戦火の心臓 作:Navi
「大佐の命令を拒否できないのを踏まえた上で、正直に申し上げますが…やはりスティラを猟犬の隣に置いておくべきではないですね?」
「『…そうですか…やはり貴方は彼女が猟犬と同じ場所に立てる人間ではないと判断されましたかね?』」
少佐1人、木々に挟まれている開けた道を進みながら手に持つ通信機に向かって淡々と自身の考えを口にした。
そして通信機の先からは、この言葉を受けて残念そうな大佐の声が返ってくる。
「…はい。猟犬に求められているのは『
「『…ふむ。やはり貴方が危惧しているのは、彼女が猟犬の枷になる可能性ですか?しかし、予定としては猟犬とは隔てるようにハインドレートの防衛と言う命令をスティラには与えるつもりでしたが…それでもその否定の考えは変わらないですかね?』」
「…そこまでスティラのことを低く見積もってはいませんよ。ですが、スチード全体の防衛を考えたとき、彼女が猟犬と接触するのは避けられない……自分が懸念点として感じているのはこの部分です。」
「『…というと?』」
「スティラは個としての力はかなりのものがあるのは事実です。ここは大佐の見立て通りでしたが…やはり『人を殺すことに慣れていない』のが問題としてあります。猟犬との間にあるこの感覚と認識の壁は大佐が思っている以上に大きいようです。」
少佐の言い分としては、猟犬と同じ場所に立つには単純な強さという部分に指標を向けるべきではないというものであった。
スティラは海上が炎に包まれたあの光景を見て、自身がその光景を作り出したのを頭では理解していても、明確な恐怖をその目に抱いていた。
それを踏まえた上で猟犬ではなくこれから行動を共にするであろうスティラに対して、少佐からこのような懸念点が生まれた。
「『…つまり、猟犬と組ませるまではいかずとも、『スチードの防衛』という同じ目的を持つ以上はそれなりの覚悟を持つ人間が理想であるということですかね?そして彼女には力はあれど、その覚悟が足りていなかったと…』」
「ええ…そうなりますね。」
一通りの話を終えると通信機の先から唸るような声がしばらく流れて聞こえて来た。
実際に自分の言葉を伝えたことによって大佐の頭を悩ませることになるのは承知していたが、誰よりも猟犬を近くで見て来た大佐は明確に感じ取ったことを伝えることこそが今後にも繋がると同時に理解していた。
「『ふーむ……それは困りましたね?…貴方や猟犬のように外れた力を持ち、それに加えて人に手をかけることに抵抗がない人間はごく少数と言っていいです。そしてこの感覚は、人間として生まれ落ちた時点で誰もが持っているものですからね…それも変えの効かない一種の才能として捉えてもいいです。』」
「…無理を言っているのは承知です。しかしスティラのことを考慮するなら猟犬に踏み込みすぎさせないようにするのが最適になると思っています。そうでもしないと…潰れるのは目に見えています。」
「『…そうですか…スチード帰還の後、私と少佐で今一度このことについて語り合いましょう。…流石にこれはこの会話だけで完了させることができないものになりそうですからね?』」
念を押すように中身が根本的に違う2人を一緒に置いておくことに対する懸念を伝えたが、大佐もこの場では決めかねるといった様子であった。
少佐自身もこの会話だけで決まることは無いと踏んでいたためか、すぐに淡々と返事を通信機に向かって返した。
「了解しました。では自分はすぐにスチードへ帰還するのでその時に。」
「『…ああ。話に夢中になっていて気づきませんでしたが、話に上がった猟犬とスティラはどこへ?』」
話を切り上げようとしたタイミングで大佐から疑問の声が少佐に向かって飛んできた。
スチードへ続く道を歩いているのはに日の光を避けるように軍事帽を深く被る少佐だけであり、その周りには人の影はなかった。
