良いけど!大丈夫でも次はしっかり冷ましてから飲みなさいよ?!」
「……了解した。」
自身の分のカップを持って来たイエラは強い語気でありつつも、まだ少し困惑を浮かべながら再び空になったカップの中に、もうもうの湯気が上がる飲み物を注いでくれた。
一杯飲み干してもまだ喉の渇きが気になるが、流石に釘を刺されすぐにまた飲み干すのは申し訳ないため、今度は少し口に含んでから再びカップをテーブルの上に置く。
「…うん。今日の出来は中々ね?ふふ、どうかしら?私の淹れる紅茶はお姉やあなたの国の少佐には結構好評だったのよ?」
テーブルを挟んで正面に座って何度かそっとカップの中に息を吹き込んだイエラは、一口飲み込んだのちに得意げな表情でこちらに言葉を向けてきた。
うずうずとしている様子から、こちらから出てくる言葉に期待を向けているのは見て分かったが…こちらとしては初めて口にしたこれが美味しいと呼べるものかどうか判断がつかなかった。
「そう…だな?初めて口にする味だったが、確かにどこか落ち着くようなものだったぞ…?」
「…ふーん?…少し本心からの言葉かどうか気にはなるけど、まあそういう事にしておくわ。…でも、こうして誰かをこの家に入れたのはあなたで2人目になるわね?お姉がスチードに向かう前は2人で暮らしてたから、1人だと無駄に広いのよね…?」
小さく笑いながらも物寂しそうに語るイエラの言葉を聞いてこちらも周辺に目を移す。
改めて見渡すと、確かにこちらに与えられた部屋よりも広く、ひとりで暮らすには持て余してしまいそうな間取りだった。
しばらく周りを見ていると、部屋の一角に置かれていた写真立てが目に入った。
「…?……あれは…」
「…ああ、もしかしてあの写真が気になるの?つまらないくらい何もない家だけど、あれは私にとっては何よりも価値のあるものなのよね?」
こちらの視線の先にあったものを見て、イエラも察しがついたような表情を作って椅子から立ち上がり、置かれていた写真立てを持ってきた。
そこに写っていたのは今よりも幼く見えるが、顔がよく似ているイエラとスティラの写真であった。
「…どう?結構前に撮ってもらったものだけど、私とお姉の写真よ。…まあ、私が写真に写るのが嫌いでこの1枚くらいしかないけどね…お姉がスチードに行く前にあと1枚くらいは撮っておけば良かったって思ってるわ…」
「…今も変わらず、二人の仲の良さが伝わってくるな?…この写真を撮った時から2人だけだったのか?」
「……戦争が続くこんな世の中だからね?私の両親はこの時よりも前に死んじゃっていたわ。はぁ…見たものが記憶に残るくらいの年齢だったせいか、今でも2人の顔を覚えてるせいで結構心にくるわね…?」
「……そうか…」
「あっ…ちょっ、あなたがそんな表情を暗くしなくていいわよ…!今は…こうして完全に立ち直れてるからこそ、こうしてあなたにも話してるわけだしね?」
こうは言っているが、表情の変化を見ると本心では別の感情が渦巻いているのが見て取れた。
こちらにも見えるようにテーブルの端に置いた写真を眺めながら、思い出すように呟くイエラの目にはやり切れないさが滲んでいる。
身近な人間が死ぬ事が珍しくない今だからこそ、こうして互いに生きていることを実感しつつ、別々の場所にいても思っているのだろう。
「……ちょっと聞きにくいけど…あなたはどうなの?私はあの人…少佐にスチードの近くの山岳地帯で拾われたって聞いたけど、それくらいしかあなたの過去を知らないのよね…?」
「…!……そうだな…」
頬杖をつきながらじっとこちらに目を向けてイエラはこちらに話の話題を向けて来る。
これを聞いて少佐との出会いを思い出そうとしたが、一瞬あの目を向けている姿を連想してしまい言葉が喉の奥に詰まってしまった。
だが、イエラの言っていたように、それは過ぎたこととして今はできるだけ意識を向けないようにした。
「…正直、こちらはイエラのように血のつながりを持つ親というものの顔は覚えていない。…これに加えて生まれた場所の詳細についてもな?」
「…?生まれた場所ってどういう…」
「ああ、これを伝えていなかったな?…こちら元々はスチードにいなかった。別の場所からスチードに流れ着いたことになる。」
「あえっ…?そ、そうなの?てっきり生まれから育ちまでずっとスチードだと思ってたわ…」
「確かにそう思われても仕方ないかもな?今は…おそらく
「(…そういえば、猟犬は記憶が曖昧だってあの人言ってたわね…)無理に思い出そうとしなくて良いわよ?…私もこの戦争中に主要な国以外の場所で消えてしまったものがあるのは理解しているしね…そうね…」
