戦火の心臓   作:Navi

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〈0〉戦火の心臓

 

 夜に紛れた建物のランプに灯された蝋燭の炎が揺れる様々な地図が張り出された部屋の中。

 そこでは厳格な形をして並んでいる人々が部屋の一箇所に視線を向けていたが、全員その表情には緊張の色が見えていた。

 例え死地に赴き、相手を撃ち殺すために引き金を引くことになる軍服に袖を通した人間であっても、この張り詰めている緊迫した空気には心臓の鼓動が早まり皆同じような顔になるのだろう。

 そして向ける視線の先には様々な手記が散らばって置かれているテーブルの上に手を組んで置き、椅子に腰掛けている軍事帽を被った人物と、それを正面から見下ろすように背をピッシリと伸ばした姿勢のままの黒髪の人物が同じ軍事帽を手に持って立っていた。

 

「…こうして急な呼び出しに応じてくれて感謝しますよ、少佐。『コルディセス』の防衛を頼んでいたのにも関わらずこうして呼びつけてしまい申し訳ないね?」

 

「…いえ、大佐。こちらの見立てでは当分の間は帝国(アーチス)側もすぐコルディセスの奪還には動かないと踏んでいるため猟犬を戦地に投入しました。…前線で耐えた隊員には本当に感謝です…」

 

 少佐と呼ばれた人物は軍事帽を心臓付近に被せるように置き、目を閉じながら静かにそう呟いた。

 大佐と呼ばれた人物は目の前で行われた一連の動作を目を細めながら見て寂しそうな口調で話し始める。

 

「…立場の低い他者を慮るその心掛けは相変わらずだね?しかし本当に貴方と猟犬が戻るまでの…時間稼ぎと言ってしまえば聞こえが悪いですが、彼らも本当によく耐えてくれました。…それで、貴方と共に来たはずの猟犬は今どこへ?」

 

「先程連絡をもらい、ポイントδの帝国(アーチス)の部隊とその周辺に潜んでいた残党の殲滅を終えたそうです。遅れが生じていますが、時間的にそろそろ此方に来るかと。」

 

「!?うっ…うわあぁぁぁ…!?」

 

「な、何なんだ…!お前、その姿は…!?お、おい!そっちへ行くな……うッ!?」

 

 部屋の外から他の人間の悲鳴が聞こえてきたことによって全員の視線が悲鳴のした扉の方へと向けられた。

 その原因となった人物の足音が少しずつゆっくりと近づくごとに部屋の中の緊迫感はさらに増していく。

 そんな空気とは対照的に先程まで話していた2人は落ち着きがあるが、黒髪の人物の方は小さく呆れたような表情を浮かべて扉が開くのをじっと待っていた。

 足音は扉の前でピタリと止まり、ドアノブがガチャリと下に下がったことで場の空気は音もなく静かにさらに凍てつくように固まった。

 そして扉が完全に開き、電球の光が差し込んでくるその先から機械的な声が聞こえてきた。

 

「…『猟犬』、ただいま帰還した。予定よりも到着に遅れが生じたことを謝罪する。」

 

「定刻よりも遅れたな?何か戦地で自分に悪影響を及ぼすようなことでもあったか?」

 

「…問題ない。」

 

 雨に濡れた土を踏むような音を靴の下から鳴らして扉の先から現れたのは、瞳が死人のようになり一切の光が灯っていない少年であった。

 しかし、この場にいる誰も自分達よりも体格的に圧倒的に劣っているはずの人物が入ってきたことに何か言うことはなく、むしろ猟犬と名乗った人物に対して向ける視線には悍ましいものを見ているかのような恐怖の感情が含まれていた。

 

「「…!!?」」

 

「…うっ……」

 

「(な、なんて姿だ……こんなの不気味なんてレベルじゃないぞ…!?)」

 

「(これが『猟犬』…初めて見たが年端もいかないような奴なのにここまで……何も感じないのか…?)」

 

 この場にいる者たちがこういった気味悪がる視線を向けるのは無理もないことであり、猟犬その姿は異常そのもので頭頂部から足先にかけて全身を鉄と火薬の匂いが混ざる赤い液体で染めていたからである。

