戦火の心臓   作:Navi

23 / 25
〈-6〉戦火の心臓

 

 窓の外の暗闇からは白い跡をつけて雷鳴が広がり、耳をつんざくような轟音が絶えず聞こえてくる。

 激しい横殴りの雨音は冷たい空気を運び、広がる憂鬱な空気をさらに重いものにした。

 夜が訪れた暗いスチードの一角。

 数度の弾道弾の爆発の影響によって電気が使えずにランプの中の蝋燭がゆらゆらと揺れるこの場所に4人の人物が集まっていた。

 

「……確認できただけでも建物の3割が完全に崩落、爆発による衝撃で損傷を受けたものは6割に登ります……そして、戦場に出ていた隊員の4割が…戦死しました。」

 

「…そうか。まあ、それで向かってきた帝国(アーチス)を全滅させたのなら十分だな?しかし猟犬はよくやってくれたなぁ…クハハ!帝国(アーチス)もこれで当分はこの国に向かってこないだろうな?」

 

「……そうですね。」

 

 包帯から血を滲ませた少佐と、顔を曇らせた大佐は並んで立ち、椅子に座り込んで笑う人物を見ながら無感情に言葉を口にした。

 そんな2人の様子を見ていた顔に火傷の跡が目立つ人物が足を組み直しながら椅子に深く座り直し、ニヤついた笑みを浮かべながら口を開いた。 

 ホウロの手にある黒光りする銃の側面に、蝋燭の炎に照らされた少佐の顔が揺らめいた。

 その顔は不快なものを見るようなものになっていた。

 

「おいおい、お前らがそこまで暗い顔をする必要があるのか?コルディセスとスチードの同時侵攻を防ぐ事ができたんだぞ?もっと喜べよな?」

 

「………(……コイツは…)」

 

「…『ホウロ』さん。受けた被害も甚大ではないですからね…?この国の軍隊を率いる人間として……流石にこれは喜ばしいものではないですよ…」

 

 大佐の返答を聞いて気が悪くなったようにホウロと呼ばれた人物は天井を見上げて深くため息をついた。

 そして持っていた銃を懐にしまいながら、不快そうに目を細めながらじっと立っている2人を見て話し出した。

 

「…そんなウジウジするなよな。今回は駒が取られすぎたってことにしてみりゃいいだけだろ?…あと、お前も『英雄の片割れ』としてこの国に対してのー、愛国心?ってやつをもっと見せてほしかったな、少佐ー?お前が早くコルディセスから来てたら、被害は少なかったぞ?」  

 

 窓の外で雷鳴が走り、蝋燭の火が一瞬揺らいだ。

 

「……そんなこと分かってるよ…」

 

「…今回被害が広がったのは少佐のせいではありませんよ。責任は弾道弾の影響によって通信手段を遮断され、最後までこちら側の統率を乱してしまった私にあります。ですので…」

 

「はぁ……フォローはいいですよ、大佐。コイツにはこのまま色々と言わせた方がいいです…」

 

「…ハッ、随分利口になったもんだな、お前も?前は殴りかかるように突っかかって来たんだがなぁ?」

 

「(耳障りなことばっか言いやがって…)…お前と違ってこっちは立ち止まってないんだ。たまには前みたく少しは外に出る気概と成長を見せろよ?それとも…その鈍った身体に、また火傷を刻まれたいのか?」

 

「あぁ?なんだと?」

 

 上の空のように小さく応答する少佐の横から大佐は、口を開いてホウロに向けてフォローするように言葉を口にする。

 しかし、それをさらに制止させた少佐とホウロの間に険悪な空気が充満し始めていた。

 

「…はぁ……いい加減にしろ。」

 

 その場を支配していたあからさまな侮蔑が飛び交う空気を、ひとつの低く重い溜息が切り裂いた。

 それにより、空気が張り付いたように引き締まる。

 その声の主――ホウロの正面に座る男は、3人の言葉を黙って聞いていた。

 男の持つ厳格な雰囲気は、ホウロとは正反対だった。

 口元から耳にかけて走る古傷が、無言の威圧を纏わせている。

 

「…!すみません、『上官』…!」

 

「チッ……ジジイ。分かりやすくため息吐きながらこったの会話に入ってくんなよ?」

 

「お前…いい加減その口を閉じろよ!」

 