「…2人には少しばかりの会話の時間を設けさせてあります。これから行動するにあたってコルディセスの置かれる自分がいるよりもこの国に残る2人の交友はある方がいいと判断しました。」
「『…それで良かったのですか?互いに踏み込ませさせない方がいいとさっき、あなた自身がそう言ったじゃないですか?』」
「流石に完全な0という考えには自分も至りませんよ?それに立場的に低い位置にいる自分に大佐の考えを捻じ曲げる権利はありませんからね?…それを踏まえた上での判断です。」
「『…その物言いだと自分の考えを押し通すまで引かない人間みたいじゃないですか?』」
大佐の返答を聞き、少佐は少し踏み込みすぎた言葉を口にしてしまったと後悔して少し顔をしかめながら自身の頭を数度叩いた。
通信機の先の大佐の声にこれといった抑揚は生まれていなかったが、それでもすぐに口から出た言葉に対して謝罪の言葉を述べた。
「失礼なことを言ってしまい、申し訳ない。ただ、悪気はなかったので…」
「『まあまあ、もちろんこちらも悪いように捉えてはいませんのでご安心を。しかしそうですね…確かに私は気付かぬうちに彼女のことを猟犬と同じように見ていたかもしれないですね…何がともあれ、これも踏まえた上でまたのちほど私たちで話しましょうか?』」
「…はい。では失礼します。」
その返答を最後に大佐との通信が切れたのを確認すると、一度ため息をついた少佐は通信機を服の内側にしまって進める足を早めた。
その顔は様々な感情が混ざったようなものとなっており、歩みを進める中で色んな考えを巡らせているのが読み取れた。
「(…大佐はオレと同じで今の『猟犬を作り出した人間』だ。どんなことを望んで
ポツリとそう言葉を口にした少佐は懐から出した紙筒を咥えて火をつけ、それを気怠そうに吸い込んだ。
吐いて後ろに流れる煙が空に浮かぶ雲に溶け込むように消えるのを見ることなく、前を向き続けて道の先へと歩いていった。
「(…なぁ?『お前』がいたら、オレももう少しはマトモな人間になれてたんだろうな…)……よし…行くか。」
快晴の空は今日も憂鬱になる程明るい日差しを地上に送り続ける。
*******
「…落ち着いたか、スティラ。」
「は、はい…申し訳ありません…今のような光景を…自分がそれを引き起こしたと自覚したらどうしても…」
「問題ない。それが人間の本来の恐怖の意識の持ち方であることは少佐から教え込まれた。こちらにはそれに何か言う気は全くない。」
炎に染まった空と海は、やがて青の静寂を取り戻していった。
スティラは膝を抱えて座り込み、申し訳なさそうに顔を伏せる。
その傍らで、猟犬は兵器の汚れを払いながら静かに口を開いた。
「…そう言ってもらえてありがたいです……ですがやっぱり不甲斐ないです…あんなことを言っておいて、あの景色を作り出し目の前して……自分のしたことを自覚して恐怖するなんて…本当に…」
言葉を続けようとしたタイミングでスティラの被っていた水平帽が消え、なくなったことに気づいたと同時に、日の光が目に差し込み思わず目を細めた。
いつの間にか消えたことに驚きつつ、頭に手を置きながら目を細めて周りを見渡すとそれは猟犬の手に移っていた。
「…敵対する人間を殺すことに対してそこまで恐怖するか?命令として与えられたことを実行するだけならそれを重く受け止める必要はないんじゃないかとこちらは思っている。」
「い、いや…!確かに侵攻を行う忌むべき人たちかもしれないですが、それでも私たちと同じ人間なんです…!残した家族や友人が…兄妹がいるかもしれないのにそれを無視して命を奪うのはやはり……ー!」
兵器を置き、平穏な波の音を聞きながら水平線の先に目を向ける猟犬。
そして人に手をかけることに対して生じる感情についての声が聞こえて来た。
当然のように命令としてそれを無いものとして考えているという旨の言葉を口にした猟犬に対して、顔を上げてスティラは驚きが混じった声色で言葉を返そうとする。