 流れ落ちる液体は一歩一歩歩くたびに薄い赤色の足跡として床を汚し、鋼に近い色合いの髪から滴る液体を拭う動作をするだけでも点々とした赤をさらに床に広げた。

 普通なら不快で堪らないはずの状況であるのにも関らず猟犬と呼ばれた人物は何事もないように黒髪の人物の隣に同じように背を伸ばしてその場で静止する。 

 そして大佐と呼ばれた人物に対して何を考えているのか分からない無表情のまま視線を向け、そのまま淡々と口を開いた。

 

「命に従いポイントβ及びδの帝国(アーチス)の軍の殲滅は完了。少佐、大佐、次の命令を。」

 

「そう…ですね?戦闘が済んだのならそのままじゃなくて全身の血を洗い流すくらいはして欲しかったですかね…?」

 

「陳謝いたします…猟犬には集合地点と時間のみしか伝えていなかったため、それに合わせるためにこの状態のまま来ることになったみたいです。…これは自分の不手際であったため猟犬には…」

 

「了解した。すぐに全身に付着した血液の除去を実行してくる。」

 

 若干の引き攣った笑みを浮かべて苦言を溢した座る人物に対して腰を折りながら小さく謝罪する黒髪の人物の横で、猟犬と呼ばれた人物は踵を返して部屋を出て行こうとしていた。

 突然の行動に周りにいた他の人間は猟犬から距離を取るように一歩後ろはたじろいて、その動向一つ一つをただ見ることしかできていない。

 しかしただ1人、身体を起こした黒髪の人物はすぐに背を向けて出て行こうとするその肩を掴んで行動を止めた。

 

「…待て。はぁ…もうここまで来たのならそのままの状態でいてもいいですか?…次からは戦闘完了後は付いた血を流してから来るようにしろ。」

 

「ええ、問題ありませんよ。今回も仕方ないと言うことにしてこのまま状況の確認を行いましょう。…今から話す内容は時間との勝負な部分もあります。」

 

「了解。次回より戦闘が完了次第に形式的にその命令を実行し、これから行われる会話の内容も一言一句聞き逃さないようにする。」

 

 再度猟犬は少佐の隣に移動してじっと光の灯っていない目を大佐に向けて次の言葉を待っている。

 周りの人間は血まみれの人間と権威のある人物が並んでいるこの異常さが滲み出ている状況に困惑の色を示していたが、大佐はそのことについては特段気にせずに片目を閉じながら口を開いた。

 

「改めてお疲れ様です、猟犬、少佐。今回の帝国(アーチス)の侵攻の件ですが、これはこちらが力負けしたが故に起こったものでした。スチードは地形的な部分から見れば攻めに対する対策を絞ることが出来るのが利点となる国。この国背後に佇む険しい山岳地帯、横を見れば姿を隠すのに最適な生い茂る木々の海…帝国(アーチス)側が攻め入るとしたらポイントβやδといった森と何もない平地の境界線となる部分をその足で進むしかなかった。」

 

「はい。それはこちらもよく把握していることでした。…しかし何故、今回は力負けしてしまったとハッキリ言い切るのですか?」

 

「ええ。その理由として、先に挙げた2つの他にこの国の天然の防衛策としてもう一つ『ハインドレート』がありますね?この国(スチード)とコルディセスを除いて帝国(アーチス)側と強制的に位置関係を分断してくれている海…報告によれば、二人は実際には見ていないと思いますがこの海を乗り越えてきた軍艦なるものが数隻確認されたそうですね。積んでいる兵器もかなりもので、辺り一体を更地にする砲弾だけでなく最新鋭の電気兵器も搭載していたようです。」

 

「軍艦、それに加えて新たな帝国(アーチス)の軍事兵器ですか…」

 

「………」

 

 一瞬だけだが少佐は隣に立っている猟犬の顔を横目で伺うが、それを見て目をほんの少しだけ開いた後、すぐに戻して大佐の方を視線を移した。

 

「(珍しいな…今のに反応しないなんて…)…なるほど?帝国(アーチス)は海を回り込むように動く地上戦ではなく、一定の安全が保証される海上からの侵攻にも切り替えた…となると、こちらはそれに対応できずに押し込まれた、というわけですね?」

 

「…嫌味のつもりで言うわけじゃないですが、良くも悪くも猟犬の活躍によって生まれてしまった新たな攻め手ですかね…?話を聞く限り、2人がコルディセスの奪還に成功してから今日まで、帝国(アーチス)側の軍隊が全く見なくなったみたいじゃないですか?そして入れ替わるように海からの直接的な侵攻…ここまで話せば、こちらが2人を呼びつけた理由の把握は出来るんじゃないですか?」

