戦火の心臓 作:Navi
焼けた跡がくっきりと残る軍艦に近づいていくにつれて、浜辺に打ち上げられている何らかの金属片の数や大きさが共に増していった。
白い砂浜とは対照的な重々しい鉄の光沢が広がるこの光景はかなり異様なものであり、それに加えて焦げたような匂いが海風によって漂ってきたことによって近づく2人の雰囲気は鋭いものになっていった。
「おお、こうして見ると本当にデカいもんだな?
「本格的な侵攻が始まる前に脅威となるものを排除できたのはこちらも良かったと思っている。しかし確実性を意識して命令外のことをしたのにも関わらず残りの2つは取り逃してしまった…これは反省点として意識しないといけない。」
「(…多少の時間の遅れが生じていたとはいえ、こんなの落としたんだったら昨日はあんまり詰めなくてもよかったかもな?)…いや、それでもこれを見れば十分やってくれたのは伝わる。よくやってくれた。」
「ああ。そう言ってもらい感謝する。」
実際に猟犬の沈めた軍艦のその大きさを見てまずは少佐からは驚きのこもった声が上がった。
ほぼ目と鼻の先の距離感になっても、千にも登る人間の搭乗が可能となっているそれは見上げても全貌を捉えることは出来なかった。
それでも軍艦の側面から覗かせる砲台の数やかなりの厚みのある外装、船上に取り付けられた人のサイズの幅はある主砲を見るだけでもこの軍艦がスチードにとってかなりの脅威となることは一目で分かった。
そして、猟犬はその脅威に対して視覚不良となる暗い夜であったことを差し引いてもたった1人で動作不能の状態まで損壊させたのである。
少佐もこれには命令も無しであってもこれに突撃していった猟犬に賞賛の言葉を向けるしかなかった。
「パッと見る限り、全体的に黒い煤と火薬の匂いが目立つあの軍艦が最初に破壊したもの。そしてあの抉れたような巨大な穴が貫かれたように空いている二つが兵器を使用したものか…この戦闘でお前が殺した数は?」
「想定よりもかなり少ない。理由としては搭乗している
「…確かに少ないな?先導隊の侵攻があったとはいえ、それでもここに残るのにはかなりの人数になるはずだが…これを踏まえれば、今回の侵攻は牽制程度のものだったか?」
「その線も考えられる。だがそれらも予想の域を出ないのも事実だ。」
事前に受けていた報告よりもこの軍艦に乗り込んでいた人数の少なさに対して疑問が生じていたが、猟犬の言葉を受けて向ける意識を別に移した。
ボロボロになった軍艦から目を離した視線の先は、点々とした残骸が広がる浜辺であった。
「(確かに想像はいくらでもできる…か。)…だな?それで、この浜の状況を見るに本当に戦闘をこの軍艦内で終わらせたみたいだな?そしてそのまま軍艦を焼く炎に包まれてここには死体すら残っていないわけか?」
「いや、兵器を使用して撃ち抜いた2つからは、生き残っていた
淡々とした猟犬の報告を聞いて、再び少佐の中に疑問点が浮かんでいた。
その理由として、今の猟犬の発言の中には明らかな違和感を感じる部分があったからである。
「…?なら撃ち殺しただけで別に残っていた死体の回収はしていないってことか?」
「ああ、していない。こちらは大佐との話の時間を考慮して取り逃した軍艦の距離を確認したのちすぐに引き返した。そして
「波に攫われた可能性もあるにはあるが、この場所では転がっている軍艦や武器の残骸だけが確認できる…だが点々として残るはずの血の跡も、肝心の殺したはずの
「ああ。ここまで1つも残っていないのはおかしなことだと思っている。こちらも撃ち殺した死体が船の残骸のようにそこら辺に転がっていることを予想していた。」
基本的にスチードの死体の処理方法としては、その死体を持ち運んで国の一角の墓地に埋葬する場合か焼き払うのが主な手順となっている。
しかし、猟犬のような短時間で大量の死体を作り出すような激しい戦い方によって積み重なった死体などは段階を踏むために放置するようにもなっていた。
今回のケースも前日の夜中という時間にして半日程度しか経過していない時に行われたため、本格的な処理の動きが見えていない今の状況だとその撃ち殺した死体はまだ残っているはずなのである。
