戦火の心臓 作:Navi
海上からの熱に煽られ、燃え盛る森。
その炎の中を進んでいたのは、
周囲を警戒しながら進む部隊の足元には、
だが、全員から呼吸のする音は聞こえず、燃え荒れる炎に包まれて、生々しい焦げた匂いと共に、炭のように崩れかけた骸となって無数に横たわっていた。
「……反対地点には上陸完了してるんだよな?それなのに何で、未だに隊長から指令が飛んでこない?」
「さあな?…にしても、敵なのはわかってる……けど、こんな光景はやっぱり見たくもねぇ……はぁ…早く俺たちのこと動かしてくれねえかなぁ?」
そんな広がる光景をしかめた顔をして愚痴こぼしていた
しかし、その2人に近づいていく影があった。
「………」
「……っ!!」
「…………え、ガッ!?」
その背後から音もなく現れた人影は、大きさの釣り合わぬ手で1人の首を鷲掴みにし、一瞬ののち、鈍い音と共に骨が砕かれる。
もう1人の隊員は反射的にその姿に目を向けようとしたが、現れた人影は死角に入り込み、たった今崩れた隊員から引き抜いた短剣をもう1人の首に突き立てた。
声を出されないよう口に手を当てながら突き立てた短剣を手首をひねると、刃が深深と肉を抉り裂き、骨を削ったその傷口から鮮血が飛び散った。
そして、ほとんど声を漏らす間もなく崩れた二人に目もくれず、その人物は前方の集団に顔を向けた。
「……………」
そして人影は引き抜いた短剣をそのまま前方に進んでいた
すると、短剣は
この攻撃で、ようやく前方の隊員たちの意識が背後へ向き、血まみれの人影に気づいた。
隊員たちが騒ぎ始める様子を一瞥しながら、その人影は背負っていた兵器に手をかけ、一歩ずつ踏み込んでいく。
「……………アー…チス…」
一斉に銃口を向けられたがその足取りは変わることはなく、音と炎に紛れたその影の顔は、俯いたまま誰の目にも映らない。
唯一分かることとして、炎に煽られて現れた人影が伏し目がちなその目には生気がなく、ただ死人のように虚で真っ黒な色となっていることだけであった。
*******
前を行く
巨大な軍艦を背に動き始めた
「…アーチス……まさか本当に打ち込んできやがったのか…?まだ俺たちが残ってるのによ…」
「…しかし隊長、今の弾道弾によってスチードには大きな穴が空いたのは事実ですよ。現在こちらは手筈通り第五部隊まで進んだことです、自分たちもこのまま進みましょうよ?…情報通り、コルディセスには大きな動きがありました…しかし、このままじゃ『ラントラ』の奴らに先を越されますよ?」
「……ああ、分かっている。」
両者
気さくで無理矢理貼り付けたように笑う男の言葉を聞いたもう1人の白髪の目立つ男はスッと立ち上がりながらまだ待機させている人間の方へ身体を向ける。
そして進み始めた男に対して笑みを浮かべていたもう1人の男が静かに声をかけた。
「…しかし本当、悪趣味なんて次元の話じゃないですよね?…まぁ、敗北した国による力による完全な支配……それをこうしてまだ受けていないだけマシですが……ね?」
「…だな…はぁ……こうなっている以上、もう俺たちに完全な自由はない。…だが、その中でもがくことで得ることができるものがあるのなら、それに縋ることしかできないのも事実だ。…俺たちは、俺たちの国を守るために今日……必ずスチードを落とすぞ?」
「……分かってますよ、隊長。生かされた意味があるとすれば、国を『戻す』ことだけでしょう。手間取ってましたが、そろそろ反対地点から攻めている別部隊も見えてくるでしょうし………まぁー…そうですねー……さっさとスチードの人間、全員殺しましょうか?」
「……ああ、このまま……っ!!」
隊長と呼ばれた人間が通信機を手に持ち、口を開いて言葉を発しようとしたその瞬間、遠方から1つの巨大な爆発が巻き起こった。