 

 閉じていた片目を薄く開いて見上げるように大佐は視線を送りながらそう言ったが、すぐに納得したような表情をした少佐は向けられた質問の答えを口にする。

 

「はい。現在もハインドレートのこちら側に位置する沖付近に戦艦がまだ停泊している可能性が高く、帝国(アーチス)側もまだ先導隊がやられた程度の被害。…まだ二次の攻撃が来る可能性があると…」

 

「正解です。流石は『英雄』とまで呼ばれた人ですね?すぐにこちらの望む答えを連想してくれて助かりますよ。」

 

「…嬉しい言葉ですが、それは昔の話です……今の自分はその名が合う人間ではなくなりましたので…」

 

「そうですか?こちらとしてはまだ名乗りを上げてもいいと思ってたんですがね?」

 

「………」

 

 大佐の言葉に対して少佐は表情を少し暗いものにして口をつぐんだ。

 2人の間に一瞬の気まずい空気が流れたが、大佐はすぐに一度咳払いをして場の雰囲気を戻した。

 

「…話を戻して、帝国(アーチス)は技術的面を見て言えばこちらよりも圧倒的に上。軍艦やそれに積載されている兵器がいい証拠であり、それらに限らずまだ様々な手を使ってくると考えられます。現在偵察隊を向かわせて軍艦があると思われる沖周辺を捜索しています。猟犬には悪いですが、見つけ次第それを…」

 

「お話し中失礼します…!偵察隊より連絡が…!」

 

 言葉を紡ぎかけていると、まるでこの会話を聞いていたかのように再び扉の先から部屋の中に向けて声が聞こえてくる。

 椅子に座る大佐は薄く笑みを浮かべた後、すぐに扉の先にいるであろう人物に向けて声をかける。

 

「…おや、丁度いい。入って来て下さい。」

 

 大佐が入室の許可を与えると慌てた様子で1人の隊員が扉を開けて部屋に入ってくる。

 その様子を見る限り目的としているものを見つけたということはこの場にいる誰もが確信を持っており、その出てくる言葉を待っていた。

 しかし、その口から告げられたのは想定していないものであった。

 

「はぁ…はあ……ハインドレート周辺、巨大な炎が上がっている地点を確認したため偵察隊が向かったところ…『すでに軍艦が火に包まれていた』ようです…!」

 

「「「…!?」」」

 

「数にして3隻…!残り2隻は既に沖を離れて帝国(アーチス)方向へ退避していたという報告もありました…!」

 

 思っていた内容と大きく乖離した報告を受けてその場にいた全員が呆気に取られたように動かなくなった。

 この報告を受けた2人はすぐにそれぞれ表情を真剣なものにして思考を巡らせ始める。

 

「………んん?」

 

「(…どういうことだ?こっちは既に戦地にいた兵を下げて攻勢に出れる人員はいなかったはずだ…それなのに帝国(アーチス)側の軍艦が沈められていた?)…!……まさか…」

 

 報告を終えた隊員が部屋から出るのと同時、少佐は鋭い目つきを隣に全く表情や仕草を変えずに立っている猟犬へと向けた。

 それに対して猟犬は逃れるように目線を小さく少佐とは逆方向に移した。

 

「…………………」

 

 ーーーバレた。

 

「…猟犬。ポイントβとδの距離間は数値にして約6キロ。お前の足なら数分もすれば到着し、すぐに殲滅に移れば全体を通しても時間にして半時はかからなかったはずだ。戻ってくるまでの時間も大雑把だが計測にいれてもこんな日が沈む時間になるまではないはずだ……あっちで何をしていた?」

 

「……命令通り、帝国(アーチス)の殲滅だ。」

 

 猟犬の微細な動きを見逃さなかった少佐は一度、深く息を吐く。

 無言の時間が数秒流れ、部屋の空気が冷えたように感じられた。

 

「…聞き方を変えようか。お前は今報告に上がっていた軍艦に手を出したのか?それで…引っ張り出したのか?帝国(アーチス)が持ってきていた最新鋭の兵器ってやつを?」

 

「…………」

 

 猟犬は声色が重くなった隣の人物から問い詰められても表情と姿勢を全く変えなかったが、この沈黙は同意と捉えて良いだろう。

 それでもその様子をじっと見ていた少佐は頭を軽く抱えた後にすぐ小さく苦笑している大佐に対して頭を下げた。

 