改めて武器や沈んだボロボロの軍艦とその残骸しか残っていない浜辺の状況に引っ掛かるような感覚を2人は覚えていた。
「…それでもその形跡が全く残っていないってことは、転がっていたはずの死体に対して誰かが手を加えたってことになるな?そして大佐も特にこれには言及していなかった…」
「…考えられるのは、こちらが把握していない人間が行ったという可能性だ。」
「…!つまり…」
「……あっ!ここに来たということは、もしかしてお二人が大佐の仰っていた方々でしょうか?」
「「…!」」
互いに思考を巡らせていたその時、不意に背後から気配もなく声がした。
すぐに少佐は足元に転がっていた銃をつま先で蹴り上げそれが宙に浮いたところを手に取って戦闘態勢に入る。
猟犬も背中に担いでいたアトマから受け取った兵器に手をかけて振り向きざまにその銃口を向けた。
殺気を帯びた二人の動きに驚いたのか、銃口を向けられた人物の次の声には明らかな焦りが滲んでいた。
「…!?ま、待ってください…!私はお二人の敵というわけじゃ…いや、スチードの服装をしていないのならこれは苦しい言い訳ですか…と、とりあえず!銃を下ろしてください…!」
両手を挙げて抵抗の意思を見せない態度でそこに立っていたのは、スチードのものとは違う軍服を着た猟犬と年齢が変わらない太陽を連想させる色をした瞳と金色の髪を水平帽の下からなびかせる少女であった。
その口調は殺気のこもった銃口を向けられているためか怯え、たどたどしいものになっていたが少佐はその少女の頭に被っていたものに気が付いて目を向けて放っていた殺気を引いた。
「…!待て、ハリス。…その水平帽はまさか…」
「…あっ!そ、そうでした!お二人は大佐からこれのお話については聞いているはずです!ほ、ほら!これを見て貰えば疑いは……あっ…うぶっ!」
少佐のその言葉を聞いたことで本人もハッと思い出したかのように頭に被っていた水平帽を取りながら駆け足で2人に近づこうとしていた。
しかし足元にあった軍艦の破片に足をとられたのか、盛大に腹から砂浜の上に転んでしまった。
手に持っていた水平帽がコロコロと猟犬の足元に転がっていき、少佐の命令によって武器を下ろした猟犬はしゃがみ込んでその水平帽を拾い上げたが、殺気のひいた目の前で転んだその人物を見る目は、不可解で不思議なものを見ているようなものになっていた。
「い、痛たたたた……す、すみません!すぐに起きます…!」
ーーー…一体何をしてるんだ?
「…お前が大佐の言っていたコルディセスから見出したと言っていた隊員の『スティラ』…なのか?」
「…!はい!コルディセスから大佐の命令によってこのハインドレートの防衛を任されました…スティラと申します…!…はい、こんな姿を晒してしまって申し訳ございません…」
「…そうかぁ…(これが大佐の言っていた…)」
困惑の感情が読み取れる少佐の声に反応して、起き上がったその人物は身体中についた白い砂を払いながら緊張の混じった笑顔で自身について手早く口にした。
しかし、改めてその名前を聞いた少佐は被っていた軍事帽を握りながら難しそうな顔を作って横目で猟犬に視線を向けた。
今までのスティラと名乗った少女の行動を見て、特に少佐のように何か言ったり感情の変化を見せたりなどしなかった猟犬であったが、手に持っていた武器を改めて担ぐように背中にかけてつかつかと近づき、砂を払って形を整えた水平帽を差し出した。
「こちらは猟犬。大佐の命によって新たな戦略として貴方を受け入れることになった。名前はスティラか…これからスチードのため、よろしく頼む。」
スティラは受かった水平帽をいそいそと被り直しながら見上げるようにじっと猟犬の目を見ていたが、その名前を聞いたことで表情を明るくさせた。
すぐに水平帽を渡すために伸ばしていた猟犬の手を取って深々と感謝の言葉を口にした。
「猟犬…!やっぱりあの時私たちを救い出してくれたのは貴方でしたか…!本当に…コルディセスを
「…こちらは命令通りのことをしただけ。
正面から感謝を伝えられたことで目を少し細めながらそれを当然だと語っている猟犬。
しかしそれを受けたスティラは目を丸くして驚いた表情を作った。
「い、いえ!