だが、それは猟犬の目を見たことによって途中で途切れることになった。
「(違う…やっぱりこの人は、私と根本的に何かが……でも…)…えと…すみません。これ以上はなんと言い表したら良いか…」
この時点ですでにスティラは自分と猟犬の間にはそれを『普通なこと』だと思う考え方などに大きな違いがあるのを違和感として察した。
育った環境の違いが価値観を変えることは分かっていた。
けれど、それにしても——猟犬はあまりにも違いすぎた。
ここまで猟犬とそれ以外の人間と比べてもそれが乖離している人間の数はいないと嫌な確信を持ってしまった。
さらにスティラに対してこの違和感を増幅させるように、猟犬は座り込んでこのような言葉を語ったスティラに対して水平帽を手渡しつつも、首を傾げて純粋な疑問を抱えた表情を作り、光の灯っていない黒い瞳孔を再びじっと向けた。
ーーー分からない。
「…申し訳ないが、やはりその感覚が分からないな?いつ死ぬかも分からない戦場にそれを持ち合わせた先にあるのは『弱さ』のはずだ。ならば不要なものであると割り切らなければならないんじゃないか?」
「…っ!分かっていますよ…!私たちがしているのは戦争という命の取り合いで…それに余計な感情を持ち合わせてはいけないことも……で、でも…」
猟犬の言葉を受けて表情を崩して小さな怒気を纏った言葉を返そうとしたスティラであったが、それは後に続いていくにつれて段々と小さく、苦しそうなものになっていった。
猟犬も目に見えて生じたスティラの表情の変化を見て、自身が言ったことに不備があったと察して小さく頭を下げた。
「…気に触ることを言ったのなら謝罪する。…こちらはずっと『失うことを自然と恐れるのが人間の本質』だと教えられた。傷つけて勝つことによって得られる賞賛は、この恐怖を紛らわせるために必要なものであるためそれなら最初から持たない方が合理的だ…ということらしい。」
「…誰からそのような事を…?」
「少佐だ。他にも戦争とは1つでも自身にとって不要なものを持つとそれが『
猟犬にできたのはかつて少佐に教えられた戦地に赴く場合に持つべき考えを自分の口からスティラに伝えることであった。
しかし、言葉の持つ本質について自身もそれが意味することを理解できておらず、その後はどんな声をかければ良いか自身でも分かっていない様子をしているであった。
かけるべき次の言葉を自身の頭から探し出すために唸っている猟犬だったが、その様子を見たスティラは少しだが猟犬の言葉を受けて表情を緩めて笑った。
「…いえ!私にはその言葉の意味が伝わったので、それだけで十分です…!ですが…やはりハリスさんと同じように1人で戦い続けていた少佐は強い考えを持っていますね…?」
「…スティラも今までコルディセスで戦って来たんじゃないのか?話を聞く限りそれなりの場数を踏んできたと思える。」
「…私はお二人のように強くありません。引き金を引くだけでも…怖くて指が震えることがよくあります…」
「…そうか。」
ポツリポツリと話し始めたスティラの横に立って猟犬も言葉を発することなくその話を聞き始めた。
人の話に深く介入するといった行為を今まで限られた人物との間でしか行ってこなかった猟犬にとって、スティラの話の内容にはほのかな興味が湧いていた。
「…戦いの最中は自分の身やコルディセスを守ることだけで精一杯になって周りに目を向ける余裕はほとんどないです…でも、全てが終わって周りに転がった遺体を見ると嫌でも自覚してしまうんです…自分の意思で命を奪ったという罪悪感を…自分にいつか向かってくる悔恨を…」
「話を聞く限り、やはり戦地に立つことに明確な抵抗を感じているみたいだな?しかし何故、スティラはそれを自覚しているのに戦地に赴く?やはりこちらと同じで『国』を守るためか?」