「はぁ…大佐。猟犬が命令違反をしたことは後で自分から色々とキツく言っておきます。…そちらの予定を狂わせてしまい申し訳ございません…」

 

「…いや、これは流石に嬉しい誤算だと思っておきましょうかね?しかしなるほど…すでに軍艦をですか…」

 

「(…!?まさか…本当に1人で軍艦3隻を…!?)」

 

「(いや流石にありえないだろ…!報告によれば一隻に数千人が入り込めるほど巨大なものだったんだぞ…!?)」

 

「(じゃあ今、少佐はなんで大佐に頭を下げた…!?それに猟犬は1人でコルディセスを奪還したって噂だろ…?!それなら今の話は…)」

 

 今のやり取りを聞いていたか他の隊員ざわつきが大きくなったが、その空気に呑まれることなく再び大佐は目を細めたまま何か考えを口に出そうとした。

 しかし椅子を軽く引き、背筋を伸ばしながら一度ため息をつくと、少佐が顔を上げたタイミングに合わせて口を開いた。

 

「…少しこちらに時間をくれませんかね?色々と今後の想定の組み直しが必要そうです。…明日の昼頃、帝国(アーチス)側に動きが無いようでしたら猟犬と共にまたここに来てくれますか?」

 

「…承知しました。(…軍艦から引き抜いたその武器はどこに持っていった?)」

 

「…………」

 

 少佐は呆れが混じった視線を隣に向けながら口の動きで問いかけを行うと、何か口に出すわけでもなく猟犬は手を後ろで組んで自然なハンドサインを送った。

 それを見た少佐は表情には出なかったが、何か見当がついたように横の猟犬から視線を外して改めて天井に視線を向けていた大佐に対して口を開く。

 

「(……あそこか…それならここから出次第すぐに向かうか…)…では大佐。自分達はここで失礼します。」

 

「失礼する、大佐。」

 

「…ええ。ではまた明日。」

 

 話が終了すると猟犬は視線を真っ直ぐ扉に向けたままつかつかと歩き始め、少佐も軍事帽を被り直して早歩きでそれについて行って部屋を後にした。

 2人が退出した後もしばらくの間、部屋の中で沈黙が続いていたが、隊員の1人が椅子に深く腰掛けて窓の外を眺めている大佐に対しておそるおそる口を開いた。

 

「…大佐は猟犬をどう思っているのですか?奴の活躍は私たちも何度も耳にしています…しかし、銃やそれ以上の兵器よりも扱いが難しいのではないですか?」

 

「…そうだね。猟犬は少佐と僕及び、帝国(アーチス)の殲滅以外の命令を受け付けないように『作られている』からね?君たちも今の話を聞いて分かったと思うけど、猟犬は帝国(アーチス)の技術を結集させた兵器や人員を総動員して比べても、それ以上の力を持っているだろう。」

 

 砕けた口調になって話し始めた大佐に対して部屋に残る数人の隊員は視線を向けることしか出来ていない。

 不意に大佐はテーブルの上に置いてあった手記を開き、そこに挟めてあった目の濁った猟犬の写る写真を手にとった。

 

「僕もあそこまでどんな兵器よりも勝るモノが生み出されてしまったことには困惑したよ… 故に『危険(warning)』。猟犬は『今は』確かに僕や少佐の命令を聞くだけの軍事兵器だが、どこまで行っても中身は僕らと変わらない『人間』だからね。不要な感情を持ち合わせてしまったことに起こる拒否反応は…どんな兵器や人間よりも恐ろしいかもしれないね?」

 

 ハッキリと『危険』と言い切ったことで猟犬に対して畏怖の目を向けていた隊員たちの空気がさらにピリついたものになる。

 

「お言葉ですが…それでも使い続けると…?」

 

「ええ。猟犬はああ見えても少佐に対しては僕よりもかなりの信頼を寄せているからね?彼が猟犬に対して不要なものを持ち込ませない限り、猟犬は兵器としての役割を最大限に発揮し続けてくれるだろう。君たちだって、帝国(アーチス)よりも圧倒的な個の力を持つこの国の要として、猟犬に頼ることが1番の最適解になるのは理解したんじゃないかな?」

 

「「「……」」」

 