その国の正確な位置すらほとんど記憶には残っておらず、あるのは『元々存在していた』という曖昧な事実のみ。
思い返そうにも、スチードでの記憶によって上塗りされているためか、少佐に出会う前までの事しか思い出せなかった。
「…レーヴルって、確かスチードの背後にそびえてる山脈だったわよね?…どうやってそこからあの人に拾われたのよ?断片的な情報しかないけど、乗り越えるだけでも私じゃ想像できないくらいかなり労力がいるはずよね?」
「その時は、こちらが
「へぇ…
「いや、触れたのはその時が初めてだったな?少人数の小隊に混ざっていた兵から奪い取って、あとは感覚任せだった…だが、結局は残弾がなくなり、ただ逃げる事しか出来なかったがな?」
曖昧な記憶であっても、灰色の雲が広がり雨が身体を濡らしていたあの時。
空白の時間を過ぎ去って出会ったこちらに手を伸ばす少佐の姿は…今でも忘れる事はない。
「えぇ…?前にお姉が私に銃火器の扱い方を教えてくれたことがあったけど、あれって単純そうに見えてかなり複雑なものよね?それを初めて触れて扱えたって…やっぱりあなたもお姉と同じで戦場に必要とされる人なのね…?」
「……そうなのか?」
「…いや、そんな顔して?マークを浮かべられても、私に判断なんてできないってば……でも、そうだったのね…今話したそれがあなたとあの人の出会い方ってわけね?」
こちらの話を聞いて苦笑いを浮かべるイエラは、テーブルの上のカップを持ち上げてその中身を半分ほど口に含み、飲み込んだ。
途切れ途切れの記憶の断片から浮かび上がってきたのは、生きるために死力を尽くして、
思い出せる古い記憶はそこまでであるが、森の中をかけているこちらを追い続ける
「…そうだな?これがこちらと少佐の出会いになるな?しかし…あれは凄まじいものだったな?
「…想像以上に劇的な出会い方をしていたのね?そして今は、あなたが猟犬として
こちらの話を聞き終えたイエラは再び静かにカップに口をつけてその中身を喉を通して飲み込んだ。
思い返しても、少佐との出会いはそのような形であったが、その指揮を受けるようになったのはそれからさらに時間が経ってからのことであった。
だが…あの時の少佐の姿が焼き付いているからこそ、今の自分があるのだと改めて実感できた。
「…ねえ。多分だけど、このことはお姉には話してないでしょ?こうして他国の人間に話したのは…私が初めてになるのかしら?」
「…!確かにそうだが…何故分かった?」
「まあ…お姉なら私みたいにあなたに過去のことを聞き出そうとしないって思ったからよ?本格的な
「そうなのか……だが、こちらはスティラらしいと思うぞ。恐れて他者に踏み込まないというよりは、ただ自身と同じようなものを抱えている人間を考えての行動だからな?そうだな…こちらが知るスティラはそういう人間だ。」
「……ふ〜〜ん…」
思い返しても、こうしてイエラと話をするまではこちらはスティラの深くまで知らず、逆にスティラからこちらについて深く聞いてくるようなことはなかった。
こちらが気付かないでいただけで、こちらはスティラから気遣いを受けていた事を把握することができた。
こうして良い事を聞けたと思っていたが、イエラは何故か頬杖を崩してこちらをじっと見ていた。
「(…?何故またこんな…変な事は言っていないと確信は持っているはいるが…)」
「は〜〜…しかし私じゃ生きて体験出来ないような凄いことを聞いたわね……それじゃあ、とりあえず過去を振り返るのはここまでにしましょうか。…さて…」
こちらが声をかけようとするより早く、イエラは言葉をバッサリと切り上げ、カップの残りを一気に飲み干した。
そして勢いよくカップをテーブルに置くと、こちらを睨みつけるように目つきを鋭くさせた。
「…イエラ?」
「ふぅ〜……とりあえず、私は今からあなたにお姉の妹として重要なことを聞かないといけないわね?」
「……重要なこと…?」
「…そうよ!ここにくる前にあそこで話しかけたお姉ちゃんのことについてよ!…もう一度聞くわよ?お姉ちゃんに何か変なことしてないでしょうね!?」
「へ、変なこと…?」
…先程までの落ち着きのある様子はどこへ消えたのか、今のイエラは打って変わって敵意をこちらに向けてきていた。
イエラの変わりように混乱してしまったが、こちらは向けられる質問に答えていく事しかこの様子を変えてもらえないと察した。
「…変なことの具体的な形が想像できないが、イエラの言っているようなことはしていないぞ…?」