「…その感謝の言葉も受け取る。しかし身動きが取れないためそろそろ手を離してもらえれば助かる。」
「…あっ、すみません…!」
パッと掴んでいた猟犬の手を離しつつも再度感謝の言葉を交えて頭を下げたスティラ。
積み重ねられた感謝と懸命なその態度を受けて猟犬も首を傾げ、不思議な感覚を覚えながらじっとスティラを見ていた。
そして2人の会話の頃合いを見計らって少佐が猟犬の隣に立ってスティラに静かに声をかけた。
「…コイツの名前はハリス。これから互いにスチードの防衛のために行動を共にするなら名前で呼び合った方がいいだろう。」
「…!それが名前なのですね?…し、しかし私に猟犬の名前を教えて良かったのですか?」
スティラはおそるおそる少佐に対してそう問いかけを行うと、少佐の雰囲気が銃を手に取った時とは違う威圧感のあるものに変わる。
「…まあ、確かに自分や大佐以外の人間の前ではコイツの名前を教えるようなことはしていない。だが、こうして猟犬の名前を教えたのは
「…!!」
ーーー相変わらずだな。
「そこまで身構える必要はないぞ、スティラ。」
少佐は鋭い視線を向けながらそう言うと、スティラはゾッとした表情を作りながら背筋を伸ばして次の言葉を呼吸を止めて待っていた。
猟犬というスチードの持つ最大戦力に対して、それについて行くことが許されるような力を持っているのかの判断を実際に目にすることが少佐がこの場所に来た1番の理由である。
だが、これは大佐から直々に『拒否不可』と明言されていたものであるため、少佐には目の前にいるスティラを猟犬と共に行動させるかどうかの可否を決める権利はない。
しかし、それでもこうした言葉をスティラに向けたのは別の重要な思惑があったからである。
「ハリスの言う通りだ。…こうは言ったが、決してプレッシャーを与えて振るいにかけるために来たわけではないってことだけは言っておくぞ?
「……」
「…はい。理解しています。」
「加えてハリスは人間の
一騎当千の力を持つ猟犬には、桁外れの命令と責任が課せられる。
そしてその重みを最も理解しているのが少佐であった。
『命令』という形でその重さをないようなものに捉えて戦場に赴く猟犬とは違い、少佐にはそれが与える影響の大きさを感じる力がある。
「それも把握しています…ですが…それでも!私は
「…いい返答だな?確かハインドレートの防衛の命令を受けたんだよな?ハリスは海上というよりも地上での戦いの経験を積み、それに特化したような戦い方を身体に染み込ませてきた。だからこそ…そうだな?これだけは確実に聞いておこうか…何を強みとして持ち、スティラはこうしてハインドレートの防衛を任されたんだ?」
スティラの返答を聞いた少佐は様々な感情が混じった笑みを浮かべてその言葉に答えた。
少佐が猟犬と行動を共にするのは、『過去の自分』と猟犬が重なり合わないようにするためである。
かつて『英雄』とまで呼ばれた人間がその動きを歯車が錆びたように止めてしまったのは、与えられた命令の重さによる軋みも少なからず影響していた。
だからこそ、少佐自身知る必要があった。
猟犬と共に行動することが適されていると判断されたスティラの持つ力について。
「ふう………はい。私は…」
少佐から向けられた言葉に答えるべく生じた静寂ののち、スティラも今までと纏う雰囲気を変えてじっと正面から2人へ視線を向けた。
覚悟と似た重い感情が込められたその視線を受け、その発せられるであろう言葉をじっと待っていた。
しかしその時間は、突如として鳴り響いた甲高い警告音によって掻き消された。
「…!?これは…!」
「……敵襲。」
「…ハリス、スティラ。周辺に十分に警戒しろ。(…しかし大佐が直々に連絡を残してくるとはな…)」
重い雰囲気が一変して今度は緊迫感が溢れる時間が訪れた。
この場にいた3人は少佐の軍服のポッケの通信機から鳴り響いた音の意味について瞬時に理解し、すぐにそれぞれが視線を散り散りにして周りの警戒を始めた。
少佐は鋭い視線を崩さないまましまい込んでいた音の発信源である通信機を取り出し、この警告音の先にいる人物に対して声をかけた。
「こちら信号をキャッチ…大佐。応答願います。」
「『ーー…ー…突然の押しかける形で申し訳ない…しかしたった今、情報部隊から連絡がありました。現在ハインドレート上に
通信機の先から様々な慌ただしい声が途切れ途切れに聞こえて来る中、鮮明なものとなって落ち着いている大佐の声が聞こえてきた。
しかし、その報告を受けた少佐は「厄介な事になった」と眉をひそめて一度歯軋りを行った。
「(よりによってまだ3人しかいないこのタイミングでか…)…了解。距離地点はどのくらいのものになっているのでしょうか?こちらからはまだその姿は確認出来ていませんが…」