 上官と呼ばれた人物に対して強気な姿勢を崩さないホウロの挑発的な態度を見て少佐は一歩、睨みつけながらホウロの方へ向かって歩み寄る。

 2人の様子を見て大佐は頭を分かりやすく抱えて2人から目線を切っていたが、そんな2人に向けて上官から圧が込められた声が発せられた。

 

「過去を鑑みるのは確かにいいことだ…が、必要以上に過ぎたことには目を向けなくていい。『スチードは帝国(アーチス)の侵攻を防ぎきった』。この事実は揺るぎないことで、それを踏まえてここで語るべきはこれからについてだ……全員分かったな?」

 

「……はい…」

 

「………」

 

 3人のそれぞれの様子についての言及はなく、あったのは今回の帝国(アーチス)侵攻に対するものだけであった。

 上官の威圧が込められた言葉を受けて3人は口を閉じてしばらく無言の時間が訪れる。

 外から聞こえてくる雨や雷の音が広がっている重々しい空気をさらに重く息苦しいものに助長させていくが、そんな場の状況を笑い声と共に変えたのはぼんやりと黒い瞳孔をランプに向けていたホウロであった。

 

「ハハハハハ!まあ…それもそうだよなー、ジジイ?…にしても、お前らが動けなかった分は猟犬がよくやってくれたみたいだな?帝国(アーチス)のクソ共も今回の侵攻失敗は痛手だったろうなぁ。それに今回はこっちも猟犬という大事な兵器を失わずに済んだ…お釣りが来る良い結果になったもんだ、そうだろ?」

 

「「………」」

 

 誰も何も言わなかった。

 静まり返った部屋の中、ただランプの光がホウロのニヤけた頬を照らしていた。

 

「死んだ兵士共はー…まあ、仕方なかったってことだ。戦争じゃ、力のない奴から死ぬ…それが道理だろ?…お前らがそうならなくて良かったな?」

 

 この発言を聞いて少佐はさらにホウロ向ける目を鋭く、加えて幻滅を込めたものにさせた。

 ホウロが話す言葉の節々に少佐にとって不快感を纏うものになっているためか、段々と少佐の顔にそれが感情として表されてきている。

 それを感じ取った大佐は視線を落として影を瞳に宿した目を笑うホウロに向けると、そのタイミングでホウロの近くに座っていた厳格な雰囲気の上官が再び腕を組んだまま口を開いた。

 

「コルディセスとの同時侵攻とは奴らも思い切ったことをした。報告によれば、コルディセスとの連携はうまくいったみたいだな、少佐?緊急の命令に対してすぐに駆けつけてくれたことにも感謝する。」

 

「(はぁ…だがコイツがいるから来たくなかったんだよな……ったく…)」

 

 ホウロに毒づきながらも、少佐は平静を装い、最低限の返答にとどめた。

 

「…そうですね、『バルツ上官』。」

 

 顔に極力出さないように恨み言を自分の中に留めた少佐は最低限の返答をバルツと呼んだ人物へ返した。

 深刻そうに表情を重々しいものにしている少佐と大佐の2人とは打って変わってホウロは飄々とニヤついた笑みを浮かべ、バルツは物静かな雰囲気を崩さないままでいる。

 バルツとホウロはそれぞれ対照的な空気を互いに放っており、放たれる空気だけで、両者の間には見えない壁ができていた。

 そんな空気の中で、再びホウロが口を開いた。

 

「しっかし猟犬…お前らが作り出した人間兵器は想像以上の働きをしてくれたな?しっかり管理(メンテナンス)が行き届いていていいもんだなぁ?…!あー、そういやお前がコルディセスから連れてきたって言ってた人間、あれはどうなった?」

 

「…!そ、それは…」

 

「………」

 

「ああ、やっぱり死ん…」

 

 ホウロの言葉に大佐が言葉を言いかけていた時、4人がいる部屋の扉が音を立てて開かれた。

 すぐに全員の目が音のした方へと向けられると、少佐と大佐にとっては見慣れた人物がそこにいた。

 立っていた人物は身体の至る所の包帯で巻かれ、おぼつかない足取りをしている。

 その様子を見て、ホウロは手を叩きながらさらに笑みを大きくしながら口を開いた。

 

「…!クハ、ハハハハ!…聞きつけて丁度、話のタネが来てくれたか?しっかし戦場に立つと、やっぱりそこまでボロボロになるのか?…なぁー、猟犬?身体の調子はどうだ?」

 

「…!?お前…なんでわざわざその状態で来た!?今日はここに来ないで絶対安静にしてろと言っただろ…!」

 