手にしていた通信機からは一瞬だけ何かを伝えようとする声が聞こえてきたが、それはすぐに銃声と爆発音にかき消されて消える。
すぐに周囲に置かれていた通信機に向かっていったが、それらからも同時に甲高い悲鳴と叫び声が返ってきただけであった。
「なんなんだよ……これは一体?!」
「(…ッ!こんなに早くスチードが…?!)…すぐに他のチームに状況の共有をしろ!こちらチーム0!想定よりも早いがスチードへの今爆発の起こった地点にいるはずのスチードの人間を殺し、侵攻を始め…」
しかし言葉を言い切るよりも前にさらにその場にいた
爆風に晒された海は止められていた軍艦の側面に波を打ち立てて激しい唸りを見せた。
その地点にいたであろう部隊に連絡を取ろうと近くにいた男が通信機を手に取ったが、やはり返ってきたのは苦しみ唸る声と鮮明な耳をつんざくようなの銃声のみであった。
「何…だ、これは…!?この先で……何が…!?」
最初の爆発が空気を裂いてから、間髪入れずに第二、第三……そして四つ目の閃光が海辺を包んだ。
地面が跳ね、波が軍艦にぶつかって呻く。
その全てが、死が迫る恐怖のリズムのように確実だった。
「(なにが…来るってんだ…!!)」
爆発は、思考を巡らせる暇すら与えずに近づいてくる。
まるで死そのものが足音を立てて迫るように…
そしてそれを目にした人間たちは、自分の命に残されたカウントダウンを聞かされた気がした。
そして段々と近づいてくる爆発に動揺し、その場にいた人間たちは段々と迫る得体の知れない恐怖によって慌ただしく動き始めていた。
…しかし、次の瞬間には酷く不気味な時間が訪れる。
「……?」
「……なん…だ?爆発が…止んだ…?」
5度続いた衝撃のあとには爆発はピタリと止み、あたりに響くのは軍艦に打ち付ける波と冷たい空気を運ぶ風の音のみとなった。
過ぎる1秒が恐ろしいほど長く感じる不気味なほど静まり返ったこの中で、その場にいた人間全員が息を呑んで動くことができずにいた。
「『…ーー…ーーーー』」
「『ーー…ーー』」
「『…ー……』」
「『……』」
通信機の音が消え、広がるのはただの自然音とか細いノイズ音。
それが恐怖を増幅させ、全員の心に重くのしかかった。
そして完全に通信機から流れる音が消えたことによって、鮮明に広がったのは、混じることのない自然音のみ。
だが、先ほどの爆発音や銃声がピタリと止んだことによって返ってこの自然音を聞き続けるだけで、この場にいる人間たちの恐怖心が徐々に増幅していった。
そして時間にして数十秒、得体の知れない何かに怯えるような時間が経過したのち、
「…!!隊長!!6時の方向、正面か……」
しかしその人物が声をあげた次の瞬間、その人間を巻き込んで前方から巨大な爆発が巻き起こり
それは今まで引き起こっていたものと同じものであり、粉々になって吹き飛ばされ変わり果てた隊員の姿を見せられて一気にその場にいた人間たちは留めていた恐怖が爆発したように恐怖の滲んだ叫び声を上げた。
さらに続けて全隊を取り囲むように左右から同じように爆発が発生し、完全に
そして動けなくなった残りの
「…っ!敵襲だぁっ…!!」
「(これは…アーチスの兵器か…!)…狼狽えるな!」
爆風が周囲の砂浜を吹き飛ばし、砂が空中に舞い上がる。
軍艦の側面が激しく揺れ、波が一層荒れ狂っていく。
「……!!」
「いいか!周囲に警戒を固めてすぐに分散…!そしてそのまま数で…」
この状況の中でも隊長と呼ばれた男は前方のまだ息のある隊員たちに指示を飛ばしていた。
だが、今度は爆発で生じる赤い光とは違う白い閃光と帯電音が辺りに広がり、まだ爆発から生き残っていた隊員たちに蜘蛛の巣のように放たれた電撃が広がっていった。
咄嗟に
「………お…い……なん…で…?」
