戦火の心臓 作:Navi
自分がスチードを飛び出して以降、この地に雨が降ったのだろう。
ひどくぬかるみに沈む足で踏み出せば、泥が絡みつき、引き戻される。
普段なら、これほどの傾斜と泥など気にも留めなかったはずである。
だが、足の奥に鈍い痛みが走り、地面を蹴る力すら奪っていた。
「(…っ!グッ……動け、動け……ッ!)」
そして取り込まれる空気の冷たさは身体を冷やすような働きをせず、絶えず血の味が広がる口を通って内臓を痛めつけていた。
先ほどの爆発の影響のせいか、身体に籠るような焼ける痛みは少しずつ身体を蝕んでいく。
加えて心臓の鼓動によって生じる振動を受けるだけでも、焼けるような感覚が内側から這い上がり、視界がかすむ。
「ッ……ハァッ、ハァッ……この…程度で…!(…まだだ…まだなんだ…スチードは、まだ…生きている…!!)」
背後から聞こえてくる銃撃の音は距離を離していっても鮮明に耳に届いており、それは新たな
あの場に残り、自分に意志を託して
そして自分に向けられたあの声や表情も言葉に言い表せないものになって、頭の中でざわつきへと変わる。
だがこれは、自分にとっては悪いものとして感じるものではなく、むしろ湧き出ていた感情を鎮めるような、自分の気が何故か楽になるようなものであった。
しかしこんな感情が湧いて出てくるのにも関わらず、今更になってここまで感情の傾きが生じているのか理解できないでいた。
「(…っ…スチードは…
こうして誰かに託して戦場を駆けるのは初めてであるが、これは『猟犬』として求められている在り方ではない。
ただ敵を撃ち殺すことこそが『猟犬』としての価値あり、その今までを投げ捨てるような行動をとっているのは自分でも理解はできている。
他者に感情を傾けるなと何度も教え込まれてきた。
しかし今は、自分の中で渦巻く感情が進むべき道を指し示している。
「(…っ…だが、今だけは…!)」
これが正しい選択だったかは分からない。
だが、それでも今はこうして前に進むという選択肢しか自分には残されていなかった。
湧き出る感情に支配されて身体が動いているが、これを『正しい』と思う事しかできない。
「(あの爆破音と光は…スティラの兵器のもの…あれが鳴り響いたということは、スチードの中心にはまだ
コルディセスで
これはスチードが
繰り返し伝えられていた戦況の移り変わりから
そして、ここへ戻るまでずっと気掛かりであったスティラの安否も、先ほどの爆発で確認を取ることはできた。
「(…スティラは……まだこの戦況の中でも生きている…!)っ……まだ…まだぁっ…!」
「『ーー…誰…か……聞こえ…ーー…』」
「……!!」
身体を押し潰すようなざわつきと、その中から微かに照らされた安心感によってごちゃごちゃになっていた頭の中に入り込んでくる声があった。
それは、何度も自分の隣で、あるいは前から聞こえてきたもの。
この声が届いた瞬間に周囲の音がすべて遠のき、意識はそのか細い声だけに向けられた。
すぐに答えるように通信機を口から流れる血で汚しながら叫んだ。
「スティラか…!?こちらには、聞こえている!こちらがいない間にスチードで一体何が……スティラは無事で…いるのか…!?」
「『…!ハリス…さん……
通信機越しからでもスティラは意識を朦朧としているのが分かるほどの状態なのが聞いてとれる。
この声を聞いた瞬間に心臓が急速に冷たくなり、熱が引いていくのを感じた。
他のスチードの隊員と共にハインドレートにいるはずであったが、聞き取れた声の様子から今は1人で戦場に立ち続けているのが分かった。
「…っ!?無理に話さなくていい…!