「ハリス…僕も少佐に同意だよ?その状態なら君は下の医務室にいるべきだ…少なくとも今の君はここに来るべきじゃない。それに君に関してはスティラのこともある……すぐに戻れ。」

 

「…………問題…ない…今後の帝国(アーチス)に関することなら……それを聞きたい……奴らを…帝国(アーチス)を全員殺すためになら…」

 

「……!」

 

 現れたのは暗闇に溶け込むような暗く遠い目をしているボロボロの猟犬であった。

 軍服を羽織るように身につけ薄着で多少動きやすい格好になっていたが、巻かれている包帯によって素肌は顔以外のほとんど見えていない状態だった。

 特に足と首の状態は酷いものであり、垂れている包帯のほぼ先まで赤く染まっているのが見て取れる。

 これを見たホウロは広く裂けた口を開いて歩いてくる猟犬に向かって小さく笑みを作って見せた。

 

「こうして対面するのは初めてか?今回の防衛もそんな状態になるほどまでよくやってくれたみたいだが…ひー!しかしこんなになるまでよく動けるな?俺ならもっと自分の命を第一に考えて動くぜ、猟犬。」

 

「…っ!ベラベラもの言って…もう戦場から離れたお前と猟犬を一緒にするな、ホウロ…!」

 

「あ?機嫌が随分悪いなぁ、しょーうさー?猟犬に対して入れ込みが中々だな?…もしかしてコイツと昔のてめえでも重ねて見てんのか?」

 

「…っ!………」

 

 笑みを無くして冷たい表情になったホウロの言葉を聞いて少佐は苦虫を噛んだような表情になる。

 しかし自分に向かって歩いてくる猟犬の表情を見た少佐はすぐにその表情を引っ込めて早歩きで猟犬の元へ歩み寄っていく。

 そして死人のような表情の猟犬の腕を掴み、動きを止めた。

 

「………それ以上自力で歩こうとするな、猟犬。本当に足が使い物にならなくなるぞ?…とりあえずこれに座ってこれ以上動くな…分かったな?」

 

「………了解…した…」

 

 少佐はホウロの言葉に返答を返さずに足を引き摺るように向かってきていた猟犬に歩み寄り、近くにあった椅子に持ってきてそれに座らせた。

 そして再び大佐の隣に戻ってきたそのタイミングでバルツが口を開いた。

 

「…それで、話を戻すが今回の侵攻ではこっちの被害も甚大だ。ひとまず戦場に出れる人間の補充をしたいが、またコルディセスから代わりを引っ張り出してくることになるか?」

 

「……は?」

 

「(…ハリス、そのまま抑えていて…)…現状だとそれくらいしか打てる手立てがありません…が、できるだけ避けておきたいものでもあります。特にコルディセスは帝国(アーチス)に次ぐ大きさを持つ国…再び帝国(アーチス)の手に渡った場合、今度こそスチードの打てる手はなくなります。」

 

「……」

 

 椅子に座り込んでいた猟犬から詰まったような言葉が発せられたが、それを聞いた大佐は一瞬だけ猟犬の方を向いて視線を送ると、猟犬は再び顔を俯くように下に向けた。

 バルツも一度猟犬に視線を送ったが、すぐに少佐と大佐の方へ向き直って今後のことについて話し始める。

 険悪な場の空気を吸い込んでも息苦しさを感じさせずに淡々としたその雰囲気に、ここにいる人間のまとう空気が再び張り詰めたものになる。

 だが、少佐や大佐から返答が返ってくるよりも先にホウロが横から口を挟んでくる。

 

「あー、そういや俺たちの他に死んだコルディセスの人間はスティラって名前…だったか?調達してきた掘り出し物として良かったんだがなぁ…帝国(アーチス)の軍艦を全て沈めて、弾道弾を撃ち落としたのは評価に値する……まっ、死んだんならその程度だったって事だがな?」

 

「…!!」

 

「(このバカが…!)本っ当にお前は…!!」

 

「…………」

 

 4人による会話が続いていたが、その内容を聞いていた猟犬はピタリと動きを止めて俯いていた顔をスッと上げた。

 ホウロの発言を聞いた大佐は後ずされるように3人から距離を取り、少佐も声を荒げて敵意の混ざった目を笑っているホウロへ向けた。

 だが、それはズリズリと何かを引きずるような足音が聞こえてきたことによって再び引っ込められたように消えた。

 

「……!」

 