「…勿論それもありますが、私には1人何よりも大切な護るべき人がいるんです。少し当たりがきつい所もありますが…たった1人の家族である妹がいます…」
『妹』という言葉を聞いて猟犬は再び頭を傾げた。
1人で複数の人間を相手取るような人物の血縁者となるのなら、本人のような力を持っていることが予想される。
しかし、猟犬はそのような情報を大佐から全く知らされていないことに対して疑問が浮かんでいた。
「妹か…その血縁者は現在スチードにいて、スティラのように
「い、いえ!スチードにはおらず、身体も弱い方なので心配ですがこの戦争に関わることなくコルディセスに残って1人暮らしています…でも、優しい子で『自分の心配はしなくていい』と言って笑顔で送り出してくれたんです…」
「…仲が良いようでなによりだ。だが、それなら尚更コルディセスにいるべきじゃないんじゃないか?それは少佐の言う通り、不要とは言えないまでもスティラの明確な弱さになるはずだ。」
スティラの説明を受けて納得した雰囲気を纏った猟犬だったが、新たに浮かんできた疑問点をぶつけた。
表情から猟犬にとっての
そんな優先順位として明らかに高い位置にいる存在からこうして離れていることに対して、猟犬は特に深い疑問を抱いていた。
しかしそれは、小さく嬉しそうに笑みを浮かべたスティラの反応と共にやってきた言葉によってすぐに解消されることになった。
「…大丈夫です。コルディセスは現在、ハリスさんと少佐の活躍によって
「恩か…こちらとしては嬉しいが、それはスティラにとって得になることはないはずだ。スチードはこれからさらに
「…ハリスさんと少佐がいなければ、コルディセスはどちらにせよ
スティラのしていることはスチードにとっては嬉しいものであったが、まだ
しかしスティラの考えとしては、本当に受けた恩をこのような形で返すことさえ出来ればよいというものであり、これを見た猟犬には否定をする権利はなかった。
むしろ、ここまで言ってくれるスティラの厚意をそのまま受け取るのが理にかなっていると判断した。
「…そうか。こちらも今の戦闘を見て、スティラがハインドレートの防衛に来てくれて助かったと思っている。命令外のことにはなるが、少佐にはこちらからもこのままハインドレートの防衛を任せてもらえるように願い入れを行おう。少佐はあまりスティラを好意的に見ていないみたいだからな?」
「…えっ?!わ、私はそんな風に見られていた自覚は無かったんですが…わ、分かるんですか?」
「ああ。少佐の下で今まで様々なことを教え込まれたからな?」
「そ…そんなぁ…」
「しかし恐怖を持っていようとも、ここまで硬い意思を持つ人間を否定する権利はこちらにはないからな?こちらから少佐も納得はしてくれるはずだ…そうだな?とりあえずこれからよろしく頼む。」
「…!あ、ありがとございます!…あっ!その前に…少し待ってもらえませんか?…スチードに戻る前に行っておきたいことが…」
差し出された猟犬の手を見て、スティラの顔に陽の光の影響もあってか明るさが戻った。
猟犬に手を引かれて立ち上がったスティラは何か思い出したかのように再び青々と広がる海に身体を向けて指を組み、スッと静かに目を閉じた。
それは何か願いを込める時に人が行う動作であると把握している猟犬であったが、それを何もないはずの海の先に行っているためそれを見て頭の上に疑問符を浮かべるような顔をしていた。
「…?何をしているんだ、スティラ?」
「…!えっと…届くかどうか分かりませんが『祈り』を…命を奪った人間がするのに価値なんてないと思われるかもしれませんが、それでも私にはこのくらいのことしか出来ませんので…」
ーーー…やはり分からない…
「…それもスティラが罪悪感というものを感じたことによって取る行動なのか?」