「…ふん、その様子だとあなた自身は本当に心当たりはないみたいね?…でも!自覚してないだけで側から見ればこれに該当するようなことをしている可能性が大いにあるはずよ!例えば…そう!お姉ちゃんに抱きついたりとかして必要以上に距離を縮めたりはしてないわよね?」
「…そうだな?……だが、あれは…」
「いや、もうアウトよ…!?ここで言い淀んだってことはやっぱりそういうことをしたってことよね!?」
落ち着きのあった様子は完全に消え去り、今は身体をよく動かして自身の感情を表に出し続けていた。
しかし、先ほどイエラに生じた身体から力が抜け、動悸が早くなるという発作が起きるキッカケとしてこのような感情の大きな起伏が考えられるため、これ以上は感情の昂りを生じさせる事はできない。
「…そちらの身体に害になる可能性があるから落ち着いてくれ、イエラ。確かに抱きつかれるという身体的接触はあったが、それはこちらからではなくスティラからしてきたことだ……しかしあれは、イエラから見れば変なこと…というものになるのか…」
「はぁ、はぁ……その感じだと、少なくともあなたからは本当にやましい気持ちはなかったみたいね…?よし…それなら次は…」
「…なあ、イエラ。何故こちらに対してここまで執拗な問い詰めを行う?こちらとしてはまずその理由について聞きたいんだが…?」
ここまでの話で、イエラがスティラに対して向けている感情の大きさについては理解した。
だが、それとは別にこちらに対して敵意に近い感情が向けられているという今の事態には納得しかねる。
こちらの言葉を聞いて、イエラも立ち上がっていた身体を再び席につかせて空になったカップを突いてため息を吐いた。
「…もぉ……回りくどいのは、確かに問い詰める側も中々キツイわね…じゃあ単刀直入に聞くわよ……あなたはお姉のことをどう思っているの?」
「……どう…思っているか…か?」
表情を引き締め、すんとした様子に戻ったイエラからこちらに対して質問がむけられる。
だが、この質問の意図がよく分からないこちらにとってはどう答えるべきか頭を悩ませるようなものであった。
そんなこちらの様子を見てか、イエラは腕を組み直しながら自身の考えを言葉を口にし始めた。
「…ええ。あの人から聞いたあなたのイメージは、ただ機械のように命令をこなすような人間。少しどこか抜けている部分もあるけど、無表情で淡白そうな性格だって聞いていたからこそそう思ってた…だけど、お姉の話をしているあなたは、そんなもの感じさせないくらいお姉のことをよく理解してた…」
「………」
「それにお姉のことを話していたあなたは、さっきまで抱えていたものを忘れて、どこか楽しそうにしていたわね。…まあ、その気持ちはよく分かるわ。お姉は人たらしな性格で、どんな場所にもすぐに溶け込める人だから…絆される……って言えばいいのかしら?」
「…!…そうか……それは自覚していなかったな…?」
他者にも分かるくらいに、こちらの表情が変わっていた事をここで初めて自覚した。
スティラの話している時のことを思い返しても…確かに自分は息が詰まるほどに感じた苦しさを忘れてイエラとの会話に集中しており、無自覚にもこうして会話に夢中になっていたことに『何故』という困惑が浮かんだ。
イエラはこのことについて心当たりがあるらしくこちらのことをよく見ているイエラに感心しつつも、口からそれ以上の言葉を出す事なく小さく呼吸を整えているイエラから出てくるであろう次の言葉を待っていた。
「…はあ〜〜、じれったいわ…その様子だと私からもっとハッキリと聞いた方がいいわね……猟犬?あなたは、お姉のことが『好き』なの?」
若干の呆れが混ざったため息と共に、重々しい雰囲気のイエラからこちらに向けられた言葉。
窓から照り付けてくる光を背に受けているイエラの顔は人の真意を見透かすために向けられる、暗く鋭いものになっていた。
「…好き?それはどういう意味の…」
「…いや、むしろこの先のことは、私があなたに聞きたいくらいなんだけど!?うーん…まだピンとこないなら……そうね?例えばあなたはいつも少佐と一緒にいるのが当たり前だった。でも、私も明確な理由は聞いてないから分からないけど、ついて行くことを拒否されて露骨に落ち込んでいたじゃない?」
「…っ……そうだな…?」
イエラにこの話をされると、口の中から水分が抜け落ちて喉が張り付くような感覚がやって来る。
これを見たイエラは、チラリとテーブルの端に置かれた写真に一瞬目を移した後に、重くなったような口を開いた。