「……ハリス、それ以上はダメだ。」

 

 大佐は足音の主である猟犬に向かってその名前を呼んだが、それは一瞬だけ進むその足を止める程度の効力しかなかった。

 再びスイッチが急に入ったように猟犬は再び進む足取りを早めて少佐と大佐の前を横切り、座っているホウロの正面へとやってきた。

 2人はその進行を止めようにも、猟犬から漏れ出ている悍ましい敵意により近づく事を躊躇した。

 

「……その程度のことだと…?」

 

「…あぁ?なんだ、猟犬?」

 

 猟犬はどこかぼうっとした表情のままであったが、その目には鏡にように下から見上げるホウロの姿しか映っていない。

 表情から考えていることを読み取れないためか、ホウロはそんな猟犬の様子を目にしても目つきを鋭くし、腰を深く曲げて前傾姿勢をとりながら猟犬に対して睨みを効かせた。

 そんなホウロの様子を見ても猟犬は雰囲気を崩さずに静かに口を開いた。

 

「スティラは……この国をオレの代わりに守るために戦場に立ち続けた…スティラが死力を尽くしていなかったのなら、スチードは戦火に包まれていたかもしれないんだぞ…他のスチードの隊員たちもそうだ…」

 

 表情の死んでいる猟犬は、ホウロを見下ろしながら妙に通った声で淡々と言葉を向ける。

 だが、ホウロも猟犬の言葉を受けて足を組み直しながらため息混じりに口を開いた。

 

「…はあ〜、戦場に立つ上で重要な指標はいくら殺せるか、生きてまた駒として働くかだろ?戦場に出ていた人間共は片方は十分満たしたが、もう片方を疎かになった…だからその時点で終わりだ。まぁ、奴の活躍は評価するさ。でも死んだってことは、それまでだったってこった……っ!!」

 

「…っ!!ダメだ、ハリス…!!」

 

「おい、手は出すな!!」

 

 無表情のまま、目だけに異様な殺意と影が込められていた。

 突如として猟犬が起こしたこの行動は、大佐の顔色をさらに悪くさせ、先程までホウロに対して嫌そうな表情から悟られないようにしていた少佐も明確に焦りを生じさせるほどのものであった。

 

「お…前ッ…!!」

 

 万力のような力で締め上げる猟犬には、ホウロも表情を大きく崩して掴みかかってくるこの力に抵抗することしかできない。

 しかしホウロが包帯の巻かれたその腕を力を込めて逆に猟犬の腕から包帯越しに血が滲むほど首を食い込ませて締め上げても猟犬の力は緩まずに、そのまま掴んでいる首を握り潰すそうとする勢いであった。

 

「…アンタの言う『価値』でスティラのことが測れるわけがないはずだ…それなのに何故、分かったような口を聞く……死んで当然だと…?ふざけるな…ふざけるな…!!」

 

「カッ…ァッ……お前…力で俺に勝てると思って…!!」

 

「死んでいったスチードの隊員たちにも、同じことを言うのか…!? 託されたのに……目の前にいたのに……一番近くにいたはずなのに、全員を見殺しにした…!! オレは……オレは……殺したんだ!!」

 

「ハリスッ!!」

 

 ホウロはギリギリと自分の首を締め付けてくる猟犬の腕に力づくで引き剥がそうと殺意を込めるように目の色を変えた。

 だが、それでも外の雷雲から降る豪雨と雷のように憎悪が急激に溢れ出していた猟犬の腕の拘束を跳ね除けることはできない。

 これを見かねて少佐が猟犬の行動を止めようと近づいて行こうとしたが、それよりも先に別の人影が猟犬のすぐ横までやって来ていた。

 

「……!」

 

「…そこまでにしておけ、猟犬。流石にここでやって良いことと悪いことの区別くらいはつけろ。それ以上のことをすることこそが無価値なことだ…さっさとその手を離してやれ。ここで自分の国の人間を殺したとなるなら、死んだコルディセスの人間にもスチードの人間にも顔向けできないぞ?」

 

「……なんだと…?」

 

 殺意と憎悪を放つ瞳はホウロを捉え続けていたが、その横からやってきたバルツが猟犬の頭に銃口を突きつけながら冷静に言葉を向けた。

 言葉を受けた猟犬は、ホウロに向けていた目をそのままバルツに向けているが、それを見てもバルツの表情は変わることはなかった。

 しばらくは言葉を交えない睨み合うような時間が続いた。

 猟犬は自身の立ち位置を渦巻く感情の中で見直し、目に宿していた憎悪と殺意を引っ込めるという選択を取ることしかできなかった。

 