「…!そう…ですね….…ですがこれには贖罪の意味よりも安寧と敬意も込めています…おかしいですよね?私がその命を奪ったのに…こんな自分のしたことを正当化するようなことをするなんて…」
「いや、願うことも自身を正当化することにも、それが間違っているなんてことはないと思う……そうだな?そう思うぞ?」
頭を悩ませながらもスティラの行動の意味を考える猟犬の顔は難しいものになっていた。
しかし、猟犬が否定を一切してきていないことを把握しているスティラはそんな考えを巡らせている猟犬の顔を見て口を緩めて笑っていた。
「…ありがとうございます…そう言ってもらえるだけで、気持ちが軽くなるのを感じます…」
「…?そう感じてくれたのならこちらとしても良かった。しかし…考えたことなどなかったな?命令として全てを受け取り、それに従い続けて来たからな……自身の考えに正当性とやらがあるのか…分からないな?」
「…ハリスさんは…きっとそのままで良いんですよ。私の今まで話したものは…少佐の言う通り、ハリスにとって『弱さ』になるものです。知らないままでいるべきだと…私もそう思います。」
どこか哀しそうな表情を浮かべるスティラの顔を見て、猟犬もこれについて深く考えるのは自身にとってかなり不都合なことになると直感で判断して思考を止めた。
そのまま切り替えるように足元に置かれていたスティラの兵器を持ち上げて海に背を向けた。
「…そうか、理解した。では、これよりスチードへ帰還する。それと、この兵器について気になるところがあるため戻り次第ある場所に持っていってもいいか?」
「…?
「この兵器についての知見を深めたいと思ったため、スチードの凄い技術者の元へ行こうと思っていた。その人間にもスティラのことを紹介したいんだが、一緒に来てくれないか?」
顔からではその変化は読み取れなかったが、見るからにソワソワしている猟犬の態度を見てスティラは意外なことを知ったように興味深そうな視線を向けた。
「(…ハリスさんは武器に興味があるのでしょうか?)は、はい!ではそれは私が持っていくので渡して下されば…」
「問題ない。この位ならこのままスチードまで持っていける。」
片手でぶら下げるように持っていたスティラの兵器を軽々と頭の上まで腕を上げて持ち上げると、そのまま元々背負っていた兵器を前に寄せて自身の身長ほどあるそれを新たに背中に担いだ。
その様子を見せられたスティラは今度はぽかんと目を丸くして猟犬の歩き始めた背中を追いかけた。
「…凄い…ですね…?それはかなりの重量があって、私の体重ほどの重さがあるはずだったのですが…」
「なるほど。この兵器の重さは50キロほど…だが、スティラも重量のある兵器を扱うのには慣れているようだな?自身の体重ほどの兵器を扱うのは骨が折れるはずだ。」
「…あっ!?…は、ははは…そう…ですね?」
「…?どうした?まだ体調が優れないのかこちらからは顔が赤くなって見える。もう少し木陰の下で涼しくなるのを待ってから戻るか?」
「い、いえ…!大丈夫です!ほ、ほら!こんなに身体が動くので体調は全く問題ないですよ…!?ほらほら…!」
つい余計なことを口走ったのかスティラは顔を赤くして少し俯いた。
それを見て体調を心配する声をかけた猟犬であったが、すぐにハッと我に帰ったようにスティラは手や首を振って問題ないと必死にアピールした。
焦ったスティラの様子に違和感を覚えながらも猟犬は本人のその様子を見て再び足を動かし始めた。
「…そうか。ならこのままスチードへの帰還する。道はこちらが把握しているので心配はしなくていい。」
「(…!も、もしかして帰り道が分からなくなっていたのを把握されてますかね…)…はい…よろしくお願いします…」
「…一つ聞いておきたいことがあった。昨夜、
歩き始めたその瞬間に猟犬は思い出したかのように横を歩くスティラに向かって有耶無耶になっていた違和感について聞いてきた。