この電撃によって力無く地面に倒れ伏した
数百はいた人間が数秒も経たずにこのような無惨に変わり果てた姿になったのを見て、こうなるのも仕方のないことだろう。
…だが、ここは死がすぐ後ろをついて歩く戦場である。
「…!?隊長…!……ッァ…」
唯一その影に気付いていた
そしてずしゃりと灰が降る地面を踏みつけて目の前に降り立った人間…『猟犬』の瞳孔まで黒い影に染まった瞳を見て、残っていた
「猟…犬…!……っ?!」
「………」
のっそりと立ち上がったボロボロのその人間を見て隊長と呼ばれた人間はすぐさま腰から銃を引き抜いて応戦しようとする。
しかし、猟犬は予備動作もなく持っていた銃火器の引き金を引き、
撃ち抜かれた衝撃によって
流れるように猟犬は体勢を崩した
「ガハッ、グゥッ…!!」
「………」
「…まだこっちは…死んでねえぞ…!!お前ぇ…!!」
猟犬が銃弾の発射地点に目を向けると、
そして殺意を込めた視線をの前に現れた猟犬に対してぶつけると懐からもう一丁、銃を引き抜いて乱射しながら向かっていった。
「……なんで…」
猟犬は、それに音もなく反応してみせる。
次の瞬間には、現れた猟犬は目の前の
起き上がった
その痛みが遅れて彼の目に映る。
…だが、猟犬の冷徹な視線は一切揺るがなかった。
「……カッ……っ…」
「……邪魔…」
猟犬はすぐに突き刺した指を引き抜き、喉を潰されて声が出なくなった
誰が見ても今の一撃で命が潰えたと思えるほどのものだったが、猟犬はさらにそれに加えて素早く持ち替えた銃火器の引き金を引き、その
「…っ!貴様ぁぁッ!!」
そのすぐ後ろには片腕を地面に向かって垂らし、起き上がった猟犬に向かって引き金を引こうとしていた
放たれた火花を散らす銃弾は軍艦の装甲を突き破り、中から爆発を引き起こした。
軍艦の装甲が引き裂かれた瞬間、周囲に爆風とともに火花が散り、瓦礫が空中を舞う。
この爆発によって、激しく飛び散った軍艦の破片は、残る
「ッ…!!グフッ……ァ…」
その隙をつくように再び眼前まで侵入した猟犬は、血を流しながら動きを止めた
この蹴りによって
だが、
しかし伸ばされた腕は、速射された銃弾を受けたことによって宙に弾け飛んで荒れる海の中に落ちて消えていった。
「……ッ…」
こうしてなす術なく猟犬から向けられた銃撃を全てを受けた
そんな倒れた
「ハァッ、ハァッ……ッ………貴様…は…」
「………」
何か言葉を口にしようとしていた
そして、銃口を額に押し付けられて鈍い衝撃が走り、意識が途切れるまで
*******
「…ゴボッ…ッ……すみま……せん…少…佐……ここを守りきれず……
周辺にはスチードの軍服に身を包んだ多くの人間の死体が転がっている。
その中で軍事帽を被り、身体中に包帯を巻いたスチードの少佐はまだ息のあった隊員の近くで地面に膝をつけて言葉を聞いていた。
「……ハリス…が…先に行って……いますが……弾道弾の爆発を……ゴボッ!…はぁ…はぁ……行ってあげて…下さい…」
「…っ!……すまない…遅れた俺の責任だ…約束する…
「…っ……は、は…はい……お願い…します…少…佐…」
息を切らしながらそう言い残し、事切れたスチードの隊員に言葉を向けた少佐は地面に力の無くなった身体から離れて小さく敬礼をして背を向ける。
猟犬をスチードへ進ませるために向かってきていた
しかし、こうしてまだ息のあった隊員から状況を聞き出した少佐は目の奥に
「(クソ…クソッ!!大佐やハリスと連絡が全く繋がらない…!爆発音も何度も聞いていた……頼む…まだ間に合うならこのまま……っ!!)……ここまで…なのか…」
スチードを囲んでいた山の斜面を登り切ってスチードの景色を見渡した少佐は木々に燃え広がる炎と崩れたスチードの街並みを見て言葉を失った。