「………何が…顔向け…できない……だ…」

 

「憎悪に任せて同じ国の人間を手にかけたのなら、誰だってそんな風に捉えることになる…今のお前でもこれは分かるはずだ。もう一度聞く…死んだコルディセスの人間に、今の姿を見せられるか?」

 

「……ッ!」

 

 そしてホウロの首から手を離すと再び身体から力がなくなったようになり、代わりに両目でじっと銃口越しにバルツの目を見ていた。

 ついさっきまで溢れていた憎悪はピッタリと消え去っており、その目にはただ暗い闇を閉じ込めた黒色が目の奥に広がっていた。

 猟犬に首を締め上げられたホウロが今度は黙って動きを見せない猟犬に対して咳き込みながら怒りを露わにした。

 

「ゴホッ、ゲホッ!やってくれたな…このクソ駄犬が…!!」

 

「……ホウロさん。ハリスの言った通り、スティラがいなければスチードの受ける被害はさらに大きなものになっていました。今のハリスの行動は褒められたものではありませんが…さすがに貴方の言葉にも限度というものがありますよ?」

 

 膝に手を置いて立ち上がり、猟犬を睨みつけるホウロの前に、これまで動かなかった大佐が怒りを滲ませて歩み寄ってきた。

 それを見たホウロは、猟犬に向かって突っ込むのを無理やり止められることとなるが、大佐に対して目を鋭くし、低い姿勢を崩さなかった。

 

「『ティグ』…!話に関係ない部外者は大人しくそこに突っ立ってろよ…!コイツは俺が…!!」

 

「…4人だけじゃないのに名前呼びは止めろ。それにもう今のお前じゃハリスと取っ組みあっても力負けするだけだ…分かるか?お前は戦場を離れる選択をしたんだ。それを踏まえて今のお前が何をするべきか、理解しろ…お前の指標で他の人間を語るな。」

 

「…!お前もか……黒狼…!」

 

「その名前で呼ぶのも止めろ…顔面の肉抉り取るぞ?」

 

 バルツの前に立ち塞がるように出た少佐も、表情こそ変わらなかったが、目の奥にはホウロへの怒りがにじみ出ていた。

 他の3人は視線を交わしあったが、背後では猟犬とバルツが静かに目を合わせているだけだった。

 しばらく誰も言葉を発しない緊張感のある冷戦のような時間が続いていたが、それを最初に打ち破ったのは大きく裂けた口を開いたバルツであった。

 

「…猟犬、今回の件は今までの帝国(アーチス)へ与えている影響を考慮して、大目に見る。だから、まずはその外傷をどうにかしろ。お前もそこまでにしておけ、少佐の言っている事が正しい。」

 

 バルツは猟犬に突きつけていた銃口を下ろし、逆にため息混じりに今にも飛びかかりそうなホウロの方へ歩み寄って完全な静止を行った。

 だが、ホウロはさらに語気を強めて怒りを宿したまま横入りしてきたバツルに食い下がった。

 

「ハァッ!?このジジイ…なんでまたお前が勝手に…この駄犬の処遇を…!!」

 

「今回はと言ったはずだ。同じようなことをしたら次はないと警告を踏まえた上での判断になる…それに加えてハッキリとお前の言葉に非があったのは紛れもない事実だ。さっさとその殺気を引っ込めろ。」

 

「…っ!チッ…!」

 

「………」

 

「はぁ…(相変わらずコイツは…洒落にならない問題発言ばっかりするな…)」

 

「あーあー!揃いも揃って躾のなってない駄犬の世話で忙しいみたいだな!?2人は、この駄犬に躾をして首輪をしっかりつけるようにしておけ、クッソが…!」

 

 最後まで強気な態度を崩さずにホウロはそう言葉を吐き捨てて締め付けられていた首を抑えながら部屋を後にした。

 こうして嵐のような時間が去ったことで大佐は安堵の含まれた息を吐いていたが、軍事帽を被り直した少佐は大佐に対して申し訳なさそうにしながら口を開く。

 

「(躾のなってないのはお前だろうが…だが…)…上官、大佐。このままじゃ流石に今後に不備が出てきそうなのでアイツとはオレが話をしてきます。なので猟犬のことを…」

 

「………いや、ここは僕が行くから少佐に猟犬のことをお願いするよ。…少佐は、このまま医務室へ連れて行って下さい。」

 