「…まあ、今話したのは僕の理想論だよ。猟犬は現在進行形で帝国(アーチス)の脅威として少しずつだが認識が広がってきている。これは、抑止力になるのと同時に帝国(アーチス)にとっても必ず排除すべき存在として見られる可能性も勿論高い。でも猟犬がどのようになり、この先がどう転ぶかは今は少佐に任せるとするよ。…それこそ『何もないなら』…ね?」

 

 そう言いながら写真を再び手記の中に戻して閉じると、身体を伸ばしながら立ち上がってさらに窓の近くに歩み寄って行った。

 その瞳に映っているのは、弧の部分を残してあとは夜の中に溶け込むようにして欠けている月であった。

 

「…いいかい?これからもスチードはそう簡単には堕ちない。そしてそれは今日まで帝国(アーチス)の手にこの国が渡っていないことは証明している…この国が朽ちるのはまだまだ先だよ?」

 

 そう言いながら振り返り、空に浮かぶ月のように薄く細めた目を部屋の中にいる隊員を見渡せるように向ける。

 軍事帽を外して窓から差し込む月光に淡く反射している髪を指に巻き付けながら立つその姿に部屋の中にいた隊員は息を飲む事しか出来ていない。

 そして大佐は軍事帽を椅子の角に引っ掛けながらテーブルの横を通り抜けて部屋を出て行こうとしたが、ふと自分が進もうとした足元に目を向けた。

 

「…取り敢えず、床の掃除をし終わったら今日は解散にしようか。えーっと…確か雑巾は…」

 

「…ハッ!大佐は先に席を外して下さい!私たちが汚れを処理するので本日はこのまま…!」

 

「クソ…猟犬の奴…!ここは俺たちが手をつけるので大佐は先にお休みになっていて下さい!…よし、すぐに道具を揃えて片すぞ!」

 

「はい!」

 

 自身を除外してとんとん拍子に話は広がり、次々と部屋から人が出ていくといつの間にか部屋の中には大佐1人が残されている状況になっていた。

 残った大佐は椅子の背にかけてあった軍事帽を手に取り、そのツバを指先で回しながら足元に残る赤い足跡をじっと見つめた。

 

「(猟犬…脅威として見られる存在が兵器ではなく人間の形で現れるとはね…アレのことをこちら側の危険因子として見るべきか判断するのは…)……今はまだ、流石に様子見かな?」

 

 大佐は誰にもバレないように大きなため息をはいた後、部屋に一度会釈してその扉を閉じた。

 

*******

 

「ふぅーーー…お前なぁ…命令以上のことは極力控えるようにしろと言ったはずだろ?それに大佐の前なのにあの様子だったのを見るに、随分意気揚々と軍艦に突っ込んで行ったみたいだな?」

 

 水の流れは音が鳴り響く小屋入り口付近で黒髪の人物は煙の出る紙筒を加えながら呆れた口調で話していた。

 しばらく返答は返ってこなかったが、水の音が鳴り止んだタイミングで小屋から出てきた少年が全身の服を濡らした状態で出てきながら口を開いた。

 

「周囲にスチードの隊員はいなかったのは確認済み。こちらは脅威として目の前に現れたものを排除しただけだ。兵器も軍艦内の敵隊員殲滅の目的遂行中に見つけたものでソレが目的であったわけではない。」

 

「身体の水気はしっかり取ってから持ってきた服を着ろ。…それで、その兵器はどういったものだったんだ?奪い取ったそれを扱って他の軍艦を沈めたんだろ?」

 

 少佐は紙筒を指で挟んで吸い込みながら、余った手に持っていたヨレヨレのタオルを使って乱雑に出てきた猟犬の頭をふき始める。

 それを受けながら水の滴る服を絞りながら猟犬は目を細めて実際に飛び込んで行った戦況の説明を行う。

 

「そうだ。軍艦から持ち出した兵器を手探りだったが扱い、2つは沈めたが残り2つは取り逃した…命令の枠を飛び出して行動したのにも関わらず殲滅し切ることが出来なかったのは謝罪する。しかし持ってきた兵器の威力の保証はできる。」

 

「(…最新鋭の電気兵器と言うだけあって、噂に聞いた蓄電した電気をエネルギーとして放出するものか?)なるほど…ひとまず俺もお前の持ってきたそれ見たいから早く『アトマ』の所に行くぞ。あそこに大佐に会う前にその兵器を預けてきたんだろ?」

 

「そうだ。見せたら目がキラキラしていたぞ。」

 