「『はい…それではポイントαに念の為増員を…ええ、それでお願いします……ああ、失礼。その地点から
通信機越しから周囲に指令を与えている大佐であったが、何か思いついたように少佐ではなく近くにいるスティラの名前を口に出した。
すぐに少佐は名前が挙がったスティラに視線を送ると通信機に近づいてきて、大佐に対して返答を返した。
「はい、こちらスティラです!指令通り、少佐及びハリスさんと合流済みです……あっ…」
「…そこまで深刻な顔はしなくていいぞ……大佐。こちらは先日猟犬が沈めた軍艦付近で合流できました。しかしこうしてスティラの名前を出して来たということは…」
猟犬を名前呼びしたことで固まったスティラに変わって少佐は話の続きを自ら行う。
大佐から向けられた提案に対して察しがついたような表情を作りながらそれについて聞こうとしていると、合わせるように通信機の先の大佐から答えが返ってきた。
「『…ええ。こうして貴方に連絡をしたのはこの機会に一度、少佐にスティラの能力を貴方に見極めてもらおうと思ったからです。実際に見るに越したことはないと思いますし…まだ近くにスティラがいるのならお聞きします。これから現れるであろう軍艦の対処、お願いできますか?』」
「…承知しました。」
肯定の言葉をスティラが言い切ったことを確認すると今一度大佐は要請を迷わず受けたことに感謝の言葉を述べて通信を切った。
それを確認したのち、スティラはすぐに森の方へと向かっていき、その近くにあった草むらの中から猟犬や少佐が持っている武器の倍の大きさと重厚感のある兵器を持ち出してきた。
全体的なその見た目は狙撃銃と大きく変わらないものとなっているが、口径が普通のものと比べてかなり大きさとなっているのが特徴的なものであった。
そんな使用者の体格を超える大きさの兵器を目にした猟犬は興味深くじろじろとそれを見つめていたが、少佐は見た事のないその兵器を目を細めて細部まで目を動かして見ていた。
「ふぅ…これから大佐の命令に従い、私が
「…!」
「…ああ、任せるぞ?」
先ほどまで放たれていたたどたどしい楽観的な雰囲気は消え、その目は少佐や猟犬のように害をなす敵に容赦を与えないという意思を感じられるものとなった。
スティラは一度砂浜の上にその兵器を置き、慣れた手つきで兵器の動作確認を始めた。
その様子を見ていた2人であったが、少佐は背後の水平線の先に視線を向けながらも浮かんできた疑問の問いかけを動き続けるスティラへ行う。
「…コルディセスではどんな戦いをしていたんだ?その兵器を見る限り、身を隠しながらの狙撃が主な戦い方だったと予測はできる。」
「…はい。私は基本的には遠距離からの戦闘が主なものでした。しかし
「なるほど…それを聞く限り、今までは猟犬と同じように地上での戦闘が中心だったみたいだな?それなのに何故こうしてハインドレートの防衛の役割を担う事になった?」
「それは…この『目』を持ち、
視線を下に向けていた事でズレた水平帽を被り直しながら息を入れ、スティラは再び置いていた兵器を片手で持ち上げてみせた。
さらに砂浜の上に落ちていた残骸を空いていたもう片方の手で持ち上げて砂に向かって突き刺し、それに手に持っていた兵器を固定して置く形で銃口を広々と輝いて広がる海の方へ向けた。
肩に担いでいた袋の中から黒色の手のひらサイズの火薬の匂いが漂う物体を取り出して手際よくその兵器へ装填を終えると、じっと水平線の先を見つめて細かく呼吸を繰り返していた。
「(スティラが持つそれも
「……奇妙に聞こえるかもしれませんが、私には……放たれた弾道が、線のように視えるんです。風の影響や角度補正も必要ありません…その着弾点を正確に判断する事ができます!」
「対象を外すようなことはないのか?」
「…はい、今までこれが外したことはありません。」
スティラは猟犬の質問に対して「失敗をしたことは無い」と言い切ったみせた。
それを聞いた少佐は鋭い目を向けながらもスティラが語るその才能についてさらに見解を深めるような問いかけを行う。
「…確かにそれはハリスも持っていない才能だな?いくらコイツでもやることに『絶対』と言い切ることはないからな…分かった。お前にこの場は任せるぞ、スティラ。」
「…11時の方向。
波の押し寄せる音が少しずつ大きくなっている海の方角を眺め続けていた猟犬からのその言葉を受け、少佐は指定された方角に目を向けるとまだ極小のサイズでしか見えていないが、海を割って進む沈没している軍艦と全く同じものが現れた。
その姿を確認するとスティラはすぐに体勢を固定された兵器に寄りかかるように変え、じっと銃口の先を見つめて細かい調整を行った。