「『…?あ、あれ…?おかしいですね……結構軍艦の近くで…爆破させたはずなのに…まだ……残って…』」
「……!」
地面を割るような爆破の音が通信機越しからでなく、目の前のそびえ立つ傾斜の奥から鳴り響いた。
しかし明らかに状態が悪いという事は今の様子から改めて実感し、そんな中でまだハインドレート上の
ただ焦燥感と迫られるように漏れ出る恐怖心のためにその場に止まっているのは、あまりにも危険性が高いと言い切れる。
「その状態で留まらなくていい…!爆破の影響はそちらにも甚大なはずだ…すぐにその場から離れて大佐からの命令を…!」
「『…っ……それは、できません…!私は……ハリスさんの代わりに、この戦場に立っているんです……だから次は、私の番なんです……私が……ハリスさんの、帰るべきこの国を…守るために…!』」
「……!!」
ハインドレートに例え上陸させてもまだやりようはあるはずであったが、今のスティラには『その場から離脱する』という選択肢がなかった。
それに加えてただの言葉だけでは曲がらないような意志でいることも…今の会話だけでもよく分かった。
「っ…それはダメだ!コルディセスでイエラに頼まれたんだ……スティラを守ってくれと…!たった1人の家族を守ってくれと!だからこれ以上は…2人をこれ以上…!」
「『…!…会ったんですね…イエラと……ハリスさん、コルディセスを、私の妹のことを守ってくれてありがとうございます……二度もハリスさんに助けられることになりました…ね……本来は私の役目なのにハリスさんに全て任せてしまいました…本当にありがとうございます…』」
「…!?何を言って……あと少しなんだ…!もう目の前にスチードがある…だから、すぐにその場から離脱してくれ!大佐たちとの連絡が取れず、
こうして運良くスティラとは連絡が取れている。
だが、大佐を含めたスチード中枢からは未だに情報が届かない。
そのため、ポイントαまでは
もし仮に、反対地点に上陸していたとされる
「『…まだ…ここで動けるのは私だけなんです…!…残っている軍艦から弾道弾がもう一度発射されれば、今度こそスチードは全て崩れます…!だから引くことはできません……今ここでそれを撃ち落とせるのは…!』」
「…っ…だが、その状態のスティラの元にポイントδ側の
「『…っ!?また…!ーー…ーーー』」
「(…?!クッ…これも爆発の余波か…!?)……っ!?」
爆発音と共に甲高い電子音が通信機から鳴り響き、スティラとの連絡が再び途絶える。
そしてさらに連続して聞こえてきた爆発音と空気を焼く光が鈍色の空に反射するように自分の視界と耳に飛び込んできた。
だからこそすぐにでもレーヴルを越えて目の前に存在しているスチードへ向かう必要があるが…目の前に伸びている道はまだ自分の行手を拒む。
「ハァ…ハァ…」
顔に飛び散る泥を袖で乱暴に拭い、皮膚が裂け、爪の剥がれた足裏の激痛に歯を食いしばりながら地面を踏みしめる。
足を前に出すたびに、痛みが骨の奥から脳を突き抜ける。
そんな中、通信機からもう声ともつかない音の断片が、ひび割れた鼓膜を震わせ、何もできない自分の無力さに首を締め付けられて息を止められるような感覚を覚えた。
「『…ーー……ー…ーーー…』」
「(…なぜ……だ…なんでここまで…オレは…?)」
なんで自分は、今までこうして猟犬として生きてきた?
敵を、
これが、少佐から望まれていた命令。
他者から向けられる感情の増悪に振り回されず、ただ淡々と目の前の
それが、大佐から与えられた命令。
これらだけを与えられ、求められた…
……はずだった。
「(……オレは…与えられた…それだけを求められた…なのになぜだ…?)」
だが何故、自分はここに立っていることを…この与えられてきた目的に対して恐怖を抱いている?
「(……分かって…いる…はずだ…この理由はすでに…だが、なんで…なんでなんだ…!?)」
いや…その答えは自分の中で輪郭を作って心臓を握りつぶすような重さを持って存在している。
だが、それでもこの恐怖の理由だけは──まだ分からない。
ーーでは何故、猟犬という生き方に恐怖を抱いている?
「(…っ…ここだ……あと…ここを越えれば…スチードは…!)」
そしてコルディセスでのイエラとの会話から自分を押し潰すような重圧を感じ続けていた。
万が一、目の前からスチードから飛び出した際に想像してしまった少佐のようにスティラを失ってしまったのなら…と。
未だに通信機から鳴り続ける砂嵐のような音が、こんな想像したくもないことを頭の中で点灯し続けている。
「『……ーーー…ーー…ー』」
スティラと自分は出会ってから日はまだ浅い。
それも自分が猟犬として戦場に立ち続けた時間と比べても、それとは比較できないほどの間が空いている。
しかし記憶に擦り出されるのは、自分と行動を共にしてくれていた、スティラの表情であった。
きっとこの短い時間の中でスティラと共に満たされた時間が、自分に沈めるような苦しさを与えていた。
…何故、今になって何度も吸い込んできた火薬の匂いが漂うこの空気が、これほどまでに心臓を締め付ける?