「…それは私がお姉に拒絶されたみたいなもの。…たった1人の、大切な家族がまだ生きているのに目の前から消えてしまったのと同じような感覚のはず…」
「…!」
「…もしあなたもそうなら、これはあなたが血の繋がりはなくても、少佐に対して家族…『本当の親』のような『親愛』を向けていたからこそ感じた苦しみになるんじゃないかしら?…実際、私も想像したくないわよ…たった1人の家族からそんなことされるなんてこと…」
イエラの言葉はこちらの考えを正確に言い当てる納得するようなものであった。
訳も分からずに湧いて出てきた不安と喪失感…それは少佐のことをイエラが言っていたように家族のように捉えて見ていたことに起因していた。
それを『親愛』…そう言い表されると、この言葉らこちらの身体に空いた穴の中にピッタリと鍵のようにしっくりと収まった感覚が湧いた。
……だが…
「…イエラの今の言葉でこちらも腑に落ちた……だが…こちらは少佐に言われた。…自分をそんな風に思うなと…」
「……え?」
「これが全く分からない…理解できない…少佐は、『自分と一緒にしたくない』と言っていたが……この意味が全く…」
「(…!それって…まさか本当に…)…あの人があなたにそう言ったのには理由はしっかりあるわよ。…でも、まさか本当にそう言ってあなたを引き離そうとするとはね…正直これについては全く考えになかったわね…?」
「…!?本当…か…?知っているのなら、それについて教えてくれ…!」
少佐の言っていたことについて何か心当たりがあるようであり、反射的に立ち上がってイエラとの距離を詰めた。
理由としてあまりに抽象的なこの言葉の真意を理解している人物がいるのなら、こちらとしてはその人物に縋るようにすることしかできない。
…だが、イエラはこちらの行動に驚きながらもこちらに対して申し訳なさそうに首を横に振ってきた。
「…っ…何故…だ…?」
「…ごめん……あの人から聞かされたことは誰にも話さないようにしてくれって言われているの。…だけど、私からハッキリ言えるのは、あの人はあなたのことを拒絶するためにそれを言ったわけじゃないってことね…」
イエラの意志の強さを感じ取れる表情から、理由についてはこれ以上こちらから聞き出す手はないと理解できた。
これは一種の防衛本能のように、不用意に口に出してはいけないものとイエラも深く理解しているようなものであり、まるで深海に沈められるように踏み込んではいけない領域だと直感した。
しかしそれでも、その後にイエラから語られた言葉を聞いて身体が少し軽くなるような感覚になった。
「…いや、そうか…それを聞けただけでもこちらは良い……ああ…それで本当に良かった…」
「…話せはしないけど…だからってそんな暗い顔をする必要は全くないわよ?だけどそうね…やっぱり一度あの人と腹を割って話した方がいいと思うわ?そうすれば、互いにモヤモヤが消えるでしょうし…」
「……ああ…そうさせてもらう…」
イエラには感謝しなければいけない。
こちらを見る目には今の発言に取り繕うような意思が込められているのは見て取れず、本心からこちらと少佐の関係に問題は生じないと思っているのが分かった。
そんなイエラに感謝の言葉を向けようとは外していた視線を再び向けるが、それよりも先にハッとした表情のイエラが言葉を続けた。
「…あっ、そうそう…そういえばまだ話の途中だったわね?えー…こほん……いい?私としては、こっから先の話の内容が重要なものになるのよ?」
「……了解した…」
「…それで!あなたはお姉ちゃんのことをどう思っているのよ…!?」
「どう…と聞かれても…」
話の内容は再びこちらがスティラをどう思っているのかといった内容に移った。
こちらも今までの会話の内容を組み込んで改めて色々と考えを巡らせてみたが、それでも上手く言葉にできない感覚となって浮かび上がってくるだけだった。
「…少佐から距離を置かれた時のざわつきと、スティラといる時のざわつきは…違う。少佐の時に感じたものが『親愛』によるものだと考えるのなら……やはり違うな…」
…やはり違う。
スティラに対してこちらは少佐と似ているものを持っている感覚はあるが、これは親愛とは違う。
似てはいるが、そこに込められている感情には違いがあるはずなのだが…分かっていてもこれを言い表すことができない。
「…これも好きという感覚なのだろう。だが少佐とは違う……行動を共にしているだけでどこか落ち着くような、見ている景色が広がっていくような…そんな感覚だ…」
「……」
…何故こう話しているだけで、ざわつきが大きくなる?