そして時間にして数秒もかからずにその作業を終えると呼吸を両耳にポケットから取り出した耳栓を詰めて呼吸を再度整えながらゆっくりと片目を閉じて引き金に指を置いた。
軍艦は水平線の先から現れたばかりで距離としてもまだまだ先にある位置関係であるが、すでにスティラの目には向かってくる軍艦の行く末が映っているようであった。
「(もしかしてアレか?よく見えるな?)」
「(…ターゲット補足。距離は約4キロ先…)…お二人も轟音に備えて耳を塞いでいてください。」
「了解した。しかしあの軍艦との距離はまだかなりあるが、もう引き金を引くのか?」
「ハリスと言う通りだな?やっとこっちもアレを視界に捉える事が出来たばかりだ。それでこの距離感…本当にいけるか?」
「…はい。この距離なら……確実に撃ち抜けます。」
スティラの指示通りに両耳に塞ぐように手を置いた2人であったが、まだ互いの瞳にはスティラの言葉に対しての疑問の色が滲んでいた。
軍艦との距離は普通の人間ならまだその形が点のようにしか見えないほど離れているほどであり、風の変動も激しい海を舞台としている時点でこの距離を正確に撃ち抜くのは至難の業であると言っても過言ではなかった。
しかし、スティラの帽子のつばに隠れて影を落としたその目には一切の迷いの色はなかった。
「………ごめんなさい…」
波が引き、葉を揺らす風のざわめきがピタリと止んだそのタイミングでスティラはポツリとそう言葉を呟くと引き金を力強く引いた。
同時に鳴り響いた轟音と共に銃口から放たれた弾丸は、赤色の火花を散らしながらその距離をどんどん離していきすぐにその姿が見えなくなる。
弾丸が快晴の空に飲まれて消えた後でも目でその行く末をじっと追い続ける猟犬と、生じた鼓膜を突き破るような音を歯を噛み合わせながら耐える少佐の様子は対照的でありつつも見ている先は一緒であった。
そして、反動によって生じた衝撃によって生じた痛みに耐えながら肩をさするスティラのその目は確信を持ったようなままであり、まだ正確な形すら分からない点のようになって見える軍艦に向けられている。
「…ハリス…!肌感的にそろそろか?!」
「ああ、今からすぐに着弾する。こちらに向かってくる衝撃に警戒した方がいいだろう。」
「…っ…想像以上の威力かもな…!」
猟犬が言い切るタイミングで閃光が水平線の奥から3人に向い、そのすぐ後に発射音の何倍もある凄まじい轟音と熱風が海を荒らしながら迫ってきた。
一面が青で満ちていた視界の風景が赤に染まり、少佐と猟犬が使った身を隠すために軍艦の残骸も迫る衝撃に対して耐えきれず形を崩し始めた。
「…過ぎたか…そろそろ出る……っ!?」
「…凄まじいものだな、スティラの持つ兵器の威力は?」
「……そうだな…」
時間にして一瞬の衝撃であり、すぐにそれが過ぎ去った後に2人は身を崩れかけの軍艦の影から出して先に広がる風景を見たが共にそれ以上の言葉を発する事なく口をつぐむことしか出来ていなかった。
弾丸の着弾点となった地点には天高くに登る黒煙が立ち昇っており燦々としていた空の風景を鈍色に染めていた。
海上も軍艦の残骸に引火したせいか燃え広がる炎によって赤く染まっており、目の前に広がっているのが海であるということを忘れるような光景が広がっていた。
「……はあ…はあ…」
延々と続くような燃え広がる景色を見つめている2人の背後から、息を大きく切らしたスティラがよろよろになりながら草をかき分けてやって来た。
その状態を見た少佐の表情は、大きく崩れた驚いたものになる。
「おいっ…!今の砲撃に対して身を隠してなかったのか!?なんで動かないでそのまま…!」
「……ぁ…」
少佐の問いかけに何か答えるようなことはせず、スティラは目の前に広がっている海を身体を震わせ、呼吸を荒くして見ることしか出来ていなかった。
反動による痛みや放たれた一撃に自身の全神経を集中させた代償もあるだろうが、この震えが表しているのはそれだけではない。
ーー少佐から見たそれは誰かの命を奪った人間が見せる状態であった。
「…!…ハリス、スティラが落ち着くまで少しの間近くにいろ。」
その様子を見た少佐はスティラの土と砂がついた水平帽を深く被らせて猟犬に対して指示を飛ばす。
「…?了解した…しかし少佐は?」
「…先に戻る。少し大佐と話すことができたからな…」
スティラを海から視線を外すように後ろを向かせると、少佐は小さくなったその背中を見て表情を難しいものにしながら内ポケットから取り出した通信機に向かって声を向けた。
そして色が反転したような赤色に染まった海と怯えるスティラの様子を見る猟犬の表情にも、小さくだが変化のようなものが生じていた。