何故、スティラを失うというただの可能性が、ここまで自分を蝕む?
その理由を…今もなお、自分は言葉にできずにいる。
ーー自分は何故、ここまでスティラ失うのが恐ろしいと感じているんだ?
「……ッ!」
雨と爆発が引き起こした土砂崩れが何度も行く手を塞ぐ。
そのたび、倒れずに残っていた木の幹を蹴り、飛び越え、ようやく開けた山頂へと辿り着いた。
視界に捉えられる上半分は鈍色に染まっていたが、下半分が一気に何度も見続けてきた熱を持つ朱色に染まった。
「(…!?炎の広がりがスチードに近い…!)まさか…
すぐに開けた視界の先にあるはずの景色を目に入れようとしたが、その瞬間に目を抉るような閃光が自分に照らされた。
反射的に腕で目を覆った閃光の直後、遅れて襲い来る衝撃が脚を凍りつかせ、次の一歩を奪っていった。
そして身体を飛ばされないように近くの木々に密着させてしばらくの間耐えていた。
嵐のような熱風が通り抜けると、まだぼやける視界を元に戻して目の前の光景に視線を移したが、それは今まで自分にとって最悪なものであった。
「……こ…れ……は…」
山頂から見下ろしたスチードの様子は特に変化は見られず、慌ただしく動き続ける人間の小さな人影の確認が取れた。
しかし反対に、ハインドレート上には数十を超える軍艦が灰色の海に朱色の灯りを灯しながら沈んでおり、さらに黒煙を上げて燃え広がるスチードまで続く木々は衝撃のため根本から倒れていた。
スチードまでにはこの余波が届いていないことの確認はこうして取れたが、それでも受けた被害は今までで1番甚大なものになっている。
目の前の景色から、スティラこの中で立っていることをまざまざと見せつけられていたが、呼吸や視界が乱れ、頭の中ではその理解を拒み続けていた。
「…スティ……ラ……?」
呆然となった足が動かず、空っぽになった頭に入り込んでくるのは延々と燃え続ける倒れた木々と海上に広がる軍艦のみ。
目を背けようとしても、激しく響く鼓動と荒い呼吸が、これが現実だと何度も突きつけてくる。
自分はすぐ近くに、目の前にいたのにも関わらずに間に合わなかったというこの引き戻さない事実を…何度も。
「………ぁ…」
漏れ出た言葉は血の匂いを染み込ませ、向かってくる熱を持った風に乗って重い灰色の空へと上がっていく。
暗くなった空に向かっていく風は、ぼんやりと立ってこの光景を見る事しかできていない自分を置いてどこまでも高く無情に昇っていく。
焦げた匂いを漂わせながら揺れる軍服が、今の自分にはあまりにも重く感じてしまっていた。
「『…ーー………は…ーーー…ハリス…さん…?』」
「…っ!スティラ…!!」
だが、ほんの一瞬だけ雲の隙間から漏れ出た太陽は自分の名前を呼ぶ声に合わせて光を差し込ませてきた。
さっとレーヴルからやってきた冷風は昇っていくはずだった空気を上から押し付け、それを受けた自分も意識を元に戻した。
「『うぅ…オールクリア…です……私の声、聞こえていますか…?なんとか…なんとかハインドレート上の…
「そ…うか……無事、だったんだな……」
話すべきことはいくらでもあったが、それでも重くなった口から出てきたのは小さな返答のみであった。
通信機から流れてきた声を聞いて次に浮かび上がってきたのは全身から力が抜けるような安堵。
こうしてスティラの無事が確認できたことによって冷え切った身体に再び熱が篭るような感覚になった。
「『心配…させ過ぎました……ごめんなさい…どこにいるか分からないですが、そこからスチードの状況は見えています…?』」
「…っ!…あ、ああ…聞こえている…そしてたった今、こちらもハインドレートの状況を目視できた…だがこれを、スティラ1人で…?」
再び自覚した痛みに耐えながらも寄りかかっていた木の幹から背中を離して空気を取り込みながら口を開いた。
特に浜から一番近い地点に沈み、火柱を上げて燃え続ける軍艦を見てスティラがギリギリの状況で戦闘を行なっていたことが伺えた。
「『はぁー…本当にギリギリ……でしたね…?…1度目の弾道弾の爆発を受けた後…一瞬気を失ってしまってこの距離まで……ですが…もう、大丈夫ですよ…!』」