「…承知しました……手間をかけさせてすみません…」

 

 ため息を吐きながら歩いて行こうとする少佐を呼び止め、大佐が出て行ったホウロを追いかけると言う。

 だが、それよりも前に大佐は呆然と立ち尽くしている猟犬に歩み寄り、その肩に手を置いて声をかけた。

 

「…ハリス。気持ちは痛いほど分かるけど、流石にやりすぎ。でも……ごめんね?あまり見せたくなかったもの見せちゃって……いい?何もかもを背負って気負う必要はないんだ…君は、そのままでいて?」

 

「…!大…佐…」

 

 こうは言いつつも、大佐の取り繕ったような笑顔を見た猟犬は目を見開いて再び力無く俯いた。

 大佐は言葉をかけ終わると表情を引き締めたものに戻して椅子に座ったバルツを見ながら言葉を口にする。

 

「…上官。部隊の編成や今後の動向に関しては僕…私が考えをまとめておきます。…お騒がせして申し訳ございません…」

 

「いや、問題ない。さっきのことは、もう過ぎたことだ。お前も重く受け止める必要はない。」

 

「…はい……では、失礼します。」

 

 大佐はバルツに対して一礼を行ったのち、少佐に対して目配せをしながら早歩きで部屋を後にした。

 そして残った3人の間では、しばらく息ができなくなるような無言の時間が続いていた。

 この空気に耐えかねたのか、少佐はしかめた表情のまま軍事帽を握りつぶし、口を閉じて立ち尽くす猟犬に側へ向かって腰を下ろした。

 

「…猟犬、今からオレが背負っていく。医務室に戻ってしばらくは絶対安静にしていろ…これは命令だ。」

 

「……わか…った…了解…した…」

 

 少佐の押さえつけるような威圧の込められた声を聞いて、猟犬は弱々しく言葉を漏らして黙って少佐に背負われる。

 そして立ち上がった少佐は座るバルツに対して一瞥と会釈を行うと、そのまま部屋を後にするために歩き出した。

 少佐自身、すぐにでもこの場所から出たいと思っているためか進む足が早くなっていた。

 その様子に目を向けないで、正面の暗い窓の先の景色を見ていたバルツが重い口を開いた。

 

「……猟犬、擦り落ちた過去について自身を傷つけるほど悔やんでも戻ってくるものも、得るものも何もない。お前は『朽ちた屍に正しさを聞くな』と、少佐に言われなかったのか?」

 

「…っ!!」

 

「…上官、何故今ハリスにその言葉を?」

 

 今の猟犬の状態は冷静でないという事は誰が見ても明らかなものである。

 故に、何か言葉を向けるだけでも、先程のホウロのような事が起こる可能性すら残っている。

 

「……今回の帝国(アーチス)との戦い…その総評だ。」

 

 そんな猟犬に対して刺激を与えるような言葉を向けてきたバルツに、少佐は純粋な疑問と焦りの半々を閉じ込めた目を向けた。

 バルツは猟犬と少佐から視線を向けられている気配は感じ取ってはいたが、それでも目線を窓の外に向けたまま言葉を続けた。

 

「与えられた命令通りの行動が求められる猟犬による今回のスチードの防衛。結果としては多くの犠牲を生んだが、目的自体は達成した。」

 

「………だが…オレは…」

 

「自分の無力によって死んでいった人間に対して、後悔を向けていること自体に我々は何も言うつもりはない。だが、その後悔によって延々と引きずられそうになっているのは…こちらとしても、何も生まない不都合なことだ。」

 

「……」

 

「……何が言いたい…」

 

 少佐と猟犬はバルツの方へと向き直り、向けられる言葉の意味について問いかけを行った。

 だが、言葉に力のない猟犬の言葉を聞き、バルツは目を閉じながら少し間を置いた後に口を開いた。

 

「…『ハリス・ワイダー』。今回の侵攻で死んでいった隊員たちの無念を、戦火に焚べてもらい感謝する。」

 

「……!!」

 

「(……ジイさん…)」

 

「少なくともお前の自身の状態を選択肢にいれない行動に間違いはなかった。…これだけ言っておくぞ?」

 

 この言葉が今の猟犬にとってどれほどの救いになるのかは分からない。

 だが、少なくとも自身への怨嗟に染まっていた猟犬にとって、この言葉はその感情を薄めてくれるか、望んでいるような意味が込められていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。