想定外として伝えられた
だが、すぐに目を背けたことで逸れていた意識を戻した少佐はすぐに登ってきた山の斜面の反対側を駆け降りて特に炎の激しい地点に向かう。
「ハッ、ハッ…(……ハリス…スティラ…!)」
火の間を潜り抜けて辿り着いた海岸、様々な残骸が流れ着いたその場所にいた人物を見て少佐は足を止めて立ち尽くした。
視線の先にいたのは延々と広がる炎とその下に転がる死体の山の前で座り込んでいる見知った人物の背中。
「………!!」
だがその背中は今まで見てきたものと見比べてみてもとても小さく、生きることへの執着がなくなってしまっているかのようにも見えていた。
そしてその人物の腕の中で眠るように抱えられているスティラの顔を見た少佐は全てを察し、小さく息を一度吐き出してからゆっくりとその場に座り込んでいたその背中に近づいていった。
「……ハリス…」
「………少佐…か…」
突然向けられた声にも特に反応を示さずに、力が抜け落ちた声で猟犬は返答を返した。
微動だにせずにスティラを抱えている猟犬の足元は流れ出た赤黒い血で濡れており、どのくらいの時間が経っているのかをまざまざと少佐に突きつけた。
「………」
「………」
2人の間に長い沈黙の時間が流れる。
猟犬の体は、まるで動かすことすらできないほどにぼろぼろだった。
だが、少佐は、その後ろに立ちながら、何も言葉を発することができなかった。
猟犬は魂が抜けたように、どこか遠くを見つめるその姿に、少佐はただ静かにその背中を見守っていた。
そして、俯いていた背中越しから声が少佐に向けられた。
「……オレも、少佐の言っていた言葉の意味が…こうしてやっと理解できた…」
「……!!」
「同じだった…オレはスティラのことを本心から…愛していた。親愛とは、違う……だが同じように好きという感情を向けて…いた…」
少佐は、猟犬の背中を痛々しく見つめていた。
言葉が途切れ途切れで、まるでその痛みを体に染み込ませるように重く響く。
こうして行動を共にしてきた人間を失うことの痛みを理解していた。
行動を共にした者を失うことが、どれほど辛いことか。
だが、それ以上に感じるのは、猟犬が今、どれほど深く自分を失っているかということだった。
「……今になって…やっと…」
猟犬が、こうして少佐に対して見せていた想定外。
それは、すぐにでも生きることを止めて自分に命に終わせるための引き金を引いてしまうのでは、と思うほどまで茫然自失としていることであった。
それほどまでに、猟犬にとってスティラは大きな存在であったということを見せつけられていた。
「こんなに……息苦しいんだな…?だから、だろうか…少佐がオレにああ言ったのは…これを……オレに感じさせないために…」
「…………」
「………無力なんだな……ここまで……」
「…!!……ハリス…」
猟犬が振り返り、その目を少佐に向けたとき、少佐の顔に痛みが走った。
猟犬の目には、まったく感情が宿っていない…そこにはただ、虚無だけが広がっていた。
黒く濁った瞳は、見る者を引き込むように暗く、そこにはもはや光が見えない。
その目に少佐の視線が釘付けになったが、それよりも少佐の目に強く残ったのは、猟犬の頬を伝う乾いた血痕だった。
一本の線が…まるで何かを語るように静かに流れていた。
「…ああ、そうだ……あの時言った言葉の意味は、今お前が感じているものがあるからだ…限界があるんだ。どこまでも、オレたちは…」
「………」
「……だが、これが戦争なんだ。…オレたちは人の身でいる以上、何度も訪れるこの苦しさに耐えていかなければいけない。それが…命を奪うことに対する、オレたちが受けるべき苦しみなんだ。」
「……そう…か………今まで考えたことなど…なかったな…」