「…了解…した……だがここまで、ハインドレートから侵攻が…」
「『あっ……余裕が…なく…もっとこの状況について伝えれば良かったのですが……これについても、ごめんなさい…それが出来ていればハリスさんをここまで心配させず…』」
「…っ…いや……感謝する…こうしてハインドレートからの脅威は除かれたんだ…そして、スティラも………あ…?」
「『…!ハリスさん…!?』」
目の前に広がっている景色を見て緊張が少し緩んでしまったせいか、勝手に足から力が抜けて膝をついてしまう。
だが、通信機の先から聞こえてきたスティラの声を聞き、意識が闇に引きずられる前に、自らの脚に銃床を叩きつけて現実に縫い留めた。
そしてすぐに息を入れ直して近くの木を支えにしながら立ち上がり、スティラがいるであろう地点に向かって少しずつだが歩いていく。
まずはスティラとの合流…そして次に自分がすべきは上陸しているであろう他の
「『何かあったんですか…!?まさか
「はぁ、はぁっ…グッ…問題……ない…すぐにスティラはその場から離れてくれ…こちらもすぐに合流を…………!?あれは…!」
ふと延々と炎が伸びている海の先に目を移すと、遥か遠方にまだ一隻点在している軍艦を確認した。
沈みかけている残骸によって位置的にスティラには目視できないような位置におり、すぐに通信機に向かって声をかけてたった今、目にしたことを伝える。
「っ…!スティラ!10時の方向北寄り…まだ一隻残っている…!」
「『…えっ!?わ、私はいつもの地点に戻ってきていますが…私から見て軍艦との距離は…!』」
「約4.7キロ…スティラの位置からはおそらく見えないが、周辺の状況を見る限り、あれが最後の一隻のはずだ…!」
明らかに他の軍艦から距離をとっている様子やその位置関係から、このハインドレートの侵攻においての指揮系統を担う人間がいるという予想はついた。
しかし、今の自分では所持している兵器の関係上、この距離を打ち抜けずにスティラに頼ることしかできなかった。
「『…分かりました。それなら問題ないです……ふぅ…ハリスさんはそこから引き続き目視を…!ここから私が確実に撃ち抜きます!』」
「…ああ……これは、スティラにしかできないことだな…」
自分は位置を伝えただけであったが、通信機越しから聞こえてくる装填音や重い金属の擦れる音が続けて聞こえてくる。
何度か近くでこの音を聞いてきたが、やはり耳に残り続けるこれを聞くだけで気持ちが落ち着くような感覚になる。
加えて繰り返すように聞こえてくる呼吸の音に耳を傾けながら改めて距離を掴むために視線を水平線の向こうに向けた。
「『装填完了…ハリスさん…!通信機がまたしばらく機能しなくなると思いますが、まずは耳を塞いでいて下さい…!』」
「了解した…こちらは準備できている…!」
「…ハインドレートからの
スティラから指示を受けて耳を塞いでからすぐのことであった。
直接目視できる白い砂浜からかなり距離が離れているのにも関わらず、自分に対してもつんざくような轟音の響き渡ってくる。
そして灰色の雲を切り裂くような赤い弧を描いて伝えた地点に真っ直ぐと放たれた弾が向かっていき、それが水平線の奥へ飲まれて視界から一瞬消えていった。
その次の瞬間には水平線の遥か先。
軍艦は遥かに小さく点のように見えたが、そこから太陽のような閃光が走り、遅れて爆発音が届いた。
遅れてやってきた衝撃によって、海上の波や炎が激しく横に荒れ揺れた。
「…っ!……直撃した…か…これで
「『…ーーー…ーー……は…ーー…目視できる範囲で、
再び通信機から甲高い音が流れ続けていたが、今度は先ほどと比べてすぐにスティラの声が返ってきた。
その声からはスティラが恐怖しているのが聞いてとれた。
「……こちらの代わりにこの国を守ってくれた…感謝する。」
「……!あっ…」
たとえ敵国の人間であっても、それを殺すことへの葛藤を持っているがスティラである。
今まではこの感情についてあまり理解ができないでいたが……今なら少しだけだが、それについて自分も考えを添えることはできた。