急な猟犬の質問に驚いた様子のスティラであったが、歩きつつも自身の後ろにあった木々の方に悲しそうな視線を向けた。
「…!えっと…先日ハリスさんが撃ち殺したとされていた
「…了解した。これで持っていた疑問点が解消された…スティラ、『猟犬』は命を奪うことが当たり前とされた人間だ。向けられる視線は恐怖の混じっているものが多いのも自覚はしているが、スティラはこちらのことを何も思わないのか?」
スティラの視線を向けた方を見ながら猟犬はふと、自身がどのように見ているのか疑問の声を投げかけた。
少佐やアトマのように自身のことを特に何も思うことなく見てくれる人間と交友を持ってはいるが、それ以外の人間から向けられる視線には必ずと言っていいほど負の感情が込められていた。
戦場にその身を差し出し、そんな経験を少しずつ積み重ねてきたためか、猟犬はスティラに対してこのような客観的な意見を求めてきた。
猟犬にとっては純粋な興味という側面が強い質問であったが、スティラはこれがかなり重要な話になると直感したため、言葉を選びながらそっと距離を詰めて口を開いた。
「…!えーと…銃口を向けられた時は確かに恐ろしく見えましたが、話をするほど思っているような怖い人ではないということは分かりました…!…はい!あの目を向けるにしても、それは
「そ、そうか…それだけでも聞けて良かった。…他者から見た時、自分はどんな姿なのかが少し気になってしまった。銃口を向け、必要以上の恐怖を与えてしまったことは謝罪する…申し訳ない。」
弁明を図るスティラとは対照的に猟犬は意識せず表情を少しだけ暗くした。
それがどういう意味を持っているのか正確に本人も分かっていない様子であったが、今までたどたどしい様子であったスティラは不意に猟犬の頭を撫でながら口を開いた。
ーーー…?
「…何故こちらの頭を?」
「あっ…妹が落ち込んでいた時にこれを行うとよく元気になっていたのでつい…ハリスさん。私が言うのもあれですが…周りにどう思われているかやはり関係ないと思いますよ?」
先ほどまでの緊張した雰囲気は消え、今のスティラはただ優しい笑みを浮かべて猟犬を見つめていた。
猟犬はそれを見ているだけで、撫でる手を払い除けたりこの行動に何か口を出したりなどといった行動を起こすことはなかった。
「えっと…今日初めて会ったばかりの人間が言うべきではないと思いますが…例え命令であったとしてもスチードのために見返りを求めていないところや私に対しての言動で…貴方自身が思っているよりも優しいということを知ることが出来ました。」
「…そうなのか?」
「え、ええ!もちろん…!ですから私は…もう貴方のことを本心から恐ろしい人だとは思いませんよ?例えこれから猟犬としての容赦ない姿を見ることになっても、この考えは変わらないと思います。」
「………」
「あっ…いや!やはりここは断定した方がいいですよね!?はい!決して思いませんよ…!?信じて下さい…!」
頭から手を離し、目の前でスティラの焦る様子を見せられていた猟犬であったが、その撫でられていた頭に触れながらその場から動けずにいた。
だが、感じたことのないモヤモヤとした感覚に戸惑いつつもすぐに意識を戻し、あわあわと忙しそうに動くスティラの横を抜けた再び歩き出した。
「…!?や、やっぱり変でした…よね?えーっと…わ、忘れて下さい…!」
「いや…そのように言ってもらえて感謝する。…寄り道をし過ぎたが、ここからは足を止めずにスチードへ帰還するぞ。」
「…はい…」
変な事を口走ったと再び後悔したようにとぼとぼと背中を曲げて猟犬についていくスティラ。
しかしそれは、姿勢を良くして歩く猟犬に対して不可解な感覚を増長させるものになっていた。
「(………何なんだ?これは、本当に…理解不能だ…)」
再び撫でられた頭に手を置いた猟犬は、心底不思議そうなこの感覚の正体をスチードに戻るまで心の中で下がり続けていた。