「ハリス……本当にすまない…お前にこれを、この苦痛を自覚してほしくなかった…無力なのは、オレも同じだ…」
「……少佐………っ!!」
軍事帽を握りつぶしながらじっと猟犬に対して言葉を紡いでいた少佐であったが、それを虚な目で聞いていた猟犬は表情を懸命なものに変えて飛び上がり、少佐の身体を突き飛ばした。
突然の猟犬の行動に少佐も驚き、目を見開いたまま白い砂浜に向かって倒れていくことしかできない。
しかし、少佐が倒れながら突き飛ばした猟犬の方を見ていた次の瞬間、辺りに響き渡ったのは乾いた1発の銃声であった。
「……!!?」
「ーー………………」
突如として鳴り響いた銃声。
そして、少佐の目に飛び込んできたのは、首を撃ち抜かれて血が宙を舞っていた猟犬の姿だった。
何の前触れもなく訪れた衝撃は少佐から周りの音を消し飛ばし、目の中の光景を焼き付けられるように時間が止まって見えるほどであった。
「グッ…!(っ…まだ…
突き飛ばされた勢いのまま砂浜の上を転がり、そして起き上がった少佐は表情に絶望を浮かべて猟犬の方へ向き直った。
だが、撃ち抜かれた猟犬はまだ倒れておらず、絶えず首筋から流れ出てくる血を片手で抑えながらじっと赤く染まったもう片方の手のひらに目線を落としていた。
すぐに猟犬の方へ走り寄ろうとしていた少佐であったが、猟犬はそれよりも先に血まみれの手の中から金属が叩き合わされたり乾いた音を響かせて、たった今撃ち抜かれた傷口に液体を浴びせた。
猟犬の思わぬ行動に少佐も進めていた足を止めて、近づかない選択肢を反射的にとった。
そして乾いた金属の音が響いた手の中に握られていたのは、少佐が紙筒を燃やすために使っていたライターであった。
「…ッ!!?(いつの間に…!?いや、それよりもまさか…!!)やめろ…それ以上は止めろ!!」
痛みが襲うことを分かっていながらも、それでも猟犬は何かを必死に求めているようだった。
恐怖を消すための手段なのか、それとも…自己嫌悪から逃れるためのものなのか。
その意味は猟犬自身にも、もう分からない。
「………アーチス…」
猟犬は少佐の静止を聞き入れずに首筋に向かって小さな炎を灯したライターを密着させると、首筋から激しい炎が上がった。
身に纏っていた軍服にも燃え広がろうとしていたが、猟犬は構わずに燃える首筋を手で抑えながら銃声が響いた方角に目を向けていた。
そしてその視線の先、
「………なんで…お前らが……生きて…」
あくまで出血した際の応急処置として傷口を焼くという手段があるが、猟犬はそれを全く抵抗を見せることなく実行に移した。
この異常とも言える一連の猟犬の行動を見ていた
そして悍ましさを孕んだ恐怖は、目の前で猟犬の行動を目にしていた少佐にも同じように与えられるものであり、肉の焼ける生々しい匂いと無表情のままの猟犬の異様な光景に少佐は再び言葉を失っていた。
「殺す、殺す、殺す……」
――まだ、足りない。まだ、終わらない。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…!!」
「…ッ!!待て…ハリス!!!」
溢れんばかりの憎悪と殺意を目の奥に宿した猟犬はまるで猛獣のように、燃え広がる森の奥へ逃げ出した
そして猟犬が向かっていった森の奥から少佐に向かって聞こえてきたのは、恐怖に支配された悲鳴と何十と続けて響き渡る銃声であった。
「ハリ…ス……オレは…また…」
雨が、焼けた肉の匂いを湿らせる。
だが、その生臭さは風に乗って漂い続けた。
一度は薄れかけていたが、もう血に濡れた猟犬から2度と光が戻ることはないことを察した少佐は、その場にただ呆然と立ち尽くす。
…そしてその身体を、とめどなく溢れてくる後悔と自身の無力さに溺れながら降り始めた大粒の雨に濡らした。