だからこそ自分がスティラに対して向けることができたのは、自分の代わりにこの国を守ってくれたという事実。
これが、今自分がスティラに向けるべき感謝の言葉だった。
「…スティラ……こうしてスチードにいてくれて感謝している。自分1人では、このような形で
「『……いえ…わ、私は…』」
「…だから……ぁ…ありが…とう…」
「『…!ハリスさん……はい…!それを…その言葉を…貴方にそう言ってもらえて嬉しいです…!…んん……で、では、私はすぐにここから離れ、一度スチードへ戻ります…!」
少し考え込んだ後、スティラが軽くうなずく様子が目に浮かんだ。
しかし、またすぐに悩むような声が通信機の先から聞こえてくる。
「…いや、別部隊の援護は…いえ、きっとまだ混乱が続いているはずなので、まずは私の口から報告をすべきですかね…ええっと…どうすれば…』」
自分の言葉を受けてか、いつも通りに見て聞いていたようにスティラの様子が明るく戻ったのを感じ取った。
これを聞いて安心感が湧いて出てきていたが…それなのに何故か、言葉を向けたこちらは喉が詰まるような感覚を覚えた。
「……ん…ではこちらはすぐに残してきた部隊の援護に向かう。…スティラは周囲を確認したのち、今言っていたようにすぐにスチードへ戻って大佐の元へ向かってもらえれば助かる……スティラ、こうして無事で…生きてくれて、本当に良かった。オレは…ああ、そうだな?本当に良かったと…思っている…」
「…!はは…な、なんだかここまで言われるのは照れますね…?えーっと……ハリスさん…あの…」
視界で見える範囲からスティラのいる地点の周辺に敵影が見えなかったため、震えが収まりつつあった足を動かしてまた戻ろうとした。
しかし、通信機越しで呼び止められたことで再び振り後ろを向くと、日の光が差し込んでいる雲の隙間から空気を切り裂くような音が聞こえた。
そしてそれは…剥き出しの心臓を鷲掴むような、潜在的な恐怖を掻き立てる酷く不快な音。
「……っ……何だ、この音は?」
「『……はい…私も聞こえて……!まさ…』」
目を細めて音のする方へ目を向けると、光と共に鈍色の雲を裂いて降ってくる何かが目に入った。
それから放たれている人の知恵と欲が形となった銀色の反射の光は、その輝きと相反してひどく悍ましく見えるほどであった。
「………はっ…?」
それを見た瞬間に駆け巡った悪寒が、すぐに身体を動かすように指示を出してきたが、それに相反するように身体は動かなかった。
何故なら、その落下地点は…まだスティラがいる海岸沿いであったからだ。
「スティ…(待…て…やめろ……やめろ…!)」
今まで目にしたことのないスピードで落下してくるそれの着弾地点になるであろう場所に目を向けると、その物体に向かって弾丸が放たれ、火花が飛び散った。
それを見た瞬間に自分もやっと全てを理解して斜面を下るように走り出したが…何もかもが遅い。
「(や…めろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!)」
何か言葉を叫んでいるのは自覚していたが、1番近くにいるはずの自分であっても音となって耳に届いてはこない。
ただ自分の意識の全ては、赤い火花を背に灰色の空を裂いて降ってくるそれへと向けられていた。
灰色の空から降りしきる炎の欠片。
その中でひとつの点が、自分の世界を容赦なく引き裂きながらゆっくりと落ちてくる。
逃げろとも、止まれとも、叫べなかった…願うことすらできない。
永遠と思ってしまうほど止まって見える時間の中で2つの衝撃がぶつかりあう瞬間であっても、頭からあらゆる思考が消えた自分はその瞬間を逸らせずに目に焼き付け、言葉にならない声で叫ぶことしかできなかった。
「ーーーーーー」
2つの衝突が引き起こるのと同時、視界に映るもの全てが白い光に包まれる。
視界が真白に染まり、世界が音を失って身体が宙に放り出される。
そして鈍い痛みが全身に走ったのち、目の前に広がった光と対照的な真っ黒な夜のような暗闇の中に意識が暗転した。