否定の言葉を向けられたわけでも、拒絶の目を向けられたわけでもない…しかし何故、こうして頭の中が回るような感覚になる?
言葉が詰まる。
考えがまとまらなくなる。
今までなら考えられないような反復する奇妙なこの感覚に、何度も自問自答の言葉を投げ続けるが…
「……すまない…やはり分からない…」
……答えは出てこない。
「…ええ、もういいわよ。…流石に私も反省するわ…無理矢理それを引き出そうとしても、こうして相手を困らせちゃうだけだものね…?…はい!ここでこの話は終わりにしましょうか!」
「…!…いいのか?あんなにこちらから聞き出そうとしていはずだが…?」
答えを出さないでいたこちらを見て、再び呆れるような表情になると思っていたがイエラがこちらに向けてきたのは苦笑いと謝罪であった。
何故想定と違う行動をしてきたのかすぐに聞き返したが、イエラは表情を困ったようなものにして微笑みを作った。
「…それでも伝わりはしたわよ。言い表さなくても気持ちとして十分にね……実はね?お姉ちゃんは…」
スティラによく似た笑みのまま話そうとしたイエラ。
だがそれは…
「……!?」
「わぁっ…!?ちょっ、こんな急に…!一体何よ、その音…!?」
こちらの内ポケットから鳴り響いた警報音によって掻き消されてしまった。
拒否感のある表情を作って両耳をすぐに塞いだイエラであったが、こちらは全身から熱が引いていくような感覚に陥った。
「(これ…は……ありえない…!)」
コルディセスは現在
…ならばこの通信機から鳴り続けるこの音が表す意味は…
「…まさか……スチードに…
「………え…?」
「…っ!!」
弾かれたように立ち上がり、すぐに椅子に引っ掛けていた兵器を背負って動き出そうと扉に向かおうとした。
だが、飛び出そうとしたその瞬間な手首を掴まれた。
反射的にそれを払いのけるように手を引こうとしたが、振り向くとそこには呼吸を荒くし、身体を震わせて怯えるような表情になっていたイエラがいた。
警告音が鳴り響く度に、イエラの表情が曇っていきこちらの腕を掴んでいく力が弱くなる。
「ね、ねぇ…だ、大丈夫…よね…?今までもスチードは…あ、あなたやあの人がいなくても…
「……それ…は…」
「ね、ねぇ…?」
…このイエラの質問には答えかねてしまった。
以前の
…それによってかなりの戦死者も生まれた。
もし今回の侵攻で、以前よりも多くの数の
「(何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ…!?レーヴルの
「いや…いや…よ……だって…スチードには……お姉が…お、お姉ちゃんが…!!」
「…っ!…すぐにスチードへ向かう…!こちら猟犬…!
「『…っ!そっちは無事だったみたいだな、猟犬…!だがこっちは…ハインドレートから数十の軍艦、さらにスチードを挟むようにすでに数隻が偵察外の距離にすでに上陸している状況だ…!』」
「(…!?こちらの想像以上に多い…!?)すでに戦闘は始まっているのか…!?ハインドレートだけでなく、上陸したという
「『……かなりマズイ…ハインドレート上の軍艦はスティラが対処している…だが、両サイドから向かってきている
「…っ……すぐに帰還を…(先に向かい、少佐には移動の中で連絡を…)…!……イエ…ラ…」
…
そして戦況と、スティラがすでに戦場へ出ているという話を耳にしたイエラは涙を浮かべてこちらに縋るように近づいてきた。
「おね…がい……お姉ちゃん…を……お願い…しま…す…1人だけ…なんで…す…私に……とって…」
「…っ…ああ………必ず…!!」
震える声を枯らしたイエラを身体から離し、一度正面から視線を合わせて言葉をかけると、すぐに家の扉を飛び出して再びスチードへ向かう。
道ゆく人を避けるために昨日のように屋根の上に登ってその上を駆けていくが、すでに心臓の鼓動は今までにないほどまでうるさく身体を打ちつけている。
まだ朝方の傾きの大きい陽の光と快晴の空が歪み、聞こえてくる人々の声が、街のざわめきが……酷く耳障りに感じた。
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ーーそしてこれが、戦火に焚べられる物語の始まりである。