「アトマの様子は聞いてない…だが今回に関してはいい収穫だったかもな?報告によれば軽い津波を引き起こすほどの大きさを持つ軍艦を沈めるほどの威力があったと…それならその兵器の解析さえすれば今後とも利用価値は十分にあるな。」

 

 タオルから手を離して紙筒を吸い込んで煙を蒸しながらぶつぶつと考えを巡らせる少佐であったが、猟犬は頭の上に乗せられたタオルで身体を使って水気を取りながら表情を変えず、じっと空を眺めながら何か話している少佐を見つめていた。

 

「………」

 

 ーーー不快。

 

「ん、どうした?急に黙り込んでこっちを見てきて…」

 

「少佐、前から思っていたがその煙の匂いはどうにかならないか?火薬や血と全く違う匂いが身体に付いたままだと周囲の確認を行う際の阻害に繋がる可能性がある。」

 

「…ああ、悪いな?…コレは気が休まらない者に与えられる特権って思ってくれ…それにしても珍しいな?お前がそんなこと嫌そうにしながらコッチに言ってくるなんて…その目を見る限り、大分この匂いがキツイみたいだな?」

 

「ああ。嫌いな匂いだ。」

 

 ハッキリと嫌だと言い切った猟犬の言葉を聞いて、少佐は不意打ちの攻撃を食らったように目をピクリと開いて猟犬に一瞬だけ視線を向けた。

 そして咥えている紙筒を指で挟んで再度口から出して煙を猟犬とは逆方向の空に向かって吐き出しながらどうしようかと困ったように頭に被っている軍事帽を数回叩いた。

 

「…お前から自分の気持ちをハッキリ明言してくれるのは正直有難いが…これに関しては申し訳ないが慣れてくれないか?そうだな…試しにお前も吸ってみるか?中々美味いぞ。」

 

「拒否する。だが命令なら実行に移す。」

 

 猟犬の拒否の言葉を聞いたことで少佐は少し残念そうな表情を作って煙を吐き出す。

 

「流石にこれは命令にはならないな?…しかしまさか、こんな形でお前が嫌いって言い切るものが見つかるとはな?吸う時はお前がいない時だな…」

 

「問題ない。少佐がそれを必要と思っているのなら、不快だと思う感情もこちらがなくせばいいだけ。こちらのことは気にせずにいろ。」

 

「(そう言われると余計吸いにくくなるんだが……今後の事も含めて色々考えるのは後回しにするか…)それはそれでなぁ…まあ、いい。とりあえずはアトマのところに行くぞ?」

 

「了解した。」

 

 かなり短くなった紙筒を地面に落とし、燻っている灰を足で踏み潰しながら軍事帽を被り直す。

 猟犬も水分を吸って濡れたタオルを開いている窓から小屋の中に向かって投げ入れた後、歩き始めた少佐の合わせるように隣に移動した。

 2人が進んでいく道の先、夜も深くなったことでほとんどの明かりが周りに立ち並ぶ家屋から消えていたが、ぽつんと淡い光が漏れ出ている小屋があった。

 夜の暗闇の中を進み続けて2人はその小屋の前に辿り着くと、猟犬は扉を数回叩いて「戻ってきた。」といった最低限の言葉だけを扉の先にいるこの家の主にかけた。

 そしてその声に反応して扉が小さくゆっくりと開き、先から物静かそうな少年が顔だけを出してきた。

 

「あっ…待ってたよハリス……あ、あれ?な、なんでそんなびしょびしょになってるの…?さっき身体中に付いていた血はないみたいだけど…」

 

「……驚かせてしまったか?」

 

「……うん…本当に心臓が止まるかと思ったよ…」

 

「それは…申し訳ないことをしたな…?だが、少佐の命に従って落としてきた。このような見た目になっているが気にするほどのことではない。」

 

「…服を着たまま全身を洗い流すのは、次からは止めるようにしろよ?…それにしても久しぶりだな、『アトマ』?ハリスが強奪してきた兵器についてこっちも見てみたくてな、少し時間をもらえるか?」

 

「んえ…!?あ…しょ、少佐も一緒だったんですね…!お、お久しぶりです…!も、勿論です…えと…少し散らかってますが、どうぞ…!」

 

 アトマと呼ばれた少年は、猟犬のすぐ後ろから現れた少佐の姿を見て顔をすぐに引っ込める。

 そして慌ただしくしながら部屋の中に戻っていたアトマに続くように猟犬と少佐の2人は部屋の中に入っていった。

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